●演習
「御堂玲獅と申します。よろしくお願いします」
カミソリの前に立った御堂・玲獅(
ja0388)は、微笑みながら丁寧な挨拶をし、彼の前へ三つの武器を並べる。
「使って、相性を確認してみてください」
カミソリはまず一つ目の武器、釵を手に持つ。山という字に似た形状をした、二本一対の武器。
ぶんぶんと振り回してから、防御混じりの素振りを行う。
次に、風天旋棍。一言で言えばトンファーだ。これもまた、二本一対。
何度か空を殴るような動作をするカミソリ。どことなく、さっきより動きやすそうだ。
三つ目は、シャドウレガース。足に影のようなアウルを纏う脚甲だ。その色が、カミソリの光纏に良く馴染む。
「……この中では、これが一番良いな」
数度蹴りを繰り返すと、カミソリはぼそっと呟いた。
「そうですか。それでは次に、これを」
御堂は三つの武器をヒヒイロカネにしまうと、二本の竹刀を取り出した。
彼女はその一本を構え、カミソリにも構えるように促した。
打ち合いをしよう、ということか。彼は頷いて、「うらぁッ!」といきなり飛びかかった。
が、御堂はこれを軽く受け、流す。
「例えば日本刀は折れにくい優れた武器と評価されています。それは柔らかい軟鉄が芯にあり、しなる性質も併せ持つからだそうです」
最中、御堂は語る。彼は慌てて体勢を整えると、もう一撃。
けれどやはり、御堂はそれを受け流す。
「この竹刀も威力は別として、しなり攻撃を受け流しますよね? これも『強さ』だと思いませんか?」
御堂は、あまりに真っ直ぐなこの後輩に、ある事を教えようとしていた。
「貴方も折れずにしなる強さを持つ事ができます。それは自分を律しすぎず、今の自分を認める事や、できない自分を許す事で身に付きます」
その懸命さは、危ういと。
「……でもッ!」
カミソリは叫び、また飛びかかる。「アイツ等は強い! だから俺は早く強くならねぇとっ……!」
「勿論できない自分を認めるのは難しいでしょうから、強さを求めながら、負けたくない部分とそうでもない部分を少しずつ見つけて下さい」
御堂はまた、流し。今度は、体勢を崩したカミソリの頭へ、ぽんっと軽い一撃を与える」
「それが私の貴方に教えたい『強さ』です」
「遠距離攻撃を使う時に最も留意せねばならぬのは位置取りじゃ。敵の攻撃範囲とを見極め、同時に誤射せぬよう味方の動きを読む。左右だけではのうて高低差も利用するのじゃ」
リザベート・ザヴィアー(
jb5765)は、座学で遠距離攻撃と魔法攻撃について説明していた。
対するカミソリの表情は何処か硬いが、熱心にメモを取っている。
リザベートはいくつかの陣形を描き、「射手はどこへ位置取れば良いかの?」とカミソリへ問う。
「ここと、ここと……ここ?」
彼が示した答えに、「二つは駄目じゃの。射線の認識が甘い」とリザベートはダメ出し。
「しかし、三つ目は良いの。上出来じゃ」
リザベートに褒められ、カミソリは一瞬嬉しそうな顔をし、ハッと気付いたように表情を消す。
「また、無暗に撃てばよいというものでもない。魔法が効きにくい、射撃が当たりにくいという敵も存在するでのう」
彼女は気付いてるのかいないのか、今度は悪魔の話を始めた。
「一口に悪魔と言うても様々な種類がおる。例えば妾を倒すに最適な手は、一体どういうものかのう? 遠距離攻撃を持たぬブラッドウォリアーに取った策と同じものが最適とは思わぬじゃろう? よく相手を見極めることじゃ」
妾を倒すには。その一言を聞いたカミソリは、何処か暗い瞳をリザベートに向けていた。
彼女もまた、悪魔だ。けど……
(カミソリ君を見てると、あの頃のアタシを思い出すわねぇ)
次の講習は、風間 銀夜(
ja8746)による戦闘スタイルの確立について。
「とは言っても、アタシも模索中なんだけどね。守りも攻撃も出来るし、物理魔法も一応は使えるから臨機応変には戦えるかしらね」
その分立ち回り方が毎回違うから、その都度考えるが大変ね、と風間は付け足す。
「何でも武器を使えるのも良いと思うの。物理ダアトがいるように、阿修羅でも杖や魔法を使っても良い訳だし」
ダアトは魔法力に優れた学科だが、物理攻撃に特化している生徒もいる。縛られる必要は無い。
「でもね、武器をある程度固定化する方が良いかなって。固定化した方がどう動けば良いか分かって動きやすいから、敵も倒しやすくなるんじゃないかしらね?」
倒しやすく。その一言に、彼はぴくっと反応する。が、固定の武器というのはピンと来ない様子だ。
それを見て、風間は小さく笑って「武器の選び方は自分が一番動きやすい事、かしらね」と付け加えた。
「迷うなら入学の時に渡された物と同じ系統からはどう?」
言われて、カミソリはスクールナックルを取り出し、少し考える。
「戦法は自分が何をしたいか。それが分からないなら、武器に合う動きを勉強ね」
「何がしたいか……殺したい、以上には……考えたこと無かったな……」
カミソリは呟いた。がむしゃらにそれだけで、それ以上には。
「後は日々精進。訓練や実戦を重ねれば、段々と何が得意か、どの武器が合うか、何がしたいかが分かってくるから。……以上が、アタシの主観と妹の受け売り」
「何故そんなに強くなりたいんだい?」
ベルメイル(
jb2483)は、開口一番にカミソリへ問う。
「強さを求めると言えばこの間遊んだゲームのヒロインが言っていたが……」
「……先輩よぅ、ンな話はいいからとっとと進めてくれよ……」
カミソリは一瞬詰まったような顔をしたものの、続くその言葉に溜め息混じりに肩を落とす。
「はは、熱心だね」
ベルメイルは軽く笑うと、「それじゃあ始めようか」とカミソリに促した。彼が教えるのは、銃の扱い。
「阿修羅はやはり近接戦で強さを発揮するが、距離が詰まるまで黙ってるのも詰まらないだろ?」
実際、阿修羅の中にはその破壊力を射撃に転用している生徒もいる。
「牽制射撃、複数相手の足並みを乱す、攻撃の出掛かりを抑えて威力を減じる。覚えておいて損はないと思わないかい?」
ベルメイルの問いかけに、カミソリはこくりと頷いた。
「その威力は後で示すとして……俺からは、基本的な銃の扱いを教えよう。さ、構えてみせてくれ」
言われて、カミソリは購買で買った銃を構える。
「力の入れ方が少し良くないかな。ほら、肘はもう少し下げて……」
「スキルを使用できるか否かはあるとは思いますが、戦う場所は色々です」
澤口 凪(
ja3398)は、幅広い魔具を扱えると良い、とカミソリに伝える。
「それと、使えるもの、求められる動き方なんかも」
狭い所では大きな武器は扱えないし、隠れる場所が多いと狙撃しやすい。しやすいということはされやすく、周りへの警戒の仕方が変わり……というように。
「じゃあ、少し実践してみましょうか?」
澤口はそう言って、グリースを取り出す。
彼女はそれを、消失しないよう物影から触れつつ、物影に仕掛けてみせる。
罠の仕掛け方。正面からだけでなく、そういう絡め手もまた、大事な能力だ。
「戦いなんて、主義主張でやるものではなくその時の戦力と時の運です。だから良かれ悪かれ死ぬ時は死にます」
最中、澤口は独り言めいた言葉を口にする。
「ただ、気持ちがさいごのひと押しにはなることは否定しません……もっとも、それが『重たい』と自分が潰れますけどね」
それを聞いて、カミソリはそれが自分に向けられた言葉だと気付く。
「あなたの今抱えるソレは、相手に向かう刃か、自分に止めを刺すものになるか、どちらでしょうね?」
「……ンなの……」
知るかよ、という声は、風にかき消された。
「……」
カミソリは、それきり押し黙って、罠の仕掛け方を練習していた。
「阿修羅は接近戦のエキスパートだから、自然と相手の懐に入り込むスタイルになると思う」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は、改めて阿修羅の特徴を説明する。
「……まぁ、直接殴れるならそっちのがいいかもな……」
これまでの講習を聞いていたカミソリは、小さく呟く。
「体力もそこそこあるから物理戦には強いと思うけど、魔法には打たれ弱いわ。自分のクラスの特徴を意識して、戦術も組み立てた方が良いわね」
「遠距離だと狙われやすい……かな。そうなると……」
カミソリは、言われた通りに戦術を考えてみるが、パッとは浮かばない。
「例えば……間合いを詰めつつ、接近戦に対し身構える相手を射程のある武器で不意打つのも一つのスタイル。あとは連携で、物理・魔法防御が高い仲間を隠れ蓑に、飛び出して……とかね」
蓮城は例を挙げ、自分の武器をカミソリに手渡す。
「それじゃ、これを使って一通りシュミレートしてみましょうか」
「君は武器にこだわりがないらしいね。それは実にもったいない。武器というものはね、一つ二つこだわりがあるほうが良いのさ」
クインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)の眼鏡が、陽光を反射して煌めく。
「らしい……な。他の先輩にも言われたけど……」
「こだわりがある武器の方が戦うイメージが沸きやすいのさ。僕の武器はこれだね」
クインは、ネフィリムと呼ばれる魔法の斧を取り出した。
「この斧の良さは、僕が持つことで2倍にも3倍にもできるんだ」
そう言って、彼は遠くの木に向けて斧を振り下ろす。普通なら届かない距離だ。
が、木はズダンと真っ二つに切断される。彼のスキル、如指掌鏡の力で射程が伸ばされているからだ。
「……これは僕の推論だけれどね」
クインは更に、続ける。「アウルというものは僕らの感情や魂が強く影響しているんだ」
「いや、天魔のエネルギー元であることを考えると、影響しないことがおかしい。鍛えれば強くなるなら軍隊式で強くなるはずだが、それは過去に上手くいかなかった」
かつては、若いその身に余る力を得た撃退士達には、非常に厳しい訓練が課された。が、その成果は芳しくなく、今の自由な校風へと変化している。
「現在の学園方式となってどうだい。天魔とやり合えるほど力をつけた人達も多いだろう? 戦いに行かず学園生活を楽しんでいるだけの学生の中にも実力者は多い。つまり感情豊かであれば強くなるきっかけはいくらでもあるのさ」
実際不思議な事に、戦闘に行った事の無い生徒でも、アウルの力は伸びている。
「俺だって、感情なら……」
感情ならある。天魔を殺してやるという、強い殺意。
「あぁ、君の感情は強そうだね。でも凝り固まっていれば伸び悩むよ」
彼は納得がいかないという風に口をキツく締めて答えない。
「ふふふ、壁に突き当たれば思い出すといいさ」
キャロライン・ベルナール(
jb3415)は、これまでの教習を眺めながら、彼の戦闘スタイルについて考えていた。
特に、御堂や蓮城が武器を使わせている所。
そうして、他の全ての教習を終えたカミソリに、キャロラインは問うた。
「どの間合いが自分に合っているか分かるか?」
カミソリは、若干迷う。
自分が何をやりたいか。何にこだわりを持ちたいか。考えた時、思い返すのは武器の扱い。
「……近距離、かな」
「なら、踏み込みすぎないようにするんだな」
●模擬戦
講習の後は、それを活かして模擬戦を行う事となっていた。
御堂、澤口、クイン、蓮城はカミソリと。
風間、ベルメイル、キャロライン、リザベートはその相手としてチームを組む。
開始直後、飛び出そうとしたカミソリに、ベルメイルが射撃を加えて妨害。
「嫌らしいだろ? 一人こういう奴がいると前衛は動きやすくなるんだ、組む事があったら大事にしてやってくれ」
続けてリザベートが上空からカミソリを狙うが、今度は澤口が回避射撃を行い、狙いをズラす。
「後衛がいると、何かと前衛さんのお手伝いができますが、両者共に射線の意識がいるのです」
カミソリは頷くと、再び前に出る。蓮城がそれに付き添い、閃滅で彼の力を上昇させる。
風間が彼をリビングワンドで狙うが、御堂がアウルの鎧を付与し、サポート。
カミソリは風間へカウンターを仕掛けるものの、キャロラインがシールドでフォロー。そのまま距離を詰め、鎌の柄で思い切り薙ぎ払う。
「……自分の動きにしか意識を集中させていない証拠だ。もっと仲間の動きを感じ取れ!」
「味方を頼ることは大事だよ。一人では戦えないのさ」
一人で突出しても、その成果は低い。クインは斧を構え、叫ぶ。
「こだわりの武器の強さというものを見せてあげるよっ。アッキヌフォートミラージュレェェェイッ」
クインの眼鏡から、怪光線が発射される。
「斧はっ!?」
思わずツッコミを入れるカミソリであった。
●
「……今、君の目には私はどのように映っているか答えられるか?」
模擬戦の後、キャロラインはカミソリに問う。彼は迷いを見せてから、答える。
「俺から家族を奪った奴らの同族。……でも、先輩だ」
「そうか……」
それを聞き、キャロラインはふっと表情を和らげた。
「カミソリ君、これを」
御堂は彼を呼び止め、一揃いの服を渡す。
「私が持っていても、着れませんから」
それは、戦闘用男子制服。「いいのか?」と問うと、御堂はこくりと頷いた。
「ありがとう……ございます」
彼は多少ぎこちないものの、頭を下げ、礼を言う。
「お節介を一つ。過去に同じような君を見てきた経験談から言わせて貰うが、あまり一つの事に拘り過ぎると途中でだれるぜ?」
ベルメイルは語る。「カミソリ、なんだろう?手入れもせず切り続ければ刃は錆びていくよ」
「想いは焔のようなものさ。維持するには何かを燃やし続けなければならない感情なり、心なり、誰かとの繋がりなり、ね。永劫に保てる憎悪は存在しないよ」
カミソリは言い返そうとして、詰まる。今日一日だけで、覚えが無いわけじゃなかったから。
「酢昆布あげる」
蓮城は、微笑みながら彼に酢昆布を手渡した。疲労回復、栄養満点の優れ物と、彼女は言う。
「戦いの後のケアも大事だし、美味しいものを美味しいと感じる感覚は大事。だから、ご飯食べに行きましょ♪」
突然の誘いにカミソリは若干戸惑ったが、直前の言葉を思い出し、頷く。
「ああ、そうじゃ。お主、親から貰うた名は何と?」
解散の直前、リザベートはカミソリに聞く。
「この素晴らしい時間は、お主だけでなくそれを育んだ全ての賜物じゃ。お主自身とその名は、亡うなった者たちの想いが最も色濃く残った形見であろう。なれば妾も、そこに敬意を表さぬ訳にはいくまいよ」
カミソリは、数拍間を置いてから、答える。
「カミキソウリ……神木、聡理だ」