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『アハハハハハ』
『シクシクシク』
『イライライラ』
宵闇踊る、道化の顔達。
三つの顔はそれぞれ笑い、泣き、怒り。しかしその身は布の様。薄くふわふわ浮いている。
中身が無くて表情だけな、空虚で軽い道化の化物。
「最近アタシが夜に出歩くと驚いて逃げてく方がいらっしゃるンで、妙だと思っていたンですよねェ。まさか道化のヴァニタスとは」
開口一番流れるように言葉を吐き出す、Ninox scutulata(
jb1949)。
彼もまた、今宵の道化が一人。
「え? そうでなくとも道化が夜に出歩いていたら十分恐い? 旦那ァそんな殺生な。道化だってコンビニくらい行きたいんですよゥ」
問われず語るその口は、敵に劣らず軽く思える。
「道化、ねぇ……」
雨宮 祈羅(
ja7600)が、傍らの雨宮 歩(
ja3810)を見て苦笑。
「なんともまぁ、腹立たしい奴だなぁ。首狩りの道化は、ボクだけでいい」
そう、彼もまた道化を自称する者。
(てか、同じく道化なのに、こっちは殴りたくなる、歩ちゃんは愛おしいって思ってくるっていうのは、ねぇ……)
思う彼女もまた、道化のマスクを被っていた。
道化は四人。六つの首だ。取られる三つは敵か、味方か。
いいや、戦うのは道化だけではない。人間達は九人いる。十の者と十二の首と。狩る、狩られるは顔次第。いや腕次第。
「にしても、道化が苦手ってェ人は案外多いんですよねェ。何でも某映画のペニー何某が原因だとか。 いやいや、アタシはあくまで道化でして、ピエロとはちょいと違うンですよゥ。例えばあの赤い団子っ鼻が――」
Ninoxの語りは尚続く。身振り手振りを交えた軽快な喋り。返る言葉は無いけども。
ではでは、余興はここまでです。
「さぁ、道化対道化の舞台の始まりだぁ。踊らない、と言う選択肢はないよねぇ」
道化は嗤う。
血と肉のサーカス、ただいま開演。
●
「首が三つもある道化とは、これはまた面妖な……」
「いやしかし……ヴァニタスのバリエーションも増えてきたよな。どうみてもあれディアボロにみえるぜ?」
御幸浜 霧(
ja0751)と蒼桐 遼布(
jb2501)は、道化の姿を見て、零す。
「ううっ、くびちょんぱ……こわいこわいこわい!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は、前もって聞いていた『首狩り道化』の噂を聞き、恐れていた。とはいえ、そこは撃退士。
「で、でも……人をころす、うすぎたない天魔は、私がころさなきゃ!」
むしろ恐ろしいまでの頼もしさ。言葉に宿った嫌悪感に、怒りの道化が顔を向ける。
『イライラ……イラ』
が、すぐに背ける。エルレーンを見つけられなかったのか、それとも被ったマスクの御蔭か。
目が合えば攻撃を仕掛けるのでは。そう考えたエルレーンは、ファントムマスクを被って来ていた。右目付近を隠すマスクに、効果がどこまであるのかは分からないが。
「表情がどうとかいう噂はどこから出てきたんだろうね……。私には、取られる表情が無いから関係ないけど……」
リアナ・アランサバル(
jb5555)は、無表情に呟きながらアンブルを振るう。金の糸が絡めるのは笑いの道化。すっと軽い糸の動きが、道化の面を薄く切る。
「回復能力持ちは早めに倒しておきたいね……」
『アハハハハ!』
攻撃を受けた道化は、笑いながらもくるくるとその場を回る。痛み等、無いとでも言うように。
「こんな怖い都市伝説になりそうな敵はさっさと倒しちゃいましょう」
今流れている噂だけでも、夜の街から人気を消すには充分だった。これ以上流行らせても仕方がない。白と黒のオーラで着飾った鈴代 征治(
ja1305)が、槍で笑い道化を狙う。
が、道化の顔は布の上をするりと移動し、その穂先を躱す。布がぼすっと音を立てて裂けるが、鈴代が槍を引くとすぐに再生した。
「躱された……のかな。表情変わんないから分かりにくいけどっ」
雨宮 祈羅は無数の腕を呼び出し、道化の身を縛らせる。
変わらない顔であるなら、それは無表情なのと変わりない。
「面倒だから纏めて喰らわせるとしようかぁ」
雨宮 歩は口角を上げ、左肩の傷口に手を触れる。
「嗤え……ペインブラッド」
瞬間、無数の血色の刃が、動けない道化を襲った。
『アハッ』『シクッ』『イラッ』
三つの首がそれを受ける。同時に布地が穴だらけになるが、これはまたすぐに再生。
『イラ、イラ、イラ!』
それを脅威と感じたのか、怒り顔の道化は激しく歯を鳴らし、歩の顔へ向けて噛み付いて来る。
「ぐぁっ……!」
「歩ちゃん!」
大事な人を傷つけられ、雨宮 祈羅は怒りを露に道化をキッと睨む。
『イライラ』と、怒り顔がその顔を見返した。その顔が、より祈羅の神経を逆なでする。
「よそ見してんじゃねぇぞ! 双極active。Re-generete!」
蒼桐が、双龍矛という銘の槍を具現化、僅かに考えてから笑い顔を攻撃。
「カタギの人間に手を出した報い、受ける覚悟はできちょるのかえ?」
御幸浜は審判の鎖を薙ぐように振るい、笑い顔を縛ろうと試みる。
だが鎖は布全体を包み、結局は三つ全ての顔の拘束に成功した。
攻撃は分けて当てられる。顔の行動もそれぞれ。けれど、この道化はやはり『一体の道化』なのだろう。彼らにとっては、嬉しい誤算か。
「いやァ、見れば見る程アタシとご同業の方のようだ。これはこれはお会いできて光栄でさァ。それにしても三つ顔が有るたァ便利で御座いますねェ。羨ましい限りで――」
Ninoxはへらへらと笑いながら、大仰に語りかける。ふざけた様だが仕事は仕事。炸裂符を笑い顔へ投げつけて、しっかり攻撃は行う。
「いやはや、にしてもこうも攻撃受けても表情変えないってェのはお偉いモンですが、『変わらない』ってェなると話は別でさァ。それじゃあ仮面つけてンのと変わりませんからねェ」
(頼りがいのある鈴代さんもいるけど甘えちゃダメ!)
山里赤薔薇(
jb4090)は、鈴代に頼りたくなる気持ちを抑え、道化と相対する。
(私はもう、撃退士としてまったくの素人ではないのだから!)
内心の思いに対し、山里は感情を表に出さない。
道化の必殺技への対策として、だ。
相手は既に、鎖と呼び手で二重に拘束されている。山里は後方から笑い顔へ魔法攻撃を集中させ、回復の阻止を狙う。
(あの時はまだ駆け出しで初々しかったけど……)
そんな山里をチラと振り返り、鈴代は思う。彼は、彼女が初めて依頼を受けた時を知っていた。けれどその時とはもう雰囲気も変わっていて、どことなく熟練の風格さえ見えるくらいだ。
(これなら背中を任せても全然大丈夫、安心だよ)
鈴代はそう感じると、「おっと」と道化に向き直る。
僕もまだまだ。頑張らなくちゃ。彼はグッと武器を握り直した。
撃退士達の作戦は、上手く嵌っている。
行動を阻止された道化は、顔の動きも鈍く、彼らに手出しすることが出来ない。
尚良いのは笑い顔への攻撃の集中だった。回復を司る顔は、今や他の顔と比べても明らかに傷ついている。
もう一歩で、割れるか。
「飛んでけ!私のかぁいい┌(┌ ^o^)┐ちゃんたちーッ!」
エルレーンもまた、全ての顔へ向けて広範囲へ得体の知れない攻撃を放つ。エルレーンのカオスレートは腐女子寄りにマイナスだ。
攻撃は三つ首全てに命中。特に弱った笑い顔には、それが大きかったか。
『アハ、ハハ、ハ……』
笑い顔は弱々しく笑うと、そのまま沈黙。
『シクシクシク!』
『イライライラ!』
しかしそのせいか、他の顔がより一層けたたましく声を上げた。
●
「何はともあれ、これで笑い顔を落としたってェことになるんですかねェ。もっとこう、派手に爆発なりなんなりしてくれないと分かりにくくッて仕方ありませんが。え? 道化顔がもう一人いる方が分かりにくい? 勘弁してくださいよゥ四つ目の首にされちゃあ堪らないってェもんでさァ」
Ninoxの軽口はまだまだ続いている。
とはいえ何にせよ、これで戦いが楽になったのは事実だ。回復されないというのはでかい。
残る顔は二つ。
『シクシクシク……』
『イライライラッ!』
「あまりご無理はなさらぬように」
御幸浜が、怒り顔の攻撃を受けた雨宮 歩に、軽癒の法術をかけて癒す。
紫色のアウルの霊気が、歩の傷口を包んだ。
「あてらなければどうってことないって、よく言われるけど……当たったら意味ないから」
雨宮 祈羅は、どこか怒ったような口調で歩にウィンドウォールをかける。
「笑うのも、泣くのも、怒るのも、終わりにしてもらう……」
もう回復は無い。後は残りの顔を潰すだけだ。
リアナは蒼い稲妻で矢を形成し、怒り顔へ放つ。
『イライラッ……』
矢は怒り顔の額へ見事突き刺さり、ダメージを与える。怒り顔はその場で激しく回転した。
「削剣active。Re-generete。釣り合いはしないが犠牲者たちのためにも君の首を削いで終いとしようか」
蒼桐もまた、トドメへ向けて武器を切り替え、削り取るように斬撃を放つ。
無数に折り重なった刃が、道化の泣き顔を抉る。
『シクシクッ……』
泣かれたからといって、やりにくくなるようなことはない。
「一気に行くよ! かぁいい┌(┌ ^o^)┐ちゃんたちーッ!」
エルレーンは再び得体の知れないモノを道化へ向けて放つ。既に堕ちた笑い顔も巻き込み、それらは道化を蹂躙していく。
「おっと、こっちを忘れてもらっちゃ困りますよ!」
彼らの攻撃に合わせ、鈴代がショヴスリで怒り顔を突き刺す。
「さっきは避けられちゃいましたが、今度はそうはいきません!」
命中した槍に、鈴代は更に力を加える。ビキっと怒り顔に罅が入った。
「そろそろ止め……ですかね。喰らいなさい!」
御幸浜は惟定と呼ばれる刀を、泣き顔へと振り下ろす。
美しい刃紋の刀は、吸い込まれるように自然な動作で、泣き顔の額を切り裂いた。
「皆で一緒に帰るの。でも、一番大事なのは歩ちゃんなんだから……」
雨宮 祈羅は、雨宮 歩へ心配そうに声をかける。
「大丈夫だよぅ。必ず勝って一緒に帰るよ、姉さん」
しかし歩は立ち上がり、戦う姿勢を崩さない。肩口に手を当て、再びスキルを使用した。
血色の刃が道化の身に突き刺さる。
それが、決壊点だった。
『シクシクシク……っ』
『イライライラ……っ』
泣きと笑いの顔が、一瞬、声を止め。
『ギャアアアアアアアアアッッ!』
耳をつんざくように、叫び。
ぽてりと、落ちた。
●
「しッかしまぁ、最期はあっけないモンでございましたねェ。終始手も足も出せませんで。いえ、あの道化には手も足も無かった様ですがね? ああも一方的となると、同じ道化としては物悲しくもありましたよゥ」
地に倒れた道化の死骸を前に、Ninoxの戯けた語りは続く。
「いやァにしても、ヴァニタスってなァもう少し強くて人間味のあるモンじゃ無かったんですかねェ。蒼桐の旦那じゃあありませンが、これじゃどう見てもディアボロですよゥ」
見た目もそうだが、実力も。
終始動きを封じていた為、その力をはっきりと認識することは出来なかった。とはいえ、それが通じる程度。三人の撃退士を倒したといえど、それはやはり情報が不足していただけだろう。
強いディアボロ、弱いヴァニタスというのは珍しくないのかもしれないが。
「どういう構造になってるんでしょうね、これ」
鈴代が、道化の体を成す布を掴んで持ち上げようとする。が、触れる感覚もなく、指は指は空を切った。
「あれ?」
一瞬透過能力かと思ったが、透過はアウル能力者を無視することは出来ないし、死んだならその力も使えない筈だ。
それに、撃退士の攻撃には反応していた。穴が空いては再生を繰り返す。そんな布だった筈だ。
よく見れば、鈴代が触れたその部分が、指の形に消滅している。脆いのか? いや、そもそも触った感覚すらなかったのだ。
不思議に思っていると、道化の布がすぅと薄れて消えていく。
「成る程……魔力の塊って、そういうことなのか」
それはアウルの弾丸のように、エネルギーだけで構成された『見せかけの布』。だから攻撃は意味が無い。本体は顔だけだ。
布が消え、残ったのは三つの顔。しかしそのどれもが、仮面のように薄っぺらだった。中身は無くて、薄っぺらで。大仰なのは見た目だけ。
とことん道化だ、と鈴代は苦笑した。そのイレギュラーな見た目は、もしかしたらヴァニタスになる前……生前の彼に由来するのかもしれない。
そういえば、と鈴代は周りを見回し、山里の姿を探した。
山里は、花屋で買って来たのか、大きな花束を手に抱えている。
(道化は倒しました。もう何も、奪われることはないです。だから……安らかに、眠って下さい)
それは手向けの花束だった。
涙は流さない。代わりに胸に抱くのは、強い決意を実行する強い心。
(本当に……見違えたな)
その背中に、鈴代はふっと微笑んだ。
「それじゃ、帰ろっか」
雨宮 祈羅が雨宮 歩へ呼びかける。
戦闘中、一度はカッとなったが、今回も無事に帰る事が出来る。その幸せが、彼女を自然と笑顔にさせた。
「……おや?」
帰り際、Ninoxはふっと違和感を覚え、道化の仮面に寄る。
「これはこれは……」
笑い、泣き、怒りの顔の淵に、二重に重なるような継ぎ目があるのが見えたのだ。
Ninoxは、誰が見ているでもないのに大仰に考える素振りをしてみると、やがてしゃがんでそれを引っ張る。
バリバリバリ。
なんだか嫌ァな音と共に、道化の顔が『剥がれた』。
「ありャ……こいつァどうも、笑えませんねェ」
言う割にはへらへら笑顔を崩す事無く、Ninoxは剥がした顔を元に戻した。
「化粧が剥げた道化なんざ、誰も見たがらないってモンで。ご同業ですからねェ。内緒にしておきますよゥ」
その下に、どんな『素顔』があったのか?
それは、道化の舞台裏。敢えて聞くのも野暮ってものだ。