「……まぁ、別にいいけどね……」
聞いていた話とちょっと違う依頼内容に、リリル・フラガラッハ(
ja9127)はどうもすっきりしない思いを抱く。
やること自体はいつもとそう変わらないけど。別に幽霊が怖いという事もないし。
「もう少しマシな車があったと思うのだが……まぁ走れるならこれで十分か」
現地に用意されていたのは、如何にも曰くありげな赤黒い染みの事故車。
そのオンボロっぷりに牙撃鉄鳴(
jb5667)は呟くが、決して由来に文句があるわけじゃない。
『仕事』に支障を来す可能性のあるものしか用意されていない事が、不満なのだ。
「現場は殺風景な田舎の道路って感じやなー。隠れられそうなとこも結構あったわ」
到着早々に事故現場周辺を確認してきたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は、用意した紐を車の上に投げ、括る。
「上乗るんやろ? これに捕まってこうや」
「使わせてもらう」
にやっと笑うゼロに、牙撃は紐の強度を確かめながら答えた。
もう、日も暮れる。
「さて、残暑の肝試しといきますかいな〜♪」
夏の終わりの、幽霊退治が始まった。
●
「つってもさぁ、こんなに屈強な撃退士が集まってんだから幽霊なんて出るわけないよなぁー?」
さて、その夜。
件のボロ車に乗り込みながらそう話すのは、藤沖拓美(
jc1431)。
実際、依頼を受けた生徒は殆どこれが天魔の仕業であると断定していたし、その天魔にしてもある程度戦い慣れた者が揃っていた。
それ故、今更恐れおののく事も無い。戦闘へ意識を向けた撃退士達は静かで、極端に言えば白けていた。
(ったく仕方ねーな炎條の奴……)
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)はそんな車内の雰囲気に内心溜め息を吐く。
あれだけの『演出』があったのだ、誰も怖がらないっていうのも何だか締まらないだろう。
ここは一丁、俺様が……
「幽霊退治なんて聞いてねーぜ。ちびりそう」
ラファルは俯き気味に呟く。
無論、演技だ。だってこれ、誰かが嘘でも怖がんねーと。
「む……大丈夫か?」
と、そんな彼女の演技を本気にしたのが、彼女の相棒であり恋人でもある川内 日菜子(
jb7813)。
「いやームリムリ。もう帰りテー」
「……珍しいな。だが安心しろ、どんな奴が相手でも私が潰してみせる」
彼女を心配しながらも、川内の心は怒りに燃える。
相手が何者か分からなくても、『それ』が4人の人生を悪戯に奪い去ったのだ。許しておける筈がない。
俯いてぷるぷると震えているラファルが、実は笑いを堪えているのだと知らず、車両は例の場所目指しひた走る。
「ま、弱めのジェットコースターみたいなもんやな♪ 」
開いた窓から車の天井に引っ掛けた紐を手に、ゼロは夜風を全身に浴びながら呟いた。
その隣で、牙撃は夜闇に目を凝らす。
「……あれは」
黒い黒い闇の中に、一つだけぽつんと立つ、白い影。
女だ。
白いワンピースの女が、いた。
「あん? こんな夜更けに……ちょっと声掛けてみるわ」
藤沖はそう言って、さほど不審がりもせず車の速度を落とす。
どう見てもそれは、あの映像の女性に間違いないのだが……万が一という事もある。
藤沖以外の撃退士は警戒を強め、手に銃器などの魔具を顕現させる。
(生命反応は……あるみたいやな。……これって幽霊にも効くんやろか)
人か、天魔か、或は。正体までは分からないが、兎も角何がしかの命あるものである事は確かなようだ。
こん、とゼロは車の屋根を叩き、それを知らせる。
「へい彼女ぉ〜、こんな夜中にどーしたのっ?」
「……」
藤沖が声を掛けるも、女性は答えない。
「ん? あ、別に怪しい人じゃないからね俺達! 健全で屈強な学生です!」
「……」
「ここって最近妙な噂があって危ないからさ〜。ってか普通に真っ暗だし? 女の子一人でいるには危ないんじゃない? 良かったら家まで送ってこうか?」
「……」
答えない。明るく話しかけても一切は無視される。
『……ネ、ェ』
そして女性は、呟く。
何処か違和感のある、割れた声。ハンディカメラの音声ではもう一つ伝わらなかった、壮絶な『違和感』。
『――アナ、タ、たちっテ、おィしイ?』
瞬間、夜闇に銃声が響く。
ぱん! 乾いた音と共に女性の身体がびくりと跳ね上がり、顔を覆っていた髪が、さらりと翻る。
「……やはり、か」
放熱板を露わに、攻撃の余韻を吐き出す銃。放ったのは車上の牙撃だった。
ついで、車内から複数の銃撃が女を襲う。
『ウァゥゥ……!』
女性は呻き声を上げ、後ずさる。えっ、おまっ、と藤沖は突然の暴虐に慌てふためくが、露わになった女性の顔を見て、サッと顔色が変わった。
「う、わ……」
「うわーなんだあれ、怖ェー!」
女性の顔は、出来の悪い福笑いのようだった。
目もある。鼻もある。目立つ赤い唇も。……けれどその全てが何処かズレている。人間らしきものを作り出そうとした、作為の名残。
そして何より……女は、撃退士達の射撃を受けて尚、顔を歪めて、笑っていた。
「決まりだな。私は出るぞ!」
勢いよくドアを開け、川内が外へと転がり出た。。
「えええいやあれマジ幽霊じゃね!? マジで出た!! やばいだろこれ祟られんだろ!」
「弾が効くなら、どちらでも同じだろう」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は冷淡に返しながら、川内に続き車外へと走り周囲を確認する。
「ちょ、マジかよやる気かよ!? 逃げた方が良くね!? なぁ!?」
何時の間にやらしっかりハンドガンを手にした藤沖は、同じく幽霊にビビって下を向くラファルに呼び掛けるが、
「ちっ。なんだよビビらせようと思って待ってたのに、よォッ!」
グワッ!
起き上がったラファルの顔は、紅の眼に二本角、そして耳まで裂けた口と牙! ある種目の前の化け物より化け物らしい姿へと変貌していた。
『……!』
外からそれを目の当たりにし、女は僅かに怯みを見せるが、ラファルが期待した程の効果は無い。
そりゃあそうだ、こっちをビビらせようとした幽霊を逆に驚かせるためにここまで演技してたのに、案外と味方の反応が早くてギャップを作れなかった。
まぁそれならそれで、とラファルはさっさか気持ちを切り替えて、いつもの様に偽装を解除、四肢を機械化し、後を追う。
「……。私はここから撃つから。運転は任せる」
あっという間に人気の無くなった車内だが、リリルは窓から腕を出し、そこから射撃を続けるらしい。
助かる、と内心藤沖は胸を撫で下ろすが……口にはしないでおいた。
「なんやぎょうさん集まって来てんな」
「……白い手、か。だが映像と少し違うな?」
上空からナイトビジョンと生命探知を併用し状況を確認したゼロは、森の方から近づく存在を皆に警告する。
瞳にアウルを集中したエカテリーナは、その姿が映像で見たモノと少し違う事に気が付く。
ずるり、ずるり。白い手、いや腕は、地面を異様な速さで這いずりながら近づいてきた。
「成程、阻霊符が意外な所で役立ったというわけか」
元は白い女への対策として、数人が手にしていた阻霊符。
映像では地面から急に現れた腕だったが、這いずって来たと言う事は奴らも透過を使っていた、という事だろう。
「ま、主役になりたいやつもおるみたいやし今回は引き立て役と行きますか」
ゼロは僅かに高度を落とし、手にした杖を横薙ぎに振るう。
ぐぁば! 瞬間、杖は嘴を開くように大口を開け、中から血濡れの刃が姿を現す。
……同時に、強い寒気。ゼロの周囲には漆黒の冷気が広がり、無数のダイヤモンドダストが上空から白い腕を襲った。
上空からの攻撃に、範囲内の腕がのたうち回る。的が小さい分、逃げられた腕もいるが……攻撃を受けた腕の一部は、死体の様にがくりと力を失い眠る。
「天魔だろうと幽霊だろうと、勝手な真似をする者には……死あるのみ」
エカテリーナはまだ動きのある腕を狙い、無慈悲に撃ち殺していく。
『……!』
相手が何者か悟った白い女は、ふっと音もなく、その場から消える。
だが。
「そこか」
高度を上げて全体を俯瞰していた牙撃が、すぐさま相手を見つけ、上空から射撃する。
『ア゛ゥ……!』
唇を引きつらせ、上空を睨み付ける女。その異様な迫力に、しかし牙撃は眉一つ動かさない。
「……此処が貴様の火葬場だ」
ごぅっ! 女の前に回り込むように、焔。
熱風が女の髪をかき上げた瞬間、その腹部に、川内の鋭い蹴りがめり込んだ。
『ガッ……!』」
蹴りの軌道は紅。攻撃の衝撃が、女の意識を一瞬彼方へ吹き飛ばす。
彼女は格闘士だ。故に物理以外にはあまり強いと言えない。攻撃を喰らえばそれなりのダメージを貰うだろう。
だが、それでも。
「ウェルダンで済むと思うなァッ!!!」
そんな程度の事はどうでもいいと思える程、彼女の怒りの焔は燃え盛っていた。
女が体勢を取り戻す前に、もう一撃。加えた蹴りは、4人の人生を奪った此奴への報復。
『……コ、ロ、ス』
だが女も存外早く意識を取り戻し、川内の喉元へ腕を伸ばす。
「そんなもの……、っ!?」
物理的な首絞めか、と構えた川内だったが、女の手元は瞬時にその長さを変え、意表をついて川内の首へと辿り着く。
そしてその腕は……物理的なものではない。シンプルだが明らかな魔法攻撃だった。
「がっ……!」
腕に動きを封じられ、同時に、2つの白い腕が川内の肢に掴みかかる。ぐ、と握られた瞬間、力が抜けるような感覚を彼女は覚える。
(束縛か……!)
「おっと、それ以上ヒナちゃんに手出しはさせねーぜ!」
だがそこで、一発のロケットアームが側面から女に掴みかかる。
がしぃ! 握りつぶさんばかりに力を込めるアームを操るのは、ラファル。
すかさず上空から牙撃が援護射撃を加え、川内に張り付いた腕を撃ちおとす。
「どうした、それで私を恐怖させているつもりか? くだらん、今度は私が貴様を恐怖のどん底に突き落としてやる!」
エカテリーナは吐き捨てるように声を上げると、山林へ駆け込みつつ逆に掴まれた女へ弾丸を叩き込む。
だら、と傷から血を流し、女はもがくが、外れない。
『……っ』
ならば、と女は機械腕ごと姿を消す。また瞬間移動か。何処に? 探すまでもなく、上空からの銃声が響く。
「避けた先に弾が飛んでくるのはどんな気分だ?」
牙撃だ。女はラファルの僅か後方に移動していたが、虚を突く前に攻撃を受けた。
「泣け、喚け、苦しめ、悲鳴を上げろ! 心地よい断末魔を私に聞かせるのだ!」
姿の見えぬ暗闇から、エカテリーナは着実に腕を数を減らしていく。
攻撃の度になる爆音が、徐々に女の余裕を削っていく。
ならば、と距離を置こうとしても、その先にはすぐにゼロが立ち塞がる。
「残念♪ 今日は幕が下りるまで付き合ってもらうで?」
上空の牙撃とゼロがいる限り、女は後手に回らざるを得ない。
『ネ、ェ』
だから女は再度瞬間移動をした。上の人間に見つからない場所に。
「おわあぁあ!?」
車内だ。女は社内に逃げ込む。
密室ならまだ、と判断したのだろう。だが。
「この距離なら外さない……焼き焦がしてあげる……!」
それを待っていた者がいた。リリルだ。
アウルの光球が、狭い車内の中、魔力の加速器の中で回転・高速化。
やがてそのスピードが一定を越すと、球はビームとなり射出され――
――車内に、爆音と高熱が吹き上がった。
●
「終わった……か?」
静寂の中、まだ信じられないというように、藤沖は呟く。
「生命反応はないなぁ。これで終いやろ」
ゼロはあっけからんと答えると、「そや」と思い出したように、車内から何かを取り出す。
「ま、一応や。清めの酒くらいはあってもええやろ」
取り出したのは、日本酒だった。
ゼロは辺りにそれを撒き、死者を弔う。その様子を見て、藤沖も何処か納得して、ようやく少し落ち着いた。
「はぁ〜。ならもう帰ろうぜ。いつまでもこんなとこ居たくねぇよ」
「さんせーさんせー。ネタバレしたホラー程つまんねぇモンもないしなー」
「んじゃ、俺はもうちょい肝試し楽しんで行くわ〜」
ラファル達が車内に戻ってゆく中、ゼロだけは残った日本酒を口にしながら、再度翼を現出させる。
車に乗らず、このままのんびりと帰るのだろう。
「……ん? なんや、お前も歩いて帰るんか?」
「ああ、いや……」
と、ゼロが一人草陰の向こうを見つめてい牙撃に、そう声を掛ける。
だが牙撃は小さく首を振り、「人影を見た気がしたからな」と言いつつ、ライフルをヒヒイロカネに戻す。
「……足が見えなかったが、どこかに消えてしまったし相手にする必要はないだろう」
「おおぅ……」
真顔で言われると、冗談かどうかも分からない。
……とはいえ、スキルは反応しなかったのだ。ゼロはにかっと笑って、「らしいで」と車の藤沖へ話を振った。
「やっ、止めろよなそういう冗談! 敵はもう倒したんだから出るわけねぇだろっ!」
口ではそう言いながらも、明らかに声の震える藤沖。慌ててエンジンを掛けようとするが、なかなか掛からない。
「ちょっ、まっ、マジ勘弁しろよ!?」
ただ独り、藤沖の恐怖心だけを増大させていきながら、夜は更けていくのだった……
●
「一言いいかな。良くなくても言うけど」
依頼のあと、久遠ヶ原に戻ったリリルは、炎條忍にそう声を掛けた。
びくっ、と炎條の肩が跳ね、彼は気まずげにリリルへと振り向く。
「ソ、Sorry……」
「ん、悪いことをしたとは思ってるんだね」
でもね、分かってるなら猶更だ、とリリルは続ける。
「あんまり今回の件みたいにFakeばかりTalkしてると、いつかBackからバッサリSlashされちゃうんじゃないかな」
「Oh……」
何故か炎條と似た話し方で苦情を言うリリルに、炎條はあからさまに肩を落とす。
「いや、本当に悪かったぜ。すぐにMoneyが欲しくてな……」
何でも、この夏お金を使い過ぎ、その上骨董品店でやたらグッとくる刀を見つけてしまったらしい。
俺が悪かった。素直に謝る炎條に、リリルもそれ以上は何も言わない。
「それに、な」
「……何かあったの?」
尋ねると、実はと炎條は話し始める。
朝起きたら、家の前やポストに様々な心霊グッズが置かれていたことを。
「怪しげな箱にJAPANDoll、誰かのHair……相当な恨みを買ったと、ひやひやしていたぜ……」
それこそ後ろから斬り付けられてしまうのでは、と、ずっと警戒していたらしい。
「それはまた……うん、でも自業自得だね」
リリルは苦笑する。多分参加者の誰かだろう。
(ほんと、正体不明の怪異よりも、ヒトの方がよっぽど恐ろしいものだね)
これくらい可愛いものだけど。
たとえ人間がどれほど恐ろしいものだとしても、私は人類の守護者であり続けるのだろう。
周囲を気にしながら走り去る炎條の背を眺めながら、リリルはそんなことを改めて考えるのだった。