「感情ではわかるが……少々理性的とは言いがたい行動だねぃ」
石段を登りつつ、皇・B・上総(
jb9372)は呟いた。
ホントにね、とアルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)は頷きつつ、口の端を僅かに持ち上げる。
「この状況で真剣勝負のお誘いだなんて……愉快なことをしてくれるじゃないの」
だが挑戦は挑戦だ。彼の気が済むまで、こちらも存分に楽しませてもらおうじゃないか。
「変身っ!」
千葉 真一(
ja0070)は高らかに声を上げ、全身の魔装を活性化させる。
彼の全身は光に包まれ、次の瞬間には紅の戦士へとその姿を変えた。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
BOOST!
千葉は両脚にアウルを溜め、一足飛びに森へと消える。
と――直後、もう一人の撃退士が正面へと飛び出した。
「お初にお目にかかる《一矢確命》。ウリエルと他の騎士団員はどうしている?」
数歩。届くと判断した黒羽 拓海(
jb7256)は普段より多少声を張り、若き団員へと問う。
「やるべき事を」
ハントレイは、ただ短く、それだけ答えながら弓を引く。
先の戦いで失った者、負った傷はあまりに多い。
それでも、多くの団員は彼らの遺志を継ぎ、成すべき事を成さんとしている。
「……多くの者は、な」
ハントレイの矢が3発、黒羽の身体へ突き刺さる。痛みを堪えつつ、黒羽は騎士の瞳を見た。
恐らく、言葉に嘘は無いのだろう。
(大丈夫だ、と言い切るだけはあるが……)
では、彼は?
「エクセリオが次を託すために教育してきた者が、感情に流されて職責を放り出す程度とは……あいつも報われん」
仲間達が前へと出る中、迂闊に動けないのか、ナイト達は守りを固めるだけだ。
それを確認した戸蔵 悠市(
jb5251)は、溜め息交じりに前方にスレイプニルを召喚する。
「それとも、分かっていても譲れない程の激情があったのか」
呼び出された黒馬はすぐさま地を蹴り、黒羽を抜きハントレイの正面上空へと跳んだ。
どんな理由にせよ、と眉根を寄せて、彼は召喚獣に指示を出す。
「負ける訳には、いかないが」
キィン、と甲高い音を立て、馬竜の口から真空波が発せられる。
「……ッ!」
直撃は、していない。直前に弓で弾かれ、衝撃は拡散した。
ハントレイは己の視界を遮らんとする獣を冷たく睨み付け、周囲の気配を窺う。
(小細工なしで突っ込んでくる、か……いや)
速さに違いはあれど、概ねは正面から走ってくる撃退士。
直後、がさりと音を立て、森の中から千葉が飛び出した。
「お前の相手は俺だ!!」
『――ッッ!』
飛び出した彼は、真っ先にチャージナイトへ接近。
鎧が盾を構えるより先にその懐へ潜り込むと、胴体部へ掌底を叩き込む。
がしゃん! 攻撃を受けたナイトは鎧を軋ませながら地面を滑り、主との距離を離される。
「ちっ……」
ハントレイが舌打ちし、弓を引くより一歩、早く。
「しかし些か軽率だな」
一発の銃弾が彼に迫り、ハントレイは咄嗟に防御姿勢を取る。
「騎士団の中核達はその命を以って、天の驕りを正そうとした。若い世代を守る為、これ以上の血を流さない為に」
剣をライフルに持ち替えた黒羽は、スコープから目を離すと直接ハントレイへ視線を向ける。
「それが分かっているとしたら……尚戦いを挑む理由は、なんだ? 先達の想いにどう報いる?」
「……理由? 決まっているだろう」
攻撃を弾いたハントレイは、苛立たしげに黒羽を睨み付ける。
「団長を……あの人を、お前達がッッ……!」
言葉は最後まで発せられず、代わりに3発の矢が再び黒羽に迫る。
「――やらせない!」
だが矢の弾道に、キイ・ローランド(
jb5908)が立ち塞がる。
ハントレイの攻撃は彼の盾にぶつかり、弾けた。体勢は崩れていたが、十分、受け切れる。
「お互いに飽きないねえ」
と、相手がキイに気を取られた次の瞬間、ハントレイと残るサーバントの頭上から、吹雪のような攻撃が襲い来る。
「くっ……」
弓でこれを払いながら、ハントレイはルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)を睨む。
「それとも、これが君の『仇討ち』かい?」
かつて投げ付けた言葉を返されて、しかし彼は答えない。
間違ってはいないのだろう、とルドルフはその時の言葉を再度思い出す。
「巧く片付けられると思うな、と以前言ってたけど……つまりそれって」
君が未だに仇討ちを成し得てないって事じゃない?
「――ッッ」
息を呑む音、歯軋りの音。
言葉にならずとも、「そうだ」と言っているようなものだった。
●
「はァァッ!」
炎に包まれた川内 日菜子(
jb7813)の拳は、その威力とアウルによってチャージナイトを吹き飛ばす。
『ッ……!』
がぎゃぎゃ、と砂利の中何とか体勢を立て直し、鎧は川内へ突撃を仕掛ける。
「遅いッ!」
だが鈍重な鎧の突進は、川内に容易く見切られた。
突き出された槍は下から拳で穂先をずらされ、川内の腕を掠めるに留まる。
盾で追撃を狙うも、身を引きながら当たる面を増やされ、威力は散った。
「もう、一撃!」
お返しとばかりに、川内は再度業火のアウルで鎧を後退させる。
数歩戻られた分、これでまた少し引き離した。慌てて起き上がろうとするナイトの背中に、べしゃりと何かが張り付いた。
「これで両方、お揃いね」
アルベルトの攻撃だった。張り付いたアシッドショットの弾丸が、鎧の表面を少しずつ溶かす。
2体の鎧の状態を見る限り、どうやら腐敗は有効な手らしい。
(ならこの手は継続するとして……)
次はあの騎士だ、とアルベルトはスコープを覗き込んだ。
「……余裕、無さそうね」
若き天使は撃退士の言葉に動揺しているのか、遠くから狙うこちらに気付く様子も無い。
「アルリエルは騎士団から離反し1人で己と前田の理想も想いも背負った。それに比べてオグンのやり様は……」
そんな彼を遠目に見て、戸蔵は嘆息する。
「「信頼」という言葉で飾ってはいるが、実際に伝わっていない以上言わなくても分かれというのは託す側の怠慢だ」
前衛での会話は、後方の彼らにもぽつぽつと聞こえている。
スレイプニルに回復を指示しながら、戸蔵は自らの相棒へと目を移した。
「もしかして、君のそれってオグンが関係してたりして」
当て推量で、ルドルフは続ける。
「だからここでどうにか踏切り付けようとして、そんなに思いつめた顔してるって辺りじゃない?」
「――べらべらと、よく喋るッッ……!」
言葉を遮るように、ハントレイは3発の矢をルドルフ、黒羽、そしてスレイプニルへと撃ち込む。
咄嗟にキイは黒羽への矢を引き受けるが、残る2発はスレイプニルとルドルフを貫き――
「……あ、図星?」
――否。貫かれたのは彼が懐に入れていたジャケットだけだ。
穴の開いたそれがはらりと地面に落ちた瞬間、すぐ隣でルドルフは薄笑いを浮かべる。
「ああ、そうだよ! その通りだッ!」
ちっ、と舌打ちし、ハントレイは叫ぶ。
「俺はあいつを……オグンを倒すつもりだった! 俺の仇を殺したあの人を、超えたかった!」
だから。
先にオグンを殺してしまった撃退士に、戦いを挑んだ。
「……恨みと嫉妬も入り混じっているように思えるねぃ」
引き出された独白に、皇は鎧へ顔を向けたまま呟く。
「こいつは耐性高くても関係ないのさ。私がどれだけ威力を上げられるかが問題なのさね」
ナイトは動きを封じられ、千葉達に反撃する事が出来ない。
「すまん、助かる!」
千葉は礼を言って、再び掌底で鎧を引きはがしにかかる。
「どちらにしても、だ……。」
皇は息を整え、ハントレイへ向き直った。
「私の八つ当たりにも少々付き合ってもらうよぅ。《百計千詐》に勝ち逃げされて、私のデリケートなプライドはいたく傷ついたのでねぃ」
次の瞬間、ハントレイの腕に一筋の雷が走る。
「……ちっ」
表面からじわりと血の滲む腕を尻目に、ハントレイは迫る黒羽へと注意を戻した。
「追った背中に二度と追い付けない? お互い様だ!」
ガギン! 刃は弓に受け止められたが、そこから一歩、黒羽は騎士へと迫り言葉を投げる。
「生きる限り俺も奴に認められない。追い越せない。お前が先達を目標と言うなら、こんな所で死なれては困る。馬鹿な真似も大概にしろ!」
「困るだと? 敵だろう俺は!」
黒羽の制止を、彼は聞き入れず叫び刀を受け流す。
「俺は連中の墓前に貴様を斬ったなどと報告したくはない!」
体勢を整えながらそう言う彼に、騎士は一瞬言葉を詰まらせる。だが。
「お前達に斬られるなら……俺は所詮その程度の者だったというだけだ」
ハントレイは自嘲気味に言い捨てて、目を逸らす。
――刹那、漆黒の弾丸が傷ついた彼の腕を射抜いた。
「お生憎様。狙撃はあなたの専売特許じゃないのよ」
それに、こっちに気付きもしないなんてね。
アルベルトが呟くと、こちらを向いたハントレイに「愚か者が」と戸蔵が口を出す。
注意を怠った事に、ではない。
「オグンの願いもエクセリオの想いも、お前を産み出した両親のことすらお前は今その言葉で否定した」
その程度、などと。
「騎士団次代の要よ、恥を知れ。お前は己を生かした者達の命の価値を背負っているのだ。何故それが分からん……!?」
怒気を含む、けれどもどかしげなその声に、ハントレイは答えを返せない。
そんな彼に、蒼雷を纏う刃が迫る。
「なんっ……!?」
「これが誰の技か……言うまでもあるまい」
受け流しつつ驚愕する騎士に、黒羽は言う。
かつて戦った騎士のそれを模した技。彼に、判らぬ筈もなく。
その時初めて、ハントレイは黒羽の言った意味を理解する。
「……《一矢確命》、君らが先の戦いの結果、何を考え、どう行動するかは私の関知するところではない」
僅かに気勢を削がれた彼に、「だが」と皇は言う。
「《百計千詐》や《閼伽の刃》が命と引き換えにでも何を遺し、伝えようとしたか……考えてくれたまえ」
少なくとも、彼が今ここで自棄になって戦う事では、無いはずだ。
「……分かっているさ」
そしてハントレイは、小さく答える。
「分かっている。俺の行動を、あの人たちも、あいつらも、望みはしないだろうということは」
彼の手の中に、小さな光が生まれた。
「なら、何故戦うのかね?」
「……。赦せないからだ」
光は細く長く形を作る。……その先端を見て、ルドルフはハッとし、駆けた。
「何も出来なかった俺を……赦せはしないよ」
●
「なるほど、堅いのは見た目通りって訳だ」
数度の攻撃の感触で、千葉は相手の頑丈さを実感する。
腐敗で弱っているとはいえ、一人で削りきるのは容易ではない。
「だったらコイツでどうだ!」
IGNITION!
ゴウライガのアウルが太陽の輝きを放ち、彼の片足に集中していく。
『ギ……』
危機を感じる鎧だが、スタンの効果がまだ抜けず、回避できない。
「ゴウライ、バスターキィィィック!!」
高く跳んだゴウライガは、宙で一回転し勢いを込めた蹴りをチャージナイトへ叩き込む。
『グゥ……!?』
ベギャン! 蹴りは脆くなった鎧の胴体をへし折り、砕く。
「よし! これで――!?」
もう一方の加勢を、と思ったが、千葉は脚を止める。
ハントレイの周辺で、小爆発が起こったからだ。
「喰らえッ!」
全身から炎のアウルを吹き出しながら、川内はもう一方の鎧に止めを刺そうとしていた。
ガドン! 鈍い音を立てて突き立てられた拳から、鎧の中へと炎が吹き込んでいく。
『グギ……』
苦しげに呻く鎧の中から、やがて焔は溢れ、吹き出し――弾け飛ぶ。
(――奴は――)
ふぅぅと深呼吸しながら、川内はハントレイへと目を向けた。
●
「倒れる身で言うのも、何だがね」
どろり、と血の流れる腹部を抑えながら、皇は尚落ち着いた口調で彼に言う。
「君は、逝くにはまだ早い……私はそう思う次第だよ」
「……余計なお世話だ」
自身ボロボロになりながらも、ハントレイは彼女から顔を背ける。
爆発から、数秒。立ち上がった彼らを射ったハントレイの顔は、曇っていた。
(……ねえ、ハントレイ。俺達はずっと、その悔しさを越えてきたんだ)
爆発の直前、ルドルフは彼にそう言った。
それでも晴れないその顔に……意識を必死で抑えつけ、ルドルフはもう一言だけ、言葉を継ぐ。
「――信じろよ、俺が信じた、君の強さを」
「……っ」
「まだ、やるのか?」
唇を噛むハントレイに、千葉は小さく問う。
得るものは無い。それを分かっていて、それでも?
ハントレイはその問いに、「ああ」とか細い声で答えた。
「……私にとっては、好都合だな」
俯き加減に体勢と呼吸を整えながら、川内は己の肩に手を当てる。
かつての戦いで負った、生涯癒えぬ肩の傷。これだけを残し、『奴』にリベンジする機会は永遠に失われてしまった。
そこへ来て、同じ騎士団員の挑戦状だ。逃す手が、あるか?
「貴様を、倒す……ッ!!!」
それがただの八つ当たりだと自嘲する彼女の姿は、もうそこには無い。
復讐の念を真正面から向けられて、ハントレイは渇いた笑みを浮かべる。
「望む所だ」
胸で拳を握りしめ、そうでなくては、と小さく呟いた。
その瞳には、目の前のものは何一つ映っていない。
「全ての感情が燃え尽きるまで……やるしかないだろう」
自身を回復させながら、キイは千葉に言う。これ以上、言葉は意味が無いのだろう。
「……そうだな」
引き受ける、と決めたのだ。なら、最後まで。
●
「生きたいのか、死にたいのか。君の言葉を聞かせろ」
「……死ぬ事を、皆、赦さないだろ」
「自分が聞いているのは、『君の言葉』だ」
「死ねるなら死んでいたかったさ。……だがもう、俺は自分が死ぬ事も赦せはしない」
「……そうか」
●
「手当、してもいい?」
戦いの果て、ようやく弓を下した天使に、アルベルトは申し出る。
「……俺より余程傷を負った者がいるだろう」
ハントレイは一瞬驚いた顔をしてから、ふいと顔を逸らして呟いた。
だら、と流れる血に気付かないフリをして、ハントレイは光の矢を空に投げる。
矢は空中で輝きを放ち、弾けた。信号弾だったのだろう。
「……アセナスも、今は『やるべき事』をしてるの?」
ふっと聞き逃していた事を思い出し、アルベルトは問いかける。
「……? あぁ。あいつも今は修行の最中だ」
不思議そうな顔をして、ハントレイは簡潔に答えた。――と、その時森の奥から一体の馬型サーバントが顔を覗かせる。
ハントレイはそれに跨り、それ以上何も言わずに去って行く。
「……これで気が済んだなら、良いけどな」
彼の消えた方角を眺めながら、千葉はぽつりと呟いた。
●
「……噂、か」
何時の間にか懐に入れられていたそれを見て、彼は小さく零した。
(縋れるものなら縋りたいさ……けど、な)
あの人がそれを望まない事くらい、判るのだ。それに――
(……今は少し……悩ませてくれ)
彼の迷いに、応えは一つも出ていないのだから。