「こんにちは」
駅に突っ立っていたルクーナに、フードを被った男性が声を掛けた。
柔和な笑みを浮かべた彼は、同時に胸元から生徒手帳を取り出す。御薬袋 流樹(
jc1029)という名前が記されていた。
「そう、撃退士。来てくれたのね」
「久しぶり、ルクーナからデートのお誘いと聞いて飛んできたよ」
Zenobia Ackerson(
jb6752)は微笑む。
「えぇ。……久しぶりかしら?」
答えてから、彼女はふと首を傾げる。彼女達メイドが撃退士と戦って、もう三ヶ月。
だが時間の流れの違う悪魔には、それは長い期間と言い切れないのかもしれない。
それに。
「デート……というわけでもないわ。私、やる事があってここに来たのだから」
「ふむ、聞きたい事、であるか」
斡旋所で軽い話は聞いている。ギメ=ルサー=ダイ(
jb2663)は大仰に頷いた。
「ならば答えよう――存分になっ!」
両肘を突き出し、腕を曲げ全身の筋肉に喝を入れるギメ。
突然の雄々しいシャウトと力強いそのポーズに、駅前の群集はどよめいた。
「……凄く目立ってますね」
鷹司がぽつりと呟く。無理もない。元々ルクーナが突っ立っているだけで結構目立っていたのだ。
「何か御用のようですが、折角人間界まで来たのですから少し観光しませんか?」
そこで、御薬袋は提案する。
「ここでなくてもお話はできますし」
「そうね」
少し考えて、ルクーナも頷いた。
「その方が、私にも都合が良いわ」
「ひとまず、これをどうぞ」
鷹司 律(
jb0791)はロングコートを取り出して、ルクーナに手渡す。
「寒いのもあるでしょうが、何よりその格好では目立ちますし、ね」
目立つ。そう聞いてルクーナは「それは困るわ」と大人しくコートを羽織る。
少々の違和感は残るものの、これでガントレットは隠れる。後は何処へ行くかであるが……
「我が悪魔の娘を連れて歩くというのならば、行先は一つしかあるまいな」
「何処です?」
御薬袋の問いに、ギメは「決まっておろう」と答えながら次なるポーズを取る。
ス ポ ー ツ ジ ム !
「である!」
両腕を高く掲げ、握り締めた拳に蟷螂の様な角度を付けた彼は、全身の筋肉に違わぬはっきりとした語調で宣言した。
「じむ……?」
「人の子らがその卓越した想像力と、力が無いからこそ作り出すことが出来たその施設の奥深さを案内しつつ、話を聞こうではないか」
それが何か分からぬルクーナにそう説明する。
「なんなら我がプロテインならばおご――」
「却下です」「却下だな」「却下、ですね……」
言い切らぬ内に他三人に止められた。当然の流れであろう。
「なに、不満だと? ならば他の皆の行先に従おう」
今度はサイドトライセプスで腕の筋肉を示しつつ、素敵な笑みを浮かべてギメはそれを断念した。
「結局、何処へ行くの?」
一連の流れを不思議そうに見ていたルクーナが、小さく首を傾げて問う。
「そうですね、後でバスに乗って他の場所に向かいますが……」
「とりあえず最初は、服屋だな」
●
「えぇ。……今ですか? 駅前に。……はい、宜しくお願いします」
電話を切り、只野黒子(
ja0049)はふぅと息を吐いた。
「一通り連絡は済みましたし、私は合流しようと思うのですが」
「あぁ。私は離れて様子を見ているよ」
天風 静流(
ja0373)は頷いて、歩いていくルクーナ達の背中を見る。
「向こうから呼び出しとは、何事なのだろうね」
天風は考える。人間と彼女達冥魔は敵対しているのだ、そうそう軽い気持ちで遊びに来たとは考え辛いのだが。
「図りかねます。……ただ、表向きは『視察』ということになっていますので」
今回はそれが無事成功するよう動くだけです、と少女は答える。
「……そうだな」
天風は頷く。騒ぎを起こすつもりのあるようにも見えない。
(……格好からして、物凄く目立つのは……まあ、気にしたら負けか)
●
「これなんか良いんじゃないか?」
「そう? なら、着てみるわ」
Zenobiaに差し出された服を持ち、ルクーナは試着室へと入った。
「あれなら問題なく着れそうですね」
それとなく周囲の……主に一般客へと注意を向けつつ、鷹司は言う。
服選びは順調だった。
正確に言えば、篭手を付けたまま着れる服の数がそもそも少なく選ぶのに苦労しなかった。
「着たわ」
ややあって、ルクーナは試着室のカーテンを開く。
「おぉ……」
思わず声を漏らすZenobiaに、「どう?」とルクーナは尋ねる。
「ああ。凄く似合ってるよ! 一層可愛らしくなったな」
「そう。元が良いのね」
さらりとそう呟くルクーナ。表情はあまりないが、僅かに楽しげな口調である。
選ばれた服は、白い刺繍の入った濃い紺色のポンチョ。元は中南米の衣服だが、日本でもファッションとして取り入れられている。
「じゃあ次は、バスで遊園地に行きましょうか」
●
(そういえば今日はクリスマスだったな。だからといって何がという感じではあるが)
皆の後についてひっそり遊園地に入った天風は、園内の雰囲気を見てふっと思い出した。
係員にもサンタやトナカイの仮装をしている者がちらほらと――
(……ん?)
「はっ、恥ずかしい、けど……! お仕事ですからっ!」
スカートの短い裾を恥ずかしげに摘まむ係員の姿が目に映る。
「スカートで、へっ、変じゃないかな?」
「変じゃないですっ! っていうか師匠はいつもセーラー服じゃないですかっ!」
「……だって、あれは由緒正しい日本の戦闘服だし」
ミニスカサンタの仮装をした彼女はもう一人、同じ格好をした金髪の係員と何やら話していた。
(そうか、彼女達が……)
●
「……大丈夫ですか?」
「私の方が速いもの……平気よ……問題ないわ……」
ジェットコースターを降りたルクーナが青い顔をしているので、御薬袋は声を掛ける。
「……もう一度乗るわ」
どうやらそれなりに怖かったらしいが、彼女は果敢にも再チャレンジする。
遊園地にやってきたルクーナは、表情こそ少ないがどうやら結構楽しんでいるらしかった。
そうして何度もアトラクションを楽しんだ後――
「メリークリスマス! サンタクロースからのプレゼントですよー!」
サンタ衣装に身を包んだ二人の係員が、ルクーナへプレゼントを手渡した。
「これは……?」
「クリスマスだからねっ!」
「クリスマスはサンタが良い子にプレゼントをくれる日です!」
サンタ達は口々に言う。その顔をしげしげと眺め、「あら」とメイドは声を上げる。
「貴方、何しているの?」
「ふふ、お久しぶりですっ」
係員の一人は竜見彩華(
jb4626)。互いに戦ったことのある間柄だ。
「初めまして、ボク、犬乃さんぽ、メリークリスマス! よろしくね」
犬乃 さんぽ(
ja1272)はにこりと笑って挨拶する。
「えぇ、よろしく。……そう、貴方も撃退士なのね」
貰ったプレゼントを不思議そうに見つめながら、彼女はぽつりと呟いた。
●
遊園地を巡り、合流した彼らは屋内のカフェテリアで一休みすることにした。
「――そろそろ、訊いてもいいかしら」
食事がある程度進んだ頃、ルクーナはそう口火を切る。
「そこの、貴方も。出来れば答えて欲しいのだけど」
「……気付いていたのか」
少し遠い端っこの席に座っていた天風は、声を掛けられ苦笑い。
ならもう隠れることも無いなと、ドリンクを片手に同じテーブルに付いた。
「気付いたのは、途中からよ。最初から居たの?」
「あぁ。何かあったら……と思ってな。それで、訊きたい事というのは?」
「簡単な質問よ。……そう、簡単な……。…………」
数秒固まって、ルクーナはポケットから何やら紙を取り出す。
「……『騎士団との戦いは順調?』」
読み上げたような棒読みで、ルクーナは撃退士に一つ目の問いを投げかけた。
「ふむ――何を差して言いたいのか分からんが。あの筋肉騎士団のことか? アレは……」
ギメはマッチョの大群と戦う撃退士のイメージを送りつつ、「うぬら等に心配されずとも人の子は生きる」と答える。
「多分違うと思うのだけど、そう」
送りつけられたイメージに小さく眉を顰めながら、彼女はギメの返答に興味深く頷く。
「うーん……ボクにはちょっと分からない話、かな? 他の人にお任せするね!」
四国情勢にはさほど明るくない犬乃は、そう答えると何処か申し訳なさげにストローへ口を付ける。
「私も騎士団との接点が無いので、何とも言えん」
天風も頷いて、何やら考え込む。
「少なくとも貴方がたの仕える方々やお仲間の、これまでの『お膳立て』や『ご期待』を反故にさせない程度には」
かつてのメイドとの戦いは、騎士団の動きを考えての事なのだろう。そう考えながら鷹司が答える。
「うーん、私としては順調だと思いますっ!」
全体としてちゃんとわかっているかどうか、怪しい所もありますが。竜見そう言いつつ返答。
「俺もそう聞いてるよ」
Zenobiaはポテトを摘まみつつそれに頷いた。
「表面上は皆様の仰るとおりに。ただ、隠し球がある可能性もありますので」
只野も同意を示すが、油断は出来ない。何かしらの勝算があるからあの四国で事を起こしたのだろう。
「……それは誰にとってでしょう? 僕達人間? それとも貴方がた悪魔? 誰にとってかで回答が変わる問題ですね」
人間から見た答えは『順調』で良いとして。「では逆に訊きましょうか?」と、御薬袋は別の視点の考えを求める。
「悪魔としてはどうなると順調だといえるんです?」
「そう……ね。……天使に盗られてしまうくらいなら、人間が守りきった方が喜ぶわ、きっと」
出した彼女の答えはそれだ。あちらが力を付けるのは面白くない。
「次の質問。貴方達個人としては、『勝てると感じる?』」
「一人で騎士団に勝てるなら学園に入りませんよ。でも、『勝てる』と伺われるということは、『倒せる』ではないんですね」
「ええ。そう書いて――いえ、それは別の事だもの」
言いかけて、訂正する。大事な点は単なる実力勝負ではない。
「フハハハハ! 我の能力はともかく我の筋肉をなめるなよ!」
脳裏に優勝トロフィーを掲げるマッチョの姿が送り付けられる。それと共にギメが出した回答は、「五分であろう」。
「勝てるかは正直分からないな、騎士団とは会ったこと無いし」
どんな相手でも全力で行くだけだ、とZenobiaはあっさりとした答え。
「私は、相手の大将首を落とすまで『勝てる』とは思わないようにしていますから」
「当面の問題が解決したと判断できるまで、勝てなければ勝つ様に戦い続けるだけです」
只野や鷹司も決して楽観視はしないが、悲観しているわけでもない。ただただ油断ならないという事に違いはないのだろう。
「個人としてというなら、私はあんまり勝ちたいとは思わないです」
そんな中で、竜見の返答は少し毛色が違った。
「分かり合うために勝つことが必要ならば頑張っちゃいますが、自信はないかなあ」
「自信がないのに、戦うの?」
普段から謎の自信に満ち溢れているルクーナは、竜見のその姿勢を不思議がった。
「色んな人の生活や命を守るためには負けられないので! 最後まで精一杯頑張ります」
「……なら最後に。騎士と私達、どっちの方が厄介だと思う?」
「それも何とも。まだ相手の全てが分かっているわけではありませんし」
只野は言葉を濁す。
「どちらも護るべきもの、信念があり、仲間同士の繋がりは強固で尊敬できる部分はあり……できれば戦いたくないという意味で、どちらも厄介です」
眺める角度にもよりますが、と前置きして、鷹司は答える。
「どちらかだけでは得意分野が違いますから状況次第でしょうが、両方兼ね備えた方はかなり厄介かと思いますよ」
御薬袋の答えもまた中立である。どちらも相当の実力がある上、横の連携が強い。
「正直に言うと騎士様、ですね」
竜見は即座にそう答えた。
「護りたいものがあって譲れない一線があると、お互い譲歩、っていうのが無理な感じで……」
彼女が人々の為に戦うように、騎士達もまた何かの為に戦っている。
それ故に、退けない。簡単に戦いは終わらないだろう。
「あちらにはメイドさん程の余裕もないみたいですし……弱い者を護れるのが強さじゃないですか! 」
何かを思い出したのか、竜見は語尾を荒げる。
「っと、すみません取り乱しました」
小さく咳払いをして誤魔化すが、ルクーナは彼女をじっと見つめた。
「そう……貴方の『強さ』は、また別なのね」
「……じゃあまた遊ぼっか!」
質問を終え、静かになった撃退士に犬乃は言った。
「だって今はクリスマスだよ」
「……プレゼントを貰う日?」
先程の竜見の言葉で、それだけは覚えたルクーナ。
「それもだけど……みんなで美味しい食べ物食べてお祝いしたり、大事な人すごしたりする日なんだよ」
犬乃はそれに更に付け加えると、「よし、じゃあ、ニンジャサンタさんからプレゼント……」と袋から更なるプレゼントを取り出した。
「片付け……」
犬乃から手渡されたニンジャ式片付け術の本を見て、「使う、わ」とルクーナは小さな声で答えた。
●
それからもうしばらくアトラクションを楽しんで、日は暮れる。
イルミネーションが点灯し、眩しい光のアートが遊園地を包んだ。
「そろそろ帰らなきゃ」
「おや、もうそんな頃合いですか」
鷹司はそう言って、あるものをルクーナに手渡す。
「バナナオレがお好きな方がいると伺っておりますが、こちらも試してみてはいかがでしょう」
いちごオレであった。
「貰うわ」
ルクーナは不思議そうにそれを受け取る。
「他にもプレゼントはあるみたいですよ」
鷹司が言うと、御薬袋が「これをどうぞ」とケーキボックスを渡す。
「これはクリスマスに食べるケーキです。美味しいので、良かったら皆さんで。それと」
もう一つ。御薬袋はロケットペンダントを彼女に差し出した。
蓋をあけて見せると、中には光纏した御薬袋の写真。
「……」
「貴方へのプレゼントです。クリスマスにはプレゼントを渡したり貰ったりする風習があるんですよ。今、写真が入ってる所に大切な人の写真を入れてお守りにどうぞ」
「大切な、人」
呟くルクーナの手に、御薬袋はそっとそれを握らせる。
●
「じゃ、送るよ。心配だからな」
「あら。平気よ? 私強いもの」
Zenobiaが申し出るも、ルクーナは取り合わない。
「じゃなくて」
道に迷いそうだから、と言うと、ようやくルクーナは頷いた。
「今日は楽しかったか?」
「えぇ、とても」
会話はそう多くなかった。ひっそり歩いていくと、やがて「もう大丈夫」とルクーナが告げる。
「ん、そうか」
Zenobiaは頷いて、「またデートしよう」とルクーナを誘う。
「……機会が、あれば」
こくん、ルクーナは頷いて、ふっと思い出す。
「そういえばこれ、返すわ」
それは以前預かった懐中時計。「確かに」とそれを受け取って、代わりに彼女は小さな包みをルクーナに手渡した。
「Merry christmas、ルクーナ」
「……めりー、くりすます」