「今回のオプションはこいつらかぁ……。」
鉄屑の中に屹立する巨兵を見上げ、佐藤 としお(
ja2489)は呟く。
以前の鉄球も厄介ではあったが、今回はどうか。
「今回もよろしくな、ルクーナ」
招待状を片手に、Zenobia Ackerson(
jb6752)はルクーナへ微笑む。
「えぇ。思い切り、やり合いましょう」
「変身っ!」
千葉 真一(
ja0070)が高らかに声を上げ、光を纏った。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
名乗りと共に現れる、戦士。
燃え盛る焔。或は滾る血潮の様な真紅のマスク。
「……ごう、らいが」
ルクーナが呟く。認識し、頷く。
『BOOST!』
ゴォッ。アウルが噴出し、ゴウライガは目にも留まらぬ速さで前進する。
「速いのね。あなたも……ゼノも」
千葉と同じく、Zenobiaもまたルクーナへと突進していた。
ちらり。彼女は足元の鉄屑に目を遣る。
(やっぱ、少し走り辛いな)
意識せずとも分かる。足を取られないよう気を付けたとして、乱雑に重なり合ったゴミは足の力を分散、吸収してしまうから。
「そう、ね。まずは、あなたから」
ルクーナは呟くと、たんっと軽く地面を蹴り、千葉の目の前まで一足飛びに迫る。
「っ……!」
迅い。
跳びながら彼女は既に拳を引き、狙いを定めていた。
(躱っ――)
回避するには、微かに遅く。
ズン、と内臓にまで響く衝撃を感じた瞬間、彼は吹き飛ばされていた。
ガギャン。音を立て、瓦礫の上に背を叩きつける。
「……なるほど。こりゃ大した強さだな」
起き上がりながら、呟いた。
自らの力を十全に発揮出来ないこの空間で、それを差し引いたとしても『強敵だ』と分かるこの、一撃。
「だが、超えてみせるぜこの逆境!」
心の弱い者であれば、身体より先に精神を潰されていたかも知れないが。
「そう。頑丈なのね」
ルクーナはあくまで淡々と口にして――唐突に、目の前へ拳を突き付ける。
べしゃり。何かが銀色の拳で潰れ、その一部がルクーナの頬に飛んだ。
「……また、これ。気持ち悪い……」
攻撃の向かってきた方向へ、ルクーナは不快気な目線を送る。
弾丸を放ったのは、前回と同じく佐藤。
以前と比べれば視界も無く、遮蔽物も少ない。しかし後方に下がった彼の目的は、『見切られ、弾かれる』ことにあった。
「そうそう、その自慢の拳で攻撃を弾き返してください♪」
がじゃり。鉄屑を蹴り上げ、盛り上がったその陰に佐藤は隠れる。
(女の子相手にカッコ悪いけど……)
タイマンで勝つのは難しい。連携が必要な相手だと、佐藤は見極めていた。
ルクーナは、どうも腐敗の感覚が嫌いらしい。僅かな間眉を潜めていたが、ハッと気が付きまた常の表情に戻る。
ぼぅん! 次の瞬間、ルクーナを中心とした小さな範囲が音を立てて爆発した。
ひゅんひゅんと、小さな鉄屑が飛び散る。
「びっくりしたわ。あなたも前に出るのね」
「……前回は殆ど削れませんでしたからね」
神谷春樹(
jb7335)は、爆発の中から聞こえる声に苦笑しつつ答えた。
拳がしゅぅぅと音を立てている。ガードしたのだろう。だが、塵一つ無かった彼女の服には、所々焦げや埃が付いている。
「そう?」
かくり、ルクーナは無表情のまま首を傾げる。
(僕自身はほとんど相手を削れなかった。だから――)
だから、今回はもっと切り込んでやる。
もう一人、彼と似た想いを抱いていた者がいた。Zenobiaだ。
(少しばかり、強引に攻めるよ)
深呼吸。肺腑に酸素が満たされると共に、見える風景が遅れていく。
仲間の動き、敵の動き、鉄屑の落ちる瞬間まで、はっきりと。
(……よし)
剣に力を込める。千葉の動きを、じっと見て。あのタイミングならと、考える。
「ゴウライ、ソニックパァァンチ!!」
ダンっと強く地面を蹴り、千葉が鋭い正拳を叩きつける。
ルクーナは無論拳で受けたが、瞬間、「あら」と声を上げる。
「そのまま喰らったら危なかったわ」
「『これ』なら平気、ってわけか……!」
彼女の言葉に、千葉は苦笑する。徹しの効果はあまり期待出来ないようだ。
「……あなたも金色を使うのね」
ぽつり。千葉の外装を見てルクーナは呟くと、そのまま瞬時に向きを変えた。
「ゼノ。次はあなた」
彼女の振り下ろした左の剣を振り向き様に払い、踊り子は言う。
「さて、どうかな?」
にこり、彼女は答えると、もう片方の剣で彼女の胸を突かんとする。
「っ」
ルクーナは息を吸い、その場で更に一回転。裏拳を用い、その剣も払う。
「駄目よ」
当たらない。そう言ってルクーナはまた回り、三度目の振り向き様、叩きつけるように拳を振るう。
――Zenobiaにはその、一連の動きが全て見えた。もう少し足が速く動けば、と思うが――
「まだだ」
足が動かないなら。
腕を、載せる。迫りくる拳に、彼女は小さく飛びつつ肩から乗って、ひらりと躱す。
(……ギリギリだ。二度は多分、出来ない)
踊りのようだ、と思いながら彼女は確信する。この動きに、次は反応される。そも、自分が彼女の動きに反応しきれるか、分からない。
●
「メイドさんはメイドさんらしく、とあれ程言ったのに、お聞きになられないとは」
ゴミの中、以前にも増して激しく拳を振るうルクーナを上空から眺め、ロジー・ビィ(
jb6232)はかくりと首を傾げる。
「確かにメイドらしくありませんよね、この部屋は」
竜見彩華(
jb4626)もそれに頷きつつ、召喚したスレイプニルをジャンクへ突撃させる。
そんな彼女の手には、軍手とビニールバッグ。
「それは……?」
「随分散らかってるみたいですからね」
余裕があれば自分で片付けてみよう、と考えているらしい。
「成程。それではお掃除を始めましょうか!」
「はいっ!」
ロジーが鉈を振るい、スレイプニルが雄叫びを上げる。
ビシュン! 空を裂く音と共に二発の衝撃波がジャンクへと放たれた。
『ギ、ギ、ギ……!』
鉄が軋むような嫌な音を上げ、ジャンクは二つの真空波へと己の拳を叩きつけんとする、が、寧ろ真空波は奴の拳の一部を斬り裂いた。
ガシャン! 音を立てて奴の一部がゴミ山に落ちる。
(「倒す」ではなく「崩れる」……)
彼女は『簡単に崩せる』と言っていたが、『倒せる』とは口にしていない。
と、いう事は……?
「でかい割にえらい不安定なやっちゃな。奥の手でも持ってんのか?」
「厄介な能力はありそうだね。とりあえず崩してみたら分かるかな」
上空からぐらつくジャンクを見下ろすゼロ=シュバイツァー(
jb7501)が言うと、キイ・ローランド(
jb5908)は冷静に答える。
『ギギ……!』
ジャンクが鉄腕を振り下ろす。キイは盾を活性化し、正面からそれを受けた。
ドン! 衝撃と共に、キイの足はゴミの中に埋まる。が、攻撃自体は十分受けられるレベルだ。
(まずは、押し込む……!)
光の波が、攻撃で疎かになった敵の胴体へ直撃する。
『ギッ……!』
ガシャガシャと肉体を溢しながらジャンクが弾かれた。
(分かりにくいな……防御にそう差は無いのか……?)
先のターン、既に物理攻撃を与えていた彼は考える。瓦礫の落ち方は大差ない。
強いて言うなら、『同じ』であるだけ物理の方が弱いのかも知れないが。
『ギギギ……!』
「っしゃあ!」
咆哮一つ、ゼロは大鎌片手にジャンクの上空へ陣取る。
グァバッ! 鎌の刃が先端から真っ二つに『開いた』。彼がそれをブンと振り回すと同時、彼の周囲はどす黒く、冷たい気に包まれる。
『ギギギ……ッ』
警戒するジャンク。だが彼が動こうとするその前に、闇の中に潜む無数の氷刃が彼のパーツを斬り落としていく。
『ギ……』
「おぅ? なんやもうおねんねか?」
氷塵。その能力により、ジャンクは黒き夢へと落とされた。だが。
「寝てる暇はないよ」
落ちかけた機兵のあるかないかも分からない意識は、キイによって強引に引き起こされる。
ガンッ! 更にもう一歩、ジャンクを弾き飛ばす魔法の力。胸部のパーツが弾け飛び、露わになった胴体がきらりと光に反射する。
「……?」
『ギギ……』
『ギギギ……』
二体のジャンクは共に攻撃を受け、多くのパーツを喪っていた。
しかし彼らは、怯む様子を見せない。
『ギ、ガ、ガ……!』
ガシャガシャガシャン。
音を立て、巨兵の足元の鉄屑が彼らの身体を登っていく。
ゴミは、彼らの身体の中心にガシンと張り付くと、そこから手や足として伸びていった。
「やはり再生能力ですか……!」
「崩しても崩しても元に戻るんやな。厄介な奴やな」
「うん、でも、核のありそうな場所は分かった」
「……やはり、あの場所ですの?」
見た所、ジャンクの再生は体の中心を経由して行われていた。
そしてキイが攻撃した先程。一瞬だが、胸の中で何かが反射して光った。
恐らくそこが、弱点。
「行きますわっ!」
ロジーが再生した敵の胸部に向け、再びソニックブームを放つ。
ギィン! 火花が散り、胸部を護るいくつかのパーツが斬り落とされる。
「お願い! スレイプニルっ!」
竜見の声に応えたスレイプニルが、咆哮と共にジャンクの胴体に噛み付いた。
『ギギッ……!』
ギャリィ! 核を覆っていた鉄のゴミが、強引に引き抜かれた。
「っしゃ、一気に片つけたるわ!」
ゼロは再び氷塵を使用。胸部と言わず、全身をずたずたに引き裂く。
『ギ、ガ……』
ぐらり。今度は眠らなかったジャンクは目の前のキイへ倒れ込むように拳をぶつける。
だが、肉体が減少し重量が減った今、その攻撃はキイにとって『軽い』一撃に他ならない。
怪異剣で、天を指す。
そう高くない天井のギリギリに、無数の彗星が発生していた。
「墜ちろ」
怪異剣で、敵を指す。
無数の彗星が、降り注ぐ。粉塵が、ジャンクの周囲を覆った。
煙の無くなったそこには、身体を支えることが出来ず地に付した小さな鉄人形。
人形の胸には、銀色の核が煌めいていた。
「さあ、見つけたぞ。さっさと壊れて貰おうか」
●
「ゴウライソード、ビュートモードだ。喰らえ!」
(苦しくなってきたなぁ……)
千葉がワイヤーで足元を狙うも、叩き伏せられる。
戦況を眺め、佐藤は苦い顔をした。
「……しぶといのね。前よりずっと」
「まだお開きには早いだろ……?」
微かに息を切らしながら、Zenobiaは小さく笑う。
両手の剣を握りしめる。意識を集中する。まだ、行ける。
「まだだ……これ位で倒れていられるか!」
千葉も立ち上がる。心はまだ折れていない。
(二人とも、死活でどうにか動けてるけど……)
何秒経った? そろそろ限界時間なんじゃないのか?
ちらりと、倒れ伏す神谷を見る。神谷も薄目を開け、佐藤と目を合わせた。
神谷は苦笑し、バレないように小さく首を振る。ダメージが大きすぎた。
「……でももう、あまり持たなそうね」
「――くそっ……」
千葉が膝をつく。彼の死活は、もう切れる。けれど。
「――っ!?」
突然、ルクーナは吹き飛ばされた。
ぐるり、空中で一回転し、鉄屑の上に着地する。
『BLAST OFF!』
その音声が聞こえる頃、ゴウライガは気を失い、素の千葉の姿に戻っていた。
「……そう」
理解する。彼に一撃入れられた事。……そして、必要な時間を、稼がせてしまったこと。
ギュンッ! 鉄屑を抉るように黒色の衝撃波が迫る。ルクーナは咄嗟に両の拳を引き、盾にするように突き出す。
「さぁ……俺も混ぜてもらおか!」
雷を纏った大鎌が、上空からルクーナの額を狙う。
「っ……!」
身を引くと同時に、しゃがみ込む。ジャリ、と鉄屑が小さく崩れる。
そして跳ぶように、漆黒の刃の先端へ拳を突き上げる。ギャァア、と鴉の鳴くような金属音が耳を劈いた。
「……変な、攻撃」
拳に目を遣る。「少し、痺れたわ」
「なんや少しかいな!」
にやぁ、と鎌の持ち主は口角を上げる。無効化かどうかは分からないが、そう簡単に通る抵抗でもないのだろう。
衝撃波の主はロジー。そして目の前の男は、ゼロ。
ジャンク班の合流に、ルクーナは抑揚のない声でそう言った。
「私だって譲れない事はありますから、ここで退く訳にはいきませんっ!」
竜見は決意の籠った眼で宣言する。前進するスレイプニルはゴミを咥えて竜見の方へ投げている。
「……何をしているの?」
「お掃除ですっ!」
きょとん、とした顔のルクーナに、竜見は怒ったように返した。
「掃除……」
「こんなにゴミを散らかしちゃダメですよっ! 部屋の乱れは心の乱れですっ!」
「でも、」
「ルクーナさんはとってもお強いけど、メイドさんなのにお掃除は苦手なんですか?」
ルクーナは戸惑うが、竜見は容赦なしに捲し立てる。
とはいえ、そこまで言われるとルクーナも思うところがあるのだろう。無表情ながら、少しむすっとした雰囲気になる。
「良いのよ。私はこの拳で、潰すから」
●
「あなた達は凄いわ。私とここまで戦えるんだもの」
楽しげに、ルクーナは言う。
「俺も楽しなってきたわ!」
ゼロは大鎌を振り上げ、出し惜しみの無い全力を彼女にぶつけていた。
それはまた、他の撃退士も同じこと。
「楽しそうで何よりだ! ……もう少しやり合いたかったんだけどな」
鎌を受けるその背後から、Zenobiaが破山を叩きこむ。
「っ……!」
息を漏らすルクーナ。彼女の、最後の一撃だと伝わった。
刹那、彼女の肩口に光の弾丸が突き抜ける。
振り向いた。倒れていた神谷が、薄く笑みを浮かべる。
「……びっくりしたわ」
ルクーナは素直にそう言った。もう倒れたと、思っていたのに。
「そこですわ!」
空からは、ロジーがその機を狙い矢を放つ。いつものように拳で受けようとしたが、当たらない。
「結構時間かかりましたね」
佐藤が呟く。そう、スキルの限界回数だ。
「……そろそろ、終わりにしましょう」
これ以上の消耗は辛い。そう感じたルクーナは、舞闘の幕引きを宣言する。
彼女はこれまで以上に高く跳び上がり、片方の拳を引く。するともう片方の拳の銀がどろりともう片方に移る。
キイはその動きに反応し、いち早く彼女の着地点に立つ。
身体の半分近くある大きな盾を構えて、キイはルクーナに言った。
「そんな大技、簡単に撃たせるわけないだろう?」
「簡単じゃないわ。全力だもの」
ルクーナも短く答え、拳を、叩きつけ――
●
――鉄屑の広がる室内に、大きく空いた綺麗な空間。その中に、倒れる者と立つ者と――
●
「――出来れば、次はゲート外でデートしないか?」
闘いの後、ボロボロのZenobiaはルクーナにそう言った。
「外で……?」
ルクーナは少し戸惑ったように、彼女の瞳を見返す。こくり、彼女は頷いた。
「……そう、ね」
考え込み、ルクーナはぽつりと零す。
「次の戦いに撃退士が勝ったら……考えるわ」