「久しぶり、招待状ありがとなルクーナ」
戦場で、真っ先に口を開いたのはZenobia Ackerson(
jb6752)だった。
「ああ。貴方は知っているわ。確か……ぜ……ぜの……」
「言い難かったらゼノでいいぞ。って、前も言ったけどな」
苦笑する。覚えてくれていたのは確かだけど。
「それじゃぁ僕達の力、見て貰いましょうか♪」
仲間達の挙動を意識しつつ、佐藤 としお(
ja2489)は宣言する。
舞闘会の開催だ。
撃退士の力を、拳のメイドに叩きつけろ。
●
「相手は一人……とはいっても油断はできんか。大当たりか大外れか、どちらにしてもやる事は変わらん」
まず正面から突っ込んだのは天風 静流(
ja0373)。
誰より早く一歩を踏み出すが、しかし彼我の距離を詰め切るには僅かに足りない。
(この鉄球が邪魔か……ならば!)
青い焔が弦を描き、光が眼にも止まらぬ速さで鉄球を打つ。
ギィン! 身体の芯に突き刺さるような鋭い音。ひゅう。空を切る風の音。二つの音が合わさり、鉄球と共にルクーナへ飛んだ。
(動きづらい事この上ないな……)
同時に彼女は思う。普段の力が出ない。力があればあるほど、その感覚は顕著に表れる。
「堂々としてるのね。嫌いじゃないわ」
ルクーナはぽつりと呟くと、向かい来る鉄球を見据え、左腕を軽く引き――
――地面に叩きつけるように、殴った。
ガギン! 先程とは違う無骨な音と共に鉄球は地面に突き刺さった。土煙の中ルクーナは己の拳をちらと見て、「そう」、と何かを理解する。
「拳で止めたっ……!?」
天風の後方、スナイパーライフルを構えていた佐藤はその様に思わず声を漏らした。
いや、飛ばせるのなら止められてもおかしくは無い。だが、問題は……
「次は私の番」
ルクーナはそう言うと、今度は右の拳で同じ鉄球を殴り飛ばす。
ぶぉん。突き刺さっていた鉄球は小さな弧を描いて天風の元へ戻る。
「っと、させませんよ!」
佐藤は鉄球の上部に狙いを定め、ライフルで射撃。
「助かります」
微かに軌道の逸れた鉄球を、天風は一歩下がって回避。
「サポートは任せてくださいねっ!」
佐藤は陽気に答えると、お返しとばかりにルクーナへアシッドショットを撃ち込んだ。
「……なに、これ。気持ち悪い」
わき腹に突き刺さったアウルに、彼女は微妙に眉を顰めた。魔力が侵されるような、不快な気配。
(これで防御は下げられる)
攻撃されないよう位置を調整しつつ、佐藤は鉄球の位置把握に努める。
「まずは邪魔なのをお掃除しないとなりませんね! やっちゃってー!」
阻霊符を指で挟み、竜見彩華(
jb4626)は早速スレイプニルを召喚する。
現れた鉄の戦馬は、戦場の右側から回り込むと四肢を用いて周囲の鉄球をやたらめったら吹き飛ばす。
ズガガガガ! と激しい激突音と共に、複数の鉄球が飛んだ。
――とても、勢いよく。
「おっとっ」
Zenobiaがすっと身を引き、自分の方へ飛んできた鉄球を躱す。
「わ、ごめんなさい!」
邪魔にならないように計算して弾いた筈なのに。竜見は慌てて謝る。
「激しいのね。良く跳ぶ、と言ったでしょう」
飛んできた鉄球を殴りつつ、ルクーナは言った。そう、この鉄球は跳びやすい。
(そっか、効果が増しちゃうんだ……)
反省し、次の手を考える。自分に出来る事を。
「大丈夫だ、気にしないでくれ」
Zenobiaは答えつつ、鉄球の動きを確認する。先程のインパクトブロウで、右翼側の鉄球は大分散った。これなら。
「ルクーナ、鬼ごっこは楽しかったか?」
フルモウラガーノを握り、ルクーナの懐に潜り込む。
「足の速さには結構自信あったんだがな、負けたよ」
「そうね。私は速かった。貴方も、速かったけど」
顔は仏頂面のままなのに、自慢気と分かる。真面目な戦いの最中だというのに、何だか気が抜けてしまう。
「今回も私は勝つわ。貴方たちを叩き潰して」
「潰すとは物騒だね。折角なんだから楽しもうぜ?」
対の金色がルクーナの足を狙う。「あら」とルクーナは意外そうな声を上げた。
「私、楽しんでいるわ」
瞬間、くるりと回ったルクーナは、足を狙う二本の剣を上から殴りつけた。
「っ!」
前のめりに、体勢が崩れる。マズい、と本能的に悟った。が。
「……?」
ルクーナはこくりと首を傾げ、己の左肩を見る。その隙をついて、Zenobiaは体勢を立て直した。
(俺の体力じゃ一撃でも喰らえば即終了だろうなぁ)
剣から響いた振動に、彼女はそう感じざるを得なかった。彼女の一撃は、重い。
(避けられるか? いや、出来る出来ないじゃない……全部避けてみせる!)
冷や汗を拭い、覚悟を決めた。
(マーキングは成功しましたね)
鉄球の隙間からちらりと敵を見て、神谷春樹(
jb7335)は再び隠れた。
向かい側では、陽波 飛鳥(
ja3599)が鉄球の間を縫うように駆け抜けている。
(舞闘会、ね)
移動の勢いを保ちつつ、陽波は腰の刀を納めたままに鉄球を打つ。
(こっちは必死だってのに遊ばれてる気分だわ)
というか、実際遊ばれているのだろうか。溜め息が出そうだ。
敵を見る。獅童 絃也(
ja0694)がルクーナへと攻撃している所だった。
(はしっこい敵か、利点をすて威力を取った武器か、破壊力はデカイだろうがその分的はでかくなるか……さて)
ダン。強く地面を踏みつけ、獅童はルクーナの頭部を狙う。
黒い布に包まれた腕はルクーナの顔を捉えるかと思われたが、しかし。
「鋭いのね」
ぐん。ルクーナは獅童に一歩『近寄り』、巨大な手甲を彼の拳とぶつけ合わせた。
両の拳は刹那の間のみ交わり、次の瞬間には獅童の拳は弾かれていた。
「……。貴方も、なかなか、重い」
じっと獅童の瞳を見て、ルクーナは言う。その声は落ち着いているが、ちらと自らの腕を確認したのを獅童は見逃さなかった。
(威力を落とされた、か。完全に無効化された感覚は無いが……)
拳がじんわりと熱くなる。
(小さな手合いはやり慣れているが、あの武器は厄介だな)
ルクーナの長所が速さだとしたら、あの拳での防御は厄介という他無い。
「メイドさんはメイドさんらしくしてなさいな」
と、突然上空からルクーナへと鉄球が落下してくる。
空には、ロジー・ビィ(
jb6232)が鉈を構えて飛行。
「っ」
ルクーナは横に跳んで回避するが、ガドンと音を立て棘が手甲を傷つける。
「天使。メイドらしくって、何?」
「ロジー・ビィですわ。そうですね……もう少し、おしとやかにしてみては如何でしょう?」
何でもかんでも殴りつけるメイドというのもいないだろう。
「……。でも、潰せば何でも解決するわ」
少し考え、ルクーナは答える。無理な相談だったのかもしれない。
(敵のあの重そうな武器……アレを本来ならば破壊したいトコロですけれど……)
敵と会話しつつ、ロジーは考えた。
(きっと頑丈ですわよね)
身を守るのに使うくらいだ。まともな攻撃で壊せる気もしない。
それなら、と彼女は鉈を構え直す。別の所を狙えば良いだけなのだ。
●
「直接戦闘能力に乏しくたって、出来ることはたくさんありますっ!」
竜見の声に応えるように咆哮を上げるスレイプニル。
猛々しいその叫びは、撃退士達の闘志を燃やした。
「そうね。それは、良いこと」
「大体、ただでさえ強いのにゲートの支援もとかやりすぎじゃないですか!?」
こくりと頷くルクーナに、彼女は更に畳みかける。
「それ元々天使さんと戦う用だったんじゃ? 私達も対等な存在として認められつつあるなら光栄ですが……」
「……別にゲートがなくたって天使くらい倒せるわ、私なら」
不服だ、と言わんばかりの声でルクーナは答える。「いや、そうじゃなくて……」と、予想外の返答に竜見は一瞬狼狽えた。
「悪魔だって人間だって、私は叩き潰すもの。同じよ。光栄?」
「えーっと……」
何か、違う気がする。……違う気がするが、一つだけ。
「――私たちは、そう簡単に叩き潰されませんっ」
そこだけは、言い返すべきだと、思った。
「……そう、なら、まず貴方から。その馬は困るもの」
だん、と音を立て、ルクーナは跳ぶ。
「潰すわ」
一直線に、スレイプニルの首元まで。
「っ! 避けて!」
叫ぶが、その時には既に殴られていた。頭が吹き飛びそうなほどの衝撃が、竜見自身にも伝わる。
(やば……意識が……)
一撃で、どれ程持って行かれた?
「無理に立つと、死ぬわ」
竜見と対して変わらない背のメイドは、冷たく言い放った。
「……私自身は弱っちいですへなちょこです」
だが竜見は、遠ざかる意識をまだ手放さない。言う事が、あるからだ。
「弱い者たちが協力し強い敵に立ち向かう。それこそ撃退士の「実力」だべ……です!」
たとえ誰かが倒れそうになっても、誰かが支えてくれる。 一人じゃ勝てなくても、皆で勝つ。それが、撃退士。
「い、言い訳じゃないもん……!」
「……でも」
ルクーナは何処か懐疑的な顔をする。でも結局、弱ければ潰れるじゃない――そう、言いかけた時
バシュン!
一筋の光が、彼女の背中に突き刺さる。
「――それは例えば、こういう事ですよ」
弾丸を放ったのは、秘かに後ろへと回っていた神谷だった。
会話によって生まれた隙を、彼は逃さない。
「協力。それが、力?」
「えぇ、その通りですわっ!」
同時に攻撃を仕掛けたのは、ロジー。空から急降下すると共に、輝く鉈の柄でルクーナの胴体をぶん殴る。
が、ルクーナはその場に一度しゃがみ、地面から突き上げるようにその鉈をぶん殴った。
「っ……流石に用心深いですわね……」
守られた。
けれど、
「隙だらけですわっ!」
「私たちは1人じゃないの」
後ろからもう一人、陽波もまたルクーナへと接近する。
地面を強く蹴りながら、彼女は腰の刀に手を掛けた。
「っ!」
アッパーの直後。足元の確かでないルクーナは、慌てて体制を整え、拳を引く。
「やっぱり掛ったわね」
彼女は刀を抜かず、身を翻して更に深く、ルクーナに密着した。
「フェイントっ……!?」
ぼぅん! 今度こそ抜いた刀。その刀身からは、燃え盛る焔が立ち上っている。
彼女は刀を峰側に回すと、密着の勢いそのままルクーナの頭部へと薙ぎ払った。
バギャン! 何かがぶち壊れるような凶悪な音が響く。
「……そう。そうなの。分かったわ」
ゆらり。頭から血を流して、ルクーナは楽しげにそう言った。
「でも、私の力の方が、とっても、強い」
無表情に、言い返して。
たんっ。その場で足をクロスさせると、ルクーナはくるりと一回転。
バギャン! 同じような音が、もう一度響いた。そして、陽波が吹き飛ばされ、鉄球に背をぶつける。
「貴方たち、強いわ。それは事実」
顔の血はべっとり張り付いているが、それ以上流れない。
「踊りましょう」
●
「一撃の重さでは勝てない、なら手数で勝負だ」
Zenobiaの剣は、ルクーナの篭手の隙間を正確に狙う。
精密で、速い。それが彼女の剣だった。
(1回でダメなら10回、10回でダメなら100回攻撃を当てるだけだ)
それが俺の戦いだ。Zenobiaの剣は、真っ直ぐに彼女へと向かう。
(誰よりも早く誰よりも多く。もっとだ……もっと早く!)
だが、ルクーナはその剣を避けもせず、再び拳でぶん殴る。
ぎぃぃん! 剣が折れないのが不思議なくらいの金属音がゲート中に響いた。
「ゼノ。貴方はあと。」
淡々と答えて、ルクーナは一足に跳ぶ。狙いは、天風。
「応急手当はしました! あとは……」
「あとは奴から喰らおう」
短く答えて、天風は正面を向く。飛んできた鉄球を回避すると、その身から蒼く褪めた光が放たれる。
「……餓えているのね」
光に包まれたルクーナは、力が吸われるのを感じた。そしてその力は。
「もう一撃、耐えられるか」
天風はふぅと息を吐く。危うい所だ。だが、出来ることはした。
「鉄球のお返しだ」
次に放たれるのは、蒼き焔。鉄球すら巻き込んで、一直線にルクーナを包む。彼女は拳で払うが、消し飛ばし切れずに服が焼けこげる。
「……怒られてしまうかしら」
ルクーナは呟くと、ぎゅん、と鉄球の隙間を掻い潜り、天風の懐へと入り込む。
「吹っ飛んで」
突き上げる。脳天が振動して、辺りの景色が暗くなる。
(一撃……ッッ!)
耐え、切れ。力の限り踏ん張って、念じる。
「ルクーナ!」
Zenobiaが彼女に追い付き、もう、一撃。
「……どう、かしらね」
剣をぶん殴りながらも、ルクーナは微かに何かを考えた。
「もう少し、なのだけれど」
●
数秒後。
鉄球があらかた使われ、中央に大きな空間。
半数の撃退士が気を失い、倒れていた。
「……最低限以上は、あるのだけど」
ルクーナはそのど真ん中で呟く。
「難しい所ね」
じっと考え込むルクーナだが、立ち上がる男に気付くと、口を噤む。
「……何を言っている」
「こちらの話よ」
ルクーナが答えると、その男、獅童はそれ以上聞かなかった。
獅童の身体は既にボロボロで、普通なら立てる状態ではない。けれど彼は、立っている。
「あまり無理をすると、死ぬわ」
「悪魔に心配される謂れは無い」
「……そう」
短い会話。これで最後だと、意識のある全員が感じた。
(アシッドショットは撃ち尽くしちゃいましたけど……)
スキルを変える暇はない。佐藤は鉄球の陰からじっと二人の挙動を見守った。
向かいには、同じように潜む神谷春樹。佐藤と目が合うと、小さく頷いた。
「この一撃をもって巻き返す、その身に刻み沈め」
最早次の事なんて考えない、乾坤一擲の一撃。
「えぇ」
頷いて、ルクーナも拳を構える。
何処までも長く思える、刹那。
それぞれの呼吸の音さえ聞こえる、静寂。
「押し伏せる、沈め」
ドゴン! より一層激しい震脚と共に、彼は平手を振り上げルクーナの頭上から叩きつけ、
「いやよ。潰すわ」
ルクーナの拳は、それを迎え撃つように突き上げられる。
「今だ!」
それを契機に、放たれる二つの銃弾。
破裂しそうな程巨大な音と振動が、ドーム全体を揺らした。
●
「……ぐ……」
Zenobiaが目を覚ますと、そこは先程のドームでは無かった。
「ここは……」
「外よ」
辺りを見回す彼女に、ルクーナは答える。彼女は血を流しボロボロで、けれど平然と立っている。
「……戦いは?」
「そうね。合格点はあげてもいいわ。貴方たちは、あの場で、今の私に、届いたから」
表情は動かない。だがその声音には何処か楽しげな様子が感じ取れる。
「そうか……おっと」
ふっと気が付いて、Zenobiaはポケットから一枚のメモ紙を取り出した。
「これ、依頼斡旋所の番号だ。また機会があれば遊ぼうな」
ルクーナはその紙を見て、僅かに目を丸くした。
「……えぇ。必ず。きっと、すぐに」
そうして紙を受け取ると、こくっと元気に頷いた。