「大切なオトコノコのお節句を壊しちゃうだなんて、アタシ許さないっ!」
マリア(
jb9408)は阻霊符を発動しながら住宅街を歩く。
『タンゴの節句、だっけ? 折角のお休みなんだから邪魔しちゃダメだよね!』
と、電話口からマリアに答える声。スピネル・クリムゾン(
jb7168)だ。上空を見回して、その姿を見つけると軽く手を振る。
「皆が立派なオトコノコになれるように、頑張っちゃうわよン♪」
『そうだね! 一緒にがんばろ〜♪』
楽しげに話す二人の会話は、これから戦いに出るもの達のものとは微妙に思えぬ。
だがそれは見かけだけのこと。
「……節句祝いに五月人形が暴れてる、とはな。迷惑千万だ。とっとと収拾をつけよう」
Vice=Ruiner(
jb8212)も、二人の会話を聞きながら呟く。そう、祝い。本来楽しく祝われるはずだったものが、サーバントのせいで一転しているのだ。
その収束が、敵の撃退が、彼らの使命。その決意を抱かぬものはここにはいない。
「私は手数の多い相手に踏ん張るのは苦手なので、包囲の外から援護します」
彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は仲間に告げると、一人離れて後方へ。
「了解しましたよぉ〜」
古沢 大河(
jb9837)はそれに答えつつ、自身も索敵へと向かう。
Viceは彼女達を見届けると、ヒリュウを召喚。古沢やスピネル達の班へと送った。
スピネル達が行っているのは、空中からの敵の捜索である。
見渡す限りの屋根、屋根、屋根。時折姿を見せる、切り裂かれた鯉のぼり。
「う〜ん……かくれんぼ中かなぁ?」
なかなか敵の姿を見つけられず、スピネルは困ったように呟く。
『潜んでいる可能性が高いのはあの辺りなどだ……確実、とは言えないが……』
そんな彼女に、Viceは地上から数カ所の場所を指示しておく。そこは、狭い住宅地の中でも、身を潜めるのに良さそうな空白。或は木々の生えた場所。
彼は事前に辺りの地図を調べてあったのだ。結果、敵が出現しそうなポイントを絞れている。
とはいえ、数も多い。あくまで参考程度だと、Viceは仲間たちに伝えてある。
「動く5月人形ならトレジャーしたいがサーバントじゃな!」
それが宝探しでないことを残念がりつつも、神鷹 鹿時(
ja0217)は周囲を見回した。
「なかなか見つからないねぇ……」
彼らに追従して走る古沢も、表情を曇らせる。
「……いや、待て、あれは……」
と、神鷹は視界の端に何か動くものを発見した。
「ユミヤらしい影を見つけたぜ!」
彼は即座に銃を取り出し、ユミヤの方向へ向ける。が、相手を射程圏内に捉えるより先にユミヤの方が姿を消してしまった。
「あぁ、ダメか……!」
悔しがりつつも、神鷹はその鎧武者を追う。少なくとも、一度見つけたのは確かなのだ。
……ただ気になるのは、その方向で。
「もしかしたらそっち行くかもしれん!」
神鷹は地上をゆく仲間にそう伝えた。一瞬発見出来たユミヤの進行方向が、どうも先行く仲間の場所に見えたからだ。
「オッケー、了解したわン♪」
連絡を受けたマリアは朗らかに返す。
そして同行する仲間と共に、近くの十字路で立ち止まった。
(敵の存在は足音でモロバレだし、飛行班との連絡も取れてる)
情報によれば、武者の足音は大きい。来ればすぐにわかるはずだ。
今は見えない位置にいるようだが、飛行班とも通話は繋がっている。何かあればすぐに駆けつけてくれる筈だ。
(だから…、大丈夫)
怖がることはない。あたしはあたしでやることをやればいい。それだけ。
軽く言い聞かせると、マリアの中から恐怖心は薄れていく。
……やがて。
――かしゃん。かしゃん。かしゃん。
鎧武者の足音が響き、マリア達に緊張が走った。
「……来たみたい」
紅 貴子(
jb9730)は小さな声でViceに
「カタナの方が出た! 場所は――」
地図にて示していたポイントの一つを、彼は飛行班に告げる。
――かしゃん。
『タァンゴォ……』
やがて角から姿を現す、鎧武者。
瞬間、最も速く動いたのはアンリエッタ・アルタイル(
jb8090)。
「サムライというと武道、剣術でありますね、アンリにはジークンドーがありますが、正面から素手で行くのは愚の骨頂であります!」
黒と銀の二つの銃を握り、連射しながらその懐へ近づいていく。
『タンッ……ゴォ!』
突然の銃撃。しかしカタナ武者はそれに反応し居合抜き。一発目の銃弾を斬り、高速の二の太刀で二発目の弾も落とす。
「鎧武者なんて、とってもやりにくい相手なのです!」
本来この距離はアンリエッタの間合いではない。銃弾で動きを止め迂回しつつ近づく腹積もりだったが、道幅が狭く有効な距離感を掴めない。
またそれは、他の仲間にとっても同じこと。それほど広くない道幅は、撃退士達の行動を狭める。
『タァンゴォ!』
対して鎧武者はと言えば、遠距離は無効化し自身はひたすら接近すればいいだけなので制限は少ない。
飛び掛かるカタナの斬撃を、紅はその槍で受け止める。ガギン、と重たい音がして、衝撃が彼女の身を裂いた。
「あら、そんなもの振り回したら危ないじゃない」
痛みに僅かに顔を歪ませ、しかし彼女は楽しげに言う。
彼女はシャイニースピアと共にくるりと回った。結い上げた黒髪がその動きに合わせ、ひらりと宙に曲線を描く。同時に刀が弾かれ、武者の胴体ががら空きになる。
ずどん。彼女はその隙だらけになった腹部に槍の穂先を突き立てた。血は出ない。ただ何かが壊れたような音だけが住宅街に響く。
それはまさしく舞であった。こんな場所には不釣合いだと感じてしまえる程度には。
「そちらにばかり見惚れられても困る……」
『タンッ……!?』
腹部の負傷。その衝撃に反応する暇も無く、Viceは彼の隣に死神の様に立っていた。
きらり。銀の糸が太陽を反射して煌めく。
ジルヴァラは武者の兜に纏わりつき、その装飾を切裂いていく。
「増援が来る。東からだ」
そして彼は仲間に告げた。彼のもう一つの眼……ヒリュウがその存在を察知したのだ。
『北と西からも来てるよ!』
空中班のスピネルからも連絡。……恐らく、戦闘音を聞きつけてきたのだろうが。
――かしゃん、かしゃん、かしゃん。
四方から迫る、鎧武者。
「全くもう……やんなっちゃうわン!」
マリアは嘆息しつつも耳を潜める。敵の足音。今何処にいる。何処まで来てる。近付いている。近い。もう数歩。そこの角に――
――来た!
『タンゴォ!』
現れた鎧武者はしかし、撃退士達の方を見据えてはいなかった。
――出来なくなった、というべきか。
「アラ、上出来みたいね!」
それはマリアの使用したスキル、奇門遁甲の効果だ。撃退士達がこの機を逃すはずもない。
「二丁拳銃は反動が大きいので狙いづらいであります。」
アンリエッタはクロスファイアをヒヒイロカネに収納。代わりに影獅子を装備し、その速さを増す。
『タン……?』
鎧武者も気付かぬ間に、彼女はその背面へ潜り込む。小さな鎧武者であるが、幼いアンリエッタはそれより尚小さい。
「通るかは微妙でありますが……」
流れるような動作で、彼女は鎧武者の後頭部をぶん殴る。がごん! 鈍い音と共に魔力の黒刃がその頭部に傷を作った。パワーがもう一つ欲しい所だが、効かぬ、ということはない。
そのまま彼女は追撃の隙を与えず武者の腹部――人間であれば腎臓のあるあたりか――を殴打。ぐらりと足元をふらつかせる武者。その下がった後頭部に、彼女は容赦のない追撃。
がどん。ががん。がぎゃん。ストレート、フック、ストレートとコンビネーションをしつこく叩き込まれた彼の兜は、やがてひしゃげて砕けてゆく。
その間、他の仲間は新たにのこのこやってきたカタナの相手をしていた。
紅は光り輝く長槍を振り上げ、突き刺し、捻じり、弾く。一動作毎に槍は光の軌跡を描き、紅の身を美しく飾る。
光の舞はしかし、美しさだけを現すのではない。弾け飛ぶ鎧武者の破片が、同時にその荒々しさを示してもいた。
『タンゴゥゥ……!』
意識もはっきりしないまま、鎧武者は紅を襲わんとする。が、その前に鎧武者の身は切り裂かれる。
彼女の槍とは違う、細く儚い光。それはViceのワイヤーだ。彼は自身と竜の両の眼を持ち、戦場を俯瞰していた。
故に見える。紅に見えぬものが。故に動ける。紅の反応出来ぬ場所へ。
「遠距離攻撃を無力化してるのはこの武器かしらン? ねぇ、そぉなんでしょぉ?」
鎧武者へと詰め寄るのはマリア。ウジエルアックスを振るい、鎧武者本体というよりは彼の持つ刀に攻撃を集中させていた。
『タ、タンっ……』
「じゃ、アタシが壊してア・ゲ・ル!」
がぎん! がぎん! がぎん!
その攻撃を受けるたび、刀は刃こぼれし傷付いていく。ただ、決定打には欠けるか。
「斧だけじゃ無理なら……」
マリアの周りの空気が動く。柔らかな風。吹いて吹いて鋭く、鋭く、強く細く。
「素敵なサービス、してあげるわン!」
ぶぅん! 斧を振るうと共に、研ぎ澄まされた風の一撃が鎧武者を襲う。
『ンゴっ……!?』
狼狽し、鎧武者は刀で受ける。……傷ついた刀で。
きぃぃん。風と刀は刃を競らせ、高い金属音が辺りに響いた。音はだんだんと低くなっていき……
……ぱきん。
軽い音と共に、鎧武者の刀は真っ二つに折れた。
「やった♪」
目論見の成功に、マリアは喜ぶ。……が、次の瞬間。
どすん。
何かが彼女の横腹に、突き刺さった。
『……ノセック』
それはユミヤの放った毒矢。
「っ……!」
ふら、と一瞬意識が薄れかかるが、すぐに持ち直した。
「毒……ね。大したことないじゃない……」
額から汗を掻きながらマリアは呟く。彼女のアウルは矢の毒に打ち勝てた。しかし……
『ノセック』
『ノーセック』
他のユミヤ達も集まってきていた。辺りを見回し、「囲まれたな……」とViceが呟く。
「あら、もしかしてピンチなのかしら?」
槍を構え、紅は彼に問う。カタナは既に幻惑の効果を失い、正気に戻っている。
一方的に殴れた分撃退士達有利の状況となってはいたが、ここにユミヤが加わると話は別、だ。
自身と、そして竜の眼で辺りを確認しつつ、Viceは考える。
ぎりり、とユミヤの一体が彼を標的に定め、弓を引く。
「――問題はなさそうだ」
刹那、その鎧武者は宙に浮かび慌てて矢を放つ。
正しく狙いの定められていない攻撃は、Viceには命中せずただコンクリを小さく抉った。
「動き、止めましたよ!」
見れば、その武者の後ろにいつの間にか彩が立っている。彼女は黄色い外骨格アーム「神虎」の念動力で、気配すらなく鎧武者を掴みあげていたのだ。
無論、動けば普通音がする。屋根の上であれば地を行くより目立っただろう。だが彼女は今鬼道忍軍。足音を発生させぬ、無音歩行の業を心得ていた。
「よしきた!」
「見つけたんだよ〜。逃さないんだよ〜!」
そして到着した神鷹達空中班が、ユミヤへの攻撃を開始する。
「おぉ〜いくらお侍さんでも、お休みの邪魔は駄目なんだよー?」
彼らと共に索敵に加わっていた古沢が、大剣を引きずって拘束された個体へ接近、思い切り斬り付ける。
『セクッ……!!』
まともに動けぬ鎧武者は、これを受けることすらできず袈裟切りにされる。
『ノセック!』
ユミヤの一体は、空中を舞う神鷹へ矢を向けていた。
ばしゅん! と音を立て飛んでくる矢を、神鷹は大きく翼をはためかせ回避する。
「飛ぶの久々だから翼動かすの疲れるぜ!ってここで弱音吐いたら勝てないよな!」
ユミヤが次の矢を放つ前に、彼は翼を動かし急接近。同時に二丁の拳銃を構え、周囲を旋回しながら連射する。
「空中からの乱撃だ!矢のお礼はこれでお返しだぜ!」
倍返し……いや、十倍返しだろうか。
ユミヤが放つ矢よりも、彼の放つ弾丸の方が多い。そして彼は敵の矢を避けるが、鎧武者は全て避けきれるわけでない。
(よし、屋根には当たってないな)
確認しておく。もし屋根を破壊してしまっていたら申し訳ないではないか。
と、そんな神鷹へ更に別方向から矢が飛ぶ。
「おぉっ……!?」
避けきれるか、と思ったがぎりぎり肩口を掠める。ジワリと傷口が熱を持ち、身体に嫌な感覚が広がるのが分かる。
「毒か……」
もう一体、相手出来るか。痛みと毒で鈍る頭を回転させる神鷹だが、その敵には別の仲間が対応した。
「邪魔しちゃダメなんだよ!」
スピネルは魔法書で相手の出鼻を挫くように攻撃を続けていたが、どうも相手が他の仲間を狙いがちである。狙いを集中させたいのだろうが……
「あぁ〜!! もぅ! そっち向いちゃダメなんだよっ!! 」
仕様がないので彼女は武器をフレイヤに持ち変え、接近戦を仕掛けてゆく。
『ノ……ノセック!』
雷を纏った剣に刺し貫かれたユミは、痺れて動けない。
動けないといえば、束縛を受けていた個体は彩によって弓の弦を斬られ地上に落とされていた。
『ノノノ……』
どうしろと。絶望する武者の前には、大剣を構えた古沢。
「切り捨て、ごめーんだねぇ? 」
最早対抗する手段を持たぬ武者は、一刀両断!
「そろそろ本気をだすのです。」
地上班も決着へ向け力を惜しまない。アンリエッタは右ストレートを打ち込むように黒の刃を首元へ。
抜きざま、右腕で刀を抑えつつ左腕で顎を切り上げた!
『タンッ……』
刀を抑えられた武者はやり返せない。アンリエッタは姿勢を落とし、そのまま首。肘、膝裏と踊るような追撃を与える。武者は倒れ……立ち上がれない!
「アニメの剣豪見たいに弾き返せるもんならしてみやがれ!」
地上に降りた神鷹はスピネルと共にカタナへ勝負を仕掛ける。
クウァイイータスで支援をしつつ、スピネルが接近戦を仕掛ける形。武者はしかしその手数にやがて追い付けなくなり、遂には倒れる。
「討ち取ったりー! 」
数秒後。古沢は鎧武者が背に差していた小さな旗を手に、大きな声で叫んだ。
五月。サーバント軍対久遠ヶ原軍の合戦は、激闘の末久遠ヶ原軍の大勝に終わった。
●
「ダアトやってた頃と感覚全然違うな! GW犠牲にしたかいはあったぜ!」
撃退士に傷がなかったわけではない。だが比較的軽微と言えた損傷に、神鷹は安堵した。
「あ、現在安全確認中です。もう少しだけお待ちください」
町を巡回しながら、彩は住民へそう声を掛ける。討ち漏らしがあっては事だ。……が、その様子もなさそうだ。
「残りのお休みは何しようかなー」
「休みか……」
すっかり気の抜けた古沢が呟くのを聞き、神鷹は今後の予定を一つ決めた。
●
「失礼します」
それは病院の一室。何処となく沈んだ顔をした大人が二人。
顔を見せたのは神鷹。高そうなメロンを持って、事後の報告に来たのだ。
「わざわざすまねぇな」
「気にしてたんです。……ありがとうございます」
これでGW気楽に療養出来る、と、二人は笑った。