「ルインズブレイドは、基本的にどう立ち回ればいいのでしょう?」
陰陽師からルインズブレイドになったミリオール=アステローザ(
jb2746)は、同じチームで元ルインズの雪室 チルル(
ja0220)やリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)に尋ねる。
「簡単よ! 敵に突っ込めばいいの!」
問われた雪室は自信満々に答えた。聞いた相手が悪かった。
但し、間違っているわけではない。攻守のバランスが良いルインズは、前衛として活躍しやすいのだ。レート操作など、使い方によっては大きな効果を得るスキルも多い。
「ワぅー……上手くやれるかわからないですが頑張りますワ!」
ひとまずやってみない事には始まらない。逆に、二人はルインズから陰陽師へ変わっている。何か質問があれば答えるつもりだったが……
「おんみょーじ? 良くわからないけどとりあえず突っ込めばいいのよね?」
……一方、ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)は演習参加者達に取材を試みていた。
「今日はどういった目的で演習に?」
「バハムートニンジャーのシュギョーだよ! 忍軍からテイマーになったんだ!」
問われた犬乃 さんぽ(
ja1272)は元気よく答える。
「何故テイマーに?」
「ニンジャのステイタス、忍犬ならぬ忍龍を呼べるって聞いたから……ニンジャの修行積んだ龍なんだよ」
真っ直ぐな瞳だった。なんだか盛大な思い込みをしているようだが、指摘して喜ぶ人間もいないだろう。
「忍龍の力を引き出す事が出来れば、憧れのニンジャマスターになれる日も近いもん!」
「なるほどなるほど〜♪」
頷きながらタブレットにメモを取るドラグレイ。端から見れば、二人とも可愛らしい女の子にしか見えないのだが。
そしてドラグレイは、次の取材相手を探す。見回すと、何かの練習をしている少年の姿が目に入った。
「何の練習をしているんですか?」
「乾坤網の練習です」
夢前 白布(
jb1392)はアウルの展開を止め、答える。ドラグレイは彼にも転向先やその理由を問うた。
「ナイトウォーカーから陰陽師に。今まではアウルをそのまま放出する事ばかりだったけど、これからは色々な使い方が出来るようになりたいと思って」
「色々な使い方、ですか?」
こくり。夢前は頷く。
「攻撃だけじゃない使い方を勉強して、ゆくゆくはみんなを助けられるようになりたいんです」
「それで乾坤網の練習ですか〜♪」
「はい。ただ、練習はまだそこまで出来ていないので、本番でちゃんとやれるか、少し心配です」
「きっと大丈夫ですよ〜♪」
メモし終わり、ドラグレイはタブレットをしまう。
「ところで、ドラグレイさんはどうして転向を?」
「まぁ転向した目的は縮地と掌底です♪ 今回はレベル不足でまだ試す事は出来ないのですが……それでも忍者の頃と比べて物理攻撃力1,5倍とは流石特化職ですよね〜♪」
ぶんぶんとワイヤーを振り回しながら、ドラグレイはにこやかに答えた。
危ない。めっちゃ危ない。
阿修羅としてスキルを入手したら、忍軍に戻るらしい。
●
「今までと同じことしてるつもりでも、感覚とかが変わってそうだから慣れておきたいね」
元々がダアトで今はナイトウォーカーのソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)。
ポジションは遠距離のアタッカーと、以前から変化は無いが、それでも違うジョブである。実戦で困ることの無いよう、慣れておきたかった。
「可愛い子揃いで嬉しいわ♪」
同じ班のメンバーを確認してそんなことを言うのは、随分と肌色な雁久良 霧依(
jb0827)。
「私はBチームと戦いたいのだけど、構わないかしら?」
「私もBと戦いたかったんです♪」
雁久良が問うと、丁度良かったとばかりにドラグレイが答える。
「忍軍の転職者がどう動くが見たいのです♪」
他のメンバーも特に反対する理由がなかったので、相手はBで決定となった。
初手から最も早く動いたのはソフィアだった。相手から距離を置き、杖を模したライフルで敵の陰陽師を狙い撃つ。
強靭な魔法攻撃が、陰陽師の身体を貫通。……ただ。
「やっぱりダアトの時とは結構違うね。普通に攻撃しても威力や命中精度が大分下がっちゃってるし」
命中はしたものの、これまでの彼女のそれと比べれば力は落ちているようだ。相手があくまで『それなり』の学園生だから当たったものの、天魔……特に天使や悪魔との戦いとなれば、この差も考慮するべきかもしれない。
前衛のドラグレイは、高い機動力でまず相手の懐に飛び込む。
「まぁこの辺りは元々高いですから♪」
可愛らしいが凶悪でもある。彼は相手忍軍の側面からワイヤーで絡め取り、そのままサイドステップで敵陣後方まで回り込む。
「くっ……速いな……」
後方では雁久良と犬乃がセフィラビーストの召喚に挑む。
「私、初めてなのよね♪」
雁久良が召喚するのはストレイシオン。学科変更後のバハテ初心者のストレイシオン率は高い。
現れたストレイシオンは、彼女の後方に位置し彼女を見守る。そして雁久良自身は、ストレイシオンの召喚によって上昇した魔攻を活かし、魔法書片手に敵陣後方へコメットを放つ。
バハテ、ナイウォ、そして陰陽師が隕石の雨を受け、動きを阻害。
「あら、召喚獣までは巻き込めなかったわね」
相手バハテもストレイシオンはより後方に配置しており、この隕石を逃れている。そして防御効果により、ダメージも減少。
しかし雁久良は満足げに「んふふっ♪」と笑う。理由は二つだ。バッドステータスの付与に成功していたことと……
「治療役はあの子ね♪ おとなしそうな男の子♪」
攻撃を受け、回復が必要か問うその様子を見て、誰が相手の回復手かを突き止めたからだ。
「ボクも負けないよっ!」
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!
「GO! ヒリュウ」
犬乃は素早く九字を切り、小さなドラゴンを人界に呼び出す。
そしてヒリュウは犬乃の眼となり、犬乃の眼はヒリュウの眼となる。視覚共有。単純に倍の視界を脳で処理しながら、彼は稲妻の如く駆ける。
ザシュン。古びた刀でナイウォを斬ると、彼は素早くその場を離れる。ヒットアンドアウェイ。犬乃はそれで相手の気を引き、隙はヒリュウと補い合う腹積もりなのだ。
「他の班も始まってますね〜♪」
と、僅かに周りを見ながらドラグレイは言う。
広い広い学校だ。同時に数戦くらいはやってしまうのである。
●
「シールド勉強で転科したけどインフィやないの違和感あるな」
小野友真(
ja6901)は、腕を軽く動かしながら呟く。
彼はインフィルトレイターからルインズブレイドになっていた。「この機会に初前衛行かせて貰っていいすかね」と前に出る。
一方、前に出たくても出られないのは、現在重体の身の月居 愁也(
ja6837)。
阿修羅からアスヴァンになり、前衛盾役を務めるつもりだったが……
「ま、しょうがねえ。回復と観察に集中!」
切り替えは早い。自分のすべきことを決めて、神経を研ぎ澄ませる。
「どうぞお手柔らかに」
「あぁ」
夜来野 遥久(
ja6843)が相手チームへ挨拶をして戦いが始まる。
「ではこちらから行かせていただきます」
開戦直後、隕石の雨が敵チームに降り注いだ。コメットだ。
「……インフィルも巻き込めれば良かったのですが」
コメットは前衛の阿修羅、そしてその付近にいたアスヴァンとディバインナイトに命中した。土煙の中、「レート−のコメット初めて喰らった……」などと呟く声がする。
「よろしく頼んだぜ、前衛さん!」
ともあれ、加倉 一臣(
ja5823)は前方の小野に声を掛けながら状況を整理する。
(さっきコメット喰らった三人は固まり気味で、ダアトが中衛、インフィは後ろか……)
そして加倉は後衛のインフィに目を付ける。手慣れた動作でPWDの銃口を向け、狙い、放つ。アウルの弾丸は真っ直ぐにインフィに命中した。
多くが専攻を変更してきている模擬戦だが、彼は一応元のインフィで参加している。それもまた思案中だからだ。不足を補うか得手を伸ばすか。
それにはまず、今のジョブの特性を洗い出したい。
「この視界新しいなー……優しいフォローご指導宜しくでっす!」
小野は元気よく言うと先程のコメットで重圧を受けたアスヴァンに迫る。
敵との距離がこんなに近い。元インフィの彼にはそれが新鮮だ。相手は咄嗟に盾を構えようとするが、小野はその下を潜るように彼の胸元へ銃口を突き付ける。
精密殺撃。インフィで使うには射程が心許ないスキルだが、ルインズとしてなら容赦なく放てる。
瞬間、銃は火を吹いた。小野の目の前で衝撃が発生し、アスヴァンは苦痛の声を漏らす。
「友真! 阿修羅だ! 破山来るぞ!」
と、後方の月居が警告を発する。見れば、真横まで阿修羅さんが迫っているではないか。
「うぉっ……!」
前衛は全体的に距離が近い。玄武の盾を緊急活性し、その鉤爪をガード。キィンと耳障りな金属音が響く。
攻撃は終わらない。若干後方で備えていたダアトが氷の錐を小野に撃ち放ってくる。
が、その氷は突如出現した鋼のようなアウルに衝突、細かく散って威力が減少。
「やった、上手くいった!」
夢前が練習していた乾坤網である。どうにか本番でも援護に間に合った。
お返しに、光の羽を生み出してアスヴァンを切裂く。更に月居のアサルトライフルが追い打ち。アスヴァンはたまらず膝をついた。
(ハクくんよく見てんなぁ……)
加倉は内心感服する。夢前はその後も、味方の少し後ろに構えながら程よい援護を加えていた。……感心してばかりもいられない。相手のアスヴァンの銃口が月居を狙っていたので、シールドで威力を殺す。
(新鮮な体験だわ)
これまでのインフィルトレイターでは出来なかった動きに、加倉は刺激を受ける。
「悪い、助かった!」
短く礼を言い、月居は数歩前に出た。小さな光が彼の腕から飛んでゆき、夜来野の身体を癒す。
「私が攻撃手というのは……不思議な感覚です」
夜来野は思う。アスヴァンとナイウォの動きは全く逆だ。それはつまり自分が癒される側ということで。
「薙ぎ払いだ! スタンは怖ぇぞ!」
月居の声に従い、小野は受けずに身を翻らせる。後方から加倉が相手の鉤爪を狙い撃ち、支援。
互いに互いを考えた戦いは、各々の被害を抑え相手を着実に削っていく。
それは、『大事な人達を護りたい』という願いが強くなる理由だからか。
「ナイウォならこれは効くだろ!」
相手ルインズが、滅光で夜来野を狙う。が、彼はカイトシールドでそれを受ける。
「今だ、ここ!」
敵ルインズとダアトが一か所に固まった、その瞬間を夢前は逃さない。
四つの爪を備えた水色の錨が、彼らの頭上に出現する。
「嵐の夜に身を震わす水夫よ、重き錨に繋がれ永遠に昏き海底に沈め!」
錨が落下し、彼らを潰す。「これはっ!」攻撃を喰らった一人が狼狽える。まるで水の中に沈んだような、感覚。
小野はその刹那、ダアトの喉元に二対の銃を突きつける。
ダアトは不可視の弾丸で貫かれ、月居と加倉がそれに続く。
「あとは貴方だけですね?」
最後に残ったインフィルに、夜来野は落ち着き払った声で宣告した。
●
「新しい役、というか舞台かなぁ?」
鬼道忍軍よりアカシックレコーダーBへと変えた雨宮 歩(
ja3810)は、笑みを浮かべながら呟く。
自分という道化の踊る、新たな舞台。果たしてどんな演目となるのか。
一方。
「ディバインナイトになって更に磨きがかった俺のイケメンっぷりに、耐えられるか?」
\イッケメーン!/
インフィルトレイターから一時的にディバインナイトになっていた赤坂白秋(
ja7030)は……、……。……いや待って。今の擬音何? いけめん? 知らないよ?
イケメンっぷりというか腹筋に耐久力を強いてきそうだなと思いました。
C班は何というか個性の溢れるチームであった。
道化の雨宮。イケメン? の赤坂。王様気質のフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)。戦争屋只野黒子(
ja0049)。
「よろしくお願いしまーす♪」
普通そうなのは今元気に挨拶している紫ノ宮莉音(
ja6473)くらい……かと思ったが、いえいえ彼も不思議ちゃんです。隙が無いね。
「いずれにせよ、みんなで愉しむとしようかぁ」
戦いが始まると同時に、フィオナは巨大なセフィラビースト、スレイプニルを召喚する。
身体は黒く、纏う煙は炎を思わせる赤。身を守る装甲の堂々と黄金に輝く様は、まさに王の馬。
「いざ勝負!」
フィオナはその背に跨ると、赤く輝く剣を手に、奔る。高らかな蹄と共に突進するフィオナに、相手チームCはどよめく。
「やべぇ来るぞ!」
「でも的二つ分だぞ!」
狼狽えつつフィオナに注目を集める彼ら。スレイプニルは一度前足を高く上げると、再び地を蹴り、彼らの背面へと回る。
そしてフィオナは馬上から相手アスヴァンに剣を振るう。盾で受けられるが、その威力は殺しきれない。
(あまり落ち着きの無い即席チーム、って感じだな……)
只野は相手の様子を観察しながら、魔法書片手に戦場の端を走る。相手は多少の経験は積んでいるものの熟練とは程遠い……そんな印象を受ける。
場当たり的、というのだろうか。フィオナと同じくアスヴァンを光の矢で狙い撃ちながら、彼女は冷静に観察を続けた。
それはまた、敵だけについてではない。友軍についてもだ。
フィオナが派手に斬りこむ中、雨宮は炎の烙印で紫ノ宮を強化。火炎を纏った紫ノ宮は、焔の薙刀で敵前衛に斬りこむ。大きく振られた刃の軌跡が、美しい緋色の線を描きながらディバインナイトの盾を弾き飛ばす。
守りのアスヴァンから攻めの阿修羅へ。そして雨宮の支援により怪力を得た紫ノ宮の肉体は、これまで以上の破壊力を生む。
「ぐっ……!?」
相手ディバインが膝をつく。体に強い痺れが起こり、一時的に立っていられなくなったのだ。薙ぎ払い。阿修羅特有の恐ろしい技の一つだ。
ただ、力が強くなった一方防御力はこれまでより落ちる。そんな彼を護るように赤坂もまた前衛へ出る。
(インフィの命中精度とディバの防御術の相性は悪くねえはずだ)
考える。いくら盾を持ちそれを扱うスキルを持っていたとして、その盾に攻撃を当てない限りには意味はないのだ。しかし『当てる』技術は、赤坂がこれまでずっと学んできたこと。
相手ダアトの放つ氷の錘を、赤坂は小さな盾で受ける。消しきれない衝撃が身体を襲うが、大したレベルではない。
(守られる側だったこれまでとは違う)
自らを守る力を持たず、誰かに防御を任せなければならなかった時とは。
赤坂は敵を見据える。アカレコとディバインが最前衛。陰陽師、ダアトがそれに続く形。彼は銀の銃を握り、動けなくなったディバインではなく、アカレコを狙い撃った。研ぎ澄まされた射撃能力を前に、アカレコは回避し損なう。
(新しい力を携えて、俺はもっともっとイケメンになれるはずだ……!)
――シリアスに引っ張ってもこれである。それでいいのだろうか。いいのだろうな。
\イッケメーン!/
「連携と行こうかぁ、莉音」
紫ノ宮が薙ぎ払ったディバインには、自身に烙印を押した雨宮が攻撃を行う。
(スキルで味方を強化可能、かぁ)
隠密で単独行動していた頃より、連携を意識する必要がありそうだ。
「これはこれで……面白い」
単純な実力差があると悟った相手チームは、アカレコと陰陽師を中心にバステの付与を狙う。
が、その行動は黒子が側面から「胡蝶」を当てることによって無力化。
後方からはフィオナが着実に相手を追い詰め、包囲を逃れようとするものにはトリックスターを用い援護。
ある種、圧倒的といえた。編成の差か、個人の資質の差か。
「即席チームにしては良くやれたみたいだねぇ。相性がいいのか、ボクらはぁ?」
相手チームを全員倒した後、雨宮は笑顔でそう言った。
●
さて、他の班も既に戦いが始まっている。
「むー、プラスの方は簡単なのですが……」
先程チームメイトにルインズとしての立ち回りを質問していたミリオール。
カオスレート変更技である『滅光』で阿修羅にバンカーを打ち込みながら、眉根を寄せる。
彼女は堕天使というだけあって、レートを上げることに関しては昔の感覚でどうにかなるのだろう。が、対極の力は少し難しいのかもしれない。
戦闘前に凄いこと言ってた雪室も、輝くクリスタルの剣を手に前衛を務める。
とにかく突っ込めば、なんて言っていたが、元より高い防御力と生命力を持つ彼女。それが一番輝ける戦い方なのは間違いない。雪の様な美しい軌跡を描き、その刃は相手ルインズの肩に突き刺さる。
対して赤く輝く炎の剣を握りしめたリンド。彼もまた目の前のルインズを斬る。
苦痛に顔を歪めながら、相手もお返しとばかりに大剣を振り上げる。が、その時リンド腕の鱗が膨れ上がり、盾となってその攻撃を受ける。
「さて、おいでストレイシオン!」
神崎・倭子(
ja0063)はストレイシオンを召喚すると、彼を後方に控えさせ、自身は前衛に加わる。
ミリオールの傍に立ち、白い双剣を持って阿修羅へ攻撃する彼女には、一つの目的があった。
「ちっ! 結界張られると厄介だ!」
(……未だ!)
相手のインフィはストレイシオンを狙う。その瞬間を彼女は待っていた。
「ストレイシオン! シールドだ!」
前方から彼女はストレイシオンに声を掛ける。それが彼女の目的だった。
ほぼ同時に、弾丸が放たれる。ストレイシオンは神崎の顔をちらと見ると――
――何もせず、ただその弾丸を受けた。
神崎の身に鋭い痛みが走る。
「あぁ、そうなのか……」
痛みを堪えながら、彼女は呟く。
『召喚獣に、撃退士のスキルは使えない』
彼女が確かめたかったのはそれだ。魔具を持たない彼らに、スキルの発動は可能なのか。答えは否。最も知能の高いストレイシオンですら、それは不可能であった。
「ここで分かって良かったよ」
召喚獣に使用可能なスキルは、彼らを呼んでいなければ使えないスキルに限る。この事実は、この後、授業でしっかり教えることになった。
さて、そんな彼女をよそにリンドは符を用い、相手ルインズへ攻撃。その攻撃は相手の生命力を吸収し、リンドへと還元する。
「ふむ……陰陽師とやらにはなってみたが、吸魂符は使い勝手が良いな」
相手のエネルギーを味わいながら、リンドは呟く。
「これを利用すれば、同じ近接物理同士の競り合いに有利になれるかもしれん」
攻撃しながらの回復。まさしく削り合いとなった時、このスキルの有用性は高かろう。ただ。
「……まだ壁となるには幾分脆いが、それはこれから何とかしてみせよう」
素の体力がなければ競り負けることに変わりなく。ドラゴンはこれからの目標を定める。
それにしてもこの戦場は前衛合戦だった。なんだかんだで四人とも前で戦ってるのだ。正直やってらんねぇと、相手チームは前線を下げ、体制を整える。
それを見逃さなかったのは雪室だ。
「えっと、この時はこれを使えば!」
下がった相手の只中に走り込み、呪縛陣を展開する。さっきまでも相手は固まっていたが、あのまま使えば仲間を巻き込んでいた。
結界に囚われた相手は、束縛の効果を受けその場から動けない!
「さぁ、こっから本番。全力で行きますワ!」
そのチャンスを逃さず、ミリオールは阿修羅へと距離を詰め、ゼロ距離からのバンカーを打ち込む。腹に渾身の一撃を受けた彼は、そのままダウン。
「ちぃ……」
相手チームは悔しげに顔を歪める。だが攻撃が出来ないわけじゃない。どうにか反撃を試みようとした瞬間――
――後方から、影野 恭弥(
ja0018)が飛び込んできた。
好機を得た影野は、相手陣営の真ん中で一滴の血を垂らす。
ぽつん。その一滴が地面に染み込むと、彼の足元には巨大な魔法陣が出現。黒きアウルが奔流のように溢れ出し、一匹の大型犬となって陣の中を暴れ回る。
猛烈。その一言だった。『専門知識』による命中精度が、『練気』による破壊力が、まだ倒れていなかった三人を蹂躙する。
それでもアスヴァンとルインズは気力で立ち上がるが……
「チャンス到来!これでも食らえー!」
雪室の闘刃武舞により斬り刻まれ、遂には倒れた。
最終的にインフィルトレイターが残っていたのだが、まぁどうなったのかは想像にお任せすることとする。
●
(うぅん。インフィ一筋、のつもりが……。)
インフィルトレイターとしてこれまで修錬を積んでいた矢野 胡桃(
ja2617)は、自分の現状に戸惑いを隠せないでいた。
(まさかの、和風魔法少女……?)
転科先は陰陽師。何故そうなったのか……。
「受け防御の出来るインフィとか……強い」
彼女の養父たる矢野 古代(
jb1679)は、既にアスヴァンを経由しインフィに戻っていた。狙いはやはりシールドだったようで、命中を活かした防御戦術への期待に胸を膨らませているようだ。
「さて、どの程度か慣らしが必要ね」
阿修羅からディバインナイトになった佐藤 七佳(
ja0030)は、軽く準備運動しながら新たな戦闘方法を体に叩き込もうとしている。
そんな彼らが戦うのは、大人気のチームA。
「よろしくなー」と挨拶する相手に対し、黒井 明斗(
jb0525)は、指を立て、向かって来いと言わんばかりの上から目線で返す。
「……ほほぅ」
相手チームも同じ学生である。そう挑発されて、黙っている気も無いようだ。
真っ向から突っ込む阿修羅に対し、黒井もまた真っ向から挑むのかと思われたが……
次の瞬間彼らを襲ったのは、無数の隕石。そう、コメットだ。
「ちょっ……騙したのか!」
重圧で機動力を失いながらも、阿修羅が黒井へ殴りかかる。
「付き合ってもらいますよ」
彼はそれを盾で防ぎながら、告げる。相手の足を奪い、前衛盾として彼らを引き受けるのが黒井の狙いだった。
「僕はアストラルヴァンガードですから」
味方を護る堅固な盾。守りの要。それがアストラルヴァンガード。
ただ……彼自身は悩んでいた。このままアスヴァンを続けるか、それとも防御と攻撃を兼ね備えるディバインナイトへチェンジするか。
ともあれ、今は後方にいる彼女達の前に立とう。後ろの胡桃をちらと見て、彼は思う。
胡桃は黒井の後ろにつき、ログジエルを手に相手ダアトに狙いを付ける。
「これでも元インフィ。当てるわよ? ……魔法だけど!」
ログジエルは少し珍しい魔法銃。光の弾丸が前衛の脇をすりぬけ、相手インフィさんに直撃する。
わき腹に弾丸を受け、その痛みに口を歪めるインフィ。だがそんな彼に第2射を放つのが、仮面をつけた森田良助(
ja9460)。
手の甲を赤く輝かせ、【黒鼠】と呼ばれる漆黒のライフルを持つ仮面の男。そう書くと怪しさが突き抜けるが、それも左目の負傷を補う為と聞くと印象が変わる……だろうか。
「おっと、これで終わりじゃないぞ」
正直仮面に気を取られかけていたインフィに更なる追撃を仕掛ける古代。愛用の銃は細かい傷が多く、戦いの歴史を感じさせる。
「やられっぱなしでいられっかよ……!」
攻撃を受けたインフィは古代に狙いを付ける。が、矢野は慌てず騒がずおたまでその弾丸を受ける。
「如何した……その程度の攻撃でお玉の輝きは失せないぞ……!」
おたま。……おたま!?
思わず相手が二度見した。だがそれは誰がどう見てもアルティメットに輝くおたまなのだ。
「おたますげぇ……」
まぁ戦闘用おたまなのでこれくらいのことは出来るのだ。いや戦闘用おたまってなんだ。どうかしてるぞ……!
そんな最中佐藤は前衛のルインズに狙いを付け、これまで通りの戦いを見せていた。
それはつまり、空中機動による立体三次元戦闘。偽翼[煌炎]で宙を舞い、その高い移動力とイニシアティブを活かし相手を翻弄する戦い。
上空から斬られるルインズは反撃がし辛い。不利な状況で着実に削られてゆく。
「成程、こっちの方が安定はするみたいね」
佐藤は宙を舞い、時折相手の攻撃を防壁陣で受けながら呟く。
阿修羅だった頃は超過した装備の状態によって生命力が大きく削られていた。その影響が今ではたった10%まで落ち着いている。火力は落ちたがその分防御力も上昇し、戦闘継続可能時間はこれまでより長いだろうと推察出来る。
「……そろそろもう一回落としますか」
黒井は再びコメットを放ち、相手の足を止める。数ターン経った。流石に少し消耗してきたので、ライトヒールで癒す。
相手としても、この固い黒井や上空の佐藤は後回しにしたいらしいが、矢野親子には上手く攻撃が出来ないでいる。
その様子を見て、後方にいた森田が動いた。
黒井から少し斜めにずれた位置で前に出て、相手アズヴァンにダークショット。
相手前衛は森田の方を見ると、そちらに標的を変える。彼らにしてみれば、何故か後衛職らしき生徒が近くに来たのだ。落とさない理由もない。
――浅はかだった。
「残念だけど、そう簡単に倒れないんだよね」
二発の攻撃を受けることなく喰らって、しかし森田は仮面の下でにやりと笑い、自らに応急処置を施す。
……おびき出されたのだ、と、流石に彼らも気が付いた。
「後ろががら空き」
彼らの背中を、佐藤が斬る。
「あぁもう!なんで接近しないとスキル使えないのー!?」
彼らの行動に伴い近づいた敵に、胡桃はもどかしげに叫びながら炸裂符。
何とか反撃せんとルインズが剣を振りかぶるが……
「っとと! あっぶないなぁもう!」
その攻撃は乾坤網で防がれ、次の瞬間には父が彼の頭部を狙撃した。
「……あたし達の勝ちね」
回復手も、前衛もいない。残ったダアトに、佐藤はクールに宣告した。
●
「このスキルも試してみなきゃね!」
相手が固まり気味になったのを見計らい、ソフィアは新たなスキルを発動する。
ぎらぎらと太陽のように輝く欠片が、彼女の数メートル先に多数出現する。
目を閉じないまでも、敵チームはその光に眩しげに眼を細める。――と。
突如その欠片は爆発し、周囲は爆炎に包まれた。
『I Frammenti di Sole』
その意味は、『太陽の欠片』。
爆炎が引く。多くの者は地に倒れ伏していた。だが相手陰陽師が一人、その爆炎の中をのっそりと立ち上がる。
……いや、爆炎の中にはもう一人いた。炎などなかったかのようにぴんぴんして、ヒリュウは彼の背後に飛び出す。
「立ち向かえその身より大きな者に……今だ天龍抜刀牙!」
炎の外から、犬乃が叫ぶ。
ヒリュウは甲高い声で一鳴きすると、彼の首元を狙い尻尾を強く叩きつけた。
数拍。
立ち上がっていられなくなった最後の一人は、倒れた。
●
日が落ちる。全ての班の戦闘が終わり、実習は終了する。
「あー、手とスキルの空いてる奴はダメージ負った奴の回復やっとけー」
実習に協力していた教師が、校庭の生徒たちに呼びかけた。
全てではないが、時として戦い終わった後に仲間の生命力を回復する場合がある。どうせならその練習もやっとこう、というのだ。
正直かなり痛い目にあった人もいたので、これは大事なことである。重傷で帰れるか怪しい生徒もいたのだから。
「阿修羅は仲間に支援を任せて、出来るだけ目前の敵を殴った方がいいわ」
佐藤は終了後、他の班の阿修羅へそうアドバイスする。下手に守ったり避けたりするよりは、その攻撃力を活かしたほうがいい、と。
「攻撃主体って難しいけど、もっともっと頑張りたいな……!」
紫ノ宮はそのアドバイスを聞きながら思う。憧れにひとつ近づけるように、更に強くなりたいと。
校庭の端で、再びスキルの練習をするものもある。
「他にも色々覚えたいなぁ、八卦陣に奇問遁甲……」
学科変更は、それだけ新たな学びを得る機会なのだ。
「むぅ……やはりこの防御力では粘りの戦闘は厳しかろうか? 俺のようなのーきんには、やはりルインズの方が向いているかもしれんな」
たい焼きを頬張りながら、リンドは考える。こっちも脳筋だった。
「やはり僕にはアスヴァンしかありませんね」
黒井のように、自分の道を改めて見定めるものもいる。
「私もやっぱりインフィがいいや……」
今日の戦闘を思い返し、胡桃もしみじみとそう感じる。
「実践の後は勉強会ってねぇ。付き合う奴はいるかい?」
雨宮が実習参加生達を誘う。
「参加しても構いませんか?」
と、それに加わるのは夜来野だ。狙う敵や行動に特色が出て面白い。もっと他の人の意見も聞きたかった。
「やっぱ後衛位置ってもどかしい! しかも重体中だし!」
この演習中満足に動けなかった月居は悔しげに叫ぶ。もっと出来ることはあったろう。やりたいことも。
……でも。
(初めての戦闘依頼も、できることが少ない中でやれることを探した)
その時のことを、ふっと思い出した。
そしてあの時の気持ちを、これからも忘れずにいたい、と。
「……」
その隣で、じっと己の手を見下ろしながら、小野は未来のことを想う。
守り、支援し、助ける。仲間の為に動くこと。その為に俺は――
(――心を、強くしていきたいな)