「天魔を滅する。それが撃退士の使命。俺の任務」
鎖弦(
ja3426)は静かに呟いた。
天使。その言葉に引き寄せられるように、彼は戦場へ足を向けていた。
これは己の意志なのか。……それとも、幼い頃より調整されていた、兵器としての宿命か。内心の葛藤を抑え、今は目の前の敵に集中を向ける。
……それがたとえ、一時の逃避だとしても。
(凄い気迫……なの……!)
ハントレイの発する気迫に、若菜 白兎(
ja2109)は気圧されそうになる。
鋭い威圧感。目を逸らすことの出来ない存在感。けれど、敵は他にもいる。
(目の前の敵をしっかり見据えて踏んばらないと……なの)
淡いブルーの光を纏い、彼女は盾をしっかりと構える。
「久しぶりの四国だね。大きな戦闘は終わったけど敵もやっぱり諦めないか」
キイ・ローランド(
jb5908)が四国の地を踏みしめたのは、以前の大きな戦闘……今回のハントレイも姿を見せた、研究所攻防戦以来であった。
「なら今回もお帰り願おうか」
●
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
光纏変身を完了した千葉は、拳を強く握りしめシルドナイトの元へ向かう。
「後で挨拶はさせて貰うとして、まずは研究所を護り切るぜ!」
後方のハントレイをちらりと確認してから、彼は目の前のサーバントに集中する。
「如何にも守りは堅そうだが……」
既に交戦している仲間も、たびたびシルドナイトの巨大な盾に攻撃を阻まれてしまっている。
「ゴウライブラスト!」
走りながら、まずはライフルをお見舞いする千葉。
『ッ!』
ガィン! 鈍い音を立て、シルドナイトは弾丸をガード。
見かけ倒しではない。シルドナイトは防御に特化した力を持っている。
「厄介ですね、これは」
神林 智(
ja0459)もコンパウンドクロスボウで支援射撃を行う。
サーバント達は道路に横に広がっている。このままでは、ハントレイの所までたどり着くのは至難の業だ。その上……。
ビシュン! 鋭く風を切る音と共に、一筋の矢が飛来する。
「――庇護の翼でダメージを分散してっ!!」
九鬼 紫乃(
jb6923)は守備隊のディバインナイトに向け短く叫んだ。
「……!」
一筋の矢。しかしよく見ればそれは、一人を狙った三発の連続する矢。
最初の一撃は間に合わずルインズの肩を抉るが、残りの二回は傍らのディバインが受け、ダメージを減らす。
(弓……ね。弟を思い出すわ)
未知の武器でなければ対処法はあるはず。ただ、この距離は痛い。
「早く近づかなきゃならねぇなッ!」
長い髪を雨に濡らしながら、炎條忍は言う。ハントレイは弓術の騎士。このまま前に進めない状況が続けば、撃退士が圧倒的に不利。
と、その時、上空からただ一人、龍崎海(
ja0565)がハントレイに向け急降下する。
キィン! 落下と共に突き出された槍。ハントレイは弓で流すように受ける。
「騎士団従士とは何人もやりあったけどいまいちだった。アセナスと同じ騎士団員なら少しは楽しませてくれるんだろう?」
攻撃様、龍崎はハントレイを挑発する。
「……ほぅ」
ハントレイはそれを聞き、にやりと口角を上げた。
「アセナスか。アイツに負ける気は無い。……特に、今のアイツにはな!」
ばさり。翼で身を翻し、一回転。流すだけだった槍を、ハントレイは弾く。
「っ!」
槍を弾かれ、龍崎はハントレイとの距離を僅かに離す。
「空から確認したけど、迂回する援軍はいないよ!」
そのまま、伝令。合流前、龍崎は空からそれを確認していた。少なくともこの近辺に伏兵はいない。だとすれば……
(対空攻撃を持っているのはハントレイだけかな。なら俺をまず狙ってくるだろう)
シルドナイトやランスナイトに空を飛ぶ自分は討てない。それが必然だろう。挑発もその為だ。
「邪魔だ、退いて貰おうか」
龍崎がハントレイの気を引く間、キイは体重を込めてシルドナイトへ一撃を加える。
『ッッ!』
小さい体ながらも、その攻撃は、シルドナイトを吹き飛ばす。同時にディバインナイト達もフォースで無理やり道を抉じ開けた。
後方。戸蔵 悠市(
jb5251)はハントレイとの距離を目測する。
直後、前方に召喚されるスレイプニル。一声鳴くとナイト達の頭上を駆け、ハントレイの後方まで回り込む。
「……ッ! 速いッ!」
スレイプニルの足は、主人の倍の速さを持つ。そして低くであれば空を駆けることも出来る。故に、届く。
そしてスレイプニルの狙いはハントレイではない。彼の付近にいた、シルドナイトだ。
道が、通る。
神林は、ハントレイへの接近と共に得物を村雨に持ち変える。
「私も弓は好きですが、腕前じゃ及ばない故……失礼します!」
直後、一閃。刀を受けながら、ハントレイは笑う。
「お前は久しいな、黒髪。お前達にもリベンジしたいと思っていたよ」
「お久しぶりです、喜んでお相手致しますよ。……いつぞやとは逆のシチュエーションですかね?」
あの時は、自分達撃退士が攻める側だった。
だが今回は違う。ハントレイ達から、研究所を守りきらなければならない。
神林は思う。以前のハントレイとは違う。
……だが、関係はない。自分達は、やれることをやるだけだ。
「私じゃ貴方には多分敵いませんから、おっかないけど精々足止めさせてくださいな」
刀を突き付け、神林は宣言する。
「ここは通しませんよ」
●
「黒狼の眷属といわれる幽幻の忍が何故恐れられたか……その身で知れ」
ビルの壁面から、鎖弦は水の龍を生み出しナイトを飲み込ませる。
その後、壁面から飛ぶと、今度は漆黒の刃でナイトを撃つ。
縦横無尽に行われる攻撃が、シルドナイトの判断力を少しずつ削り取る。
「負けていられないな!」
炎條も兜割りでシルドナイトに刀傷を与え、動きを鈍らせる。
「ゴウライソード、ビュートモードだ。喰らえ!」
千葉は蛇腹剣を鞭上に伸ばし、足元を絡め取れるか試みる。調度炎條の兜割りで朦朧していたシルドナイトは、それを躱せず鎧の身体を地面に打ち付けた。
そこへランスナイトが突進してくるが、若菜のシールドがそれを通さない。
「攻撃はさせない、の!」
さしものナイトの攻撃も、彼女の盾を突き破ることはない。むしろ盾に阻まれ、その反動で隙が生まれる。
「そこだっ!」
キイはその隙を逃さない。怪異剣の斬撃で、鎧の表面に大きな傷を与える。
「どちらかと言えば魔法に弱い、かな」
数度の攻撃の手応えで、キイは判断する。どちらにも特別に弱いわけではないが。
守備隊のルインズブレイドはその報告を聞くとリボルバーに全身のエネルギーを溜め込む。
黒色の光がシルドナイトもろともランスナイトを貫いた。封砲である。同時に、アスヴァンのコメットも頭上から降り注ぐ。
「ゴウライ、ナッコォ!」
ガギン! ゴウライガの拳がシルドナイトの盾をへこませる。
「なるほど、やっぱり堅いな。ならば!」
すっ。千葉は構えを変える。表面でなく、内側へダメージを『徹す』ことが出来れば。
「ゴウライ、ソニックパァァンチ!」
ガンッ! 衝撃は盾を伝わり、本体へと響く。
バゴンッ! シルドナイトの一体が、音を立てて崩れ落ちた。
「今だ!」
相手の防御が崩れたのを見計らい、キイはランスナイトを一体アーマーチャージで押し出す。
「こいつを!」
そして、すぐさま伝達。孤立させたランスナイトには、シルドナイトの防御は届かない。
「了解した」
黒狼天牙と白狼滅爪。二対一刀の愛刀を手に、鎖弦がランスナイトを斬り伏せる。
「これなら大丈夫そうなの!」
若菜も盾を大剣に持ち変え、攻撃に加わる。
とはいえ、味方への回復も忘れない。淡青色のアウルで、ディバインナイトや炎條の傷を癒す。
「Thanks!」
対サーバント班は優勢だった。
これなら。もう少しだけ時間を稼げれば。
●
(あえて自らの姿を晒して注意を引き、挟撃や調査のための時間を稼ぐ。……どこかで見た戦法だな)
そう思って、戸蔵は苦笑する。彼はこれまで何度もハントレイと戦いを繰り広げてきた。
(目的は時間稼ぎか、戦力集中させることか……勿論可能なら正面突破するのだろうが)
「それにしても随分と影響されたものだ」
「……」
ちら、とハントレイは後方の彼の姿を見る。覚えているぞ、と言いたげに。
――キィンッ!
と、ハントレイは突如身を翻し、弓で攻撃を受ける。黒い、アウルの弾丸だ。
「簡単には当たりませんか」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)のダークショット。それがハントレイを狙っていた。
彼女は建物の陰に隠れ、虎視眈々と射撃の時を狙う。
「……狙撃手か。しかしこの力は……」
冥魔の力だ。冥魔の力を持つものは、ハントレイ達天界勢の攻撃に弱い。
「逆もまた然りです」
ハントレイは自分の攻撃に弱い。身を隠しながら、彼女は攻めることだけ考えていた。
「どこ見てるんだ!?」
が、そんな彼に、龍崎は雨霧護符を使い水の矢を浴びせる。
「ちっ……」
弓を回し、打ち消すように防御しながらも、ハントレイは舌打ち。雨の中、上空を取られて戦うのはそれなりに不利な条件だ。
実際、数本の矢は彼の防御をすり抜け小さいながらも矢傷を与える。その度に、ハントレイは僅かに顔を歪めた。
「いつまでもやられると……!?」
対するハントレイは天に弓を引き絞る。
(来いっ……!)
龍崎はシールドを使う心構えをしてそれを待つ、が。
バシュン! 放たれた矢は、龍崎には当たらずあらぬ方向へ向かう。
「何っ……?」
矢は放物線を描き、後方のサーバント班……守備隊の、アストラルヴァンガードに命中。左の肩に突き刺さり、血が噴き出る。
「空に居られるのは厄介だ。……が、一人で戦っているわけではないからな」
ちらり、配下のサーバントを確認するハントレイ。ランスとシルドが一体ずつ倒れ、他もダメージが蓄積してきている。
回復役や盾役は複数いるようだが、その中でもハントレイは守備隊が『穴』と断じていた。
「一人じゃないのはこちらも同じ」
地上から、白と黒の球がハントレイを襲う。
「貴方の騎士としての覚悟、見せてもらうわ」
九鬼の光闇珠による攻撃。……いや、それだけでない。二つの球の最中には、どこか澱んだ氣と砂塵が渦巻いている。八卦石縛風。命中させた相手を石化してしまう、脅威の技。
「覚悟か」
但し、力量によってそれは覆される。
ハントレイは弓を回転。流すのではなく正面から全て弓に受けさせた。
「少しは伝わったか?」
「……貴方、嫌いなタイプじゃないわ。敵じゃなければ、ね」
「俺も強い者は嫌いじゃない」
答えるハントレイに、スレイプニルの蹄が襲い掛かる。
「っぐ……!」
急所を狙った攻撃に、ハントレイは一瞬ひるむ。
「ハントレイさんの目的って?」
「目的?」
「単に研究所を襲うだけ? それとも……もしヒヒイロカネが欲しいなら、研究所よりも手近に手に入れる当てがあるんじゃないです?」
ぎゅ、と刀を握りしめながら、神林は挑戦的な目をハントレイに向ける。対するハントレイは、虚を突かれたような顔。
「……なんてね。勿論お渡しするつもりはありませんし、騎士の名を冠するならそんな事はしませんよね」
「……いや、まさかな」
ハントレイは首を振りながら、くっくっと笑う。
「まさか……狙っていないとでも、考えていたのか?」
ハントレイの手中に矢が生成される。彼はそれを目にも留まらぬ速さで番え、引いた。
「騎士の名を冠するなら……か。俺の考えとは違うな」
バシュン! 放たれた矢は、神林の頬の真横をすり抜け、サーバントと戦う後方の味方集団へと飛んでゆく。
「『強き者と戦い勝ち得る』ことは、俺にとって誇りだよ」
それは守備隊のアスヴァンの胸元に突き刺さる。がくん。彼女の全身から、力が抜けた。
同時に、彼女の身に付けていたヒヒイロカネがころりと地面に転がった。
「シルド!」
叫ぶ。答えたサーバントがそれを拾い、ハントレイに投げる。
「よくもやってくれたな!」
龍崎はハントレイに刺突を加えんとする。弓で流されるが、左肩に刃が通る。
同時に、ヴェスからの射撃。さきほどとは違う場所から、同じ左肩にもう一撃。
「……冥魔の力は」
ハントレイが次なる矢を手中に生成する。――それを確認した次の瞬間には、矢は放たれていた。
「当てやすい。」
バシュン。
ハントレイの矢はヴェスの弾と全く同じ軌道を通り、彼女の腕に突き刺さる。
「動き回るのは大事だが、孤立もしやすいな」
ぽつり、呟くハントレイに、スレイプニルが攻撃を仕掛ける。
ガギン! 攻撃を受けながら、ハントレイは顔を顰めた。今の攻撃は、ハントレイ自身を狙ったのでない。
「……ちっ」
舌打ち。そして一瞬、弓の弦輪を撫でる。
「いくら天使と言えど……この状況ではわずかに判断力が落ちるようだな」
「何っ……!」
振り返る。ランスナイトがいた。……いや、ランスナイトではない。変化の術を用いた鎖弦が、二刀で兜割りを仕掛ける。
「くっ」
ハントレイはこれを弓で流しながら、その場で回転し威力を殺す。
「『その技は』対策した。ある程度は、だが」
苦々しい顔をしながらも、彼は弦を引く。『二発目』を既に用意していた。
ハントレイの矢が、鎖弦の腹を突き刺す。
ここに来て、二人が重傷を負った。……が。
「ゴウライ、流星閃光キィィィック!!」
千葉真一の……いや、ゴウライガの雄々しい叫び声が、一帯に響く。
太陽の輝きが、焔の翼が、ゴウライガを加速させる。
そしてその蹴りは最後のシルドナイトの盾を突き破り、爆散させた。
「勝利への執念か。自分さえ強くあれば、という想いは判らなくもない」
立ち上る爆炎から、千葉は歩み出る。
「だがな。1人より2人、2人より3人。それだけ強くデカクなるものもあるぜ!!」
お互い、傷だらけだった。
だがしかし、数で勝る撃退士にはまだ傷の浅いものが多いのに対し……ハントレイはただ一人。
「……ここは引こう」
「逃がすか……!」
戸蔵はスレイプニルにハントレイを止めさせようとする。が、ハントレイは更に上空へ高度を上げ、それをすり抜ける。
「……手当てしよう。俺の回復スキルがまだ残ってるから」
龍崎は地上に降り、皆の手当てを始めた。
何はともあれ、研究所へ向かう一軍を止めることは出来たのだ。
(研究所にも増援が行った。彼らを信じよう)
●
(随分深手を負ったな……)
結局、クランからの合図を待たずして引くことになってしまった。目的の物は一つ手に入れたが。
そんなことを考える彼の元に、一体のムクドリが接近する。クランのサーバントだ。
彼はムクドリを捕まえると、その足につけられた手紙を解く。
「……失敗か」
中身を読みハントレイは落胆するが、それ以上に安心していた。
あの臆病な部下は生きている。
「完全な勝利は、次に取っておくとしよう。……その為には、今以上に強くならないとな」
つぅ。
雨粒が、彼の顎を流れて落ちた。