(何が起こっているのでしょう……?)
島原 久遠(
jb5906)は、銀数珠を握りしめながら仲間たちの様子を見ていた。
――なんだこりゃ。狼のスキルか……?
太刀いつもよりが重いのか、虎落 九朗(
jb0008)は不可解気に眉を寄せながら後衛に下がる。他の仲間も皆、動きが鈍い。
黒田 京也(
jb2030)は下がってきた虎落を一瞥するとクウァイイータスの引き金を引く。しかし、弾丸は放たれない。
それどころか、次の瞬間に二対の銃はヒヒイロカネに戻り、カラリと音を立てて地に落ちた。
――……ほう。こういう事もあんのか……
地面に転がるそれを見下ろしながら、黒田は落ち着いた声でそう言った。
自分の身に何が起こったのか。はっきりではないが、彼には分かったのだろう。
からん。
足元に小さな音が響いたので、島原はそれを見る。
見知った形の、ヒヒイロカネだった。――……
●
「アウルって切れるもんなのね」
自分の手をぼんやりと眺めながら、田村 ケイ(
ja0582)はぼんやりと呟いた。
あれから彼ら撃退士は、宿に戻り自分達の力の変調について話し合ったのだ。
その結果は、『アウルの喪失』
「偶然なのか、狼の仕業かはわかんねぇが……っきしょう」
「……ふん。得やすいモノは失いやすい。それだけだ」
虎落が悔しげに膝を叩くと、黒田が落ち着き払った態度で言い捨てる。
坂本 桂馬(
jb6907)も「そーだな」と同意しながら煙草に火を付けた。
「突然降って湧いた力だ。突然消えてなくなるのも、まあいいだろう。使い勝手のいい便利な道具を失った、ただそれだけのこった」
坂本はあっけからんと言い切り、煙を燻らせる。
「しかしこのタイミング、それも居合わせた全員が同時にとは」
これほどの不運もないだろう。自分達にとっても、村人にとっても。
そして坂本は、ちらと島原の眠る別室の戸を見遣る。彼はアウルの力で何とか生きていたような体らしく、今も苦しげに荒い呼吸を繰り返している。かなり危険な状態だ。
「……ま、だからって成すべきことも、目指すものも変わらないのだけど」
田村は小さく零すと、立ち上がって自分の携帯電話を取り出す。
「……行くか」
同時に虎落も腰を上げ、胸の前でパンと拳を鳴らす。
「あの行方不明っていう娘さん、探しに行くわ。これ、連絡先」
田村はそう言って携帯画面を坂本に見せる。
「私も行かせてください」
たまらず、華澄・エルシャン・御影(
jb6365)も立ち上がる。「俺も加わらせてもらう」と、黒田も名乗りを上げた。
「いーのか? アウルはもうねーんだぞ」
「アウルが尽きた? アウルがあるから撃退士なんじゃねぇ。絶望と、理不尽と闘い撃退するから撃退士なんだよ」
「依頼が終るまでは光纏出来なくても撃退士。人の命さえ護れれば十分よ」
坂本が問うと、虎落と華澄はそれぞれに断言する。
「第一女の子を見捨てるっつー後味悪ぃ真似、出来ねぇよ」
虎落の言葉に、坂本は苦笑しつつ納得する。
「千尋はどうする気だ?」
水を向けられ、藤咲千尋(
ja8564)はハッと顔を上げる。今まで考え込んでいたようだ。
「私は……」
彼女も彼女で、今何ができるかを考えていた。まだはっきりとした答えにはなっていないようだが。
「――のと姉は、どうするんだろ――」
●
ぐっ……。手を閉じ、ふわりと開く。
閉じる。開く。閉じる。開く。閉じる。
大狗 のとう(
ja3056)はそれから、自室でぼんやりと時を過ごしていた。
思い出す。さっきまで肩を並べ戦っていた仲間。助けることも出来ず、逝かせてしまった仲間。
戦う力があれば、何か出来たかもしれないけど。
昔に戻っただけだ。アウルの使い方を知らない、昔に。
手を開く。
戦う義務はない。責任も。なのに。
――ディアボロの一体も倒せないで、何が撃退士だよ……!
崩れ落ちた、父親だろう男の顔を思い出す。
今の自分に、何が出来るのだろう。
脳裏に浮かぶ。以前の依頼で貰った、小さな祈りの手紙。学園で出来た、友人達。
今の自分は、何がしたいのだろう。
手を、閉じる。
「……怒られても、いっか」
●
田村、虎落、黒田、華澄……そして大狗。少女の捜索を決めた彼女達は、すぐに旅館を後にする。
「気を付けてね、のと姉」
藤咲と坂本は入口でそれを見送る。
「久遠のこと、頼むな」
自分達が出ている間、坂本を手伝って島原の様子を見ていてほしい。大狗の頼みに、藤咲は「勿論!」と答えた。
「いっしし! んじゃ、行ってくるのな!」
「あー、そうだ。ついでだし、俺が死んだ時は、無謀に山に入ったんじゃなくてよ、村に戻らなかった、って事にして貰っても良いか?」
思い出したように、虎落は坂本に頼む。
「ああ、分かった」
五人は出発する。悠長にしている暇はない。
少しの間見送ったら、すぐに島原の所へ戻ろう……と、思った瞬間。大狗が一人だけUターンして戻ってきたではないか。
「千尋!これ持っといてくれ!」
何かを投げられ、咄嗟に受け取る。お揃いの飾り紐だった。
「のと姉、絶対一緒に帰るんだからね……!! ちゃんと戻ってきてね!」
思わず叫んだ。藤咲が受け取ったのを確認して、「じゃっ!」と軽く手を上げ、また駆けて行ってしまった。
「……はは、これ死亡フラグって言うんだよ。ちゃんとフラグ折らなきゃダメだからね」
目頭が熱くなるのを堪え、飾り紐を腕に巻く。
迷っている場合じゃなかった。今出来ることを精一杯やろう。
最期に笑顔で応えてくれた親友に彼女は覚悟を貰えた。
●
「そーだよ。消えた。あと依頼だがな、行方不明者が出てる。それと島原久遠が――」
坂本が学園へ連絡を入れている間、彼の指示に従って藤咲は島原の看病をする。
「震えてる……毛布持って来なきゃ……!」
仲居さんに声を掛けて、毛布を出してもらわなくちゃならない。藤咲が話しかけると、事情を知っていた仲居は渋い顔をする。
「お役に立てなくて本当にごめんなさい。でもどうかお願いします!! 罵られても叩かれてもいいです。お願いします!!」
藤咲は必死に頼むこむ。「わかった、わかったから!」仲居はそれに応え、旅館中の毛布を貸し出すことにする。
「ありがとうございます!」
「……いいよ。死にそう、ってのなら流石に、ね」
山村家の娘への心配は、そのまま彼ら撃退士への不信に繋がる。しかしそれと島原の命は別問題だ。
「でも、山に行っちゃったのはどうかと思うわ」
「ごめんなさい、でもみんな何かせずにいられないんです。迷惑だってわかってても、きっと助けに行かずにはいられなかったんです」
撃退士は……自分の大好きな親友は、きっとそういう人だ。
部屋に戻った坂本は、島原の傍らに腰かける。
島原は苦しそうに息をしていた。時折酷い咳をして、血を吐く。口元の血を拭いながら坂本は思う。自分に出来ることがあれば。
(この子にだって、光ある未来があっていいはずだ。アウルの光を失ってなお、決して消えない意思の光は宿していた、あいつらのように)
それは坂本にはない光だ。がむしゃらで真っ直ぐな、生命の輝き。ああいう人々こそ生きるに値する。だったらせめて、自分はその一助になりたい。
「止まれ、お前はいかにも美しい……なんてな」
ご都合主義な機械仕掛けの神様は、助けに来ない。重たい体にうんざりしながら、坂本は島原の額に手を当てる。
●
「元々私達が倒せていればこんなことにならなかった、その尻拭いをしたいのです」
田村はまず、青年団の元へ行き説得を行うこととした。
「命がけですから皆様が付き合う義務はありません。ただ道具、駄目なら情報だけでも提供して頂ければ幸いです」
「そうは言うがな……」
村長は渋い顔をする。一般人になってしまった以上、撃退士達にも命の危険はある。おいそれと許可を出すわけにはいかない。
それと青年団の意見は、少し違ったようだが。
「村の皆さんが危険を冒すより私達にお嬢さんを探させて下さい。遅くなればなるほど危険です。協力して頂けませんか。お願いします。私達に犠牲が出ても一切皆さんに責任はありません」
「むぅ……」
結局、『黙認』という形でそれは許された。情報と道具は与える。それ以上は、保障しない。
同じ頃、黒田は不良の屯する町唯一のコンビニにいた。
「おう、お前ら……」
「あ? ンだよおっさん」
「お前らは、ここいらの一体でハバをきかせてる…札付きのワル…そうだよな?」
彼らにはそんな大した自覚はない。が、不良なのは事実だし、褒められている気がするので頷く。
「最近の若けぇのは格好ばっかりだ。でも…お前らは違う。どんなもんにもビビらねぇ…そう言いてぇんだよな?」
そりゃあそうだ! 調子づいた不良は頷く。
「カッコイイってのは、そういうもんだよなぁ……」
「わかってんじゃねーか!」と若者たちは一斉に笑う。すっかり気分が良くなって、黒田への警戒心が無くなっていた。それを見越して、黒田は切り出す。女の子の救出を、手助けする気はないかと。
「お前らの言うとおり……ぶんなぐったってディアボロは倒せねぇ。だが……女一人、助けることぐらいは出来るかもしれねぇ……違うか? ――……とまぁ、人手欲しさに煽っちまったが……本当の命がけだ。ビビったって誰もバカにしねぇ。自分で決めるんだぜ?」
●
「……義兄、さん……?」
坂本の大きな手を感じて、島原は僅かに意識を取り戻す。霞む視界の中、坂本のシルエットを兄と勘違いしたようだ。
こくり。坂本は頷いた。兄さんのフリくらいいくらでもしてやる。それが島原の為になるなら。
「にいさん……すこしこわいので眠るまで手をつないでもらっていいですか……?」
坂本は島原の手を握る。体温は、異様に低かった。
「……罰があたったんです……普通に生活ができて……義兄さんといっしょにいられるだけでもじゅうぶんしあわせだったのに……もっと、もっとって…よくばって、望みすぎて……」
泣きそうな声だった。そう思うなら生きろ。元気な姿を兄に見せてやれ。手を強く握るが、反応はほぼない。
「死んじゃダメだよ、死んじゃダメだよ!!」
藤咲は叫ぶ。届け。戻ってこい。
力があればと光纏を試みても、力は現れない。助けることが出来ない。
「ごめんなさい……こんなところ、二度も見たくなかったでしょう……?」
かくり。握っていた手が、力なく落ちる。
●
「くそ、生命探知がありゃ楽だっつーのに……こりゃ、普段どれだけアウル頼りか、って事だよな」
包丁片手に、虎落は苦笑する。歯がゆかった。
懐中電灯を手に、田村達は少女を探し回る。狼の声。草の音。地面には足跡が残ってないか。あらん限りの感覚を稼働させ、痕跡を追う。
「っざけんじゃねぇぞ!!」
山の中、大狗の叫びが響き渡った。『見つけた』のだ。狼と少女を、『同時に』
「うっ……うぅ……」
迷子になった恐怖。暗闇への恐怖。そしてディアボロへの恐怖。娘は泣き、狼はそれに十数メートルの距離まで迫っていた。
大狗は走りながら狼に鉈をぶん投げる。当然命中せず、虚空に消える。
走る勢いのまま、狼に跳び蹴り。これも当らない。すぐに切り替え、女児の手を引き、立たせる。
と、上方から大きな歌が聞こえてきた。大狗の叫びを耳にした田村が、近くの木に登り歌いだしたのだ。狼は一瞬、気を取られる。
「逃げるぞ!」
大狗は娘を連れて撤退。気づいた狼が大狗に迫る。
「ッ……!」
大狗は娘に無理やり懐中電灯を握らせ、背中を押した。
「走れ! 生きろ!!」
「テープを残してあります! それに従えば、帰れます!!」
木々には、華澄の残した道導が残されていた。少女は暗闇の中、誰かも分からない声に頷いて必死に走る。
『グルルゥゥゥ……』
狼は大狗を鋭く威嚇する。大狗も、もう一本残った鉈を狼に突き付けた。
「腕の一本くらいはくれてやるけど、命はやらねぇ。やっぱ、怒られるのはヤだかんな!」
『ガルゥァッッ!』
「……なんてな」
飛び掛かる。いつものように反応出来ない。鉈を眉間めがけて振り下ろすが、それでも。
――鮮血。
『グルゥ……』
牙に血を滴らせ、逃げる女児の背を見つめる狼。まだ、追い付かれる距離
「狼なんか怖くない!ってね。私の命ならくれてやる!」
そこへ、狼を挑発する声。顔を向ける狼。その先には、毅然とした表情の華澄。
ちらり、彼女は娘の懐中電灯の光を確認する。もっと時間を稼がないと。
「おら、こっち向け」
ジャーキーを揺らしながら、虎落も狼を挑発する。最も、人肉にしか興味はなさそうだったが。
包丁を突き付けながら、背後を確認する。すぐに登れそうな木。これなら――
――思った瞬間、喰いつかれた。
「――ッッ」
歯を食いしばる。悲鳴なんて漏らしはしない。こいつに俺達を屈服させる気があるのなら……もっと、喰いつけ。一瞬でも。
――再び、鮮血。
「こっちに呼べ!」
黒田の叫び声。華澄は走る。声のした方へ。
田村も木を乗り移り、誘導に力を貸す。途中、少女に気を向けないようライターとスプレーで火を巻いた。
『グル……』
狼は追う。火を。撃退士を。敵を。
狼の中で、撃退士は今も敵だった。光纏が出来るかどうか等、獣には分からないから。だから、追った。
必死に走っても、人の足で魔物には敵わない。分かっていても、足が竦むことはなかった。
心に希望の光纏を。絶望せず、怯まず。無謀とも言える勇気が彼らの最後の武器だった。
――三度の、鮮血。
「来たわ!」
田村が伝える。狼の目線の先には、黒田。
黒田は狼の姿を確認すると、背を向け走る。
逃げるわけではない。必要だからだ。
そして目の前に迫る、壁。
『グルァ!』
雄叫ぶ。狼が。もしかしたら黒田も。黒田は壁に向けてダイブ。狼もそれを追い、飛ぶ。
だが、狼の想定は間違っていた。それは『壁ではない』
みしみしと音を立て、壁だと思っていた草が崩れる。その向こうには、崖。
『――ッッ!?』
落下していく、狼。きっと死んではいまい。だがこれだけの時間を稼げれば……。
「お前ら、カッコよかったぜ」
にやり。黒田が笑う。隠れていた不良達が、歓声を上げた。
●
「……酷い怪我じゃねーか」
やがて戻ってきた撃退士達に、坂本は手当てを施す。
今やれることはこれで全て。力を失くして、この先どうしようか。
「……まあ、追々考えればいいか。先はまだまだ、長えんだしな」
●
「行方不明者の捜索に出ます。突然光纏出来なくなって驚いてるわ。
ディアボロがこんなに怖いのは初めて。でも私の心は最後まで撃退士のまま。
命を賭けても必ず無事に保護するわ。最後になるかもしれないけど
みんなに会えてよかった。永遠に愛しています」
……村から久遠ヶ原に届いた、一通の手紙。撃退士は半分も残らなかった。
けれど、それでも、小さな命は一つだけ救われたのだ。
アウルの光が尽きたとしても、希望の光は、尽きない。