●氾濫バナナ
「まったく……いつからこの国は南国になったんだ?」
現場に到着して第一声。向坂 玲治(
ja6214)は溜め息混じりにそう言った。
「……やだ……すごくバナナ臭い……」
支倉 英蓮(
jb7524)は羽織った着物の袖で口元を覆う。
「そうそう見ませんわね……? こんなに黄色い交差点というのも……」
交差点は、辺り一面に散らばっているバナナの皮で鮮やかな黄色に彩られていた。
そしてバナナの皮は、甘ったるいバナナの香りを周囲に撒き散らしている。
まさに『バナナ天国』。――いや、この場に来た撃退士達にとっては『バナナ地獄』か。
斎宮 巴(
jb7257)は、小さな袋を手に持ちながら散らばる皮をじっと見つめる。
「あなた、本当、普通の、バナナさん、です?」
彼女は皮にそう話しかけながら、小袋から何かを取り出した。
一つは熱湯。水筒に入ったそれを、彼女は4m程の距離を置いて恐る恐るぶっかける。
……バナナは反応しない。
一つは塩。彼女はその場を動かず、ぱらぱらとバナナの皮に塩をふりかけてみる。
……バナナは反応しない。
砂糖。バナナは反応しない。わさび。バナナは反応しない。からし――
――やはり、バナナは反応しない。
「……」
斎宮はそれを見届けると、何事も無かったかのように光纏。盾を手に、戦闘態勢へ入る。
「そんじゃま、バナナ狩りとでも行こうか。」
向坂はパキパキと首を鳴らしながら、スターライトハーツを握りしめ、小天使の翼を背中に現出させる。
『バナっ……!? バナァァーーナァァーーーッッ!!』
バナナソルジャーもこちらに気付き、仲間に知らせるように叫んだ。
入場無料。命ある限り時間無制限のバナナ狩り。
今ここに、開幕。
●トロピカバトル
「ほら来いよ……バナナパフェにして喰っちまうぞ。」
ニヤリ。向坂は不敵に口角を上げ、バナソルジャーを指で招き、挑発する。
『バナァーナァッ!』
ソルジャーはパフェにされるのも恐れず、剣で向坂に襲いかかる。
向坂は片手のトンファーでそれを受け止めると、もう片方で激しく殴打。
「お〜、バナナの皮を利用した面白いディアボロですね〜。姿形もバナナ型で徹底していますね〜」
アマリリス(
jb8169)は関心したように言いながらも、空中からフレイヤを一振り。
輝く刃から、黄金の斬撃が飛ぶ。地上のソルジャーは剣で受けるが、威力を消し切ることは出来ない。
『……バナッ!』
と、離れた所からバナナスナイパーがアマリリスを狙う。
「っ!」
咄嗟に玄武の盾を活性化し、アマリリスは守る。
「見た目は面白いですけど面倒な戦場ですし、気を引き締めてまいりましょう〜」
足場は悪く、敵はそれぞれの役割を自覚している。遊び気分で勝ち抜ける戦いではない。
「流石に空中で転ぶことは無いと思いますが、念には念をね」
楯清十郎(
ja2990)も小天使の翼で空を行くが、万一落下などしても大丈夫なよう注意は怠らない。
(大量のバナナの皮があって中身が無い……ひょっとして共食いしたのでしょうか?)
地上の皮を見ながら考える。身は何処へ消えたのか。
「そんな、昭和のギャグじゃあるまいし……バナナが転ぶなんてまさか……」
そのゴツい身体を可愛い女性服で包んだ撃退士、御堂 龍太(
jb0849)は、足元のバナナの皮を何とも言えない顔で見下ろした。
が、すぐに正面を向く。小天使の翼で先行した三人は、既にバナナと戦い始めている。
早く自分もサポートに回りたい所だが……最大射程でもバナナソルジャーに少し届かないか。御堂はそう判断し、一歩踏み出す。
「ウソーッ!?」
すってんころりん。途端に彼――いや、彼女と言っておくべきか――は、バナナに足を取られ体勢を崩し、どすんと尻餅を着いた。
バナナ犠牲者、第一号である。
「もう……信じられない……」
「自分空を飛べる派なので古典芸能【バナナの皮ですってんころりん】が出来なくて残念に御座るな」
源平四郎藤橘(
jb5241)は地上のバナナの皮に向かってドヤ顔を披露しながら、その翼で周 愛奈(
ja9363)を運ぶ。
「……バナナの皮で滑って転ぶなんて、なんかお笑いのひとみたいなの」
周も彼にお姫様抱っこされながら、過ぎて行く大量のバナナの皮を見つめた。
「お笑いのひとみたいにならないように、愛ちゃん、気をつけて戦うの!」
決意する。真面目な戦いの最中に、そんなコメディみたいなことをするわけにはいかない。
「リボルバーで破壊出来れば良かったので御座るがな……」
戦いが始まる前、源平は皮に弾丸を放っていた。が、結果として……リボルバーから発射されたアウル弾は、バナナの皮の表面を『軽く滑って』消滅してしまった。
「愛ちゃんも試してみるの!」
戦闘域に下ろしてもらった周は、ひとまず『アーススピア』による攻撃で皮の消滅を試みる。
地表が尖った針のように隆起し、範囲内のバナナをふっ飛ばす。……しかし、バナナは若干傷ついただけで破壊までは至らなかった。
「残念なの……」
リボルバーと違い、こちらはバナナを少し動かすことに成功していた。とはいえ微々たる差。ダメージが与えられたとはいえ、もう何度か放たなければ破壊は厳しそうだ。
「やはり、足元に気を付けるというのが一番で御座るな」
周を下ろした源平は、そのまま先行したディバインナイトの後ろに回る。
そのまま空中で魔法書を開くと、上から雷の玉による一撃をバナナソルジャーへ与える。
『バナッ……』
ソルジャーは空からの攻撃に、僅かに虚を突かれたような反応。
『……バナ』
後方で楯達に狙いを定めていたバナナスナイパーは、溜め息を吐くような挙動をすると少し前に出ようとする。
だが、そのスナイパーの身体を、一発の銃弾が掠めた。
『バナ……?』
視線を向ける。その先には、バナナの黄色より尚鮮やかな純白のメイド服。
斉凛(
ja6571)。彼女が構えるライフルを目視して、バナナは相手が狙撃手であることを悟った。
「バナナが同じ狙撃手なんて、許せませんわ……!」
彼女はバナナスナイパーから狙いを外さない。スナイパーは軽く頭を振ると、対抗するように斉へ銃を向け、撃つ。
「やらせ、ません……」
しかしその弾丸は、斉まで届かない。斎宮が護るからだ。
「巴ちゃんにわたくしの命を預けますの」
斉はライフルのスコープでスナイパーを注視したまま言う。斎宮を見る事は無い。見る必要も無い。
「その代わり敵の排除はお任せくださいですわ」
それだけ……信頼しているからだ。
彼女が護ってくれるから、自分は攻撃に専念すればいい。自分がすべきことはただ一つ。
「逃しませんわ、吹き飛びなさい」
狙い撃つ。
『バナッ……!』
バナナスナイパーの身体に、ライフルの弾丸が突き刺さる。傷に手をあてながら、バナナスナイパーはもう一体のスナイパーへ顔を向ける。
『……バナ』
『バナ』
後方に待機していたもう一体のバナナスナイパーは、こくりと頷くとその場から離れる。
傷を受けたスナイパーは、その場に留まり改めて銃を構えた。
(バナナの射程は、こちらと同じくらいなのですわね……)
離れたバナナスナイパーがこちらを狙う様子は無い。
追おうか。スナイパーを早期に落としたい彼女は一瞬思うが、止める。足元にはバナナの皮が散乱しているのだ。
(滑るなら動かなければ良いのです)
そして彼女は、一体のスナイパーに狙いを定めた。銃弾が飛ぶが、再び斎宮が護る。
「あら、逞しいバナナさん達……」
場所は少し戻り、前線。
支倉は血気盛んに屹立するバナナソルジャーを見下ろしながら、脳裏では別のナニかを想像する。
「楽しませていただけますか?」
頭髪を完全に白く染め上げ、同じく白く輝く雷の中、彼女は鳳凰と龍の斧槍を振り下ろした。
『バナッ……!』
直撃。ソルジャーの皮に、一筋の切れ目が入る。
『……バナッ!?』
さくり。更にもう一撃、光を纏った扇子がバナナを切る。
「堅い固定砲台だからトーチカ……いや、特火点の方がカッコいいかな」
扇子は弧を描きながら、楯の元へと戻って行く。音も無く、切れ目が更に深くなった。
『バヌァ……』
ふらり。バナナは足元をぐらつかせ、頭頂部に手を当てる。
「これは……各々方、気を付けるで御座る!」
もう一体と戦っていた源平も、目の前のソルジャーを見上げ声を上げる。こちらのソルジャーも、皮に大きな切れ目が入っていた。
「だったらこれを当てるの!」
周が後方からマジックスクリューを発動する。激しい風の渦がバナナソルジャーの身を裂く。
『バ、ナ……』
周の攻撃を受けた周は、ぐるぐると重心を回す。酔っている、のか。朦朧の効果と思しき反応が見られた。
――次の、瞬間。
『『……バナッ!』』
二体のバナナの皮が、音も無く裂け……ぽとんと、落ちる。
「一皮剥けたで御座る!」
源平が叫んだ。バナナソルジャーはその皮を脱ぎ、真っ白な肉体をさらけ出している。
『バナーナァ!』
ビュン。ソルジャーが今までとは段違いのスピードで踏み出し、上空の楯へ向けて跳び、斬る。
ギィンッ! 楯はシールドでこれを受けるが、その衝撃は腕を伝い、身体まで到達する。
一撃の重みは、皮を被っていたときより尚重く。
「流石に攻撃までは未熟だったり甘いワケではなさそうですね」
楯は小さな赤い結晶を素早く飲み込む。バナナの攻撃で削られた体力が、素早く癒えていった。
敵の攻撃は軽くない。だが、これなら。
『ナァナッ! ナーナァ!』
状況を見ていたバナナスナイパー……斉凛から逃走していた方の狙撃手は、彼女の死角からバナナエンペラーの傍へ寄ると、何がしかを耳打ちする。
『……バ、ナーヌ』
応える、重低音。
それまで戦況をただ眺めていたグレートバナナエンペラーは、一歩踏み出した。
●もぎ取られ
「やっと皇帝が動き始めましたか……フフッ……他のバナナより逞しいですわね……?」
支倉はやって来るバナナエンペラーを遠目に見ながら、薄く笑う。
エンペラーの歩みは早くない。一歩一歩、踏みしめるようにやって来る。
『バナァッ!!』
バナナソルジャーとの戦いは……バナナが皮を脱いだ事が、撃退士達の有利に働いていた。
御堂は呪縛陣を放ち、バナナソルジャーの動きを止める。動きが止まれば、最早ただの生バナナ。
無防備になったバナナの身を、警戒して距離を置いていたアマリリスの鎌が襲う。
『バナッ……!』
スパン。バナナソルジャーは真っ二つに切れ、倒れる。
『バナーナァッ!?』
残ったバナソルジャーは慌てふためく。
「よそ見してんなよっ!」
隙を見せたソルジャーに、向坂は光る拳を叩き付ける。
衝撃には少し強かったのか……バナナが潰れることは無かったが、しかしこのソルジャーも、そこで倒れた。
一方で、スナイパー対決である。
こちらの戦いは傍目には静かなものであった。派手に戦う前衛やソルジャー達を視界の端に捕らえながら、二人の狙撃手はただただ撃ち合った。
だが。こちらの狙撃は全て本人が受け、バナナからの攻撃は斎宮が受ける。簡単に言って二対一の状況で……バナナスナイパーに、勝ち目は無かった。
『バナ……』
バナナスナイパーは若干焦りを滲ませ、弾を撃つ。
「……どこ、狙ってる、です?」
当たらない。確実に追いつめられて行く状況下、相手のバナナの精神は限界に近い。
「そんなザマで狙撃手を名乗って欲しくないですわね」
一方の斉は外さない。斎宮に防御を任せ射撃に専念した、その差か。ここに至るまで、斉の集中が途切れることはない。
『ナっ……』
バナナスナイパーの熟した身体に、アウルの弾丸が突き刺さる。
『……バナァァッッ!!』
バナナは……
逡巡した後、皮を脱いだ。所々茶色くなった身体をさらけ出し、ライフルを構え直す。
『バナァァッ!』
そして狙いも不十分なまま、引き金を引く。反動から察するに、威力はこれまで以上。だが。
「……チェックメイトですわ」
斉凛は静かに告げる。
彼女は銃身を微かにずらすと、落ち着いた所作で引き金を引く。
ほぼ同時に撃ち出された二つの弾丸。
二つの弾は空中で交差し……それぞれの軌道を、僅かに逸らす。
ビシュンっ! 風を切り、バナナスナイパーの銃弾は地面のバナナ皮に命中し……消滅する。
『バナッ……!』
驚愕するスナイパー。刹那、彼の頭部に風穴が開く。……バナナの、敗北だ。
●それはとっても食べやすい
「中身までバナナくらいの柔らかさじゃないよな……しっかり受け止めろよ。」
ぐぐぐぐぐ。向坂は、輝く拳を大きく大きく振りかぶる。
ぼぅん! 神輝掌の一撃を受けたバナナガードナーは、軽く浮いていた身体を地面に叩き付けられる。
「ガードナーが青くスナイパーは斑点があるってことは、見た目が熟してるほど防御が薄そうですね」
楯は推察しながら扇をヨルムンガルドに持ち変えると、後方に控えるスナイパーを撃った。
『バナ……!』
焦りを滲ませるスナイパーに、別方向からの射撃が飛ぶ。
「援護射撃はメイドにお任せくださいですわ」
バナナに突き刺さるアウルの弾丸は、血のように赤い。なんとも食欲の無くなる光景である。
『バナ……』
ガードナーはふらりと起き上がろうとし、突如倒れる。
御堂の蟲毒により、既に毒入りバナナとなっていたのだ。それが今、限界を迎えた。
『バナ……!』
エンペラーは手斧を振り回し、撃退士達へ反撃する。だが攻撃は盾で受けられる。
『……バナ……!』
最後。ただ一体残ったエンペラーに、源平は雷の玉で着実にダメージを与える。
『……バナァ!』
バナナエンペラーは遂に皮を脱いだ。ぐ。手斧を改めて握り直すその姿は、まさに威風堂々。
しかし、だ。
「ひと皮剥けたイイ男ですか……?」
支倉はピン、と細いワイヤーを手の内で伸ばす。
「フフッ……敏感なバナナさんはぁ……」
そして目視することすら難しいそのワイヤーで、あっという間に皇帝の身体を縛り付け、
「……すぐに果てて戴きますョ?」
――引く。
『バナッ……!』
断末魔の叫びを上げる間も無かった。バナナの身体は輪切りにされ、美味しそうになってしまう。
冷静に考えてみよう。バナナの皮が無くなったら、どうなるか。
食べられるだけである。
「わたくしにしてみれば撫でた程度で果てるなど……お義兄様の方が……ゴニョゴニョ……」
支倉は顔を赤らめ、段々と小声になっていく。
バナナの王様が倒れた途端、辺りのバナナはすぅと消えて行った。
やはり魔力で作られたバナナだったのだ。
「ふぅ……逞しさはあってもこう早く果てるのでは……楽しめませんでしたわね……」
支倉はふぅと溜め息を吐きながら、何処か物足りなげに呟く。
「仇は取ったぜ……」
向坂は病院の方角を向きながら、遠い目でそう、報告した。
余談だが。
以降数週間、この街でバナナの売り上げは激増したという。