●アバン
「こないだまで召喚獣怖いとか言うておったくせにのう」
美具 フランカー 29世(
jb3882)は、鵜飼ヒカリがスレイプニルと共に戦っていたことを聞くと、しみじみとした様子で目を細める。
「しかし、そんなことを言っている場合ではないようじゃの」
炎條忍(jz0008)から今の事態を聞き、美具は急ぎ救援に参加する。
「おっかしーなぁー学園では、テイマーが気を失ったら解けるはずなんだけど……」
同じく炎條に声を掛けられた加具屋 玲奈(
jb7295)は、彼の話を聞くとそう呟いて首を傾げる。
「ふむふむ、召喚獣を暴走させる蛇サーバントとは恐ろしいですよ」
オルタ・サンシトゥ(
jb2790)。バハムートテイマーの彼女にとっては、ひとごとではない。
「どうして暴走なんてしたんだろう? 新手の魔法か何かかな?」
雪室 チルル(
ja0220)も不思議そうに考え込む。
……とは、いえ。
「でもでも、今はそんなことに怖気づいている場合でもないです! 同じバハムートテイマーとして必ず救出しますよー」
オルタは高らかに宣言する。
「それに暴走されているスレイプニルも早く助けてあげたいです!!」
テイマーの彼女には、ひとごとでない。
それは単に毒の恐ろしさというだけでなく……テイマーであるからこそ。
ヒカリ達撃退士と、その大切な相棒であるスレイプニル。彼らの苦しみを、誰よりも近く理解出来るのだ。
「……迷っててもしょうがない! 出たとこ勝負だよね! 下手な考え……ずる休み? ……ちょっと違うかもだけど……動かなきゃかわんないよね!」
考え込んでいた加具屋も、顔を上げて吹っ切れる。ぐぐっと力強く拳を握り、テイマー達の救出を誓う。
「恐らく、Snake Venomがアウルの暴走を引き起こしている!」
現場へ向かいながら、炎條は仮説を立てる。
本来なら、テイマーが召喚獣を呼び出せるのはほんの僅かな時間のみ。
場合によっては、戦闘中ですら術が切れて再召喚することになる程だ。それが今、どうして長時間居座っていられるのか。
「ふむ……稀有な例だねぇ……」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は顎に手を当て、軽く眉根を寄せる。
「詳しくは実際に様子を見ないとわからないけど……もしそうなら危険だろうね」
もし、毒によって、本人の限界を超えた量のアウルが強制的に引き出されていたとしたら。
「おっかねぇな。とりま、早いとこ助けないとね」
緋野 慎(
ja8541)は軽い口調ながらも、真剣な眼差しでそう言う。
結局の所、誰が考えても結論はそれだ。何より助ける事。気になる事は多々あれど、それ以上に優先すべき事は無い。
「そういやその蛇はもう倒しちまったのかな?」
ふと、緋野は思い返す。戻って来た撃退士では、白蛇サーバントがその後どうなったのか聞いていない。
「可能なら蛇サーバントを真っ先に処理して欲しい所じゃの」
バハムートテイマーである美具にとって、その問題は大きかった。
下手をすれば、ミイラ取りがミイラ……ということにもなりかねない。
もし既に撃破されているなら何の問題も無いのだが……
「そうでないなら……いや、そうだとしても生き残りがいるかもしれないから一応警戒はしておこう」
「うむ。よろしく頼む」
「そうそう、白蛇対策も用意してきたよ☆」
こくりと頷く美具に、ジェラルドはあるものを取り出してみせた。
それはニコチン液。農薬として使われることの多い、一種の殺虫剤だ。市販の煙草等からけっこう簡単に作ることが出来る。
「まぁ、気休めだけど……ね☆」
人間界の害虫避けが、白蛇型とはいえサーバントに効くのかは怪しい所。それでも何も無いよりは良いだろうと持って来たのだ。
「――ええ。ですから十分な条件の揃った場所を探して――」
鈴代 征治(
ja1305)は、作戦内容を改めて皆に説明し、共有する。
十全、といえるかは分からない。
だが、出来るだけの準備は整えて――
――午年の、救出作戦が開始する。
●
『――ィィィイイイィィンッッ――!!』
森の中。スレイプニルは絶叫し、木々の間を駆け巡る。
――ガダンッ、ガダンッ、ガダンッ、ガダンッッ!!
荒々しく地を蹴る蹄の音。スレイプニルは辺りがマトモに見えていないらしく、木々の皮に黒い甲冑を何度も何度もぶつけてしまう。
「あーあ、まさに『暴走』って感じですね」
風見斗真(
jb1442)は、疾走するスレイプニルを見てつい零す。
「……ったく。不注意だからこういうことになる」
スレイプニルの背上にいる撃退士達は、木の枝にでも引っ掛かったのか、所々に切り傷が見える。
アウルの暴走もだが、意識の無い状態でスレイプニルの俊足に振り回されるのは辛い。
風見は他のメンバーの状況を確認してから、木の影に『溶ける』。
『ォォォオオォォォオオッッ!!』
突然、大きな獣の鳴き声のようなものが辺りに響き渡った。
森の木の葉が振動し、俄に地が揺れる。声は、駆け巡るスレイプニルのものと何処か似ているが……しかし、何処か違う。
『グルルルル……』
走り回るスレイプニルは、それぞれその声の主に注意を向ける。
彼らの視線の先には……同じく、スレイプニル……?
いや。同じだが少し違う。青白い煙に覆われた身体は、ずんぐりむっくりとしていてぬいぐるみを思わせる。
ウルルウマウマ。彼は美具の使役する召喚獣である。ゆるキャラとかでなく。
ウルルウマウマは、木々の合間から覗くスレイプニル達を鋭く睨みつけている。可愛い。じゃなくて怖い。
スレイプニルは彼の威嚇に乗ったのか、僅かに進行方向がウルルの方へ向く。
「しっかり釣られて来たのぅ」
主たる美具はヴォーゲンシールドを構え、走り来るスレイプニルに備える。
ガンッ! スレイプニルの前足が彼女の盾を強く叩く。両腕に強い振動が伝わり、勢いを受ける為に足は地面にめり込んだ。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
走り回るスレイプニルは、時折美具の近くを通り、その度に攻撃を加える。美具はその攻撃を避けようともせず……ひたすら、受ける。
「ぐっ……」
彼女が苦しげに呻くと、後方に待機したウルルウマウマがヒーリングブレスを吹きかけ、これを癒す。
「耐えるのじゃ、チャンスは必ず来る」
彼女は『待っていた』。その時が来るのを、ただひたすら。
「天高く名乗りを上げろ。唯一つ戦場を照らす灯火となれ!」
――と。
木々の狭間に、赤と青と金の火が揺らめいた。
それは自然の物とは思われぬ、不思議な煌めき。その輝きに、スレイプニルは思わず目を向ける。
「俺は、俺が緋野 慎だ!」
火は瞬く間に炎となり、彼の身体を覆い尽くす。
『――ィィィンッッ!』
女子生徒を乗せたスレイプニルが、彼の派手な見た目に引き寄せられたのか、グンっと進行方向を変え緋野の元へ奔る。
「さあ、行くぜ!」
緋野はスレイプニルの注意が向いた事を確認すると、風で出来た手裏剣のようなもので牽制しながら奴を引き寄せて行く。
ちらり。緋野は目の端で背後を確認。目線の先には、立ち上る二本の煙。
それがチャンスの証だった。
緋野はスレイプニルを僅かに上回るスピードで、奴をその二本の狭間へと誘導していく。
――ガダンッ、ガダンッ、ガダンッ、ガダンッ!
――ガダンッ!
「今です!」
スレイプニルが煙の間を通った瞬間、鈴代が短く叫ぶ。
「オッケー!」
「OKだ!」
雪室と炎條がその声に応える。刹那、地べたから引き上げられるインガルフチェーン。
『――!!??』
スレイプニルは突然現われたチェーンに対応出来ず、真正面からそれに突っ込んでしまう。
鈴代、雪室、炎條の三人は、握ったチェーンを取られないよう、引っ張られないよう、強く力を込めて引いた。
ガギギギギ……! チェーンが悲鳴のような金属音を放ち、スレイプニルの前進を鈍らせる。
「お姫様を下ろしてほしいんだよねぇ☆」
その隙を撃退士達は待っていた。
近くに潜伏していたジェラルドは落ち葉の中から現われると、パイオンでその足を縛る。
『――ッッ!!』
ストレイシオンはワイヤーから逃れようともがき、足の一本を抜き出すことに成功する。
そしてそのままジェラルドに攻撃しようとした……が。
ガンッ! その頭部に強い一撃を受け、スレイプニルはふらふらと動きを止めた。
緋野の兜割りが決まったのだ。
すかさず、木の影から風見が飛び出した。
「人も知らず、世も知らず……って、ちょっと違うか」
彼はスレイプニルの背に飛び乗ると、テイマーの女子生徒を救出。
背中から飛び降りると、ちらりと状況を見てまずは生徒と共に後退していく。
「さて、次は召喚獣の方だねぇ☆」
救助に成功しても、スレイプニルがそのままではいけない。
だがどうする? 普通に倒すだけでいいのか……?
『ググ……ブルルァ……!』
「……ふむ……苦しんでる、のかな?」
と、ジェラルドはスレイプニルの異変に気がつく。攻撃によって出来たそれではない。
「……テイマーが離れたから、アウルのProvideが減ったのかもしれない!」
「だとしたら……」
ジェラルドは僅かに考えると、女子生徒を背負う風見にこう提案する。
「ちょっと、移動がきついから……ね、この子を連れてここから離れてみてくれないかな?」
「わかった!」
風見はこくりと頷くと、全速力でその場を駆け出す。
段々と距離が離れていくごとに、スレイプニルは力が抜けたように大人しくなって行った。
そして、ある段階を超えると……
……ひゅん。
風の僅かな音と共に、スレイプニルは姿を消した。
「これなら後も簡単ね!」
距離を離せば、スレイプニルは消える。
「では、続けてもう一体行きましょう!」
鈴代が声を上げ、次のスレイプニルを捕らえる準備を整える。
「む、ようやく次かの」
残りのスレイプニルの攻撃を受けていた美具は、ふぅっと一息吐く。
二体の内一体のスレイプニル――ヒカリのスレイプニルは、緋野が影縛りの術で一旦動きを制限している。
流れは掴んだ。後は無事に捕まえるだけ!
●
「せーのっ!」
チェーンが引き上げられ、スレイプニルを捕らえる。
『――――ッ!』
「はい、ちょっと失礼しますねっ!」
オルタがその隙に、空中からスレイプニルの背へ降り立つ。
そしてそこにぐったりと倒れている男子生徒を担ぎ上げると、またすぐに飛び立った。
『ォォォオオォォォッッ!』
スレイプニルはもがき、無理矢理にでもオルタからテイマーを奪い返そうとする。
本能的な行動なのだろう。だがそれ故、チェーンやワイヤーが身体に食い込み、自身のテイマーにも傷を与えてしまう。
「リード! 抑えて下さい!」
オルタはストレイシオン『ブリゲード』をその場に呼ぶと、スレイプニルにのしかかるようにして動きを止めさせる。
その間に、オルタは翼で飛び、射程外へ逃れる。
「これで二人目確保ね!」
同じ要領で、二体のスレイプニルは何とかする事が出来た。
この調子で行けば、三体目も――
――なんて、簡単に行くとは限らないのだが。
『ヴォォォォォォオオオオォォオオッッ!!!』
最後のスレイプニルが、雄叫びを上げる。
鵜飼ヒカリ所有のスレイプニルだが……様子が、変だ。
「アンリミテッドか……!」
屋上の主、炎條忍は察する。それはテイマーのスキルの一つで、召喚獣の能力を大きく向上させる。
「命の危機を感じて本能的に……ってとこかな?」
ジェラルドは推察する。これまであまりスキルを使用しそうな素振りは見せなかったが、追いつめられれば別なのかもしれない。
とはいえ、あまり好ましい状況ではない。それが本能的だということは、つまり彼が危険を感じているということで。
「ヒカリちゃん、なんか危なくない!?」
加具屋が声を上げる。これまでの二人もぐったりと動かず無事とは言い難かったが、鵜飼ヒカリに関しては……ぐったりを通りこし、顔を赤くし、ぜぇぜぇと息が荒い。
また、蛇との戦いで出来たと思われず傷も、多くが治療されずに目立っている。それは前の二人の比でなく。
『ガァァァアアアアァッッ!!』
スレイプニルは叫び、炎を纏った緋野めがけて突進する。
「……来ます!」
タイミングを見計らい、鈴代は声をかけ、チェーンを上げる。
スレイプニルはまたしてもそのチェーンに引っ掛かるが……
「重い……!」
アンリミテッドで強化されたスレイプニルは、以前の二体と比べて格段に力が増している。
鈴代、雪室、炎條は全身全霊を持ってこれを抑えるが、スレイプニルは動きを止めようとしない。ギギギギギ。チェーンが僅かに怪しい音を立て始める。
「とまれぇぇぇぇぇぇ!!」
と、そこへ加具屋が突っ込んで行く。縮地による俊足で、勢いに任せてブリアレオスを振り上げて。
ガィン! スレイプニルの黒き鎧に、巨大な槌が振り下ろされる。
ぐら。スレイプニルの足元が揺らいだ。
「怯えてるだけだよね! お馬さんは力強いけど、優しくて臆病でおっとりとした生き物だって私の記憶の中のお父さんが言ってたのを覚えてる!! 間違いないよっお父さんお馬さん好きだったもん! 好きすぎてお馬さんだけの動物園によく連れてってくれてたもん!」
加具屋は興奮するスレイプニルに、必死に呼びかけた。
亡くした父との、幼き日の想い出を頭に浮かべながら。彼女は純粋に信じていた。馬が、スレイプニルが本当は優しいのだと。あと連れてってもらっていたのが動物園なんだと。……お父さん多分賭け事やってると思うけど。
「だからこそ、落ち着いて……暴れたくないのに暴れないで。君たちは毒なんかに負けないよ! 正気を取り戻すきっかけの為にちっぽけな私の力だけど受け止めて!」
――ぐらり。
彼女の言葉が通じたのか――或いはただ朦朧としただけか――スレイプニルはその場に倒れる。
直前、風見が背中の鵜飼ヒカリを受け止め、射程外まで退く。
「そこ、危ないよ……!」
と、ジェラルドがスレイプニルの近くでとぐろを巻く白蛇サーバントを発見した。
「そこにいたのか!」
刹那、彼の声に反応した緋野が、手裏剣でこれを撃滅。
ひとまずの危険は……去った。
●
オルタと美具はその後、スレイプニルに騎乗して三人の撃退士を病院へ送る。
(どうか助かって欲しいですよ!!)
全速力で駆け抜けた甲斐あってか……結果として、三人は一命を取り留める事に成功した。
「まだ暫く召喚は出来ないけど……」
アウルの暴走の影響で、一時的にスキルを使うのが困難になっているという。
「でも頑張るよ。またスレイプニルと一緒に戦いたいから」
鵜飼ヒカリ始め、被害者達はそう言ってリハビリへの決意を固めた。
「今年は午年。今度はこんな事にならないよう、ちゃんと精進しなよ。君達の活躍を楽しみにしてるぜ」
見舞いに来た緋野は、彼女等にそう言い残して行く。
そう、今年は午年。
スレイプニルの年。