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マスター:螺子巻ゼンマイ
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/01/02


みんなの思い出



オープニング

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。

 年末。夜の街に、鐘の音が鳴り響く。
「お、鐘鳴ってる」
「これ聞くと今年も終わりーって気持ちになるよな」
 街を歩く若者達は、ふっと足を止めてその音色に耳を傾けた。

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。

「俺今年、もっと色々やるつもりだったんだけどなぁ……彼女作ったり」
「彼女は無理だろ。お前モテないし。俺もだけど。来年こそは彼女欲しいなーっ!」
「はは。煩悩丸出しだな、俺ら」
 若者達は笑い合う。その鐘の意味を理解しているからだ。
 これは除夜の鐘。百八の煩悩を打ち消す為、百八回打ち鳴らされる。
 日本人なら誰もがそれを知り、その音色で一年の終わりを感じる者も少なくはない。

「……あれ、でもまだ早くね?」

 ……もしその日が、大晦日であればの話だが。

「あ、あれ……鐘?」
 ふわふわと宙に浮き上がるそれを目撃した瞬間、
 若者達の意識は、消えた。


「事件だッ!」
 炎條忍(jz0008)は、集まった撃退士達に分かりやすく一言述べた。
「Bellの形をしたサーバントが、Cityに大量発生した!」
 その数、およそ百八体。
 奴らは街の様々な場所に潜んで多くの市民を襲っているらしい。
 だが炎條が調べた情報によると、襲われた市民にはある特徴があった。
「それは『煩悩』だッ!」
 襲われた者達は、この一年にやり残したことや叶えたかった目標があった。
 そしてこの年の瀬になって、それをよくぼやいていたらしいのだ。
「つまり、煩悩の強いものがこのBellの標的ッ!」
 元より、天界勢の目的は人間の感情を搾取することである。煩悩を持った人間を標的と定めていても、何ら不自然は無いだろう。
「敵は数が多いがPowerは無い! 大勢で一気にAttackするぞ!」


リプレイ本文




「なら、俺がWestに向かえばいいんだな!」
「はい。それから、敵を引きつける為の煩悩も何か考えておいて貰うと助かります」
 鈴代 征治(ja1305)は炎條忍に改めて作戦を説明した。
 各地域に五人一組の撃退士を送り、鈴代は戦域の外から彼らをナビゲートする。
「OK! それならとっておきのがある!」
 炎條忍も、西班としてこの戦闘に参加する。無論、鐘をおびき寄せる為の煩悩も抱いて。
「数は多いと思いますが、よろしくお願いします」

●北
「まさか大晦日前に鐘を聞くとは思いませんでしたよ」
 島原 久遠(jb5906)は白い息を吐きながら、肩のケープを掛け直す。
 時は大晦日より少し前。彼はしっかり防寒して来たが、やはり寒さは身に染みる。
「ったく、今年も終わろうってのに棲んでた所は追い出されるし欲しかったゲームは手に入らねぇし散々だなおい」
 そんな寒空の下、嶺 光太郎(jb8405)は気怠げな様子でぼやく。その声は大きく夜の街に響いた。
 少し前まで施設にいた彼は、天魔とのハーフだからか最近になって久遠ヶ原学園へ編入させられた。家は無い。そんな状況では、欲しいゲームどころでもない。
 嶺は頭を掻きながら、「あ〜誰か家とゲームよこしやがれ」と誰にともなく要求した。
(あれが煩悩というものですか)
 ミズカ・カゲツ(jb5543)は嶺を見ながら思慮する。
(人界には面白い考え方がありますね)
 108個の煩悩。そんな考え方は、魔界には無い。基本が自由勝手な空気の世界だ。煩悩があったとして、108程度じゃ済まないだろう。
 それを狙うサーバントというのも、何やら変わっている。
「形もそうだけど煩悩を強い人狙うって変わったサーバントもいるもんだね〜」
 滅炎 雷(ja4615)の感想も、同じようなものだった。
 このサーバントを生み出した天使は、日本文化に詳しいのだろうか。
「ちっ。全然来ねぇじゃねぇかよ面倒くせぇ」
 嶺は相変わらずダルそうにぼやいていたが、なかなか鐘は襲って来ない。
「何か寄っている気配はありますが……」
 御堂・玲獅(ja0388)は軽く首を振る。生命探知を利用しても、そもそも街に複数の人間がいるため上手く探し出せないのだ。
「ふむ。ではもう少し煩悩を濃くして集める必要がありますか」
 ミズカは呟き、考える。
「そうですね、今年の後悔としては戦闘で怪我を負う事が多かったでしょうか。我が身の未熟を恥じるばかりです」

 ――と。

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。

「……! 来ました、サーバントです!」
 建物の影からサーバントがわらわらと集まって来た。
 姿の大小に僅かな差はあるが、その殆どが1m前後。そして紛う事無く……鐘の形!
「いくよ!」
 発見とほぼ同時に、滅炎はクリスタルダストを放つ
 ごぅーんっ……。音を立て、鐘サーバントの一体が吹き飛んだ。だがしかし、数が多い。
「十八体、十九体……二十一体確認出来ました! 四方から来ます!」
 生命探知によりその数を把握した御堂が、数と状況を周りに伝える。と同時に、白蛇の盾を構え嶺の背後に迫っていたサーバントの攻撃を受け止めた。
 嶺はそれを確認すると、流星の苦無を活性化し、少し離れた鐘に投擲する。
 かぁんっ。高めの金属音が響くと共に、鐘が嶺に接近せんとする。
 同様にサーバントに狙われるミズカ。彼女は鐘の体当たりをひらりと躱し、宙返り。降下と同時に、その鐘に向けて鋭い蹴りを入れる!
 ごんッ!! 大きな衝撃音と共に、付近の鐘サーバントの意識がミズカに向いた。
「丁度良さそうですね」
 敵が集まったのを確認すると、島原久遠が前に出、戦場に魔法陣を出現させる。
『ッッッ!?』
 鐘サーバントが警戒した瞬間、魔法陣は爆発!
 カァァァンッ! 三重の破砕音が響いた!
『――ッ!』
 範囲外だった鐘が一体、その場を離れようと飛んで行く。が、すぐに炎のようなものに包まれ、倒れる。御堂が火炎放射器を噴射したのだ。
「……大方集まった様ですね」
 ミズカは状況を見ると、闘気解放。鋭い動きに、更なるキレが加わった。ミズカは鐘の体当たりを避けると共に、すらりと愛刀『鋭雪』を抜く。
 きらり。純白の刃が煌めく。次の瞬間、鐘の一体が真っ二つに切断される。
 嶺はバックステップ。敵の集まったエリアから後退すると、苦無からラーゼンレガースへと装備を変更する。
「ゲームよこせぇッ!」
 そして煩悩を叫びながら、敵の残党へと一気に距離を詰め、蹴り飛ばす! かぁんっ! 小気味良い音と共に、鐘が吹き飛んだ!
「鐘の出番には少し早いから纏めて吹き飛ばさせてもらうよ!」
 滅炎は鐘にそう告げると、巨大な火球をその場に出現させる。
 ファイアーブレイク。火球は鐘の一体に命中した後、炸裂。付近の鐘を一斉に爆撃した!
『……!!』
 一連の攻撃により、大きく数を減らした鐘サーバントの集団。
 その一部が、ふらふらと戦闘域を逃げ出そうとする……が、何者かの腕によって、その動きは封じられる。
 滅炎の異界の呼び手が発動したのだ。
 幾ら数が集まろうとも、連携を取れる撃退士達の敵では……無かった。

『えぇ。了解です。21体ですね』
 電話越しに、鈴代が記録を取る気配が伝わって来る。
『他の班にも伝えておきますね』

 戦闘を終えた島原は、ぶるるっと身を振るわせた。
「……? 何だか悪寒が……風邪の引き始めでしょうか?」
 防寒対策はしっかりしてきた筈だけれど。彼は内心首を傾げつつ、ケープを掛け直した。

●西

「ハロウィンにはくぅに義母さんが送ってきた和装メイドを着せたかった」
 島原久遠の悪寒の原因は、義理の兄である島原 左近(jb6809)であった。
「くぅは寝込んでてそれどこじゃなかった」
 彼は義弟である久遠のことが可愛くて可愛くて仕方ないらしい。
「いいにゃんにゃんの日は猫耳も付けてほしかった。くぅはインフルで――」
 ……少々度が過ぎている気もする。繰り返すが義弟である。義妹ではない。
「クリスマスこそは可愛い格好をさせる」
 決意を込めて宣言する島原。果たして望みは叶ったのか。
「ぼんのうまみれでいいじゃない、にんげんだものー」
 城咲千歳(ja9494)は気の抜けた顔でぶらぶら歩いている。
 と、着信を受けたらしく携帯端末を取り出して、「もしもし?」とそれに出る。
『――そっちは大丈夫か? あまり、無茶な行動はしないように、な』
「だいじょーぶ、いつも無茶しかしないから平常運転!」
 久井忠志(ja9301)が彼女の身を案じて掛けて来たらしい。城咲は冗談混じりに返すと、そのままお互いの状況について軽く説明し合った。
「もう今年も終わりですか。一年て本当にあっという間ですね」
 既に年末の雰囲気を醸し出す街に、唯月 錫子(jb6338)はそんなことを思う。
「そうだな! 無事にNew Yearを迎える為にも、今日は気を引き締めて行くぞ!」
 炎條忍は大きく頷き、にぃっと不敵な笑みを浮かべた。「煩悩もある!」
「煩悩がある人を中心に狙ってくるんですよね。……あんまり考えた事なかったですが、私の煩悩ってなんでしょう」
 唯月はこの一年のことを思い返し、それらしい想いを探る。
「英語の成績がよくなりたいなとかも煩悩になるんでしょうか? あとはもう伸びないでしょうけど身長160cm欲しかったなぁとか……」
「なるだろう! 身長はまだChanceがあるぞ!」
「――煩悩かぁ」
 ジェンティアン・砂原(jb7192)も二人の会話に触発され、軽く腕を組んで考え込む。
「可愛い女の子好きだけど、別に彼女に何たらとかあまり思わないし、意外と僕って煩悩薄いのかもね」
 ジェンティアンにはこれといったものがないらしい。
「んー……執着が薄いから煩悩も薄くなるのかな」
 煩悩とは執着心であるとも言える。何にも執着を持たなければ、煩悩も無くなるだろう。
「ま、囮役は島原ちゃんと炎條ちゃんにお任せしちゃうよ」
「ああ! 任せてくれ!」
「……そういえば、炎條さんの煩悩って何ですか?」
 元気よく答える炎條に、唯月は問う。
「……刀だ。欲しい刀があったが……Moneyが無くて悩んでいる間に……売れてしまった……!」
 ぎぎ、と歯噛みしつつ、炎條は悔しげに答えた。……すると。

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。

「……来たみたいだね」
 ジェンティアンが言うと、「よし!」と島原がレーゲンハルバードを握りしめ、先陣を切る。
「メイド服着せたかったァ!」
 そして煩悩一声、鐘サーバントをハルバードで真っ二つに斬り裂いた!
 鐘サーバントはその声に更に反応し、島原の付近に集まり出す。
「1、2……範囲攻撃します! 気を付けて下さい!」
 唯月が叫ぶと、空中に無数の隕石めいたものが出現した。
「うん、今がちょうど良さそうだね。僕もだ!」
 ジェンティアンは唯月の宣言を聞き、頷く。鐘の上空の隕石が倍増!
「「コメット!」」
 降り注ぐ流星! アウルの星々が、島原めがけ密集した鐘サーバントを一蹴していく。
 一つの星が鐘にぶつかると、鐘は高く音を上げて粉砕。幾重にも折り重なったその鐘の音は、最早一つの音楽と言えた。
「汚物は消ど……煩悩退散!!」
 城咲は何かを口走りかけ、言い直すと共に、鐘達に向けて花弁をバラまく。
 鐘に付着した花弁は、次の瞬間に火を放った。
『――ッッッ!!』
 朱頂蘭。攻撃を受けた鐘サーバントは、苦しみながらかつんかつんと地に落ちて行く。
「俺はッ! あの刀がッ! 欲しかったッッ!!」
 炎條は悔しさを吐き出しながら、自分の付近に集まった鐘サーバントを斬り捨てた。
「インフルじゃなきゃ、猫耳をっ……!」
 島原も強い想いを込めてハルバードを振るう。
 鐘サーバントがぎゃりんと音を立てて倒されるが、彼の背後に、また別の鐘サーバントが迫る。
「おっと、危ない」
 が、ジェンティアンがヘラルドリースクトゥムで体当たりを阻止。お返しにクリスタルファングで切り払う。
 城咲は自分に寄って来た鐘めがけ、クナイを投げつける。
『っっ!!』
 クナイを受けた鐘は、その場でくるくると回転する。見えていないのだ、城咲の姿が。
 鐘はふらつきながらも城咲のいそうな場所に体当たりを仕掛けるが、半ば狙いの外れた攻撃を避けるのは容易い。
 がぃん! 次に鳴り響いたのは、唯月がウォフ・マナフで鐘の体当たりを受け止めた音である。
 唯月は鐘達の攻撃を鎌で受け切ると、もう一度鐘サーバントの密集地に向けてコメットを放った。
「これなら早く済みそうだね……!」
 再び、ジェンティアンのコメット。何度も何度も降り注ぐ彗星は、鐘サーバントの数を瞬く間に減らして行った――

「――うん。こっちは20体。討ち漏らしは無いよ」
 ジェンティアンは電話で鈴代に討伐数を報告する。
『20体ですね。もう北も討伐を終えていますから、これで41体になりますね』
 鈴代もそれを受け、総合討伐数を記録。
『各地域に20数体散らばっているみたいですね。他の班にもそう報告しておきます』

「回復、しておきますね」
 戦闘の後、唯月は傷ついた他のメンバーの傷を癒す。
「Thanks!」
 炎條はニッと笑って礼を言うが、頭から血を流しているせいか結構怖い絵面になっていた。


●南
(煩悩……やり残した事か)
 南でも、グリムロック・ハーヴェイ(jb5532)達が鐘を探すため、街を歩いていた。
(俺は活動を始めたばかりでまだ無いが、ある人はやはり有るのだな。……それが普通か)
 そしてグリムロックは考える。あの鐘モドキもやり残した事があるのだろうか……と。
(まあ、あっても潰してしまうが。今の状況のように、きっと碌な事では無いだろうしな)
 人に害をなす想いなら、叶えさせるわけにはいかない。
 鐘は倒す。敵を引き寄せるため、この班では海城 阿野(jb1043)が煩悩を担当していた。
「頭の中で考えるだけでいいのかしら……」
 少し気になるが、確かめるには兎も角煩悩を並べていくしか無い。
 新作の服を見に行けなかった。
 ブランドの鞄が欲しい。
 もう少し強くなれたら……
 年末は実家に帰りたかったし、買い物に行く時間も欲しい。
 それからスイーツバイキングにも行きたいし、仕事の給料も上がってほしい。
「一つ思い浮かべるとどんどん出てきますね」
 海城は苦笑する。思い返せば、出来なかったことがたくさんあるものだ。
(煩悩か。強いて言えばもっと金を稼ぎたかったな……)
 対して守銭奴な牙撃鉄鳴(jb5667)の煩悩といえば、シンプルにそれである。
 ……それだけ、ではないようだが。牙撃は傍らの華桜りりか(jb6883)を僅かに見やる。華桜の方もまた、ちらりと彼を見ていた。
「……いるな」
 と。牙撃の視界の隅に、敵の姿が映った。

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。

 鐘が重く響く。
「ううっ……あ、阿野さんのサポート、しなくちゃ……!」
 天川 レニ(jb6674)はおどおどしながらも、海城の背後に周りショットガンST5を構える。
 鐘はふわふわと海城の付近に集合していく。が、撃退士達は動かない。
 緊張感に包まれながら、異様にゆっくりと、その、刹那を、待つ。

「――今だ」

 牙撃が静かに告げると同時に、海城付近の鐘サーバントがガンガンと音を立てて倒れて行く。
 ひゅう。冬のそれよりも尚凍てつく風が、一帯に吹き抜けた。
 氷の夜想曲。海城はより多くの鐘サーバントにこれを当てるため、すぐには動かなかったのだ。
「さぁ、纏めて行くの……です。縛れ……呪縛陣」
『――ッッ!』
 少し離れた集団には、華桜が対応している。結界に縛られた鐘は、その場を動くことすら出来ない。
「随分と斬新な除夜の鐘だな。とにかく煩悩退散」
 牙撃は特注のショットガンSAW8を構えると、敵の位置を良く確認して射撃。
 鐘サーバントを中心とした1スクエア中に黒い霧が立ち上り、その中で無数の着弾音が響く。
「か、数が多すぎ、て……で、でも……阿野さんの背後は、ボクが……!」
 初手の範囲攻撃で多くの鐘サーバントを行動不能に出来たが、それでも尚敵の数は膨大である。
 天川も何処か怯えつつ、強い決意を持ってショットガンST5を構え、放つ。
 その背は海城の背をぴたりと守っていた。この作戦において最も危険な、海城の背中を。
「爆ぜろ……炸裂陣」
 ががががんっ。連続する爆発と共に、鐘サーバントが四散していく。
 海城は煩悩を頭に浮かべつつも、再度寄って来た敵を氷の夜想曲で眠らせる。
 眠らないものも僅かにいたが、それは天川がショットガンで撃ち落とした。
「……こっちだ」
 範囲攻撃の嵐が一段落したのを確認し、グリムロックは群れから外れた鐘サーバントをタウントで引き寄せる。
 ごぅん。ごぅん。鳴りながら迫る鐘。グリムロックは、キオノスティヴァスでこれを斬り倒す。
 同時に、他の鐘もグリムロックに迫る。が、グリムロックは鐘サーバントの体当たりをカオスシールドで受け流して行く。
「数も減って来たな……」
 戦闘が続き、状況を鑑みて牙撃は得物をアサルトライフルSB7へと持ち変える。
「行け……炎陣球」
 華桜もスキルを入れ替え、炎陣球で直線上の鐘を一斉に落としていく。
 銃撃。爆撃。鐘の音。
 多種多様な戦闘音は、やがて小さくなり……消える。

「サポート感謝します、お陰で助かりましたよ」
 海城はそう言って天川の頭を撫でた。緊張していた天川も、それでようやくほっとする。
「よ、よかった……阿野さんをちゃん守れ、た……えへへっ……」

『はい。了解しました。他の班に伝えておきますね。ひとまずお疲れさまです』
 連絡を受けた鈴代が、南班の討伐数を記録する。
「次の場所に移動しようと思うが、他の状況はどうだ?」
 グリムロックが尋ねると、『ちょっと待ってて下さいね』と鈴代は全体の状況を確認。
『北、西班はサーバントの姿が確認出来ませんから、恐らく終わりです。東班と中央班ももう戦い始めているみたいですね……』

●東

 ごぅー……ん。ごぅー……ん。
 撃退士達の煩悩に釣られ、東でも鐘サーバントが集結していた。
(体中が筋肉痛でまともに動かない。ちとヤバイか?)
 海本 衣馬(ja0433)は己の身体の状態を確認する。先日の戦いから、身体が回復し切っていないのだ。
 が、そうも言っていられない。海本には遣り残したことがあるからだ。
 もしここで死んだとしても、到底死に切れない程の……煩悩が。
(故郷を取り戻し、家族友人故郷の住人全ての魂の還る場所を護る。それを成すまで、俺は死ねない)
 だから海本は、重体の身体に無理を言っても戦う。
「さあ、来やがれ。返り討ちにしてやる」
 海本はガルムSPを構え、鐘サーバントを一体一体仕留めて行く。ぎゃん! 銃弾が鉄じみたその巨体を穿つ度、甲高い叫びのような破砕音が響いた。
 しかし、海本はその強い感情が故に……狙われやすい。仕留め切れなかった鐘サーバントが海本に迫って行く。
 がんっ! けれども鐘サーバントの体当たりは、巨大な長方形の盾によって封じられた。
 炎武 瑠美(jb4684)のミュールシールドである。
「盾役は任されました」
 炎武は短く告げると、瞬時に盾をモラクスホーンに切り替えると、体当たりしてきた鐘サーバントに鋭い蹴りを入れる。ズガンッ! 激しいインパクトと共に、鐘サーバントがひしゃげて落ちる。
(煩悩ですか……今年の後半依頼にさっぱり出られなかったのが心残りでしょうか?)
 同時に彼女は、自分の煩悩について考える。こうして現場に来るのも久しぶりだ。
 そんな彼女の想いに反応したのか、鐘サーバントの数体が目標を海本から炎武へと切り替える。
「……!」
 盾で防げるとはいえ、囲まれて叩かれたら身が持たない。
 ――ひゅんっ!
 と、そこへ一発の弾丸。弾は炎武の背後を狙っていた鐘サーバントに命中し、風穴を空けて落とした。
「貴方の背中はわたくしが守りますわ」
 斉凛(ja6571)の援護射撃である。斉が彼女に微笑むと、炎武もこくりと頷いた。
 凄く心強い。後ろを守ってくれる存在に、炎武は強い安心感を覚える。後衛の彼女の射線を遮らないよう心がけながら、彼女は心置きなく敵の攻撃を引き受けることが出来た。
「炎武式ソニックインパクトっ」
 インパクトを伴い放たれる拘束のハイキックは、鐘のサーバントを次々とひしゃげ、潰し、破壊していく。
「一体二体。鐘。除夜。煩悩。数は全部で108。あー…今何体目? 残りはいくつ? ……まあいいか」
 ナヴァ(jb8392)は足元にちらばる鉄の塊めいた残骸を見下ろしながら、呟く。
 タウントを使用した彼に、付近の鐘サーバントの注目も集まっていた。……いや、使用しなくても注目されていたかもしれない。
 彼の足元の残骸は、他でもない鐘サーバントなのだ。
 ごぅんごぅん。体当たりを仕掛ける鐘サーバント。ナヴァはその攻撃を躱すと、キオノスティヴァスを振りかざしそれを始末。
 鐘サーバントは沈黙。だがナヴァは攻撃の手を緩めない。
 ――ガン! ガン! ガン!
 ナヴァは斧で執拗に叩き続ける。それによって鐘サーバントの身体はぐしゃぐしゃに変形していく。『鐘』という形の意味を無くして、ただの塊になるまで。
 その破壊衝動が、ある意味ナヴァの煩悩と言えた。綺麗なもの。きっちりしたもの。破壊しなければ気が済まない。
「煩悩……煩悩ねぇ」
 ライアー・ハングマン(jb2704)は考える。さて、自分には何かあったか。
 だが戦闘が始まると、思考はすぐに頭から飛んだ。
「ハハッ、煩悩より良いもん食らわせてやんよ!」
 他のメンバーが鐘サーバントの注目を集める中、ライアーはその影から痛烈な攻撃を放つ。
 Surrender of Wrath。狼めいたアウルの塊が、鐘サーバントをまとめて喰らい尽くす。
 ……戦闘が進み敵の数は減ったが、その分海本や炎武に敵が集中し始めた。
 ガンっ! 鐘の攻撃を炎武が受けるが、同時にもう一体の鐘が反対方向から満足に動けない海本を襲う。
 海本はその攻撃を躱そうとするが、避けられ……ない!
「……!」
 だが、鐘の攻撃はぎりぎり海本の真横を擦った。確実に捉えられていたのに?
 鐘とすれ違う瞬間、海本は鐘の身に弾痕らしきものを確認した。
 ……斉の回避射撃が命中したのだ。
「お怪我はありませんか?」
「……すまんな。だが……足手纏いになるようなら、構わず放っておけ」
 海本は礼を言ってから、そう口にする。
「俺は海の狩人の一族の血を引く者。一族の誇りに掛けて、貴様如きに遅れは取らん」
「あら、そうですの? ――ただ、どの道心配は無さそうですわね」
 斉が呟いた瞬間、海本の周りの鐘サーバントが一斉に地面に落ちる。
「餌はこっちだぜ、夢の中で追いかけると良い」
 身体に蠍を浮かべたライアーが、鐘へ向けて宣告する。Lust seduce。その禁忌の術により、サーバント達は深い眠りに落ちたのだ。
 これにより、大方の鐘サーバントは行動不能……ないしは、弱って倒れかけている状態となった。
 ライアーはレヴィアタンの鎖鞭をしならせ、まだ意識のある鐘サーバントを薙ぎ払う。
「今宵も嫉妬が荒れ狂うぜー?」
 ……そう。心配は要らない。
 この状況はもう――

「――チェックメイト、ですわ」


(煩悩……あー、そういや観月さんをデートに誘えなかったなぁ)
 戦闘が終わって一段落した後、ライアーは不意にそんなことを思い出した。
 片思いの相手と、もう少し進展したかった。そんな煩悩だ。
(誕生日プレゼントは渡せたが……)
 それだけで満足、とはいかない。

『……はい。了解しました。他の班と合わせて……これで82体撃破です。後は中央班だけですね』

●中央
「なんで……なんでフランス人設定とかやっちゃったの……全然らしいことできてないし、本物のフランス人いるし、そもそも僕より美形が沢山いるし、本物の銀髪いるし、そりゃモテないよ……ばかー僕の大馬鹿ー!」
 大きめの声で呟きながら街を歩いていたのは、九鬼 龍磨(jb8028)。純粋な日本人である。
 ……のだが、この涙ながらの言葉で分かる通り、彼はフランス人を自称しちゃっていた。
 他の学校でならまだしも、それを久遠ヶ原でやったのは実に問題であった。何せこの学校、外国人が多いどころか異人種。というか異世界人まで普通に登校してる学校だからね!
 美男美女の数も通常の学校より遥かに多い、ある意味で魔境とも言える空間なのだ。そこで自称フランス人とかやっても、本当にもう、駄目だった!

 そんな彼の強い後悔に引かれたのか。或いはまた別の人間が呼んだのか。
 実は鐘サーバントを一番早くおびき寄せたのは、この中央班だった。

「Bell!」
 陽光の翼で空中から周囲を確認していたミルシェ・V・ローゼンハイム(jb8368)は、迫って来る無数の鐘サーバントの存在にいち早く気がついた。
「煩悩か。俺は特にないな」
 久井はそう言いつつも、タウントで鐘サーバント達の注目を集める。
「あえて煩悩、目標や願いを言うなら、お前らの存在を消すことだ」
 これにより引き寄せられた鐘サーバントを、久井はマンティスサイスで切り裂く。
「数が多いですね。早々に退治して、平穏な年の瀬を送れる様にしましょう」
 その背中には、黒井 明斗(jb0525)が立つ。
「それにしても、思っていたより早く敵が現われましたね」
 黒井はメタトロニオスを鐘サーバントに突き刺しながら、その理由を考える。単に敵の探知能力が強かっただけか? それとも……
「彼氏欲し〜〜わよぉーー!!」
 と、考える黒井の元に飛び込んで来る女性の声。稲葉 奈津(jb5860)だ。
 稲葉は黒と白の光で己の防御を高めてから、その煩悩で鐘サーバントを強く引きつける。
 原因はこれだ。兎にも角にも、九鬼と稲葉の煩悩感が他の班のそれを明らかに上回っていた。
 ばこん! 敵サーバントの体当たりを、稲葉はシルバートレイで受け止めた。シルバートレイで!  なんで!?
 九鬼も久井と同じくタウントで注目を集め、ブロンズシールドで攻撃を受け止める。良かったこっちは普通の盾だ。
 九鬼は辺りの様子を確認し、鐘サーバントを一つ所に密集させていく。
(ぼんのー……)
 ミルシェは九鬼や稲葉の煩悩を聞いて、戦いながら自分の煩悩が何か考える。
「ベルは物理攻撃しかしないのね」
 バックラーで鐘の体当たりを防御しつつ、自身はツインブレイドで魔法攻撃。
 物理よりは、こちらの方が効くようである。
(んん……折角の学園なのに「学食を食べてない」「制服に袖を通してない」とか……)
 学園に来て間もないミルシェ。考えればそういう所が思い浮かぶが、いまいちピンとは来ない様だ。
「十分入りましたね。気を付けて下さい!」
 五体以上の鐘が、範囲内に入った! 黒井はそれのチャンスを逃さず、コメットでサーバントを一掃する。
 ごごぅぅぅぅーーーーん。
 彗星が当たる度、鐘が鳴り響いて倒れる。
 久井はその範囲に入っていない鐘を狙い、緑色に輝く鎌を振るう。エメラルドスラッシュの力で強化し、確実に倒せるようにしたのだ。
「大分集まって来たね……!」
 ブロンズシールドを手に、九鬼が言う。鐘サーバントは九鬼、稲葉、久井を中心にガチガチに固まっていた。
 黒井のコメットや、久井のエメラルドスラッシュで一部は着実に減っている。端からはミルシェが確実に斬り倒し、一体ずつ始末。
 稲葉は直線上に敵が並んでいるのを確認すると、すぅと大きく息を吸った。
「彼氏欲しい……けどぉっ!! 誰だっていいわけじゃないんだぁぁぁぁ!!!」
 全力シャウト。そしてそれと共に放たれる、封砲!
 カカカカカカカカンッッ! 小気味良い音を立て、黒い衝撃波は八体の鐘サーバントを薙ぎ払った!
「誰だっていいわけじゃ、ないんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 また別の方向に放たれる封砲! そして叫び! 直線上の鐘サーバントが一掃されていく!!
「凄まじいですね……」
 煩悩の無い黒井は、その光景に圧倒される。
「そ……そりゃ煩悩くらい人並みにあるわよ……今フリーだしぃ……」
 人並み、なのかどうか。
 封砲でサーバントを薙ぎ払う光景さえ見なければ、人並みに見えたかもしれない。

 サーバントを密集させるまでに少し時間がかかったものの、中央班もその後はつつがなく殲滅を終えた。
 黒井が生命探知で辺りを探ったり、ミルシェが空から見回したりしたが、もう鐘サーバントの姿はどこにも見当たらない。
『はい。これで108体です。お疲れさまでした。ゆっくり傷を癒して下さい』
 連絡を受け、電話口の鈴代もほっと一息ついた。
「言うだけ言ったらすっきりしちゃったなあ。みんな、来年もよろしくねー!」
 さて。煩悩を吐き出した九鬼は、何だか気分良さそうにそう言って皆に挨拶をする。
「私を惚れさせる奴がいないのがいけないのよっ! ……うらやましいなぁ……」
 一方でスッキリしないのが稲葉だ。先程、ちょっとした会話の流れで黒井や久井にも特定の相手がいると聞いて、何となく置いて行かれた気持ちになる。
「そうだよね。相手がいないって寂しいよね。……えっと、君はどういう人がタイプなの?」
 そんな彼女に、九鬼は積極的に声を掛けた。モテないとはいえ、女好きの彼である。
 煩悩が強いと言うか、なんというか。

 ……そんな中、ミルシェは一人、ある想いを抱いていた。
(――人と天使の力を使って、強くなりたい)
 彼女にとって、今日の戦いは初陣だった。それを経て、その想いに気がついたのだ。
 人間と天使のハーフとして。人間の父と堕天使の母の娘として。
 もっと己の力を高めて行けたら。――そう願う、気持ちに。


 やがて本物の除夜の鐘が鳴り、新しい一年がやってくる。
 払い落とし切れなかった煩悩を、願いを、叶える為の一年が。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
海本 衣馬(ja0433)

大学部5年127組 男 ルインズブレイド
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
泥んこ☆ばれりぃな・
滅炎 雷(ja4615)

大学部4年7組 男 ダアト
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
永来の守護者・
久井忠志(ja9301)

大学部7年7組 男 ディバインナイト
逢魔に咲く・
城咲千歳(ja9494)

大学部7年164組 女 鬼道忍軍
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
手段無用・
海城 阿野(jb1043)

高等部3年27組 男 ナイトウォーカー
絶望の中に光る希望・
ライアー・ハングマン(jb2704)

大学部5年8組 男 ナイトウォーカー
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
炎武 瑠美(jb4684)

大学部5年41組 女 アストラルヴァンガード
心重ねて奇蹟を祈る・
グリムロック・ハーヴェイ(jb5532)

大学部7年171組 男 ディバインナイト
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
撃退士・
島原 久遠(jb5906)

大学部1年171組 男 陰陽師
思い出に微笑みを・
唯月 錫子(jb6338)

大学部4年128組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
天川 レニ(jb6674)

大学部1年266組 男 インフィルトレイター
二大怪獣の観測者・
島原 左近(jb6809)

大学部7年58組 男 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
ミルシェ・V・ローゼンハイム(jb8368)

大学部1年270組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
ナヴァ(jb8392)

高等部2年24組 男 ディバインナイト
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍