「やふー!クリパーだー!」
海城 恵神(
jb2536)とLatimeria(
jb7988) の二人は、ケーキの買い出しに向かった。
「種類が多いな、これだけあれば不足は無い」
ショーケースに並ぶケーキ類を見て、Latimeriaは呟く。
彼女にとってクリスマスは初めての経験だった。だが、この学園で生活するには人界の行事も知らなければならないだろう。
ホールケーキをいくつか購入し、二人の天魔は店を出た。海城が荷物を半分持たせようとすると、Latimeriaはそれよりもう少し多く海城の手から受け取る。
「ねーねー、その尻尾食べれる系? 美味しい?」
道中、海城がLatimeriaの尻尾をじぃっと見ながら問う。
「残念ながら食用ではないな、硬いし味も良いとは言えない……と思う」
「えー」
Latimeriaの真面目な回答に、海城はガッカリ。
そんなこんな話している間に、二人は屋上へと辿り着く。
屋上では、既に集まった生徒達が着々とパーティの準備を進めていた。
●
「うう、寒い……! けど、今夜は楽しくなりそうですね」
弥生 景(
ja0078)はぶるるっと体を震わせながら、傍らの神凪 宗(
ja0435)に笑いかけた。
「これ、俺の作った菓子だ」
神凪は紙袋を炎條に手渡す。「Thanks!」と炎條は礼を言い、慌ただしく別の場所へ向かう。
会場では、蒼系の防寒具を着込んだ鳳 蒼姫(
ja3762)と、同じく手袋までしっかり装着した鳳 静矢(
ja3856)が会場の設営を進めていた。
静矢が屋上の壁に暖色の壁紙を貼って行く中、蒼姫は折紙を切り、輪っかの飾りを作って行く。
樒 和紗(
jb6970)も、彼女から折紙を貰うと輪の飾りを生産。この寒い屋上でも、紙の飾りを飾れば温かみが出ないかなと考えたからだ。
(……誕生会みたいでしょうか)
ちらっと樒はそんな事を思う。だが、どちらにしても明るく楽しい会であることに変わりはない。
と、そこへ次の生徒達が顔を見せた。
シグリッド=リンドベリ (
jb5318)。夢屋 一二三(
jb7847)だ。
「Hello! よく来てくれたな!」
炎條忍が彼らを明るく迎え入れた。「僕は会場設営をがんばります」と、シグリッドは手にした袋を軽く掲げながら伝える。中には、百均で買ったモールやランタン型のライトが入っていた。
「よかったら、一緒にやりませんか?」
シグリッドは、夢屋と炎條を準備に誘う。
「私で良ければ……お手伝いするわ……」
「勿論だ!」
二人は快くその申し出を受ける。三人は屋上の隅で風を避けながら、準備を進めた。
シグリットは、画用紙にサンタやツリー等のクリスマス仕様の切り絵を形作って行く。
「随分器用なのね……」
夢屋は彼の手元をじっと見ながら、ぽつりと零す。
「これは切り絵って言うんです」
「切り絵? 初めて見るわ」
天使である夢屋は、実に珍しそうに出来上がったサンタクロースを手に取った。
夢屋と炎條は、彼が作った切り絵を丸め、ランタンの中に仕込んで行く。
「みんなで準備するのも楽しいですよね」
シグリットが言うと、夢屋も炎條もこくりと頷く。
「この機会にお友達がもっと増えると嬉しいです」
「大丈夫だ! その為のPartyと、学校だからな!」
炎條が力強く答えると、そこへ静矢が顔を出す。
「良かったらこのランタンを借りてもいいかな?」
「はい、勿論です」
静矢は切り絵を入れ終わったランタンを、屋上の端へ等間隔に配置して行く。
「んしょんしょ、この辺に飾るのですよぅ」
蒼姫は、作った輪の飾りをフェンスへ飾り付ける。ジグリット達も、モールや残りのペーパークラフトを飾り始めた。
「高い所は……まかせて……」
夢屋はいくつかの装飾を持って光の翼で飛ぶ。天使ならではの飾り方だ。
「ついでにこれも頼むよ」
桝本 侑吾(
ja8758)が、そんな彼女に飾りを渡す。
百均で買ったスワッグやリースに、オーナメントやリボンで飾り付けしてあるものだ。
やはり、こういうものがあるとクリスマス感が段違いである。
「それ、桝本作ったの?」
設置されたそれらを見上げ、シエロ=ヴェルガ(
jb2679)は問うた。
「終わったら貰って良いかしら。アダムが喜びそうだし」
「あぁ、いいぞ」
桝本はさらりと答え、他にも欲しい人がいれば終わった持って帰ればいい。と伝える。
作って満足する方なので、その後のことには大して興味が無いのだ。
「イケてる海の男参上! 魚を捌くなら俺に任せ、え? 不要?」
鷹之森 時雨(
ja3704)はやってくるなり役目を見失った。今日、魚を用意した人はいなかった。
「じゃ、力仕事するぜ。机やモミの木運んだりは女に大変だろ」
だが彼は即座に別の仕事に立候補した。「Niceなタイミングだ!」と炎條は彼に声をかける。
丁度、頼んでいたモミの木が届いたらしい。鷹之森は炎條と共にそれを受け取りに向かう。
「あったかクリスマス…ほっこり、だね!」
やがて屋上に届いたツリーを見て、エルレーン・バルハザード(
ja0889)はにっこりとそう言った。
「たっくさん、おーなめんと……つけようね!」
そして、桝本達の作った飾りを炎條と共に飾り付けて行く。
それが一区切りつくと、彼女はあるものを参加者達に手渡した。
名詞程の大きさのカードに穴を空け、リボンを通したものだ。
「たいせつなひとへのめっせーじを書くんだよっ☆」
ペンも同時に手渡して、皆にそれぞれ書いてもらう。エルレーン自身も何事かを書き込み、それをツリーに吊るした。
そんな中、下妻笹緒(
ja0544)は一心不乱にワンバイ材を切っていた。
「それは何をしているんだ?」と炎條が問う。
「足湯を設置するんだ」
パンダちっくな彼は、力強くそう答える。
炎條から『暖かさがテーマ』だと聞いた時、彼は考えたのだ。
「身体が温まる料理も良い。皆で体を動かしポカポカになるのも良い」
だが、しかし。それに加えて、ここは足湯を設置する他無かろうと言うのだ。
寒いこの屋上は、けれど絶好の露天風呂を作れる舞台とも言える。足元から暖めれば寒さも吹き飛ぶ。
大掛かりはものは難しい。とはいえ折角のパーティだ。下妻は全力を持って安らぎの空間を設置しに掛かっていた。
「進級試験でお世話になったし、手伝いに来たよ」
数ヶ月前のことを思い出し、龍崎海(
ja0565)は屋上を訪れた。
「おぅ! 来てくれたか! ……それは?」
炎條忍はそんな彼の姿を見つけると、ずばばばっと近くに寄る。
「屋上は寒いだろうから、ストーブを用意してきたんだ」
「Thanks! 丁度手先がColdになってきた所だ!」
特に、細かい作業をしていた生徒は手が冷えて作業にならなかった所。
龍崎は炎條にストーブを受け渡すと、「レクリエーションは決まってる?」と聞いた。
まだだと答える炎條に、龍崎はビンゴゲームを提案する。
「どっかの部活とかで、でっかい奴とか借りれないかな?」
確かにこの広大な学園なら、ビンゴゲームの一つや二つ簡単に出来そうだ。
「Niceな提案だ! それで、Giftはどうする?」
「とりあえずこれを用意してあるんだけど……」
龍崎は、持ち込んだ道具を炎條に見せる。
「成る程! だがこれなら、三番目はParticipation awardにした方が良いかもしれないな!」
どうせなら皆が楽しめる方が良いだろう。「Prepare して来る!」と言って、炎條は分身を屋上から飛び立たせた。
龍崎は屋上を見回す。装飾はある程度進んでいた。あとは料理だけ。
龍崎は、料理を担当する生徒達にチキンとケーキをお願いした。
「クリスマスなら、せめてこれらがないと」
「任せて下さい」
水無月沙羅(
ja0670)がそれに答える。無論、準備はしてあった。
ターキーに、ローストビーフ。艶よく香ばしくを目標に、丁寧に焼き上げる。
そしてやはりメインには暖まるブイヤベースを。伊勢エビやホタテなどの新鮮な魚介類を用いて、彼女は濃厚で旨味が一杯詰まった黄金のスープを仕上げて行く。
「飲めば心も体も暖まること、間違いなしです」
嶌谷 ルミ(
jb1565)もその隣で、惣菜作りを手伝っていた。
「忍さん初めまして。頑張って手伝いするので宜しくですよ」
「あぁ! NINJAのCookingはXmasには向かないからな!」
嶌谷は材料を目の前にして、どう料理するか頭を悩ませる。
「肉類は育ち盛りに欠かせないし」
「卵焼きの好みは甘いの? しょっぱいの?」
どういうものを作れば健康にいいか。美味しく食べてもらえるか。メニュー自体は決まっていても、味付けの面で彼女は考え込む。
「味醂がええやろか……は!」
と、そこでハッと気がついて、彼女は顔を赤くする。
「ふぇ、田舎の訛りが消えなくて」
どうも自分の訛りで驚かれたことが何度もあるらしく、彼女はそれを恥ずかしがっていた。
「俺も訛っているようなものだ!」
炎條は平然とそう返す。嶌谷は気を取り直して、料理の盛りつけも考える。
料理は盛りつけも重要だ。見た目がどれだけ美味しそうかによって、実際食べたときの感覚も変わって来る。
揚げ物を揚げると、彼女はその下にレタスを敷く。工夫して、より美味しく食べてもらうのだ。
一方でクリフ・ロジャーズ(
jb2560)は、三種類のカナッペを用意していた。
薄く切ったフランスパンに、様々な具材を盛りつけるのだ。
一つは、貝割れを乗せた後、ねぎとろと刺身醤油、山葵、生姜を混ぜたものを乗せる、ねぎとろカナッペ。
一つは、クリームチーズとスモークサーモンをのせ、ディルで飾り付けるカナッペ。
最後は、生ハムとイチジクジャムをのせてベビーリーフで飾り付けたカナッペだ。
アダム(
jb2614)も盛りつけの作業を手伝う。
「ここが耳だ!」
カッと彼はベビーリーフをセッティング。カナッペを顔に見立て、猫っぽい形に盛りつけているのだ。
「クリフが料理するの珍しいわよね」
シエロはジンジャークッキーとシュートレンを作りながら、そんな感想を漏らした。
そしてひょいっとねぎとろカナッペをつまむ。
「日本酒が合うわねきっと」
もぐもぐと味を確かめながら、彼女はそう見立てた。
彼女の隣では、久瀬 悠人(
jb0684)がホットケーキを焼いている。
特にクリスマスらしいつまみも分からなかったし、簡単で量も作れるホットケーキを選んだのだ。
「おいアダムっ子、試食するか?」
クリフのカナッペを手伝っていたアダムに、久瀬は声をかける。
「アダムっ子……? つまり久瀬は悠子か?」
アダムは不思議そうにそう聞き返すが、久瀬は適当に名付けたようだ。若干眠そうでもある。
そして味見をしようとしたアダムだが、なんと捕縛されてホットケーキ作りを手伝わされるのである。
実に賑やかに料理をする彼らであった。
「やっぱ寒い季節にゃコレだろ!」
サンタクロースの格好をした大狗 のとう(
ja3056)と、同じくミニスカサンタのクアトロシリカ・グラム(
jb8124)が作る料理は、他とはちょっと違っていた。
彼女達の用意したそれは、あったかおでん。
玉子に大根。ロールキャベツに、ウィンナー。
「クゥが練り物好きだから、これはちと多めなのにゃ」
若干練り物が多いものの、王道から変わり種など、バラエティ豊かなおでんに仕上がっている。
具材にはそれぞれ串が刺さっており、器として紙コップも用意してある。屋外での食べやすさを考慮したメニューなのだ。
「お、Heyそこの忍者クン! 味見してくれないかっ?」
「なんだ、俺か!? OKだっ!」
大狗は炎條を呼び止めると、おでんの味見を依頼する。炎條は鍋を覗き込むと、大根を一本手に取り、まずは一口。
「Deliciousだ! つゆがGoodに染みているな!」
炎條はそう言うと、串に残った大根を一気に口に入れる。
「ニンジャだニンジャ! かっこいーから、ちくわぶおまけ!」
「……っ! Stop! まだ口にっ……!」
口に無理矢理ちくわぶを突っ込まれそうになり、炎條は逃走。クアトロシリカはそれを追いかける。
それを眺めながら、大狗も玉子を一つ口にする。
「やぁ、クゥ。これはつまみ食いじゃねーのぜ。味見だ味見、な?」
「のと姐、おでんの誘惑だから仕方ないさ……!」
言い訳する大狗。炎條にちくわぶを食わせたクアトロシリカも、うんうんと頷きながらはんぺんを食べ始める。
三島 奏(
jb5830)も、ホットサンドメーカーを持って屋上にやって来た。
その場で作れば、冬でも温かいものを食べる事が出来る。
鳳 蒼姫も、飾り付けを終えて料理の製作に取りかかっていた。
「蒼姫特製ブルーベリータルトなのですよ。ブルタル!」
もはや意味が分からない。
だがこれも、パーティに向けて高まって行くテンションの現われ……なのかも、しれない。
「いいPartyになりそうだな……!」
賑わう屋上を見て、炎條忍は一人そう呟く。
「皆で集まれる事が一番暖かい事だと思う…そう思わないかい?」
そんな彼に、鳳 静矢はそう問うた。
「あぁ!」
炎條忍は、はっきりと頷く。
●
やがて太陽が沈む。大方の準備は整った。
時刻は16時59分。パーティの開始まで、後一分だ。
龍崎がデジカメを手に、まずは一枚写真を撮る。今日の想い出を遺すため、彼は多くの写真を撮るつもりでいた。
――穏やかに、ヴァイオリンの音が辺りに響く。
ヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)の演奏だ。
17時。それをキッカケに、パーティは始動する。
夢屋はヴァイオリンの音に合わせ、伸び伸びと高らかに歌を披露した。
無理無く、美しく広がる高音域。聞きとして包み込む暖かさが、その声には篭っている。
(聞いた事ないぞ、どうする私!)
一緒に歌おうと思っていた海城だが、正直全く知らない歌であった。
分からないから黙っているか!? いやそれもなんかなぁ……!
何せ事前に楽譜は配られていたのだ。『わからなかった』じゃカッコ悪くね?
隣ではLatimeriaがカスタネットを叩いている。海城は手持ち無沙汰感満載。
迷った挙げ句、彼女は名案を思いつく。
そうだ、踊ろう。
だがこのヴァイオリンと歌に合わせて踊れるのか……?
心配は要らない。彼女は阿波踊りをマスターしているのだ。
(阿波踊りで乗り切るぜぃ)
なんで阿波踊りなんだ。正気か。というか何で阿波踊りは知っているんだ。ツッコむ人間は皆無であった。
その他数人の生徒が合唱する中、嶌谷はぼんやりとそれを眺めていた。
彼女は自分が音痴だと思っているから、歌える人間を羨ましく思っていたのだ。
彼女の横では、鷹之森が何だかそわそわしている。
(神様サンキュ。今年の賽銭箱には五百円ぶっこむぜ)
彼は彼で、許嫁に誘われた事で浮き足立っているのだ。
嶌谷の作った惣菜をもぐもぐと食べている。
そんな彼に、嶌谷はちょいちょいと手招き。
「なんだ?」
「はい」
嶌谷は揚げ物を取ると、あーんと鷹之森に食べさせる。
「……!」
「肉ばっか食べてると健康に悪いんよ?」
彼の皿を見ながら忠告するが、鷹之森まで届いているか怪しい。
「聞いてる?」
もぐもぐと、鷹之森は驚きながら料理を咀嚼している。
「あのな。おらの傍にいてくれて感謝してるんや。けど……」
「んっ、ぐ……けど……?」
揚げ物を飲み込んで、鷹之森は聞き返す。
「……ん、なんでもない」
嶌谷はそう言って誤摩化した。
(付き合わせて、ごめんな)
そんなこと、彼に言えなかったのだ。
「俺はいつでも傍にいるぜ、変な気ィつかうなよ」
よく分からないまでも、鷹之森は彼女にそう言葉を掛けた。
二人は、どこかすれ違っている。お互いのお互いに対する想いに気付けていないのか。或いは、全く別の理由か。
「アダム、可愛い盛りつけありがとね」
クリフ達は足湯で暖まりながら、わいわいと飲み食いしていた。
「カナッペ、お酒と合うといいなー」
「はい、ワインと日本酒持って来たわよ」
シエロは持って来たワインと日本酒を取り出す。
「勿論飲むわよね。大人組は」
彼らの元には、龍崎や鷹之森の持って来た洋酒なども置いてある。完全に飲むモードだ。
「ん、酒と合っていいな、このカナッペ」
桝本は早速酒を飲みながら、クリフ達の作ったカナッペを口にする。彼もまたシャンパンを持ち込んでいた。
「くりふ、あーんするといいんだぞっ」
クリフの膝に乗ったアダムが、クリフの口にカナッペを入れる。
「アダム君は安定だな」
そんなアダムの姿を見て、桝本は呟く。
「――何と言うか、取られた気分だわ……」
クリフがカナッペをもぐもぐしていると、アダムはその頬に手を当てて楽しそうにしている。
「桝本さんは飲める口でしたっけ」
久瀬は桝本にそう尋ねる。久瀬自身は、大学生と言えどもまだ未成年。飲まない事にしている。
同時に、「おれは……?」とでも言わんばかりの顔で、アダムは桝本を見つめた。
「未成年組はこっちだな」
桝本は、子供用のシャンパンを二人のグラスに注ぐ。
「……子供用のシャンパン、だと……?」
若干衝撃を受けながら、久瀬はそれを口にする。
「まったく、おれは400才なんだぞ!」
アダムはぷんぷんと怒った様子を見せるものの、やっぱり美味しくいただいていた。
そしてそのままの勢いで、ねぎとろカナッペをひょいと口に入れる。
「Σ……これは、たべものなのか…?」
途端にぷるぷると震えながら、 アダムは皆を見回す。
「Σちょ…!アダム!山葵は無理でしょう!?」
事情を察したシエロが水を渡すと、アダムはぐびぐびとそれを飲み干した。
「あ、ねぎとろの方はわさびが苦手なら避けてね……?」
クリフは言い忘れてたと言わんばかりにそう付け加えた。
「あ、俺わさび入ったカナッペで」
涙目のアダムを横目に、久瀬はねぎとろカナッペを一つ手に取る。
「久瀬君はもうすぐ飲めるのか、その時は、いいの用意してやるよ」
久瀬の年齢を考えて、桝本は約束した。
「ホントですか? ならお願いします」
久瀬も嬉しそうに答える。あと半年程度。その時どうなっているのか、一瞬考える。
「久瀬はもうすぐなのか? おれももうすぐだよな……?」
アダムが不安気に問い質した。大人の仲間入りをするには、まだまだ遠そうな反応である。
多分、山葵がだめなうちはだめなのではないだろうか。
彼らが賑やかに楽しむ一方で、カップル達も各々楽しんでいた。
神凪は持ち込んだ手作りお菓子を、恋人である弥生に食べさせている。
一つは、中に焦がし練乳の入ったとても甘いベビーカステラにも似たロシアのお菓子、アレーシュキ。
もう一つは、カッテージチーズのパンケーキだ。
「あ、あーん……」
弥生は恥ずかしがってはいたものの、おずおずとそれを受け入れる。
そしてもぐもぐと咀嚼して、「美味しいです」と素直に感想を述べる。
鳳 静矢、蒼姫の二人も、少し休んで二人で語りあっていた。
「来年の今頃も変わらず過ごせると良いねぇ」
のんびりと、静矢はそんな希望を口にする。何でも無い、普通の願い。けれどそれは、戦いの中に生きる撃退士にとっては、『もしかしたら無いかもしれない』未来だ。
「来年の今頃はきっと再来年の今頃を考えているのですよ!」
蒼姫はだが、きっぱりとそう力説する。
生きて、来年も変わらずに……楽しく、過ごせると。
「種族が交じるパーティーはいいものだな、楽でいい」
Latimeriaはゆらりと揺らした尻尾を足湯に付けながら、ターキーだのブイヤベースだのと料理を食べまくっていた。
次は何時食べれるか分からないから、らしい。
「BINGOTimeだ!」
と。突然炎條が声を張り上げた。
龍崎の発案でビンゴゲームをやることにしていたので、炎條は分身に学園を走り回らせた。
結果、ビンゴ用のカードととある機械を用意することに成功したのである。
「三角籤を回す機械だ!」
正式名称は知らなかった。スイッチを入れると、球状の容器内に風が巻き起こり、籤が回転し始める。
籤にはいくつかの数字が書かれており、引いた籤と同じ番号がビンゴカードにあれば、消す事が出来る。
「はーいはーいっ! 私引きたいんだぜっ!」
海城かぶんぶんと手を挙げ、籤を引く。
「景品は何があるんだっ!?」
「一等がハリセン。二等が文具セット。あとは参加賞にバナナオレだよ」
龍崎はデジカメを向けながら、彼女の質問に答える。
参加賞は本来三等の予定だったが、「どうせなら」と炎條が買い足していた。
「よーっし! じゃあ引くのだぜ!」
記念写真を撮ってもらってから、海城は籤を引く。
……少しして、大方のビンゴが出そろった。
「文具セット、大切に使わせてもらうぜ!」
今語るのは、二等が炎條であったということのみである。
●
クリスマスといえば、というものだろうか。
このパーティでも、プレゼント交換が企画されている。
ランダムに選択された二人で、それぞれプレゼントを交換し合うのだ。
「小銭入れか。いいセンスだな」
神凪は黒須から革の小銭入れを貰う。使いやすそうな品だ。
「このチョコは……あのお店のか。初めて食べます」
逆に神凪からは、高級めなチョコレート。ちょっと有名な店のもので、普段はなかなか買わないものだろう。
「俺はマグカップを用意したのぜっ!」
大狗はそう言いながら海城に箱を渡す。
「おぉ! ではこちらも紙粘土で作ったこの最高傑作を渡そうではないか!」
海城も、緑の包み紙に赤いリボンを結んだプレゼントを渡す。
大狗が封を開けると、そこには……
「……っ! 豆腐!?」
紙粘土で作った豆腐。良いのか、それ。外れじゃないのか。手抜きすぎやしないか。
「素敵な音色ですね……」
樒は、夢屋から貰った硝子のオルゴールに耳を傾ける。目にも耳にも美しいプレゼントだ。
「この、四葉も……綺麗です……」
対して、樒が夢屋に渡したのは自作の絵の四季の栞セット。音であったり、文章であったり、芸術と関連の深いプレゼント同士だった。
「これでぽかぽかに暖まるよ」
クアトロシリカが貰ったのは、バスソルトの詰め合わせ。三島からのプレゼントだ。
「おっ、スノードームか。いいねクリスマスらしくて!」
三島はクアトロシリカから貰ったスノードーム付きのペンを、くるくると回しながら眺める。
●
そして音楽は変わり、フォークダンスの時間がやって来る。
黒須 洸太(
ja2475)は、三島に習いながら、慣れないまでもなんとか踊る。
「手はこうですよ!足はこうやって運んで……」
「うん、こうかな……?」
三島の足を踏まないように、黒須は真剣な眼差しでステップを踏む。
……最近、彼は夜の寂しさに耐え切れない日が多かった。賑やかな場所にいれば寂しくないだろう。そう考え、このパーティに参加していた。
元の運動神経の良さからか、黒須はだんだんと体の動かし方を飲み込んで行く。
「お相手、宜しくお願いしますね」
樒は、目の前の炎條にそう挨拶をする。
「こちらこそだ! ダンスの経験は無いが……」
多少覚束ないまでも、NINJA故かある程度踊れる炎條。
「中学校ぶりですが……結構踊れるものですね」
対する樒も、久しぶりのことではあるが体が覚えていたらしい。すぐにすんなりと踊れるようになっていく。
「あの……一緒に、踊りませんか?」
シグリッドは、一緒に準備をしていた夢屋をダンスに誘う。
飲み物の飲みながらぼんやりしていた夢屋は、こくりと頷き、彼の手を取った。
曲を口ずさみながらの、ふわりとしたステップ。思わず見蕩れてしまうような光景である。
シグリッドは、それを一番近くで見つめながら、共にステップを踏んで行く。
……ある意味それ以上に目を離せなかったのは、海城の踊りである。
さっきの阿波踊りとは打って変わって、魔力が吸われてしまいそうな不思議な踊りを披露している。
「真面目、真面目ってなんだ! 振り向かない事か!?」
ネタってなんだ。躊躇わないことか……?
●
ひゅう。冷たい風が、会場を吹き抜ける。
ひらりと、ツリーに飾られたメッセージカードがめくれ上がる。
『お星様の海から、私のことをずうっとずうっとみまもっていてください』
そのカードには、そんなことが記されていた。エルレーンの吊るしたメッセージである。
もう死んでしまった、母代わりであった師匠に向けて。この夜空なら、きっと届くと思ったのだろう。
(きっと、見ててくれるよね……今も)
エルレーンは空を見上げる。星の一つが、強く瞬いた気がした。
「三島さん、ありがとね」
宴の最中、不意に黒須は礼を言った。
今年も寂しくないのは、皆の御蔭。特に一緒にいてくれた三島には、お礼を言わなくてはならない。……言えるうちに。
「合わせにくいかもだけど、黒は地味かなって思ってさ」
そして黒須は、三島にプレゼントを渡す。編み込みの、レザー製の赤いベルト。
「いつもお世話になってる感謝のキモチ。気に入ったら使ってみてください」
お返し、というわけではないが、三島からもプレゼントがあった。
とある海外ブランドの革手袋と、マフラー。ちょっと奮発したが、惜しくはない。
「今年も一年有難う……来年も宜しくな、蒼姫」
静矢は、傍らの蒼姫にそう微笑みかける。
「あいですよぅ。来年も宜しくなのです。今年もお世話になりました」
蒼姫も笑ってそれに答える。二人は寄り添っていた。来年も、きっとそうだろう。
弥生と神凪は、パーティの喧騒を抜け出し、屋上の隅で星を眺めていた。
久遠ヶ原は島だ。それ故か、今夜は星がよく見えた。
二人は寄り添って、その光景を共に見つめる。
「もうお持ちだと思いますけど……良ければ使ってください」
――と。弥生は神凪に、あるものを手渡した。
細氷のイヤリング。水晶がきらきらと輝く、美しいイヤリングだ。
それこそ……この星空にも、負けない程。
「ありがとう……」
神凪は少し驚きながら、そのイヤリングを受け取る。
「こんな時、なんと伝えればいいのかわからないのだが……」
そして、小さな箱を取り出しながら慣れない様子で言葉を選ぶ。
「自分には、景が必要だ。生涯を掛けて、守りたい。」
ひとつ、ひとつ。気持ちを全て伝えようと、丁寧に……絞り出すように。
「……えと。ありきたりな表現ですけれど……私で良ければ、喜んで。」
対する弥生も、気の効いた台詞なんて思い浮かばない。
だが必要なかった。気持ちを伝えるには、その一言だけで十分だったから。
月とランタンに照らされた影が、ゆっくりと近づく。
柔らかく、潤って……どこか練乳のような甘い香りが漂う。口元に触れたのは、そんな淡い感覚だった。
●
祭りの後には、始末も残る。
水無月は机を端に寄せ、使った紙皿などをゴミ袋に入れて行く。
夜も遅い。ある程度の片付けが済めばあとは後日でいいというので、散らかしたものはないかだけ確認していく。
「今日の写真、たくさん撮ってあるからね」
龍崎はデジカメのメモリーを見ながら、皆にそう言っておく。
集まって酒を飲んでいる皆。寄り添っているカップル。フォークダンスに、プレゼント交換。
想い出は、写真という形に残っているのだ。
そしてついに、月夜の宴は終焉を迎えた。
「一生懸命に頑張る撃退士の皆様へ……輝ける未来と祝福が届きますように。どんなに困難やピンチが訪れても諦めない心と揺るぎない情熱を……」
水無月は、皆に向けて言葉を送る。暖かい、言葉の贈り物。
彼らには未来があった。それを掴み取る力もあった。
それは来年も変わりはしない。これからも。
幸あれ。その単純だが難しい願いを、撃退士達はきっと叶えてくれるだろう。
「今日という楽しい日のお土産に、どーぞなのなっ」
大狗とクアトロシリカは、別に作ってあったクッキーを皆に配る。
「ハッピークリスマース☆」
パーティは終わる。だがクリスマスは終わっていない。……例えばクッキーを食べ終わるまでの時間だけ、続くのだった。