「へーえ、わたがしみたいな……」
天魔の概要を聞いたエルレーン・バルハザード(
ja0889)は、呟きながら考えた。
「ワタガーシ!? え、あ、はい、もちろん知ってるですよーぅ」
悪魔であるパルプンティ(
jb2761)も、わたがしが何なのかは知っているらしかった。
「ワタオーニ、渡る世間は鬼(以下略)の親戚的なアレですよね?」
いや、本当に知っているのだろうか。
「つまり、一度液体状にとかした砂糖を、極々小さな穴から霧状に噴出させて、固まったものを絡めとって作ったフワフワなお菓子ですーぅ」
知ってた。普通に知ってた。逆にワタオーニをなんだと思っていたのか気になる所である。
「わたあめオバケっすか。おおお、おいしそうだなんて思ってないっすよ!」
朝倉 夜明(
jb0933)は聞いてもいないのに慌てて首を振った。正直な子である。
「うーん、なんだかほのぼのな気もするけど、よく考えたら結構怖いよね……」
エルレーンもそれを考えていたらしい。ふわふわした綿のようなものに襲われるのは、言い知れぬ圧力を感じるのではなかろうか。
「………ん?」
パルプンティは、ふっと思いついたように顔を上げる。
「とするとぉ、謎の化物はヤッパリ霧状なのでしょうかー?」
昼間は気体として上空に漂い、夕方冷えて来ると地上に降りる、など。
現時点では推論の域を出ないが、とかく不思議な相手である。
「どんなfigureをしていても、天魔は天魔! carelessnessだ!」
炎條忍 (jz0008)が改めて注意を促す。
その警告を聞いて、朝倉はハッとあることに気付く。
(そういえば屋上の忍者さんとご一緒の依頼っすね!)
よく見かける生徒ではあるが、こうして一緒に行動するのは初めてだ。
「あー、うー、えーと……な、ないすとぅーみーちゅー、あいあむよあけ、せんきゅー、っす……?」
「あぁ! 俺は炎條忍だ! よろしくな!」
たどたどしい英語で挨拶する朝倉に、炎條は元気よく答えた。
ちなみにこの忍者、英語混じりで喋るが基本は日本語である。見た目も日本人だ。
なのにこうして英語で話しかけてしまう生徒がいるのは、不思議なことである。
先入観、という奴だろうか。
●
「ごめんね……思い出して怖がらせちゃうかもだけど教えてくれないかな? 君の情報で助けられる子もいるんだ」
藤井 雪彦(
jb4731)は、被害にあった女性に話を聞く。
襲われた時はどんな状況だったか。何か変わった事は無かったか。
「覚えていることは……そんなに多くありません。放課後に大判焼きを買って帰って、ちょっと寒いなって思ったら、次の瞬間には……」
襲われた。
一体いつ近づかれていたのか。どうして襲われたのかは、やはりわからないようだ。
「ただ、直前に……大判焼きの袋に、何か付いてたんです。それに気付いて足を止めたら……目の前に……」
ぶるる、と女性が身を震わせる。藤井は女性の肩に手を置いて、「無理はしないで」と優しく声をかけた。
女性はこくりと頷くと、小さな声で「大きな綿菓子みたいなものが、目の前にぶわっと現われたんです」と続けた。
「それからのことは……覚えてません」
申し訳無さそうに言う女性に、藤井は柔らかく笑いかけた。
「ありがとう……協力に感謝するよ……あっ今日はこれから仕事なんで、今度お礼を兼ねてごはん行かないかな? 美味しいとこ知ってるんだ。連絡先だけ……ダメかな?」
「え、えっと……ふふ」
突然のナンパに、女性は思わず笑ってしまう。
「わかった。じゃあ連絡先だけ。……お仕事、頑張って下さいね?」
藤井の軽い態度が、彼女の気持ちを和らげたのかもしれない。
「どんな些細なことでも構いません。その一つの情報が今回の依頼を成功に導くかもしれませんから」
病院で、御崎 緋音(
ja2643)は被害者の女性にそう語りかけた。
女性はこくりと頷くと、「でも、一体何をお話すればいいか……」と、困惑気味。
「ではまず、その日の服装や持ち物からお聞きしてもいいですか?」
御崎は女性の様子を観察しながら、質問する。
敵に関する情報が不足している今は、少しでも多くの話を聞いておきたかった。
服装は赤い上着にスカート、革靴などなど、特段変わった所の見られないもの。持ち物にしても、手帳やリップクリーム等、普通のものばかりだ。
「あとは……おやつ。あんまんを食べてたんです。コンビニで買った」
普段と違う事と言えば、そのくらいのもの。
「成る程……わかりました。ありがとうございます!」
やはり、共通項として考えられるのはそれだろうか?
御崎は考えながら、彼女にお礼を言った。
「こんにちは。お話、伺っても……いいかい?」
ルティス・バルト(
jb7567)はすっと一輪の薔薇を差し出した。
「は、はい……」
相手の女性は突然のことに驚きながらも、僅かに頬を染める。
彼の綺麗な瞳や笑顔に見蕩れたのだろう。
「その日の天気はどうだったんだい?」
ルティスは、その日の天気や寒さ等、事細かに彼女から聴き出す。
その日は晴れであり、それなりの寒さだったが、奴が出る直前に一層気温が下がったらしい。
「ベタつく何かと、寒さか……」
兆候らしきものは、その他に覚えが無いという。
「そういえば、その日は甘いものを食べていたんだよね。何を食べていたの?」
にこっと微笑みながら問う。
女性は若干恥ずかしげに俯きながら、「焼き芋です……」と答えた。
一方、その頃。
犬乃 さんぽ(
ja1272)は、事件のあった現場を歩いて回っていた。
「んー……特に変わった事はない、けど……」
きょろきょろと辺りを見回し、犬乃は何となく引っ掛かりを覚える。
「犬乃……さん……」
他の場所を回っていた支倉 英蓮(
jb7524)が、担当分を終えて犬乃に合流する。
そして、少し遠くの道を眺めて、「ここも……同じ……」と呟いた。
「雰囲気が……似てる」
似ているということは、何か共通項があるということだろう。
なら、その共通項とは何なのだろうか。
「……あっ」
犬乃は、ぽんっと手を打った。
夕刻になるまでに、撃退士達は一度顔を合わせ、情報の共有に務めた。
「やっぱり、直前まで敵の姿を見た人はいないんだよね……」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は、自分達の聞き込みの成果を確認しつつそう呟く。
「そうっすねー。その上で、共通することといったらやっぱり……」
「甘いものを食べていたこと、だよね」
朝倉と藤井が、改めてそのことを明言する。
食べていたかどうかの差はあったが、被害に遭った女性や子どもは、全員が甘いものを手にしていたのだ。
「その甘いものに関してだけど……もう一つ共通点があるみたいなんだよね」
と、ルティスが撃退達の顔を見回す。
「被害者達が食べていた甘味は、みんな温かいものなんだ」
それがどう関わっているのか、明確には分からない。
が、無関係と言い切るわけにもいかないだろう。
「囮を使うなら、温かい甘味を用意した方が良さそうだね」
出来る限り、状況は再現するべきだろう。
「僕達は事件の現場を見て来たんだけど……ちょっと気になったことがあったよ」
犬乃はそう言って、現場の地図を指さす。
「ここ、近くには屋台とか通学路とかあるんだけど、被害があった場所は……」
「そこから、一本……外れてる……」
一本ずれると帰宅する学生や屋台などの人通りが多いのだが、現場はその逆で人通りが少なく、どことなく寂しいのだ。
犬乃が何となく感じたひっかかりとは、その事だった。
「だから、僕達は人通りの少ない所を狙って歩こうと思うよ」
ひとまず情報の共有は終わった。
もうじき、日が暮れる。
●
「女の子の格好かぁ……」
変化の術で女性の姿になった犬乃は、ぽつりと呟いた。
「恥ずかしいのか?」
彼の髪を鋤きながら、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は問う。
普段からセーラー服を着こなす犬乃だが、それはちょっとした勘違いあってのこと。いざ女の格好となると少し照れる部分もあるのかもしれない。
「けれど、とても似合っている。そのスカートもいいセンスだ」
鴉乃宮は犬乃の正面に周り、目の回りに軽くメイクを施す。
彼も男ではあったが、普段から女装を嗜んでいる。『より女らしく魅せる』ことに関しては、そこらの女生徒より上なのかもしれない。
「なんならそこのハイテンション忍者、女装してみるかね?」
と、鴉乃宮は炎條の方を向き、さらっと勧めた。
「俺が?」
炎條は驚くが、鴉乃宮は当然のように頷く。
「その長い黒髪は女装しても十分に映えるだろう」
あまりにも堂々というので、本気かどうか分からない。
炎條が返事に窮していると、「冗談だよ」と鴉乃宮は笑った。
それが本気かどうかも、わからない。
●
「甘い香りかはたまた色香か……来るなら……手段の全てを以ってただ、討つのみ……。皆、準備はいい……?」
やがて太陽は地に姿を隠し始めた。
奴が現われ始める時刻だ。
支倉は一人、人通りの無い道を歩いて行く。その手には、フルーツの盛り合わせや、キャラメル。
白の増えた髪が、風に揺れた。
「本当に現れるんでしょうか……」
御崎はあんぱんと牛乳を手にしながら、隠れてその背中を追いかける。
彼女と同行しているのは、鴉乃宮、朝倉、ルティス、炎條。
「もしかしたら、そのあんぱんに釣られて来るかもしれないけど」
鴉乃宮は、御崎のあんぱんを見ながらそんなことを呟く。
「どこに当たりが来るかはわからないからね。でも、もし危険が及びそうになったら全力で守るよ」
ルティスはそう言って微笑んだ。
今回、囮として動いているのは三人。
その三人ともが、若干条件を変えてふらついている。
無論、誰にヒットしても即座に急行出来る様にはしてあるが……どこに来るのかわからない緊張は、辛い。
同刻、囮をしていた三人の内一人。
それはパルプンティだった。
彼女は片手にカレンデュラという杖を持ちながら、ふらふらと歩く。
もし甘味を持っているというのがただの偶然の一致なら、彼女にかかる可能性もあるだろう。
その場合の攻撃の手順も考えている。考えているのだが……
(まぁテキトーで大丈夫ですかねー♪)
深くは、考えてないようだった。
自然体である。
三人の囮、最後の一人は犬乃である。
「美味しい…やっぱりこの季節の鯛焼き、幸せだよね」
彼は付近の屋台で鯛焼きを購入、食べていた。
冷える外気に、鯛焼きの温もりが一層際立つ。
だが、犬乃には懸念が一つあった。
(もし、女性の甘い物に対する感情に引かれてたらどうしよう…ボク、とてもそこまでは……)
多分、何の問題もない。
(さぁてこっからはマジだよ……出てこいっ!)
藤井やエルレーンが、彼の後を追い、敵の出現を待つ。
藤井は明鏡止水で気配を消し、エルレーンは壁走りを用い建物の屋根から観察。敵の出現を待った。
こつ、こつ、こつ。
三つの場所で、足音が響いて行く。
段々暮れ行く空。撃退士達の心に、僅かに焦りが生まれ始める。
――その時だ。
(……来たっ!)
明らかに感じる、冷え。
当たりを引いたのは犬乃だった。彼は無言でそれとなく合図を送る。
藤井とエルレーンはそれを受け、当たりを確認した。それらしき姿は、無い。……が。
――ぶわっ。
それは急に出現した。
「……!」
犬乃を包み込もうとする、綿。
それは犬乃を包み込もうとした。が、次の瞬間には犬乃は別の場所にいる。
避けたのだ。アウルで出来た犬のぬいぐるみが、代わりにそれに包まれて行く。
「おおっと!わたがし発見\(^o^)/!」
エルレーンが、わたがしの影を縫い留める。
こんな見た目だが、一応影はあったのだ。とはいえ、薄い。夕方何も無い所でコレに気付くのは難しいだろう。
「うんしょっと! だいじょーぶ(・∀・)?」
わたがしが動きを止めたのを確認してから、エルレーンは犬乃に問う。
犬乃は「うん」と頷くと、八岐大蛇をわたがしに向けて構えた。
「これ以上悪さはさせないもん…幻光雷鳴レッド☆ライトニング! 綿菓子固めて、パラライズ☆」
赤い稲妻がわたがしを襲う。ふわふわふわ。わたがしはしかし、不定形故にダメージを受けているのか判然としない。
と、そこへ半月状の緑の刃が飛んで行く。
「真空なら気体だって切り裂けんだぜぃ!」
藤井の風妖精の嫉妬だ。切り裂かれたわたがしの一部が、地面に飛び散りべちゃっと潰れる。
本体があるのかはわからないが、小さくすることは可能らしい。
「そちらに出ていましたかー!」
パルプンティが大鎌を構え、わたがしの元へ走って行く。
彼女の周りがにわかに凍てついていく。氷の夜想曲だ。わたがしは微かに縮まり、動きを鈍くする。
「行くっすよ、プニさん! ビームっす!」
と、闇色の鎧を纏ったスレイプニルに乗った朝倉も現場に到着。
どうやら、連絡を受けたそちらの班も間に合った様だ。
スレイプニルは、アウルを圧縮したビームを敵に向けて放つ。「ところでプニさん、いくら甘そうだからって食べちゃだめっすよ?」と、朝倉は一応注意した。
「不思議な姿をしているね。見た目じゃサーバントかディアボロかも分からない」
鴉乃宮はそう言いながら、阻霊符を発動。ライトブレットを撃ち込む。
それとほぼ同時、高所から支倉が飛び降り、その勢いのまま抜刀・幽をお見舞いする。
双剣の刃がわたがしを切り刻む。微かな破片が彼女の顔に付着した。
「……これは……」
僅かに、視界が揺らぐ支倉。どうやら奴の肉体には昏倒効果があるらしい。が、量が少ない。
「もう少し削れば倒せるのかな?」
ルティスはヴァルキリーナイフを撃ち込んだ。ふわり、わたがしが散って小さくなる。
炎條も素早くわたがしを切り分け、尚小さく。
「大した害はないようですが……市民の平穏のため、退治させていただきます!」
御崎が宣告し、雷帝霊符の雷の刃でわたがしを切り裂いた。
撃退士達の攻撃で小さくなっていったわたがしは、やがて消失。
飛び散っていた破片らしきものも、同時に消滅した。
「お菓子ほどボクは甘くないんだぜ! ……なんつって」
●
「まっはふもっへ、ふぁへは、はいへふぇひはへ……?」
持って来たキャラメルを頬張りながら、支倉は総評した。
全くもってふざけた相手、と。
いくつかの謎は残ったが、兎も角、およそ戦いに向いた敵ではなかったことだけは確かだ。
もしかしたら、菓子好きの天魔が戯れに作ったのかもしれない。
ちなみに。
「ありがとっ♪ 君たちのおかげで解決したよ……ここのお店タルトも美味しいんだ。一緒にどう?」
依頼の後、情報をくれた女性達に、藤井は美味しいスイーツをごちそうしたらしい。
中には、事件に巻き込まれた時から甘いものが苦手になっていた女性もいたそうだが……今では、普通に食べれているという。
彼の御蔭なのかどうかは、本人達に聞くしか無い。