●三本角
あれから幾日か経った。
交通規制の影響で静かになった山道を、二台の車が走っている。乗っているのは、依頼を受けた撃退士達だ。
前を行く一台目には、相川零(
ja7775)、橋場 アトリアーナ(
ja1403)、、メレク(
jb2528)、ナヴィア(
jb4495)の四人。
「カブトムシ、ね。車を転がすのは相撲でもとってるつもりなのか……」
運転手を務める相川が、ぽつりと呟いた。運転しつつ、彼の注意は周りにも向かっている。
その後ろの車には、運転手としてポラリス(
ja8467)、同乗者として犬乃 さんぽ(
ja1272)、七瀬 歩(
jb4596)、アニタ・劉(
jb5987)の計四人が乗っている。
「ポラリスちゃん、ボクちょっと上に居るね」
「わかったわ、さんぽちゃん。気をつけてね」
犬乃は己の能力を活用し、車の上で周囲を警戒していた。車内のメンバーも同じなのか、空気は重い。
車をふっ飛ばすカブトムシ。分かっているのはその情報だけで、何時来るか、何体来るかはわからないのだ。
……と。
「……!」
「来たよ!」
犬乃が叫ぶ。瞬間、かしゃんとやけに軽い音を立て、三本角の巨大なカブトムシが、目の前に降って来る。
「急、だねっ……!」
ぎゅるる、と相川がハンドルを切り、カブトムシの横を強引に突破する。が、それは感知で警戒してたからこその反応だ。走る位置のこともあり、後続は同じように動けない。
「ニンジャ参上…お前の相手は、ボクだっ!」
犬乃がぴょんとガードレールの上に着地し、高らかに名乗りを上げた。暗い車道で、何故だか犬乃の姿が照らされている。
流石に虫と言えど、ディアボロ。注意が逸れたのか、角を犬乃へと向ける。その隙にポラリス達の乗った車は後退。
カブトムシは、グンっと犬乃へ突進。巨大な三本の角が、犬乃を突き刺した。
……と、思いきや、犬乃の体はそこにはない。代わりに可愛らしいぬいぐるみが、カブトムシの黒い瞳をじっと見つめ、消える。
「こっちだよ!」
少し離れた所で、犬乃がカブトムシに声をかけた。
カブトムシは角を犬乃へ向け直す。瞬間、カブトムシの側面へ、二発の銃撃。
「気持ち悪いから、さっさとやっつけちゃいましょ」
片方はポラリスによる射撃。口調こそ軽いが、暗闇の中、その瞳に怒りが燃えていることには誰も気付いていない。
「よっし、命中! ……でもあんま効いてなさそうだな」
もう片方は、七瀬による射撃だ。彼の眼光もまた、カブトムシへの強い感情が透けている。
あの手紙を書いた子どもは、どんな想いだったか。家族を天魔に奪われた七瀬には、その気持ちが、悔しさが、自分のことのように伝わって来る。
(あの子の代わりに俺が必ず、ここにいるディアブロを殲滅してみせる)
カブトムシはこの牽制に怒ったのか、ぶぅんと羽を広げてポラリス達の方へ飛んで行く。
「宝劍金釵、雷斬破!」
が、アニタがすれ違いざまに攻撃し、それは阻止される。カブトムシはビクビクと体を震わせ、その場へ落下した。体が痺れたのだろう。
「ぐっじょぶー」
ポラリスがアニタに声をかける。「ありがとうございます」とアニタは若干緊張の混じった声でそれに答えた。アニタにとっては、これが初の実戦なのだ。
「とっとと倒しちまわないとな!」
七瀬は射線上に誰もいないのを確認すると、カブトムシへ銃口を向ける。アウルの力か、それとも七瀬の怒りの色か。銃は炎のような光を発する。
七瀬がトリガーを引いた瞬間、激しい衝撃波が放たれる。レーザーのような攻撃が、自由に動けないカブトムシの体を貫く。
三本角のカブトムシは、それからも少しびくびくと足を動かしたが、やがて静かになった。
「とりあえず、一体ですね……あと何体いるんやろ……」
アニタが呟くと、「みんな!」と犬乃が声を上げる。
「あっち! 別のカブトムシ!」
●二本角
時間は僅かに遡り。
三本角の脇をすり抜けた相川達だったが、次の瞬間、別のカブトムシに行く手を阻まれてしまっていた。
「二本角、ですの」
いち早く車を飛び出した橋場が、その姿を確認した。
二本角のカブトムシ。二体目だ。
「どうしましょう、犬乃さんを助けに行かなければなりませんが……」
メレクが光の翼を発現しながら、惑う。こちらを無視するわけにもいかないが、二本角を無視するわけにもいかない。
「とりあえず、こっちはこっちでやるしかないわね」
ナヴィアも同じく翼を現し、低空飛行する。
「力は大したのもなのでしょうけれど、上への対処は果たしてどうかしら?」
ナヴィアはアズラエルアクスを二本角の背中へ思い切り振り下ろす。ガゥン! と激しい振動音が響いた。
二本角の装甲は硬い。けれどナヴィアの攻撃は、それ以上に効果を発した。
二本角の背中の甲殻に、一本の傷が生まれる。
『――――!』
二本角は、形容しがたい高周波を発する。それは叫びに似ていた。
ナヴィアはすっと二本角から距離を置き、今度はメレクがその背に雷の矢を降らせる。
「こっちです!」
上空から攻撃する事で、二本角の意識を車からこちらへ逸らそう。
メレクはそれを狙っていたが、しかし。
二本角はそのまま前方の車へ向けて突っ込んだ。ガッと車体の下に下の角を差し込み、上の角とで挟み込む。
「しまった、車が……!」
相川がハッとなって声を上げる。
間に合わない。虫特有の反射的な動きに、空中のメレク達も対応出来ない。
(そこまで徹底的に車を狙うのか……!?)
相川は思う。けれど、別に二本角の車への執念が強かった、というわけではなく。
二本角はそのままその車を、ナヴィアの方へ向かってぶん投げた。
ゴンっという鈍い音が、夜の道に響く。
二本角の意識は確かに空中へ向かっていた。しかしそれ故に、空中への攻撃手段に乏しい二本角は、投擲という手段に出たのだ。
「大丈夫ですかっ!?」
メレクが声をかける。
「えぇ、大丈夫……」
ナヴィアは平然と答え、二本角を睨む。
大きな質量とスピードではあった。とはいえ、それくらいで死ぬ撃退士ではない。
また、空中だったことで威力が逸れたのか、ナヴィアの傷は深くない。
車はごぅん! という轟音と共に大破。同時に車のライトも途絶えたため、辺りの闇は深まる。
だが、破壊されることも念頭に入れ、予備の車は用意していた。
むしろ、車を守る事を考えなくて良くなった分、撃退士達は動きやすくなったろう。
「凄い力、ですの……なら、こちらも……」
ぽぅ、と、橋場の左目に、紅い光が灯る。
(…全部倒す、もう同じ事がないように)
橋場は二本角の正面に立つと、斧を構え、掛かってこいとでも言うように指をクイと動かす。分かってか分からずか、二本角は先程と同じく高周波を放ちながら、橋場へ突っ込んだ。
それに合わせ、橋場はエクスキューショナーを振りかぶる。
ひゅんっ。空気を裂く、音。
それから、ギャイィィン! と反響するような、爆音。
……橋場は、手紙の子の気持ちがわからない。
いや、想像することは出来るのだが、想像する『まで』しか出来ないのだ。
撃退士になるまで、あの手紙の子のように天魔の事件に巻き込まれたことがないから。
だからこそ、橋場は思った。
同じ事が起らないよう、殲滅しようと。それも、自慢の力を正面から、完膚なきまでに。
想いは、重たい刃へ上乗せされる。
やがて、キシっという軽い音が、反響音の中に混じった。
キシキシっ。それは少しずつ大きくなり、やがて。
バキッ!
橋場の斧は、二本角の角を叩き折ったのだ。
「二本角が、一本角に……!」
メレクは感嘆したように声を漏らす。が、次の瞬間には我に返り、隙だらけの二本角の背に、再び上空から雷の矢を降らせる。
それがトドメとなったのか、二本角は動かなくなった。
メレクはふぅと息を吐きながら着地し、デジタルカメラを取り出し、それを撮影する。
「メレクさん、一体何を……?」
「この写真を、依頼主達に渡そうかと思いまして」
相川に問われ、メレクは答える。自分たちの家族を傷つけ、或いは奪ったモノの末期を、しっかり伝えるつもりなのだろう。
「……いや、待って」
不意に、相川が呟く。
「一本角だ」
「え? 確かに一本になりましたけど、それが何か……」
「違う、もう一体『来る』んだ。きっと一本角のカブトムシだ」
相川が、眉根を寄せながら中空を睨む。
と、その言葉の通り、かしゃんという軽そうな音と共に、一本角のカブトムシが降って来た。
●一本角
「大丈夫ー?」
新たなカブトムシの出現を確認した後続車メンバー達が、先行車メンバーに合流する。
目の前にいるのは、一本角の巨大なカブトムシ。
『――!』
カブトムシは、二本角のカブトムシを視界に入れると、謎の高周波を発する。
「仲間、ってことか……」
だとすれば、仲間が倒された事に怒っている可能性もある。
相川は注意深くその様子を窺いながら、一本角の気がそちらへ向いているうちにと、氷の錐を生み出し、一本角へと放つ。
「無駄に硬そうだけど、魔法にはどうなんだろう?」
攻撃は簡単に命中した。が、一本角は大したリアクションも見せない。
代わりにぶぅんと羽を広げ、相川へと突撃していった。
「……っ!」
相川は咄嗟に障壁を発生させ、その攻撃を受ける。
「っぐ……!」
盾を通してでも伝わる、衝撃。一瞬、気を失いそうになるのを堪え、ソウルサイスでのカウンターを狙う。
魔法の刃が、一本角へと届く。一本角は刹那、僅かに狼狽えた。
瞬間、宙から犬乃が、一本角の頭へ攻撃を叩き込む。ぐら、とカブトムシの角の先がぶれる。
「臥虎蔵龍、氷鞭打!」
その隙をつき、アニタが氷の鞭を一本角の背後から放つ。
側面からはポラリスと七瀬の銃撃。
「さっきから隙だらけだぜ!」
「皆ナイスよー。これならすぐ倒せそうね」
『――ッ!』
カブトムシは激しく鳴きながら、無茶苦茶に角を振り回す。怒りと痛みで、わけがわからなくなっているのかもしれない。
実際、この半分の数を相手に三本角と二本角は破れた。全員を相手にし、一撃を与えたとして、一本角に勝てる見込みは無い。
『……――っ』
一本角もそう判断したのか、飛翔し、逃げようとする。
「……固いのは正面から叩き割るのが好きなのよね」
が、瞬間、空中からナヴィアが翅を切り落としに掛かる。
左の翅が甲殻ごとねじ曲がり、カブトムシは大きくバランスを崩した。
「無駄に堅くても急所はあるだろう?」
相川も、弓で右の中羽を狙い撃つ。両方の羽を損傷した一本角は、飛ぶ事に失敗。再び地に堕ちる。
「さぁニンジャの時間だ…影時シャドー★クロック!」
八岐大蛇を逆手に構えた犬乃が、死角からトドメの一撃を加える。
「――! ……」
一本角も、沈黙。
彼らの角の力は、マトモに当たれば驚異的なものだった。けれど彼らには人の持つ知恵も、心も、理解出来なかった。知らなかった。
それが敗因であることに、気付いた虫はいなかっただろう。
●零本角……じゃなくて、ゼロ。
結局車は一台潰れてしまったので、予備に用意した車を使い、八人は山中を走り回っていた。けれどあれ以上カブトムシは現われなかったので、三匹で全てなのだろうという結論に至ったのだ。
失った命は戻らない。けれど、同じ理由で失われる事は、もう無い。
(安心して、眠って下さい……)
自身も傷ついた体を無理に立たせながら、相川は被害者達に、心の中で祈る。
その隣では、犬乃が道路脇に花を供え、手を合わせていた。
「敵は、取ったから」
また、メレクは一本角と三本角の写真も取って、データを確認していた。
間違いなく、倒した。敵は取った。
それが何よりの手向けであり、救いだと、この場の多くの撃退士は思っていたろう。
橋場は無意識に、身につけたぼろぼろのリボンに触れる。
七瀬もまた、亡くした弟のことを思い出し。各々が何かを思いながら、僅かな間、静かな道路に佇んでいた。
そうして。
「帰りは運転代わってよねー!」とポラリスが言うので、相川と橋場が運転手を務めることとなった。
実際、何時敵が襲って来るとも分からない状態で車を運転することは、かなりの負担になっていたろう。
それに、下手な運転をしていれば、カブトムシに出会った瞬間ふっ飛ばされていたかもしれない。
この二人が運転してくれていたから、今回の依頼も成功に持ち込めたのだ。
「……あら」
帰り道、アニタがふっと気付いたように声を上げた。その隣では、ポラリスがすぅすぅと寝息を立てて眠っている。
「さっきまで身だしなみ整えてたんに……もう寝てもうた」
言いながら、アニタもふあぁと欠伸を一つ。
彼らは結局、夜の間、一睡もせず走り回っていたのだ。無理も無いだろう。
ようやく昇って来た朝日が、目に眩しかった。