●壱の道
「なかなか面白い催し物だな」
祭りの内容を聞いた風雅 哲心(
jb6008)は、そう思う。
「これがディアボロのせいで終わりになってしまうのは惜しい。奴らを倒し、これを今後も続けられるようにしないとな」
そんな彼が選んだのは、壱の道。他にも二人の撃退士がその道を選択していた。
「勇気か……」
ナイトビジョンで視界を確保した陽波 透次(
ja0280)は呟く。
「天魔に立ち向かう事に恐怖を感じない僕にとっては、今回の探索も勇気にはならないんだろうな……」
恐怖を感じ、それを乗り越えることが勇気だとしたら。それを感じない自分には、勇気など生まれない。
(むしろ臆病だからだろうか……人見知りで臆病で、身内以外の人と上手く付き合えない分の刺激の不足を、こんな事で求めてしまっているのかな……)
生と死の狭間に立って、彼は漸く生きているという実感を得られる。勇気とは似ても似つかない感覚だ。
(勇玉は僕には勿体無いな)
陽波は苦笑する。でも、ディアボロは何とかしよう。彼は強く誓った。
(こんな僕にも守れるものがあるなら)
最後の一人は、ゴンザレス 斉藤(
jb5017)だ。
「実は実戦は始めてなんでな。さすがに不慣れすぎる場所で戦うのは少々荷が重い」
彼が壱の道を選んだのは、その為だった。ヘルメットに懐中電灯をくくりつけ、注意深く辺りを窺う。
「他のルートはさらに厳しい、と思うと、他の面子が心配だな……」
自分にも余裕があるわけでも無かろうに、他のメンバーまで心配するゴンザレス。
彼は風雅や陽波の挙動を良く観察していた。戦闘経験が無い故に、二人の動きを参考にしようと考えていたのだ。
「……いた」
と。曲がり角で警戒していた陽波が、小さく声を出す。蝙蝠型のディアボロを発見したのだ。
その一声で、三人は戦闘体勢へ入る。
「ここは手前ぇらのようなやつらがいていい場所じゃねぇ。一体残らず潰してやる」
風雅が片手で雷帝護符を構え、蝙蝠共に啖呵を切る。
『キィキィッ!』
蝙蝠が甲高い鳴き声と共に、風雅に飛びかかって行く。が、風雅の方が早い。近づかれる前に護符を構え、雷の刃を放つ!
『キィィ……』
それを喰らった蝙蝠は、ふらふらと地に堕ちる。耐久性は高くない。
だがいかんせん、数が多い。仕留め損なった他の蝙蝠が、風雅を噛み付こうと狙う。
『キィッ!』
けれどその蝙蝠も、一声鳴いて絶命する。体には矢が突き刺さっていた。
ゴンザレスの援護射撃である。
「さて……、那須与一……まではいかなくても、弓でしっかり戦える所を見せてやる」
そう言って、ゴンザレスは次々と矢を射っていく。直接狙うというより、蝙蝠の移動先へ向けた攻撃だ。蝙蝠達が動きにくそうにしているところを、改めて風雅が雷帝護符で撃ち落とす。
(もっと冷静に、もっと拍子を感じ……決して驕らず、決して恐れず)
一方の陽波は、群がう蝙蝠達の攻撃を一つ残らず避けて行く。
(……回避は防御じゃない、攻防の攻め)
敵の攻撃を避けつつ、陽波は八岐大蛇で蝙蝠を斬り払う。
そして注意深く位置取り、可能な限り蝙蝠の死角を狙った。複数の鎖のついた鉤爪が、蝙蝠の体を縛り上げ緋色に輝く。
(もっと早く早く早くッ……誰にも触れさせないくらいに……!)
数は多い。だが捌き切れない量じゃない。避けられる。早く。早くッ。
「なんとか弓で壁際に誘導してみる挟み撃ちできるか?」
ゴンザレスの言葉に、陽波はこくりと頷く。タイミングを合わせ、弓と手裏剣を同時に放つ。
弓に銀色の炎が包み、煌めく矢の一閃。ボゥンッ! 爆雷符の爆発と共に、蝙蝠の死骸がまた積まれた。
「こいつで終わりだ。―――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
風雅が荒々しく叫ぶと、それに呼応し、雷が野太刀めいた形状に変化する。
雷光轟竜斬。風雅の必殺の剣が、蝙蝠の身を引き裂いた。
『キィァァァッッ!』
鋭い断末魔。そして訪れる、静寂。
「こっちは大体済んだようだな」
ゴンザレスが呟くと、それを保証するように陽波が頷く。
「結構時間を食ったな。先に行く、もしかしたら誰か着いてるやもしれんしな」
風雅はそういうと、磁場形成を発動。確認の為、先を急いだ。
●弐の道
「私は身長低いから「弐の道」を選ぼうっと」
ペンライトを頭にくくりつけながら、夏野 夢希(
jb6694)はそう選択していた。
天井が低く、立って歩けないのが弐の道の特徴。ただ実際背の高くない夏野は、かがむだけで多少は楽に進める。
「玉って持ち帰ると何かいいものもらえるのかなぁ?」
なんてことを考えていられる程度には。一言で言って勇者扱いされるので、多分何かあるのだろう。
そして、そんな夏野以上に身長が低い撃退士が一人、先頭を歩いていた。
「勇気……かっこいいですね。僕にも分けてほしいです……。」
四条 和國(
ja5072)だ。132cmという低身長の彼は、所によってはかがむ必要さえ無かった。
その事に内心ショックを受けつつも、勇気を出して進む四条。先頭を進むのも、自分から言い出したことだ。
「く、暗い……。けど村の人たちのためにも頑張らないと!!」
「毎年頑張ってる行事だもんね。イヴァ出番だよー、よろしくね」
意気込む四条。その隣に、イヴァと呼ばれるヒリュウが召喚される。アッシュ・スードニム(
jb3145)の召喚獣だ。アッシュはイヴァに松明を持たせ、四条と共に先行させる。
「伝統行事かー、楽しそうだねぇ」
召喚主のアッシュはといえば、祭りの事を思って興味深そうに尻尾を振っていた。
「終わったらお祭り……お土産買ってかなきゃ」
そうしてそんなことを考えながら、無邪気に翼をぱたぱた振るうのである。
ちなみにアッシュも低身長の方だが、彼女は他二人と違い、四つん這いのわんこのようなスタイルで洞窟を進んでいた。自由奔放である。
「い、いました! ディアボロです!」
四条が声を上げる。蝙蝠型だ。言うと同時に、四条は烈風の忍術書を取り出し、風の刃で一体吹き飛ばした後、後方へ下がる。
「同士討ちには気を付けましょうねっ!」
その際、四条は改めて二人に呼びかけた。
多少の視界を確保しているとはいえ、十全に見えているわけではない。特に射程の長い攻撃を放つ時には注意が必要だ。
「はいっ……」
「了解だよー」
夏野とアッシュはそれに頷くと、注意を新たに立ち回る。
まず、四条の代わりにアッシュが前へ出た。そして飛龍翔扇を一閃。敵を牽制する。
「狙い目だね……イヴァ、行くよ!」
イヴァがブレスで力一杯蝙蝠を攻撃。『キィィ』と蝙蝠が数体イヴァへと飛びかかって行く。
「隙あり、こっちだよー」
が、今度はアッシュ自身の攻撃で、イヴァへと向かった蝙蝠を後ろから叩く。視界の同期を活用し、蝙蝠達を上手くかく乱していた。
「そこ、ですっ!」
夏野も負けてはいない。蝙蝠共の軌道を予測しながら上手く回避し、隙を見てサンダーブレードで切り払う。
蝙蝠はキィキィと鳴きながら痺れ、堕ちる。そこにニヴルヘイムで止めを刺した。
「これで終わり……でしょうか?」
そして、ディアボロの鳴き声が消える。「気配は感じないです」と四条が答えた。
「それじゃあ奥に行こー!」
アッシュがまた四つん這いになり、犬のようにとてとて駆けて行った。
●参の道
「いつもの事じゃが、ほんに傍迷惑な輩よな」
話を聞いた白蛇(
jb0889)は、そう言って嘆息した。
「伝統あるお祭りですから、今後も行う事が出来る様にディアボロは退治したいですね」
鑑夜 翠月(
jb0681)もそう感じている。今倒さないと、今後の継続も難しいのだ。
「……安心されよ。わしらが退治てくれる」
そして村人にそう告げ、参の道へと足を踏み入れた。
「確かに、これは誰も通らないですね」
神棟星嵐(
jb1397)はその光景を見て、呟いた。明かりの無い水路。足が着く高さでもない。前人未踏のコースとは聞いていたが、下手に一般人が入り込めば死者も出かねないのではなかろうか。
とはいえ、ここは撃退士である。神棟はナイトビジョンで視界を確保しつつ、平泳ぎでじっくり確実に進んだ。
鑑夜もコグニショングラスを付け、泳いでいる。泳いでいないのは白蛇くらいのものか。
「水深が深いといえど、我が堅鱗壁にとっては庭も同然」
堅鱗壁とは、他のテイマーで言う所のストレイシオンである。堅鱗壁は泳ぎが得意。白蛇はそんな彼のに乗って、松明を片手に洞窟を進む。
「……いたぞ」
と、白蛇が二人に告げる。蝙蝠ディアボロだ。
白蛇は空いた片方の手で影の書を構える。影で出来たような槍が、蝙蝠達を襲う。
『キキキィィ!』
けたたましい叫びと共に蝙蝠が倒される。同時に、神棟がクロスグラビティを発動。闇色の逆十字が、複数の蝙蝠達の動きを重たくする。
鑑夜も、水面からのファイアワークスで蝙蝠の一掃を図った。洞窟内に複数の爆発が起こり、その度にディアボロがぽちゃぽちゃと水の中へ落ちていく。
『キィィッ!』
が、それに紛れて攻撃を受けていない蝙蝠も水中へ潜っていた。翼を水掻き代わりに、鑑夜へ噛み付こうと狙う。
「……っ!」
鑑夜は咄嗟にナイトドレスを発動。ダメージを抑える。
この蝙蝠、水中もいけるらしい。とはいえ想定していなかったわけではない。鑑夜は落ち着いて死者の書を活性。白い羽根によって攻撃して来た蝙蝠を撃退しておく。
「ほんに数が多いのぅ……!」
他の道でもそうだったが、この蝙蝠、強さは兎も角数だけはやたら多い。近づかれる前に敵を堕としていた白蛇だったが、打ち漏らした一匹が近距離まで接近してくる。
瞬間、堅鱗壁が雷のようなものを撃ち出し、これを撃破。「よくやった」と白蛇は褒める。
神棟は、水中に侵入して来たものや水面近くの個体を狙い、ソウルサイスを振るう。
最初は暁天珠で遠距離戦を展開していたのだが、近づかれてしまった。
水中で多数を相手していたのだ。だんだんと接近されるのはやむない。大鎌で蝙蝠共の体を引き裂きつつ、神棟は状況を見極める。
(随分寄って来たな……キリがない)
これ程集まっていれば効果も十分だろう。
神棟の周りが急激に凍てつく。蝙蝠達は急に動きを止め、ぷくぅっと水面に浮き上がり出した。眠っている。氷の夜想曲を使用したのだ。
「あと一歩だ」
起きている個体に鎌で斬りつけながら、神棟は言う。殆どの敵は倒した。後は寝ている奴だけ。
この道も、問題なく蝙蝠が一掃されていっていた。
●終局・勇玉の間
「ここにもいやがったか。まずはあいつらを待つしかないな」
磁場形成で先行していた風雅は、奥に居たものを見て身を隠した。
きっと、村の男性が聞いた野獣らしき声はこいつだろう。風雅は見当を付ける。
『グルルルル……』
虎である。それはもう虎である。が、野生の虎がこんな所に居る筈が無い。ディアボロなのだ。
「狼じゃなかったんだー」
とてとてとわんこスタイルのアッシュもやって来た。どうやら野獣の予想が外れたようである。
「成る程、虎穴に入らずんば虎児を得ず、とは言うがのぅ……」
そう呟くのは白蛇だ。彼女も到着したらしい。
そして、各道のメンバーも続々奥の間に辿り着く。
「成る程、最後にあれを倒さなきゃいけないんですね」
「さっきの蝙蝠と違って強そうだな……」
「ま、まぁでも、あれを倒せば終わり、です、よね……?」
状況を理解し、口々に呟く撃退士達。急に合流して人数が増えたせいか、夏野はどこかビクビクしている。
「それじゃあ、ボクが前衛で壁になるよ」
ざっと打ち合わせをして、最後の戦いが始まった。
『グルァァァッ!』
現われた撃退士に、虎は激しい威嚇行動を見せる。ビリリ。叫び声だけで洞窟が震えるような感覚だ。
アッシュが虎の前で気を引いている間、他の者達が攻撃する。
ボゥンっ! 陽波の爆雷符が炸裂し、小爆発が起きる。瞬間、風の刃が虎の身を襲った。『グゥゥ!』四条の忍術書による攻撃だ。
「虎風情が我らに勝てると思うなよ?」
別方向からは、白蛇が影の書から槍を飛ばして攻撃。
近くへは、茜色の刃が飛ぶ。これは暁天珠による攻撃。神棟だ。
「参考になるな、これは」
同行者全員の動きをよく観察しながら、ゴンザレスは聖火によってロングボウを銀色の炎で包む。
そして、射撃。矢は虎の足に突き刺さる。
「はぁっ!」
気合いを込めて接近するかけ声は、風雅のもの。手には、雷の太刀。雷光轟竜斬である。竜の名を冠した剣と、虎の身を持つディアボロの戦いである。
アッシュや攻撃に気を取られていた虎は、それを避けることが出来ない。
『グルァァっ!!』
痺れたように後ろ足を着く虎。「私もっ……」夏野がその隙を逃さず、サンダーブレードで追撃。
『グル、ゥゥ……』
明らかに弱る虎。もう少しだ。
……その時、鑑夜の身の周りに、どことなく邪悪な風が吹く。
ヘルゴート。夜を歩く者達の、アウルの力を高めるスキル。
風を纏った鑑夜は死者の書を開く。そして書に与えられたアウルが、白い羽根を生み出し――
――虎へ、向かう。
『グ……グルァァァァッッ!!』
それが決壊点だった。虎は崩れ落ち、四度目の静寂が洞窟に訪れた。
玉を誰が持つか、決めるのはそう難しくなかった。
というのも、大半は玉に興味はありつつ、持ち帰ることまでする気は無かったからである。
「なら、こいつは俺が取るとしよう」
なので取り合いになることもなく、奥の間に最初に辿り着いた風雅が持ち帰る事となった。
「なるほど、これを競って持ち帰るのか。実に興味深い」
ゴンザレスは玉をデジカメで撮影しながら、呟く。玉は心臓大の翡翠の塊だった。半透明の緑色が美しい。
撃退士達はそれから洞窟内を再度見回し、打ち漏らしが無い事を確認し、洞窟を出る。
「勇気……少しは取り戻せたのかな」
四条は一人小さな声でそう言った。彼がこの依頼中、確かな勇気を見せていた事を……彼自身は、まだよく気付いていないのかもしれない。
●それから、祭り
勇玉祭は大盛り上がりだった。
「お面買って、わたあめ買ってー……あとは、焼きそば?」
何で見た知識だろう。天使のアッシュは出店を見て回る。「あ、フランクフルトだー」とあちらの店に行ったと思えば、「焼き鳥に、豚串?」とこちらの店へ走り回る。神棟がそれに同行して、焼きそばやらなにやらで腹を満たしていた。
二人から少し離れた所では、白蛇が酒を片手に祭りの喧騒を楽しんでいる。戻った平和に、撃退士も村人も大喜びなのだ。
玉を持ち帰った風雅は、『勇気あるもの』としてご馳走を戴いていた。
ちなみに後で聞いた話なのだが、玉はその年の『勇気あるもの』が、後で戻しにいかなければならないようだった。
祭りは続く。今夜も、来年も、その次も。
撃退士達は、この賑やかな伝統を、無事に守る事が出来たのだ。