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「撃退士と魔法少女なんて似たようなもんじゃないか。違うのは奇跡が起こせないってことくらいで……」
話を聞いて、そうぼやくのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
だがその口調の割に、彼女はしっかりと舞花の夢を叶えてやりたいと思っていた。
ラファル自身、体を機械化する時、何かに縋りたい気持ちは持っていた。だから舞花の不安で心細い気持ちも、彼女にはよく分かるのかもしれない。
生憎、彼女の前には魔法少女もタキシード仮面も現われなかったけれど。それでこんなこと性格になったのか……というのは、また別の話だ。
「さて、僕の平凡を始めますか」
柚島栄斗(
jb6565)が、大筋を再確認して呟く。
病院には事前の説明をしてあった。他の患者に迷惑を掛けないようにと釘は刺されたが、撃退士達の活動に許可は降りている。
「平凡さには平凡さを。誠実な少女には誠実な夢を」
窓辺舞花と最初に接触したのは、柚島だった。
「そっか、怖いですよね。僕も人並みに死ぬのが怖いから分かりますよ」
「柚島さんも、わたしと同じ病気……なんですよね」
「えぇ。君と同じ心臓の」
柚島はそう答えながら、若干不安そうな様子を見せる。
……が、これは嘘だ。柚島は病気などではない。至って健康体である。
舞花と距離を縮める為に、彼は偽装入院をしたのだ。
「こう不安だと、勇気が欲しくなりますね」
「はい。……勇気、かぁ」
舞花はそう言って、窓から遠くを眺め、溜め息を吐いた。
(いいなぁ)
そう思いながら舞花を見ていたのは、同じく撃退士のソーニャ(
jb2649)。
彼女は、母娘というものに興味があった。知らないから、だろうか。
彼女には記憶が無い。だから親なんて、いないようなものなのである。
ソーニャは透過能力を使いながら、舞花の様子を撮影していた。
(魔法少女がいて、会って。それで勇気って出るものなのかなぁ)
ソーニャにはイマイチそれが理解出来ない。舞花にとっての『魔法少女』とは何なのか。それがまず彼女にはわからないのかもしれない。
(魔法少女はなんで戦うんだろうね)
わからないから、ソーニャはそれを考えた。
「うっ……」
舞花が一人で病院の敷地内を歩いていると、突然心臓が痛んだ。
苦痛に顔を歪めながら、舞花はその場にうずくまる。
「ねぇ君、辛そうだけど大丈夫?よければ、病室まで送るけど……」
と、そんな彼女に声をかける一人の人間。犬乃 さんぽ(
ja1272)だ。
「……ありがとう、お姉ちゃん。でも、ちょっと休めば大丈夫……」
舞花はそう答えると、すぅはぁと何度か深呼吸をする。
「ならいいけど……」
犬乃はちょっと困った顔をして、「ボク、男だよ?」と訂正した。
「え、でも……」
セーラー服を身に纏ったその姿は、どう見ても女の子のそれである。
舞花は指摘しようかと考えたが、結局止めておくことにした。
●
さて、夜になった。
「女の子の格好するの恥ずかしいけど、これで窓辺ちゃんが勇気を出してくれるなら」
犬乃は恥ずかしさに赤くなりつつ、決意を固める。
普段から女の子の格好をしているという自覚は無いらしい。
「魔法少女か……僕はどこに向かってるんだろう」
一方、森田良助(
ja9460)も、スカートを気にしながらそう呟いた。
名前から分かる通り、こちらも男の子。
軽量女子制服着用の、れっきとした男子生徒だ。
目にはつけまつげ、髪には簪。その様はどこからどう見ても女の子なのだけれど。
女装に違和感が無い者はもう一人いた。紺屋 雪花(
ja9315)だ。
事前に準備した花の確認をしていた彼も、見事なドレスを着用している。
二人と違うのは、そこに照れが存在しないことだ。
かつて美少女マジシャンとして舞台に立っていた彼にとっては、魔法少女を演じることもその延長でしかないのだろう。
「おい、俺と契約して魔法少女やってくんない?」
ラファルはクマの着ぐるみを身に纏い、どっかで聞いたような台詞を口走る。
手にはオリハルコン製の鉄パイプ。なんというかシュールな光景である。
各自の準備は万全。
魔法少女の夜が始まる。
●
「こんばんは。ちょっといいですか……?」
こんこんとドアをノックし、柚島が舞花の病室へと入った。
「柚島さん? どうしたんですか?」
「ちょっと窓の外を見て下さい」
柚島に促されて見てみると、窓の外に何かがいた。
「あれ……狐……? でも……服着てるし、立ってる……」
そこには、人型の狐と、長い髪の人間。
「はい、僕もさっき見つけて……」
舞花が心配で知らせに来たのだと、柚島は語る。
「ここは不安や恐怖がたくさんじゃのう、良い花が育ちそうじゃわい」
「狐が喋ったっ……!」
薄らと声が聞こえて来て、舞花は驚く。狐は普通喋らない。
この狐、狐珀(
jb3243)である。久遠ヶ原の狐な悪魔。傍らにいるのはルーイ(
jb6692)だ。
彼女達は病院の花壇に、禍々しい色をした花を植えていく。
「後は、不安を増やすだけじゃのう……」
「私の美しさの足元にも及ばない花だけど、ね」
ルーイが尚花を植えていると、孤珀は病院を眺め、にたりと嗤った。
「っ……!」
舞花がビクッと窓から離れた。「どうしたんです?」と柚島が聞く。
「今、目が合った気がする……どうしよう、こっち来るかも……」
舞花は不安そうに柚島の顔を見上げる。
「大丈夫で……うっ……!」
彼女を安心させようとした柚島は、次の瞬間痛みに崩れ落ちる――
「柚島さんっ!?」
「何でだろう、あの花を見たら急に……ぐぅっ……!」
――フリを、した。もう一度言うが柚島は健康体である。
しかし舞花はそれを信じて、泣きそうな顔でオロオロする。そしてハッと気がついてナースコールを押すが、反応が無い。
「お願い誰か来てっ……!」
「誰も来ぬよ」
応えるのは、孤珀。いつの間にか病室に入り込んでいた。
怯える舞花に孤珀が手を伸ばそうとした、瞬間。
「待ちなさい! そこまでですわ……!」
「これ以上はボク達が許さないよ!」
二人の人間が、舞花の病室に乱入してきた。
「まさか病院に逃げ込むなんて…その子を解放しなさい」
片方はポニーテールで、もう片方はツインテール。「何者じゃ!」 と、孤珀が叫ぶ。
「気高き薔薇よ、わたくしの力となりなさい……ローゼンレボリューション!」
ツインテールの少女が可愛らしい杖をくるくると振り回し、ポニーテールは構えたヨーヨーの蓋をぱかっと開く。
辺りが光と風に包まれた。同時に軽快で明るい音楽が流れる。
「なに、これ……」
舞花が呆然と、しかしどこか魅入ったように呟いた。
音楽と光の中、二人の服装は次々に変化していく。
「強い勇気が悪しき敵を打ち砕く! 清き月の光……マジカル☆シェリア!」
「信じる想いが奇跡を呼ぶ、魔法のニンジャ マジカル☆さんぽ、参上だよ!」
それぞれロッドとヨーヨーを構える、彼女達。
そう、二人は犬乃さんぽとシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。
久遠ヶ原の学生にして、今宵限りの魔法少女である!
「見て、窓の外にも!」
柚島に促され窓の外を見ると、光と桜吹雪が花壇の周りを包んでいた。
「絶望照らす愛の花・マジカル☆ユキ!」
「マジカル☆リョウコ!」
「夢と希望のイリュージョン――イッツ、ショウタイム!」
「あなたたちの好きにはさせないんだから!」
そして光の中から現われる、二人の魔法少女。こちらは紺屋と森田である。
シマリングスタッフを構えつつ、森田は内心凄く恥ずかしいと思っている。が、顔には出さない。
「凄い……これ、まるで」
まるで魔法少女だ。舞花は思うけど、それ以上に状況について行けていない。
「小賢しいのぅ……来るが良いっ!」
孤珀は翼を広げ、窓の外へ飛び出す。犬乃とシェリアもそれを追って外へ出た。
「鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー!」
犬乃がヨーヨーを天高く放り投げる。投げられたヨーヨーは無数に分裂して、孤珀へ降り注いだ!
「ふふふ…、勇気の力が無い攻撃など効かぬぞ?」
しかし孤珀は余裕の笑みを浮かべると、お返しとばかりに複数の狐火を犬乃へ喰らわせる。
「ああっ」
「どうしよう、魔法少女の攻撃は効いてないみたいだ……」
舞花が短く叫ぶ。柚島は胸を抑えながら、さりげなく状況を説明してみせる。
「そんな……どうしたら……」
「ねぇ」
と、そこへ、誰かが入室して来た。ソーニャである。
「魔法少女て何故戦うと思う? 痛くて、怖くて、死ぬかもしれないのに」
彼女はそう言いながら、舞花達の近くへ行く。
「なんで……って」
「それはきっと、誰か守りたい人がいるからなんだろうね」
答えに惑う舞花に、ソーニャは自分の得た答えを口にする。
「守りたい、人……」
呟いて、舞花は再び窓の外を見た。
「わ、私も行くよっ!」
森田はシマリングスタッフからキューピッドボウに装備を変える。活性化対象を変えただけだが、傍目からは変化したように見えるだろう。
森田は弓を放つが、ルーイはそれを軽々と避けると、薄紫の光の矢で反撃する。
ギリギリで躱す森田。地面が次々とえぐれていく。
「やっぱり、勇気の力が足りないのか……! でも、諦めないんだから!」
森田は叫ぶと、緑火眼で両目を光らせる。
そして光纏で手の甲を激しく光らせながら、ぐぐっと弓を引いた。
「闇を浄化する光の矢、マザー・シューター!」
ぎゅいん! 力強い矢が、軌跡を描いてルーイへと飛んで行く。
が、それがルーイまで届く事は無かった。
「そのような美しくない攻撃で私を倒せると思っているのかい?」
主に顔を中心として、文字通りルーイの眼前にシールドのようなものが展開されている。
彼のスキル、美男子バリアである。
「美しさなら私だって負けてないっ!」
光纏で長くなった髪をなびかせながら、紺屋はそう主張した。
「髪だって私の方が綺麗だし、衣装も私の方が美しいし……」
「待って、今それどころじゃっ……」
ナルシスト勝負が始まりそうになっていたので、森田が慌てて止めに入る。
全員男とは思えない光景だった。
「どうしよう……」
さて舞花はといえば、優勢とはいえない魔法少女達の戦いに、危機感を覚えていた。
そんな彼女にソーニャが見せたのは、悲しんでいる舞花の母親の様子だった。
プロジェクターで映し出される母は、舞花の病気の事に悩み、涙を流している。
「ママ、なんで……?」
何で泣いているの?
「ママは自分より強いって思ってた? いつも優しくて笑ってるって思ってた?」
ソーニャが、問う。
「人は誰だって強くて脆い。ママは君がいればなんだってできる強い人なんだろうね。でも君がいない時は……こんなにも弱い」
「何が……言いたいの?」
戸惑う舞花に、「自分の為になんか戦えない。怖いのも痛いのもつらいのも我慢なんてできない」と、ソーニャは続けた。
「誰かのためだから戦える。誰かの為なら怖いのも痛いのもつらいのにも立ち向かえる」
「誰かの、為……」
「ママにとってそれは君なんだろうね。君がいないともうママは戦えない。ママは君の為の魔法少女」
「魔法、少女……」
それが、外で戦う彼女達とは少し違う意味なのは、まだ小さい舞花にも伝わっていた。
「君はママの為に戦わないの? 今、ママはピンチだよ」
大事な大事な娘を失うかもしれない恐怖で、潰れそうだ。
「君も魔法少女になりなよ。ママの為の魔法少女」
「でも……どうしたら」
どうしたらいいか、分からない。
「怖くて辛くても、勇気を振り絞り手術に立ち向かい勝つ。それがママの力になるよ」
「勇気を、振り絞る……?」
そういえば、さっき……。舞花は、窓の外を見る。
「食らいなさい、ムーンアロー!」
「ふふふ……勇気の力が無ければ無意味と言っておるじゃろう」
そこは相変わらずの劣勢だ。このままでは、魔法少女達が負けてしまうかもしれない。
「ぐっ……う……」
「柚島さんっ!?」
再び苦しみ出す柚島。
「舞花ちゃん……僕のことはいいから、彼女たちを応援してあげてください」
「でも、柚島さんこのままだと……」
「舞花ちゃんの勇気が彼女たちの……舞花ちゃん自身の力になるから」
柚島はそう言って、苦しげながらも笑顔を見せる。
「精霊には想いはあるが勇気がない。勇気は人間だけがもっている」
と、突然部屋の中に、クマなラファルが出現した。
「着ぐるみ……?」
「俺は精霊だよ。でも修行中だからな」
ラファルはそう言い訳しながら、その場で姿を消したり現したりしてみせる。
「凄い……」
舞花は慣れたのか、素直に信じる。
「でも、勇気って……私には無いよ……」
手術を怖がってしまう。
「ボクはボクの思い人の為に魔法少女になる」
そんな舞花に、ソーニャは言う。
「痛くても辛くても怖くても逃げないよ。魔法少女って特別じゃない。みんながそうなんだ」
「皆が……」
「成し遂げたいと言う想いとほんのちょっとの勇気が鍵さ。俺は見ているよ、舞花。君にもその資格があるかどうかね」
ラファルもそう言って、彼女の決意を促した。
「……私は……」
ぎゅうと服の胸を掴み、舞花は窓の外へ身を乗り出した。
そしてすぅっと息を吸って、叫ぶ。
「皆、頑張って! 私も手術、頑張るからぁ!」
「今よ!」
そこからは、一瞬だった。
劣勢だった筈の魔法少女達が、明らかに強くなった。
「これが少女たちの勇気と優しさの力。何と美しい……」
呟きながら、影縛りを受けたルーイは今度こそマザー・シューターを喰らう。
「おのれ……覚えておれー!!」
孤珀は一声叫ぶと、ルーイを連れて退散した。
「大丈夫? 怪我はないかしら?」
その後、シェリアが舞花の病室へ戻る。
「怖い思いをさせてごめんなさいね。お詫びと言っては何だけれど、これを貴女に差しあげるわ」
そう言って差し出したのは、マジカルステッキ。
「これは勇気を出せるお守りです。何にでも強くあれるように、って」
「勇気を出せる……」
舞花がそれを受け取ると、シェリアはぱちっとウインクを返す。
「貴女は一人じゃない。わたくし達がずっと見守っているもの」
「舞花ちゃん。魔法のような奇跡は、奇跡を信じる勇気があって起こるんだと思います」
ぽつり、呟く柚島。
「僕はそれを証明するために手術をうけることにしました」
私はどうしよう。舞花は杖を握りしめ、窓の外を眺める。
「あ……」
植えられていた筈の禍々しい花が、白い花に変わっている。
紺屋がステッキを振ると、気付かないうちに白くなっているのだ。
犬乃は変身を解くと、一瞬舞花の方を見てから去っていった。
(窓辺ちゃん、がんばって)
舞花はそれが、病院であったお兄ちゃんだと気付く。
「……頑張るよ。勇気、出たから」
舞花は一人、呟いた。
●
暫く後、久遠ヶ原にある連絡が届いた。
手術は、成功したという。