●調査
「曾祖母っていえば、今から60年ぐらい前か? シグレさんが付き合っていたってのもそのぐらい前?」
「いや……もっと前だ。俺とミヨが一緒に居たのは……そうだな、80年くらい前、か」
シグレと美奈子の件に関して、話を聞いた撃退士達は、まず事実関係を調査することにした。
龍崎海(
ja0565)はメモを取りながら、「医学生として一言」とシグレに注意する。
「家族を作る覚悟がなかったのならちゃんと避妊しなさい。できた子供がかわいそうでしょ」
●学園
「この度はどうも、少しお話をさせいただいても?」
シグレに声をかけたのは、カミル・ハルトシュラー(
jb6211)
「どうも。ええと、俺に何か?」
「いやあ、最初は美奈子さんに若かりし頃のミヨさんのお写真をお借りして、などとも思ったのですが、確認するつもりがあるなら、シグレさんご自身で割合簡単に出来ることなのですよね。それでもしなかったのは、何か理由があるからなのかな、と」
カミルが指摘すると、シグレは少し狼狽えたように目を伏せる。
「時間の経過は残酷ですよね」
「……え?」
唐突なカミルの言葉に、シグレは一瞬何のことかわからない。
「人間は時間と共に老い、死んで行く生物ですから。置いて行かれる立場、愛する人との別れ、その恐怖と孤独は察するに余り有るものがあります」
「……あぁ……」
複雑な表情になるシグレ。あまり突っ込まれて気持ちのいい部分じゃないのはカミルにも分かっていたが、それでも彼には言う事があった。
「でも、美奈子さんを諦めさたいという件には、私、ちょっと怒ってます。恋を終わらせるつもりなら、ご自分でお断りすれば良いだけですのに、なぜ態々、相手の心変わりを願ったのですか」
それは、とても卑怯だ。相手の気持ちにも、自分の気持ちにもちゃんと向き合っていない。
「今、皆様が美奈子さんの血縁関係について調べておいでです。それでどんな結果が出ようとも、恋を続けるも、終わらせるも、シグレさんご自身でお決めになり、行動なさってくださいね。他人からの指図で決め、行動を任せてしまっては、後悔と自己嫌悪を一生ずっと引き摺りますよ?」
ただ自分も相手も傷つけて、暗い思いだけが最後に残る。
「美奈子さんにも、シグレさんからきちんとお伝えください。彼女はあなたからの言葉以外は受け付けないでしょうから」
気持ちをぶつけるというのは、そういうことだ。
誰かが間に入っても、本当に伝える事は出来ない。納得出来る筈が無いのだ。
「と、言いたいことを言わせていただきましたが、願わくば良き恋を。泡沫であろうと、あなたが忘れない限り、それは永遠の幸福となるでしょうから」
(ああ、そんなシナリオのゲームも以前遊んだね。その時の彼らは、どんな結論を出したのだったかな)
ベルメイル(
jb2483)は、シグレの話を聞いて前にやった美少女ゲームの内容を思い返す。
血の繋がった相手との、禁断の恋。愛と倫理の狭間で苦しんだ彼らは、どうやって……
「あぁ、そこの君」
と、ベルメイルは通りがかった一人の女子生徒に声をかけた。
「え、何です?」
その女子生徒は、水上美奈子。ベルメイルは、廊下で彼女が通るのを待っていたのだ。
「今、校内で親族の想い出話を集めているんだ。協力してくれないかい?」
「そうなんですか」
美奈子は彼の嘘をあっさりと信じ、「そうですねぇ」と考え込む。
「やっぱり、ひいおばあちゃんのことでしょうか。最近も先輩に話したばっかりなんですけどね」
「曾祖母とは珍しいね。世代が二つも三つも違うと普段言う事も違うのかな? 口癖とか何かあったのかい?」
ベルメイルは、美奈子からミヨの情報を得ておこうと考えていたのだ。
「んー……口癖とはちょっと違いますけど、悪魔って表現が好きじゃなかったみたいです」
「そうなのか。好きじゃないっていうのは、どんな風に?」
興味深い情報に、ベルメイルは更に問う。
「悪い人とか、罵倒する使い方で悪魔って言葉を使うと、嫌そうな顔するんですよ。悪魔だって悪い人ばかりじゃないって。もしかして、天魔に会った事あるのかも」
「そうかもしれないね」
ベルメイルはもう一つ二つ質問を重ねたが、それ以上面白い情報を手に入れることは出来なかった。
●調査
「分かります、とはいえませんがつらいですよね。僕らはいつも皆を置いていってしまう」
和泉 恭也(
jb2581)は、小さく呟く。何かを思い出すように。
彼の脳裏には、かつての恩人達の姿が浮かんでいた。彼とて天使である。やはり、多くの別れを経験しているのかもしれない。
「それでは、自分はこの地域で色々聞いて来ます。ミヨさんについては、お二人に任せますね」
「はい、わかりました」
こくりと鈴代 征治(
ja1305)が頷くと、和泉は別行動を始めた。
「そうですね、確かに最近とても暑いです……」
美奈子の実家へやって来た鈴代と龍崎は、最初は家の人と世間話をしていた。最初から色々聞くより、まずは打ち解けるべきだと考えたからだ。
「水上さんの曾祖母のお名前、ミヨというんでしたよね」
「えぇ、母は水上ミヨという名でしたが……?」
と、祖母が不思議そうな顔をする。
「実は、私の曾祖父がミヨさんに恩がありまして……」
ミヨのことを聞かせて欲しい、と龍崎は彼女に頼んだ。
「……そういえば昔、母について変な噂を聞いた事がありましたね」
「変な噂?」
「そう。母が妖怪だか悪魔だかに魅入られていた……とか。お隣のはぐれ天魔地位向上……なんとかさんは、この事を聞きに来たのでしょうか?」
その頃、町では和泉も真相に近づいていた。
昔からこの町に住んでいるという老人にシグレの写真を見せると、『知っている』と答える者もいたのだ。
「なんだっけ、『あいつは人間じゃなくて悪魔だ』って大人達が悪口言ってたな。俺はそん時子どもだったからよく知らないけど」
「じゃあ、この辺りで悪魔の子が生まれた、という話は聞いた事がありますか?」
「あぁ、あったよ。つっても、証拠のない噂だったけどなぁ……」
結局、シグレと美奈子の血が繋がっているという確たる証拠は無かった。
が、シグレの知るミヨと美奈子の曾祖母が同一人物だというのは間違いない様だ。
「そのヨミさんがかつての想い人だったとしても、美奈子さんが血縁とは限らないよ。ヨミさんがその後に新しい家族を作ったとかいろいろな可能性があるし」
ベルメイルから貰った情報とも照らし合わせたが、龍崎の解答はこれだった。
「子供が人間として生まれる可能性は傾向として低い方だし、違う可能性が高いと思うよ」
天魔とのハーフであれば、天魔らしい要素が現われる場合も多い。それが無いということは、やはり可能性は低いのではないか、ということだ。
「とりあえず、学園の皆さんにも連絡しておきましょう」
鈴代はそう促して、ケータイ電話を取り出した。
●学園
「ふむ……こういう勘は当たるものだねぇ……。個人的には人間の慣習なんか気にしなくてもいいように思えるけど……まぁ、キミの出した結論だ。依頼の通り諦めてもらおうね」
報告を受けたジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が、苦笑気味にそう言った。
シグレは、浮かない顔で「頼む」と改めて口にする。
「え〜? 好きなのに諦めちゃうんだ? ふぅ〜ん良くわっかんね♪」
軽い口調で言う藤井 雪彦(
jb4731)は。シグレの様子に、未練の様なものを感じていた。
(まぁ口に出す言葉と心のなかの気持ちが一緒とは限らないしね……後悔だけはして欲しくない……かな)
藤井は内心そう思いつつ、「それじゃあ行こっかジェラルドさんっ♪」と彼に背を向けた。
「諦めさせるには、他の男が落とすのが一番だもんねっ♪」
藤井が残して行った言葉に、シグレはぴくっと反応する。
「君はゲームで遊ぶかい?」
と、その背中に、今度は別の男が話しかけた。ベルメイルである。
「どの物語でも彼らは誰かを恋うこと、誰かに恋われることに不器用でね。でも、本当に一生懸命でね」
彼は思い出したのだ。この前やったゲームでは、確かこうだった……と。
「丁度、今の君も。物語の彼らのように不器用に、一生懸命になっている」
そのゲームでも、登場人物は一度諦めようとしていた。自分の想いに蓋をして。だが。
「これは俺の我儘ではあるが、君達にも是非、物語のように綺麗な結末を迎えて欲しいと思っている。きっと俺は、その為にここにいるのだろうからね」
このままでは成立しない、フラグの為。
「それでも諦めるなら仕方なしではあるが、水上君に手紙の一つでも書く事を勧めるよ。専攻が同じだ、遠くない内にまた顔を合わせるだろう。それならぽっと出の俺達が何かするよりも本人からの言葉があった方が、互いにきっと、納得できる筈だ」
強制するつもりは無い。それでも、お互いに良い結果を得て欲しかった。
「手紙を渡す位はしてあげるからさ。頑張ってくれよ」
「可愛い御嬢さん☆ ね、もし時間があったら、一緒に珈琲でもどう? ボク、待ち合わせでヒマでさ♪ あ、心配なら武器のヒヒイロカネはキミに預けるから、ね☆」
最初に美奈子を発見したのは、ジェラルドだった。
「えっと……」
美奈子は突然のナンパに驚き、そして若干引いていた。
「すみません、ちょっと忙しいんで……」
「そっかぁ、それは残念☆ 好きな人でもいるのかな?」
これは厳しいな、とジェラルドは早々に判断する。聞いてみると、美奈子は少し嬉しそうに「はい」と答えた。
「ん、その微笑はとても魅力的だね♪ かわいいよ☆」
「あ、ありがとうございます」
「よければまた、会いたいな☆」
「恋してるねっ♪ 君の瞳がそー言ってる☆」
「え、わかりますか?」
ジェラルドのナンパが不首尾に終わった直後、藤井が美奈子に近づいた。
「こぉ〜んなに可愛い子だから口説きたいんだけどな〜」
「駄目ですよ。さっきも格好いい男の人にナンパされましたけど、断わりましたから」
とはいえ、藤井の目的はナンパではなかった。「何か悩んでない?」と彼は美奈子に問う。
「悩んでる顔は、似合わない♪ 関係ないボクにだから言える事もあるんじゃない?」
「んー……なら、少しだけ……」
美奈子は、シグレとのことを大雑把に説明する。彼の事が大好きなのだと、よく分かる説明だった。
「自分の将来を決めちゃうほどの出逢いだったんだね♪ 人に真っ直ぐ向き合うのは傷つく怖さもあるけれど、一番心残りはないかも知れないね。頑張って、応援してるよ☆」
藤井はそう背中を推すと、彼女の元を去っていく。
……直後。
「わぁっ!?」
美奈子の悲鳴が、辺りに響いた。
「シグレがアホなことをやろうとしてるからそれを止めたい。詳しい事情は、上手くいけばシグレ自身が話すと思うから協力してほしい」
発煙手榴弾の煙から抜けた頃、月詠 神削(
ja5265)は彼女にそう言った。
美奈子は状況が掴めず、慌てた様子を見せていた。
月詠は彼女を連れて適当な所まで逃げると、一本の電話をかける。相手はシグレだ。
「水上さんは預かった。彼女が酷い目に遭うのが嫌なら来い」
「え、私酷い目に遭うんですかっ!?」
美奈子は尚狼狽えつつも、光纏していた。戦闘準備万端である。
「しないから大丈夫だ」
月詠は改めて、シグレを止めたいだけだと彼女に説明した。
「美奈子ッ……!」
慌てて飛びだそうとしたシグレを、藤井が「ちょっと待って」と止めた。
「その前に、美奈子ちゃんの想いを伝えとこうと思って」
「今それどころじゃっ……!」
「恋愛って一人でするもんじゃないよ? 相手がいるんだ」
「っ……」
ぴた、とシグレの動きが止まる。頭に血が上って、呼吸も荒いが……藤井の言葉に思う所があったのだろう。
「ごめんね? 男にゃ厳しいよ。恋愛関係にならなかったら関係はそれで終わりなの?」
今のシグレのやり方は、この先の関係すら消そうとするものだろう。
「彼女は真っ直ぐ向きあう付き合いをしたいと願っている……伝えないでくれ? 勿論、君が伝えるべきだ!」
血縁の可能性。それを隠すことが、彼女の為だと藤井には思えなかった。だからそれを、伝えるべきだと、感じた。
「かつて愛した人はそんなことを望まない……なんて綺麗事を言うつもりはありません」
と、そこへまた新たな声。和泉だ。調査から帰ったらしい。
「けれども貴方が愛から目を背ければそれはいずれ重荷に、そして恨みに変わります。それだけはやってはいけないことです。それは貴方がかつて愛した人を自分の手で殺すことです。」
もし、あの時ミヨと付き合っていなければ。そう考えてしまう可能性がある。それは、彼女との思い出を汚すことでもある。
「そしてこれは時間が解決する問題ではありません。……貴方が今もその人を愛しているように」
そう、シグレは今でもミヨのことを想っていた。だからこそ、その面影のある美奈子に惹かれ、その子孫である美奈子と付き合うわけにいかないと考えていた。
「自分と愛する人の愛から目を背けないで」
後は、シグレの考える部分だった。
ガギン!
激しい金属音が辺りに鳴り響いた。
「来たか」
刀による一閃を、月詠は大鎌で受ける。やって来たのは、シグレだ。
「美奈子を……返せッ!」
バサっ。翼を翻し、シグレは傍らの美奈子を救出する。それでいい、と月詠は思った。
「水上さんがどちらであれ、お前にとって大切な存在なのは変わらないだろ? だからこうして助けに来たんだろうが。水上さんは撃退士だ。もしかしたら明日、天魔と戦って死ぬかもしれない。お前、自分の手の届かない場所で彼女がそうなったら、絶対後悔するぞ。それに比べれば、お前の今悩んでることなんてきっと些細なことだ。選択、誤るな」
彼は、それだけ伝えると再び逃げて行った。突然のことに、シグレはただ困惑する。
「詳しい話はシグレさんがしてくれるって、言ってましたよ?」
美奈子が伝えると、シグレは察しがついて嘆息する。
「頼んだ事と違うって……」
「何か言いました?」
「いや……。……美奈子、話があるんだ」
そうしてシグレは、決心がついたように、話始めた。自分が美奈子の曾祖母と知り合いなこと。かつて愛し合っていた事。そして、自分達が血縁かもしれないこと。
「それでも……付き合ってくれるか?」
結局彼は、怖かったのだ。また失うことが。
美奈子は一瞬きょとんとした顔をして、それから笑った。
「何言ってるんですか、シグレさん。私がシグレさんに告白したの、もう忘れたんですか?」
「いや、だからそれは……」
「関係ありません。私はシグレさんが大好きです」
美奈子は言い切ると、強引にシグレの唇を奪った。
「あぁ、でも、迷惑かけた人達には、後でちゃんと謝りましょうね?」
そして、一瞬で交際の主導権を握るのだった。
「……強いな、人間って」
ぽつり、シグレは嬉しそうにそう呟いた。