●開始前
「あれから元気でやってるみたいで安心したよ」
「おや、久しぶりだね。来てくれたのかい」
ロベル・ラシュルー(
ja4646)は、来て早々おばちゃんに挨拶をしておく。彼を始めとする参加者の数人は、以前ここでバイトをしたことがあったのだ。
「しかしまあ、こう暑くちゃ食欲も無くなるわな。 かく言う俺も食欲がそう出る訳でもなく、だらだらと過ごしてるんだが」
ロベルは苦笑気味にそう言うと、「今回はおばちゃんも元気な様だし、おばちゃんの料理を堪能させて貰うよ」と言い残した。
●ダブルBBQ!
最初の一品は、意外なものから始まった。
「ここはやはりBBQで御座るっ」
「ステイツで夏の料理なら、スモークか、スノーコーンですかね」
エルリック・リバーフィルド(
ja0112)は親指をグッと立て、ジェイニー・サックストン(
ja3784)は眉間に皺を寄せた厳しい表情を浮かべている。
対照的な態度の二人だが、選択したメニューは似通っていた。
というか、二人ともバーベキューなのだった。
「アメリカでは、夏はBBQに始まりBBQに終わるといっても過言ではないで御座る」
同じバーベキューとはいえ、その内容はしかし、違うものである。
ジェイニーは牛肉に塩、胡椒でしっかり味を付けると、金網に乗せる。
網の下にあるのは、木炭でなく桜のウッドチップだ。その煙で肉を燻製にする。彼女は煙を逃さないよう蓋をすると、弱火でじっくりと火を通す。
「見た目は焼き目がついた程度で、中にはしっかりと火が通るのですよ。ああ、日本人向けには、薄味にした方がよかったですかね?」
塩胡椒の量を気にするが、その頃にはもう、焼くだけだ。手慣れた動作であまりにも自然に作業していたので、疑問を抱く暇もなかった。
両親が生きていた頃には、毎年家の農場で作っていたのだ。それも当然かもしれない。
対して、エルリックのバーベキューは、スパイスやソースに漬け込んだ肉を使う。
低温でじっくり焼くのは、こちらも同様。
「切り分けたものをワンプレートがよいで御座るかな」
彼女は作業を進めながら、どう出すかを考える。事前によく考えていたことだが、肉の種類や添え物を変え、プレートを選べるようにするのも楽しそうだ。
「……うむ、諸々手間はかかりそうで御座るが……頑張るで御座るよー。暑い夏でもしっかりと食べて乗り切らねば、で御座る」
エルリックはこくりと頷き、ぐっと手に力を込める。こちらの調理過程は比較的賑やかだった。
「スノーコーンは、日本のシロップで問題ねーでしょう。基本的に違うのは歯応えくらいですから」
その間にジェイニーは大きめの氷を用意して、アイスピックでざくざく砂利程度のサイズに砕いていく。
それは、日本のかき氷と似た食べ物だった。ただ氷のサイズで分かるように、食感に大きく違いがある。口に入れれば溶けてしまうかき氷と違って、スノーコーンは食感の楽しめるアイスなのだ。
「ステイツでは特に指定がなければ三色くらい掛けられますね。その時点ではきれいですが、混ざると濃い紫になるのです。見た目によろしくないので淡色が無難ですかね」
日本でも、かき氷に色々かけすぎてドス黒い色になることがある。欲張りは良くない。
「美味しいね、このお肉。夏だからこそしっかりしたものを食べるのも大事だろうしね」
二品のバーベキューを食べ比べながら、おばちゃんは言う。
「いろいろと勉強になりますね。ソースの味がよく染み込んで美味しいです。スモークの方は香りも良いですね」
楊 玲花(
ja0249)も興味津々な様子で舌鼓を打つ。
「この、スノーコーンも美味しいです。かき氷とは結構違うんですね」
じゃりじゃりと氷の食感を楽しみながら、唯月 錫子(
jb6338)は言う。「実家では冷房を使いませんでしたから、これくらい大きい方が暑さに良いかもしれません」
「……ふむ」
おばちゃんは、ノートに何か書き込み、「ごちそうさま!」と貰った分を食べ終えた。
●トコブシとどじょうと?
「最近は暑いですから、体に良い物かあっさりとした物が良さそうですね」
雫(
ja1894)はトコブシという巻貝を、日本酒で軽く煮る。
その後、殻から肝と身を取り出して、薄切りに。その後、煮るのに使った日本酒に味醂、醤油を混ぜ、ご飯を炊き始める。
「アワビの稚貝と勘違いして、採っていたのはいい思い出ですね」
トコブシはアワビの稚貝と酷似した外見を持つ。殻の呼吸穴の数で区別出来ると言うが、小さい頃は見極める知識を持っていなかったのだろう。
次に雫は、どじょうを生きたまま鍋に投入、日本酒を入れる。
どじょうの動きが弱まって来たのを確認してから、水とゴボウを足し、火をかける。
灰汁をしっかり取り除きながら、醤油と味醂で味を調えたら、ネギを加え、卵で閉じる。
「それから……アレですね」
雫は、次の食材を取り出した。
少しして、試食タイム。
「確か、今くらいが旬なんだったね。味がご飯に良く染みて美味しいよ」
おばちゃんは炊き込みご飯を口に運びながら言う。
二品目はどじょう鍋だ。
「生きた物を使った方が味が良いのですが、人に振舞うと何故か評価が悪いんですよね……」
過去の経験からか、雫はそれを気にしていた。
「こんなにも、美味しいのに皆さん残酷だと言う……」
或いは、この場にもそう感じる人はいたかもしれない。しれないのだが……
多くの参加者の視線は、どじょう鍋よりも次の料理に集まっていた。
「来る前に駆除を頼まれていましたので、材料は新鮮な物を使っていますよ」
「し、新鮮……で御座るか……」
「依頼先のご老人に教わったのですが、見た目に反して美味しかったですよ」
雫の説明を聞きながら、エルリックは若干引き気味でそれを凝視する。
それは、ヘボという食材を使った料理。
ヘボ……すなわち、スズメバチである。
蛹や幼虫は炒め物として甘辛く。成虫は、揚げてから塩を振っているようだ。
「ある意味家庭的、と言えなくもないけどね……あぁ、でも美味しいね」
●思い出のカレー
ロベルと星杜 焔(
ja5378)の料理も、同じものであった。
それは、カレー。
「俺の……育ての親って言うんだろうね。そうは言いたくはないが……まあ、それは置いておいて、そいつが珍しく作ってくれたのが印象的でね」
思い出という程のもんじゃない、と前置きし、ロベルは呟く。
「家事は俺ともう一人、そいつの養女みたいなのがやってたもんだから、今でも覚えてるって訳だ」
(思い出の味……)
ロベルの言葉をキッカケに、星杜は以前のことを思い出す。
「あの時も日替わり定食に提案しちゃったけど、やっぱり俺もカレーが思い出の味だなあ……」
あの時とは、おばちゃんが倒れた時。彼が『ぶれいかぁ』でカレーを作るのは、これで二度目だ。
それは、彼にとってカレーが特別な料理だから。
(夏に食べた夏野菜カレーがとても美味しかったな)
小さい頃、星杜は偏食がちだったという。野菜が苦手で、けれどカレーが大好きだったから、母が野菜を美味しく食べれるようにと作ってくれたらしい。
ケチャップは好きでも、生のトマトは苦手だったし、茄子も食感で食わず嫌い。
「克服できたのは、夏野菜カレーが美味しかったからだね〜」
トマトの酸味がいい感じに爽やかで、と、彼はその味を振り返る。
「思い出の味が恋しくて……自分で作れるように試行錯誤の日々だったねえ……厨房お借りしてもよいでしょうか?」
「勿論だよ。アンタはどうする?」
星杜の問いに答えたおばちゃんは、そのままロベルにも聞いた。
「料理は俺が作っても良いんだが、出来ればおばちゃんに作って貰いたいかね」
「アタシにかい?」
「俺の思い出の味とやらを食べてみたいんでね。誰かに作って貰った。っていう所が、俺の思い出の肝であるだろうし」
実際は、作ってもらったのも一回きりで、味もよく覚えていないけれど。
「まあ、だからこそ、『思い出』ってやつ」
「ん、わかったよ。心を込めて作らせてもらうね。まずレシピだけど……」
「玉葱、人参、茄子、南瓜、肉は合挽肉。ってとこ。トマトも入ってたと思うが大体の所、カレールゥが普通のカレーに近い、キーマカレーってとこかね」
ロベルは厨房に入ると、ざっと分かる範囲のことをおばちゃんに教えて行く。
一方の星杜も、色々思い出しながら作業を進めていた。
「お肉は鶏ささみが入っていたけど、あれは包丁で叩いてあったのかな〜」
包丁の背で肉を叩く。繊維が潰れ、柔らかくなる。「噛むとふわふわでカレーがよく絡んでジューシーだったよ」
「しかしうちは料亭だったから……家庭の味という点でひっかかるかなあ……」
「ん、やっぱり夏のカレーは良いね」
おばちゃんは、星杜の夏野菜カレーを食べながら一言。それからロベルの方を見て、「そっちのカレーはそれで平気かい?」と問う。
ロベルはカレーを一口食べると、何処か遠くを見るような目をする。思い出しているのかもしれない。
おばちゃんは、問うのを止めた。
●あの時みたいに
(そもそも、料理自体が久しぶりかも)
時入 雪人(
jb5998)は、ふっと気付く。
(昔は母さんとよく作ったけど、今は簡単なインスタントで済ませるし……)
両親が死んで以後、彼は自分で料理をする事が殆ど無くなった。
(……腕が鈍ってなければいいけど)
とりあえずレシピは覚えているし、シンプルな料理だ。問題ない。
「……大丈夫だよね、俺」
そう判断したものの、ちょっと不安だった。
まずは茄子を準備し、縦半分に切ると、鹿の子目を入れる。同時に、生姜も千切りにしておく。
次に出汁と醤油、みりん、砂糖を火に掛け、一回煮立たせ火を止める。
その後は冷ましておく。
茄子の水気を取り、油に入れる。油の温度は180℃。二分程揚げると、引き上げ、熱湯に入れて油を抜く。
そして、先程作ったダシ汁に浸して、器に盛り、刻んでおいた生姜を添えて完成だ。
「うん、作れた。味はちょっと不安だけど」
ふぅと息を吐きながら、時入は呟く。久しぶりの料理だったけど、体が覚えていた。
楽しかったな。時入は、何となくそう思った。
「美味しいです」
完成した茄子の揚げ浸しを食べ、雫は言う。「ご飯とも良く合いますし」
「そうだねぇ。定食屋としちゃかなり良い候補だよ。生姜も良い付け合わせだ」
おばちゃん、もぐもぐとご飯に合わせて美味しそうに食べている。
ロベルもこれが気に入ったのか、時入にレシピを聞いていた。
その様は、どことなく楽しそうだった。
●拉麺ト素麺
「わたしの実家は中華料理店ですし、ごく一般的な家庭の味とはちょっとかけ離れているかもしれませんけど。まあ、せっかくの機会ですから、自分で再現してみるのも悪くないかもしれませんね」
「思い出の味の新メニュー、ですか。でしたらサラダそうめんを提案しますね」
楊と唯月は、揃って鍋で熱湯を沸かす。
彼女達が作るのは、麺。唯月は言った通りのそうめん。楊が作るのは麻辣麺というラーメンだ。
「元々は名古屋圏のご当地ラーメンらしいですけど、うちの父が自分なりにアレンジしたそうです」
豚挽き肉、ニラ、長ねぎ、モヤシ等を唐辛子で味付けし、炒める。これが麻辣麺の具になる。
「暑い時期だからこそ、汗をかくラーメンというのも悪くないと思います。特に冷房が効きすぎて、逆に体調を崩す人もいるそうですから需要はあると思いますけど」
体を冷やしてしまう人が多いというのも、夏の特徴だ。辛いもので発汗作用を刺激する方が、健康には良い。
一方、唯月の料理はシンプルだ。そうめんの上に切った野菜を乗せ、たれをかけるだけ。
「思い出にするほど親元を離れてから時間はたっていないですが、我が家では夏といったら毎日のようにこれでして」
唯月はトントンときゅうりを切りながら、思い返す。
「うちは父が昔気質の人で、エアコンをあまり好いていなかったんです。ですので扇風機だけで夏を過ごしていまして、よく今まで熱中症にかからなかったものだなと」
苦笑気味に、唯月はトマトを薄切りに。「そんな暑い時によく母が作ってくれたのがこれですね。お手軽に涼が取れるからとよく夏に作ってくれました」
「ん、辛さは控えてあるね。これなら皆にも食べやすい」
ずるずると麻辣麺を啜りながら、おばちゃんは評する。その額には、汗。
「それに、山椒も加えてあるんだね。箸が止まらない」
そんな事を言いながら、おばちゃんは汁まで飲み干すと、そうめんに手を伸ばす。
「具はいつもこれだった?」
おばちゃんが問うと、彼女は「我が家だと基本はもやしで母の機嫌がいい時は大根でしたね」と答える。
「……あれ? もしかして冷房のことといい、うちって単に貧乏なだけだったのでは……」
ふっと、そんな事実に思い至りそうになり、「ま、まあそれはともかく」と彼女は笑って誤摩化した。
「美味しいしアレンジも効かせやすいのでぜひ御一考ください」
●思い出は優しく甘く
「うん、今度ハルに食べさせてあげよう」
それを一口食べて、時入はそう思う。
最後の一品。それは雪成 藤花(
ja0292)の作った、牛乳かんと缶詰みかんのデザートだ。
ゼリーでなく、寒天の牛乳。
「優しい味だね」
おばちゃんは、そう呟いた。「牛乳には味付けしないんだねぇ……誰が作ってくれたんだい?」
「料理の苦手な母親の代わりに、父親が夏におやつとして」
雪成はこくりと頷きながら答える。
「あ、でも最近はすっかり焔さんの料理が美味しくて。作ってくださるカレーも今ではしっかり私の思い出の味になりつつあります」
雪成は笑顔で付け足す。「そしていつか、同じように思い出の味を分かち合える仲間が出来ればいいなと……そんなことを思っています」
それが彼女の、夢だった。星杜と入籍したら叶えたい、夢。
「……おばちゃんにも、懐かしい味を分かち合えるだけの人、いたのでしょう? その人の笑顔を思い出しながら、これからも元気に美味しい料理を作ってくれると嬉しいな」
「ん……ありがとうね」
おばちゃんはその言葉に、少し寂しげに笑う。そして牛乳かんをもう一口食べると、言った。
「今日みんなが作ってくれた料理……どれも凄く美味しくて、一つに絞るなんて、出来ないと思ったよ。でもまぁ、全部採用ってわけにもいかないから……ね」
一呼吸置いて、おばちゃんは続ける。
「この味が、アタシは気に入ったよ。優しくて、甘くて。……食べさせたい、と思った」
それは、おばちゃんがこの店を始めた理由に繋がっていた。
我が子に。美味しいものを。そう願う気持ちが、料理にも篭っていたから。
「だから……一足先に、この料理を皆に出しても、いいかい?」
雪成は、「そうしてください」と笑って答えた。
●
その後、『ぶれいかぁ』の店先に、こんな張り紙が貼られ始めた。
『新メニュー、牛乳かんはじめました』