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西條 弥彦(
jb9624)が目の前の賑やかな風景に困惑していると、さくらとすみれが通りがかった。
「あら、弥彦君」
挨拶して、すみれを簡単に紹介する。
弥彦はさくらが見つかった事に安心しながら、持っていたタッパーを渡した。
「これ、この間のトマトで作ったラタトュイユ。お裾わけです」
「あらありがとう。弥彦君も楽しんでいって。今日は七夕祭りなのよ」
受け取りながら、周囲の様子に落ち着かない素振りの弥彦に説明する。
「七夕祭り?」
言われて見渡すと、確かに立派な笹が祭りの中心で鎮座している。
「そうだ、あの、弥彦先輩は何をお願いするの?」
「願い事?う〜ん……」
暫し、考えて。
「俺は俺らしく生き抜くからな!……って、これじゃ願い事っていうより伝言か宣誓かな」
「自分、らしく?」
哀しいような、優しいような瞳で。
「『人として』生きることに固執したのは多分、自分の為じゃないんだよな」
悪魔の血を引いた先祖。人々から遠ざけられた一族。それを振り切って、半人半魔として覚醒した自分。
「だって俺が生まれてる。半人半魔のその人を受け入れてくれた、その人の為なんだ」
子孫の生き方すら縛る強い想い。それに見合う生き方をしなくてはいけないと思う。
弥彦の事情を知らないすみれにはあまり理解は出来なかったけれど、彼の想いは、何となく伝わった。
「すみれさんは?」
「まだ、決まってないの」
「そっか、決まるといいな」
話し終わると弥彦はいつもの鋭い眼光に戻ってしまったが、すみれは怯えることなく笑った。
「ありがとう、弥彦先輩」
弥彦は控えめに頷くと、そのまま屋台の方へ消えていった。
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「さくらさーん、すみれちゃーん!」
「雪彦君、いらっしゃい」
やってきたのは、さくらに誘われていた藤井 雪彦(
jb4731)だった。
両手一杯に荷物を抱えている。
「はい、すみれちゃんへの誕生日プレゼントだよ〜」
言いながら花束とプレゼントを渡される。
「あ、ありがとう。でも、こんなにいっぱい……」
「いいんだよ」
雪彦がこっそりとすみれの耳元に口を寄せる。
「特に桜の耳飾りはね、ずっとお母さんといられるようように、ってね♪」
「え…」
「あ、こっちは差し入れです。カキ氷とアイスクリーム」
「あらまあ。じゃあ溶けちゃう前に頂きましょうか」
プレゼントを抱えたまま立ち食いは厳しいので、適当なベンチに腰掛けた。
カキ氷の冷たさと美味しさが、体に染みる。
「そうだ、雪彦君はお願い事決まってる?すみれがね、まだ決まってないから参考にさせてもらいたくて」
「そうなの?」
「うん……」
言葉にならず、カキ氷をスプーンでシャクシャクと鳴らす。
雪彦には、すみれの言いたい事が何となく解った。
「失って、二度と手に入らないとなると余計に忘れられない……実際、ボクもそうだ」
亡くなった母の面影をいつまでも追いかけてしまう。それ以外が無価値なように思えた事もあった。
「でも今は、妹や、たくさんの大切な人達が出来た。それらが今のボクの宝物だ。勿論、すみれちゃんもその一人だよ♪」
ウィンクをしてみせる。
「これ以上無くさない事がボクの願い……そして、それらを護る事がボクの使命だね♪」
「これ以上、無くさない事……」
その言葉を、ゆっくり噛み砕くように口にする。そして突然ベンチから立ち上がる。
「私、ちょっとプレゼント部屋に置いてくる!」
花束とプレゼントを掻き抱いて、ばたばたと去っていくすみれ。
暫く黙っていたさくらだったが、雪彦の言葉はさくらの胸にも染み入っていた。
「雪彦君、ありがとうね」
「いえいえ〜、二人のためなら何てことないですよ」
いつもの砕けた笑みに、さくらも釣られて微笑んだ。
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すみれは慌てて部屋まで戻ると、プレゼントをテーブルの上に置いた。
包装されたプレゼントをこっそり開けてみる。猫と犬のぬいぐるみ。三毛猫のヘアピンと、桜の耳飾り。
「一緒に、か……」
そのまま桜の耳飾りを着けると、すみれはまた慌てて部屋を出て行った。
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「あれ?」
さくらの所へ戻ろうとしていたすみれは、寮のエントランスでさくらを見つけた。横には見知らぬ女の子がいる。
「どうしたの?その子は?」
それは浴衣を着るためやってきたアヴニール(
jb8821)だった。自己紹介を交わす。
「すみれじゃな。さくらを借りてすまぬの。我が着付けをお願いしたのじゃ」
「そ、そうなんだ。なら、休憩室行きましょ」
着替えスペース用に改造された休憩室へ入って、早速袖を通す。さくらに着付けられながら、アヴニールは口を開いた。
「そういえば、たなばたとはなんなのじゃ?」
「そうねえ。行事としては、願い事を書いた短冊を笹につるす日、かしら。元々お星様のお話だから、星に願い事をする感覚なのかもしれないわね」
「星と願い事が関係しているのじゃな」
すみれは悪魔である彼女を警戒していたようだったが、話している二人の様子を見てそれは和らいだようだった。
そうしている内に着付けも完了。彼女の肌の白さが際立つ紺色の浴衣だ。
「はい、とっても似合ってるわよ」
「……さくらを見ていると、母様のことを思い出すの」
にこりと笑うさくらを見て、寂しげに、愛しげに呟く。
「さくら、すみれ。一緒に祭りを見て回りたいのじゃが……良いじゃろうか」
「しょ、しょうがないわね。じゃあ早く行きましょ!」
照れ隠しだろうか、飛び出したすみれを追って、さくらがアヴニールの手を引いた。
アヴニールは手を引かれながら、まるで家族といるようだと、そう思った。
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「お待たせしました、今日は有難うございます」
「よっ、可憐ちゃん。今日は楽しくいこな」
古島 忠人(
ja0071)は可愛い後輩の若宮=A=可憐(
jb9097)とデートだ。
可憐にとって、初めてのお祭り。初めての男性のエスコート。気恥ずかしいことばかりだが、今日は敢えて受け入れよう。
「よし、まずはいっちょ金魚掬いでもやってみるかの」
忠人に言われるままついていく可憐。
早速金魚掬いの屋台に到着すると、忠人が二人分のポイを頼んだ。
「ふっふっふ、金魚を掬って救った、なにわの救世主忠ちゃんとはワイのことや!」
気合に似合わない繊細な手つきでポイを水と金魚の間に差し入れ、どんどん金魚を掬っていく。
一方可憐は慣れない手つきで金魚と格闘していた。何度も金魚に逃げられながら、ようやく2匹掬えた。
「結構難しいですね」
「ポイに水を溜めないのがコツや」
「お兄ちゃん、これ以上されると店じまいになっちゃうよー」
「悪い悪い。俺のは2、3匹だけ残してくれ。あとは返すわ」
お店のおじちゃんにそうお願いすると、可憐の掬った2匹と一緒に入れてもらう。
「いいんですか?」
「プレゼントや。やっぱ祭りの女の子には金魚が似合うな」
ニカッと笑って、金魚が入った袋を差し出す。
「次は綿菓子かの。まあ適当に冷やかしていくで」
「はい、あ……」
金魚を左手に持ち替えて、ゆっくりと手を差し出す。
「折角ですし手でもつなぎましょうか」
「おう、行こか」
差し出された手を躊躇することなく取ると、忠人と可憐は次の屋台へと旅立っていった。
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「お祭りか……小さい頃、両親と行ったな……」
雪之丞(
jb9178)はのんびりとお祭りを回っていた。
金魚を掬いまくっている人など横目で眺めながら、ただゆっくりと歩く。
「変わらないな」
お祭りの喧騒の中。ただ家族や恋人との一時を楽しむ人々の笑顔で溢れていた。そこに、昔の自分の姿を見る。
その時、花火セットを売っている屋台が目に留まった。線香花火が懐かしくて、つい足が伸びる。
「一つください」
「毎度ありー」
買ってから、考える。花火をするスペースはあっただろうか。
悩んでいると自分と同じように花火セットを購入している一行がいたので、思い切って聞いてみることにする。
「すまない、花火はどこですればいいんだ?」
「ああ、笹の向こうに花火用のスペースがあるのよ。一緒に行きましょうか」
話しかけられた一行の一人……さくらが、そのまま案内を申し出た。
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そこでは数人の人達が、思い思いに花火を楽しんでいた。
「お、新入りさんなのだ」
「こんばんは〜♪皆で花火どうですか?」
既にわいわいと花火をしていた幽樂 來鬼(
ja7445)と死屍類チヒロ(
jb9462)、そして忠人と可憐。やってきたさくら達に誘いかける。
さくらが是非、と側に行くと、他の皆もそれに倣った。
名前を交わし挨拶を済ませると、早速花火を始める。セットの中から適当に選んで着火すると、火花がキラキラと輝いて、皆の顔を照らした。
「皆でワイワイすると楽しいなぁ。折角浴衣も着たのに御一人様じゃあ楽しさも半減だ」
「そうね、一緒が楽しいわよね。浴衣も可愛いわよ」
明るい黄色の浴衣を着ている來鬼。黒い髪が映える可愛らしい色だ。
來鬼が照れたように笑った。
「すみれちゃん、腕下がってきてる、危ないよっ」
「へっ、あ、ありがと」
火花が足元に散りそうになったのに気付いて、チヒロがすみれの手元を支える。
チヒロは子供好きなのもあってすみれを気に入ったのだろうか、ニコニコしている。
「あの、皆はもう願い事って決まってるの?」
わいわいと楽しげな雰囲気に背を押されるように、思い切って聞いてしまう。
最初に反応したのは來鬼だった。
「願いねぇ……うちにはあるのか分からんのだ」
願い事は叶うというよりも、掴み取る物。だから、願い事なんて無い。
ただ、自分には両親がいないから仲が鈴木親子が少しだけ羨ましいとは思った。
「そっか。皆があるわけじゃないよね」
來鬼の内心を知らないすみれが言葉通りに受け取り、少しほっとしたような顔をする。
「ええと、忠人先輩は?」
「俺か?」
ちょいちょいとすみれを手で呼ぶ。すみれは首を傾げながら、忠人の隣に寄っていった。
「内緒やで?」
ポケットから出されたのは既に願い事が書き込まれた短冊。
そこには『今年も約束を守れますように』。
「約束って大事やで」
疑問顔のすみれに説明するかのように。
毎年守るような約束。きっと大切なものなんだろう。内容が気になるが、踏み込まず、ただ礼を言った。
「あら、内緒なの?」
忠人の隣にいた可憐が、気持ち頬を膨らませている。
二人を邪魔してしまったかと慌てながら、可憐にも話を振った。
「可憐先輩は、願い事は?」
「……私は、大事な人が出来ますように、と」
胸に手を当て、自分に語りかけるかのように答える。
大事な人を求めるのは守る強さを知っているから。
一度失っても、守れない悲しさがあっても。
「大事な人がいてくれるのなら、戦えるから」
そうは言ったものの、今一歩を踏み出すことが出来ない自分に、少しでも力が欲しくて。今日のデートは、その一歩。
「すみれさんは、自分の願いは決めましたか?」
「まだ、なの。それで、聞いてみたくて」
もじもじするすみれ。
雪之丞がぽつりと呟いた。
「願い事か……また両親に会いたいな……」
叶わないことだけれど。願う心は止められない。今日は特に、両親のことをつい思い出してしまうから。
雪之丞の言葉に、思わず沈黙する。皆の視線が集まっていることにはっと気付いて、苦笑する。
「何かしんみりちゃったな……すまん」
「ううん……ごめんね、雪之丞先輩」
「気にしなくていい」
「我も……」
花火の光を見つめたまま、アヴニールが口を開いた。
「離れ離れで、無事かも分からぬ……でも、短冊には、家族の健在を祈るのじゃ」
星空を見上げる。
「この空の下、皆元気にしていると信じているのじゃ。そうすれば、いつかは会える日が来ると信じて、我も元気に過ごせるのじゃ」
「……そっか、皆、同じなんだね」
久遠ヶ原には、家族を失ってやってくる者も多い。
そして、会えなくなってしまった家族に会いたいという気持ちだって、同じなのだと。
「何を願ってもいいが自分としては、すみれにはずっと笑っていて欲しいな」
「うん……ありがとう」
雪之丞が笑いかける。その笑みに救われるような思いだった。
「そうだ、チヒロ先輩は?」
「ボクはね、世界平和かな!」
今までの流れをぶったぎって、高らかに宣言する。
雪之丞の時とは違う意味での沈黙が訪れた。
そこでドーンと、沈黙を破る大きな音が響いた。
何事かと思えば、夜空に咲く打ち上げ花火。
「ちまちましたもんはつまらんからな」
忠人が市販の打ち上げ花火を持ち込んできて点火したらしい。何やら細工してあるらしく、花火が次々と上がる。
「たーまやーってな」
「怒られますよ?」
「その時はその時や!」
可憐の隣まで素早く戻り、花火鑑賞をする忠人。
夜空を彩る花火、最後の火花が消えぽとりと落ちる線香花火。
皆と一緒の時間が、終わろうとしていた。
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『空でお話しませんか?』
花火の後片付けをしていると、不意にそんな声が頭の中に響いた。
きょろきょろ見回すと、チヒロが翼を広げた状態で手を差し伸べている。
若干迷ったが、さくらに一言声をかけてからその手を取った。
「しっかり掴まってね」
「わわっ」
すみれを抱き上げて、空へ飛ぶ。
初めて味わう浮遊感に、ドキドキした。
「すみれちゃんはさ、天魔が苦手?」
「ちょっと……ごめんなさい」
「いいんだよ、すみれちゃんだけじゃないんだから」
はぐれ天魔や、天魔の血を引く者も学園には多く在籍しているが、それは天魔の中の極一部。殆どの天魔は、すみれが思うように、人にとって恐怖の対象だ。
「さっきも言ったけどね。ボクの願いは世界平和なんだけど……ここからは皆には内緒だよ?天魔も人間も関係なく、皆でニコニコして手を取り合える世界を作ることなんだ」
「天魔も……人間も?」
信じられないと言わんばかりのすみれに、いたずらっ子のように笑うチヒロ。
「誰もが夢物語だとバカにしても、ボクは……ボクだけは諦めたくないんだ」
輝く瞳で、そう語る。本気なのだと一目で解るほど。
すみれはなんだかばつが悪くなって、顔を俯けた。
「変な話してごめんね。でも、小さい頃からの夢なんだ」
「その、どうして私に教えてくれたの?」
「ボクの願いが、少しでもすみれちゃんのお願いの参考になればいいなって。それに、天魔にも良い奴はいるんだって、知ってもらいたくて」
顔を上げて、と言われて上を向くと、星空が目の前にあるようでびっくりした。地上の光が和らぐせいなのだろうか。普通に見る星よりも、なんだか眩しく見えた。
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チヒロと別れ、さくらの元に帰って来たすみれ。
着物の袖をぎゅっと握って。一呼吸。
「お母さん、短冊下げに行こう!」
さくらが一瞬、驚いたような顔をした後、微笑む。
「うん、行きましょう」
あの頃に戻りたい。その気持ちは今もある。
でも、皆に聞いて気付いたの。
大切な人が全て、いなくなったわけじゃないから。
『お母さんと、ずっと一緒にいられますように』
END