●現地へ向かう途中のこと
「雪彦君、その怪我で大丈夫なの……?」
「あはは〜、心配させちゃってすいません。でも、出来る事はやりますよ。来たからには役たたずじゃいられませんからっ」
重体での参加となった藤井 雪彦(
jb4731)に、さくらが心配そうに話しかける。雪彦はそれに対し笑顔で返した。体を張った行動は出来ないが、陰陽師にはそれなりの戦い方がある。サポートに徹すれば良い。
「畑って、トマトはあるのかしら」
「この時期ならあると思うわ。佐々木のおじさんの作った野菜は美味しいのよ」
「そうですか……依頼が終わったら是非食べたいですね。買ってもいいです」
新井司(
ja6034)の問いにさくらが答えた。
トマトが大好きな司。その情報だけで依頼への心持が違う。
「トマト好きなのか?まあトマトって汎用性高いよな。普通に食べても美味いし料理に混ぜても良いし」
恙祓 篝(
jb7851)がそんな司に話しかけた。が、それが間違いだった。
「この時期のトマトは本当に美味しいのよね。恙祓も言っているようにそのまま食べてもよし熱を加えてもよしの万能食材、そして赤という自然の食材には中々見られない色彩は食卓に彩りを与えるし上から読んでも下から読んでもトマト……」
司のトマト愛が溢れて止まらない。突っ込む隙すら与えない。やべえと思ってももう遅かった。
「じゅるり……」
横で話を聞いていた久慈羅 菜都(
ja8631)が、トマトが食べたくなってしまったらしく涎が出る。
「俺もなんか食べたくなってきたな……。分けてくれないか頼んでみるか」
「多分喜んで分けてくれるわよ」
神鷹 鹿時(
ja0217)にさくらが微笑んだ。野菜でこれだけ盛り上がれるのも珍しいが、皆食べ盛り育ち盛りの年代。健康な証拠だろう。
目的が追加されました。
畑を守る。
天魔の排除。
野菜を分けてもらう←NEW!
「まあ、トマトは置いといてだな……その黒いのと白いのって何で喧嘩してるんだろうな」
野菜よりは肉派の西條 弥彦(
jb9624)が、話にストップをかける。
「何でもいいわ。トマトを粗末にする輩にかける情けなんてないんだから」
「おう、天魔じゃ友情を深めるなんてのも無理だしな!畑を荒らす奴らは喧嘩両成敗だ!」
「うん、畑を荒らすのはダメなので、両成敗です」
「アイツらが戦ってる理由はぶっちゃけどうでもいいな。俺は野菜を守るぞ」
「……そ、そうか」
よく目つきが悪いと言われる弥彦の目が、更に険しくなる。
結局、畑を荒らす奴に慈悲はないのでやっつけるという結論に落ち着いた。
●ケンカはやめて!
「皆、頑張ってね」
そう声をかけると、さくらはおじさん達の避難誘導のためその場を離れた。
人狼と魔獣は相変わらず争っていた。既に数箇所踏み抜いたような跡もある。このまま放っておけば畑の被害は甚大になるだろう。
それが視界に入ったところで、雪彦が全員に韋駄天をかける。
移動力の上がった撃退士達は、天魔達の争いを止めるべく飛び込んでいった。
鹿時と弥彦は自らの背に翼を出し、一気に天魔を追い越して黒い人狼の背後をとる。
「喧嘩は人の迷惑にならないところでやれ!」
弥彦がそう声をかけると、二匹はぴたりと動きを止めて撃退士達を見やった。殺気の篭る気配。共闘という様子ではないが、どうやら撃退士達の方が『気に入らない度』が高いらしい。
篝がダッシュし、その勢いのまま抜刀し魔獣へ切りかかる。その手応えに、奇妙な柔らかさを感じた。
「この感触は……、サーバントか?」
「うん、そいつはサーバントだね」
CRの関係で、篝はサーバントとディアボロを相手にするのではかなり感覚が違う。少し離れた所で霊視を使用した雪彦も、その答えを後押しするかのように結果を伝えた。
「黒い人狼の方も、念のため視てみるよ〜」
篝に続いて司が外殻強化を使用しながら白い魔獣の前に立ち塞がった。重体の雪彦や防御の低い篝に攻撃がいかないよう、魔獣に張り付く。
そんな司に、喧嘩を邪魔された鬱憤を晴らすかの如く魔獣が襲い掛かった。二つの頭で噛み付こうとしてくる。この細いあぜ道で下手に避けると畑を踏み荒らしてしまう。拳で受け流そうとするが、避けきれずに赤い血が舞った。
菜都は黒い人狼の前まで駆けると、挑発を仕掛けた。黒い人狼の視線が明らかに菜都へ向かった。刀を構え、攻撃に備える。
人狼は挑発されるままに菜都に爪を振りかぶる。刀を前方に押し出すが、受けとめ損ねた。肩口に爪痕が出来る。
その時、霊視を続けていた雪彦が叫ぶ。
「黒い方はディアボロだよ!」
何故サーバントとディアボロが一緒に?疑問が浮かぶが、すぐに頭の隅に追いやられる。戦いの上での有利不利さえ解れば、畑を荒らす輩を倒すことに変わりはないのだから。
篝が低い姿勢から居合い斬り。魔獣がその威力に思わず後退しようとするが、そっちは畑だ。
「畑に入るんじゃなーい!」
司が畑側に回り込み、アウルを纏った拳で思い切り掌底を食らわした。
魔獣があぜ道に押し出され、踏ん張ろうとしたその四本足から砂煙が舞う。二つの頭が怒ったようにグルグルと唸った。
菜都は空を飛ぶ二人の射線を意識してなるべく間合いをとりながら、人狼に斬りかかった。下から切り上げた刀が人狼の皮膚を裂く。
「無農薬野菜だから被害は出したくないが…、大怪我でもしたらそっちの方が大変だしな!」
「黒と白を一緒に巻き込めればいいんだが……、なんか黒白とか言ってると犬かヤギみたいだな……」
鹿時と弥彦が、畑と菜都に気をつけながら攻撃する。お手紙を食べるヤギとは似ても似つかないその胸板に幾つか弾痕が出来たが、大きな反応は無い。
人狼は変わらず目の前の菜都に襲い掛かる。衝撃が腕に痺れとなって伝わってくる。
魔獣の方は掌底を食らわしてくれた司へ攻撃しようとするが、拳で受け流した。
そこで魔獣に不穏な動きがあった。二つの口の奥でちらちらと燃える光。
「まさか……ブレス攻撃!?」
この手の魔物の嫌な攻撃といえばブレスだ。そして、ブレスなんて広範囲を攻撃する技を使われたら畑が危ない。
「手負いの獣が一番危険ってか……、させるかっ!」
篝が素早く相手の懐に潜りこみ、刀の柄頭で腹部を思いっ切り殴り上げた。魔獣の体が宙に浮く。それと同時に柄を空に向け大きく振ると、三日月型の無数の刃が魔獣の体を無数に切り刻む。
魔獣から苦痛の悲鳴が漏れ、それが合図となったかのように口内で蓄えられていた光が一気に放出された。
だが、体を浮かされたせいで狙いが定まっていない。殆ど空に向かって放たれたのだが……、魔獣の首の一つが向きを変え、無理矢理地上を狙ってくる。その先には、畑。そしてトマト。
「!?」
瞬間、司が体を割り込ませて自らを盾とする。光に焼かれその肌が赤く腫れ上がった。
「このトマトだけは……! 掌から零すわけにはいかないの……!」
何が彼女をそこまでトマトに駆り立てるのか解らないが、彼女の情熱のおかげでひとまず畑は守られた。
「新井さん大丈夫?…無理はしちゃダメだよ?」
「ありがとう」
雪彦が駆け寄り、治癒膏を飛ばす。焼けた肌の赤みが引いた。ひとまず大丈夫だろうか。
韋駄天の効果もそろそろ切れる。かけなおさなければ。
範囲的に、全員は入らない。司と篝と自分に向けて唱えると、仲間の攻撃の邪魔にならぬよう下がる。
「魔獣はあとちょっとだよ〜!」
「うし、とどめだ!」
篝は軽く後ろに跳躍して一度距離をとると前屈みに腰を落とし、一歩踏み出しながら魔獣を切り裂いた。体液が飛び散ると同時に、双頭の両方の口から断末魔が溢れ、そして消えた。
「あとは黒の人狼ね」
司が数m離れた位置にある戦場へ目をやると、そこでは菜都と人狼が対峙していた。司と同様、一人で敵を引き付けていたこともありあちこち血が流れていた。
菜都がふっと呼吸を整えると、体内の気の流れが整えられ傷が治っていく。全快には至らないが、まだまだ戦える。
「菜都にも畑にも配慮するのは難しいぜ!だが野菜は欲しいからやらないとな!」
鹿時が翼を広げたまま人狼に向けてマシンガンを撃つ。厚い皮膚と毛皮のせいでなかなか致命傷にならない。外れた散弾があぜ道を抉った。
弥彦が銃の重いトリガーを引く。弾が胴体に吸い込まれていった。反応が鈍くて様子が解らない。解るのは、着々とダメージが積もってはいるということだ。
『ガァッ』
「くっ」
人狼ががむしゃらに菜都に鋭い爪を振り落とす。刀で流すように受け止めると、人狼もそろそろ菜都を攻撃する事に不毛さを感じたのだろうか、新たな獲物を探すかのように周りを見渡す。
「させないぜっ」
それを制止するため鹿時と弥彦が同時に発砲した。足元を弾丸が掠め、移動し損ねる。だが、鹿時と弥彦の翼ももう限界だ。少し離れた場所へ降り立つ。
今人狼の狙いが散ると二人が危ない、菜都が再び挑発で気を引く。気持ち、人狼が忌々しそうに口端を歪めた。
「待たせたわね」
「そっちも片付ける!」
司が人狼を挟んだ反対側へ回り込み、体重を乗せて思い切り打ち込んだ。続けて、篝が側面から飛び込んで刀で斬りかかる。
手ごたえは、白い魔獣に比べると少し硬い。だが、人狼一匹になり、司と篝も攻撃に加わった今、倒れるのもすぐの話だろう。
それを悟ったのか、人狼の構えが変わった。
「っ、危ない!」
それに気付いた菜都が叫んだ時には、人狼は既にモーションに入っていた。爪が異様なまでに長く鋭く伸びたかと思うと、二本の足で高くジャンプして地面に向けて爪で風を切り裂く。かまいたちのような真空の刃が降り注いだ。
「畑……っ!」
地面を守るように、仰け反り気味に空に向けて拳を伸ばす。爪で引き裂かれるのと同じような衝撃が司の腕を襲った。菜都も咄嗟に盾を活性化させ受け止めるが、バックラーから零れるように体に衝撃が襲ってくる。
「いてー……やってくれたな!」
頬を血で濡らしながら、篝が刀を振りかぶる。人狼の腕に深く入った。
「トマトは私が守るわ!」
アウルをこめた拳を、横薙ぎに人狼に打ち払う。氷のように怜悧な衝撃に襲われ、人狼が口から血と呻き声を漏らした。
そのまま凍りついたかのように暫く止まっていたかと思うと。人狼は、ゆっくりと倒れ伏した。
●まあお食べ
「畑を守ってくれてありがとうよ」
「ごめんな野菜傷つけちまって!おじさんに取ってはお宝見たいなもんなのにな!」
戦闘が終わり落ち着いた頃、さくらとおじさんが駆け寄ってきた。最初は心配そうにきょろきょろと見回していたが、戦闘の跡が殆どあぜ道にしかないのを見てほっと胸を撫で下ろす。
勿論、全く被害が無かったわけではないがささやかなものだ。体を張って止めた司の功績が大きい。
だから、頭を下げてきた鹿時に対しおじさんは豪快に笑った。
「何言ってんだ、もしかしたら畑全部駄目になるところだったんだ。まあ自分が守った野菜でも食ってけ。俺の野菜は美味いぞ」
「ください!」
テンション高くお願いする篝。
「その前に、怪我治しちゃいましょうか」
さくらのライトヒールと雪彦の治癒膏をかけまくって傷を癒す。司は治りきらなかったが、トマトを守った勲章といったところだろうか。
「働けなくて、ごめんね〜皆と一緒で助かったし力強かった♪ありがとう」
「支援助かったわよ。怪我も治してもらったし」
雪彦の謝罪に、司が攻撃を受けた腕の感触を確かめながらぶっきらぼうに応える。韋駄天のおかげで常に先制がとれたし、敵の後方に回り込むような移動も難なく出来た。宣言通り、自分の出来る事をこなしたのだ。
回復タイムの間におじさんが食べ頃の野菜を見繕って持ってきてくれた。きゅうり、ナス、パプリカ……勿論トマトもある。
篝は早速受け取ったそれを水で洗うとかぶりついた。
「なんだか篝君っていつも食べてるわよね」
「ご飯は大事って教わってますから」
「……やっぱりハラペコキャラなの?」
「何でですか!っていうか最近いつもからかわれているような!?」
にこにこと笑いながら、さくらも野菜を食べる。皆で一緒の食事は美味しい。
「さくらさんっ、ボクにもください〜」
「はい、どうぞ雪彦君」
真っ赤なトマトを差し出すと、雪彦が嬉しそうに受け取る。
「うん、やっぱりトマトは最高ね」
その隣で上機嫌でトマトを食べる司。新鮮なトマトのみずみずしい甘みが口内に広がる。何個でも食べられる勢いだ。
菜都もお礼を言った後もぐもぐと食べている。ちゃっかり持ってきたエコバッグに何個か持ち帰らせてもらいながらトマトを見ていたら、仲良しの男の子の赤い髪を思い出した。
「トマト好きかな……?届けてあげ」
ようかな、と言おうとしたところでじゅるりと涎が出たので、食べるのを再開。
「さすが無農薬野菜。美味いな!」
「お宝だからな。美味くて当然よ」
その言葉に、おじさんがどや顔で答える。鹿時はニカッと屈託のない笑みを浮かべた。
「へへ、そうだったな。なあ、少し持って帰ってもいいか?」
「おう、持ってけ持ってけ。傷モンでもいいなら箱でやるぞ」
「貰うわ」
二人の会話にすかさず入り込む司。
そんな不思議な盛り上がりを見せる一行を前に、野菜を凝視している弥彦。皆と違い分けてもらう気など無かったので戸惑っていた。
「そんな怖い目してどうした?生野菜は抵抗あるか?まあ食べてくれよ」
「いや、目つきは……いただきます」
目つきが悪いのは元々だと言いかけて、途中で諦める。勧められるままにトマトを口にすると、確かに普段口にするものよりも甘みが強い気がした。
「美味しい、です。加工したものの方が好きですが」
「そうかそうか。なら兄ちゃんも幾つか持っていきな。火を通しても美味いぞ」
言われて受け取りながら、ぼんやりとメニューを考える。ラタトゥイユに使ったら美味しいだろうか。
「そういえば、結局黒いのと白いのは何だったんだ?」
考えていてふと思い出す。誰も気にも留めてなかったが、結局何だったのだろうか。
「んー、ディアボロとサーバントだったのよね?天使と悪魔は仲が悪いし……その子達もそれで何となく喧嘩になっちゃったんじゃないかしら?」
「天魔同士が何となくで喧嘩って……、もっとこう、邪魔にならない場所は……無かったんだろうなぁ」
「喧嘩なら河原とかでやって欲しかったな!」
弥彦が遠い目をした。天魔にそういうのを求めても無駄だ。河原なら良いという問題でもない。
「まあ細かいこたぁ気にすんな!若い子達が喜んで野菜を食べてくれる姿を見れたしな!お嬢ちゃん達のために、来年はもう少しトマトの出荷量を増やすかな」
「是非お願いします」
「ぶれないなー……」
脊髄反射で反応する司に、篝は突っ込む気力も無い。
そんなこんなでたくさんの野菜を携えて、撃退士一行は帰路に着いたのだった。
END