●とりまシナリオの綺麗部分
式場は集まった勇士達で賑わっていた。25人もの撃退士が集まり、ドレス選びと着替えでてんやわんやだ。
結婚式は女の子の憧れ。邪魔されるのが解っていたとしても、ドレスが着られる上に依頼報酬も貰えるというのは好条件である。
「いやですね、別にドレスが着たくてとか、そういうわけでは……ほら、シュトラッサーとかイロイロと」
そうやって否定しながらも、手にはしっかりとお目当てのドレスを確保しているフィオナ・アルマイヤー(
ja9370)。パフスリーブと柔らかなスカートのバルーンが特徴的なプリンセスラインのドレスだ。
着付けとメイクを終え頭にティアラとヴェールを被せたところで鏡を見て、お姫様のような自分に思わずうっとりして溜息を吐く。
「……わ、私だってエレガントでキレイなものを……。め、メイクも大人っぽくお願いします!これで高校生と間違われることも……っ!」
微妙に童顔なのを気にしている天谷悠里(
ja0115)は、大人っぽいマーメイドラインのドレスを手に取る。
長いトレーン、それに負けない長さのマリアヴェール。少しだけ濃い目のメイクをすると、ぐっと大人っぽく見えた。
「……白無垢でお願いしたい」
顔を真っ赤にしながら一言、要望を伝える紫鷹(
jb0224)。
会場の人が持ってきてくれたのは、滑らかな正絹に刺繍の施された上品な白無垢で、正に憧れのそれだった。角隠しと綿帽子も勿論つけてもらう。
「はい、動かないでくださいませ。締めますわよ」
そんな、ドレスに浮かれているお嬢さん方のコルセットをぐぐいっと締め上げるシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。お家柄、ドレスを着る機会の多い彼女は慣れない人達のために着付けの手伝いをしていた。
そして驚くことにドレス持参だ。黒のパーティードレスで、スカートは花弁をイメージしたフリルがあしらわれている。日中というドレスコードを意識して露出も控えめだったり、ドレス姿で着付けをする姿などは、堂に入ってるとしか言いようが無い。
と、このへんは何とも可愛らしい話なのだが、知っての通り、この依頼には男性諸君も参加しているわけで……。
「百目鬼君、燃やしてあげるからそこに座りなよ」
濃紺のカラードレスを纏い、にっこりと怖いくらいの微笑みを浮かべながら尼ケ辻 夏藍(
jb4509)が百目鬼 揺籠(
jb8361)に迫る。
何があったかと言うと、燕尾服を着るつもりだった夏藍の元にそれがなく、代わりにドレスが置いてあったわけで……、しかもドレスを着てくれると思い込んでいる式場の人達にあっという間に着せ替えられてあっという間に美人さんの出来上がり。
で、衣装のすり替えなんてするのは妖怪仲間の揺籠しかいないと即バレしたのである。
「良いじゃねぇですか(俺だけ女装とか嫌ですし)。美人ですよとても」
揺籠は夏藍と対照的に真っ赤なカラードレスを着ていた。ショールで肩や腕を隠し、脱毛、ウィッグ、ナチュラルメイクと一通りを踏まえて綺麗に化けている。ノリノリに見えるが本人は辛いらしい。
そんな二人を見て成り行きを察した、笹刺繍に雀紋の入った色打掛姿の錣羽 廸(
jb8766)は、八鳥 羽釦(
jb8767)に事態の収拾を求めてちらりと視線を遣す。
無難にタキシードを選んだ羽釦は、ドレス姿の友人達を見てドン引きしていた。美人だが、似合っているが。だからと言って女装すんのはどーよと。
「お前ら……疲れてんのか?」
「これは百目鬼君のせいだよ」
「数で狙いが分散されるなら……」
ガッツリ女装してる揺籠と違い、ほぼ着せられただけの夏藍と廸。ここはさらりと流してあげるのが優しさである。タキシード姿にサングラスをかけている羽釦もツッコミどころではあるのだが。
「兄さま!」
そこへ、ふわふわひらひらのミニ丈ウェディングドレス姿の錣羽 瑠雨(
jb9134)と、シンプルなAラインの白ドレス姿の仔泉 やや(
jb9179)がやってきた。
「瑠雨ちゃんに教わってチャレンジなのです。似合いますか?」
普段が着物姿のやや。慣れぬ洋装を瑠雨に手伝ってもらいようやっと着替えたところだった。他の人がほぼ選び終えた後でドレスを選んだので若干スカートの丈が長いが、そこも愛らしい。
「俺は解せないけど、お前達はよく似合ってる」
二人の少女に頬を緩める廸。だがこの先、本当の意味でドレスを着ることがあるのかと思うと、妹の晴れ姿にも少々複雑な気分になる。
「はわ、兄さまたちも花嫁衣裳ですのね。ふふ、とってもお綺麗ですのよ!」
天使の笑みで、夏藍の腕に抱きつく瑠雨。
夏藍は揺籠との喧嘩も忘れ、頭を撫でた。
「瑠雨君も仔泉君もとても麗しくて素敵だよ。ほら、雀君、まだ先の事に悶々としてないで……君も似合うよ、ドレス姿」
「……別に悶々となんてしてない。それと、嬉しくない」
妖怪達の喧嘩は、二人の妹分のおかげで何とか納まったのだった。
「いつものですね。解ってます」
「花嫁姿もやぶさかじゃないけど、それでアクションしたら破りそうだし」
彼女の礼野 智美(
ja3600)に誘われて参加した水屋 優多(
ja7279)。しかし何故か智美は着替える様子はなく、しかも男子用の学園の儀礼服を着て、優多は女装をするという見た目リバーシブルカップルになっていた。
そんな優多の衣装は色打掛。吉祥紋を織り込んだ紅の生地に、白い梅の花を中心に松や菊が描かれた格調高い衣装だ。元々中性的な外見だが、打掛を着るともう見分けがつかない。本人も女装に慣れて諦めの境地だ。
だがさすがに打掛を着る機会などはなかなか無く、かといって女性と一緒なのは気が引けるので幼馴染の旦那さんに着付けをお願いすることになった。
「あやかさんに聞いてはいましたけどここまで手馴れているとは思いませんでしたよ」
「伊達に長生きしてない」
優多の着付けを終え、黒のタキシード姿で現れた美森 仁也(
jb2552)。妻の和装の着付けも彼女が幼い頃からやっていたらしく、着物に慣れていない優多がちょっと動いたくらいでは全く着崩れる様子が無かった。
「しかし、なんだな。本当にこの学校は性別迷子が多いな……違和感仕事しろ」
「ちゃんと男に見える仁也さんの方が少数派ですものね」
目の前には、薄桃色のカラードレスを纏った最愛の妻、美森 あやか(
jb1451)。透ける生地を幾重にも重ねたスカートと、肌の露出を避けるためのショールと長手袋が、繊細にあやかを彩っている。
「綺麗だよ、あやか。ドレスも似合ってる」
仁也の言葉に、頬を染めるあやか。
本当は、ドレスを選ぶ時にちょっぴり迷ったのだ。和服だと、白は純潔、紅は子孫繁栄、黒は貞節という話が頭をよぎったのだが、真紅は苦手で。紅に近い色合いの桃色にしてしまった。だが、仁也が似合ってると言ってくれるだけで幸せな気持ちになってしまう。
「本当、似合ってるな!誘った甲斐があった」
「ありがとう、智ちゃん」
親友のあやかのドレス姿に嬉しそうに駆け寄る智美。とりあえずここだけで二人も綺麗な花嫁がいるので安心してシュトラッサー追払い役になれる。
ドレスは、いつか時が来た時に着ればいい。
「さくらさんはドレス着ないんですかー?ここは一人でも囮が多いに越したことはないっすよ!」
着付けの手伝いに着ていた鈴木さくらに、藤井 雪彦(
jb4731)がドレスを勧めてくる。ドレスはシェリアがバリバリ着付けてくれているので、さくらは和装とお化粧の手伝いに回っていた。白無垢を着た雪彦に軽く化粧を施し紅をひく。和装は体型が補正しやすいので、よくよく見なければちょっと背の高い花嫁さんで通るだろう。
「ふふ、私はお手伝いに来ただけだもの。綺麗な雪彦君も見れたし満足よ」
「残念、デジカメも用意してたんだけどなあ〜」
やんわりと断られ、がっかり。
「ほらほら、美人が台無しよ。女の子を護るのが雪彦君の役目でしょ」
「……うん、そうですね!他の女の子を危険に晒さないために頑張るよ〜☆」
意気込む雪彦だったが、姿は花嫁さんなわけで。そのギャップにさくらはくすりと笑った。
●ここからコメディ成分です
「意味分かんねぇよこの依頼!依頼主何考えてやがる!」
すっかり準備の整った披露宴会場。そこで台バンをしたのは恙祓 篝(
jb7851)だった。何故かマントですっぽりと身を包んでいるというけったいな格好であるが、その下はドレスである。女装は嫌だが『花嫁希望』を無視出来ないというあたり、生真面目さが伺える。
そこへ通りがかる雪室 チルル(
ja0220)。白色をベースに青い氷結晶の飾りが散りばめられた涼しげなプリンセスドレスに、頭部にも氷結晶を模したティアラを着けている。
「あたいったら花嫁ね!」とのたまいながら動き回り、色んな人に絡んだり写真を撮ったりとフリーダムだ。
「何でマントで隠してるのよ、折角だから記念写真撮ろうよ!」
「ば、や、やめっ、見るなくださいお願いします」
マントを剥がされそうになって涙目になる篝。
チルルも、抵抗されたのでしょうがなく別の人をターゲットにすべく移動する。そこで、グリーンアイス(
jb3053)に捕まった。
「ふふーん、写真なら私と撮ろうよ。超可愛いあたしときゃわいい女の子で一緒に撮った方が楽しいよー」
「おおー、撮るぞー」
ロングトレーンのエンパイアラインのドレスに、花冠とヴェールを被り、緑の薔薇のブーケを持ち、まるでギリシャかローマの女神様の様相。スタイルが良いのでしっかり決まっている。
まあ、可愛い女の子同士で記念写真を撮ろうという彼女の言い分は至極正論だ。
とりあえず二人で写真を撮った後、更に記念写真の相手を求めて二人で会場を練り歩くのだった。
「いやー、目の保養になるね。僕も負けてないけど」
ドレス姿で戯れる少女達を眺めながら、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)がにこにこと笑う。普段は着けている眼鏡を外し、髪は結い上げマリアベールを被り、オフショルダーにマーメイドラインの白のドレスを着てばっちり女装している。
「ボクだって、貴公子に口説かれる位の気持ちっすよ!」
丈の長い純白のウェディングドレスを着込んだ天羽 伊都(
jb2199)。言葉に偽りなく、化粧も無駄毛処理もばっちりだ。高身長の女装陣に比べれば、確かに口説かれる可能性は高いのかもしれない。
「しかし花嫁強奪ねぇ。映画にでも影響されやがったとか?」
椅子に座って『花婿』を待つ小田切ルビィ(
ja0841)。黒いウェディングドレスに身を包み、黒いヴェールを目深に被り、その下から真っ赤な口紅が覗いている。高い身長をごまかすために椅子に腰掛けているようだ。
しかしこんなシナリオを振っておいてなんだが、何故皆こんなにノリノリで女装するのか。久遠ヶ原凄い。
麻生 遊夜(
ja1838)はピンチだった。
元々は、来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)の護衛のつもりで参加したのだが。
「着るのはお前らだけでいいだろうに、なぜ化粧道具を持ってこっちを見るんですかねぇ…?」
目の前には麻夜とヒビキ。二人とも胸元の開いた扇情的な黒のミニドレスに、麻夜は胸元に赤い薔薇のコサージュ、ヒビキは腰元に青のリボンをつけている。
それだけを見れば遊夜が二人に迫られてるように見えなくもないが、二人の手には、二人とお揃いの黒いドレスと化粧道具がしっかりと握られていた。
「逃げちゃ駄目……こっちに、来て?」
「募集は「ドレスを着て犯人を追い払う」だよ?」
クスクスと楽しそうに笑いながら、ジリジリと追い詰めていく。そう、二人は最初からこれが目的だったのだ!
「俺は、絶対に、着ないからな!」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ」
「せっかく遊べるって、聞いたのに……仕方ない、追いかけっこ」
ヒビキの様子がおかしい。もう、彼女の目には遊夜しか見えていなかった。遊夜もそれに気付き、脱兎の如く逃げ出す。
「遊ぶ、遊ぶ、遊ぶの!」
「そっちに回って!追い詰めていくよ!」
逃げ出した遊夜を、二人が追いかける。二対一でただでさえ分が悪いのに、息の合った連携で会場の中に追い詰められていく。
「絶対に、ノゥだ!着たら俺の大事なものが崩れる。俺はアッチ側には行きたくないんだ!」
他の参加者の長いドレスのトレーンの合間を潜る様に抜けて行く遊夜。その目に、明らかに異様なモノが映った。
真っ黒のタキシードとマント。黒々とした長髪。そんな中、一際目立つ青の瞳。
殆どの者が忘れかけていた、月光の貴公子の登場だった。
●やっと月光の貴公子
『……何だコレは』
満を持して登場した彼の第一声は、それだった。
バァンと格好良く披露宴会場の扉を開けたのはいいものの、皆騒いでて聞こえちゃいねえし、花嫁が20人くらいいるし、ワケが解らないよ状態だった。
「おい、貴公子!貴公子来たぞ!」
「え、貴公子?何それ美味しいの?」
「……誰?」
完全に目的を忘れている麻夜とヒビキに、遊夜の声は届かない。式場中駆け回って、貴公子の眼前すら走って通り抜けつつ、気が逸れた遊夜を捕まえて服を剥きだす。
貴公子はそれをポカーンと見ていたが、はっと表情をキリッとした感じに戻した。
『予告通り、花嫁を迎えに来たぞ。さあ来るが良い』
花嫁ばかりの光景を見てうろたえたところから何とか立て直し、優雅に手を差し出した。
「は……?い、いやっ、こっち来ないでくださいっ!何なんですかあなたはっ!!」
「うわっ、本当に出た!?アレですか、痴漢とかそーいうアレとかっ!?ヤダヤダ来ないでっ!」
ヴェールを掻き寄せて体を隠そうとするフィオナ。お姫様願望が形になった自分を見られるのは、例え相手が月光の貴公子などという恥ずかしい輩であろうと恥ずかしい。
悠里も、大人っぽくというコンセプトは完全に忘れて、迫り来る変態にとにかく拒絶の意を示す。
貴公子は、手を差し出しただけなのに完全に痴漢扱いされて若干傷ついた。
『痴漢ではない!ちゃんと予告状を出したではないか!読んでないのか!?』
「きゃーきこーしさまー!」
『ぐはっ』
そんな貴公子にタックルをかまし思い切り抱きついのは、純白のスレンダーラインのドレス、裾にはドレープ部分をたっぷり作ってエレガントに。フルメイクでばっちり花嫁を決めている九鬼 龍磨(
jb8028)。ただしガタイが良い。
「月光が日中に来るなんて、豪快ー!光と闇がそなわり最強だねー♪さあ!私とダンスを踊りましょう!」
そんなガタイの良い花嫁の、サバ折りハグからのダンスという名のジャイアントスイングで、戦ってもないのに貴公子の生命がやばい。
『それほどでもない。……て、やめろ!バカにしているのか!?お前のような花嫁がいるか!』
「やだー、ここにいるじゃなーい」
手を離すと、貴公子が遠心力でぽーんと飛んでいく。そして、会場のテーブルを引き倒しながら墜落した。
テーブルと共に突っ伏す貴公子を、たまたま落下地点の近くにいたルビィが座ったまま覗き込み、妖艶な笑みを口元に浮かべた。
「あら、待っていたわ。花婿さん……?」
『っつつ……そなたは……』
なんだかこっちもガタイがいいような気がするが、さっきよりはまともそうだ。早くも貴公子の花嫁へ求める基準が低くなっている。
ルビィを引き寄せようと貴公子が手を伸ばす。ルビィもそれに応えるべく手を伸ばし、その手が重なりそうになったところで、隠し持っていたゼルクで貴公子の足を絡めとる。
『……は?』
「綺麗な薔薇には棘がある……ってな? ――大人しく帰るか、それとも暫く俺達と遊ぶか……どっちか選びな」
真っ赤な唇を舌なめずりしながら、一転やる気満々の笑みで貴公子を脅す。
『な、何なんだ一体!男じゃないか!我は花嫁を迎えに来ると言ったはずだぞ!……って、おい!何してる!』
「あんたもドレスを着なさいよ、楽しいわよ!」
背後から迫っていたチルルが、貴公子が身動きがとれなくなったのをいいことにマントとタキシードを脱がそうとしていた。
『やめろ!我はお前達と違ってそんな趣味はない!』
「ぷふー、我!?似合わないカラコンして貴公子なんて名乗っている上に一人称我!?きっもー☆そーいうのが許されるのは中二までだよねー」
グリーンアイスが厨二心を抉る言葉を放ってくる。
屈辱なのか、怒りなのか、貴公子がわなわなと震えている。その間にチルルのドレス化計画はどんどん進んでいたが、途中で貴公子がゼルクの束縛から抜け出し、急に立ち上がったことで半裸にマントまでで事なきを得た。変態度が増したのは気のせいだ。
『ええいっ!とりあえず貴様ら一列に並べ!我の花嫁になる者は一歩前に出ろ!』
何様のつもりなのか、そんな指図をしてくる貴公子。撃退士達はとりあえず言われたとおり横一列に並び、そして花嫁になる気満々の女装陣が前に出た。
「貴公子様ー!どうですかこの溢れ出る気品!口説いていいんですよ?」
伊都がはいはいと手をあげながら進みでて、ちらりと流し目で誘惑をしかける。化粧のおかげで眼力もバッチリだ。
『ほう、なかなかに美しいではないか。我のために着飾ってくれたのか?』
「もちろんです。完璧な女装を目指しましたから」
いきなりばらす伊都。
『って、女装か!誰が選ぶか!」
「そんなっ、乙女心を弄ぶなんて……お月さんに代わってお仕置きよ!」
振られて(?)ショックを受けた伊都が、どこからともなく大剣を取り出した。これ逆ギレだ。
だが丈の長いドレスを選んでいた伊都。普段通りに動けば裾も踏むのは当たり前で。
大剣を握ったまま、顔から盛大に転んだ。
「うぐぐ……、おのれ月光の貴公子……」
『我は何もしていないぞ……』
段々哀れになってきた貴公子。だが撃退士達の精神的攻撃はまだまだ続く。
「きゃー、月光の騎士様!私を迎えに来て下さったのね」
ジェンティアンがわざわざ星の輝きを使用して光り輝きながら、貴公子に抱きつきにいく。
『って、また男ではないか!それから我は騎士ではない、貴公子だ!』
「まあ、貴公子だなんてもっと素敵。ねえ月光の貴公子様、きっと真のお名前も素敵なんでしょうね。教えていただきたいわ。きっと高貴なお名前よね」
「私も、貴公子様の真名を聞きたいなー♪」
便乗する龍磨。
びくっ。と。貴公子の動きが一瞬止まった。
『ふ……名は遠い昔に捨てた。今の我は月光の貴公子。高貴なる天使に仕える者』
「ふむ、ササキさんとかか?」
紫鷹がカマをかける。カラコン。今半裸になっている上半身から解る貧弱さ。恐らく日本人だろう。名前を言わないということは多分高貴とは程遠い名前に違いない。
『ば、バカを言うな。我がそのような名前であるはずがなかろう』
「違うのか、じゃあサトウさん?それともタナカさんか?」
『!?!?!?』
多い苗字を適当に呼ぶ。タナカのところで貴公子がありえない顔をしてうろたえた。
あ、コレビンゴだ。撃退士達は悟った。
「ふっ、ふふふふふ。なかなか面白いことを言う女性だ。どうだ?そなたを我の花嫁として迎え入れても良いぞ?」
動揺を隠すように、貴公子は優雅な動作で紫鷹の前に跪く。だが紫鷹は強気に突っぱねた。
「奪われるのは構わないが、天に仕える事をやめてからじゃないと、嫌だ」
『ふふ、拗ねた顔もなかなかに愛らしい。何なら、ここで誓いの口付けを……』
そう言って紫鷹の腰を引き寄せ、顔を近づけようとするが。
ばちこーんっ!
紫鷹の渾身の力を込めた平手打ちが入った。
『へぶらばっ』
「せっ、接吻は一生に一人にしか、しない……!」
『奪われるのは構わないって言ったのに……』
さめざめと泣きそうになっている貴公子に、雪彦がすっと近づいた。
「貴公子様……私をお持ち帰りしてくれて構わないですよ?」
『何?』
紫鷹より少し高いくらいの身長、同じ白無垢。和装で肩幅などの体格が隠せているのもあって、今までの女装花嫁達と比べれば雪彦はかなり女性に近い。貴公子が縋るような目で見る。
「他の女性達を危険に晒すくらいなら、私が貴公子様のもとに行きましょう。どうぞ、何でも言ってください」
『え、今何でもって言ったよね?』
ガタッ
うん、とりあえず、今立った子は座ろうか。
『えーと、じゃあ、あんなこととかこんなこととか』
「お望みならば。薄い本展開でも構わないですよ?」
『マジで!?』
ガタガタッ
はーい、貴腐人さんも貴公子さんも座りましょうねー。
「そうはいきません!」
整列していたややが、裾を引きずりながら雪彦のピンチにずんずんと前に進み出る。
「そのような無体は許さないのです。悪い奪還さん、お相手願うのです!此処はどーんとややにお任せください!」
「仔泉君」
「下がって……」
そうして前に進み出たものの、兄達にずるずると後ろに引きずられ、その背中に隠される。
ちょっとしょんぼりなややに、羽釦がそっと話しかけた。
「見んじゃねぇよ、あんなもの見たら馬鹿になるぞ」
「そ、そうなのですか!?」
真顔のまま頷く羽釦。
『そこ!変なことを吹き込むんじゃない!』
「ああん?」
そうしてギロリと視線だけを遣す。サングラスで隠れてはいるが、その眼光が鋭いことは明らかだった。
「うちのお嬢に何か用か……?」
強面で凄むとどう見てもやくざです。ありがとうございます。
「……月太郎だっけ、何をしに来たって?」
廸が据わった目で弓を構える。瑠雨とややのことになると、妖怪お兄ちゃん軍団は理性の箍が外れるらしい。
『た、太郎……!?誰が月太郎だ誰が!月光の貴公子だ!』
「そんなことどうでもいいんだよ。こんな子供まで範囲内かい?昔からお稚児の文化はあるとはいえ、現代では許されないと思うんだよ。…今はロリコン、だっけ」
「全く、よりにもよって仏滅に来るような頭の悪さに加え、ロリコンとか許されねぇでしょ……」
全力で揶揄する夏藍と揺籠。
『ま、待て。我は幼児に手など出しては……って、仏滅ぅ!?』
今初めて今日が仏滅であることを知ったらしい。
「そうだよー、仏滅選ぶとかアホだねーって皆で言ってたんだよねー。それとも、貴公子様は世間に疎い設定とかそんな感じなのかな?」
「さすが貴公子様。凄いなー、憧れないなー」
女性言葉に疲れたのか、ジェンティアンが素の声で挑発し、龍磨もそれに続く。
『ぐ……、ぐぐぐぐ……、もう良い!花嫁は自分で連れて行く!』
ヤケになったのかそう啖呵をきる貴公子に、智美が呆れたような声を出す。
「で、どの花嫁を誘拐するんですかー?やめてほしいんですよねー、花嫁ってだけで具体的に指名しないから、こっちも警護困るんですけどー」
『え?えーと、じゃあその子』
貴公子が指差したのは、智美の横でちょこんと立っている優多。
「あ、その花嫁性別は男ですよー」
『またか!?ってかマジで!?』
「……良く言われます」
諦め顔で乾いた笑いを浮かべる。その笑顔すら、男には見えない。
『じゃあ、そっち、そっちだ!これなら男であることはなかろう!』
次に選ばれたのはあやか。智美が更に呆れたような声でかわす。
「とっくに人妻ですけどー?」
『えええええ!?何でここにいるの!?』
「あやかのドレス姿はいつ見ても綺麗だからね」
横についていた仁也がさりげなくあやかを背中に隠しながら、単にドレス姿が見たかっただけだとぶっちゃける。
「あたし、花嫁衣装は着てますけど……攫われる気はないですし」
愛しています、と、仁也の背中にそっと寄りかかる。非リア充には何とも辛い光景だ。
『旦那まで一緒に来てるのか!もうお前らは爆発しろ!じゃあ、他には、えーと……』
貴公子が視線をさまよわせていると、何やらただならぬ気配が場に広まった。
「ふ……ふふふふ」
篝だ。精神的に限界が来たのだろうか。顔を俯けたまま不可解な笑みを浮かべている。
「キャストオフ!怒りの炎を纏いし花嫁、見参!」
ばさあっと身をすっぽり覆っていたマントを脱ぎ捨て、代わりに纏うは覇気。ドレス姿に、何故かトゲトゲの肩パット。ヒャッハーなモヒカンさんもビックリだ。
『ギャー!変態!』
「お前が言うな!」
登場時はともかく、今の半裸マント貴公子には何も言う資格はない。
ともかく篝は無言でゴゴゴゴ…という効果音を背負い、ひたすらプレッシャーを放ち続けた。本当は手を出したくて仕方ないのだが、会場で暴れてはいけないという決まりごとを守っているのである。
『な、何だね、やろうというのか?』
「……」
無言でプレッシャーをかけ続ける篝。
しょうがないので無視して花嫁を選ぼうとするが、背中にずっとプレッシャーを感じて気になって仕方がない。
脂汗が出てきた貴公子。その時、ややと一緒に兄達の背中に隠されていた瑠雨がしずしずと顔を出した。
「あの……月の貴公子さまは、なぜ人様の花嫁を奪いに来るのですかしら……?」
『む、それは……』
格好いいからだ、と答えるのも格好がつかない。貴公子が返答を考えている間に、瑠雨が更に言葉を続けた。
「せっかくのジューンブライドですもの、ご自分だけの花嫁を見つけるほうがよいかと思うのですけれども」
ぴしっ
可愛らしく小首を傾げながら尋ねる瑠雨。それは、無邪気な故に残酷な一言であった。羽釦が笑いながらそれへの答えを出してやる。
「錣羽のお嬢、それはタブーってやつだ。自分の花嫁がいないから攫いに来るってことだろう?」
ぴしぴしっ
「まあ、わたくしったら気がつかなくて。月の貴公子さま、失礼いたしましたですの」
ぺこりとごめんなさいする瑠雨。
だが既に、貴公子の精神は限界を超えていた。
様々な女装男子からのアプローチ。まともな女性陣からは痴漢扱い。散々からかわれた挙句の名前バレ。
貴公子は暫し固まった後、ばさりとマントを翻した。
『ふ……ハーッハッハッ。今日はこのへんで勘弁してやろう。なかなかに面白い余興であったぞ。次に会う時は覚悟するがよい!』
そう精一杯の強がりな捨て台詞を吐きながら、一目散に逃げ出した。
だが、貴公子の背後でプレッシャーを放っていた篝は見た。
貴公子が、涙目だったのを。
●まあ宴会でも
「終わったー!」
無事貴公子を追い払うことに成功した一同に、披露宴用の料理が振舞われる。
戦闘が起きることがなくほっとした面々、貴公子を思う存分からかって満足した面々、これからの宴会に既に頭がいっぱいになっている面々と様々だ。
また、宴会の準備をしようとした際に、会場の隅っこで遊夜が服を剥かれた状態で縮こまっているのが発見されたので、会場の人が至急タキシードを用意してくれた。他にも希望者がいればタキシードを用意くれるということだったが、それを希望したのは篝だけだった。
皆、自分の女装姿を楽しんでいるらしい。
「麻夜、ヒビキ、恨むぞ……」
「眼福眼福。別にドレスは着せなかったからいいでしょ?」
「ん、面白かった。帰ったらあの子に聞かせてあげないと」
何やらツヤツヤした様子の麻夜とヒビキ。散々追いかけっこをして服を剥いたところで満足したらしい。やりすぎると嫌われるので程々に抑えているようだ。ヒビキはあんなに暴走していたのも忘れて今はぴっとりと遊夜にくっついている。
「腹いせだこの野郎!食いまくるぞ!」
篝はドレス姿から開放された反動か、タキシード姿でガツガツと料理にありついている。最近ハラペコキャラになっている気がするのはMSだけだろうか?
一方、女性陣は無事に変態が去った会場で優雅にお茶会と洒落込んでいた。依頼が遂行された今、あとはこの状況を楽しむだけだ。
「皆さん、ドレス似合ってますわね」
「いやー、さすがにシェリアさんには負けちゃうよう」
「あら、充分素敵ですわ」
「そ、そう?大人っぽく見えるかな?どうですか皆さんっ」
「素敵だと思います。その……わ、私も、お姫さま、じゃない、花嫁っぽく見えますか?」
「勿論!んー、ドレスアップしたきゃわいい女の子と綺麗なおねいさまはいいねぇ」
ドレス談義に華を咲かせ、記念の写真を色んな組み合わせや角度で撮りまくる。あと2、3時間は話が途切れることはないだろう。
「くうー、貴公子に口説かれなかったっす。まだまだ修行が足りないですかねえ……」
「ボクも、お持ち帰りされるかと思ったんだけど、もう一押しだったかな?」
「ドレス着せられなかったわ。あたいったら反省ね!」
「まあまあ、もう月光なんちゃらのことは忘れて、宴会を楽しもう♪」
こちらは反省会の卓。まあ女装陣卓とも言うのだが、ちゃっかりチルルが混じっている。こちらも程なく宴会モードになるだろう。
「あなた、折角だから写真を撮りませんか?智ちゃん、お願いしていい?」
「お安い御用だよ」
「二人も撮ってあげようか?」
「……少し複雑ですけど、お願いします」
こちらは和気あいあいと写真を撮りあっている。優多は自分が女装で智美が男装なので少し悩んだが、目の前の二人を見ていると記念に残すのも悪くないと思えた。
「大好きな人と写真撮るの嬉しいもの」
そんなこんなで宴会は続き……。
撃退士達は思い思いに楽しんだのだった。
●一方そのころ
『我は月光の貴公子、我は月光の貴公子、我は月光の貴公子……』
逃げ帰った月光の貴公子(笑)は、粉々にされた自分の自我を保つべく、暗い自分の部屋でぶつぶつと呟き続けていた。
END