●俺の知ってる鯉のぼりと違う
突如学園内に現れた鯉のぼり天魔に、急遽撃退士達が集い出撃することとなった。
現場は見晴らしの良い広い歩道。駆けつけている最中から、その姿が見える。
「うわぁ、ホントに鯉のぼりみたい……じゃないよ!」
「何コレ、キモ……っ!」
桐原 雅(
ja1822)と松永 聖(
ja4988)が、鯉のぼり天魔の姿を見た瞬間に声をあげる。2mの巨大な鯉というグロテスクなものは女の子には不評なようだ。
「時期的に丁度見たかった物ですがここまで動くのはちょっと……」
「俺の知ってる鯉のぼりと違う」
男性陣にも不評だった。海城 阿野(
jb1043)と恙祓 篝(
jb7851)は、自発的に動く鯉のぼりにコレジャナイ感を訴える。
そして鯉のぼりの姿を確認したそのすぐ後、鯉のぼりに追われている2人の人影も見えてくる。鈴木 さくら(jz0272)と鈴木 すみれ(jz0290)だ。
彼女達は鯉のぼり天魔の様子を見ながら逃げているようだったが、相手はゆっくりとはいえ空を飛んでいる分、ぴったりと着いて来る。
「さくらさんっ!すみれちゃんっ!!」
藤井 雪彦(
jb4731)が叫ぶ。その声に気付いて、さくらが振り向いた。
「雪彦君!」
さくら達の焦っていた様子が少しだけ安堵の表情に変わる。すみれは素直じゃないので安堵で緩んだ口元を慌てて引き締めた。
2人を見て戦闘に慣れていないのが解ったのだろう、日下部 司(
jb5638)が敵から庇うように割り込み、雪彦や他の仲間達もそれに倣った。阿野だけはすぐには近づかず、先にヘルゴートを使用しておく。
「遅くなりました、大丈夫ですか?」
「ボクが来たからには、指一本触れさせないよっ♪」
「騎兵隊の到着ってやつだ」
向坂 玲治(
ja6214)が、槍を肩に担いで前に出る。
頼りになる応援の到着にさくらとすみれが足を止め、肩で大きく息をした。
「皆ありがとう。ほら、すみれは今のうちに避難して」
「なんでよお母さん!私だって少しくらい……!」
「ここは任せて君は避難を、お母さんの言うことは聞いておくべきだよ……ってお母さん!?」
避難を促すさくらに、抵抗するすみれ。同じく避難を勧めようとした司だったが、まさか親子だと思わなかったらしく驚いて言葉が止まってしまう。
「あの鯉のぼり、子供を狙っていたのよ?すみれが一番危ないの。ここは皆に任せましょう」
「……解った」
膨れっ面で渋々承知するすみれ。
そして、そんな悠長な話し合いを許すほど天魔は寛容ではない。いつの間にか玲治達の真ん前まで迫っていた。
「ボクのお友達を狙うなんて……覚悟しろよ?」
「戦闘開始だな。来いよ、鯉こくにして食ってやるぜ」
祝詞を使用し、雪彦を包む光纏の輝きがキラキラと強くなる。玲治が挑発するように指で手招きをしながら、タウントを使用する。
鯉のぼり天魔はそのぎょろっとした目玉を一瞬玲治に向けたが、またすみれの方を見直した。
「やっぱり子供が狙いなのか……?そうはさせないぜ!」
篝のリングから黒い炎の塊が生まれ、鯉のぼり天魔に向かって飛んでいく。避ける様子すら見せない鯉のぼり天魔だったが、その巨体が炎に包まれると僅かに怯んだ。
「人間の子供を浚うのも人に被害を及ぼす天魔も妻が嫌いだからなぁ」
今まで黙ってついてきていた美森 仁也(
jb2552)が、穏やかな笑みを浮かべたまま武器を構えた。人間の姿をとってはいるが悪魔である彼の攻撃は、サーバントには有効打となる。
闇を纏った武器が鯉のぼり天魔に命中し、痛そうにその体をくねらせた。
「私も行くよ!」
続けて雅が接近し、拳で思い切り横っ腹を殴打する。
確かに当たった。だが鱗の表面がぬるりと滑り、威力が殺されてしまう。更に、ぬるぬるした感触がおまけでついてきて思わず眉をしかめる。
そこで、痛さでうねっていた鯉のぼりが立ち直ったのかふわりと高く飛翔。そのまま、すみれに向かって舞い降りてきた。
「へっ……ええええ!?」
「危ない!!」
大きく口を開けて迫ってきた鯉のぼり天魔に、すみれの体が硬直する。だがすみれが狙われているのを予想していた面々が、すみれを庇おうと動いた。
まずすみれの横についていた聖が、すみれを抱えて縮地を使いその場を離れた。次いで、すみれを庇おうと雪彦と司が立ち塞がる。
鯉のぼり天魔は降下する慣性の力のままに、司に襲い掛かる。司は咄嗟に武器を前に構えようとしたが、庇うつもりだったこともあって間に合わず、そのまま飲み込まれた。
「うわっ」
180cm近い身長の司が、丸々と飲み込まれ体内へ押し込まれる。衝撃で気を失ってしまった。
「飲み込んだ!?」
「全員で攻撃だ、吐き出させるぞ!」
掛け声と同時に、篝が刀に持ち替えて斬りかかる。中の司まで斬ってしまわないよう気をつけながらの攻撃だったが、そんな心配も露知らず弾力性の強い体が刀をしっかりと受け止める。だがダメージは入ったようで、ぐねぐねと暴れた。
「こらー、吐き出せー!」
続けて雅が鯉のぼりの天魔の腹部らしきところを狙って思い切り蹴り上げた。ドゴッといい音がしたと同時に、体内からも呻き声のようなものがあがる。雅は一瞬、やばっ、という顔をしたが、吐き出させるためだ。多少のダメージはしょうがない。
聖も攻撃に参加すべく、戦闘エリア外にすみれを置くと闘気を開放する。一瞬すみれと目が合った。
「あ、あの、ありがと!」
「べ、別に心配してとかそういうんじゃないからね!ここで大人しくしてなさいよ!」
ツンデレのテンプレートのような言葉を吐きつつ、戦場へと戻る。
だが聖がラッシュに参加する前に、味方達の攻撃で鯉のぼり天魔はげぼっと司を吐き出した。
「ぐっ……って、うわ」
吐き出されて意識を取り戻した司だったが、鯉のぼり天魔の体液らしきものでべとべとぬるぬるだった。ショックでまた意識が飛びそうになる。
「……危険な攻撃だな」
「そうだね……」
その姿を見て、篝と雪彦が憐れんだ。
そして総攻撃を受けた鯉のぼり天魔も、目的と違う獲物を飲み込んだ挙句無理矢理吐き出させられて相当お怒りの様子だった。
吐き出させるため密集して攻撃してきていた撃退士達を薙ぎ払うように、その場でぐるりと回転し体重を乗せて尾ビレを振り回す。
「危ないっ」
雅と玲治が慌てて庇護の翼を使い、篝と阿野を庇った。シールドを使用しその巨体を受けると、重さでずずっと後退する。
司は伏せていたおかげで当たらずに済んだが、仁也が直撃を受けて、地面に叩きつけられた。
「皆っ!今回復するわ!」
さくらが回復の届くギリギリの所まで近寄り、仁也へライトヒールをかける。
雅と玲治にも必要かと目配せをするが、それに気付いた雅は首を振った。
「ボクは後回しで大丈夫!他の人を!」
言いながら武器を持ち替え、一歩下がる。あまりに固まっていると今の攻撃の餌食になってしまう。だが、仲間を庇うには離れすぎてもいけない。ディバインナイトにジョブチェンジしたばかりの雅には匙加減が難しかったが、やるしかない。
そこで、一歩下がった雅を見、次に鯉のぼりを見た阿野が大きく飛び出した。
先ほどまで仲間達が密集していて使えなかったが、鯉のぼり天魔の攻撃で後退したり、それを警戒した仲間が距離をとったことで周辺が空いたことに気がついたのだ。鯉のぼり天魔の横につくとスキルを放つ。
「氷の夜想曲!」
阿野を中心に、凍てついた空気が包み込む。ダメージと共に深い眠りを与える攻撃だが、鯉のぼり天魔は一瞬動きを止めただけで、寒さと痛さに抗うように体を震わせただけだった。
「眠りませんでしたか……、まあダメージは入ったようですし良しとしましょう」
「じゃあ今度は燃やしてやるよ!」
篝が距離をとりながら、再び炎を鯉のぼり天魔へ放つ。
寒さに震えていた筈が、今度は熱さにのた打ち回る。鱗の表面も若干乾いてきた。
「ボクも、そろそろいいとこ見せないとね!防御が硬くてもジワジワダメージ与える方法ならいくらでもあるんだぜ?」
雪彦がそういいながら手のひらを向けると、蛇の姿をした幻影が飛んでいき咬み付いた。傷口から直接入り込んでくる毒に抗えず、悲鳴のような声が漏れる。
さくらは引き続き仁也の回復をしていた。仁也の攻撃が鯉のぼり天魔に有効なように、鯉のぼり天魔の攻撃も仁也にはきついダメージとなってしまった。
「もう大丈夫です、ありがとう」
だが、いつまでも倒れているわけにはいかない。傷口を押さえながら戦線に復帰する。
「この尾ビレは切り刻んでやるわ!」
先程の尾ビレ攻撃を見て危険だと判断したのだろう、聖は背後に回りこむと、尾ビレの軟骨に沿って滅多滅多に切り刻んだ。
その攻撃を受けて、鯉のぼり天魔が抵抗するように再び尾ビレを振り回す。
「俺を無視するなんざ、寂しいじゃねぇか!」
再び雅と玲治が攻撃に割り込み庇う。聖と阿野が受けたならひとたまりもないだろう攻撃だが、2人には掠り傷程度だ。
「もう、うっとおしいわね!」
今一度、聖が尾ビレを切り刻む。ヒレはその機能が残っているか怪しいほどずたずたになった。心なしか、動きが鈍る。
ダメージが積み重なり、鯉のぼり天魔も危機感を感じたのだろう。再び誰かを飲み込むべく、ふわりと空へ飛翔した。
「ちっ、動くんじゃねえ!」
「飛んだぞ!飲み込まれないように注意しろ!」
篝の声に、全員が一斉に構えた。長柄の武器を持つ者は眼前に構え牽制する。
鯉のぼりの視線の先には、聖がいた。尾ビレを裂かれた恨みか、それとも身長が小さいせいなのか。
聖は自分が狙われていることに気がつくと、鯉のぼり天魔が降りてくるより先に、道の脇にあった街路樹に鎖鎌を引っ掛け踏ん張った。これなら飲み込み防止にもなるし、飲み込まれたとしても街路樹が鯉のぼり天魔の口のつっかえ棒になるだろう。
聖の予想の通り、鯉のぼり天魔は聖は飲み込んだものの、樹まで丸呑みすることは出来ず、口を開けたまま動けずびちびちともがく羽目になった。
「今のうちよ!」
飲み込まれた直後に聖がその一言を残し、気を失った。
勿論、このチャンスを逃すわけがない。一斉に襲い掛かる。
雅が渾身の力を込めて蹴り上げ。
玲治が槍を大きく振りかぶって叩きつけ。
阿野が口内を切り刻み。
仁也が闇の力を増幅させて攻撃し。
雪彦から炎の剣のようなものが飛んでいき。
司がエネルギーを溜めた武器を思い切り振りぬき。
篝が炎で焼き尽くした。
鯉のぼり天魔から声にならない悲鳴があがる。
「……最後に、エンガチョって女の子に嫌われたらどうしてくれんのさ!!」
雪彦が追撃で今一度攻撃を放つと、それを合図とするかのように、鯉のぼり天魔はどさりと地面に落ちた後、灰のように崩れ去っていった。
●空の上
「皆、本当にありがとう。私達だけじゃどうにもならなかったから、助かったわ」
「私も……助けてくれてありがと」
さくらとすみれがブルーシートの上にお弁当を広げながら、改めてお礼を言った。
元々ピクニックのつもりでたくさんお弁当を作って出かけに来ていたので、せめてものお礼にと皆を誘ったのだ。
ちなみに、鯉のぼり天魔の体内にいたせいでダメージの余波を受けた聖と司は回復済み、更に、鯉のぼり天魔の体液の被害にあった者達は、さくらにタオルやお手拭を借りて近くの手洗い場へダッシュ。さっぱりしてから参加している。
仁也だけは、お弁当を断り先に帰ってしまった。もしかしたらすみれが天魔が苦手なのに気付いて遠慮したのかもしれないが、真意は解らない。
「何というかまぁ、天魔って意外と季節の催しに詳しいよな」
お弁当をもごもごと食べながら、玲治がぼやく。
「天魔も上納ノルマとかがあって大変なんじゃない?よく知らないけど」
「すみれ、結構世知辛い事言うんだな……」
篝が突っ込む。
「しかしどんな天使があんなサーバントを作ったのか知らないけど、やるならもっと拘らないと。あの出来じゃあ、ボク的には30点ってところだね 」
あの気持ち悪さを思い出したのか、雅の箸が止まった。
食事中にぐろい物を見たり考えたりしたりしてはいけない。
「あー、お弁当美味しいわね。頑張った甲斐があるわ」
「うふふ、有難う。すみれのために頑張ってくれたものね」
「べ、別にすみれのためってわけじゃないわよ!」
すみれがツンデレのため同じツンデレの聖に親近感が沸いたのだろう。さくらがほんわりといじっている。
実際、すみれを抱えて離脱したり、飲み込み攻撃に対する機転など、今回のMVPは彼女だろう。
「ボクはさくらさんとすみれちゃんのためだよ。お友達がピンチなら駆けつけないわけがないからね♪」
「ええ、有難うね雪彦君」
雪彦はさくらの隣を陣取ってお弁当を堪能していた。戦闘で張り詰めていた気が緩み、いつもの軟派な感じに戻っている。
「たくさん動いた後はお腹が空きますからね。美味しさも増すというものです」
「天気も良いし、こんな日にピクニックすると気持ちが良いよな」
阿野がお弁当の中からホットサンドを発掘してもしゃもしゃと食べる。
司は空を見上げ、その抜ける様な青空に目を細めた。
その隣で篝は一心不乱にお弁当を食べている。
「うん、美味い!仕事の後は飯だな飯」
あっという間に自分の取り分を食べ終え、きょろきょろと見渡すと、まだまだお弁当の残っているすみれからパクった。
「いただき!」
「あーっ、私のミートボール!」
「あらまあ、まだあるから大丈夫よ」
他にも最初に取り分けた分を食べ終えた者が出始め、小さな戦いが始まっていた。
玲治と雪彦が向き合って、箸で牽制しあっている。
「その卵焼きは渡せないな……」
「いや、ボクのだよ……」
交錯する箸。捕まった卵焼き。勝者は。
「うーんっ、やばいっ♪この玉子焼きサイコーです〜☆」
「くっ、やられた!」
「ふふ、満足してもらえたみたいで何よりだわ」
幸せな顔で卵焼きを食べる雪彦の顔を見て、さくらがにこにこと笑う。
その顔を見た雪彦の表情が、ふっと曇った。
雪彦の母親は亡くなっている。それも、思い切りの後悔を残して。
そして無意識の内に母の姿を探し、さくらを母に少し重ねていた。その分、この戦いはいつもより必死になっていた。
そんなさくらが今笑っている。それが雪彦には嬉しかったし、同時に亡き母のことが脳裏に浮かんでいた。
ピクニックが終わり、解散した後もそのどこかノスタルジックな気持ちが消えることはなく。
形見のハンカチを取り出すと、それをじっと見つめた。
そしてすみれも、亡くなった父に思いを馳せていた。ピクニックに父が一緒だったならどんなに良かっただろう。
遠くで、3匹の親子の鯉のぼりが仲良く揺らいでいる。もう、すみれにとって戻ってこない姿。
見上げても見上げても、ただ、空高く鯉のぼりが揺れているだけだった。
END