●愛の矢、お断りします。
撃退士達は既に、件の山へと足を運んでいた。
遠目にキューピッドや攫われた人達の姿がうっすらと見える。
相変わらず、今も煽られているようだ。
「カップルも可哀想だけど、あんなに煽られてる2人も可哀想……」
遠目に様子を見ながら、影崎日和(
jb7983)が呟いた。
同じお独り様のため、つい同情してしまうようだ。
「ああ、独り身に対してこの仕打ち……あまりにも、惨すぎる」
「そう?実にしょうもないというか…別に独り身でも死にはしないのに」
「このサーバントはやらされてるんだろうし意味は解ってないのだろう」
同意する向坂 玲治(
ja6214)の言葉に対し、卜部 紫亞(
ja0256)がばっさりと切り捨て、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は可愛らしいガンマン姿とはギャップのある、淡白な答えを返した。
その隣で、愛用のスマホをネックストラップで装着して録画を開始するルーガ・スレイアー(
jb2600)。
「こいつはおもろいシチュエーションだぞー( ´∀`)」
そして動画配信サイトへリアルタイムで配信。タイトルは『ねぇねぇ今どんな気持ち?(トントン)』
「ランキング上位いけるかなー( ´∀`)」
こちらもまた惨い仕打ちである。
「どうやら、恋の神様は独り者には風当たりが厳しいみたいだぜ……」
ともあれ彼らの作戦はこうだ。
サーバント対応と救助対応組に別れ、サーバント対応班が気をひいている間に救助対応班がカップルとお独り様を同時進行で救助、安全圏まで移動して護衛。あとはサーバントを倒すだけだ。
一時的にサーバント班とカップル班とお独り様班の3組に別れることになるため、念のために携帯はハンズフリーですぐに連絡がとれる状態にしている。ここにいる5人はサーバント対応班だ。
その時、携帯に両救助班から連絡が来た。合図だ。
向坂はわざとキューピッドの視界に入るよう近づくと、未だ看板を持ったままの彼らに指で手招きをするように挑発した。
「ほれほれ、俺に鉛の矢でも金の矢でも好きな方を射ってみろよ」
キューピッド達が顔を見合わせた後、もう一度こちらを見る。思惑通り、敵と見なしてくれたのだろう。看板を投げ捨てて両手に弓矢を構えるキューピッド達。
『ねえどんな気持ち?』と書かれた看板が地面に並んで転がっているのがかなりシュールだが。
キューピッド達が一斉に矢を射ようとした寸前、一筋の光と、銃弾が放たれた。
「はーい、動かないでねぇ♪」
「天魔死すべし、慈悲はなし……」
明るい笑顔で言う影崎と、薄ら笑いの卜部。若干怖い。
二人が放った魔法と銃弾は牽制で放たれたものであったが、もう一つ、銃弾が風を貫く音がした。
鴉乃宮が神経を研ぎ澄まして撃った弾はキューピッドの1匹を穿ち、その体に鋼色の光が纏わりついたかと思うとそのまま地面に落下した。ダメージと落下の衝撃で、キューピッドはピクピクと痙攣している。
銃口の硝煙をふーっと吹き、気分はすっかり女の子ガンマンだ。
これでキューピッド達の注意は完全に撃退士達に向いたようだった。お独り様達から離れ、5人のところへ向かってくる。
あまり頭は良くないのだろう。それとも、煽っているくせに自分達が煽られることには慣れていないのか。
そして、いつのまにか闇の翼で飛翔しその光景を撮り続けているルーガのスマホ。
現在生放送中の動画の中では、コメントが踊り狂っている。
『煽り耐性ww』『NDK?NDK?』『グロ注意』
それを端目に見て満足そうにすると、武器を構えた。
「ルーガちゃんのドーン★といってみよーう( ´∀`)!」
ぶんっと大きく振りかぶると、黒い光の衝撃波がキューピッドに向かって真っ直ぐ飛んでいく。空中に残っていた3匹の内2匹が直撃を受けて大きくよろめいた。
●扱いの違い
サーバント対応組がキューピッドの注意を引いているのを確認し、残りの3人も救助のため動き出した。
「救助者を確保しなきゃね♪……って」
お独り様達担当の藤井 雪彦(
jb4731)。だが、彼らはかなり興奮していた。
「撃退士か!やった!そんな奴らやっちまええ!!」
「くそっ、散々人を馬鹿にしやがって!バレンタインがなんだゴラァッ!」
先ほどまで泣き叫んでいたかと思ったら、今度は罵声をあげている。とても避難するテンションではない。困った藤井はうーん、と考えながらも
「背に腹変えられないね」
2人に魂縛符を使用する。ゲートからの魂・精神吸収を抑えるためのスキルだが、副作用の睡眠効果の方が今は重要かもしれない。
興奮していたのが嘘のように、ばったりと寝入る。
「さって……眠ってる人って重たいよねぇ。んっしょ」
2人を抱え、キューピッド達から離れるように移動する。
この後カップル組と合流して一緒に護衛するつもりだが、直線距離は10mほどだがゲートもあるし迂回しながら男2人を抱えて移動するのは大変だ。頑張れ。
一方、蔵寺 是之(
jb2583)とロゼッタ(
jb8765)が向かったカップル達は疲労困憊の様子だった。数日、縄で拘束されたままの上、天魔がいる恐怖とお独り様の狂乱っぷりを見せられたのだ。そりゃあ疲れるだろう。
「貴方達は……撃退士?」
「はーい、助けにきたよ。あたし達が来たからにはもう安心だからねっ」
ロゼッタがにっこりと笑いながら、マインドケアを使用する。暖かなアウルに包まれて、カップル達の険しい表情が少し和らいだ。
続けて小刀で縄を切り、拘束を解いてやる。
「立てる?」
「何とか……」
男性の一人が答える。彼女の方は少しふらふらしているようだ。
もう一組のカップルは少し抵抗でもしたのか、彼氏が怪我をしていた。
衰弱している女性と、怪我をしている男性に、ライトヒールをかける。再び、暖かなアウルが光を放った。
「あたし杖より重いもの持ったことないしぃ。男の人運ぶとか無理だから、歩けるなら歩いてね」
「いや、ロゼッタが運んだら後で一悶着起きるだろ……。俺が担いでく。野郎だが我慢しろよ」
担ぎ上げようとした蔵寺に、慌てて男性が遠慮した。
「き、傷も治してもらったから大丈夫ですよ!肩を貸していただければ……」
「わ、私も、何とか歩けます」
「そうか。なら少し後方に下がるぜ。無理すんなよ」
それぞれ肩を貸し、ゆっくりと移動する。
藤井と合流したところで、抗天魔陣を張った。カップル達がほっとしたように座り込む。お独り様達は微妙に距離を置いて地面に下ろしておいた。
ひとまず安心だが、流れ弾やキューピッドがこちらに向かってくるのに警戒して、武器を手に取り備える。
「救助完了。これより護衛する……と。あの様子なら、すぐ終わるだろうけどな」
一応携帯に連絡を入れるが、戦闘の勝敗はかなり決まりかけていた。
「まあ、こっちに来たとしても指一本触らせないヨ♪」
「がんばれ〜」
無事を喜ぶカップルを横目に見ながら、サーバント班の戦いを見守った。
●圧倒的ではないか
向坂の肩を、キューピッドの矢が掠める。
1人で注意を引き付けているので、ちまちまとダメージが入っていた。
その上2本の矢が向坂の影を地面に縫い付けるかのように留め、体が思うように動かない。幸いなのは、タウントを使っている向坂以外の対象に向かおうとしないことだろうか。
おかげで……
「『監禁及ビ精神的拷問ノ罪ニヨリ冥府送リニ処ス』」
可愛いガンマンが容赦なく『処刑人』を繰り出し。
「よーし、この隙は逃せないわねぇ♪」
隙を見て仲間の援護をし。
「……ねえ、どんな気持ち?動きを封じられて甚振られるのってどんな気持ち?カップルはどうでもいいけど、天魔は絶対に許さないから覚悟するのだわ」
甚振って。煽って。
「もう一発!ドーン★といってみよーう( ´∀`)!」
やりたい放題である。
もうちょっと強くしておけば良かったと悔やんだところで仕方がない。特筆することもなく、キューピッド4匹は綺麗に消滅した。
「ふう、終わったね」
「そうね……スッキリしたわ。後始末は任せるから、先に帰るわね」
「え、行っちゃうの?」
聞く耳もたず、スタスタと行ってしまう卜部。
バレンタインの売れ残りとか安くなってないかしら、という独り言を残して完全に帰ってしまった。
サーバントを滅ぼしてスッキリした、というのもあるのだろうが、仲間の天魔に対しても何かしら思うところがあるのだろう。多くは触れるまい。
その仲間の天魔の1人は、放り出された『ねえどんな気持ち?』をドアップで映して生放送の締めを行っている。コメントが大量の『w』と『ねえどんな気持ち?』弾幕で溢れ、これならランキング入りするだろうとほくそ笑んでいた。
そんなルーガの気が一通り済んだところで、ようやく仲間と合流する。
「さて……お独り様達、どうしようか?」
あとは結界から脱出して帰るだけなのだが、未だ眠ったままのお独り様を見て顔を見合わせる撃退士達とカップル。
下山するため起こしたとして、暴れられてカップル達に何かあっては困る。
「俺が背負っていってもいいけどよ……どうせどっかで起こさねえとだめだろ?」
「じゃあ起こしちゃう?マインドケアも残ってるし……100久遠チョコでもあげれば大人しくなるかも、あは」
カップル達は不安そうな顔をしていたが、ロゼッタの言葉で起こす事に決定した。
ここでさりげなく彼女を自分の背中に隠すところが、彼女持ちたる所以であろう。
結果から言えば、起きた彼らはやっぱり暴れそうだった。
そこを予定通りマインドケアで収め、大人しくしていればいいものをあげる、という悪魔の囁きによって、ようやく全員で下山出来ることになった。
カップル達の体調を気遣いつつようやく山を降りた頃には大分時間が経っていた。
●嫌なことがあればいいこともあるさ
「皆さん、助けていただいて本当にありがとうございました」
「ほんとに、何て感謝したらいいのか……」
カップル達が深々と頭を下げる。
藤井がニコニコと笑った。
「気にしなくていいよ〜。無事で良かった♪救助する時に思ったけどすっげぇお似合いだしさ、これからも仲良くしていってよね♪」
その言葉に、カップルの女の子達がはにかむ。
「はい、バレンタインは終わってしまって残念ですけど……なんだか、彼との絆が確認出来た気がします。撃退士さんの言う通り、仲良くやっていきますね!」
背後で「けっ、リア充め」という言葉が聞こえた気がしたが、気にしない。
「じゃあ、僕達は先に帰ります。早く家に帰らないと家族が心配してますから」
「送っていかなくて大丈夫?」
「少し行けばバスもタクシーもありますから。傷も治していただいて、ありがとうございました」
もう一度お辞儀をして、圧倒的イケメン力を放ちながらカップル達は去っていった。
残されたのは、お約束のお独り様達……。
「ぐぎぎぎ……リア充め……。あれが、ただしイケメンに限るってやつか!?」
「いちゃつきやがって!見せ付けてるのか!バレンタインを天魔に煽られて過ごした俺らをディスってるのか!?」
大人しくしていた反動がやってきた。
ヒートアップしていく様子を見て、蔵寺がうんざりと言い放つ。
「だったらお前ら二人がくっ付けばいいだろ……、そう言う奴らも人間の中には居んだろ?」
「えっ」
訪れる静寂。
妙な沈黙があたりを包んだ。1人を除いて。
「ホモォ……また動画を録画せねばならんようだな」
「冗談に決まってんだろ!俺だって野郎とくっ付くのはごめんだ……!撮るな!」
スマホをまた録画モードにしようとするルーガに、珍しく慌てて否定する蔵寺。
ルーガは少し残念そうだったが、ふと何かを思い出す。
「そうそう、ごほうびだったなー。時期も時期だし……ほーれ( ´∀`)」
「な、何ぃっ!?」
なんと!推定Fカップの谷間からバレンタインチョコが!
……実は去年購入したまま忘れていたものだが、言わぬが花だ。
「た、谷間チョコだと……?」
「こんなことがあっていいのか……っ?」
嬉しさと驚きで動揺するお独り様達。
「私も持ってるよー?」
続けて、100久遠チョコを取り出してちらつかせるロゼッタ。明らかにお独り様達がキョドる。
「欲しい?明らかな義理でもこれ欲しい?……あはっ、仕方ないなぁ」
お独り様の反応を楽しみながらチョコを渡す。ついでに、仲間達にも配り、そのまま全員に怪しげな目線を配る。
「あは、ホワイトデー楽しみかも。期待してるね?」
「こ……小悪魔チョコ……!?」
「だがそれがいい!」
段々変な本性が見えてきたお独り様達。
そこに、遠慮がちに声がかかった。
「あのー……」
影崎も今回チョコを持ってきていた。しかも、バレンタインチョコ2014だ。
「今回は災難だったね、これでも食べて元気出してね♪」
ぺかーっと、後光が差すような笑顔でチョコを渡す。
お独り様達が大袈裟にのけぞった。
「うわぁぁぁぁ」
「女神様だ!嘆きの平原の女神様だー!」
一言余計だが、本人達は褒めているつもりらしい。
とりあえず、お独り様達の心を癒してあげることは出来たようだ。
「あはは、いいことがあって良かったね。君らはさ、より良いパートナーを見つける準備期間なんだぜ?自由を楽しまなきゃ☆余裕も大事だよ♪」
「独りであることを楽しめるようにならないと」
「まぁ、アレだ……いつかきっと、あんたらの良い所を見てくれる奴が現れると思うぜ」
たたみかけるようにフォローする男性陣。
お独り様達も、貰ったチョコを大事そうに握り締めつつ、頷いた。
「そうっすよね……。今回こんな事になったから、こんないい事があったんですし……」
「人生まだ捨てたもんじゃないっすね……」
つつー、と、涙が頬を伝う。
チョコレートを貰っただけで大袈裟だと思うが、今までのお独り様人生がよっぽど辛かったのだろう。
「……これから反省会兼ねてティータイムにするけど、君達も来る?クッキーと紅茶くらいしか出ないけど」
「えっ!美少女の手作りクッキーですか!?」
「行く!行くます!」
格好を見て、鴉乃宮のことを完璧に女の子だと思っているのだろう。
そしてそれを別段否定もせずに、鴉乃宮は続けた。
「独りだから楽しい事もある。こうして独り同士で集まって愚痴ったりね」
「はい!撃退士さん達……本当にありがとうございました!」
嫌な事件だったね……。
でも、捨てる神あれば拾う神あり。
撃退士達の活躍によって、罪のない一般人は救われ、そして、その繊細な心も救われたのでした。
……でも、女の子の手作りクッキーだと思ったら実は男の子だったと知った時って、どんな気持ちなんでしょうね?
END