●揺籠と紫苑
雨が降って少し灰色模様の遊園地。
そこには番傘をさした百目鬼 揺籠(
jb8361)と、紫陽花柄の雨合羽を着た秋野=桜蓮・紫苑(
jb8416)がいた。
紫苑は写真を撮ることに不満を示していたが、可愛目の雨合羽と、揺籠に髪を結ってもらったお陰で今は機嫌も良い。
「どこにしやすか?」
「ガキが濡れて風邪ひいたらいけませんしねぇ…あ、屋内あるじゃねぇですか」
問いかける紫苑に、揺籠がにやりと口角を上げながらその場所を指差す。
「別に俺ぁ風邪なんて……」
指差しにつられて見た先には、古めかしい日本家屋を模した建物。いわゆるお化け屋敷。
紫苑の顔からさっと血の気が引いた。
お化けが苦手なのである。揺籠も妖怪なのだが。
「日本の夏は肝試しってぇ相場が決まってまさ」
「行かない!!!!!」
カッと目を見開いて拒否するが、揺籠はにやにやしながらスルー。
「行かないって言ってるじゃねぇですか!」
「なんかあったら助けますってば」
ごねる紫苑をずりずり引きずり中へ入っていく。
薄暗さと冷たい空気に、紫苑の顔はこの世の終わりかのような絶望に染まっていた。
こうなればとばかりに、揺籠にしがみついてひたすら顔を伏せる。
「妖怪が同業にビビッてどうすんですかぃ」
やれやれと肩を竦めながらも微笑ましくて頬を緩め、あらぬ方向へ歩いていく揺籠。彼は鳥目だった。
下を見ていた紫苑が床の誘導灯のルートから外れているのに気付く。
「ちょ、兄さん!」
そのまま壁に激突した。
紫苑は悟った。百目鬼改め鳥目兄さんは道案内の役に立たない。
自ら進まねば、このお化け屋敷を永遠に出られないのだ。
しょうがなく顔を上げ先導するが、そうなると当然お化けが目に入るわけで。
「ギャー!!」
井戸から出てきたり、死んでるかと思ったら突然動いたり。それら全てに絶叫。
そんな悲鳴の方角に向け呑気にシャッターを押し続ける揺籠。紫苑はビビリにビビリながらも出口を目指す。
出口の明かりにホッと安堵し、歩を早め、のれんを潜ろうと手を伸ばすが。
ガシッ
最後の仕掛け、お客さんの足を掴むお化けに紫苑の動きが止まる。
「紫苑サン?」
声かけに返事はない。
紫苑は、半分意識を天に浮上させて呆然とその場に立ち尽くしていた。
< ><●>
次のアトラクションを求め歩く2人。
その間ずっと、紫苑の恨めし気な視線が揺籠に突き刺さっていた。
「機嫌直してくださいよ。次は紫苑サンが好きなのにしていいですから」
その言葉に、指先がジェットコースター3tryを指した。
揺籠が3tryを見て、紫苑を見て、また3tryを見た。
あれは罰ゲームか何かだろうか。
「あれは生身で乗って大丈夫なもんなんです?」
凄い勢いで3tryの説明書きを確認する。
体調の悪い人は乗ってはいけないなどの普通の注意書きだ。生死についての注意はない。
「(あ、老人のっちゃいけねぇって書いてありやさ)」
一緒に注意書きを覗いた紫苑が、隣にいる700歳オーバーの誰かを見る。
が、先程のお化け屋敷の事が頭をよぎったのでそのまま並んだ。
空いているのですぐに順番が来る。
空いているので最前列に案内される。やったね!
コースターに乗り込み額に嫌な汗を感じながらも、風でフードが飛ばないよう、紫苑のフードを深く被りなおさせる揺籠。
その顔は死地に赴く戦士のような、覚悟と悲壮感を伴っていた。
ガコ、と。3tryが発進する。
「怖かったら手ぇ繋いでてもいいdぎゃあああああ」
「きゃはははは!!」
高度を上げた後、いきなり後ろ向きに落下していくコースター。
そのままコースが捻れ、進行方向が直ったかと思えばぐるんと2回ほど大きく宙返り。
紫苑は笑顔で手を離しピースをする程の余裕だったが、揺籠は顔面蒼白でただただ悲鳴をあげるばかり。終わる頃には掌が汗でぐっしょりだった。
よろよろのその姿を、紫苑が写真に撮ってやる。
「兄さん、手汗すごいですぜ」
「…なんでそんな楽しそうなんですかぃ?」
ニコニコ顔の紫苑が恨めしい。寿命が縮んだ思いだ。
そこに更なる非情な通告。
「もう1回のりやしょう」
いつの間にか、ぱらついていた雨が止んでいた。
ふらっふらの揺籠とは裏腹、ご機嫌の紫苑が空を見上げる。
「にじでてやすよ!」
満面の笑顔で虹を指差す紫苑に、緩慢な動作ながらもカメラのシャッターを押す揺籠。
「(なんだかまた少しでかくなった気がしますねぇ)」
妖怪でも、子供の成長に大人が驚くのは変わらない。
しみじみとそう思う。
これを機に写真立てでも用意してみようか。
「兄さん、いっしょにとりやしょう!」
「勿論ですよ」
通りがかった女の子達に頼んで、虹を背に2人で並ぶ。
揺籠の顔は若干青ざめていたが、笑顔の写真が残った。
雨が降る日なんて、いくらでもあるけれど。
でも雨が上がれば。虹の下、共に。
2人、笑顔で。
●5人組
リョウ(
ja0563)、雁鉄 静寂(
jb3365)、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)、恙祓 篝(
jb7851)の4人は、すみれと共に行動することにした。
「この時期、やっぱ雨の日多いよな〜…ふぉあ!!」
空を見上げ、篝が突然光纏した。
炎を纏って雨に対抗しようとしたらしいが、光纏は物理的特性を持たない。残念。
『何やってるの』
「そっとしとけ…」
篝が濡れている傍らで、静寂が礼儀正しく皆に向かってお辞儀をする。
「すみれちゃん、皆さん、今日はよろしくお願いします」
『うん、よろしくね』
「遊園地、プライベートではどれくらいぶりだろ。鈴木ちゃんとデートとか(どう弄ろうか)わくわくしちゃうねー♪」
『一応仕事でしょ!そして心の声聞こえてるから!!』
ジェンティアンはつい本音が漏れてしまったが、アイドルスマイルでさらっと流す。
そこへリョウが、土産屋に売ってあった猫耳をすみれに装着させカメラをパシャリ。
『何で猫耳?』
「はて、すみれ嬢を弄りつつ遊園地の魅力を伝える依頼だったと思うが」
『前半いらないから!』
「あ、私も撮らせてください」
『静寂先輩まで!?』
そんな様子を篝がにやにやと眺め。と、完全に弄り包囲網であった。
ひとしきり入り口付近の写真を撮ったところで、移動を開始する。
「それじゃ楽しもうか、お姫様方?」
静寂とすみれに微笑みかけ、傘をさしてやるジェンティアン。
こうしてすみれを弄り隊のメンバーは遊園地に繰り出していった。
最初に訪れたのはシューティング系のアトラクション、天魔撃退。
「…って、日頃からやっとるわ!!」
ツッコミが入った。
『いいじゃない、屋内だし』
「そうそう、楽しめばいいんだよ。ま、そこそこ点は取れると思うけどね」
「その意気です」
言いながら写真を撮る静寂。
今日一日、隠密、移動スキルを駆使して撮影係をやるつもりのようだ。そこまでするとは。
ちなみにリョウは、先に一通りアトラクションの外観写真を撮るため別行動。そのためジェンティアン、篝、すみれの3人でトロッコのような物に乗り込む。
屋内だからなんて言いつつ、わくわく顔でおもちゃの銃を取るすみれを、ジェンティアンがにやにやと眺めていた。
「どうかした?」
「何でもないよ。さて、射程魔法メインの僕を侮るなかれ」
トロッコが動き出し、そのコース上にたくさんの『的』が現れる。獣型の天魔を模したはりぼてが現れたり隠れたり。頭部や心臓部では高得点を示す赤い点が点滅している。
とはいえこれは一般人向け。撃退士である3人は片っ端から的に当てていく。
『ちょっと、それ私の!』
「前に割り込むな!見えないだろうが!」
「はい、いただき」
当たると一時的に当たり判定がなくなるため、的の取り合いの方が大変であった。本当の敵は仲間である。
そうして、余裕の点数で1〜3位にランキング入りしていた。撃退士は存在がチートだ。
「ジ、ェ、ン、っと」
「皆さんお見事です」
鼻歌まじりに名前を登録していると、出口で待ち構えていた静寂が労いながら写真を撮った。
このチートの様子を残していいのか疑問は浮かぶが、遊びだし公式大会等ではないのでセーフ。
きっと皆、撃退士を超える事を目指し切磋琢磨してくれるだろう(希望的観測)。
『静寂先輩、あれで足りるの?』
「はい、足りてますよ」
いつの間にかお昼になっていたので、食事を済ませてから次へ向かう。
他のメンバーが普通に食事をする中、静寂はサプリとゼリー飲料だったのですみれが心配そうにしていたのだが、静寂は平然と答えた。
『スタイル維持の秘訣ってやつなのかしら?』
「カロリー計算、教えましょうか?」
『…やめとくわ』
そんな他愛もない話をしていたら目的地に到着。そこに立ちはだかる物を見て、すみれの顔が強張る。
3try。文句無しの絶叫系であった。
『ねえ、まだ雨も降ってるし別のにしない?』
顔が引き攣ったままそう提案するが、途端、4人の様子が変わった。
こう、弄る気満々の様子に。
「すみれちゃん、もしかして怖いんですか?」
「そうかー、すみれは絶叫系が苦手かー」
『そっ、そんなわけないでしょ!』
ニヤニヤと煽る篝。反射的に否定するが、まあ反応でバレバレである。
「戦闘時は足場が安定しているとは限りません。移動戦闘も撃退士としての務めですよ」
『関係ないわよっ』
真顔で静寂が煽った後、リョウが、シリーズシナリオのような大真面目な顔ですみれの肩に手を置いた。
「すみれ嬢。遊園地に来る客層で最も多いのは家族連れだ。それは当然子供連れ。
今、この場で子供と言えるのはすみれ嬢しかいない。君がこれに乗るのは必要な事なのだ。
――思いだせ。人々を笑顔にすると決めたのだろう?」
『どういうことなの…』
迫真のリョウにつられて思わず真顔で呟く。
こんな長台詞まで使って、何故この人達はこんなにも乗せようとするのか。
「無理ならいいよ、無理はしないで。乗りたい子もいるかもだけど他のにしよう」
ジェンティアンがそう労わる。決して、こう言えば乗るだろうなんて思ってナイヨ。
『無理じゃないわよ!乗ればいいんでしょ!』
本当に釣れた。
「分かってくれたか。では逝って来い。俺は乗らないが」
「すみれが泣いてたら超速でカメラ構えるから安心しろ!」
『安心出来ないわよ!なんか納得いかなーい!』
すみれを引きずってコースターに乗り込む。
静寂がカメラを持ったまま先頭に乗り、そこから振り返って残りのメンバーを撮影した。
『静寂先輩、まさか動いてる時は撮らないわよね?』
「撮りますよ?」
『危ないし、撮らなくていいから!』
「大丈夫ですよ」
安心させるようににこりと笑う静寂。
すみれは色々な意味で大丈夫じゃない。
そうしてコースターが動きだし。開始早々、後ろ向きに落ちていった。
『いぃやあぁぁぁ!!』
絶叫が響く。
対して、絶叫が平気な面々は。
「雁鉄ちゃん、写真撮れてる?」
「はい、ばっちりです」
「やべ、昼飯食いすぎたか…結構胃にくるな」
『何でそんなに余裕なのよー!!』
その間リョウは、ツイストやループの支柱にスキルを駆使して張り付きカメラを構えていた。
ちなみにこれは依頼の一環で許可を得てやっているので、良い子はマネしてはいけない。
「すみれ嬢、君の犠牲は無駄にしない」
何回かシャッターを切ると、シリアス顔でそう呟き支柱を降りていった。
3tryから生還し、ふれあい広場にやってきた一行。
すみれは半泣きのグロッキー状態でベンチでうつ伏せになっていた。
「すいませんすみれちゃん。そんなに苦手だとは思わなくて」
「ほら、一緒に餌やりしよう?鴨と触れ合った事はないカモ…かも」
『…やだ』
ご機嫌斜めのためツッコミすら放棄。拒否された上にスベったジェンティアンは独りしくしくと鴨と触れ合う。
しかし暫くすると気分も回復したのかすみれも餌やりに参加。皆でうさぎ、犬、鴨のもこもこふわふわに囲まれ、のんびりとした時間が流れる。
その時事件は起こった。
篝の元に動物達が群がる。
「わーっ、誰だ俺の足元に餌をばら撒いた奴はうわ何をするやめ」
動物の群れに埋もれるのを見て、すみれが思わず吹き出した。
別に何もシテナイヨ。ちょっと手が滑って餌が篝の近くに落ちたダケダヨ。
気付いた篝が動物を突破しすみれの方へ向かう。
「お前かすみれ!待て!」
『きゃー!』
笑っていたせいで逃げそびれ、篝の餌撒き攻撃を受けた。
あっという間に、今度はすみれが動物達にもみくちゃにされる。
「お、いい図だねー」
「楽しそうで何よりです」
呑気に写真を撮るジェンティアンと静寂。
『もうっ、助けてよー!』
楽しそうな声が、雨の上がった空に響き渡った。
一方リョウは、4人とは別れ観覧車へ来ていた。
観覧車からの風景は遊園地の魅力の1つ。雨も止んでいたので、観覧車一周分ゆっくりと景色を撮った。
雨粒や水溜りが、差し込んだ太陽の光でキラキラと輝く。
まばらに来ていた客達が、太陽に誘われるように屋外へ出て笑っていた。
「すみれ嬢がもう戦場に行かず、こんな風に笑っていられる世界を早く作らないとな」
それが、年長者の役割だと。願いと覚悟を秘めて。
そうして一周すると、今度は壁走りで観覧車をよじ登り直し撮影を続行する。
何度も言うけど良い子はマネしちゃダメだよ!
4人は遊園地の風景を撮っているリョウを待つため、ベンチで休憩していた。
時刻は夕方。灰色に覆われていた空はいつの間にか薄明るくなり、太陽が覗いていた。
陽の光の先に、キラキラと虹がかかったのに静寂が気付く。
「皆さん、見てください。虹ですよ」
「おー、これは写真撮るしかないっしょ」
「折角ですから皆で記念撮影しましょうか」
『じゃあリョウ先輩呼ばないと。リョウ先輩ー!!』
観覧車に登っているリョウに、手を振って呼びかける。
気がついたリョウが支柱を駆け下りてきた。
「どうかしたか?」
「虹が消えない内に、集合写真を撮ろうかと」
「そういえば、撮っていなかったな」
近くにいたスタッフに頼み、カメラを預ける。
篝がすみれの横に立ち、話しかけた。
「今日は楽しめたか?」
『ひどい目に合ったわよ。でも…楽しかった、かな』
「そうか。ならさくらさんも喜ぶな」
言いながらくしゃくしゃと頭を撫でる。
嬉しいような困ったような顔で俯くすみれに、リョウも言葉もかける。
「さくらさんへのお土産用に、すみれ嬢の写真も沢山用意してあるから安心しろ」
『ジェットコースターの写真ならいらないからね!?消しておいてよ!?』
「さて、どうかな」
僅かに笑みながらしらばっくれるリョウ。
涙目の写真がまず間違いなく届けられる事だろう。
『皆さん撮りますよー?』
そんなスタッフの声の後、シャッターの音が鳴る。
レンズの中には、虹を背負って楽しげに5人で笑い合う姿があった。
皆様、雨の日もどうぞ遊園地WWへ。
楽しい時間と、晴れやかな笑顔をプレゼント致します。
END