●コタツの悪魔を誘き出そう
人の気配のない住宅街。撃退士達はその中の一つの住宅の庭に集っていた。
2階建てで、赤い屋根の一戸建て。その暖かなマイホームの中にいる、天魔を退治するために。
気温は数度。寒い風が吹きつける。
「寒くて面倒だっつうのに…奴さんはこたつでのんびりとか、うらやましいこったねぇ…」
「もー。叔父さままでこたつでぬくぬくしねーでくださいまし、ですわよ? 」
気温と同等のやる気の低さ。ぼりぼりと頭をかきながら呟いた日比谷日陰(
jb5071)に、姪である日比谷ひだまり(
jb5892)がびしっと言い放った。
日陰はわかったよ、とひだまりの頭をぽんぽんする。ひだまりは叔父のがさつで暖かな手を受けながらも、その視界は空を視ている。
正確には、先ほど召喚したヒリュウの花の視界を共有し、この住宅地一帯を観察していた。
コタツに引き篭もっているという天魔を退治するこの依頼。
だが、依頼人からは家を傷つけないでほしいという、結構切実な願いも届いていた。
そこで彼らが立てた作戦はこうだ。
家のブレーカーを落とし、窓を開け放ち家を寒くする。
庭や適当な空き地で焚き火をし、そちらへ誘導。
暖かさを求めて家を出てきたところを退治、というものだ。
果たしてきちんと誘い出されてくれるのか、という問題はあったが、最悪力づくででも家を追い出す。温もりをもたらすための家に、悪魔は必要ないのだ。
「手頃な空き地は見つかりませんですわ。ここでやっちまうしかねーみたいですの」
ひだまわりの報告と同時に、礼野 智美(
ja3600)とキスカ・F(
jb7918)が、一抱えもある木の枝や枯葉を持って現れた。
焚き火の材料を集めに行っていたのだが、予想外にたくさん集まったようだ。
「庭で戦闘か。家を壊さないように善処しよう。しかし、敵と対峙するよりその前段階の誘導の方が手間かかるな」
「どこかの空き地まで誘導するよりは楽だよ。相手から焚き火が見えれば誘導しやすいしね」
どさりと荷物を下ろし、一息吐く。
息が白く曇った。
「相手から見える位置、か。なら窓の前か。確か天魔がいるのは居間だったな?」
「では、そちらが良いかと思います。その窓の向こうが居間ですので」
足音を消して、全身着ぐるみの男カーディス=キャットフィールド(
ja7927)がやってきた。先に隠密で家の中の構造を調査していたのだ。
予めエリン・フォーゲル(
jb3038)がブレーカーや窓の位置を依頼人に聞いていたので、確認程度で調査はすぐ終わった。
そうか、と頷きながら、礼野が一番下に紙、それから小枝、その上に大枝を乗せて、と手際よく焚き火の準備を進める。ご丁寧に焼き芋まで用意していた。
キスカもそれを手伝う。何となく感慨深そうだ。
そこへ買出しに出ていたエリンと篠塚 繭子(
jb7888)、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)が帰ってきた。
「湯たんぽとカイロだよー!ぬくぬくだよー!」
「さすがにこれだけあると熱いですね」
「それより重いですよ……」
予め借りてきていた湯たんぽと、買い足した湯たんぽで計10個。全てにお湯を入れてある。いくつもの湯たんぽになみなみとお湯を注がれてコンビニはさぞ迷惑だったろうが、買い物をした店舗でそのまま入れたので問題ない。はず。
毛布や一斗缶の用意は間に合わなかった。
また、お湯の入った湯たんぽをビニール袋で運ぶ、もしくはそのまま運ぶというのは運搬にも支障が出るので、コンビニでついでにエコバッグを買ってそれで運んできた。
ついでにそのまま湯たんぽを包むのに使用しちゃえばいいじゃないという発想である。
消火器は学園で交渉して借りてくればよかったのかもしれないが、こうして現地に来た後は調達が難しい。幸い依頼人家に置いてあったので、そのまま借りることにした。
「さあ、天魔が出てきてくれるように、湯たんぽ設置しましょうか」
「そうだね、じゃんじゃん置こう!」
言いながらもエリンと篠塚がノリノリで湯たんぽを設置していく。
焚き火にも着火して、エサの準備は整った。
「じゃあ、僕はブレーカーを落としに行きますね。誰か窓の方お願いします」
「あ、あたしが行きます。光の翼使えば足音たたないし!」
シグリッドの言葉を受けて、エリンがふわりと浮遊した。壁をすりぬけて直接家の中に入り、静かに窓を開け放つ。天魔の近くも通ったが、報告通りコタツで温もるのに忙しいようだ。
ブレーカーを落とすと、色々な物が音を立てて電源が切れる。普段は気にしないような電化製品の微弱な音が消え、家の中が静寂に包まれた。
二人が戻ってきたら、この後の行動を確認する。基本的には物陰に隠れて不意打ちだ。ハンドサインでタイミングを合わせて攻撃する。もし出てこなかった場合は、カーディスが囮の役割を担うという。それだけ確認すると、カーディスは遁甲の術と壁走りを使い屋根に上った。
他は焚き火の風下の物陰に隠れ、待機する。
ただ、礼野は消火器を持っての待機。キスカは火の番で焚き火の側にいることにした。
ただじっと、物音を立てないように天魔の動きを待つ。そんな中。
「なんだか待ってるのってどきどきしますね」
篠塚のおっとりとした発言に、程よく緊張感が無くなった。
●少しでも暖かく
なんだか寒い。
ディアボロがそれに気付いたのは、撃退士達がブレーカーを落として10分程経った頃だった。
コタツから出ていた頭の部分に、冷たい風が吹きつける。風の来た方向を見ると、窓とカーテンがいつのまにか開いていた。
耐え切れずコタツの中に潜ると、赤く光っていたものが今は暗くなっている。暖かい熱を発していないようだ。
あれ?と首を傾げる。
さっきまであんなに暖かかったのに、どうしてやめてしまったんだろう。
不思議に思って、もう一度コタツから顔を出す。
ぺたりと床を確認すると、電気カーペットはまだ暖かいが、少しぬるくなっていた。
更に20分。
寒い。
ディアボロながらに、このまま寒くなり続けるということは予想出来た。
また暖かい場所を探そうか。それとももう少しだけでもここにいようか。
そんな感じのことで葛藤しているところに、ふと火の匂いが漂ってきた。
上体を起こして観察すると、庭で火が暖かそうに燃えていた。
その近くには丸い敷物のようなものもある(湯たんぽを包んだエコバッグだ)。
側に人間がいるが、邪魔して来たら殺せばいいだけだ。
ふらりと立ち上がって、家の壁をすり抜けた……ところで、肉きゅうに暖かいものが触れた。設置していた湯たんぽだ。ぬくい。
もしかして、火の側の同じ物体もぬくいのだろうか。
じゃあ火にあたりながらなら二倍暖かいんじゃないだろうか。
ディアボロはそろそろと、火に近づいていった。
●悪魔にコタツは100年早い
天魔が動いたのを見て、数人がハンドサインを交わした。戦闘開始だ。
カーディスが屋根の上から無数の手裏剣を放った。
『ッ!?』
油断していたのもあったのだろう。影を凝縮した手裏剣が、天魔の体に突き刺さった。呻き声が上がる。それを見て屋根の上から地面に降り立った。
「家には戻らせないですよ」
怒りに任せ、天魔がカーディスへ飛び掛るが狙いが定まらない。本物の猫のような動きで軽やかに避けられる。
……猫VS犬だ。
続いて、こっそり距離を詰めていた日陰が高く跳躍し、天魔に大振りの一撃を放つ。だが既にカーディスの一撃を受けて戦闘モードに入っていた天魔は、それを軽々と避けた。狼のような姿をしているだけあって、相当に素早い。
そうやって天魔の注意がひきつけられている内に、礼野が物陰から飛び出し、用意していた消火器で焚き火の火を消した。あまりしっかり消火している時間が無いのが怖いが、今はしょうがない。阻霊符も使用し、天魔の退路を断つ。
キスカが礼野と入れ違いに動き、天魔の足元を狙い銃を撃つが、わずかに外れた。天魔とは言え銃を向けることへの抵抗が、手元を狂わせたのか。
シグリッドとひだまりも攻撃すべく自らのヒリュウを高速召喚し攻撃させるが、天魔はひらひらとかわす。
そのかわしたところへ、エリンが攻撃をしかけた。天魔は咄嗟に身を捻る。あまり深くは入らず、掠める程度に留まったようだ。
だが、それを受けて今度はターゲットをエリンへ移した。攻撃の後の体が硬直しているところを狙われ、直撃を覚悟する。
「させません!」
そこへ篠塚が割り込み、天魔を槌で受け止めた。消しきれなかった衝撃が腕の痺れとなって伝ってくる。
「あ、ありがとう!回復を……」
「ダメージはあんまり受けてないから大丈夫です!」
つい先程までは初実戦が楽しみでにやにやが止まらなかったようだが、いざ戦闘が始まればそこには頼もしいディバインナイトの姿があった。
守りを篠塚に任せ、エリンは攻撃を再開する。
さっきは物理攻撃があまり通らなかったので今度は魔法で、と思ったが、それ以前にワンステップでかわされてしまった。
エリンに限らず、物理魔法問わず攻撃がひらひらと避けられ、当たらない。まともに入ったのはカーディスの攻撃くらいだ。
その上、こちらは家を守りながらの戦闘である。精神状態はあまり良くなかった。
天魔は変わらず面白いように避ける。こう着状態になったかと思ったその時、天魔の動きを削ごうと足元を狙っていたキスカの銃が、その足を掠めた。
天魔の重心がわずかにぶれる。
その隙を狙っていたかのように、カーディスの大剣が天魔に命中した。
今までと違い、大きく体が揺れる。
そこへ、闘気開放で気を高めていた礼野が、天魔に劣らぬ素早さで突撃した。
「烈風突!」
天魔の体が大きく後ろへ吹っ飛ばされ、家の塀にその体を打ちつけた。
そのまま力なくずるりと崩れ落ちる。
天魔は、完全に息絶えた。
「やりましたわ!」
途端ひだまりが嬉しそうに、日陰に飛びついた。
●コタツもいいけど
戦いが終わった後は、後片付けが待っていた。
焚き火がちゃんと消えてるか確認し、ブレーカーを元に戻し、家の中や庭を元通りにして……。他に天魔がいないかどうかも確認する。
エリンは念のため篠塚にライトヒールを唱えていた。
各々一通り片付けが終わると、その冷たくなった手を、湯たんぽやカイロで温めた。
「あまり活躍出来ませんでしたわ」
「僕も……。でも、家は無事だったからいいと思うよ」
不満を表すひだまりに、シグリッドがフォローする。
戦闘が終わってほっとした途端、寒さがぐっとやってきたから、それでぷりぷりしているのかもしれない。
「二人ともよくやったと思うよ。ほら、皆で焼き芋でもしよう」
どこからともなく芋を取り出す。礼野が消火器をかける前にきっちり回収していたようだ。
キスカにとっては生き物と戦ったという気を紛らわすための提案だったが、意外と好評だった。
「なるほど、いいな。何なら余った木の枝でもう一度焚き火をしてもいいか」
「焼き芋とは風流ですね。焼き魚には劣りますが」
礼野とカーディスがつられてやってくるが、なんだか人数が足りない。
「ひだまりさん。日陰さんは……?」
「まさか……ですの」
ひだまりがばっと窓を開け放つと、そこにはコタツの中にいる日陰の姿が。
「あ」
「あ、じゃねーですわ叔父さま!皆後片付けしてましたのに!」
ぐぐいと迫るひだまりに、日陰がたじろぐ。が、コタツからは出ない。
「いや、俺も片付けはしたんだよ。でも、ブレーカー戻した後コタツの電源切ってなかったみたいでさぁ……。片付けてる間にすっかり温もっちゃったみたいだから、ついでに温もらせてもらおうかと」
「なんと!この黒猫忍者を差し置いてコタツに入るとはうらやまけしからんのです!」
カーディスがにゅるりと割り込んでくる。
「お、一緒に入るか?」
「いや、気付いたなら電源切ってくださいよ……」
シグリッドが呆れたような諦めたような声を出した。
「いいじゃねぇか少しくらい……」
「ほらほら、焼き芋が待ってますよ!皆でしないと美味しくないです」
ぶつぶつ言いながら、皆に押されて電源を切る。
これで家はすっかり元に戻った。代わりに、庭で焚き火にあたりながら焼き芋をさせてもらうことにする。
木枯らしの吹く中、焚き火を囲む8人。
共に戦闘した仲間と、湯たんぽに囲まれて焼き芋を頬張る。
コタツは魅力的だけど、たまにはこういうのもいいんじゃない?
END