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「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!ボクを呼ぶ声がする!
そう、ボク参上!」
いつもの口上を述べながら現れたイリス・レイバルド(
jb0442)。
女の子がぽかんと口を開けた。
「何話してんの?ボクもまぜてくださいなー♪」
「この子が…あ、あなたのお名前は?」
『千早だよ。あのね…』
屈託の無い笑顔で割り込んでくるイリス。
千早が事情を説明すると、イリスの瞳がきらきらと輝いた。
「なるほど命短し恋せよ乙女!愛と絆のイリスちゃんがちーちゃんの恋を全力サポートするよー」
『ほんと?ありがとー!』
任せなさいと言わんばかりに自分の胸を叩くイリス。
「…ところですみれちゃん、恋愛ってボクの専門外なんだよねー」
「えっ。あんな自信満々だったのに…?」
イリスがすすっと近寄ってこっそり打ち明けると、遠慮がちにつっこんだ。
そんな、すみれの若干の人見知りを感じ取りイリスはテンションを控え目に接する(当社比)。
「いや家族愛とかも特別な愛だぜ?」
「…それは解るけど…とりあえず他の皆にも連絡しないとね。手伝ってもらってもいいかな?」
「おーい。言っとくけどボクの方がすみれちゃんよりお姉さんだからね?」
すみれの態度に違和感を感じ、イリスが念のため補足を入れる。すみれが固まった。
「え?先輩…?」
「…なぜ信じてもらえない!?」
身長はイリスより17cm程すみれの方が高い。これは先輩と思われなくても責められない。
そしてそんな現実に、イリスは膝をついてorzの体勢で項垂れた。
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「面白そうなことになってるみたいですね〜」
お菓子やジュースの買い出しに出ていた十三月 風架(
jb4108)。電話を切ると同時にほんわりとした口調で呟いた。
何か必要な物があれば連絡して下さいとは言っていたのだが、今しがたかかってきた電話は千早の小さな依頼についてだった。
力になってやりたいが、ひとまずは今孤児院にいるメンバー達に任せていいだろう。
「どうしても無理そうな時は説得に加わりましょうか」
とはいえ先生には『内緒』らしいので、出番が無いならそれに越したことはないのだが。
言いながら、店にずらりと並んだお菓子を眺める。
色とりどりの、宝石箱のようなお菓子たち。どれにしようかと迷いながら、風架はプレゼント用に一つ手に取った。
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「バレンタイン…また来てしまったな、この日が…」
何やら哀愁漂う背中の 砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。
製菓会社の陰謀に踊らされる日本は嫌いではない。だが甘いモノは彼の天敵だった。
貰えないのは悲しいが貰えたらそれはそれで辛いという板挟みである。
そしてジェンティアンの視線の先には、子供達の相手をしている ジョン・ドゥ(
jb9083)の姿。
「バレンタインって事はホワイトデーも近いな…何送ろう…」
そんなリア充な考え事をしながら、悪魔形態のふさふさ姿で子供達と遊んでやる。
恐がられるかとも思ったが、子供の一人がふさふさにダイブした途端、他の子供達も雪崩のように押し掛け…すっかりなつかれて、腕にぶらさがられたりと大変なことになっている。
そこにイリスがばたばたとやってきた。
「レイバルドちゃん、どうしたの?」
「いたいた。連絡事項があるから、キッチンに集合だよー!」
「解った。…また後で遊ぼうな」
『むー…絶対だぞ!』
不満げながら渋々と引き下がる子供達を後に、3人は集合場所へ向かった。
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「無事だったとはいえ、一度襲撃を受けているわけですからね。考えすぎだと思うのですが」
ルチア・ミラーリア(
jc0579)は、警戒のため孤児院の周囲をぐるりとまわっていた。
つい最近襲撃に遭った孤児院。サーバントの残党がいる可能性だってある。
折角のバレンタインパーティー。子供達の安全のためにも邪魔が入ることは避けたい。
視線をざっと端から端まで動かし、その平穏な風景にほっと息を吐く。
無事に一周して、孤児院の前で車を止めると、入り口に三井先生とさくらが立っていた。
「ルチアちゃん見回りお疲れ様」
『ありがとうございます。子供達も安心出来ます』
「いえ、こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をするルチア。
同時に、視界の端にすみれの姿を捉える。
「ちょっとすみれさんにも挨拶してきます」
「いってらっしゃいー」
小走りで向かうと、すみれも気付いたようだった。
「あ、ルチア先輩お疲れ様ー。丁度探してたのよ」
「はい、お疲れ様です。本日は微力ながら精一杯ボケるので、宜しくお願いします」
「頑張ってボケる必要無いからね!?」
ビシッと敬礼を決めながら真顔でそんなことを言うルチア。
すみれが訴えるようにつっこむと、ルチアはその表情のまま頷き。
「解りました。頑張らずにボケます」
「そっちにいっちゃった!?…まあいいや、ちょっと来てもらっていい?」
「はい」
どこか諦めたようなすみれの表情。何がいけなかったのだろうかと首を傾げつつ、ルチアは後をついていった。
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メイド服に身を包んだ一川 夏海(
jb6806)。メイクまでばっちり決めたその姿は背の高い凛々しい女性にしか見えないが、彼は歴とした男性だ。
子供達や職員と簡単に自己紹介をかわした時など、声や仕草は男性のため職員さんはびっくりしていた。
久遠ヶ原の魔境っぷりの一端に触れてしまったようである。
「孤児院か…。まぁ関係無ェか…」
何かを思い出して、胸糞の悪さに思わず舌打ちが出そうになる。
だが、今日は楽しもう。ここの子供達は幸せそうなのだから。
キッチンを拝借して料理を仕込んでいると、他の撃退士達がぞろぞろとやってきた。
「夏海くん、ちょーっといいかな?」
「あぁ?どうした、何かあったか?」
『あのね…』
買出しに出ている風架以外のメンバーが揃ったところで、改めてお願い事を話す千早。
「…へぇ。なるほどな」
「ふむ、甘い恋バナは嫌いじゃないよ。可愛いし。
ほら、鈴木ちゃんもこういう風に乙女可愛くするといいよ」
「わ、私は関係ないでしょ!」
からかうような言葉に、赤くなりながら頬を膨らます。
「チョコに手紙でも添えたらどうだろう。ストレートに伝えた方がわかり易くて良い…少なくとも俺はそう思うが」
『手紙?なるほど、正統派ね!』
ジョンのアドバイスに千早が意気込む。
夏海がそんな千早に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「よし、もう一個作戦だ。いいか千早、これをセンセに落とし物として渡すんだ」
そう言う夏海の手には、お酒入りのチョコレート。
個人的に先生方に渡そうかと持ってきたのだが、これを子供が持っていたら先生は没収せざるを得ないだろう。
「落とし物を先生が受け取ったら、お前のチョコも一緒に渡すんだ。渋られたら、落とし物は受け取ってくれたのにってごねろ」
『なし崩しにキセイジジツをつくるのね…解ったわ!』
千早がぐっと拳を握る。将来が有望そうで何よりである。
勿論、『落とし物』のチョコレートは絶対に食べないようにと念を入れて注意した。
お菓子だろうと未成年の飲酒、ダメ、絶対。
「ふむん?何とかなりそうですかねー?ちーちゃん、頑張れよ!」
「微力ながら応援しています」
『うん!早速お手紙書いてくるね!』
イリスとルチアの声援を受け、ぱたぱたと去っていく千早。
想いが届くといいな、と。後姿を見送りながらぼんやりと思った。
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「ねぇ、三井ちゃんてお菓子嫌いなんでしょ」
ジェンティアンは千早に先んじて、先生に接触を図っていた。
廊下で突然話しかけられ、先生がぱちくりと瞬きをする。
『いえ、そんなことはないですよ』
「え?食べないって聞いたからさ。だったらバレンタインもどんと来いだねぇ。
や、僕とか甘いモノ苦手だからー。でもちゃんと受取るけどね。こういうの、モノじゃなくてハートでしょ」
ちらちらと意味ありげに目線を送る。
先生はピンと来ないのか、はあ、と相槌を打つだけだ。
「シコウヒンてのは、至高品とも書けると思うんだ。そこに想いがこもればね。
意味なくあげてるんじゃないの、理解してあげないと可哀想だよ?」
『はあ。解りました』
「うん、引きとめて悪かったね。また後で」
ひらひらと手を振ってそのまま別れる。
先生は疑問符を浮かべたままだったが、続けざまにやってきた千早に思考を中断された。
『先生!』
『ああ、千早か。どうした?』
『これ、落し物なの』
夏海から預かったチョコを渡す千早。
『うわっ、お酒入りじゃないか。良く届けてくれたな、ありがとう』
『えへへっ』
千早の頭を撫でる先生の手。その温かさに寄り添うように目を閉じる。
『あとね、先生。これも受け取って?』
『ん?何だ?』
もじもじと恥ずかしがりながら、手紙を添えた小さな包みを渡す千早。
その時ジェンティアンの声が聞こえた。
『さっき言ったこと考えて判断よろ☆』
廊下の角から忍法「霞声」で声を飛ばすジェンティアン。さすがの先生でも色々と理解した。
『…そういうことか』
『ダメなの?』
『いや…ありがとな、千早』
千早がぱっと笑顔になり、そのままダッシュで走り去っていった。
先生は頭を掻いて、ぱらっと手紙を開く。
みついせんせいへ
だいすき
ちはや
孤児院の暮らしは裕福ではない。特に食べ物はなるべく子供達で分け合って欲しい。
それでも、誰かにプレゼントする幸せを知ってくれたのなら、その成長は喜ばしいと思う。
さすがに、お父さんに対する好意と似たようなものだとは思うのだが…。
彼女が成人しても気持ちが変わらないようなら、その時また考えようか。
「先生には内緒じゃなかった?」
「あれくらいで丁度いいと思うけどね」
いつの間にやら一緒に覗きこんでいたすみれが注意する。
ジェンティアンはそれを飄々と受け流しながら微笑んだ。
「そういえば鈴木ちゃんはくれないの?」
「はあ!?そんないきなり言われても…」
文句を言いながらポケットを漁るすみれ。出てきたチョコ菓子を、ジェンティアンの掌にぽんと乗せる。
「…要求したからには食べてよね、甘いわよ」
「わあー…嬉しいなあー…」
嬉しいのか嬉しくないのか何とも取り難い反応で、甘そうな菓子をしげしげと見つめたのだった。
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『さ、皆。撃退士の人達に感謝して…いただきます!』
『いただきまーす!』
パーティの開始を告げる先生の声。
子供達が待ちきれないとばかりに、テーブルに並べられたご馳走を手に取った。
「ジュースたくさん用意してありますよ〜」
風架がおっとりと笑いながらテーブルに飲み物を並べ、ルチアがせっせと料理の運搬や食器の回収に動く。
そんな傍ら、ジョンがすみれに話しかけた。
「そういえば、すみれとは久しぶり、か?」
「ん?…そうね。普段会わないものね」
「…少し大きくなったか?」
「少しね。ところで、どうしてジョン先輩はその格好なの?」
すみれが今更に、悪魔形態のその姿をつっこむ。
するとジョンは真顔のまま。
「俺は見ての通り…成長期だ。冗談だ」
「解るわよ!おかしいでしょ!」
「声も前より低いだろう、変声期だ…冗談だ」
「ツッコミ待ちでしょ!明らかにツッコミ待ちよね!?」
素直な反応に肩を震わせて笑うジョン。
それを眺めていたルチアが、配膳の手を休めてこくりと頷く。
「…これが頑張らないボケですか。勉強になります」
「待ってルチア先輩!学習しないで!」
やりとりを見守っていた先生が吹き出した。
物が口に入っていなくて本当に良かった。
「アイドルデビューしてるお兄さんが、リクエストに答えて歌って踊るよ。
美少女戦士、変身ヒーロー、何でも来い!」
ジェンティアンにわっと子供達が集まる。
『わー!お兄ちゃん一緒に歌おー!』
『どうせ女向けだろー?ヒーロー物のがかっこいいよ!』
「はいはい、順番だよー」
歌って、踊って、笑って。
小さくてたくさんの、幸せなエネルギーの塊。
子供達に幸せをプレゼント出来た事。
子供達に笑顔をプレゼントしてもらった事。
それだけで、良かった、と。
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パーティーも終わりの時間が近づいて、プレゼント交換の時間。
テーブルに並べられたプレゼントを、皆思い思いに取っていく。
『んーと…お風呂の入浴剤?』
「バスソルトだよ。まだ寒い日が続くと思うから、ゆっくり温まってね」
『おおー…お菓子の家だ』
「スノードームだ。ひっくり返すと雪がキラキラするだろ」
『あ、チョコレートだ!フルーツがのってる!』
「チョコ缶とフルーツ缶で作りました。たくさん食べてくださいね」
『あ、可愛いー。羽の髪飾りだー』
「翼型だよ!大切にするがいい!」
わいわいと賑わう子供達に補足を入れてやる。
イリスは更に、子供達に一人1個プレゼントを用意していた。
「それから、皆にボクからのチョコを送ろう!贈られる側のマナーも教えよう!」
イリスがチョコレートを懐から取り出しながら、子供達の顔をぐるっと見回す。
「チョコに限らず贈り物ってのは気持ちの代替物だ。だから皆は気持ちを貰うも同義!
いらないからとか貰いすぎたとかで他人に勧めるのはマジ最低だ。
受け取れないなら素直に誠実に断る!いいね!?」
言いながらチラチラと先生を見る。露骨である。
先生が苦笑した。
『ところで、私のにはこれが入ってたんですが…』
そう言う先生の手には、ミートパイ引換券と書かれた紙。
夏海がにやりと笑った。
「お、センセが当てたか、やるな。ちょっと待ってな」
メイド服を翻してキッチンの方へ消えていく。
帰ってきた夏海が先生の前に置かれたのは、ざっと10人前はありそうな特大のミートパイだった。
『…ええと、これはさすがに取り分けて食べるんですよね?』
「おう、そのつもりだが、一人で食べてもいいんだぜ?」
『…いえ。皆で食べるようにいただいた『気持ち』なら、皆でいただきましょう』
撃退士達の顔を見て、微笑みながら。
ここまで露骨にやられては、先生とて知らぬフリは出来ない。千早からのチョコも後できっちり食べることだろう。
そうやって最後にまた皆でミートパイをわいわいと頬張っていると、いつの間にか眠りこけていた風架の元に千早がやってきた。
「むにゃ…年をとったら年齢差なんて関係ないです…天魔なんて100歳差くらい普通です…」
『ねえ、ねえ!』
揺さぶられて、まどろみながらも何とか目を覚ます。
「ん…?どうかした…?」
『これ、あなたのプレゼントでしょ?これなーに?』
どうやらプレゼントの主を探していたらしい。中身の説明が欲しかったようだ。
「フォーチュンクッキーですよ。中に占いが入ってます」
『占い?開けていい?』
「どうぞ」
了承を得たところで、千早がわくわくしながら一つ、クッキーをパキッと割って、中から出てきた紙に目を通した。
『きもちは通じています、頑張って――…』
「良かったですね」
にこりと笑う風架。
千早は先生を暫く眺めた後、風架に振り返った。
『うん、ありがとう!』
END