●子供達のために
郊外にぽつんと建っている孤児院。
潰れた保育園でも利用したのだろうか、元は明るい配色だっただろう壁の色は、雪景色なのもあってモノクロに褪せている。
そしてその孤児院から十数m離れたところで、4体の雪だるまがまごまごしていた。
「おっきい雪だるまだにぇ?」
狗猫 魅依(
jb6919)が遠目に雪だるまを確認し、その奇妙な物体に首を傾げた。
まあ見た感じ、建物に危害を加える様子は無い。人にしか反応しないのだろう。ひとまず安心といったところか。
「…なんで雪だるまなんだおい!」
とりあえず突っ込んでしまう恙祓 篝(
jb7851)。
見た人が油断するくらいの効果はあるかもしれないが、遠距離から雪玉を投げるならあまり関係ないだろうに。
「今度は雪だるまかぁ……色々やるなぁ、本当に」
橘 優希(
jb0497)が呆れたように溜息を吐いた。その息が白く染まる。
製作者の意図が解らない変わった姿だが、天魔が一般人にとって脅威であることには変わりない。
子供達を護るためにも頑張らなくては。
そして、もう一人気合が入った人物が。
「私の目の届く所で子供を狙うとはいい度胸だ」
無表情のまま、ただし胸の内に怒りを燃やして。アイリス・レイバルド(
jb1510)が半眼で怒っていた。
子供は守られるもの。
故に、それに手を出す者に容赦は無用。
殲滅待ったなし。
その横で、西條 弥彦(
jb9624)がサングラスを片手に眉間に皺を寄せ、鋭い目つきを更に怖くして思案していた。
「雪だるま…とお子様…」
雪だるまは怖くも何ともないが、お子様がまずい。
大人にも良くびびられてしまう目つきの悪さのため、まず間違いなく泣かれる。
念のためサングラスを準備してきたが、それはそれで怖がられる気がする。
しかも横に、厳しそうで子供好きそうな人もいらっしゃる。
悩んだ末かける事にした。そのままより多分マシ…だろう…。
「さて、子供の遊び場を守る正義の味方、撃退士、っと」
天険 突破(
jb0947)が不敵な笑みを浮かべ、ヒヒイロカネから魔具を取り出す。
雪玉を投げつけてくるという事は、遠距離攻撃型。射程やその他の攻撃手段があるかは謎だが、後衛を攻撃されないために壁役の役割が重要になってくるだろう。
「じゃあ、予定通り2チームに分かれるってことでいいかい?」
穏やかな声で土古井 正一(
jc0586)が確認する。
「ああ、俺と土古井さんで囮役だな」
「はいはい、寒いけどおじさん頑張るよぉ」
正一が飄々とした調子で袖をまくってみせる。
雪ということで若干足元が不安ではあるが、滑りにくい靴を調達するには時間がない。こればかりは気をつけるしかないだろう。
「外は寒そうですが棺の中は暖かスポットです」
「うおっ、喋った!?」
突然棺桶が喋った。
正確には、棺に入っている棺(
jc1044)が、声を出した。
今まではどこかの隅っこにいたり、皆の最後尾にいたりで全く気付かれなかったが、勿論依頼解決する気は満々だ。
「雪で滑りやすいかもしれませんから、不安定な姿勢は避けましょう」
…棺の安定した姿勢って、横倒しの状態なんじゃ…。
「兎に角、早く子供を助けに行くぞ」
アイリスの言葉に、一同が頷き一斉に駆けた。
駆けながらも、雪玉による冷気を警戒して囮役に聖刻印を施したところで、雪だるま達がくるりとこちらを振り向いた。
●雪合戦開始
雪だるま達がこちらに気付いたのを見て、アイリスは急いで土古井に黒障壁を使うと、走るのを止めた。
代わりに、注意深く相手の様子を観察する。
「俺が相手だ、かかってきな」
「おじさん、雪合戦はちょっと得意なんだよねぇ…」
突破と正一が、右方と左方に分かれて雪だるまに接近した。
すると雪だるまは向きを変えずにぽんぽんとジャンプして後方に下がると、ブンッと雪玉を投げつけてきた。
体を逸らした正一の鼻先を、雪玉が凄い速さで掠める。
「…近頃の雪合戦は激しいねぇ」
そう言っている傍から、他の雪だるま達がリンクするように正一に向けて雪玉を投げてきた。
堪らず防御の構えを取る。二つの雪玉が巨大な棍にぼすぼすと命中した。
残りの一つ、突破に近い雪だるまだけはそのまま突破に雪玉をぶん投げる。
「痛っ、冷たっ。おい石入れるのだけは勘弁な!」
※雪合戦で石を仕込むのは危ないからやめましょう。
まあ石など入れてないので素で痛いのだが。ただでさえ寒いのに、雪玉の直撃を喰らい思わず声をあげる。
だが囮役に攻撃が来たのだからこれは計算通り…とは言え、正一の方に3体集まってしまった。攻撃が集中しすぎるのは危険だ。
空中に浮かび様子を見ていた弥彦が、カチャリと銃を構えた。
●Aチーム
サングラスのせいでまるで仕事人のような様相の弥彦。
正一の方に流れてしまった一体の足元を狙ってアウルの弾を放つと、雪だるまが驚いたように飛び退った。
そしてお返しとばかりに雪玉を構え振り向いたのだが…。
弥彦は射程ギリギリから撃っていたので30m近い距離があり、加えて空中。
放られた雪玉は虚しく地上に落下した。雪だるまが何となく項垂れたように見える。
「今のうちに…っ!」
その隙に、側面から近づいた優希が攻撃する。サクッと、カキ氷に勢いよくスプーンをつきたてたかのような小気味良い音がした。
それと同時のタイミングで、闇へ紛れ身を隠していた魅依のビスクドールから黒いナイフのようなものが現れ、雪だるまにザクザク突き立てられた。体の雪がごそっと削られる。
雪だるまが今度こそとナイフの飛んできた方向へ反射的にカウンターで雪玉を投げる。
しかし雪玉を警戒し隠密、更に攻撃後は後退して回避を意識していた魅依を捉える事は叶わず。加えて、やはり距離が届かず。
雪玉は何も無い所に着弾した。
「くらわにゃいよ!」
舌足らずに笑う魅依。
心なしかイライラした様子の雪だるまが、ぽんと跳んで距離を取りながら突破へ雪玉を投げつける。
「雪玉なんかじゃ倒れないぜっとと」
雪玉が命中する。その当たった衝撃でつるっといき、盛大にスッ転んだ。そこへ追い討ちのようにもう一発雪玉が命中する。泣きたい。
突破は色々と耐えながら自身にヒールをかけた。
だが、やられる一方ではない。
近づかれると離れる習性があるなら。
仲間が攻撃しやすい位置に誘導してやるだけだ。
起き上がりながら優希の位置を確認すると、向きを調整してその対角方面から雪だるまに近づく。
狙い通り、雪だるまが後ずさって離れた。
「行きます!」
背中を向けて近づいてきた雪だるまに、優希が双剣で×印に切り裂いた。
雪だるまの頭がぽろりと転がり落ちて、そのまま動かなくなる。
「数が減ればこっちのものだ、なっ」
弥彦が淡々ともう1体に照準を合わせる。弾が淀みなく雪だるまの胴体を貫いた。
雪だるまがカウンターしようと空中を見上げ、諦めたのかそのまま項垂れる。
魅依の猫のような瞳が光る。
「ぶっとべぇ!」
結果的に余所見をした事になった雪だるまに、ナイフが雪玉に負けぬ勢いで突き刺さり体を抉りぬいた。
雪だるまがもはやカウンターは諦め、突破に雪玉を投げる。
しかし突破は目が慣れてきたのか、投げようとする動作を見て咄嗟にひらりと身を翻した。横目に向こうのチームを見ると、あちらも1体無事倒し終えている。
そろそろ、片付ける。
「飛燕!」
武器をツヴァイハンターに持ち替え、刀身を振りかぶった。衝撃波が風と雪だるまを切り裂く。
雪だるまは反撃しようと雪玉を構え…、灰になるかのように、さらさらと崩れていった。
●Bチーム
篝は自らをヘルゴートで強化した後、ざっと地面を見て、滑りにくそうな部分を選んで駆け抜けた。
そのまま雪だるまに抜刀して一撃入れ、素早く下がる。
横薙ぎされ体の雪を散らされた雪だるまが、同じく後ろに下がりながら篝に雪玉を投げつけた。
「ちょっ!?どこから出したてめぇ!」
どこからともなく生産される雪玉にツッコミながらも、投げようとした動作を見て大きく跳躍して回避する。
もう1体も続けて篝に攻撃しようとしたが、その前に正一が立ちはだかり八角棍を振り下ろし割り込んだ。
「悲しいからおじさんを無視しないでほしいね」
雪だるまが後ろに跳ねてそれをかわし雪玉を投げつけてきたが、そのまま棍で受け止める。
相変わらず雪玉とは思えない衝撃が伝わってきた。
「ストレイシオン、よろしくね」
召喚獣を呼び出していた棺が、自らは戦場の隅の方に移動しながらもストレイシオンに攻撃を頼む。
その声に応じ、ストレイシオンが雪だるまの側面からブレス攻撃をしかけた。
雪だるまの帽子が飛ばされぱさりと落ち、ストレイシオンに対してカウンターで雪玉を投げた。
暗青の鱗をべしょりと白く染められ、感覚を共有している棺が遠くでビクッと身を…というか棺を震わせる。
アイリスは自身に黒い粒子を纏わせながらも、ずっと雪だるまの動きを観察していた。
無表情のまま、青い瞳だけが忙しなく動いている。
「近くに寄ると距離をとって、遠距離にはカウンターか…ならば、雪玉と彗星、どちらが脅威か試してみるか?」
ちょこちょこと動いて距離をとりたがる雪だるまにコメットを放つ。
降り注ぐ彗星に押し潰され雪だるま達の頭がへこむが、潰れた体でカウンターの雪玉を投げてくる。
幾分か勢いの弱まった雪玉。2発とも喰らい冷やりとした感触が張り付くが、痛みに鈍いこともあってアイリスは涼しい顔をしている。
涼しい…というよりは寒い屋外であるが。
重圧にかかっている間に、と。篝が雪だるまの後方にぴたりとついた。
紅い宝石のついたリングが光る。
「燃え尽きろ!!」
噴出す紅の炎が竜の姿となって、雪だるまを喰らい尽くす。
すぐに離脱するが、零距離から攻撃された方の雪だるまはどろどろに溶け落ちていた。
「当たって下さい!」
棺のストレイシオンが、今度は側面に張り付いて攻撃をしかけると、雪だるまの体の雪が散らばる。
正一が逃げ道を塞ぐように回り込みながら棍を振るうと雪玉を投げつけられたが、おじさんとは思えぬステップで軽やかにかわした。
「おじさんもなかなかやるだろ?」
そこで、向こうのチームがこちらへ応援にやってきて。
じりじりと下がる雪だるまだったが。
「子供を狙うような輩を私が逃がすと思うか?」
リンチであった。
●雪遊び
「さて、淑女的に回復だ。子供が先だがな」
アイリスが魔具をしまいながら、孤児院の方へ目を向ける。
すると、孤児院の先生がぱたぱたとやってきた。
『ありがとうございました!』
「子供達にケガはないか?」
『はい。皆さんがすぐ来てくれましたから』
にこにこと礼を言う先生の後ろから、女の子がひょこっと顔を出す。
『…お姉ちゃんがケガしてるよ?大丈夫?』
アイリスが無表情のままその子に顔を向けると、びくっと怯えてまた先生の後ろに引っ込んだ。
雪玉を受けて赤みが残った肌にライトヒールをかけると、痕がすっと消えていく。
ついでに他の仲間も回復してやる。子供に心配をかけてはいけない。
「この通りだ、問題ない」
そう声をかけると、子供がもう一度顔を出してにへらっと笑った。
突破がそれを見て、ふと疑問を口にする。
「他の子は?」
『少し、怖がってしまって。皆一度、天魔の襲撃で親を亡くした子達ばかりなもので』
振り返る先生につられるようにそちらを向くと、半開きのドアから子供達が不安そうにこちらを覗いていた。
「折角の雪なのに、もったいないな」
『そうですねぇ…』
弥彦がぽつりと言う。
戦闘していた所は荒れてしまったが、無事な場所もある。植え込みや遊具に積もった雪も集めれば充分雪遊びが出来るだろうに。
「よーし、なら…」
突破が、足元の雪をかき集め、軽く丸めた。
それを、子供達の方に向けて放り投げてやる。
子供達が慌ててドアに隠れ、また恐る恐る顔を出す。
「俺が相手だ、かかってきな」
雪玉を手に、にっと笑う突破。
ドアの近くに落ちた雪玉を見て。子供達がわっと飛び出してきた。
『お兄ちゃん雪合戦しよー!』
『雪だるまも!』
『だから両方は無理だって…皆さんを困らせるんじゃな…』
いきなりテンションMAX状態になった子供達を諌める先生。
ふと空を見上げて。まるで子供達の声に応える様に、ふわふわと雪が降り始めた事に気付く。
深々と、深々と。
『また積もりそうだなあ』
「という事でガキ共、思う存分雪合戦をするが良い…ってこら」
雪不足の憂いが断たれたところで、篝がそう促す。
しかしガキという単語に反応した子供達は、言い終える前にぼすぼすと雪を投げつけてきた。
「おい俺に雪玉を投げてはいけません投げては…って聞いてんのかゴルァ!!」
『わー!怒ったー!!』
『逃げろー!!』
黙々と雪玉を投げられ篝にスイッチが入ったらしく、子供達を追い掛け回す。
ちなみに、子供達と全力で遊んであげているだけで、決して大人げないとかそんなことはない(重要)。
子供達はケラケラと笑いながら広場を走り回った。
「にゃんだか楽しそうだにぇ!ミィも混ぜて〜!えいっ」
「おい、おまっ、何で俺に投げた!」
「大変そうだな。拙僧がお供致す」
「どうして急に坊主になった!?」
魅依がよく解らないままに加わり、突破が突然坊主口調になりつつ篝をサポートする。
「雪で遊べるなんて事はあまり出来ないからね♪」
優希も続いて参戦する。折角だから子供達が満足するまで遊んであげたい。
雪をせっせと丸めていたら、早速雪玉を喰らった。
「ひゃっん!?んっ…ちょ、冷たっ」
何だか悩ましい声があがる。
『えへへ、すきありだよー!!』
「こらっ、こっちからもいくよ!」
子供達に合わせてかなりの手加減をして、小さめの雪玉を放る。
蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供達。
「元気だねぇ。おじさんも雪合戦には自信があるけど…まぁ、若者に頑張ってもらおうかねぇ」
正一がのんびりと眺めながらごちる。
子供の底なしの体力の相手をするのは、若者が一番だ。
『ねえ、お兄ちゃんなんでサングラスかけてるの?』
そこで、先生の後ろにずっとしがみついていた子が、弥彦に話しかけた。
「え…いや…」
『ヘンだから外した方がいーよ?』
「そ、そうか…」
言われてサングラスを外す。現れた鋭い眼光に、女の子がびくっとする。
『…やっぱりかけた方がいーね』
「…そうか…」
若干傷つきながらもかけ直す。まあ、これで怯えなくて済むのなら安いものなのだが。
そうやってひとしきり遊んで、撃退士達はへろへろになって帰っていった。
そんな、静かになった孤児院の広場。
「みなさん、僕の事忘れてませんか……?」
隅っこでじーっとしていたら、棺の上に雪が積もってすっかり背景と同化してしまった棺。
誰にも気付かれないまま解散となり、ひっそりと泣いた。
END