●
「…なんで俺、ここに座ってるんだろうな?」
好奇心に負けて隣のクラスを覗いてしまった恙祓 篝(
jb7851)。
頭が悪そうなマオーに戦慄を覚えている間に、さくら先生に引きずりこまれ無理矢理座らされた。
ツッコミ役増員だ。やったねすみれちゃん。
「ほうほう成程、魔王ですか…。それは一大事ですね」
『え、誰?』
いつのまにか、緑色の人型ロボみたいなのがすみれの隣の席に鎮座していた。ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)(悪魔形態)だ。
『ヴァルヌス君、教科書の【魔王、それは因果の囚われ人】から読んでくれる?』
「解りました。えー、ごほん。彼の者は虚無の闇より出ずる…」
『馴染んでる!?』
「それただの黒歴史ノートだろ!」
何の疑問もなくごく自然に朗読を始めたヴァルヌス。
満足そうに頷きながらそれを傾聴するマオー。
『授業中の私語はだめよー?』
「あ、はいすみませんでしたぐぅ」
『寝ちゃダメっ』
「ぐはぁっ!」
バイトの徹夜明けだった篝、居眠りして授業を乗り切ろうとする。プログラミングはデスマーチだからしょうがないね。
そこにさくらのチョーク投げが直撃した。
『誰かどうにかして…』
「安心して!ボクは勇者イリス・レイバルド(
jb0442)!レベルカンストで対魔王特攻パッシブ持ちだよ!
魔王属性捨てない限り近づくだけで火傷するからね♪」
チートキタコレ。
思いっきり大声で喋っているが、レベルカンスト故さくら先生のチョーク投げも痛くない。
「勇者とイリスちゃんは可愛い女の子の味方だよ!仲良くしよー♪
すみれちゃんがツッコミを願う時に武力で代行するのがボクのお仕事さ☆」
『あ、こちらこそ…って、武力で代行するくらいなら自分でつっこんでよぉ!』
虹色の光を放ちながらキラッ☆とポーズを取るイリス。
あまりにツッコミが足りないのですみれの人見知り設定は闇に葬られた。
全てマオーのせいだ。許せない。
「ところで貴公子ー?最近芯がブレてねー?やることがセコイんだよねー。もう少し優雅さ出しとこうぜ?」
『な、何を言う。私のどこが優雅じゃないというのだ!』
あ、ダメだこいつ手遅れだ。
「ユウシャとマオー、なかなか燃える展開だなすみれ嬢」
『誰!?』
ふと聞こえてきた声に振り返ると、そこにはリョウ(
ja0563)の姿。
「何を驚いている?守護精霊のリョウだ。そういう設定で頼む」
『設定!?』
「ああ、気になるならすみれ嬢以外には見えない聞こえないという設定も加えておこう」
『それ私が虚空と喋る変な人じゃない!」
ご丁寧に小天使の翼と紳士的対応まで着けて。
この話だと後付設定でも言った者勝ちだからね。仕方ないね。
「安心しろ、話せないとは言ってない」
『安心出来ないわよー!!』
すみれが虚空と漫才をしていると、ガタリと誰かが立ち上がった。
「魔王か…ボクの好敵手となり得る相手が現れたようだな…。この!カミーユの!」
カミーユ・バルト(
jb9931)がバッと手を突き出しポーズを決める。
その姿を見てマオーの眉がぴくりと動いた。西洋の王子様のような外見マジ羨ましい。
『好敵手…?なるほど、その佇まい…貴様も王と定められし者か…』
「このボクの独自の帝王学と、マオークンとやらの世界征服…どちらが上か!今こそ教えてやろうではないか…っ!」
『良かろう…帝王の実力、見せてもらおう』
独自の帝王学って何だろう。
そしてマオーはもう、世界征服の目的を隠す気すら感じられない。
「ほぅ、中々面白い奴が来たものだ…この銃の魔王の領域に踏み入ってくるとはな!」
この騒ぎの中、ヴァルヌスの朗読を静かに聴いていた麻生 遊夜(
ja1838)がニヤリと笑いつつ、仰々しく手と足を組んだ。
授業で厨二心が燃え盛り、教科書の魔王を自分の事だと思い込んでしまったのだ。
「夜…それは俺。闇…それも俺。まさしく俺こそが魔王!」
「あっはっは、先輩が壊れちゃった」
盛り上がっている遊夜の横でケラケラと笑う来崎 麻夜(
jb0905)。
本当は色々とどうにかしてあげた方がいいのだろうが。
ここはノッておいて、拗らせる前に荒療治で治してあげよう。きっとその方が傷は浅い。きっと。多分。
遊夜が悪そうな顔をしながら、マオーをビシッと指差した。
「この世の頂点に立つのは俺だ!」
『良いだろう銃の魔王よ…どちらが本物の魔王か証明してやろうではないか』
「望むところ!」
対峙して、カミーユも合わせ3人でバチバチと火花を散らす。
「あー!!わけわかんねぇよ!!」
篝がツッコミなのか悲鳴なのか解らない叫びをあげる。
安心していい、誰も解らん。
「おやおやまぁまぁ…」
水屋 優多(
ja7279)がその様子を見て冷ややかな視線を向ける。
どっかで見た顔だとは思ったが、言動を見るにこれは間違いなくメンタルの弱いあの人だ。
正直まともに相手をするのは面倒くさい。適当に依頼を押し付けよう。
「魔王様なら依頼位一人でこなせますよね」
『む?この私にそのような雑務を…』
「天魔なんていたら世界征服なんて夢のまた夢ですよ〜、寝言は寝て言いましょうね」
夢だけどね。
『いいだろう。私の力を見せてくれる!』
そう言ってマオーは飛び出していった。ちょろい。
●
マオーが留守の間に、麻夜は遊夜から指示された妨害工作もとい、被害を減らすため購買に来ていた。
お昼は大事。
「購買のおばちゃんと仲良くなって説得だね。おばちゃん!焼きそばパンください!」
『はいよー』
しかし出てきたのはただのコッペパン。
麻夜に衝撃が走る。
「もうここは陥落してる…!?」
『焼きそばが入ってないだと…!?』
『うあああ!世界の終わりだー!!』
同じく焼きそばパンを買った生徒が阿鼻叫喚の様相を呈している。
いや、購買は焼きそばパンだけじゃない。他にも美味しいものはあるのだ。マオーの陰謀に屈してはいけない。
その時、麻夜の焼きそば抜き焼きそばパンにそっと、スパゲッティナポリタンが挟まれた。
「ふ…レディには優しくがボクのモットー。焼きそばが無いからと悲しまないでくれたまえ」
「あ、どうも…」
傷ついたレディを慰めるためのカミーユの行動。しかし、先輩至上主義の麻夜は淡々と流す。
っていうかこれもう焼きそばパンじゃないよね?
一方教室。
洗脳されたまんまのさくらに、すみれは途方に暮れていた。
「さあすみれ嬢。激流に身を任せてツッコミするんだ。
きっと素敵パワーがアレでコウして、俺が覚醒したりすみれ嬢が覚醒したりさくらさんが本気出したりして全て上手くいく筈だ」
『私に何をさせたいのよ!ああもうどうしたら…』
「そんなすみれちゃんにコレをあげよう!」
イリスが机の上に飛び乗りながら叫ぶ。
その手にはおもちゃのハンマー。
「勇者Pを貯めて頭にピコっ☆彡とやると、さくらちゃんの洗脳を解くことが出来るのでがんばろー!」
『どうやって貯めるの?」
「え?気合で」
『気合で!?』
気合万能説。
「じゃあさくらさんは勇者Pが貯まるのを待つとして…だ」
「それで、魔王様(笑)の陰謀(笑)はどうしましょうか」
「ご安心を。既に手は打ちました」
大した事無いけどやや生活に支障を来たすマオーの陰謀。
優多が冷静に議題にあげると、ヴァルヌスが無表情で―ロボだから表情が解らないだけだが―声をあげる。
「焼きそばパンから焼きそばを抜いた件については、ベースのコッペパンを美味しくすることでクリアしました」
「それ本当に解決してるか!?」
斜め上の発想に、篝がツッコミを入れる。
ところで先輩だけど、年齢なんて解らないから普通の口調でいいよね?ロボだもんね。
あとコッペパンが美味しくてスパゲティが入ってるなら充分アリだと思います。
「学園花壇計画は、こっそり野菜の種にすり替えておきました。
ククク、瑞々しく育った野菜を前に、悲痛な表情を浮かべるマオーが目に浮かびますね!」
「だからそれ!解決してないよな!マオーにダメージ与えても、俺達も歩きにくいよな!?」
「…はっ」
「先に気付けー!!」
指摘を受けたヴァルヌスが初めて気付いたかのように固まる。
ふう、スムーズにツッコミ役をすみれから篝に移動させる事に成功した。
そこに貴公子がちょっぱやで帰ってきた。
『ふ、今帰ったぞ…あの程度カオティックナイト(相手は死ぬ)で一撃よ…』
「ほう…その禁忌の技を使うか…」
遊夜が反応した。なんか息が合ってる。
そしてそのまま世間話に突入しだした。
「いやいや、ここはやはりコートだろう」
『ふむ、しかしこの角度が…』
「こう、バサッと翻してだな…やはり仮面を…」
「ええい、わけの解らん会話をするなー!!」
惹かれあう厨二達。
篝のツッコミも虚しく、遊夜はあっという間に洗脳されてしまった。
「魔王の居城…美しく…世界の半分…」
園芸部の入部届にサインをし一瞬でタキシードに着替えると、学園中花壇計画のため花(野菜)を植え始める遊夜。
「くっ、またも犠牲者が。さあすみれ嬢。
己が欲望を基に理を流出させ世界の改変を行おうというマオーの所業を止められるのはきっとすみれ嬢くらいしかいない。魔王と接触しツッコむんだ!」
『要は面白がってるだけよね!?』
焚き付けてくる守護精霊。守護とは一体。
「待ちたまえマオークン!気付かないのか…?それは野菜の種だ!」
『なん…だと!?』
コッペパンにスパゲティを挟む仕事を終えたカミーユが、ドアを開け放ちながら叫んだ。
「学園中を花で埋め尽くすというのは良い考えだったが…詰めが甘いな…。
やはり頂点に立つ者には可憐で華やかで豪奢…けれど孤高の薔薇こそが良く似合う…。
ボクの好敵手というにはまだまだだな」
『何という事だ…野菜が育っている居城などもはやただの農園…!』
「ククク…思惑通りですね」
「薔薇ならいいんですか、ねえ!?農園ってそれもうお前の実家じゃねえか!っていうかショック受けるとこおかしくね!?そしてこっちの方が悪役っぽいのは気のせいか!?」
薔薇を一輪手に持って香りを楽しみながら、余裕の表情で笑うカミーユに、マオーががくっと膝をつき悔しそうにする。そしてそれを見てご満悦のヴァルヌス。
篝は仲間にもマオーにもつっこまないといけないので忙しい。
「ただいまー!先輩、お昼のお弁当…って洗脳されてるー!?」
その時帰ってきた麻耶が延々と種を撒く遊夜の姿を見て、衝撃のあまりお弁当を床に落とす。
「ボクがちょっと目を離した隙に…!こら、ボクの目を見なさい!」
「俺が…魔王…舞おう?」
「ああ、やっぱりボクの愛じゃないと…ダメなのかな?そうだよね、ボクの愛が足りなかったんだよね、今戻してあげるからね」
ヤンデレの気配を漂わせながら、麻夜が遊夜の襟首を掴みがくがくと揺さぶりながら往復ビンタする。
愛(物理)。
「はっ、俺は正気に戻った!この銃の魔王を簡単に降せると思うなよ!」
「戻ってないですよね!?」
キリッとする遊夜。でも大事な所が治ってない。
そう篝がつっこんだ後、ばたりと地に倒れ伏した。
「ダメだ…俺のTP(ツッコミポイント)が尽きる…俺は…ここまでのようだ…あとは任せるぞすみれ…」
『TPって何よ!!篝先輩までボケないでよ!ツッコミを押し付けて倒れないでー!!』
「痛い痛い、起きるから頭を叩くなおい!」
すみれにぽかぽかと殴られて慌てて飛び起きる。
夢じゃなかったら重体(ツッコミのしすぎという理由で)になるところだった。
「む、今のツッコミで勇者Pが貯まったようだぞすみれ嬢!さくらさんを元に戻すんだ!」
『ツッコミで貯まったの!?もう、やればいいんでしょやれば!』
リョウに促され、すみれが半ばやけくそにさくらをピコハンで殴る。
『はっ、私は正気に戻ったわ!』
『これダメなパターンよね!?』
上記の例があるのですみれが疑わしげにリョウに振り返るが、目を逸らされた。
『く…そちらの洗脳も解くとは…少々侮っていたようだ』
忌々しそうに吐き捨てるマオーに、優多が大きく溜息を吐く。
「はあ、本当に残念な人ですね。
他の計画にしても、制服の規定を変えるために学園の地位を確立するって、生徒会長にでもならないと無理ですよ?
それまで留年を繰り返す気ですか?頭も学力も残念だったんですね」
『そ、そのようなこと…洗脳すれば…』
「洗脳解かれてるじゃないですか」
優多がバッサリと言葉の刃で切り捨てる。正論怖い。
その時、パシャリと言う音が響いた。
『おい、何をした?』
「え?写メっただけだよ?アンジェちゃんに送ってあげないとねー」
『おいやめろ』
「そういえば上位存在がいましたね?最下位の魔王様?」
マオーをちらりと横目で見る優多。
魔王とは関係ないが、貴公子なる者は使徒である。故に、上司である天使が存在する。
その天使とイリスはアニ友である。アドレスも夢の中だから解る。
『ば、バカな事を言うな!私は魔王!この世界の最上位の存在だ!』
「あ、返信来た。なになに〜?『詳しく』?」
「返信早いな!?」
暇を持て余してるからね。
「このままだと残念な魔王様の所為で人間界が面白くなくなりますよ、と送ってください」
『やめろおおお!!』
優多の無慈悲な言葉に苦悶するマオーを前に、リョウが皆に指示を飛ばす。
「マオーが弱っている今がチャンス!弱点を突くんだ!」
「くっ、解り合えたと思っていたのに…!せめて俺のこの手で…!!」
「貴方程度で魔王を名乗れると思ってるんですか?もう少し考えてくださいねー?」
「必殺・円周率!3.141592653…」
「レベルカンスト天元突破勇者極光1000%イリスちゃんハンマーで光になれぇ!!」
「争い事は好まないのですが便乗釘バット!」
『うわー!』
『マオーよりこっちのがツッコミどころが多いんだけど!?』
仕様です。
ボコボコにして、箱に詰めて着払いで異界に郵送した。
「やれやれ、勇者がごろごろいる学園でこうなる事は解ってたでしょうに」
「これで一安心ですね!」
一仕事終えて背伸びをする優多に、ヴァルヌスがモザイクに覆われた釘バットを手にいい笑顔で返す(笑顔?)。
「さあ、ここからはこのヴァルヌスが第二の魔王として世界を!」
バッと両手を広げる新たな魔王ヴァルヌス!
「何!?この銃の魔王と遣り合おうというのか?」
「先輩…直らなかったんだね。大丈夫、ボクが飼ってあげるからね。何もしなくていいからね?」
結局厨二のままの遊夜に、麻夜がハイライトの消えた瞳で蠱惑的に絡みつく。
「ふ…今度こそボクの好敵手にふさわしい相手かな?」
優雅に紅茶を楽しみながら不敵に笑うカミーユ。
『何これ。えーと…何これ』
もはやツッコむ気力もないすみれに、正気に戻ったさくらが微笑みかける。
『こういう時のオチは決まってるのよ?』
「うむ」
ぽちっと何かのボタンを押すリョウ。
久遠ヶ原の校舎は粉々に吹っ飛んだ。
「次の鈴木すみれはうまくやってくれるだろう」
夢だよ!