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神社前。
参拝客で賑わう人波の中、微妙な空間が出来ている。その中心には、人影が二つ。そこには、振袖を着てわくわく顔のアンジェリカと、丁髷袴姿の貴公子が待っていた。
いつもの貴公子の姿と違う。
もしかしたら別人かもしれない。
そしてあまり関わりたくない。
だが、そうして戸惑っている撃退士達を見つけ、アンジェリカの方が駆け寄ってきた。
『久遠ヶ原の学生さんね?』
恙祓 篝(
jb7851)が片手にストローをさした紙パックの牛乳を持ったまま、残った手をあげ挨拶する。
「アンジェ…でいいのか、恙祓篝だ、よろしく。ハッピーニューイヤーだ。そして久しぶりだな太郎」
『月光の貴公子だ』
『今日は一緒に初詣よろしくね♪」
「初詣ってのもいいよなうん…なんでお前ら普通に初詣に来てんだよ?!そしてその丁髷はなんだー!?」
『好きでしているわけではない!』
一度スルーしといて、時間差で突っ込む。
わざわざ人間界に初詣に来るという天使と貴公子の奇行、しかもこの丁髷である。ツッコミを入れずにはいられない。っていうかパック牛乳握り潰しそうになった。
「初めまして…おー、似合ってるじゃない」
来崎 麻夜(
jb0905)が同行者の麻生 遊夜(
ja1838)の影から挨拶をし、貴公子を見てクスクスと笑う。遊び甲斐がありそうな格好だ。
一方ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)は『いつもの貴公子さん』が見当たらずに首を傾げていた。
「ん……誰?」
『また忘れてるのか!我は…』
「全くだよ!」
貴公子の話をぶったぎって、大きな声が響いた。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!ボクを呼ぶ声がする!そう、ボク参上!」
『お前は…虹の!』
「天空を舞う懸け橋!虹色の愛を持ちて万の絆を紡ぐ者!
そう、我が名は――…って、貴公子に合わせた口上を考えてきたのにさー 」
イリス・レイバルド(
jb0442)が仰々しく名乗りをあげ…ようとして、大きな溜息を吐いた。
「何?やる気あるの?何その丁髷。タキシードどうしたよ!」
『良き口上だったぞ…いやだから我も好きでこの格好では…』
「いやいや、やる気あるの?何その丁髷」
大事な事なので二回言う。
和服の貴公子など、はっきり言ってアイデンティティが崩壊している。ガッカリだよ!
そしてそのやりとりに、何かを理解してこくりと頷くヒビキ。
「…貴公子じゃない、田中さん?」
『田中ではない!』
「あー…初めまして?麻夜とヒビキの相手をして貰った様で…申し訳ない」
遊夜が若干複雑な面持ちで挨拶をした。
去年の秋頃、麻夜とヒビキが「(貴公子で)遊んできた」という話を聞いているのだ。
おとーさんとしては感謝すべきなのか同情した方がいいのか微妙な立場だ。
だが、とりあえずは。
「良く似合ってますね」
『嬉しくないぞ!』
いい笑顔の遊夜。
まあ弄り抜きにしても、以前ちらっと見たタキシード姿よりはマシだと思う。
『太郎。私にも皆とお話させてよー』
貴公子で盛り上がる面々を見て不満げなアンジェリカに、イリスがハイテンションに挨拶をする。
「わっほい!ボクイリスちゃん!アンジェちゃんはっじめましてだよー」
『イリスちゃんね、初めまして!』
「末永い友好関係を築けるならボクとしては嬉しいよ♪」
友好的な天魔が増えるのは喜ばしい。攻めてくるならぶん殴るだけだが。
「というわけで友好の印としてこれを送ろう!イリスちゃん厳選アニメ放送のDVDでっす」
言いながら取り出したのは、アニメ放送をダビングした物。
依頼で用意出来るのは3000久遠以内だが、これはダビングだからタダだ!セーフ!
「ヒーロー物、ロボット物、魔法少女と揃ってるよ!BD/DVDは気に入ったら集めるべし!
自分でお金を払うからこそ価値があるのさ!」
『いえっさ!嬉しいわ!』
ノリノリだ。日本のアニメが好きな外人とかと同じ感覚だろうか。
藤井 雪彦(
jb4731)が続けて話しかける。
「初めましてアンジェリカちゃん☆ボクは雪彦、ユッキーって気軽に呼んでね☆」
堕天していないとは言え、女の子と戦うなど抵抗がある。
今後も戦うことなどないように、今日はおもてなししようと思う。
ちなみに貴公子はスルー。弄らないという新たな弄りだ。
「お近づきの印にどうぞ♪」
持参した花束を渡すと、ぱっと顔が綻ぶ。
『ありがとうユッキー!』
「でも荷物になっちゃうかな?」
『太郎に持ってもらうから平気よ』
『マイプリンセス…せめて!人前では貴公子と呼んでください』
そう必死に訴える貴公子。既に今日何度も太郎と呼ばれているのだが。
『そう言われても、今日はサムライじゃない』
「ああ…サムライのつもりだったんですか…」
水屋 優多(
ja7279)が若干冷めた視線を貴公子に向ける。
今日は一段と貴公子の奇行がひどいなと思っていたところだった。
アンジェリカについては、貴公子を見てれば過激な人物で無いだろう事は解っていたのでまあ予想の範囲内だ。
『ち、違う!これは、主がだな!』
『えー、折角サムライにしてあげたのにっ』
「アンジェさんは初めまして、水屋優多です。
あのですね、丁髷は今はお相撲さん以外はしない髪型なんですよ」
『えっ、そうなの?』
冷静に諭す優多。同行の自分達まで厨二病だと思われたくない。
既に奇異の視線に囲まれているので手遅れだったりするが。
「というか…主の勘違い位正してくださいよ山田さん。農家出身なら普通にお正月の習慣くらいあったでしょう」
『農家出身などとバカな事を言うな!そして山田ではない!』
「…あ、田中さんでしたね」
『月光の貴公子だ!』
「…こだわってんなー」
天使の接待をしつつ貴公子を弄る。これ大事。
そして事ある毎に呼称を主張する貴公子を見て、遊夜がぼそりと呟いた。
自分もロマンを追い求めた口だけに、貴公子の気持ちがそこはかとなく解らんでもない。気がする。
『貴様こそ何だその格好は!』
「一番適した服がこれだったんですよ」
優多は着物姿だった。更に言うと、頭に白百合の髪飾りをしている。つ まり、女性物の着物を着ていた。
『全く、久遠ヶ原の連中は女装が趣味なのか?』
「おい田中太郎。その記憶は忘れろ田中太郎。丁髷引っこ抜くぞ田中太郎」
『ええい!その名を呼ぶなあ!』
男性陣を見ながら眉をしかめる貴公子に、篝が笑顔のまま名前を連呼する。
誰にでも思い出したくない過去はあるのだ。
「私はフィルグリント・ウルスマギナ(
jc0986)といいます〜。今日は一緒に楽しみましょう」
『フィル…フィルルンね♪』
「フィルルンですか?なんだか照れますね」
漫才を開始した面々を横においといて、おっとりと自己紹介をするフィルグリント。
普段はシスター服を着ているのだが、本日は初詣に合わせて振袖だ。
しかし、目が見えないのか常に瞼を閉じており、少々足元が危なっかしい。
『さ、挨拶も済んだし、早く初詣に行きましょ!あ、太郎はカツラ脱いでもいいわよ』
「えー」
ようやく許しが出て丁髷から解放される貴公子。
どこかから不満の声が漏れたが、聞こえないフリでカツラを脱ぎ捨てる。
これで周りの奇異の目からは解放された。
「そうですね、まずはお参りです。ええと…境内はどちらでしょうか〜?」
『ああ、見えないのね?私が手を繋いであげる♪』
「ありがとうございます」
フィルグリントがあらぬ方向に移動しようとしたのを半ば無理矢理に手を握り、移動を開始した。
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さて。天使への挨拶も終わったところで。
貴公子で遊ぼう。
「タキシードより和服のほうが良いね」
「やっぱり、合う服のほうが、良いよ?」
「髪も長いみたいだし、いっその事丁髷結おうか?」
『やめんか!』
麻夜、ヒビキ、遊夜の家族3人組に囲まれ、貴公子は大ピンチだった。
チームワークを駆使しながら弄りに来る。
「大丈夫大丈夫(多分)カッコイイよ」
『今小声で多分って言っただろう!?』
「問題は、ない」
『ありまくりだ!』
「貴公子もロマンとしてはありだが、月光のサムライって方がいいんじゃないか?いやマジで」
『…いやいや、丁髷になどしないぞ!』
遊夜の真顔の提案に、一瞬黙った。ちょっといいなと思ってしまったらしい。
「あれかね?怪盗とか何とか仮面的な感じがいいのかね?」
顎に手を当て思案する遊夜。
恐らく名前的に平凡を嫌い、西洋かぶれになった末の成れの果てだろう。
まあ平凡から脱却する憧れというのはそれなりの人が体験しているものだ。ここまでこじらせるのは珍しいが。
「お嫁さん攫いに来てたしね」
「気障な台詞、行動、名前の拘り…符合点は多い」
遊夜の発言を受け、頷き合う麻夜とヒビキ。
「太郎さんは、どうして、その道を選んだ…?天使さんに、聞けば解る?」
『やめろ。本当にやめろ』
うずうずと、今にも聞き出すために駆け出しそうなヒビキに、貴公子が拒否する。
それ以上いけない。
「さ、そろそろ行くか。麻夜、ヒビキ、遊んでないで行くぞー?」
『遊んで…だと…』
「はぁい♪すぐ行くよー」
「ん、すぐ行く」
ショックを受けている貴公子を尻目に、遊夜にそれぞれすり寄る麻夜とヒビキだった。
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「鳥居の前で一礼して、真ん中は歩かないでくださいね」
「神様の道なんだっけ…ん?神様って天使の主になるのかな?」
『うふふ、細かい事気にしないのっ♪』
優多と雪彦がアンジェリカに細かく作法を伝えエスコート。他の者はがやがやと後をついていく。
「しかし、振袖とはまた気合が入ってますね」
『太郎と一緒に着物屋さんで着せてもらったの』
「丁髷太郎はナイスなセレクトだ」
グッとサムズアップする篝。
店員さんは止めてあげて。
その他にも、手水の取り方や参拝の仕方などをレクチャー。
神社の系列によっては微妙に違う時もあるが、そこは優多が事前調査済みだ。
「綺麗な硬貨とかは持っていますか?」
『勿論、お金を投げ入れて鈴をガラガラするのよね!』
アンジェリカは子供のように鈴を大きく鳴らし、習った通りに二礼二拍手。それを見た撃退士達も一緒に手を合わせる。
そしてもう一度礼をして、他の参拝客のために場所を開けた。
『皆何をお祈りしたの?』
「秘密です♪」
『えー』
にこにこ笑って寡黙を通すフィルグリントに頬を膨らます。
そこに少し遅れて遊夜達もやってきて、お参りを始めた。
「貴公子名乗ってるんだから、作法は完璧だよね?」
「マナーは、大事。田中さん、教えて?」
『貴公子だ。まあ良い。我の美しき参拝を見るがいい!』
言うや否やぴしっと美しい角度で礼と拍手をする貴公子。
丁髷が無いのでそこそこ似合う。脱がさなければ良かった。
「…なんで本当にサムライ方面を目指さなかったかねえ?」
遊夜がそれを眺めつつ、残念そうにごちる。
「残念過ぎるよ!そこは初詣の作法など解らぬって言えよ!」
キャラ押しのイリスちゃんはご立腹。
貴公子が、やれやれと額のあたりに手をやる。
『ふ、その地の作法に従うのも高貴な者の務め…。
しかしイリスよ。貴様は背が小さくなるようにでも願ったのか?』
「誰が前より小さくなってるだーッ!!っていうか胸元見てんじゃねー!」
ハーフの力を引き出した結果、胸元に虹色の宝石が出来たイリス。それ用にスペースをあけてあるのだ。
あとコンプレックスの身長が更に縮んだ。悲劇である。
「やはりロリコンだった!って誰がロリだー!?」
『そんなところは見ていないぞ!?そしていい加減ロリコン疑惑を押し付けるのをやめろ!!』
「うわーん!貴公子がいじめたー!?」
『太郎、女の子いじめちゃダメよ?』
『今のやりとりの何を見ていたのですかマイプリンセス!?』
まあ、なんやかんやあるが、とりあえずこれで当初の目的は達成された。
『ふう、お参りって決まり事とか結構大変なのね』
「あはは、面倒くさい?でも、敬うと言う事仕来りを守る事で信じる力も大きくなるんだ☆それが大事なんだよ♪」
『うんうん』
「そだ、絵馬も書く?これに今年やりたい事を書いて飾っておくんだよ」
『書くわ!』
この天使が遊び心満載なのは解ったし、これはコメディ依頼ではあるが。その本心を知るべく、雪彦が用意していた絵馬を差し出す。
羊の絵の横に書かれた文字は。
ハーレム。byあんじぇ☆
「う〜ん…難しいなあ〜…」
『え?だめ?』
「はは…」
本気なのか天然なのか計り知れず、首を捻る雪彦。
優多は実は『一緒に来た方々と本気の争いになりませんように』という願い事をしていたのだが、とても本気で争う所が想像出来ず、杞憂だったと苦笑いを浮かべた。
『ね、御神籤も引きましょ♪』
引っ張られるように御神籤コーナーに連れられていく。
「ああーん、末吉だったー。先輩、慰めて?」
「小吉、だった。健康運が、悪い。厄除けが、必要」
「解った解った、俺の運をわけてやる」
大吉を引いた遊夜の腕をとりすりすりする麻夜と、何かの小動物かのように遊夜の肩に乗って頭をすりすりするヒビキ。
遊夜が苦笑しながら二人の頭を撫でる。
神様に聞かずとも家庭円満であろうことが解る、ハートフルな光景だ。とても、先程まで貴公子を弄っていたとは思えない。
そうして盛り上がってる横で、篝が無造作に御神籤をとる。
『中吉?良かったわね!私は大吉よ♪』
「他人のを勝手に見るな。まあ、参考程度だな」
『あら、どうして?』
篝の手元を覗き込むアンジェリカにやんわりと注意しながら。
「神様否定するつもりはないけどさ。俺は自分で手を伸ばして、自分で掴みたいだけだから」
神様を逃げ場にしたくない。
出来る事を、やれる限りにやるだけだ。
『ふうん♪』
アンジェリカが思わせぶりに笑う。
篝が怪訝に思っていると、そこに声が割り込んだ。
「すいません。誰か御神籤の結果を教えてください…」
『はいはい♪えーと、大吉よ。お揃いね♪』
「わ、良かったです」
御神籤片手に彷徨っていたフィルグリント。結果を聞いてにこにこ笑顔が更に明るくなる。
「アンジェリカさん、よければ一緒に屋台でも回りませんか?」
『いいわね♪』
「そういや腹減ったな」
境内では籤を引いて景品が当たるような催しもしているし、神社の外には参拝客狙いの食べ物屋台も並んでいた。
その後もだべったり貴公子を弄ったりしてまったり楽しんだところで。
お客様お帰りの時間です。
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『はー、楽しかった♪遊夜、麻夜、ヒビキは、また貴公子と遊んであげて♪』
「任せて」
「解った」
『やめろ!』
クスクス笑う麻夜と頷くヒビキに、貴公子が悲鳴をあげた。
「ま、今後ともよろしく頼む」
2人の相手を、と心の中で付け加える遊夜。
いつでも弄りにおいで。
『優多、イリスちゃん、ユッキー、篝、フィルルンも、また遊んでね』
「もっと遊びたいなら堕天してもいいと思いますよ?」
優多がかけた一言に、にっこりと笑う。
『また今度ね♪』
定型文のような断り文句を最後に、天使と使徒は嵐のように去っていった。
なにはともあれ。
あけましておめでとう!
END