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「俺の恋人が似たような依頼に参加した事あったな。
その時は女性が行方不明になってたけど」
礼野 智美(
ja3600)が淡々と話す。
恐らく、今回の事件も同じ類なのだろう。
行方不明の者は、それこそ音沙汰もなく静かに消えている。
天魔に魅了され、連れ去られたと考えれば合点のいく話だ。
「男性ばかりの失踪事件ですか。可愛い子にでも捕まったんじゃないでしょうかね?」
冗談交じりにそう言う雁鉄 静寂(
jb3365)。
だが、その表情は真剣だ。
「(ぼっちの心につけこむなど許せません)」
自分も実はぼっち。
クリスマスの予定はない。
…ちょっと泣けてくるような悲しい胸中はそっとしておこう。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ!ボクを呼ぶ声がする!そう、ボク参上!
絆を渇望する人をだまし討ちするようなマネは――見過ごせないよね♪」
イリス・レイバルド(
jb0442)がお決まりの口上を決める。
ぼっちを狙い撃ちのこの犯行。愛と絆を謳っている身としては許せない出来事だ。ぼっちには何の罪もないというのに。
「うんうん、人の気持ちを弄んでる子にはお仕置きしないとねっ♪」
藤井 雪彦(
jb4731)がへらっと笑いながら応じる。
一瞬の幸福なんて。ましてそれが偽りなら、それは余計に不幸な事だ。
「確認したけど、被害者は5人から10人前後じゃないかって話。何せ一人暮らしの失踪だから正確な人数は解らないなんて言われたけど」
智美は、元々担当していた警察へ行方不明になった人数を問い合わせたのだが、何とも曖昧な返事しか返ってこなかった。はあっと溜息を吐く。
「まあ、ここはやっぱり囮捜査かな?」
「良いと思います。ついでに、アジトまで案内してもらって他の失踪者も救出しましょう。帰ってこないのも困りものですから」
連れ去るタイプの天魔なら、殺している事はないだろう。
囮を他の失踪者と同じ場所まで連れて行ってもらえればきっと見つかる筈。
討伐が今回の目的ではあるが、そちらも助けられるなら助けたい。
「囮ってーと…10代後半〜30代の男で、独り身で一人暮らし…俺か!?」
「俺もぼっち具合は深刻だけどな…別に良いじゃねーか、ぼっちでも」
恙祓 篝(
jb7851)が被害者の特徴を挙げて気付いてはいけない事に気付てしまい、どんよりとした空気を漂わせた。
西條 弥彦(
jb9624)はそれを聞いて、その鋭い眼光をすーっと斜め下に逸らす。
ぼっちでも充実してる人はいる。悲しむ必要はないのだ。
…周りから見たらイタい奴なのかもしれないが。
ぼっちでもリア充!
「いいよ!ぼっちだから囮になるよ!」
やけくそ気味に表明する篝。抵抗も低いから確実に魅了にかかるよ!やったね!
「じゃあ囮その2で」
「囮か。足りないなら俺もやるよ。外見は男に見えるだろうし」
弥彦が続けて手を挙げ、普段から男子用制服を着こなしている智美が立候補する。
とはいえ今回のメンバーだと、男3人に男装が出来る麗人が2人と、イリス以外は余裕で囮役が務まりそうであるが。
「じゃ、3人囮、残りは囮の尾行班ってところかな!
ボクが囮しても良いけど流石にねー、外見的にねー、長髪の小学生男子じゃねー…って誰が小学生か!?」
「えっ!?」
そのノリツッコミに、篝が驚いたようにイリスを見る。
制服を着ていないので解りにくいが。身長142cmのイリス、高等部2年で篝と同学年である。
「おおい!?泣くよ!宇宙の果てまで轟くほどに泣き喚くよ!?」
「悪かった!だから落ち着け!?あとそんな大声出すな!」
ぷるぷると身を震わせるイリスを宥めている篝は置いといて…。
囮捜査が開始されたのだった。
●
囮達はスマホのGPSをONにすると、ある程度の距離をとって適当に街をぶらつき始めた。
丁度囮3、それを尾行し追跡する係が3となったので、ペアを組んで当たっていく。
智美は長い黒髪を緩めに縛り、いつも通りの男装で颯爽と街を歩いていた。
緩めに縛ったのは、抵抗力を上げるイヤリング型の魔装を隠すためである。
「(魅了なんてされてたまるか。俺恋人持ちなんだぞ)」
囮には立候補したが、そこは譲れない。恋人以外の人物に魅了されるなんてあってたまるものか。
というわけで、もし敵が釣れたら絶対に抵抗して、魅了されたフリをする心算である。
「ふーむ…今のところは変化なし、だねー?」
智美の位置を確認しながらも、距離をとってさりげなく尾行するイリス。
時間的にまだ結構な人通りがあるので、普通に歩いても目立たない。
むしろ人混みで見失う事を気をつけた方がいいかもしれない。身長的に。
「今誰か小さいとか言った!?」
気のせいです。
「ぼっちか〜ぼっちだよな〜ぼっちですよちくしょうめ!」
さてこちらは、若干やさぐれている篝。
ペアになった雪彦の提案で、アーケード通り周辺をぶらつく。
イルミネーションのせいか、アーケードのない通りよりも若干明るく、買い物や食事目的でのカップルや家族連れも多い。ぼっち気分も2倍だ。
「虚しい…いいよぼっち最強だし〜?」
開き直った。
まあ、カップルの中ぼっちのフリをして囮をするなんて心が荒んでもしょうがない。
頑張れ、きっと明日はある。多分。
「んー、この辺りが怪しいと思うんだけどなあ?」
雪彦は篝を視界に捉えながらも、そんな通りをチェックしていた。
ここで目撃情報がなくなるのだから、何か意味がある…と思うのだが。
潰れた店や、横道などは一応心に留めておく。
問題は、思ったより篝がやさぐれている事かもしれない。
「俺の場合、目を合わせてビビらないのは撃退士か天魔か余程ヤンチャな人くらいだからなぁ…」
さてさてこちらは弥彦。自分の言葉で胸の奥が痛い気がするが気にせず頑張ろう。
まず向かうはファーストフード店。御一人様でハンバーガーセットを頼む。
次に、御一人様で本屋で立ち読みする。最後にはゲーセンで時間を潰す予定だ。
…大丈夫、鋭い眼光のせいで一人なのは慣れているのだ。なんか辛い気がするのは気のせいである。ある意味とっても充実してる。
そうやって、適当な少年雑誌を買って移動を開始しようとした時。誰かにぶつかった。
「…と、悪い…」
反射的に謝って。
微笑む少女と、目が合った。
「『俺を見てビビらない女は多分天魔』…でしたね」
その様子を眺めていた静寂が、弥彦が自己申告した言葉を反芻する。
先程から距離をとって弥彦の様子を見ていたが、ファーストフード店でも本屋でも店員にビビられていた。
それが、ぶつかるという事態で微笑むのは確かにおかしい。
…考えたらちょっと切なくなってきたが、今は依頼中なのでおいておく。
弥彦の様子はといえば、あまり表情は変わらない…いや、体も固まったように動かない。
暫くそうしていたかと思うと、何も言わぬまま踵を返した少女の後を、ふらふらと追っていく。
「…間違いなさそうです」
少女に変な素振りは無かったが、弥彦の行動を見るに、魅了がかかってしまったのだろう。
急ぎ仲間に連絡をして、サイレントウォークを使用する。
黒猫のように静かに、しなやかに。静寂は跡をつけた。
●
少女…魅了者の行く先は、アーケード通りから横道に入り、更に入り組んだ路地に入った所のとある雑居ビルだった。ドアを開けて、弥彦を中に誘い、自分もまた中に入っていく。
これまで、弥彦の様子に変わりはない。普通の魅了なら、そして撃退士ならとっくに正気に戻っていて良い筈なのだが。
「ふむふむ、アーあれが噂の推定天魔系少女?そんな理性失うほどかなーっ?」
魅了者を見て、イリスが首を傾げる。
既に、この場に全員集まっていた。魅了者の移動がそこまで早くない割に移動距離が長かった事、小さな路地に入った事もあって、自然と途中で皆合流出来たのだ。
「何かスキルでも使ったんだろ」
「でも、おかしな様子は無かったんですよね…。ぶつかったのと、目を合わせて笑った事くらいで…」
静寂が口元に手をやって考え込む。
だが、イリスはそれでピンと来たようだった。
「あーこれはアレかな?魔眼とか邪眼とかそういう類っかなー?」
目が合う事がトリガーになっているか、視線に力があるのだろう。
どちらにせよ、目を合わせないようにすれば避けられる。
「目を合わせないように。ちなみに視線を合わせないコツはね、胸元を見るとよろしい」
「胸元?」
雪彦が言葉に反応して、思わずイリスの胸元に視線を落とす。
控えめである。
「セクハラはよろしくないぞ!?っていうか泣くよ!?ホンキで泣き喚くよ!?」
「いあいあ、他意はないんだよ〜☆」
若干冷や汗を流しつつ笑って否定する。篝は横を向いて黙秘である。
智美がゴホンと咳払いをして、話題を逸らした。
「しかし建物の中だと、他の失踪者がいるかは突入しないと解らないな」
「結界もないですし、一時的に人を集めているだけの場所かもしれませんね。どちらにせよ、一度入らない事にはどうしようもないです」
「だな」
一行は意を決して、雑居ビルの中へ入った。
中は雑然とした様子で、人が使用しているような気配はない。ただ、積もった埃が確かに、誰かが通った足跡を浮き上がらせていた。
その足跡を辿っていくと、ふと、人の声が聞こえた。
――いる。魅了者と弥彦以外の、誰か。恐らくは、失踪者が。
隠密出来る者が先行し、開いたままのドアから部屋の中を覗き見る。
そこには、魅了者。ぽーっと立ったままの弥彦。部屋の隅で体育座りをしている男性達がいた。
「(なんで体育座りなんだよ!)」
喉まで出かかったツッコミを何とか飲み込む篝。
ちなみに人数は6人。少な目ではあるが、予想被害者数の範囲内の数字ではある。
彼らは虚ろな瞳で何やらぶつぶつと呟いていた。命には別状はなさそうだが、まだ魅了の術中にあるようだ。
だが、ここまで来れば。
あとは失踪者を保護して、天魔を倒すのみ。
一斉に、部屋の中へなだれ込んだ。
●
侵入者に気付いた魅了者がくるりと振り向く。
視線を合わせないよう気をつけつつ、静寂は阻霊符を展開させながら弥彦に近寄った。
「西條さん、しっかりしてください!」
魅了にかかったままの弥彦の体を揺さぶる。
弥彦ははっと気が付いて、頭を押さえた。
「う…俺は…」
記憶が朧気だ。
目が合って。それ以降は、ただ、不思議な高揚感と幸福感。目の前の少女から、離れたくなくて。この温かな気持ちを逃したくないと…そして、それが急速に冷えていく感覚。
「…ちっ、胸糞悪い」
魔具を活性化して、銃を構える。至近距離だろうと知った事じゃない。
魅了者はそんな弥彦の姿を見て、今一度魅了しようと視線を合わせてくる。
「弥彦君っ、目を見ないように!」
「目?あ」
「あ」
イリスが大きな声で叫ぶ。
しかし、そう突然言われるとつい見てしまうのが人の性で…。
弥彦は再び魅了された。
続けて、魅了者の瞳が雪彦を捉える。
「ん?ボクに魅了…?…ハッごめんね。君、趣味じゃないんだ♪」
雪彦が、いっそ清々しい程の笑みで返す。
ならばと、魅了者がすっと手を差し出して。
魅了された者達が動き出す。
「ちょっと眠っててね〜?」
部屋の奥へ駆けて、魂縛符を放つ。本来は結界から魂を吸収されるのを防ぐものであるが、今回はその副作用目的だ。
失踪者達は、そのまま崩れ落ちるように眠りについた。
だが弥彦はそうもいかない。アサルトライフルをカチャリと鳴らすのを見て、イリスがズカズカと歩み寄った。
「愛と絆のっ、イリスちゃんビンタ!」
「いてっ!あー…」
バシーンといい音が響き、愛と絆(物理)の力で正気に戻る。
弥彦は、再び魅了にかかった自分にいらつくように頭を振った。
そうして場が落ち着いた所で、智美が自己強化をかけ、太刀を構えながら飛び出す。
篝は、中の様子を見る時に使ったハイドアンドシークによる潜行状態のまま、魅了者の死角に移動する。自己強化も忘れない。
「人の心を弄ぶな!」
智美が刀を振りかぶる。普段女性と子供には優しい性分であるが、天魔…しかも、こんな手段で人を攫うような奴は除外だ。
魅了者がふっと視線を向けてくるが、イリスのアドバイス通り、予め目線は胸元に落としてある。魅了は発動しない。
鋭い太刀筋に、その細い片腕が切断され宙を舞った。
「ぼっち狙うのはいいけどな、狙うなら天魔同士で潰しあいでもしてろ!」
続けて、篝が背後から抜刀する。背中に斜めに斬撃が走った。
そのまま一撃離脱して再び死角に潜行する。篝にとっては、魅了とかマジやばい。100パーセントかかってしまう。対象にされないよう立ち回るしかない。
魅了者がふらりとよろめいたところに、静寂が後方に下がり銃を撃つ。アウルの銃弾がその体を貫いた。
もがくように、魅了者が残った片腕を振るう。
「メイン盾舐めるなよー?」
イリスの戦槌が、銀色の光で弧を描きながら攻撃を弾いた。
態勢が崩れたところに、弥彦のライフルが向けられる。
額に風穴が開いて数瞬、魅了者はゆっくりと倒れた。
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すやすやと眠りについている失踪者の皆さんを、ぺちぺちとビンタして起こす。衝撃を与えたので一緒に魅了も解けただろう。
篝はその横で、失踪者の保護を頼むために学園経由で警察に連絡を入れていた。
静寂は失踪者達に事情を聞こうとしたのだが、記憶があまりはっきりしないのだと言う。
「俺も何となくしか憶えてないからな…。ぼーっとする感覚くらいしかないんじゃないか?」
弥彦が簡単に説明すると、失踪者達も皆同じような感じだったらしい。
リア充爆発すればいいのにと思いながらぶらぶらしていたら、少女と目が合って。
ほんわりするような、ドキドキするような感覚に包まれて。
その後は気がついたら今である。
『いやー、これが恋なのかっ!て感じだったなあ…短い夢だった…』
遠い目をする失踪者。
雪彦が苦笑する。
「幸せになりたいって思えば絶対に叶えられるよ…理想の形にはならないかもだけどね♪そこはがんばだよ☆」
気持ちは、幸せは、あくまで自分が感じるものだから。
『だといいけどなあ…あー、帰ったら絶対仕事溜まってるよ…』
『うっ、頭が』
『目から汗が…』
「…そこもがんばだよ☆」
そう言う事しか出来ない。現実は非情なのだ。
「そういえば…用意したバナナの皮、使う機会がありませんでした。どうしましょう」
バナナの皮を手でつまんでぶら下げながら、静寂が小首を傾げる。
魅了された失踪者を転倒させる目的で用意したようで。どうしてそれを選んだのかとかどこに入れてたんだろうとか、色々突っ込み所はあるのだが。
「…捨てたら、どうだろう?」
この智美の一言に尽きる。
とにかく失踪したぼっちさん達は無事に保護され、元凶は倒し、街に平和が訪れたのだった。
ぼっちさん達の心の平穏は…いつ訪れるんでしょうね?
END