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朝。
既に太陽は強く輝き、少し歩いただけで額から汗が伝う。時折吹く風が救いの御手のように涼しく感じられた。
正に絶好のアイス日和。
「あっちぃ…。俺がアイス食いたいレベルだなこれ」
「ワゴンは全部で3台か〜。んじゃボクは集客に回ろうかな♪声かけるのは得意だしね☆」
恙祓 篝(
jb7851)がシャツ姿で気だるげに持参した水を飲む横で、藤井 雪彦(
jb4731)が軽いノリで笑う。集客というよりナンパになりそうで怖い。
「アイスを売るのか……これがアルバイトと言う物なのか?何でも社会勉強だ。頑張る妹に負けない様、お兄ちゃんも頑張るよ!」
その端正な顔立ちとは裏腹に、イツキ(
jc0383)がいきなり残念なシスコンっぷりを発揮する。
「この時期にアイスを買いたい奴等、幾らでも居るだろう。まぁいい。依頼となれば、全力を尽くすのが私の信条だ。精一杯のことをさせて貰うぞ」
カッとハイヒールの音を響かせながら現れたのは、何故かスクール水着にうさ耳カチューシャをつけたメイシャ(
ja0011)。篝が飲んでいた水をふき出した。
「何て格好してるんだよ!?」
「アイスを売るにも格好は大事だ。そしてターゲットを絞るのも大事だ。男性層を狙うならば、こういう格好の方が目を惹くのだろう?は、恥ずかしい気もするが、これも依頼の為…っ!」
「ふわー、気合入ってるなあ。僕も頑張らないと!」
アイドル活動用の衣装に身を包んだ藍那湊(
jc0170)。彼はアイドルの自分とアイスを一緒に売り出してしまおうという戦略だったが、そんな彼でもメイシャの気合の入った?格好には感嘆の声をあげる。
しかしメイシャの格好はビアガールとかレースクイーンのようなイメージなのだろうか。何故この組み合わせになったのか。天然とは恐ろしいものである。
「恥ずかしいならしないでください……」
篝が顔を抑えて俯く。スクール水着とはいえ彼には少々刺激が強かったようだ。
「あー……メイシャさん、俺も宣伝とかに向かおうと思うので、早速販売に行ってもらってもいいでしょうか?」
「む、解った。さて、どれだけ売れるか……」
黄昏ひりょ(
jb3452)に言われ、急遽借りたクーラーボックスを抱えて去っていく。
そしてひりょはそのまま篝に気遣わしげに声をかける。
「恙祓さん大丈夫?」
「……ダイジョブデス」
ひりょのさりげないフォローが染みる篝であった。
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メイシャはその足で早速プールへやってきた。この暑さに辟易した学生達で賑わっている。
ちなみに何故プールで販売することに決めたのかと言うと『この格好でも大丈夫そう』だからという理由らしいが、それで許されるのはスクール水着だけということに気がついているのだろうか。
幟を掲げてプールの外周部分を練り歩く。
だがそのインパクトのある格好のお陰か、男性客を中心に、泳ぎ疲れて休憩中の人や、プールだけでは足りない涼を求めお客さんが集まってきた。
『おー、アイスじゃん。お姉さん一つちょうだい』
「一つ100久遠だ」
『なあなあこれ何かのイベントか?』
「新商品の営業活動だ」
『やったアタリ……じゃない。アイスクエ?』
「アイスクエだ」
購入した学生達がわいわい言いながら食し、クーラーボックスに詰め込んできたアイスがみるみる減っていく。
ワゴンに容量的に劣るボックスは、あっという間に空になってしまった。
そこに、10人くらいの集団で集まっていた客がやってくる。
『あれ?売り切れかい?』
「そのようだ」
『もっとたくさん用意しといてくれよ〜』
「たくさん食いたいのなら……プールを出て向こうの方角ワゴンで売っている。……だがここでもまだ売れそうだし、私も補充に行くか」
湊がやっている筈のワゴンの位置を教え、そう言って踵を返したメイシャだったが。
つるっ
プール上がりの客達が寄ってきていたせいだろう、水で濡れてしまったところをヒールが滑り、派手に転んだ。
ハイヒールでプールに来るから……。
メイシャはむくりと起き上がると何かに耐えるように暫く黙し、その後何事も無かったかのようにそそくさと去っていった。
『あれって……ドジッコってやつかな……』
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ひりょは学園内を駆け回っていた。その手にはビラ。
アイドル活動を始めたばかりの湊を知ってもらうイベントを催し、そこに集まったお客さんにアイスを販売しようというひりょと湊の計画。そのための、湊の撮影会のお知らせだった。
「藍那湊の撮影会を行います。今日限りの限定品、アイスクエのアイスを購入してくれた方に握手や記念撮影を予定しています。是非お越しください!」
さりげなく忍法「友達汁」を使用して少しでもうまくいくように祈りながら、部室や購買部にビラを配る。地味で大変な作業だが、不思議と苦ではなかった。
他人のために何かをするのは嫌いではないし、それが友人のためならば尚更だ。
「よし、後は撮影会のサポートだな」
ビラを配り終わり一息吐いたところで、思案する。
仮に、撮影会にお客さんがたくさん来てくれた場合、自分だけでは手が回らないかもしれない。
ダメもとで頼んでみよう。
そう心の中で呟くと、依頼斡旋所の方に向かっていった。
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クーラーボックスで売り歩こうと思っていたイツキ。だが、急遽借りられたのが一つだけでそれがメイシャに使われてしまったので、ワゴンの方で売り歩くことにした。
「アイスは、此処だ」
人影を求めて歩きながら、唐突に言い放つ。言った後で、人が多い場所に行かなければ意味がないことに気付いた。
人が多い所と言えばやはり学園だろうか。部活の朝練を行っている者を当たってみよう。
校庭へ向かうと、予想通り数グループが何やらわいわいやっていた。休憩中なのか朝練が終わったのか、タオルで汗を拭っているグループのところへ近づき声をかける。
「暑い中、ご苦労様だ。アイスで一息入れないか?」
グループの中の、特に女子生徒がざわっと反応した。
『一つください!』
『私も!』
「解った」
群がってきた生徒達にアイスを渡し代金を受け取りながら、やはり甘い物は女性の方が好きなのだろうかと分析する。
実際は日本人離れした顔立ちに集まってきているのだが、それに気付かないのは鈍いせいなのだろうか。それとも妹以外は目に入らないからなのか。
一通り売り捌いた後は、学園に近い女子寮の方角へ移動することにした。
アイスは女性に売れる(と思い込んでいる)ので、女子寮の近くで、涼しい室内から暑い中へ外出する登校時を狙おうと思ったからだ。
女子生徒達がふらっと寄っていってくれるが、思っていたよりは人通りが無い。校庭での販売や移動の時間で、登校の時間帯と外れてしまったらしい。
しょうがないので、買ってくれたお客さんに更に売り込むことにする。
「夕方は校門辺りで売るつもりだ……また寄ってくれると嬉しい」
イツキにそう微笑まれ、女子生徒が真っ赤になる。
『は、はい!また是非!』
リピーターを確保したイツキだった。
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篝はワゴンの上にノートと何かの箱を乗せ売り歩いていた。
「御籤アイス〜、1個100久遠、このクソ暑い炎天下で運動会やって汗かいた人はもちろん、武器強化前の運試しにも良いかもよ〜」
説明しよう。
バニラ味、いちご味、チョコ味、抹茶味、ぶどう味、そしてお楽しみ味がある。
購入時、箱の中から色のついた紙を1つ引いてもらい、引いた色に対応した味のアイスを購入者に手渡す方式だ
そしてノートにはその色と味の運勢を書いておく。
赤は大吉、青は中吉、黄は小吉、緑は吉、白は末吉。残った黒は超吉。……超吉?
珍しい物好きの久遠ヶ原生徒の興味をひくと同時に、見た目が怪しくて誰も手をつけなさそうなお楽しみ味を合法的に売りつけられる作戦だ。
『え、なになに、おみくじアイス?1個頂戴〜……黒?』
「いきなりかよ!黒は超吉だ」
やってきた生徒がいきなり黒を引き当てたので、見た目が鮮やかな赤、青、緑をミックスしたアイスを渡してやる。
『えっ、何これ何味?そして超吉って何!?』
「超吉だ。レアだぞ、良かったな」
適当に作ったとは言えず、ただ笑顔でサムズアップする。
恐る恐る食べた生徒は、首を傾げ眉をしかめた。
『ん?……えっ、何めっちゃ甘っ!ってここ渋っ!いや、でも案外いけるかも……』
「(どんな味なんだよ……)」
心の中でツッコミをいれながら、食べてみたいような食べたくないような複雑な心境になる。
ちなみにお楽しみ味は、3種類の色を均等に食べると美味しいというアイスであった。それこそ注意書きを書いておいて欲しいところだが、色々と残念な会社である。
籤の下準備で多少手間取ったが、出だしはまずますといったところか。
ワゴンの中でこっそり保冷された自分用の飲料水を飲みながら、篝は学園を練り歩くのだった。
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雪彦は走り回っていた。具体的には韋駄天を使用して最大移動力20とINI14を駆使して集客活動を行っていた。はやい。
広域を移動しながら、なるべく女の子を狙って声をかける。……ナンパとかそういうのではなくて、女の子の方が情報拡散力が高いからである。
「こんにちは☆向こうのワゴンで、今日限定のアイスを販売してま〜す。よろしくねっ♪」
『え、アイス?食べたい!暑い日はやっぱりアイスだよね〜』
声をかけた時の反応が良い子にはさりげなく手を握りながらすかさず忍法「友達汁」を使い、サクラのお願いをする。
「もしよければ、アイスを買った時に美味しい〜って周りにアピールしてもらってもいいかなあ?出来るだけ盛り上げたいんだ♪お礼は後日デートで☆」
『えー、やだもおー』
友達汁のせいなのかは解らないが、満更でもない様子の女の子。……やっぱりナンパじゃないのか?
まあそんな雪彦のお陰で、少しずつ噂が広まっていくのだった。
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湊は人が集まりそうな広場の一角に陣取ると、ひりょが戻ってくるのを待って早速活動を開始した。
アピール方法は、実演ならぬ実食販売。
ワゴンからバニラソフトクリームを一つ取り出しぱくりと食べて、通りかかる人達にアピールする。
「ん〜、美味しい!暑い日のお供にアイスはいかがですか?これから大人気(予定)のアイスクエと藍那 湊、応援よろしくお願いします〜!」
晴天の下で食べるアイスは、演技でも何でもなく本当に美味しい。そんな湊の気持ちが伝わったのか、徐々に人が集まってくる。
「購入はこちらへどうぞ。握手や撮影をご希望の方は購入後にそちらに並んでください!」
ひりょがアイスの販売をしながらお客さんの誘導もする。
集客を終えた雪彦も販売に参加していた。
「いらっしゃいませ〜☆新商品!!今日だけ限定です♪こんなに暑い日には最高だよっ!」
『へぇ〜、新商品なんだぁ〜。どれがオススメなの?』
「オススメ?みんな美味しいけど、ボクはカップタイプかな?だって毎回食べさせてあげれるじゃん♪ハイあぁ〜ん☆」
雪彦がナンパ、もとい宣伝していた女の子達もやってきてくれたようだ。美味しい〜と周りに聞こえるようにアピールしてくれる。
午後になると、宣伝の効果もあってどんどん人が集まってきた。そうなると予想通り、撮影までは手がまわらないので……。
「はい、次の方お隣にどうぞー。はい、アイス♪」
ひりょに呼び出されたさくらがカメラ係をしていた。撮影技術は求めないでね、と断った上でサポートを引き受けている。
折角なのでシャッターを切る合図はチーズやピースの代わりにアイスにした。アピールは大事だ。
「買ってくれてありがとう!これからもよろしくね!」
笑顔で握手と撮影をこなし続ける湊に、ひりょがこっそりと話しかける。
「藍那さん、そろそろ休憩とか入らなくて大丈夫?」
炎天下での握手&撮影会はなかなかにハードな仕事だ。体調を気遣うひりょに湊は笑顔で返した。
「大丈夫だよー」
お客さんから見えないように汗を拭い、ひりょにもタオルとお茶を手渡す。
「なんかアイスクエって、愛を救えって意味にも思えるなあ。アイスと一緒に愛を配ってるような気持ちになるね」
それを聞いていたお客さんから『良い子だなあ……』『まるで天使のようだ』と声があがる。ハーフ悪魔だけど。
とにかく、アイドルとして、男の子として、根性の見せ所だ。
「撮影会まだまだやってまーす!お楽しみ味なら1本でもOK。皆応援してね〜!」
湊の元気な声に誘われるように、アイスは一つ、また一つと売れていった。
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夕方。プールで売り捌いたメイシャや、校門で下校生徒相手に販売していたイツキ、ウロウロしていた篝も合流し、6名はワゴンの中身を覗きこんでいた。
「結構売れたねー」
「でも残っちゃったな。保冷剤ももう限界みたいだし……」
アイスの傍らで、保冷剤がへにゃりとしている。ワゴン内に残る冷気でまだもっているが、アイスも保冷剤と同じ運命を辿るのは時間の問題だろう。残りは100個程だろうか。
「売れ残りはどうすっか……50個ならいけるな(キリッ」
「凄いな。50個いけるなら残り全部いけるだろう」
「いやさすがに全部は……ってまだその格好なんですか!?」
メイシャはまだスク水バニー姿だった。当の本人は何か問題でも?疑問符を浮かべている。
「余るのはもったいないな……一つ貰おう。ああ、ここに妹がいればお兄ちゃんが全種類を一口ずつ食べさせてあげるのに!」
「一口ずつとか迷惑ですから!」
妹の事を思い出し、シスコン病を再発するイツキ。篝のツッコミが追いつかない。
「篝君がお腹を壊しても困るし、職員さんに配っちゃいましょう」
「さくらさん、さすがに全部は食べないですよ……?」
「篝君ならやりそうだから……」
さくらが横から妥協案を出す。溶けるよりはいいだろう。
「でも楽しかったね!皆美味しそうだったし……そうだ、皆で記念撮影したいな。さくらさんも一緒に写りましょ〜♪」
「記念撮影か、いいね藍那さん。さくらさんも是非」
「いいの?……じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
『良かったら撮りますよ〜』
にこにこと笑う湊につられるように笑う。
先程アイスを買ってくれたお客さんがすかさずカメラマンを申し出てくれた。
「さくらさんボクの横ど〜ぞ♪」
「はーい、今行くわ」
『はい、撮りますよ〜』
皆並んで、アイスを手に。
「「はい、アイス〜!」」
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さくらからの報告書を受け取ったアイスクエ職員は、売り上げ個数を見てにやけていた。社内で揉めて出すか出さないか迷ったお楽しみ味も7個売れているではないか。
人気としては、バニラのソフトクリームはやはり鉄板か。カップタイプは幅広く人気だ。
「久遠ヶ原、貰ったわ!これからバンバン売り出すわよ〜!」
その後、久遠ヶ原でアイスクエのアイスを見かけるようになったかは……。
貴方の心の中で。
売り上げ数914個。大変良く出来ました。
END