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要請を請け大急ぎで駆けつけた撃退士達の視界に入ったのは、壊れた墓石、踏み荒らされた跡。ぐちゃぐちゃにされたお供え物。既に大部分を蹂躙され、まるで遠い昔に打ち捨てられたかのように荒れ果てた墓地の光景、尚も破壊を続ける天魔の姿。
そして片隅できつく抱き締めあう鈴木さくらとすみれの姿だった。
その光景に、撃退士達が絶句する。
「死者の平穏を乱し、生者の安寧を奪う下種共が。その所業、許す訳にはいかない」
死んだ者を冒涜することが、どれだけ許されざることか。
リョウ(
ja0563)の言葉に呼応するように、他の者も歩み出る。
「死後の安眠を妨げるとは……」
「外道……報いは受けて貰います」
テレジア・ホルシュタイン(
ja1526)の慈愛に満ちた微笑が、わずかに歪む。対して、変わらぬ表情の雫(
ja1894)。だがその瞳が怒りを表していた。
「眠りについた人の邪魔をするなんて、無粋も極まりないね。どうせ根暗で性悪な天魔が考えたんでしょ。あーやだやだ」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が軽口をたたく。だが、その目は笑っていない。
「気に入らねェな。ここは暴れる所じゃねェんだよ」
その背に蝙蝠のような翼を出現させ、ふわりと浮き上がるジョン・ドゥ(
jb9083)。墓地の通路は基本的に碁盤目状。浮いている方が戦いやすいだろう。
そんな中一人、鈴木親子に歩み寄る恙祓 篝(
jb7851)。
篝は顔を突っ伏したままのすみれの頭にそっと手を置き、軽く撫でた。
「よく頑張った、後は俺らに任せとけ」
「っ、篝せんぱ……」
すみれは、未だ瞳に涙を湛えていた。それを見られたくなくて、再び顔を俯ける。
「さくらさん、コイツしっかり捕獲しといてくださいよっと」
「ええ……お願いね」
返事の代わりに、戦場へと向かう。
天魔が憎いってわけじゃねえ。
ただ、その行動が気に食わねえ、そんな俺のワガママだ。
だから――斬る。
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撃退士達が墓地に足を踏み入れても、天魔達は気にする様子もなく行為を繰り返し続ける。
3体は整列したり陣形を組んでいるわけではない。各個撃破する事は可能な筈だ。
「俺が1体引き付ける。その間に他を頼む」
リョウが阻霊符を展開しながら天魔の内の一匹の前に陣取りタウントを使用する。天魔は目の前に立ち塞がったリョウを敵と認識したようだった。
「貴様の相手は俺だ。貴様が消えるまでの短い間だが、付き合って貰おうか」
嘶きと共に、今までは墓石に振り下ろしていた足をリョウへと向ける。
リョウの能力なら回避は容易いが、これ以上この場を荒らすことは避けたい。シールドを使ってそれを受け止めた。
天魔は攻撃を受け止められたのを確認すると、煩わしいものを排除しようとしているかのように、今度は後ろ足で思い切り蹴り出す。今一度ガッチリとその攻撃を受け止めるが、その衝撃に数メートル後方へ押し出された。
リョウは軽く舌打ちをすると、体勢を立て直しながら距離を詰めて双槍で反撃する。だが体勢の崩れが響いたのか、天魔は素早い動きでそれを避けた。
「馬だけあって、なかなか素早いな。だが」
1拍置いて。
「所詮は獣、人の言葉も解さんだろうが――貴様等は許さん。ここで消えてなくなれ」
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リョウが抑えに入ったのを見て、ジェンティアンも1体封じに入る。
「さて、これ以上の暴挙を許す訳にはいかないから、さっさと片付けてしまおうか。女の子泣かせた罪は重いよ?」
天魔の目に、長い長い髪が自分の体を巻き取り縛り付けるかのような幻が映った。その幻を振りほどこうとがむしゃらに暴れるが、明らかに生彩を欠いている。ジェンティアンは流れてきた攻撃をシールドで軽く受け止めた。
「まったく、お墓倒す訳にいかないっしょ。お墓参りの作法がなってないよ」
もっともっと、じわじわと敵を蝕むために。今度は蛇の幻影が天魔に噛み付かんと襲い掛かる。天魔は変らず幻影から逃れようと暴れ、からくも蛇を避けた。
ジェンティアンが何かしている、というのは解るのだろう、幻影に囚われながらもがむしゃらに攻撃を仕掛けてくるのを再び受け止める。
「避けられちゃったね」
そう言いながらも、表情には全く焦りはない。自分はあくまで押さえ役だ。手応えで、これなら持ち堪えられると感じた。
にっと笑った目線の先で、4人の仲間達が戦っていた。
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「私が気を引きますから、攻撃をお願いします」
他のメンバーにそう声をかけると、雫がその小さな体で飛び出した。これ以上墓石が壊されぬよう位置取りを気にしながら、残った1体の前に立ち塞がる。
「これ以上、死者の眠りを妨げさせはしません」
挑発する。天魔は邪魔する奴は許さないとばかりに、雫へその足を振り下ろした。受け流そうとするが、蹄が腕を掠める。
この程度のダメージ、大丈夫。
「失礼しますね」
テレジアが誰にでもなく一声かけ、射線をとるため弓矢を携えて墓石の上に乗った。申し訳ない気はするが仕方ない、今はこれ以上天魔に破壊させない事が先決だ。
狙いをつけた弓矢が、天魔の体に命中する。痛さを感じたのだろうか、ぶるぶると体を震わせた。
「俺は気に入らない相手に容赦はしないぜ!」
その隙をついてジョンが天魔の真上から強襲した。阿修羅の動きにまだ慣れないためか、首を狙って振り下ろしたハルバードがわずかに逸れ、肩に当たった。それでもざくりと開いた傷からは血のような体液が流れる。
そこに、ハイドアンドシークで潜行しヘルゴートでアウルの力を増幅させていた篝が、天魔の死角から飛び出して斬りつけた。
だが、篝の刀は空を切る。天魔は後ろに目があるかのような動きでその一撃をかわした。
「嘘だろ!?」
篝の非難を無視し、目の前の雫を踏みつけようとする天魔。それを察知した雫はすかさず懐へ飛びこみ、カウンター気味に剣を前へ突き出した。
お互いに攻撃が命中し、雫は肩口を軽く裂かれ、天魔は足を大きく裂かれる。その大きな体がよろめいた。
テレジアは天魔に攻撃をし、天魔が僅かにも痛がる素振りを見せた事に動揺したが、固く口を結んで矢を番える。矢は白銀の焔を纏い、天魔を貫いた。天魔が上体を高く上げながら悲鳴のような鳴き声を漏らす。
「さっさとすっ込みな!馬刺しにすっぞ!!」
ジョンが再び空中から、嘶いた瞬間を狙ってその喉へ突き出した。刺さった。だが、かろうじて生きている……いや、動いている。
「死んどけ、恥知らず」
背後からの一刀。天魔は胴体をすっぱりと切断され、ついに動かなくなった。
「1体片付いた!」
動かなくなったのを確認すると、篝が他のメンバーへ声をかける。
顔を合わせ頷き、次へ駆けた。
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雫は駆けながら直線状に仲間や墓石がないことを確認すると、ふっと立ち止まり剣を振りぬいた。黒い光の衝撃波が天魔を薙ぎ払う。
「何人も触れてはいけない領域を土足で踏みにじったその罪、その身をもって報いなさい」
衝撃波が体を切り裂き、呻き声があがる。
天魔は半ばヤケになって、目の前のジェンティアンに突撃した。
「いたた……」
受け止めたので実際にはそこまで痛くないのだが、思わず声に出てしまう。
反撃に、その動きを封じてやろうとスタンエッジを繰り出すが避けられた。
テレジアの攻撃も避け、ジョンは空から暴れる天魔の背に乗ろうと試みるがうまくいかない。逆に空中に放り出される。
「しつこいよ!」
攻撃をしぶとくかわす天魔に、ジェンティアンが今一度スタンエッジを叩き込む。今度はその大剣が天魔の体をとらえ、同時に、今まで暴れていたのが嘘のように固まった。
スタンが決まってしまえば後はどうとでもなる。皆でひたすら攻撃を重ねた。
「確実に、とる…!」
ジョンの攻撃が天魔の首を刎ねると、それから少し遅れて体がどさりと崩れ落ちた。
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リョウは隙を見て反撃しながら、タウントで引き付けてじりじりと敵の位置を誘導していた。無事な墓石から引き離しながら、最終的に仲間と挟撃出来るように。
ただ前に前に向かって来る天魔の攻撃を受け止めながら、リジェネレーションを唱える。痛みが和らぐのを感じながら、向こうで2体の天魔が倒れたのを確かに見た。
あとはただ6人全員から攻撃を受けるのみ。攻撃しながらも段々と体力を失っていく天魔に、テレジアが声をかける。
「あなた方も、元を正せば人であったかもしれない。その安眠を妨げられているのなら……私は、慈悲を以て屠りましょう」
テレジアのアウルを込めた光の矢が、最後の天魔の体を貫いた。
動かなくなった3体の天魔。
戦闘で高まっていた緊張が緩む。さくらとすみれが皆に近寄ろうとした時。
空から声が響いた。
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『邪魔をしてくれたものだ』
はっと見上げると。そこには、金糸のように輝く長い髪、氷のように冷たいブルーの瞳。大きな白い翼を広げ悠然と浮かぶ天使の姿だった。
「天使…?」
思わぬ来客にさくらの顔が強張る。
『天使』、『邪魔をした』。
恐らくこいつが、今回の墓荒らしの元凶だろう。
「天使が死者を弄ぶなんて、世も末ですね」
「種族が違うとはいえ、死んだ者を冒涜する外道が」
雫とリョウの辛い皮肉に、天使の口角が上がる。
『家畜をどう扱ったとて自由だろう』
その言葉に、すみれが硬直した。
「酷い事を仰るのですね。天使の中にも、外道はそれなりにいるようですね」
「俺達を燃料程度に思っているのなら、いずれ必ず後悔するぞ。予言してやる。貴様の死は、貴様自身の傲慢によってもたらされるとな。その時になったら思い出すがいい」
天使はその言葉に対して鼻で笑うと、翼を翻して去っていった。
「な、何よあいつ。あ、あんなこと言って…!」
すみれが肩をわなわなと震わせながら、自分を抱きとめていたさくらの手を振りほどく。
「お父さんは、あんな奴等に殺されて、死んだ後までっ、こんな事されてっ」
怒りなのか、悲しみなのか。様々な感情がない交ぜになって、涙に変っていく。
「おい、大丈夫か?」
すみれの様子に、手を差し伸べるジョン。だが、その背の翼がぱっと視界に入り、すみれは反射的に手を払いのけた。
その直後にはっと我に返り、申し訳なさそうに顔を俯ける。
「ご、ごめんなさい……」
取り乱し方と言葉で、何となくの事は察する事が出来た。この壊された墓石の中に、すみれの家族のであろう物があった事も。
「……遅くなって、すまなかったな」
ハンカチを差し出す。
すみれはハンカチを恐る恐る受け取ると、そのまままた、ぽろぽろと泣き出した。
「うー……っ」
言葉にならない感情。どうしようもないこの気持ちを、どこへ持って行けばいいのか。
誰か、教えてよ。
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「付き合ってもらっちゃって、ごめんなさいね」
すみれの様子が落ち着いてから、皆で荒れた墓場の片付けを始めた。
荒らされた場所を全て元通りとはいかないが、このままでは墓で眠っていた人々が哀れだ。
「鈴木ちゃんママ、重いでしょ?持つよ」
「ありがとう、ジェンティアン君」
「出来るだけ元の場所に戻したいね」
復元は無理だが、砕けた墓石を判別出来る限り元の位置へ運ぶ。幸い、大きく散らばったりはしていなかったし、戦闘の余波で壊れたものも無かったので大体はあるべき場所に戻せただろう。
どうしても解らなかったものは、御堂の中に入れてもらうことにした。仏様の像が導いてくれるだろうことを願って。
「護れなくて、ごめんなさい……紫苑さん」
かろうじて鈴木の字が読める割れた墓石に手を当てながら、愛した人の名を呟く。
正しいと思って行ったとはいえ、すみれを護る為に蔑ろにしてしまった事を悔いながら。
「お線香とお花、買って来ましたよ」
「ありがとう、お供えしなくちゃね」
買出しに出ていたテレジアと雫が、花束を抱えて帰ってきた。
それを皆で分け合って、一つ一つ、墓の前へ供えていく。
「皆様に、安らぎと愛を」
先程自分の手で屠った天魔にすら。テレジアは慈愛を捧げた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。元凶は退治しましたので安らかに眠って下さい」
雫が線香をあげながら語りかける。ふと自分達もお騒がせの内に入っているかと思い至り、一言追加した。
「一応、私達は騒動を治めに来たので見逃して貰えると助かるのですが」
返事はない。代わりに、ゆらりと線香の煙が揺れた気がした。
その隣で、リョウが花を添える。
「この地に眠る人々に安息を。――俺達の命や世界は、こうしてかつて生きた人々が繋いで紡いできたもの。いずれ、必ず。世界に穏やかで安らげる日々を」
誓いにも似た祈り。
そんな中、すみれは鈴木家の墓があった場所の前で無言で佇んでいた。
それに気付いた篝がすっと横に立つ。
「すみれ。無理はすんなよ」
「……してないわよ」
「そう意味じゃねえ。無茶はすんなよ。したら殴るからな?」
涙は止まっている。だが、その腫れた目の奥に暗い光が見えた気がした。
以前自分も、大事な人を目の前で失った。
それでも、この力は復讐ではなく誰かを守るために使おうと。
そして、すみれにはまださくらがいるから。
「……だって、だって。どうして、こんなひどい事されなきゃいけないの。あんな天使がいるから、お父さんは安心して眠れない」
拳をきつく握り締めて。唇を噛み締めて。
「やっつけなきゃ」
その言葉に、篝が軽く小突く。
「何すんのよ!」
「無茶すんなって聞いてなかったのか」
「……解ってるわよ」
俯いて。
解ってる。
お母さんと一緒にいられることが大切な事だと頭では解ってる。
今の幸せを護ること。それが続くように願うこと。
でもそれじゃ、戯れに殺されたお父さんはどうすればいいのって、心が叫んでる。
この手に剣を握る力があるなら、お父さんをこんな目に合わせた奴らを倒さなきゃって。
どちらに従うべきか、答えを知る術は無い。
「……すみれ、皆と一緒に帰りましょう」
さくらがゆっくり話しかける。
すみれは暫くさくらの顔を見つめ、こくりと頷いた。
「ジョン先輩……、さっきはごめんね。ハンカチ、洗って返すから」
「気にすんな」
涙でぐちゃぐちゃになったハンカチを握り締めたままのすみれに、ジョンが明るく笑いかける。
「じゃあ最後に……ちょっと待ってね」
ジェンティアンがすうっと息を吸い込む。
その唇から溢れる鎮魂歌。
眠りを妨げられた御霊へ、奪われた安らぎが戻ってくるように。
澄んだ青空を、夕焼けがオレンジ色に染めていく。
どこからか風に乗ってやってきた薄紫色の花弁が、すみれの頬を撫でていった。
続く