●鉄道
目的地のビルへ向かう途中、機嶋 結(
ja0725)は携帯を片手に、ビル6階の地図を描きながら警察と会話していた。
時間帯が故か、乗客の数は都内とは思えないほどに少ない。
隣に座っていた鴨志田楸(
ja0181)がそれを横から覗き込む。
「へ〜。なかなか上手いもんだね〜」
小柄な結に対して大柄な楸は一見すると不釣合いであるが、二人はやけに和んだ空気を漂わせていた。
●ビル入口
警官と話しているのは龍崎海(
ja0565)と古雅 京(
ja0228)だった。
「分かりました。では1階に何名か警官を配置しておいてもらえますか。救助次第、エレベーターで送りますので」
海は警察にそう依頼を出す。
その側にはALNasrALTaair(
ja0608)とALNasrALWaaquiu(
ja0617)が待機していた。二人共、日本人には見られない特別で、独特なオーラを漂わせている。
続いて入ってきたのは渋谷 那智(
ja0614)と藤沢 龍(
ja5185)だった。
「小さい頃、天使ってのは人間の味方とばかり思ってたよ」
「あ〜それはありますね」
龍が那智に同意する。
「はは……、とんだ勘違い、だったよな」
すでに打ち解けているらしい二人のすぐ後ろから、結と楸も並んでやってくる。これで全員そろった。
早速、海が説明を始める。
「警察の話では、現在レッドレオはまだ6階にいるとのことです。音に敏感とのことでエスカレーターは停止中、エレベーターは現在3階で……」
続いて結による6階についての説明と、浅倉以外の要救助者の情報は全く入ってきてないという報告、アルタイルによる間取りの補足説明……。
作戦も打ち合わせ、次はハンドサインの確認に入る。
「前、後、左、右。進む……見る……これが良し……で、駄目……」
一つ一つのサインを丁寧に皆に説明するアルタイル。
楸はそれにあわせ、真剣に手を動かしながら覚えている。
「初依頼だし、きっちり成功させないと!」
そんな楸の思いは、周りのメンバーにもほどよい緊張感として伝わっていた。
●ビル6階
停止したエレベーターを足音も立てずに上り切ると、アルワーキウは周囲を警戒しながらもエレベーターの前へ行き、ボタンを押した。流れるようなその動きに無駄はなかった。
直後、その静けさを一瞬にして忘れるかのごとく、アルタイルの用意したスピーカー式ラジオが鳴り響いた。と思うがはやいかアルタイルの左手から投げられたテニスボールが最奥部に向かう。
続けてアルワーキウは阻霊陣を壁に当てる。レッドレオから透過能力さえ奪ってしまえば、その行動力を大きく制限できるからだ。
アルワーキウとアルタイルによるこれらの一連の動作は、ほんの数秒の間に行われた。非常に手馴れた、まるで何かの芸を見るかのような華麗さであった。
しかし、その陶酔も長くは持たなかった。
一番奥の店から通路に、巨大な、赤いライオンがのっそりと姿を表したのだ。
「あれ、口……赤く染まってないか?」
龍の声に、皆の視線がレッドレオの口元に集中する。
確かに人の血のようなものが口にべったりとついていた。
「場所からして浅倉って人とは別の人の……ってことかな」
龍が悔しそうにつぶやく。しかし場の雰囲気が悲観的になってはいけないと、さらに付け加える。
「でも、思ったより動き、遅そうやな」
結が思い出したかのように攻撃開始を意味するハンドサインを出す。
真っ先にレッドレオに向かったのは楸だった。対象が近づくにつれその赤い巨体が迫力を伴って視界を覆っていく。
「色のセンスは悪くないわね。でも、あなたとは仲良くなれそうにないわ」
目線を逸らさず直進する楸は、手持ちのショートスピアをレッドレオに向けた。
その迫力はものすごいものだったが、レッドレオのそれはさらに上を行っていた。前足の一撃は想像していたより速く、いとも簡単に楸の体を弾き返した。
「楸さん!」
龍が叫ぶ。
しかし、直撃を受けたかに見えた楸は、空中でバランスを整えると両足で綺麗に着地した。そう、それは攻撃と見せかけての牽制だった。最初からガード前提での突進だったのだ。
「15秒は引き受けた!!」
それは楸の導きだした精一杯の時間だった。目の前の敵はただの巨大なライオンではない。武器と知能さえあれば人類はどんな動物より上に立てる……いつの間にかこの世界ではそんな常識が通用しなくなっていたらしい。
「いえ、30秒よ!」
最初にレッドレオに手傷を追わせたのは結だった。
本来、ディバインナイトは防御に重きをおくタイプのはずだが、彼女は剣の技術もしっかりと磨いていた。
「いや、40秒だ!」
畳み掛けるように龍が攻撃を加えた。
「赤い獅子か……負けねぇ!」
自分を鼓舞するように叫ぶと、打刀をぶんぶんと振り回す。
一見デタラメに振り回しているかのように見えて、それは攻撃、防御、牽制を兼ねた絶妙な斬撃であった。何よりレッドレオの足止めには十分な効果を出しているようだった。
前衛の囮役は上手く行っているようだ。浅倉洋助の救助に向かうべく、海は手前から2軒目のトン助ラーメンの店へと駆け込んだ。
少し後ろから流し目でレッドレオを警戒しつつ、ついてきたのはアルワーキウだった。
スピーカー式ラジオから流れ続ける音に、レッドレオは少々興奮気味のようだ。
(音を出したのは失敗だったかな? いや、この大物、むしろ暴れさせてスキを作らせるくらいでないと倒しづらいかもしれない)
流し目を多用しながらの無駄のない警戒。どんな戦況に不意に変化しようと、冷静に対処する。慎重な彼にスキはなかった。
浅倉洋助は思いの外、早くに見つかった。今までにない騒ぎに、厨房の奥から顔を覗かせていたのだ。
「大丈夫ですか」
海は浅倉に駆け寄り、肩を貸す。どうも今の騒ぎに圧倒され、腰を抜かしてしまったようだ。
那智はアルワーキウと共に店の入口で待機していた。
(こいつに魔法攻撃はどのくらい通用するんだ?)
那智の魔法の威力は、8名の中ではトップを行っていた。それだけにこの狭い戦場、入り乱れた戦況の中で、むやみに乱発してはいらぬ被害が出てしまう。
地の利は自由に暴れられるレッドレオ側にあった。どんどん手前に押されているのは目に見えていた。
しかしそんな中、京は突きと薙ぎをうまい具合に使い分けながらレッドレオの前進を阻んでいた。
しかもそれはただの牽制ではない。その剣筋に込められた殺気を鋭く感じ取ってか、レッドレオも時折深く踏み込む京に対し、前足を振り上げ反応する。
(いける)
戦いの中でも笑顔を絶やさない彼女は、その心の中も笑顔に変えた。
それでもレッドレオはトン助ラーメン店のある通路まで前進していた。
抱えて走れば早かったかも知れない。しかし、もし背後を襲われたら浅倉の命にかかわる、いや、間違いなく助からないだろう。レッドレオが遠距離への攻撃をしないという保証はどこにもないのだから。
海は突然、いつの間にか手に持っていた阻霊陣を店の壁に当てた。レッドレオの殺気を感じたためだ。
次の瞬間、ガシャーンと店のガラスが割れ、中にレッドレオが飛び込んでくる。
「させない!」
追うように結が店内に飛び込むと同時に、レッドレオを斬りつける。
物理か、魔法か……結はどちらがよりレッドレオに有効なダメージとなるかを考えながら攻撃を続けていた。
(カオスレートのことを考えると、私の攻撃の威力は過信できない)
でもそこには、同時にレッドレオの攻撃の全てを自分一人で受けきって見せる、といった自信も含まれていた。
やがてレッドレオは結に誘導されるかのごとく店の外へと戦場を移した。
「あ!」
レッドレオの前足が結の小柄な体を捉えた。強烈な一撃を受け、結は地面に叩きつけられる。
全身に激痛が走る。
「大丈夫! この程度ならまだ立てます!」
力一杯立とうとする結の前に、さらなる一撃を加えようとレッドレオが迫っていた。
しかしもう一つ、すぐ後ろに立つ人影があった。魔法を放つ準備を完了させた那智である。
「させねえよ! これ以上、何も!!」
那智から放たれた光の玉がレッドレオを撃ちぬく。
「グルルル……」
怒りか、苦しみか、重低音が威圧感を伴ってあたりに響く。
それまで明らかに押され気味であった戦況はここでついに変化を見せた。
「手応えありだ!」
那智の叫びは、レッドレオの発する重低音から威圧感を取り除くには十分なものだった。
(大丈夫だ)
海は浅倉を背負うと、そのままエレベーターの前まで走った。那智も警戒を続けながらすぐ後ろに続く。
「もう大丈夫です。1階で警官が待機してます」
「ありがとう」
浅倉を乗せたエレベーターの扉は、目的の一つを達成したことを強調するかのように、静かに閉じるのだった。
「よし、これで思い切り戦える!」
那智は決して好戦的なタイプではなかったが、これは本心だった。
龍も積極的に攻撃に参加していた。
「初めての依頼……きっちりと勝利を飾らせてもらうぜ!」
足手まといになる……それは自分が深手を追い、他の仲間の負担になることを意味していた。
そういう意識が邪魔してか、どうしてもあと一歩が踏み込めない。
(あの結ちゃんにさえ手傷を追わせるだけの破壊力持ってんだ。今の俺がいいのもらっちまったら命に関わりかねない。怖くないわけがないだろ!)
しかし、敵との間合いを取りながら繰り出す斬撃は、戦況を徐々に有利な方向に導いているのも事実だった。
戦況が大きく変化したのはここからだった。
「兄さん!」
いつの間にか後ろにいたアルワーキウにアルタイルは一言そう叫んだ。合図はそれで十分だった。
全身にアウルの力をまとわせ、光纏したアルタイルの黒髪は、まるで黒獅子のたてがみのように揺らめいていた。
そしてその手に持つ黒いリボルバーから飛び出た弾丸は、まるでレッドレオの動きを先読みするかのようにその体に吸い込まれていった。
生粋のアタッカーからすると多少威力は劣るかもしれない。しかしアルワーキウの和弓から放たれる矢は、どこか異質だった。
誰よりもそう感じていたのは攻撃を受けたレッドレオ自身だったかも知れない。
先ほどからレッドレオの動きを警戒しながらも、その動きを見切ったアルワーキウの放った矢は、どれも死角を狙ったものだった。
いや、それを可能にしていたのはアルタイルの放つ弾丸にあったのだ。
銃弾の攻撃を囮に、矢で的確に敵の急所を撃つ。人間では、いや、並の撃退士にもできない芸当だろう。
そして次の瞬間、深く踏み込んだ京は眼球へと突きを打ち込む。間髪を入れずにその状態で刀を返し、横薙ぎ……。
その殺傷力は生粋のアタッカーの如く、本物だった。京の大太刀がレッドレオの体を離れると同時に、魂も体から抜け出たかのように、その大きな体は力なく崩れ落ちた。
「これだけまともに攻撃が入ったんですもの。生きているはずありませんわ」
笑顔でそう語る京を前に、誰もが勝利を確信した。
●ビル1階
海は仲間の治療に当たっていた。結が多少の傷を追ったが、深手と言うほどでもなく、激しい戦闘の後とは思えぬほど、被害は少なかった。
(作戦が良かったか……いや、皆が一枚岩になって動けた結果なんだろうな)
直接戦闘には参加できなかったものの、しっかりと自分の役目を果たせたことに、海は人一倍の達成感を味わっていた。
●後日
今日はぜひお礼にと浅倉の招待を受け、皆で「トン助ラーメン」を御馳走になる予定だ。
「私、食べるのは好きですから…」
と、嬉しそうな雰囲気を漂わせている結。
浅倉救出とレッドレオ討伐を成し遂げ、依頼は文句なしの成功に終わったのだった。