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マスター:結城 博
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/18


みんなの思い出



オープニング


 男は森の中を歩いていた。
 三十代ぐらいで小太りの男性だ。顔に生気はなく、手には地図のようなものを持ってふらふらと彷徨っている。
 男はやがて開けた場所に出る。何度も地図を確認するその表情は、やがて肩透かしを食らったような顔に変わった。

「……どういうことだ?」
 そこにあるのはただの荒地。男の手がだらりと垂れる。力の抜けた手から地図が風に奪われていった。
「光来の樹は……光来の樹はどこにあるんだ!」


 敷島雨流(しきしま うりゅう)は久遠ヶ原学園の撃退士である。
 だが彼女はその傍らで、斡旋所のオペレーター兼諜報員をバイトで行っている。
 雨流が所属している斡旋所では、討伐依頼が多い。しかし、その依頼内容は曖昧なものが少なくは無く、行ってみても結局敵はいなくて、依頼人の勘違いでした、などということも多々発生する。それを防ぐため緊急の依頼を除いて事前に諜報員が視察に向かい、撃退士の出動が必要であるときのみ、依頼を出す仕組みになっている。
 この日も雨流に仕事が舞い込んで来た。
 もっとも、最初の内はこれが討伐依頼に変わるとは思っていなかったのだが。

「光来の樹がどこにもないんだよ!」
 斡旋所にやってきた小太りの男性は浜見辰夫(はまみ たつお)と名乗った。彼は来てそうそう、大声を上げて、事情を説明し始める。が、脈絡なく勢いだけで話しているせいで、要領が掴めない。体を前に突き出し熱弁する上、喋るたびに唾が雨流の顔にかかっているのだが、本人は全く気付いていないらしい。
「あ、あの、取りあえず落ち着いてください」
 雨流はなんとか、辰夫を落ち着かせようと宥める。辰夫も自分が興奮し過ぎていたことを自覚したようで、次第に大人しくなった。

「実は……」
 本来そこにあるはずの大樹が、無くなっていて荒地になっていたそうだ。
「その大樹には、光来の樹と言う名前があるんだ」
「光来の樹、ですか?」
 辰夫は何故かそのとき返事を渋った。それから、顔を俯かせる。
「その……一種の都市伝説というか。ネットではちょっとした有名な樹で、光来の樹に願い事をすれば願いがかなうっていう、言い伝えがあって……」
 何か隠している。雨流は今までの経験からそう直感した。
 だが、今は詮索するのは止めておこう。
「わかりました。できれば現地で確認したいのですが、場所を教えていただいても構いませんか?」
「あ、ああ、わかった。連れていくよ」
 場所を教えてくれるだけかと思っていたが、どうやら案内をしてくれるそうだ。
「では、これから支度をしてきますので、少しだけ待っていてください」

 光来の樹で首を吊ると、来世では幸福に生きられる。
 光輝く来世へ導いてくれる樹、だから、光来の樹。
 なるほど、自殺しようとしていたなんて事を、他人に言えなかったから、あんな嘘をついたわけか。
 雨流は事前準備をしてくると、辰夫に一言断ってからすぐに、端末で光来の樹について調べた。その結果がこれ、というわけだ。

 いつからそんな噂が流れたかははっきりとしないけれど、なぜそんな噂が流れ始めたかを考察する意見があり、それが雨流の目を引いた。
 光来の樹で首を吊って死んでいた人間がいて、目撃者はすぐに死体を下ろし、通報したが、少し目を離した隙にその死体がどこにもいなくなっていたという。
 曰く、それこそが輝かしい来世へと送られた証拠なのだそうだ。それが紆余曲折を得てそんな噂が生まれた。
 無理のある設定の気がするけれど、都市伝説なんてそんなものだろう。
 ただ、それとは別に死体消失の件は無視できない程度にネットで広まっていた。だから事実か、と訊かれたら答えに困るが。

 死体が無くなる。それが事実なら……。

 それから、雨流は辰夫に案内されて、光来の樹があるはずの場所へと向かった。
「あれ?」
 辰夫が首を傾げる。雨流も目を瞬かせた。
 荒地の中心。そこには、大きな花が咲いていたのだ。
 赤紫のはなびら。人一人分乗せられそうな柱頭。周囲には目で見えるほどの赤い花粉が舞っている。綺麗というわけではない。その逆で怪しげで禍々しい大花だ。

「おかしいなあ」
 辰夫が頭を掻きながら、大花に近づこうとする。
 そのとき、不意に雨流の心中に嫌な予感が過ぎった。

「下がって!」
 咄嗟に、雨流は辰夫を後ろに引っ張り、辰夫を庇うように前に立つ。
 結果としてその行動は間違っていなかった。
 地面から、蔦が飛び出てくる。それが、雨流の首元めがけて伸びて来た。雨流はそれを鞘から取り出した片手剣で薙ぎ払う。

「な、なんだあ!?」
 引っ張られた拍子に転んだ辰夫が顔を上げて驚きの声を出した。
 
 花を中心とするように、蔦は上空にどんどんと伸びていく。それが急に曲がって一つの箇所に集まり始めた。
「なっ……!?」
 蔦は互いをからませ合いながら、どんどんとその体を形成させていく。
 その姿はまるで、獅子のようだった。
 更に変化はそれだけでは無かった。蔦は更に二箇所別の場所にも集中し始めたのだ。やがて、そこからも獅子が現れた。
 蔦で出来た獅子の化け物が三体。その化け物たちが守護するように鎮座している大花からは毒々しい液体が流れていた。

 これは流石に一人では無理か。一般人もいるし、一度引き上げて討伐依頼を出そう。
 雨流がそう考え始めたとき、
「ああ、そうかぁ」
 急に何かを悟ったように、辰夫が立ち上がった。
「え? 浜見さん?」
「あの花はきっと、光来の樹なんだ」
「な、何言って……」
 辰夫は大花に向かって近づこうとする。雨流はそれを押し留めようとする。
「あの花に殺されたら、きっと来世では幸福になれる。ダメな俺じゃない。彼女に見限られる俺じゃない。仕事ができない俺じゃない。優秀で完璧な俺になれるんだ!」
「落ち着いてください! あれはそんなものじゃない!」

 そのとき雨流は気づいた。上空から鋭利に尖った蔦がこちらに向かって来ることに。雨流は辰夫を守るように抱きかかえて横に飛ぶ。
「……っ!」
 辰夫を抱えて飛んだせいか、避けきることができずに蔦が、雨流の脇腹を深く抉る。
 着地したと同時に雨流は膝をつく。傷が深い。抑えている手から血が溢れて、地面に垂れていく。
「こうらいのき……」
 辰夫は雨流が庇ったおかげで、怪我はなさそうだが、茫然自失といった様子だった。

 雨流はよろよろと立ち上がった。それから、辰夫の手をとって走り出す。辰夫はされるがまま連れられていった。
 振動で傷が痛むし、血が溢れる。でも、まだ大丈夫だ。走りながら連絡をする。
「もしもし、……先ほどの光来の、樹の件ですが、……撃退士、の依頼を、要請します」
 連絡をしながら雨流は考えた。死体が亡くなる。それが事実なら、それは誰かが運んだということだ。
 例えば、天使がサーバント作成の材料にするために。

 雨流は後ろを振り返る。どうやら、追っ手はこないようだ。雨流は走るの止めて、座り込む。それから改めて自分の傷の具合を見た。やはりだいぶん抉られている。すぐにでも止血した方が良さそうだ。
「あっ」
 急に辰夫が声を上げた。
「どうし……」
 雨流も辰夫が見ている方に視線を向け、ハッとする。

 人が歩いているのだ。それも三人ほど。
 彼らは皆生気のない顔をしていた。
 そして、その歩みは確実にあの大花のいる荒地へと向かっていた。


リプレイ本文


「呼び止めてはみたのですが、まるで聞いてないようでした」
 作戦開始前。黄昏ひりょ(jb3452)は雨流から話を聞いていた。
 雨流は自分で傷口を手当して、包帯で巻いている。意識はしっかりしているようだが、その表情はつらそうだった。
「口で制止させるのは無理かもしれません。最悪力ずくで対処しなければならなくなると思います」
「そうですか……」
 危ないから近寄ってはいけないと止めても聞いてくれない可能性があることは、事前の話から予測はしていた。それでも実際に見た人間からそれを聞くことで、改めて方針を確認することはできた。

「ここら辺にはもう居そうにないね。あたしたちも向かった方が良さそうだ」
 付近の生命探知をしていたアサニエル(jb5431)がひりょたちの元へとやって来る。ひりょは心配そうに、雨流を見るが、
「わたしは大丈夫です。まずは彼ら、あの花へと向かった人たちの安全を最優先してください」
と雨流は毅然に言い放つ。ひりょは頷いてアサニエルと共に、大花の元へと向かおうとした。

「別にほっといてあげなよ」
 その時今までずっと黙って立っていた、辰夫が口を開く。
「皆、不遇な人生だったんだよ。だから素直に来世に行かせて上げたって……」
「馬鹿言ってんじゃないよ」
 辰夫の言葉を途中で遮ったのは、アサニエルの怒りの言葉だった。
「たとえ来世が有ろうとも、今を碌に生きられない様な奴じゃ、来世になったって同じことの繰り返しだよ」
「で、でも、もしかしたら」
「ないね、今がダメな奴は、どこに行ったって、来世に行ったってダメなままさ」
 辰夫はアサニエルの正論に押されて俯く。
 アサニエルは元々戦闘が終わったら、自殺志願者たちにお灸を沿えるつもりだった。だが生憎今はそんな時間が無い。言いたいことはまだまだあったが、辰夫の事も雨流に任せて大花の元に向かうことにした。
 

 今回は蔦の獅子を極力一か所に集中させ、遠距離から大花を攻撃することが主な作戦だ。勿論、状況に応じて大花に接近して攻撃することも想定してある。
しかし、その合間に自殺志願者が、戦闘区域に入ってこないか注意を払う必要があり、それを素早く察知することが今回のミッションの要となっている。

 荒地の中心に咲く禍々しい大花は、攻撃する距離には些か遠いが、森の中に潜んでいても視認することはできた。蔦の獅子たちは大花を取り囲むようにいる。

 死を望む人が、来世の幸せを願うものなのかな、と身を潜め大花へと、拳銃を構えながら狩野 峰雪(ja0345)は考えていた。
 終わりにしたい一心で、次など望まないようにも思う。人によるかもしれないが。もしかしたら花が虫を誘引するみたいに、何か人間を引き付ける幻覚作用が出ているのかもしれない。
何にせよ自殺志願者の身を守るため周辺には充分気をつけなければならない。
 それまでは、仲間の援護を務めよう。

 事前に打ち合わせしていた作戦の合図が鳴る。それに合わせて撃退士たちは荒地へと足を踏み入れた。
 戦闘は峰雪の暴風の如し、猛射撃により文字通り引き金を引かれた。
 急な猛攻に蔦の獅子たちは荒れ狂う。本当の獅子なら雄叫びの一つでも上げていたことだろう。
 その銃弾の嵐を横断するかの如くひりょの氷の刃が大花に向かって放たれる。大花は地面から蔦を伸ばし、それを弾き飛ばす。

 大花は撃退士たちを排除対象と認識したようで、蔦の獅子一体は大花の近くに残り、後の二体は撃退士たちの方へと駆けて来た。
 ここまでは想定通りだ。アサニエルは不敵に笑い、手の平を前にかざした。
「良い所に来てくれたよ。まとめて野焼きといこうじゃないかい」
 そこから火球が具現化し、肥大していく。アサニエルはその火球を近くに来た蔦の獅子たち目がけて、解き放った。
 爆炎が生じる。煙がその場に立ち上がり、視界が一時的に遮られる。
 やがて蔦の獅子たちが姿を現す。端々が焦げた炭になっていることから、ダメージは食らっているはずだ。だが歩みを止めることは無かった。蔦の獅子たちはそのまま撃退士たちへと襲い掛かって来る。

 しかし、その内の一体は行動の中断を余儀なくされた。
 何故なら、全身を絡めとるように漆黒の鎖が巻き付いてきたからだ。
 その鎖の先にはマキナ・ベルヴェルク(ja0067) がいた。彼女の繰り出した封神縛鎖。それに蔦の獅子は捕らわれたのだ。
 蔦の獅子はそこからもがれようと暴れ出した。鎖は全身を強く巻き付き、通常なら振り解くのは困難だ。
 蔦の獅子もそれを理解したようで、獅子の体を構成していた蔦が崩れ出した。そうすることによって拘束を逃れようとする。
 にも関わらず、マキナは決して慌てなかった。蔦の獅子の本質はあくまで蔓であると理解していたからだ。
 ――ならばその蔓の一本に至るまで縛鎖を以て封ずるまで。
 焔鎖は苛烈を増し、蔦の獅子を構成していた蔦の一つ一つを捕えていく。

 その一方で、ひりょに向かって来る蔦の獅子の前には黒井 明斗(jb0525)が立ち塞がっていた。
「ひりょさんは、大花に集中してください!」
 後ろのひりょに呼びかけながら、明斗は獅子の攻撃を受け止める。
 蔦の獅子はあくまでその形状を獅子に見せかけているだけだから、決して姿形に惑わされてはいけない。明斗はその事に気を配りながら、決して仲間には通さないと覚悟して、白銀の槍を振るいながら、襲い掛かって来る蔦の攻撃を、雑草を払うように薙いでいく。

 蔦の獅子二体の対処は出来ている。そして大花の近くに蔦の獅子はまだ一体残っている。雫(ja1894)は、素早く現在の状況を把握して、地面から襲いかかって来る蔦の猛攻を、緩急をつけた動きで避けながら、大花へと向かっていた。
 大花を守っていた残りの一体の蔦の獅子は雫に飛びかからんとしていた、が不意に上空から獅子目がけて何かが落ちてくる。
それは銀に煌めく流星のようだった。流星はそのまま獅子に突き刺さる。獅子の意識は上空へと気を取られた。

「じゃァ、除草作業の開始ィ…♪」
 黒百合(ja0422)は自分が放った矢が、蔦の獅子に当たったことを見て取り、楽しそうに呟いた。
 蔦の獅子は大花を守るように行動を行う。黒百合は大花に向かおうとする味方、即ち雫の事を上空から援護しているのだ。

 そうやって、それぞれが自分の目的を果たすべく動き始めて間もなくの事だった。
「来たよっ!」
 戦闘の最中アサニエルの声が響いた。生命探知がこの近隣にやってくる生命体を捕えたのだ。

 まるで場違いなところにやって来たかのように、森の中からふらふらと男性が歩いてきた。
 自殺志願者だ。峰雪は目標を見つけるとすぐに動いた。
「……パサランッ!」
 男性のすぐ近くに峰雪はパサランを召喚する。
「うわあっ!」
 さすがに、いきなり出現した召喚獣には驚いたようで、男性は悲鳴を上げる。パサランはその反応をまるで意に介していないように、素早く男性を頭から丸呑みした。
「それじゃあ、申し訳ないけど僕は彼を安全なところまで運ばせてもらうよ」
 峰雪はそのまま、男性を飲み込んだパサランを護衛するように荒地を後にした。

「一人だけェ……?」
 上空でその光景を見ていた黒百合は不思議そうに首を傾げる。
 自殺志願者は全部で三人いるはずだ。なら後の二人はどうしたのだろうか。
 その時、黒百合の視界に、他の撃退士たちが戦闘している正反対の方向にある茂みの中から、人影が現れるのが映った。

 今度は女性のようだった。先ほどの男性と同じく、ふらふらと戦闘エリアに近づいてくる。
 味方の様子を見る。間に合わない。そう判断した黒百合は地面に向かって急降下を開始した。
 蔦の獅子が体を崩し、鋭い蔦の凶器となって黒百合を貫かんと迫って来る。黒百合は身を捻る、体をずらすなどして、紙一重でそれを躱していく。
 蔦が頬を掠めた。自身の速度も相まって、襲って来る蔦の速さは尋常ではない。だが決して黒百合も速度を緩めることはなかった。
 地上まで、あと僅か。
 その時、大花の方がターゲットを変えた。黒百合への攻撃を止め自殺志願者の女性の方へと蔦を伸ばしていく。
 黒百合は弓から白銀の槍に持ち替える。そのまま女性へと向かう蔦を上方から切り裂く。そして、翼をはためかせて、体を起こすと同時に生きている蔦を薙ぎ払った。
 地面から更に蔦が黒百合に向かって伸びて来る。しかし、それは黒百合まで届く前に叩き斬られた。

「させません」
 雫が大剣で屠ったのだ。雫は黒百合の危険を察知し、すぐさま予定を変更した。蔦の獅子を素通りし、反対側から蔦の猛攻を避けながら走って来たのだ。
「助かったわァ、ありがとう」
 黒百合が感謝の言葉を上げるのを雫は、背中で聞いた。雫はそのまま次々と襲い掛かって来る蔦を蹴散らしていく。

「さぁてェ……」
 黒百合は後ろに振り向くと、なおも近づこうとする女性に向かって矢を放った。矢は女性の眼前を通り向ける。女性は再び悲鳴を上げて座り込んだ。自殺志願者と言えど急な攻撃に対する覚悟は無いようだ。そもそもどれだけの覚悟あってここに来ているかは全くもって謎だが。
「それ以上接近すると私にぶち殺されるわよォ、きゃはァ♪」
 黒百合は女性に微笑みかける。それは、更なる恐怖を植え付けるのに充分なものだった。
 女性がもう近づいてこないことを確認した黒百合は踵を返し、翼を広げる。そのまま女性を抱きかかえた。
「ごめんなさいねェ、安全確保の為に一時後退するわァ!」
「わかりました。……お気をつけて」
 黒百合は女性を抱きかかえて森の中へと飛び立つ。雫はそれを確認し、蔦を蹴散らしながら再び大花を叩くために前進し始めた。


 戦闘も佳境に入って来た。
 マキナが拘束している蔦の獅子に向かって、アサニエルが火球を放つ。それをまともに食らった蔦の獅子は体の全身が炭化しかかっていた。
 マキナが鎖に力を込める。蔦の獅子に巻き付いていた鎖が強く締め付けられると共に、蔦の獅子が炭化した部分から粉々に崩れ始め、蔦の獅子は跡形も無く消え去った。
「これで、一体目」
 敵の消滅を確認したマキナとアサニエルは地面から伸びる蔦の攻撃を躱しながら、大花を守っている蔦の獅子の方へ向かう。

 大花の方に向かう二人を見て、明斗は取りあえず安心した。最悪自分が正面から大花に向かい、囮となる必要があると考えていたからだ。
 明斗は体に力を込める。手から電撃の魔法を具現し、それを剣の形へと変化させた。その雷の剣を薙いで、蔦を焼き払っていくと共に、蔦の獅子の顔面に当たる部分に打撃を食らわせる。無論怯むことはないが、体を形成している蔦の様子を見るにもう一歩のところだということがわかる。
 ――自分は一刻も早くこの敵を倒して加勢に行かなければ。

 ひりょは遠距離攻撃を繰り返しながら、地面から出てくる蔦の数が減り始めている事に気づいた。
 最初は地面からの蔦によってガードされていたが、途中で、蔦の獅子が盾になり攻撃を弾き、大花本体にも攻撃が当たるようになっている。
 後、もう少し。ひりょは自身の役割を果たすため、大花への攻撃へ再び集中する。
 
 マキナの拳から放たれるその衝撃派はまるで黒焔を纏った龍のようだった。それが、蔦の獅子を炙るように動き回り、蔦の獅子を翻弄している。マキナ自身はそれを操りつつも距離を取り、四方から飛んでくる蔦の猛攻を受け流す。
 その傍ら、アサニエルもマキナの補助をしつつ、生命探知で周囲に注意をしていた。
 ――やれやれ、敵ばっかりに集中できないのが面倒な所だよ。
 もっとも、今は荒地の中心付近まで来てしまっているので、森の中までは探知することはできない。だからこそ、常に出て来た瞬間に対処できるようにスキル以外のところでも警戒していなければならないのだ。
 そして――

 一方、雫も大花の近くまで来ていた。
 自身に聖なる刻印を施し、蔦を躱し、時には切り裂きながら大花に肉薄する。
 その時だった。
「来たよ!」
 アサニエルの声が響き渡る。
 最後の自殺志願者が姿を現したのだ。
 地面の蔦はまだ生きている。大花が近づいてくる人間に気づき、攻撃すればお終いだ。しかし、撃退士たちが自殺志願者の元に行くには間に合わない。
 故に。

「大花を倒すんだ!」
 そして、大花に一番近いのは雫だ。雫は全力で大花へと向かう。
 が、大花に気を取られ過ぎていた雫は、背後から迫って来ていた蔦に気づくのが遅れる。
「っ……!」
 不意に、閃光が雫の前を通った。それと同時に迫って来ていた蔦がボロボロと崩れ落ちる。
「トドメをっ!」
 雫を守ったのは明斗の雷の剣だった。対峙していた蔦の獅子を倒すや否や、ひりょの韋駄天の力を借りて、迅速に助太刀に来たのだ。
 雫は頷き、剣先が届く範囲まで大花に近づく。
「ま、待ってくれ!」
 遠くから絞り出すような叫び声が聞こえた。恐らく自殺志願者の声だろう。
「それはきっと、光来の樹。いや光来の花なんだ! 私たちの希望なんだ! だから止めてくれ! 壊さないでくれ!」
 雫は、躊躇せずに大花を叩き斬った。


 そこは何もないただの荒地と化していた。
「わたしたちの光来が……。輝かしい来世が……」
 その場所で最後にやって来た自殺志願者の男が、膝をつき茫然と地面を見つめていた。
 大花も蔦の獅子も最早存在していない。その事に打ちひしがれているようだった。
 戦闘が終わった後、明斗は雨流の手当てに向かい、ひりょはそれについていった。アサニエルは黒百合や峰雪の元に行き、雫とマキナがその場に残っている。

 自らを殺す事が来世の幸福を約束する? ――莫迦らしいし下らない。
 絶望している男性を一瞥して、マキナはそう思った。
 易きに流れた逃避が何になるのか。現実から目を背けて、一体何処に辿り着けると言うのか。いや、そもそも。
「……真面目に生きていない者が、幸福など得られる筈もないでしょうに」

 マキナが男性に視線を戻すと、雫が男性の前に立っている事に気づいた。
「貴方達に何があったか知りませんし、恐らく理解も出来ないのでしょう」
 声に気づいたようで男性が顔を上げた。
「でも絶望して死を選ぶ前に足掻くべきです。これまで、不幸な目にあったかも知れない。でも、不幸なんて何処にでもあるし誰にでも襲って来る。確かに、足掻いても何も変わらないかもしれないけど、幸福は不幸に対して足掻いた者だけに訪れます」
「……あんたみたいな小娘にそんなことを言われる筋合いはない」
「私の様な小娘に言われて悔しいと思うなら幸福になって見返して見せなさい」
 男の言い分を雫は撥ねつける。男は項垂れた。
 雫はその場から離れようとする。その時、男性が口を開いた。
「……なあ」
 雫が振り向く。
「足掻けば、変われるか?」
 雫の表情が微かに変わる。マキナにはそれが微笑んでいるように見えた。
「あなた次第で、きっと」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 天に抗する輝き・アサニエル(jb5431)
重体: −
面白かった!:4人

撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード