ゆっくりと、着実に。
立ち塞がる物はすべて壊せ。
西へ西へ。
魂無き亡者は進んで行く。
●亀よりも遅いかもしれない
昼食後すぐに作戦と準備を整えた撃退士たちは、ディメンションサークルを越えて現地へと向かった。移動する事しばし、やがて更地へと踏み居る。
休耕地なのだろう、手入れのされていない広い土地は、若干柔らかめではあるが戦闘には支障がない。
見晴らしも良い。索敵するとすぐにディアボロを発見できた、のだが。
「え?」
「あ、れ?」
「あら」
「あー?」
諸葛 翔(
ja0352)、八東儀ほのか(
ja0415)、インニェラ=F=エヌムクライル(
ja7000)、ヴィクトール・グリム(
ja8730)が、思わずといった様子で声を出した。
ディアボロが歩いてくる。大地を踏み固めるかのようにゆっくり、ゆっくりと。
「遅っ!!」
その歩みを見て千葉 真一(
ja0070)が上げた声は、その場の全員の心境を代弁していた。
時速3kmと聞いてはいたが、実際に見てみるとその遅さに驚く。
「破壊しながらだから、というわけでもなさそうだな」
「バランス悪いからかなぁ」
もう遮るものはない。ただ歩いてくるだけの様子に翔は不思議そうだが、傍らのほのかの言葉に納得する。
前後に大きく上半身を揺らしながら一歩を踏み出している。歩幅は大きくとも、次の一歩までが遅いようだ。
「それでも、長時間は戦えませんね」
「……だいたい40mと言ったところね。足止めしないと1分で横切られるわ」
目測で更地の大きさを測った鈴代 征治(
ja1305)と蒼波セツナ(
ja1159)の言葉に、撃退士たちは我に返った。
時速3kmということは、分速50mだ。あまりの遅さに呆気にとられている時間はない。
「とにかく、これ以上被害を広げさせる訳には行かないぜ!」
変身っ! 気合充分に高らかと叫び、真一が光纏する。
「天・拳・絶・闘……ゴウライガっ!!」
真っ赤なスーツを身に纏い、真一…否、ゴウライガがそこに現れた。
続いて光纏をしていく撃退士に気付き、ディアボロがまるで岩のようなえらの張った顔をそちらに向ける。
「ただ壊していくだけの存在……? そんな傍迷惑な天魔は……逆に壊してあげないといけないよね」
復讐の狂気に徐々に包まれながら鈴原 りりな(
ja4696)が呟き、先陣を切った。
●耐える戦い
あらかじめ決めていた班分けの通りに、りりながまん中のディアボロに対して攻撃を仕掛ける。
剣に振り回されているかのような、型も何もない乱暴な斬撃を叩きつけた。足が止まった隙に、彼女は素早く立ち位置を変える。
本当はすぐに背面へと回りたかったが、隣のディアボロに攻撃される危険を考えて慎重に位置をずらした。
透過する様子はないが念のためと征治は阻霊符を使用し、りりなとは反対側から巨大剣を叩きつけた。
ディアボロの注意が彼に向き、大きな拳が振り下ろされる。咄嗟に盾を構えて防御を取ったものの、その一撃は重かった。
だが、その隙にりりなが背面へと回ることが出来た。
「鈴代さん大丈夫!?」
「っ! ……大丈夫です!」
盾を構えた腕が少し痺れたが、すぐに取れるだろう。征治はすぐに体勢を整えた。
大事には至っていないと判断し、りりなは射程ギリギリまで下がって背面へと飛燕を放つ。高速の一撃から放たれた衝撃波は狙い違わずディアボロの背に傷をつけた。
「何処に行こうとしているのかな? キミの相手はこっちだよ! あはははっ!」
引き付けるために挑発的な言葉を投げつける。挑発に乗るような頭脳があるとは思えないが、衝撃波と声に反応してディアボロが振り返った。
「相手はこちらにもいますよ!」
その隙を逃さず、剣からスクロールに持ち替えた征治は光の球を放った。物理攻撃の方が得意だが、魔法攻撃が出来ないわけではない。
ディアボロはまた体の向きを変える。りりなが接近して背を攻撃する。りりなの方を向けば、征治が。その繰り返しを続ける。
彼らは二人だけで倒せるとは思っていない。他の仲間が駆けつけるまでの足止めが出来ればいい。
そのため、攻撃よりも防御に主体を置いて確実にその場に足止めをしていた。
「久々に同じ依頼だな、ほのか」
駆けだす直前。翔はぽふりと相棒の頭に手を置いて声をかける。
「そういえば、そうだね」
一瞬キョトンとしたものの、にへっと笑ってほのかも返し、自分たちが担当する南のディアボロへと走り出す。
端であることから、楽にほのかは背面へと回りこんだ。
「儚く散った苺たちの無念、思い知るがいい!」
刃をやすりで削って少し切れ味を鈍らせ、革紐を巻いておいた大太刀―蛍丸を気合いと共に叩きつけた。
ぐらりと体を傾け、ディアボロが振り返る。その隙を逃さず、翔がジャマダハルで背を突いた。
「うわ、かってぇ!」
岩ほど、とは言わないがその手ごたえは硬い。これでは先に自分の体が壊れそうだ。
突きだされる拳を回避し、翔は間を取った。
「ほのか! 足狙うぞ!」
「わかった!」
硬いならば弱点をと、上半身とは不釣り合いな(それでも鍛えられてるので太いが)下半身に狙いを定める。
ほのかは天真正伝香取神道流、表之太刀が一つ『八神之太刀』の構えを取った。翔とアイコンタクトを交わし、強烈な踏み込みから刃を一閃させ衝撃波を食らわせる。
合わせて翔の操る鋭い烈風が体勢を崩させようと切り裂き、ぐらりと揺れる。そのままバランスを崩したかに思われた。
―――グルォォォォ!!!
「吠えた!?」
「あ! 腕でバランスとりやがった!!」
残念ながら腕が長かったために、ディアボロはゴリラのごとく拳を地面を腕に付くことで転倒を防いだ。
「あの腕じゃ、どこからやっても同じ結果かもな」
しかもどうやら弱点ではないようだ。仕方なく前後からのかく乱攻撃に切り替える。
一番端の彼らのところに仲間が来るのは、一番最後。
長い耐久戦が始まった。
●ただ壊すために
撃退士たちが選んだ作戦は、5人班と2人班二つに分かれて確実に一体ずつ倒していくもの。
不利になる2人班の負担が少なくなるよう、5人班は最初から全開だった。
「俺たちが相手だ。行くぜっ!」
一撃目。真一が素早く側面にまわり、殴りかかる。
「よぉ筋肉達磨。簡単にくたばってくれるなよ?」
ディアボロが彼の方を向けば、すかさずヴィクトールも殴りかかって注意をそらす。
「ふふ、力だけじゃ勝てないということを証明してあげようかしらね」
近接攻撃によって近くしか見えなくなったディアボロに、セツナが霊符を下半身に向かって投げつける。火の玉のようなものが生まれ、焦がした。
物理に強い者は魔法に弱いのセオリー通りに、魔法攻撃に弱いらしい。だが、セツナもまた弱点はここではないと直感で感じ取った。
「迷惑な輩ですね。住宅街ではなく、道路を歩きなさい」
ディアボロがセツナの方を向く。その間に遮るものはなく、セツナは遠い。身をかがめ、力をためている様子の天魔の前に、神埼 煉(
ja8082)が躍り出た。
シバルリーを使用して自身を強化し、注意をそらすために蹴りあげる。
あまり強くない攻撃だが、目の前に新たな対象が来たことでディアボロは力をためることをやめた。
「ただ破壊するだけっていうのもツマラナイわよねぇ。
そんな野蛮な事、おねーさんは好きではないわよ?」
次の動作に移る隙を狙って、インニェラが雷の球を放つ。狙いはひとまず胴体。
当然ながら弱点ではないがそれなりに攻撃は効いたようだ。
ふらりふらりと体を左右に揺らし始めたのをみて、これはチャンスかと真一、ヴィクトールが接近する。
しかし、大きく身を捻ったのを見て危険だったことを悟った。
「やべ!」
「げっ!!」
腕を大きく広げてその場での回転攻撃が2人を襲う。
防御をしたものの、防除の上から重い衝撃が貫通してくる。外傷は少ないが、本来届かない臓器への衝撃に2人は短い苦悶の声を上げた。
「……っ、ハッ! この程度かよ。効かねぇんだよ、テメェのチンケな攻撃なんぞよぉ!!」
ヴィクトールが粋がるが、真一よりも彼の方がダメージが大きかった。
それでも胸を張る。かかってこいと。
挑発に乗ったわけでもないだろうが、ゆらりと天魔がヴィクトールに向く。
そのチャンスを仲間たちが見逃すはずがなかった。
「ゴウライ、ベンケイクラッシュ!」
真一が鞭―ゴウライビュートで弁慶の泣き所を薙ぎ払う。
人体の中で鍛えられない個所を狙った一撃だが、ダメージはあるようだが痛がる様子はない。
「なんだと!?」
さらに転倒しそうになるも長い腕を地面に付けてバランスを取ってしまう。
「強化されてるみたいねぇ」
「弱点でもなさそうだし、無理に足元を攻める必要はなさそうね」
後衛のインニェラとセツナの2人は冷静な判断を下し、当てやすい胴体へと再び攻撃をしかけた。
連携攻撃を繰り返し、反撃には防御や回避をして、なるべく最小のダメージに留める。
「住宅街につくまでに貴方達の出番は終いよ。その前に幕を下ろしてあげるわ」
インニェラの足元に5つの紋章が浮かび、左掌の前に重なっていく。Moerket thunder gennemtraengende―貫通する闇の雷が、一直線にディアボロの頭を吹き飛ばした。
流れるような連携の前に、2分と経たず1体目のディアボロは地に沈む。
●終幕
「さあ、そろそろ壊してあげるよ!」
5人班の戦闘が終わったのを横目で確認し、りりなは意識を攻撃主体に切り替えた。
「今まで壊すだけの側だったんだから、壊される側の気持ちも知っておくべきじゃないかなっ!」
射程ギリギリまで下がって、再び高速の一撃からの衝撃波を食らわせる。
ディアボロが振り返る。その時にはすでに5人班が合流を果たしていた。
「足を狙っても意味はねぇぞ!」
「!! わかりました!」
視線から攻撃箇所を悟ったヴィクトールが、攻撃を仕掛けながら征治を止める。
征治はすぐさま攻撃対象を胴体に変更し、光の球をディアボロへと放った。
その攻撃はちょうどセツナに対して背を向ける形になる。
「Sie sind eine Kugel」
音を発しながら唇ではGehorchen Sie meinem Willenseisと旋律を紡ぎ、セツナは二重詠唱を完成させる。
「消え去れ……アイシクル・バレット!」
虚空より現れた氷の弾丸は、煌めく弾丸となってディアボロの体を貫通していった。
「これで、トドメだ!!」
何処からともなく格好いい音声と見事な発音で「IGNITION!」とアナウンスが入る。気を練り太陽の輝きを纏った少年は、高く空へと飛びあがった。
太陽の気を足に集め、ふらつくディアボロに向かって矢のごとく急降下を繰り出す!
「ゴウライ、バスターキィィィック!!」
捻りこんだ鋭い蹴りに、ディアボロは耐えきれずに四散した。
すでに決着がついたとみて、煉は最後の1体へと走っていた。
回復を持つアストラルヴァンガードだったこともあり、翔とほのかの傷は浅い。
「――ふぅ、ようやく2体が片付いたみたいだな」
「後少しだね!」
傷は浅くとも疲労は溜まる。それでも後少しだと2人は体に活を入れた。
「遅くなりました」
「セーフっすよ。『南風』……回復はすっからかんっすけど」
戦線に加わった煉に、翔はニッと笑って返す。
仲間が集まってくるまでの時間を考えれば、回復を使いきっても浅い傷で済んでいることは素晴らしい。
シバルリーを再度使用し、自身を強化して煉は走る。
放たれる右ストレートを見極め、タイミングを合わせて宙に跳んだ。手の甲に手をついて、逆立ちの状態で避け、そのまま頭部に目がけてかかと落としを落とす。
勢いを殺さずに地面へと降り立ち、煉はすぐさま後ろに下がる。
間を埋めるように、風使いの翔の烈風がディアボロを切り裂く。
「早く壊れなよ!」
風がやむ直前で、追いついたりりなが体内のアウルを爆発させ、超加速を乗せた高速の一撃を放つ。
目に見えぬ斬撃をくらったディアボロの右腕が宙に舞い、霧散する。
――グルォォォォ!!!
流石に痛みを感じるのか、苦悶の声を上げる。ディアボロは残った左手だけでりりなへ反撃を与えようと振り下ろした。
「させません!」
そこに征治が割り込んだ。力任せの攻撃を盾で受け流す。腕を欠いて大きくバランスを崩したところに、
「さっさと倒れろ筋肉達磨!!」
ヴィクトールの蹴りが入った。倒れこんだ先は、構えを取ったほのかの前。
「これで最後!!」
強い踏み込みからの、太刀一閃。
衝撃波がディアボロの体を貫き、勢いに押されるまま倒れて行く。
完全に沈黙したのを確認し、撃退士たちは各々の武器を降ろした。
更地に入って2mも進まないうちに、ディアボロ達の行進は止められた。
「翔くん! ストロベリータルト奢ってください!」
「そんなことより傷の手当てが先だろ」
「えー」
「結構傷多いですね」
「こんなもん、見た目だけ見た目だけ」
「見た目と言えばさ、戦闘中はそんな余裕なかったけど、改めてみると色々ツッコミ所ばかりだったよね」
「あぁ、あれでよく歩けてたよな」
帰る前に軽く応急処置だけを施していこうということになり、それぞれ治療をしながら和気あいあいと会話を広げる。
怪我の少なかった後衛2人はその輪に入らず、少しだけ辺りを調べてみた。
特に西側に何かあるのかと見てみたが、何もない。
「あの先に何かあるのかしら?」
「……まさかと思うけど、お花が見たかったってわけじゃないわよねぇ?」
「……まさか」
生憎地図は手元にないため確認しようがないが、見える限りでは花畑と市街地しかない。
謎の行動に首をかしげつつも、治療が終わったとの声を聞き、インニェラとセツナは考えを打ち切った。