駆ける。駆ける。
獣は昼の山を駆けて行く。
蒼い燐光は、昼間でも輝き。
輝きを増して。
●つられてきなさいな
迅速に準備を整えた生徒たちは、次々にディメンションサークルへと入っていく。
ロングボウを抱え、鈴木 紗矢子(
ja6949)は被害者に思いをはせた。
(被害者は、たった一人だけ…。でも、その「たった一人」にも、家族がいらっしゃるんですよね…)
なら、これ以上の被害は出さないためにも。
「頑張ろう……!」
決意して、一歩前へ踏み出す。
ディメンションサークルを越え、撃退士たちが降り立ったのは障害物が全くない公園の中央。
「……何もないな」
公園を見回し、cicero(
ja6953)がぽつりと呟く。
「ど、どうしましょう……?」
不測の事態に紗矢子がうろたえ、周囲を見回す。
戦闘場所は公園だと考えていたので、一番最初にここに来れたのは幸いだが、予想外に障害物がなかった。
彼らの立てた作戦では、囮以外は公園内の物陰に身を隠し、奇襲をしかけると言うものだったのだが、公園に何もなければ公園内には隠れられない。
「困るほどでもないだろう。この森は隠れやすい」
「そうね。移動して届かない距離でもないし」
相手は獣。吸っては匂いで気付かれるかと煙草をしまいこみつつ言ったシィタ・クイーン(
ja5938)の言葉に、紅鬼 蓮華(
ja6298)が頷く。
公園の周りは森で、幹も太く人1人なら充分隠れられそうだ。
公園内に隠れたかったのは奇襲をかけるためだが、撃退士の足なら全力移動しなくとも充分に奇襲をしかけられる。
公園の中央を戦闘予定地として、念のため何度か距離をそれぞれの足で測っておく。
更に光対策でそれぞれサングラスをかけた。
「は、初めて、つけましたが……何だか不思議な感じ、ですね……」
「あぁ……暗いな」
「良い天気で助かったね」
口々に感想を言い合いながら、不具合がないかを確かめる。スポーツタイプでない物は戦闘で外れやすいかもしれないが、光を放つまで持てばいい。
最後に奇襲する時間を稼ぐため、清清 清(
ja3434)が用意したスコップで落とし穴を掘る。
半身ほど落とせるくらい大きな穴を掘ろうと土に刃を入れた瞬間。
―――ァオオオオオン
遠吠えがどこからか聞こえてきた。どうやら、撃退士たちが山に入ったことに気付かれたらしい。
時間が足りないため、足だけでも落ちるように深めに掘った。一応囮その2として用意した肉を穴の手前に置き、目印代わりとする。
「OKか?」
「あぁ、大丈夫だろう」
今回囮となる御巫 黎那(
ja6230)がけだるげに問えば、恋人のレギス・アルバトレ(
ja2302)とアイコンタクトを取っていた柊 夜鈴(
ja1014)が答えて頷く。
頷き返すと、黎那は気負った風もなく、肉が入ったビニール袋を手に下げ、公園を出ていった。
曰く、調和のあるところにはいつも勝利がある。意は一つだろう。
(適任が自分しかいなかっただけのこと)
心の中で呟き、黒髪の少女は山道を歩き出した。
(もとより、この程度の狗に後れはとるつもりはない)
瞳に不敵な光を宿しながら。
待つ時間と言うのは、やけに長く感じるものだ。
5分程度しか経っていないのに、すでに1時間は待っているような気すらする。
「ペットに出来ないかしら?」
待つ時間に飽きたのか、周囲の警戒は怠らずに蓮華がひっそりと呟く。
「うーん、出来ないと思うよ」
「そう……出来ないのなら壊せばいいわね♪」
近くにいたciceroが苦笑しながら返せば、楽しげに蓮華は笑み、その時を待つ。
「……来た!」
更に5分後ほど待っていると、清の耳に獣の声が聞こえてきた。すぐさま仲間たちへと声をかける。清の声に他の仲間たちもその音に気付き、左右からはさみこめるように森を移動した。
シィタは音の位置から入口となる場所を探し、木に登っておく。
獣の声と、人が走ってくる足音は次第に大きくなり、やがて公園へと姿を現した。
●さぁ戦いましょう
人が乗れそうな大きな狼は、黎那を追って駆け抜ける。
公園に全身が入るまで見送り、入りきったところで蒼い燐光を放つ背中に向けてシィタが獣を撃つ。体が硬いのかあまりダメージとはなっていないが、僅かに動きを鈍らせた。
おかげで黎那は追いつかれることなく、落とし穴まで誘導する。
黎那が落とし穴を飛び越えるのと、蓮華の合図で白虎班が森から飛び出すのは、ほぼ同時。
「主よ、貴方の加護が私に在ります様に」
狼が片足を穴に達する寸前、レギスは祈りをささげ、アウルを身に纏って機を窺う。
狼は落とし穴にはまり体勢を一瞬崩すも、穴など関係ないとばかりに透過能力ですぐに足を出した。が、出てきた足に、ciceroの放った矢が突き刺さる。
「うふふ、さぁ遊びましょう♪」
もがく狼に、蓮華が至近距離からの痛烈な一撃を加える。矢が刺さった足を狙った一撃は重いが、あまりダメージは負っていないようだ。
訝しがる彼女の隣から、清の蹴りが放たれる。蓮華と違いスキルではない攻撃だが、彼が思った以上に深く深く刺さった。
「こいつ、ディアボロだよ!!」
驚愕が混じった清の叫びに、撃退士たちは思わず不敵な笑みを浮かべた。
阿修羅が多い今回、サーバントならば不利となると考えていたのだが、杞憂に終わった。
怒りの唸り声を上げたディアボロは彼らに方向を変え、怪我をしていない方の前足で大きく薙ぎ払った。避けきれず、蓮華は正面から食らう。
清は防御をするも、失敗し大きなダメージをくらってしまった。彼は悔しげに傷を抑えたまま狼を睨みつけ続ける。
チャンスとばかりに狼が清へ向き直ると、ちょうど青龍班には完全に背を向けることになる。この隙を見逃すはずがなく、青龍班三人も駆けだした。
「させない!」
頭を噛み砕こうと言うのか大きく口を開いた狼の背面から、夜鈴が強烈な一撃を放って注意をそらす。
その隙にレギスが癒しの光を清に向かって飛ばした。淡い光が清を包み、みるみる傷が癒えていく。
回復している間、狼が清に向かないよう、紗矢子は鋭い矢を放って注意を更に逸らす。
シィタは横目で仲間たちの攻撃を見つつ、膝に手を突いて呼吸を整えている黎那へと駆けよった。いくら撃退士と言えど、天魔と追いかけっこでは息も切れる。
「御巫、怪我は?」
「私にはないが、肉は全滅、だな」
実に儚きかな。呟き、黎那はボロボロになった袋を捨てる。狼は黎那自身を餌として認識したようで、肉を投げてみても効果はなかった。袋がボロボロなのは、逃げているうちに木に引っかかったり擦ったりしていたためである。
息を整え終え、黎那もアウルを纏い武器を手に取った。
「行こう」
「あぁ」
ちょうど彼女たちに脇を見せた狼に向かって、痛烈な一撃を与えに走る。
それに気付いた紗矢子と夜鈴が、二人を支援するように注意を自分たちへ引き付けた。
がら空きになったその腹に、斧と銃弾が至近距離からたたきこまれた。
身をよじり、攻撃者を噛み砕かんと口を開けても、そこにはすでに誰もいない。空っぽの空間を噛み、狼は苛立たしげに首を戻して目の前のレギスに噛みつきに行った。
防御しきれず多少食らうも、回復するまでもないとレギスは判断し、代わりに盾で狼の鼻を強く打ちすえた。
本来なら盾で防御後、斧で攻撃するつもりだったのだが、斧を装備し忘れていたため、盾で殴るしか彼女には方法がなかった。それでも十分な打撃となって確実にダメージを負わせている。
「なかなかしぶといな……」
猛攻をくらっているはずなのに、まだ倒れる気配がない狼にciceroは呆れたように溢した。
一歩離れた位置から攻撃を加えている彼は、ふと蒼い燐光が明滅しているのに気付く。
反対側で同じく一歩下がったところから攻撃していた紗矢子もその様子に気付き、警戒を促した。
「何か、来ます……!!」
「光るかも!」
二人の言葉に、それぞれ自分たちのサングラスを咄嗟におさえた、一瞬後。
まばゆい光が辺り一面を白く染めた。
普通であれば目が眩み、少しの間見えないところだろうが、サングラスやゴーグルのおかげで目が眩むことなく、撃退士たちは狼の姿を睨みつけたまま攻撃を再開する。
「我が手は審判を得る。我が敵に裁きを下し、これを倒すであろう、父と子と聖霊の御名において」
首に下げたケルト十字に祈りをささげて、ciceroはショートボウから鋭い矢を放つ。狼の腿に深く深く突き刺さり、狼は暴れ狂う。目の前のものを力いっぱい薙ぎ払った。
「所詮獣だな」
力任せの単調な攻撃を、召喚した盾で防ぎつつ清が呟く。
「憎しみで救うことはできないけど、憎しみで殺すことはできる」
アクロバティックな蹴りを叩きこみ続ける彼が浮かべるのは、笑顔。最期の時に見るものが、怒りの表情では可哀想だからと。
狼が清に顔を向ける。即座に脇へシィタが一撃を入れた。ダメージは少ないが、激しい痛みを伴う一撃に、狼の動きが止まる。
「そろそろ終わりにしようか……」
「幕を降ろせ、劇は終わった」
出来た隙を見逃さず、夜鈴と黎那がそれぞれの武器を渾身の力で振り下ろした。
――ルァアァァァァァ……!!!
狼の断末魔の叫びが響き渡り、ゆっくりとその巨体は倒れた。
●帰ろう。
被害は思ったよりも軽いものだった。
前衛でかつアストラルヴァンガードの清とレギスは怪我が多いが、致命傷ではない。
他前衛を務めたものも軽傷で済んでいる。
「はいはい、怪我した子はこっちよ〜」
蓮華は自身も怪我をしながら、応急処置セットで二人の傷を治療していた。
その間に、動ける5人は落とし穴を埋め、被害者の遺体を探す。
しかし、狼のよって食い散らされたのか、見つけられたのは壊れた携帯電話と、おそらく結婚指輪と思われる銀のシンプルな指輪だけ。
(君と出会って幸せだった、か。未練はあっただろうに、最後にそれを言えるとはね)
人間、どうしようもなくなると想いが素直に出ると聞いたことがあるが、それが彼の本心だったのだろう。黎那は息を吐き、祈るように目を閉じた。
最後までこの敵と向き合った被害者の勇気と、それを詳細に伝えてくれた通報者に敬意と、弔いの意を込めて、シィタが一発空に向かって空砲を放つ。
胸に詰まっていた息を吐き、彼女は胸ポケットから煙草を取りだした。
「やっと吸える……」
おそらく被害者が最初に倒れたであろう、血で黒く染まった場所にしゃがみ、レギスは被害者へと祈りを捧げる。
隣に立つ夜鈴も同じように祈りを捧げ、空を見上げた。
通報者の住所は伝えられていなかったが、遺品を渡しに行こうと怪我をしていないcieroと紗矢子が山を降りた。
戦闘が気になっていたのだろう、山の入口には人がたくさん集まっており、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。それを丁寧に答えつつ、二人は通報者を探した。
「俺が、そうだよ」
現れた男性は、疲れた顔色ながらも二人に微笑みかける。
ciceroと紗矢子は一瞬視線を交わし、意を決して告げた。
「残念ですが、ご遺体は見つけられませんでした」
「私たちが、見つけられたのは……これだけです……」
震える手でさしだした二つの遺品を、男性は悲痛そうな表情で見つめ、受け取った。
そして二人に頭を下げる。
「ありがとう。親父も浮かばれるよ」
そう言って上げたその顔には、涙がにじむものの、確かに笑顔が浮かんでいた。