●届けたい想いと声と、約束と。
ブラインドの隙間から差し込む午後の日差しは優しく、眠たくなるような空気を時が流していく。
いつもは乱雑に様々な物が積み上げられている瀬能の研究室も、撃退士達がやってくるということで珍しく綺麗に片付けられていた。
出迎えた大樹に挨拶をして撃退士達は机に画材を並べ始める。
「絵本作りかあ……えへへ、いいねっ☆ミ」
「うんうん、絵本っていいよね!なんか夢があるわ!」
雪室 チルル(
ja0220)と新崎 ふゆみ(
ja8965)の言葉に大樹は首を傾げる。
「女の子って、やっぱりこういうものが好きなのかな……よく、解んないのだけど」
「みんなかどうかは解らないけれど、嫌いな子は少ないんじゃないかな? ね、威鈴」
「うん……ボク……は、好き、だよ……?」
浪風 悠人(
ja3452)は隣にいる浪風 威鈴(
ja8371)に目を向ける。威鈴は優しい笑みを浮かべて頷いていた。
どんな話になるのだろう、その期待に胸を高鳴らせて。仲良い子と依頼で滅多に一緒になることなんてないからと威鈴の心は弾んでいた。
「ええ、込めた想いを、誰かの為に物語を綴って届ける……とてもロマンチックで素敵だと思いますよ」
言葉以上にきっと気持ちは伝わるはずと、リラローズ(
jb3861)も微笑みを浮かべる。
(届けたい、想いですか……。僕にも、愛する方がいるのですが――片思いなんですよね)
その傍らのクルクス・コルネリウス(
ja1997)の心の中の呟き。伝えたいものだけれど、そう思ってはみるけれど思いを伝えるということは中々に難しいこと。そんな内心は置いておいて、口を開く。
「結婚されるのであれば……子供さん向きの、絵本にしたいですね」
「そうだな……童話調の暖かい話にして……起承転結もしっかりとさせて綺麗な話にしたいな」
天風 静流(
ja0373)の声も重なり、こうして絵本作りが始まった。
『 此処じゃない、ずっと遠い場所。今じゃない、ずっとずーっと昔。
其処には、妖精さん達が暮らす森がありました。
妖精さん達はみんな仲良し。
朝が来れば、みんなで起きて朝陽を眺めながら朝ご飯を食べました。
昼は森の間を駆け巡り、木の葉の間をかくれんぼ。鳥が唄えば一緒に合唱もしました。
夜はきらきらとお星様たちが見守る中で、お揃いの夢を見て寝ました。
毎日が宝物のように、輝いていた日々だったのです。 』
「まず、書き起こしはこんな感じでいいんじゃないでしょうか」
黄昏ひりょ(
jb3452)は出た案を纏めてノートに書き写していた手を止める。チルルも覗き込んで笑う。
「うんうん、中々に良い感じだね」
「転の出来事……依頼主に擬えるなら、何かの事情で離ればなれになる……という感じだろうか」
「じゃあ、こんな感じで如何でしょうか」
顎に手を当てて考え込む静流に、ひりょは更に話を進める。
『けれど、そんな森を竜巻が襲いました。
強い強い意地悪な風は、草も木も、友達もみんなみんな吹き飛ばしていってしまったのです。
そんな、荒れ果てた森にひとり取り残されたのは、いつもみんなの後ろをついてまわっていた臆病者で泣き虫の妖精です。
美しかった森は枯れ、友達も居ない。
心細くて泣き虫な妖精さんは泣いてしまいそうになるのを必死に堪えて歩き出しました。
荒れ果てたこの森の何処かに、仲間達はきっといる。
そう、信じて探しに森の中をひたすらと、歩き続けました。
疲れた妖精さんは泉で水を飲もうと、水面を覗き込んだその時です。
ぴちょん、と水面が揺れてそこから魔女が現れたのです。
水面の魔女はこう、訊ねました。
「何か叶えたい願い事があるのですか?」
それに泣き虫な妖精は目をパチクリと瞬かせて答えます。
「……うん。僕、叶えたい願い事があるんだ」
水面の魔女は泣き虫の妖精を見てから、微笑んで、そっと妖精の手に魔法の鈴蘭の種を握らせました。
「もしも、この鈴蘭を咲かせることができたら、きっとねがいごとは叶うでしょう。ただし、ひとつだけです」
それだけを言うと水面の魔女は何処かへときえてしまいました。
残された泣き虫な妖精は手のひらを見ます。其処には魔法の種がきらきらと七色に光り、とても不思議で綺麗な色をしていました。
泣き虫な妖精は魔女の言いつけ通り、住んでいた村が有った場所に種を植えて大切に育てはじめました。
「僕、みんなにまた逢いたい。その時には、もっともっと強くなりたいな」
じょうろで愛情を沢山込めて水をかけながら、ふとそんなことを思いました。
「……それじゃあ、願い事はふたつになっちゃうな」
鈴蘭を育てていく傍ら、たったひとりだけで壊れた家や吹き飛ばされた木々を直したり、植えたりしていきました。
雨の日も、風の日も、雪の日も。
来る日も来る日も、妖精さんは負けずにめげずに鈴蘭を育て続けました。
それから、どれくらいの月日が経ったのでしょうか。
ある朝のことです。泣き虫な妖精が朝陽に目を覚ませば、一面、白く輝いていたのです。
雪が降ったのかなとよく見てみれば、それは鈴蘭でした。
また目をパチクリとさせていた泣き虫な妖精さん、ふと後ろを振り返ると其処には吹き飛ばされたはずの仲間達がいました。
鈴蘭の優しい香りが目印となって、気付けば仲間達が帰ってきたのです。
少しだけ強くなった泣き虫な妖精さんは、願い事をふたつ叶えられました。
またみんなと一緒に暮らしたいという願い。
そして、その為に頑張ったから、強くなりました。
そうして鈴蘭が沢山咲く村で、妖精さん達はしあわせに暮らしたといいました』
「一旦……休憩、しよぉ?」
一通りの案が纏まり、なんとか童話の形になった。それを画用紙に書き込み色を付けていく。程良い疲労感の中、威鈴のその誘いに異を唱える者など居るはずがなく机の上に置かれた茶菓子に手を伸ばす。
概ね美味しそうに頬張る彼らの中、明らかに様子を変えたのは悠人とクルクス。甘い物が好きだからと次から次へと口に運んでいたクルクス。そして偶然一枚目で引き当てた悠人。彼については運がいいのか悪いのかよく解らない。
「大丈、夫?」
心配そうに二人をみつめる威鈴。
「う、噂のハズレを引いたんだー」
「え、えっと……なんとも言えない味。この世の物というか――」
「ひとつ、我らの父たる主へと近づけた……そんな気がします」
真っ青な顔。無理はするなと静流は持参したチョコレートクッキーと茶を渡して漸く二人の顔色が元に戻る。
その様子を見て安心した威鈴が色塗りの手伝いをしてもいいかと大樹に訊ね了承を貰うと嬉しそうに筆を走らせ始めた。
「どんな味なんだろー」
「筆舌に尽くしがたい不思議な味なのですね、きっと……桜祈にはちゃれんじする勇気は無いのです……ところで、天風さんは?」
色鉛筆を手に不思議そうに眺めるチルルとマトモなクッキーをはむはむと頬張る桜祈も、ふと静流に目を向け訊ねる。
「私はあまり絵は得意ではないから文字の清書をしようと思っていたところだ。
「なっつかしいなあ、昔はふゆみも妹につくったげたもんだよっ」
「へぇ……すごいね」
その傍ら画用紙を切り分け話その手付きは中々熟れたもの。大樹は思わず見とれる。
「えへー、ウチ、お金なかったからさあ……100円ショップの画用紙とかでも、結構できちゃうもんなんだよっ そうだ、最後のページさ、開いたら飛び出るようにしよっ★」
「で、でも難しそうだけど、大丈夫かな?」
「まっかせといてー! あたい達でさいっこーにロマンチックな話を作ろう!」
チルルの言葉に一同は頷いて仕掛け作りへと勤しむ。
絵は苦手な桜祈とひりょも木工用ボンドでスパンコールを貼り付ける手伝い。
「は、はわわ……手がまっしろしろ……あれれ? 透明のかぴかぴになっちゃったのです」
覚束ない手付きでスパンコールを運ぶ桜祈。けれど、手にボンドが付いてしまって中々上手くいかない。
ひりょは内心微笑ましくなりながら桜祈の手にひっついたボンドの膜をとってやってからピンセットを渡す。
「えっとですね。こういうのは……ピンセットを使って……んっと、お箸のような感覚でかな?」
「おおおっ! 凄いのです。文明の利器なのです……! 科学ってここまで進化していたのですね!」
きらきらと瞳を輝かせる桜祈。ピンセット位でとは思うけど、先輩らしいところは見せられたかなと密かに安堵する。
「あ、そーだ。瀬能さん、鈴蘭の書き方教えて貰えないかな?」
勿論いいけれど、どうしてと大樹の問いにふゆみは少し照れたような笑いを浮かべて。
「えへへっ わたしも、大切な人に贈ろうかなって思って」
私も学校で頑張っている。だから、いつかまた笑顔であいに行くね。
出来上がった3つのポップアップカードに想いを込めて、微笑んだ。
そうして、最後のページが出来て、皆で眺める。
一番力を込めて作った最後のページには飛び出す仕掛け。笑う妖精達。そして、幸せそうに笑うのに泣いていた妖精も居る。
クルクスの案で伝承に擬えた鈴蘭の涙。おめでとうの意味を込めて、そしていつか嬉しくて泣いているんだ――そう、応えられる日を祈って。
それらを纏めるのはリラローズが描いた淡く優しい風景と動物達。それから、ひりょ達が貼り付けたスパンコールが不思議な調和を見せていた。
けど。
「これだけでは何か寂しいよねー」
最後のページを閉じ表紙を見せたチルルの言葉に、確かにと静流が頷く。
力を入れて描いた表紙も、贈るには何だかまだ少し物足りなくて。
「そうだな……リボンとか添えてみたらまた華やかになると思うのだが」
「でしたら、草木染めとか如何ですか? 自分を表現するために、自分の大切なものを使う――良いと思うんです」
クルクスが、ふと思い出したように提案する。
好きな物で人を現すのならば、草花は自分にうってつけのものじゃないかと頷く大樹。
「そういえば鈴蘭の葉で染められるという話を聞いたことあるよ」
「……でも、緑に緑って何だかあまり見栄えよくならない気もするが」
静流の疑問に大樹は少し考えて、用地に茜が生えてきたことを思い出す。
「それで染めれば綺麗な茜色になると思うんだ。じゃあ、ちょっと鈴蘭も一緒に取ってくるね」
立ち去って戻ってきた大樹と共に、茜と鈴蘭の葉で染め終えた赤いリボンを鈴蘭に結い、新緑色のリボンを絵本に結い飾る。
「絵本……読んでくれる……と……いいね……♪」
感慨深そうに絵本達を眺める大樹の横顔に掛けられたのは威鈴の声。大樹は振り向くと、ただふにゃりとした笑顔を浮かべた。
●いつの日も変わらない空の色と、約束と。
作業が一段落し、一息つく一同。その頃には既に窓にが深く差し込んだ西日が彼らの姿をその色に染めていた。
そろそろ良い時間だから見送るよと立ち上がる大樹にリラローズはふと、小さな声で問いかける。
「もし今、撃退士の力に目覚めたら……戦場に赴きますか? 」
「それは勿論……」
頷こうとして、何故か止まる。
それならば、どれ程よかっただろうか。そうであれば、どれ程救われただろうか。
自分も撃退士として、彼らと同じ道を歩みたかった。強く、強くなりたかった。
おいてけぼりは嫌だよ。寂しいよ。ひとりで待っているのは辛いよ。何度も、何度も、何度も、自分に問いかけた言葉。心の中で叫んだ想い。
(答えなんか決まってる。決まっていた。10年以上も前から、決まっていた、はずなのに……)
でも、現に答えようとしたその口は止まり、言葉の先を紡ぎ出せずにいる。
ただ、一緒に居たいと思っていた。けれど、その道は険しく命を落とすもの。生半可な思いで成せる仕事ではない。
天魔という脅威は、それほど 圧倒的な物だ。天魔と戦う幼馴染みも、そしてこの場にいるただの学生に見える彼ら撃退士達も命を賭して戦いに身を投じている。その覚悟はどれ程のものだろうか。
自分にそれは出来るのだろうか。ううん、きっと出来ない。
「瀬能様が安心して暮らせる場所を、幼馴染みの方々も護りたくて戦っていらっしゃるんだと思います」
「そうですね……誰かが待っていてくれる――それだけで、僕らは戦えます」
言葉を止めた瀬能に、かけられる言葉には撃退士だからこその重みがあった。
きっと誰かの為に戦っているのはひりょも同じ。リラローズはふわりと咲ってから誘った。
「でしたら、逢いに行かれては如何でしょう――変わらぬものが、きっと其処にありますわ」
「そうだね……」
そっと、目を閉じる大樹。瞼の奥にはかつての、輝いていた日々。写真越しで想像する、仲間達の姿。
社会人ともなれば、中々休みは取れないもので。それは幼馴染み達も同じだろう。だからまたいつ逢えるかは解らないけれど。
「ありがとう――今度、逢いに行くよ。臆病で泣き虫な妖精も、強くなれた……絵本だけじゃなくて、ちゃんと、その結末を見せにいかなきゃね」
「おーっ 中々ロマンチックなこと言うじゃんっ これで恋人さんでも出来たら完璧だよね」
ふゆみがそう明るく言えば、大樹、けれど、恥ずかしがる大樹も
そんな様子を扉越し、ぎゅっとトレイを抱えて話を聞いていた同僚女性。近づいてくる足音に慌てて立ち去る。案外その日は近いかもしれないけど今は未だ先の話。
茜色に染まる廊下を一同は談笑しながら進む。そして、ふと思い出したかのように大樹は口を開く。
「そういえば波風くん達も結婚式をあげるそうだね?」
「どうして、それを知っているんですか?」
「さっき、黄昏くんに聞いたからね」
驚く悠人。確か大樹には言っていないはず。そう、悠人が大樹の視線を追うとその先には、満足そうな顔で微笑むひりょの姿。大樹は威鈴にブーケを手渡す。
「きれい……この、花は?」
夕焼けに照らされる空色の小さな星のような形の花々。
きょとりと、不思議そうに威鈴が眺めている。
「オキシペタルム・カエルレウム――和名は瑠璃唐綿。ああ、別名のブルースターって言った方が解りやすいかな。花言葉は淡い想いと、それから信じ合う心。サムシングブルーにも使われる花だそうだよ」
花を説明しているだけなのに、何だか少し照れくさくてぽりぽりと頭を掻く大樹。
「ありがと……ございます」
威鈴は、静かに幸せそうに微笑んだ。
「君達も、幸せにね」
別れを告げ手を振る大樹に見送られて、撃退士達は長い影を連れて家路を歩く。
「綺麗な夕陽だな……」
「だねー! きっと明日もいい天気になるよ」
空の茜に漏れる静流の呟きにチルルは明るく返した。
――ゆうやけこやけで日が暮れて、遊び疲れてはまた夢を見て。
また明日と仲間に手を振ったあの日々はもう遠い。けれど、いつの日も変わらない空の茜色は今日もあの日々と変わらず綺麗に街を染めていた。
変わりゆく空の色。変わらない空の色。変わりゆく自分達。けれど、変わらない想いが確かに在ると。