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マスター:水綺ゆら
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/17


みんなの思い出



オープニング

 喩えるのならば、朝がきたら消えてしまう星々のようだった。
 見えるのに伸ばしても手は届かない。届かないからこそ余計美しく輝いて燃え尽きるように、朝焼けに消えてしまう。
 
 蜃気楼のように、陽炎のように。儚くて、美しくて。
 そう、喩えるのならば消える星々のように。名前も識らない彼の存在は儚くて愛おしかった。

 この気持ちの名前が何たるかを知らず、消えてしまう暁の星に逢いにゆく。
 いつもの山の、いつもの場所。いつもの時間に。
「また、逢おう」
 契った約束は生きている。例え、名前を知らない相手とも信じていた。

――もう少し。

 たった今、二羽の鳥が消えていった山の隙間から、もうすぐ陽が昇る。
「もうすぐ、逢えるかな。今日もまた、逢えるかな」
 一眼レフを構えた女性は、夜が薄らと白みかけた空をファインダー越しに切り取る。
 今日も星に逢えるその時を。星が消えるその時を、ただ待ちわびていた。

 そして、今日も明日が始まる。

●夜明けの星
「皆さんは何か、ご趣味はありますでしょうか? 桜祈は沢山あるのですよー」
 斡旋所のカウンター越し。撃退士達を迎え入れた天花寺 桜祈(jz0189)は指を折ってひとつひとつ確かめていくように数える。
「例えば、もふもふに、お菓子にーってあわわっ!? そんなことじゃなくですねー。ディアボロが出現したのですよー。皆さんにはその討伐へと向かって欲しいのです」
 場所は某県山中。数は1体だけ。
 猪によく似た形状のそのディアボロは素早く駆け回り力強い頭突きを繰り出すことで相手の命を刈り取ろうとする。シンプルながらもその威力は、馬鹿には出来ない。
 他にも周囲に砂を巻き上げ視界を奪うということもしてくるようだ。
「ちょっと強めに感じますが、この場に集った皆さんで力を合わせればそれほど苦戦せず倒せる相手だと思うですよ。ただ……」
 ただ? と聞き返す撃退士達に続くように桜祈は言葉の先を紡ぐ。
「えっと、夜明け前……こんな時間ですがその山には女性がいる可能性が高いのですよ」
 その女性の名は碧羽(アオバ)。空の写真を取ることを趣味とする専門学生だ。
 晴れた日にはこの山で朝焼けの写真を撮りに毎朝通っているらしい。
「最近は写真を撮る以外にも、男性に逢いたくて登っているようなんですよねー」
 碧羽はある日、青年と知り合った。惹かれあいその時間にその場所で語り合うのが既に日課と化している。しかし互いの名前さえ知らない関係なのだという。
 小さな街だから、噂は伝わるのは早いと言えど当の本人達はそれに気付いていない様子。
「もしかしたら、恋のろまんすかもしれませんね。りょーかたおもい……っと、下世話ですね。そろそろ教えてあげてもいい気がするのですが失礼しました。とりあえず今から向かうと碧羽さんを避難させるような時間は無いでしょう」
 ゆえにディアボロが碧羽のもとへと向かう前に倒すことが出来なければ、碧羽を庇いながら戦うことになるだろう。
「幸い、まだ犠牲者は出ておりませんが、時間の問題です」
 夜明け前とはいえ、当然薄暗く場所も山中だからきっと何らかの対策が必要となるだろう。

「だいじょぶ、桜祈はみなさんを信じているのですよ。だから、どうか頑張ってくださいです」
 それでは、いってらっしゃいですよ。


リプレイ本文

●夜明け前、瑠璃の空
 枝葉から零れ見えた空は深い瑠璃色を湛えている。月と星の明かりだけが見守る夜明け前。
 かさり、かさりと撃退士達が落ち葉を踏み歩く音だけが辺りに響く。
 初夏と言えど、この時間はまだ冷える。
「……夜明け空は、俺も好き」
 先立つ七ツ狩 ヨル(jb2630)は仰ぐ。間もなく東雲を迎えるであろう空。
 朝焼け空は好きだった。それはまだ顔も見たことのない碧羽と同じ。だからこそ、ほんの少しだけ仲間意識を感じる。
「名も、どこの誰かも知らない相手と、朝焼けの間だけの逢瀬、か」
 同じくまだ来ぬ朝焼けに思い馳せながら朝靄に百夜(jb5409)の呟きはそっと漏れる。
「その写真を撮るという心理は理解出来ますが、けれど、何故自分から逢いに行こうとはしないのでしょうか」
 けれど、その心理は理解しかねると少女――チェルシー・ディーネット(jb5149)の言葉。
「風情があるじゃない。私は好きよ、そういうの」
 そういうものなのよ。それ以上は何も言わず銀の髪を揺らし白い悪魔は再び歩き出した。
 仁良井 叶伊(ja0618)も、まだ日も昇らない暗闇を女性ひとりが出歩ける。
「この平和な時間を少しでも続けられる様に頑張りたいです」
 平和を、壊させはしない。その為にも今は目の前の命を護ろう。
「早めに見つけられれば余裕も増えるから、迅速に行きたいね」
「そうだな、実質2人を護りながら退治ということになるしな」
 ユリア(jb2624)の言葉に重ねるように口を開いた礼野 智美(ja3600)は佩いた刀に手をかける。かちゃりと金属音が鳴る。
「はい。……ともかくディアボロが碧羽さんを見つけ出す前に対処しましょう」
「そうね。邪魔物を排除する為にルートは……」
 楊 礼信(jb3855)と暮居 凪(ja0503)と斡旋所で聞いた情報と実際の地形、地図を照らし合わせて碧羽のいる可能性が高い場所を導き出す。
 標高は其程無いこの山はハイキングとして訪れる登山客も多く展望台に続く遊歩道が整備されている。
 いくつかある展望台や休憩所。山の中腹程にあるのはひとつだけ。
「だとすると、碧羽さんはこの休憩所にいる可能性が高いわね」
 凪は休憩所に丸を付けて、その場所に至るまでの道を辿り記す。
 礼信も予備の地図数枚に同じ記号を記し、終わったのを確認し再び智美が口を開く。
「ここからは手分けして捜索にあたろう」
 歩き続けて、気付けば既に山の中腹に辿り着いていた。
「はい。では、私は碧羽さんの保護に向かいますね」
 礼信から予備の地図を受け取った雁鉄 静寂(jb3365)一同と別れて展望台へ向かった。
「もうすぐのはずですが」
 地図の通り歩いていると、ヘッドライトに照らされて、間もなく女性の姿が見えてくる。
 休憩所の机に一眼レフを置いて、ベンチに腰掛けて何処かそわそわと落ち着かない様子。
 その服装は山登りには適さない白色のワンピーススタイル。
 俯いた顔がやや赤く染まっているようにも見える姿は、何処からどう見ても恋する乙女そのもの。
 恋のロマンスですね、と内心微笑ましく思いながらも、まずは任務。
「碧羽さん、ですね?」
「あ、あの……?」
 静寂の問いに、戸惑いの表情を浮かべる碧羽。
 だから、安心させるように表情を緩めて。
「いきなりすみません。撃退士です」
 簡単な自己紹介を済ませそれから、ディアボロがこの山に現れたこと。自分達はその対処に着たことを告げると、驚きと、それから納得した表情を一瞬浮かべるが、慌てて。
「じゃあ、あの人は……?! あの、いつもここで会う人がいて!」
 慌てる碧羽を宥めようと静寂が口を開こうとした、その時、携帯電話が鳴り出した。発信者は智美。
 報告をきき、こちらも碧羽を保護した旨を伝えると通話を切って再び瞳を会わせる。
「ディアボロがここより少し上の方で発見されたそうです」
「ジョギングに来てるみたいで、ここより上へは行かないと思います」
 もしも行くとしても、まずはここに立ち寄るはずと落ち着きを取り戻して語る碧羽。
 とりあえずは楯が巻き込まれることはないだろう。
 ふたりでそっと胸を撫で下ろして、楯の訪れを待った。


●明ける空と、明けぬ者
 同時刻。山の中腹よりやや上。
 叶伊の挑発を受けたディアボロは、撃退士達が仕掛けたワイヤートラップへと誘われる。
 がしゃんと音が響き、トラップに足を取られ、藻掻くディアボロに打ち込まれる一矢。
「行かせませんよー」
 ゆったりとした口調に真剣な表情を浮かべて開いた魔道書を手に堂々と立っている和服の女性――澄野・絣(ja1044)。
 漲る戦意。
 素早く百夜が阻霊符を展開し、礼信が星の輝きで辺りを照らし、全員が戦いに備える。
 さて。
「夜が明ける前に片付けないとね。朝焼けの空、見逃したくないから」
 そう、いち早く踏み出したのは、宵闇の翼を広げたヨル。
 血色の斧槍――グラシャラボラスを掲げたヨルは上空から闇色の逆十字を描き、ディアボロを地面に叩き付ける。
 鈍く重たい身体で、なんとか罠を脱したディアボロは攻撃しようと、突進の構えをけれど。
「――恋路を邪魔するやつを蹴り落とす馬がいないのなら、その代わりとなりましょうか」
 賺さず横手から飛び出した百夜が緋太刀で薙ぐ。
 愛でるべき花と情景を荒らされないように。
 白い裾が、髪が。緋い剣がまるで舞うかのように風を生み、意識を刈り取る。
「素敵な想いを抱える人達を――その、未来を誰にも踏みにじらせたりなどしない」
 一気に跳躍した凪はディバイン・ブレイドに光を込める。その光は黎明の女神――アウローラを思わせる強く気高い輝き。
「一足早い暁の光を上げるわ――飲まれなさい」
 勢いのままに流れるように剣を振るうと生命力を削り取る。
 ディアボロを苛むダメージ。行動不能のディアボロに次々と撃ち込まれる打撃、斬斬、銃撃。
 漸く何とか意識を取り戻し立ち上がったディアボロは反撃とばかりに繰り出したのは突進。丁度槍を手に斬りかかろうと向かっていた智美と正面衝突し、弾き飛ばされる。
「……くっ」
 木の幹に叩き付けられた智美の口から小さなうめき声を漏れる。
 ふらり、よろめく。けれど、なんとか槍を地に突き立てて立ち上がる。
 決して軽くはない一撃、だけれど、倒れてはいられない。
「大丈夫です」
 礼信が癒しの光を送り込み、その傷を塞いだ。
 智美の瞳に暴れ続けるディアボロが砂煙を立ち上らせながら、牙を突き立て走り向かってくる姿が映る。
「目標捕捉、ターゲットロックオン――撃ちます」
 チェルシーが機械のような動きで拳銃から弾丸を放ち、穿つ。
 脚部に命中する一弾が智美に向かおうとしたディアボロの体勢を崩し、大きく減速させる。
「今です」
「ああ――!」
 チェルシーの合図を受けて智美は冷静に槍を構え直し、直進。
 気合一閃。
 間合いの差。ディアボロの牙が到達するより早く、触れた槍の穂先はディアボロを薙ぎ払うには充分だった。
「はぁっ!」
 薙ぎ払われたディアボロが倒れ込む。そして、体勢を立て直そうとするがその隙を撃退士が見逃すはずがなく。
「無粋なる山の使者には、そろそろ退場して戴きましょうか――行きます!」
「させませんよー」
 追い打ちを掛けるように叶伊と絣が放った霊符と矢が雷と光を纏い、弾け、撃ち抜く。

 よろけるディアボロを足元に。その真上に位置取るユリアはMoonlight Dustを展開する。
「それじゃあ、おやすみなさい」
 放つ光は夜への誘い。月は眠りを見守る。
 輝きに照らされた無数の砕氷がディアボロの命を、断った。

 凍てついた、ディアボロの死骸。
 眺めるチェルシーの瞳もまた、氷のような冷たい色彩を浮かべている。
 そして、無言で引き金を――。

 ひとつ、音が鳴る。
 月の光に包まれて、星は眠り、夜は終わりを告げた。


●黎明の風、新たなる約束
 瑠璃色から移ろいゆく空の色。
 宵に映った瑠璃。朝焼けの紅。その間には無垢な色。曖昧な境界。
 その時々によって変わる空の色の名を付けることなんて、きっと出来ない。

 戦闘を終えた百夜達は中腹の休憩所へと向かう。
 薄らみかけた空の先。ベンチに腰掛けた静寂と碧羽の会話が漏れ聞こえてくる。
「ここに毎朝通っているのは名前も知らない彼の為なんですね。名前や彼のことを知りたいとは思わなかったんですか?」
「えっと、今更っていうのもあって、中々上手く踏み込めないし、聞けなくて……」
 もっと彼のことを知りたいと思った。もっと自分のことを知って欲しいとも思った。
 けれど、踏み出せない。踏み込めない。
 今の関係が心地よくて、暖かくて、壊したくない。
 本当はもっと近づきたかった。触れ合いたかった。けど、踏み出す勇気が無くて。

――朝焼けに消えてしまう星、決して届かない幻。

 そう、満足することで自分の気持ちに蓋をしようとした。
 何よりも、怖くて。目をそらして、気付かない振りをして、逃げたかった。
「そんなんでは、千年経っても話が進みませんよ。折角彼も――」
 好きなんだから――と言葉を続けようとした静寂の裾を引っ張った百夜。碧羽には聞こえない程の小さな声で百夜は。
「ああいうのは、もどかしいからいいのよ」
 それに外野がそこまで踏み込むのはどうかな、とユリアも言う。
 けれど、せめて背中を押すくらいであればとユリアは口を開く。
「確かに怖いかもしれない。けれど一番怖いのは何も出来ないまま、変わらないまま終わることじゃないかな」
 そう、背中を向けるユリア。楯が来る前に山を下ろう。けれど、最後に振り向いて。
「色々言ったけど、最終的に道を決めて、進むのは碧羽さんだからね?」
「俺も、よくわかんないけど、お互いに会いたくて、一緒にいると楽しいのなら、それでいいんじゃない?」
 恋愛感情に理解の乏しいヨルの言葉は実にシンプル。だからこそ、的を射た言葉。
 それだけ言うとヨルは翼を広げて木へ登り、夜が明ける瞬間を――大好きな光景を眺める。
 けれど、何か、物足りない。何か、ぽっかりと穴が開いたような欠落感。
 それがよくわからなくて、視線を落とすと仲間と碧羽と、やってきた楯の姿。
「ああ、そっか」
 いつも一緒にに空を見る友人が居ないからなんだ。
 そう結論づけたヨルの手のひらでカフェオレが僅かに揺れた。

――慣れ親しんだ雰囲気が朝の風にのってやってくる。

 かたり、と立ち上がり振り向く碧羽。
「おはよう、ございます」
 視線の先には、黒色のジャージを着た男性の姿。
「おはよう……えっと?」
 この人達は?と言いたげに周囲を見渡す男性――楯。
「私達もハイキングに来たのよ。――お邪魔だったかしら?」
「ううん、別に構わないけど」
 百夜にそう返した楯。
 碧羽は暫し悩んだ後、黎明の風と撃退士達の言葉に背中をおされて、口を開いた。
「あ、あの……わたし、碧羽って言います。葉山 碧羽」
 きっと今の顔は何よりも赤いだろう。色々考えたけれど、結局思いついたのはこれだった。
 友達に言われた。碧羽は鈍感すぎる、と。
 だから専門学生になってからの今更。これが初恋で。
「俺は立森 楯……」
 それは楯も同じ。スポーツに打ち込んでいた。それ以外は興味がなくて。
 丁度いいトレーニングコースがあると聞いたから、早起きしてジョギングにこの山へと出かけ、そして、彼女と出逢った。
「えと、よろしくお願いします!」「よろしく!」
 同時に頭を下げる。
 こつん。ぶつかった。
 一緒のタイミングで手で額を押さえて、小さな悲鳴をあげた。
 それが、どうにもおかしくて、同時に噴き出す。
 凪は彼らが笑い終わるのを待ってから。
「たまには撮るだけじゃなくて、撮られるのも良いと思うわよ」
 凪の進言に、碧羽は少し照れたような様子で慣れていないと返すけれど。
「お願い、します」
 碧羽から一眼レフを預かった凪はシャッターを切る。
 楯と碧羽。その間を朝陽が差し込み照らす。それはまるで、ふたりを祝福しているかのようで。

――蒼と紅。夜と昼。ふたつの色が混じり合う黎明の空。

 ファインダー越しに映ったふたりの姿。距離は少しあれど、暖かな色が残る。
「なかなか良い写りだと思うわ」
「本当に……とても、良い写真です」
 凪から一眼レフを受け取った碧羽は静かに笑って答えた。
 それから楯の瞳を見て。
「ねぇ、楯くん。今度は……わたしが写真撮ってもいい、かな? 朝だけじゃなくて、」
 いつも。いつまでも。
 ファインダー越しでもフィルム越しでもなく、この瞳で写したい。
 楯はその言葉に――。

 その様子を少し離れた場所から見守る絣は静かな微笑を浮かべて笛に唇をあてる。
 やがて流れ出す音色は何処か切なげで優しく、消えていく星とともに朝焼けに溶けた。

 黎明の風が運んだのは、新たな約束。単純かつ、何よりも大切なもので。
 明日と、未来を滲ませた朝焼けの空はきらきらと、輝く。
 そして――星が消える明日という名のはじまりを、告げた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: Wizard・暮居 凪(ja0503)
 朧雪を掴む・雁鉄 静寂(jb3365)
 暁光の詠手・百夜(jb5409)
重体: −
面白かった!:10人

Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
撃退士・
仁良井 叶伊(ja0618)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
日月双弓・
澄野・絣(ja1044)

大学部9年199組 女 インフィルトレイター
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
カレーパンマイスター・
ユリア(jb2624)

大学部5年165組 女 ナイトウォーカー
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー
闇を解き放つ者・
楊 礼信(jb3855)

中等部3年4組 男 アストラルヴァンガード
桜花の一片(ひとひら)・
チェルシー・ディーネット(jb5149)

高等部3年13組 女 インフィルトレイター
暁光の詠手・
百夜(jb5409)

大学部7年214組 女 阿修羅