●残念ながらマジなんです
「あえていおう!もふもふであるとーッ!」
斡旋所に蒼井 御子(
jb0655)の声が響く。
もふもふ、それは至上の響き。
もふもふ、それは至福の時間。
もふれるだなんて、なんて素敵な依頼!
ドリーム全開の御子に冷水のような言葉を投げかけたのは雨霧 霖(
jb4415)。
「サーバントだけれどな」
「……え?天魔?マジ?」
「マジ、なのです」
天花寺 桜祈(jz0189)もこれ以上にない神妙な表情で頷いてみせる。
残念ながらサーバントなのだ。もふもふなのに世は無常だ。仕方ない。
「難しい相手だけど、戦うしかないよね。……仕方ないよね」
普通は想像主の都合上伝承や神話の姿を取ることが多い。
けれど、何故このような戦いづらい姿をしていることに驚くのはサキ(
jb5231)。
これを製造したであろう天使は一体何を考えていたのだろうか、謎だ。
「ふっふっふ……もふれると思った恨み、はらさでおくべきかあっ!」
考えても仕方が無い。というか、感情が待ってくれない。
ハーモニカ型のヒヒイロカネを握った御子は八つ当たり――もとい、戦意を漲らせてディメンションゲートへと向かった。
●もふもふ、されど相容れぬ宿命なり
春を迎えた野原を野花達が彩り、降り注ぐ春の日差しが羽毛布団のように優しく包む。
思わずうたた寝をしてしまいそうな、とても麗らかな春の昼下がり。
タンポポが咲き誇る野原の真ん中、それはあった。
「わぁ……ふわふわー」
今にもとろけそうな笑みを浮かべうさぎの背をさすさすと撫でる少女の頬をペロペロと撫でるポメ。
やめてよぉと少女が抵抗してみせると、その背中をよじ登ろうとしていたパンダかこてん、と落ちた。
「わーわー、パンダさん、ごめんねぇ」
慌ててよしよしとパンダを撫でるが、しかしパンダは気にも止めず地べたのタンポポをムシャムシャ頬張っている。
「ん……もふもふ」
愛らしいもふもふ達の姿に胸をときめかせる桜坂秋姫(
ja8585)。だけれど。
「でも……サーバント……ん」
しょんぼりと尻尾のようなお下げも垂れ下がる。
一見害の無いように見える彼らもサーバント。ほっとけば何かしら被害が出てしまうだろう。
その前に彼らを撃退し平和を守る。
例え、その姿が可愛くとも。可憐でも。
「さて、これらが件の敵か……クッ これは手強そうだ」
例え。そう、負けないのが撃退士の努めなのだ。
「もふもふさんを傷つけるのはかなり抵抗がありますが……あれは一応サーバント。 心を鬼にして参りましょう」
「ポメラニアンごとき我ら全国猫マフモフ協会久遠ヶ原支部が負けられません!」
勿論そんな協会は御座いませんが、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)と神城 朔耶(
ja5843)の声も重なり、いざ此処にもふもふ大戦が開始されたのである。
知花が充分にもふもふを堪能しただろうと判断した頃合いを見計らい魂縛を使用する秋姫。
「ん……お願い……します」
すぅと静かに寝息を立てて眠った知花を御子のストレイシオンが拾い上げて桜祈のもとへと向かう。
「頼りにしてるよ!」
「あいあいさーです!」
霖の声援を受けた桜祈はカーディスから受け取ったお弁当を手に、ストレイシオンとともにその場を後にした。
朔耶は身体に聖なる刻印を刻み込み、戦いへと向かう。
けれど、既にポメと熱いバトルを繰り広げている男が一匹――いや、一人。
「ああああああめんこいめんこいもっこもっこもっふもっふ」
黒猫の着ぐるみをきた青年・カーディスがひたすらにモフっていた。
「私は犬も好きなのです! ポメよ、ここかここがええのんか?!」
なでなでなでなで。きゃんきゃん、ころころころ。
そんなカーディスに忍び寄るひとつの姿。両手で釘バットを持ち今にもふり下ろす
「ん……しょ。お、起きて……っ!」
どごぉっと気持ちのいい音が鳴り響く。些か豪快な正気の戻し方である。
ダアトの物理攻撃だからダメージはそう対したことは無いがインパクトは絶大だ。
「あらあら……」
慌てて朔耶が癒しの光を送り込み、ほっと一息。
「はっ! こんなことをしている場合ではありませんでした。めんこい姿を写真に収めなければ!」
すちゃっとデジタルカメラ(私物)を取り出したカーディス。そして何故か分身の術を使用しだして、ポメを激写。連写。
先程までじゃれつくように威勢のよかったポメそれにはも流石に困惑したような表情を浮かべて動きを止めた。
『どうすればいいの、というかなにこれ』
そう言いたげな顔。なんというか、その姿にほんの少しだけ憐憫の念を覚える。
「……だめ。ポメさん、困ってる」
ちょっとびくびくしながらもかばうようにカーディスとポメの間に割って入った秋姫は、ふと背後のポメと目が合う。合ってしまった。
大きな瞳に、人懐っこい顔。白色の体毛はまるで綿菓子のよう。
「ん……んぅ……」
振り返ってしゃがみこんだ秋姫はほっこりとした表情を浮かべ、ひたすらポメの頭と首元を撫でまくる。
ミイラ取りのミイラとでも言うべきか。
緩んだ表情で頬ずりしようと抱き上げるとポメの先制攻撃!
「ん……ひゃ……」
ポメに頬をペロペロと舐められてくすぐったそうに戯れる秋姫。
その襟首から垂れたお下げがまるで仔犬の尻尾のように揺れる。
その対策をちゃんと考えていたのはカーディス。テニスボールを放り投げた!
「ほーら取ってこーいなのです!」
「きゃん!」
「ぁ……っ」
秋姫の腕からポメが飛び出してテニスボールを追っかけ始め、しょんぼりとする同時に正気を取り戻す秋姫。
「目が覚めましたか? さて、遊びは此処までです。そろそろ仕事をしましょうか」
そう言ってはみるカーディスの心には、血の涙のような雨が降っていた。
よちよち、こてん。ころころ、むしゃむしゃ。
擬音で表現すると大体こんな感じ。パンダは非常にゆっくりとした速度でタンポポとタンポポの間を繋ぐようによちよちと歩いていた。
こてん、と転ぶが、その態勢のままころころと転がり、タンポポをむしゃむしゃと食べ始めるパンダ。
サキと御子。ふたりの視線も気にもせずとぼけた顔でマイペースを貫くパンダの姿に惹かれない方がおかしかったわけで。
「ぱんだかわいいよパンダ。マジぱんだ……!」
「しっかりして! あれはサーバントだよ」
思わず虜になってしまいそうな御子を揺さぶり起こす。
はっと正気を取り戻した御子に、胸をそっと撫で下ろし氷刃を手にパンダを向く。
「……でも、パンダって可愛いよね。敵じゃなかったら持ち帰りたいくらいなんだけどな」
思わず、本音が漏れる。
戦闘に突入しそうな雰囲気なのに我関せずと仰向けのままぺしぺしとタンポポをはたきじゃれつくパンダ。
けれど、その手には猛毒の爪が。タンポポを咥えているその口には猛毒の牙が――。
パンダと考えるから虜となってしまうのでは無いだろうか。そう考えたサキは実は凶悪な生物兵器と思い込むことで虜になることを回避しようと試みるが。
ころころ転がるパンダ。綺麗な薔薇には棘があると知りつつも摘み取りたくなるように、ちょっとだけなら、とサキは抱き上げる。
パンダの毛は思ったよりもずっとふかふか。抱き上げられたパンダはサキの体をよじ登ろうとしていた。もぞもぞと動く感覚が心地が良い。
「……もう離さない。このまま、ずっと……」
「そーのーけーがーわーは、ふぇいくー!」
いけ!ストレイシオン君! 御子が放った召喚獣がサキの手からパンダをひったくる。
「と、虜になってないよ。ただ、ちょっともふもふしたかっただけで……」
「え? 虜にされてるわけじゃなかった? なんか、ごめんっ! じゃあ、次はボクがモフる! もし虜になったらよろしくねっ!」
パンダ同様マイペースだが、こちらも撃退を始めたのであった。
一方雫(
ja1894)と霖はうさぎのサーバントを追いかけていた。
というのも、気が弱く人見知りなうさぎは知花が退場させられると逃げ出してしまった為。
それにどうやら、雫の放つ食欲オーラにも怯えているというのもあるようだ。サーバントなのにいっちょまえに怖がるらしい。
それは、あくまで撃退士達の主観で実際このサーバント達が何を想っているのかは解らないが。
「クッ……素早しっこい奴め!」
「大丈夫、このまま行けば追い詰められます」
雫の言葉通り、塀まで追い詰められたうさぎ。うるうるとした視線をふたりに向け、弱々しく震えている。
「待った!」
けれど、そのか弱く愛しい姿に霖は負けた。ふらふらと踏み出した霖は震えるうさぎを抱きとめて、優しく撫でる。
ほんわりとあったたかな体温が抱いた腕や手のひら越しに伝わる。可愛い。しあわせ。
どうやら、うさぎも霖に心を許したよう。そっと霖に身を任せ気持ちよさそうに撫でられつつ小さく『みゅー』と鳴く。
「彼らは確かに敵だ……だが全然害がないじゃないか! だから……頼む、見逃してくれ、私が責任をもって飼うから!」
「駄目なものは駄目ですから」
「やだ!」
うさぎを庇うように抱いたまま亀のように丸まる霖。抵抗する彼女を無理矢理引っ張ろうと雫は試してみるがびくともしない。
「いい加減目を覚ましてください」
すぱこーん。雫の華麗なハリセン捌きが見事霖の頭へと命中。
「あ、あれ? 私は一体何をしていたんだ」
「まったく……力は弱いですが、能力が厄介ですね」
起き上がった霖の足元にすり付くうさぎ。
『みゅー……』
その感触に視線を足元にやると、だっこしてくれないの?とでも言いたげな顔をしたうさぎと瞳と目があった。
「(あぁ、可愛い。こんな敵を斬るだなんて私にはそんな事は出来そうにない……)」
うさぎは、ちょっとしょんぼり、そして凹み気味。うさぎは非常に甘えん坊なのだ。
今にも抱き上げて撫でたい衝動を抑えて直剣を構える。
「(だが敵は敵、攻撃はしっかりしないとね……ごめん!)」
心の中で謝りながら構えた剣の腹で、うさぎを叩いた。
●もふもふ求めいざ行かん新たな旅路
「んゅ……」
目を覚ました知花がまず感じたのは暖かな、黒くて、大きな、もふもふの何か。
「おはようございます。知花ちゃん」
知花はカーディスに背負われていた。
その少し前方では桜祈と朔耶が地図と依頼書類に書かれた知花の住所を見比べつつ道を探している。
知花はきょろきょろと辺りを見渡し
「あれ? ポメさん達は……?」
「残念ながら彼らはサーバントという天魔の一種
「私も悲しいんですよ。せっかくのモフモフだったのに退治しないといけないなんて……」
思わず、ごめんなさい、と項垂れる知花に私でよければもふりますか?と提案するカーディス。
「ん……ありがと、ねこのおにーちゃん」
カーディスの背にぎゅっと抱きつく。着ぐるみももふもふだ。
「貴方のお母さんには私からも説明をするので、帰って心配を掛けた事を謝りましょうね」
「やだ。おうち帰りたくない――だって、お母さん、全然わかってくれないんだもん」
発端は家出だった。それは小さなものだったけれどプライドというものが
中々に難しいお年頃だ。
続くように霖が静かな口調で語りかける。
「そうだな。けれど、規則は規則だ。 何もきみのお母さんも意地悪で駄目と言っているわけで無いだろう?」
「それは、そうだけど……」
もごもごと口籠もる知花。
「ならば、今飼えなくてもちゃんとお母さんの言うことを聞き、良い子にしていればきっと解ってくれると思うぞ」
無事知花を送り届けマンションのエントランスを出たところで我慢仕切れなくなったらしく叫び出したのは御子。
「天花寺さん!猫カフェ行こうっ!ワンコカフェでも可!」
もうね……!報酬とかみーんなつぎ込んで良いから行こうっと力説する彼女。
ある意味モフるのを阻害されたフラストレーションは相当なものだったらしい。
「はい、是非参りましょうです!」
ぐっと両手で握り拳を構えて語る桜祈。
今度はサーバントではない本物のもふもふをモフりに! 憂さ晴らしならぬもふ晴らしにいこうじゃないか!
「ん……」
桜祈とは対照的に、少し遠慮がちにこくりと頷く秋姫。彼女の無表情気味の顔にもほんの少しだけ緩んでいる。
「そういえば、あんなに戦いづらいサーバントが居るのにも驚いたけれど、同い年の女の子が斡旋所で働いているのにも驚いたな」
「ふぇえ?! 桜祈は凄くないのですよっ! お手伝いですし、しゃかいべんきょーってやつですし!」
斡旋所にいれば、様々な話を聞ける。色々な人達と出逢うことが出来る。
勿論辛い依頼の内容を告げなければならない時もあるし、けして楽とは言えない仕事だけれども。
そのどれもが、とても貴重な体験で。
「すごく楽しいのですよ。噂も沢山集まりますし! あ、そーだ! 久遠ヶ原にもねこカフェやわんこカフェ無いか皆さんに聞いてみますね!」
「あ、いいね! 学園にあればいつでも通えるしさんせーいっ」
その後。
『出来ればひつじもいるといいな』『え、それってカフェにいるものなの?』
『じゃあアルパカ!』『もう動物園にでも行った方がいいのではないか?』
わいわいと楽しく騒ぎながら、撃退士達は学園へと帰っていった。