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マスター:水綺ゆら
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/04/16


みんなの思い出



オープニング

「階級、剥奪やって」

 戻って来た主人の表情は発言とは裏腹に、其程深刻そうには見えなかった。
 しかし、強く握られた手が小刻みに震えている。平然を装うその裏で、主人が必死に堪えているのが解った。怒りというよりは、悲しさだろうか。
 先日行われた作戦の中でジャスミンドールが起こしてしまった失態は重大なものだった。それは独断行動であった為、上官から何らかの処罰がくだることは予想に容易かった。
 しかし、下された処分は想像よりもずっと重たい。

「ですが、一度で……」
「……上官に口添えした連中が居るんやろ。あらかたの想像はつくわ」 
 諦めたように息を吐きながら呟く主人に、檀は何も言えずに俯いた。
 ジャスミンドールの過去はよく知らない。しかし、薄々と親友とまで呼べる同僚は居ないのではないかと察していた。
 同時に、庇ってくれる同僚が居なかった。
「上官のあの様子やと、中央から眺める風景も、これで見納めかもしれなくなるなぁ……」
 気怠げに遠くを見やるジャスミンドール。その横顔がひどく寂しげに見えたのも、きっと気のせいではない。

「私は、あなたの御側に居ますから」

 自分を救ってくれた主人に、何か報いたくて。
 寂しげな横顔に、ようやく紡ぎ出せたのはその一言だった。




 ※※※


「おはよう、檀……で、ええんかな?」

 ジャスミンドールが正面に立ち、自分を見おろしている。
 主人の背後に西日を受けて黄金色に輝く桜が見える。盛りを過ぎて葉混じりになってしまった桜を見上げながら考え事に耽っていたのだが、船を漕いでしまっていたらしい。
 まだ日暮れ前、其程長く眠っていたわけではなさそうだ。
「すみません、いつの間にか……」
「眠いん? 珍しいねぇ」
「いえ……春、だからかもしれませんね」
 主人の質問に、檀は少し苦笑しながら答える。使徒は睡眠を必要としない。
 それでも人間だった頃の習慣で睡眠を取る使徒は居るが、檀は主人が活動しているのに眠るわけにはいかない気持ちもあり眠らないことにしている。
 主人はふぅんと呟いたものの、其程興味があるようには見えなかった。檀は立ち上がる。
「どうなされたのですか?」
「少し気分転換に散歩してたんよ」
「そうですか」
 檀が短く答えたら会話が終わってしまった。
 ふたり以外に誰もいない南種子町。唯一静寂の場を繋ぐように響く漣の音さえ虚しい。耐えきれなかったのか、ジャスミンドールが漏らすように呟く。
「静か、やねぇ」
「嵐の前の静けさ、でしょうね……きっと、もうじき騒がしくなります」
 止まっていた刻が終わりへと向けて動き出している。

 ――殺してでも、君を救いたかった。

 それだけが、自分の望みだった。人をやめたあの日から揺らぐことのない意志。
 戦いが始まれば、弟と対峙することになる。今度こそ本当の別れになるだろう。だからか、生まれるのはまた違う感傷だった。
 だからといって避けて通れる道ではないと解っている。解っているからこそ望んだ道。いつだって運命は残酷なものだった。
 また少しだけ考えに耽る檀に、ジャスミンドールは少し呆れたように溜息を吐いた。
「……そういう意味やなかったんやけど、まぁええわ。あんな、冥魔との戦いは檀に全部任せよう思う」
「それは……」
「いちいちうちに報告や相談しとったら時間も労力も余計に掛かるやろ? うちは人間なんかと話したくないし、そもそもやることは決まっとる。なら檀に全部任せた方が合理的やと思わん?」
「……そうですけれど、やはりジャスミン様は此処に残られるのですか?」
 最重要拠点であるこの場所に誰かが残らねばならない。それは理解出来るし、同意もする。けれど、頑なすぎる態度が逆に不自然だと思えてしまう。
 そんな檀の不安を読んだのか、そうでないのか。
「あんただけで充分。うちはそれだけの力を檀に与えたつもりやよ」
 ジャスミンドールは、まるで追及を許さないように微笑んだ。


 ※※※


 水平線の向こうから、朝が来る。

 いつものように中種子町へと向かう。実は先日話したいことがあると手紙を渡されていたのだ。
 撃退士の少女から手渡された手紙の差出人は九重 誉となっていた。確か、人類側の司令を務めている教師の名だと記憶している。
 何故、その場ですぐに話さなかったのか。手紙で呼び出すなど回りくどいことをしたのか。疑問はいくつか浮かんだけれど、とりあえず向かえば解るだろうと考えることを止めた。

(なんと、声をかけましょうか)

 中種子町へと向かう。
 その足は以前よりも軽く、表情も少し和らいできていることに未だ自分では気付けなかった。



●中種子高校
「近々、七条 梓。彼女の移送が行われることになる」

 中種子高校の一室に集まった撃退士に向けて九重 誉 (jz0279)は告げる。
「八塚家の協力を得られたことも、一重に君達の力だ」
 誉の瞳には強い信頼が籠められている。
 先日行われた八塚家との交渉。撃退士が録音した会話を誉自身も聞いていた。
 決して打ち解けることが出来なかった父と息子達。そのような父を動かしたのは、撃退士の真摯な瞳と眩しい程に純粋な言葉だった。
「八塚家の協力を得て、秘密裏に行われる。勿論、関係者以外に情報が漏れないように細心の注意を払い実行に移される。だが……」
 悪魔からしてみれば、七条 梓の存在は切り札だ。久遠ヶ原に移送されてしまえば、奪還は不可能になる。
 移送のタイミングは最後のチャンスになるのだ。悪魔とて、みすみすと見逃すとは思えない。当日は警備に撃退士を派遣する必要があるだろう。
「しかし、裏を返せば、西之表市を悪魔が空ける可能性がある、ということもまた事実。好機だと思わないか?」
「けど! 病院の警備に皆さんを派遣するなら種子島に残る撃退士だって少なくなるんです……いくら、悪魔が居なくたって……」
「だから、だ」
 心配そうな声をあげた宙に誉はにやりと口元を緩めた。
「天界に協力要請を持ち掛ける。西之表市の制圧作戦――確かに人の戦力は心許ない。しかし、天界の協力を得られれば別の話だろう?」
 もし襲撃の読みが外れたとしても、逆に襲撃してくるのを阻止出来る。
「既に使徒には別室で待機して貰っている、其処で作戦を伝えてくれ。情報が漏れることは避けたいからな」
「呼び出したのなら、司令官である九重先生がお話にいかれたらどうなんですか?」
「君達が適任だと判断したからだ」
 誉はそれ以上は何も言わなかった。既に必要ないとも思ったのだろう。示すように誉の表情は柔らかかった。

「最後に」
 部屋を出ようとした生徒を呼び止める。振り返った撃退士に誉が向けたのは先程とは少し違う硬い表情。
「今は共闘関係を結んでいるが、敵であることには変わりない」
 冥魔との共闘。双方に利益がある条件。その条件をのませるのにも、骨が折れたのだ。
 この島を狙う天使は相当プライドも目的意識も高い。
 時が来たら。
「必ず、天界とも戦うことになる――それだけだ」

 人が人である限り。使徒が使徒である限り。


リプレイ本文


「ご足労をおかけいたしました、お会いできて幸いに存じます。どうぞ、腰をお掛けてください」
「こちらこそ……恐れ入ります」
 教室の扉を開けた撃退士達を待っていたのは、立ち上がったまま撃退士達を待っていたらしい使徒だった。
 ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)は檀に一礼をし座るように促すと、使徒は軽く頭を下げて椅子に腰掛けた。
「わぁい檀さんお久しぶりー! に? 前より顔色よくなった感じ?」
「ほんとに……よかった、夏祭りの時より良い表情をしているね」
 ヘルマンの背中からひょこっと顔を出したのはファラ・エルフィリア(jb3154)。妹分のファラの言葉に同意するように頷きながらレイ・フェリウス(jb3036)は微笑んだ。
 ファラとレイが檀と顔を合わせたのは半年以上前のこと。ともすれば、風に浚われてしまいそうな程に寂しそうな背中をふたりは心配していたのだ。だからこそ、表情や行動の変化が嬉しかった。
 ふたりの言葉に檀は皆さんのおかげです、なんて少し恥ずかしそうに笑って応えてみせた。
「君がお父さんに手紙を出してくれたおかげで、お父さんとお話しできたみたいだよ。といっても私は行けなかったから、結果だけしか知らないんだけど」
「……あの人が、そうですか」
 少し照れながら話すレイに檀が見せた表情は強張りつつも喜びや安堵に満ちたものだった。
 檀から聞かされていた父親像は決して良いとは言えない。現に父である柾も息子達に愛を向けている様子はなく、八塚や人を捨てた息子をあっさりと斬り捨てた。
 けれど、柾は今更になって彼らの為に心を砕いたし檀は、父を最後に信じようとして手紙を出した。
 こびり付いていた彼らの心を動かしたのは撃退士の言葉であったが、親子を繋ぐ“何か”は未だ残り続けていたのだろう。
「ああ、ちゃんと話を聞いてくれた――檀達のことも彼なりに案じていたよ。心から感謝する」
「いえ」
 アンジェラ・アップルトン(ja9940)の言葉にも檀は短く答えていた。驚きながらも言葉だけで信じたのは信頼関係の表れかもしれない。
「初めまして、莱と言います。よろしくお願いします」
「僕は桜乃。初めて此処の任務に関わるから、整理するために色々纏めさせてもらいますね」
 緊張した様子で莱(jc1067)は使徒に言った。共闘関係にあるとはいえ、元は敵同士。慎重に臨むべきと莱は警戒していた。その傍ら、ノートとペンを手にした桜乃=Y=アルセイフ(jc0910)が軽く頭を下げた。天羽 伊都(jb2199)も桜乃に続き挨拶をする。
「よろしくお願いします。それで、お話というのは?」
「まず、柾殿との対談に成功し彼女の身柄を久遠ヶ原に移送することになったのだが、元より悪魔の狙いは梓だ」
 語り出したアンジェラに檀は頷く。
 梓の身にまで危険が及ぼうとしているという事情は撃退士に聞かされ知っていた。だからこそ、彼らに手紙を託したのだ。
「けれど、移送の日は悪魔にとって彼女を奪うラストチャンスだ。警戒せねばならない」
「そーそー、多分シマイのじーじは嫌がらせしたくてたまらない困ったチャンだからさ、絶対邪魔しに来るわけだ。パンツ賭けてもいいレベルで」
 アンジェラに続いたファラがさらっと凄まじいことを真顔で言い放った。
「え、あ……賭けるのですか?」
「賭けるんですか?」
「うん、パンツ賭けてもいいよ」
「気持ちは解るけれど、そんなものを賭けても皆が困るだけだから辞めようね」
 檀と莱が揃って首を傾げる。ファラはあっけらかんと頷いてみたが、直ぐにレイが鋭い意見を挟んだ。二人の様子を微笑ましく眺めながらヘルマンが口を開く。
「貴方がたが大切に思われる梓殿は、私共の身命を賭して守りましょう。学園には信頼できる仲間が多くおりますれば、決して貴方がたに辛い思いをさせるようなことはなりますまい」
「はい、人類側は当日は七条さんが居る病院を警護しようと考えています」
 桜乃はノートに書かれた文字を読み上げる。事前に教師から聞かされていた作戦内容だった。
「しかし、そうすると人類側も種子島の警備が手薄になる。冥魔が種子島制圧に出る可能性がある」
 アンジェラの言葉に檀はそうですねと頷いた。守りが手薄になるのであれば、攻め入る最良の好機になることは考えるまでもないことだ。
「しかし、逆に悪魔が西之表市を留守にすることがあれば一気に制圧するチャンスでもある。どちらに転ぶかは未だ解らないのだが、確実に動きはあるだろう……協力して貰えるだろうか」
「勿論です」
 アンジェラの問いに檀は迷う様子もなく頷く。使徒の様子にファラは朗らかに問いかける。
「もしかしたら、楓たんとあうかもしれないね。檀さん、宿題は出来てる?」
「宿題?」
「ほら、もし北に向かうことになったら。楓たんとあうかもしれないから、お話するならチャンスかなぁって思ったんだよ」
「なるほど、そうですね……」
 檀は顎に手をあてて、少し考える。
「未だ、纏まっているわけではないですけれど……言わなければならないことは伝えなければならないなと考えています。それを、楓が受け入れるのかは解りませんけれど、諦めたり目を逸らしていても……きっと、変わらないでしょうから」
 これで、最後になるだろうから。言外に込められた想いは憂う表情が示していた。
「うんうん、だいじょーぶだよ。頑張っているおにーちゃんには紅茶のサービスなのですよ」
「ありがとうございます。けれど、いただいてしまってよろしいのですか?」
「いーのいーの、淹れた紅茶を誰かに飲んで貰うーって嬉しいしさ。頑張ってる子にはご褒美しなくちゃ」
「何だかファラさん、お姉さんみたいです」
「だって、あたし檀さんよりずーっと年上だし」
 差し出されたティーカップに驚いた様子を見せて、照れ臭そうに頭を下げた。甘やかされることに余り慣れていないのか表情が初々しい。
(もう思い詰めなくてもいいようになったら……いいんだけどなぁ)
 カップの中で揺らぐ紅茶を眺める檀の姿を眺めながら、思案する。その眼差しはまるで我が子を心配する母親のようだった。
「なぁ、檀。サーバントにどの程度指示を出せるか? 例えば、エインフェリアを人質の保護に使える可能性は?」
「エインフェリア、ですか?」
 アンジェラの質問に檀が首を傾げる。南種子町周辺に多数配備されているサーバントだ。檀が知らないことはない。だからこそ、アンジェラは不思議に思い訊ね返す。
「どうした?」
「いえ、すみません。エインフェリアは私には使えないのですよ」
 エインフェリアという下位サーバントを量産し、それらを統括する上位のヴァルキュリアというサーバントを置くことで天使や使徒の指示が無くとも自律思考や統率行動が可能になっている。
 ヴァルキュリアを倒されてしまえば、一気に命令系統が瓦解してしまうというデメリットはあるが、いちいち指示を与えずともそれなりの戦力として使える為ジャスミンドールは警備にこのサーバント群を使っていた。
 逆に使徒が直接指示し使うのであれば、もっと適したサーバントは他にいる。それ故、エインフェリア達の管理権は与えられていないのだという。
「しかし、そうですね……人型のサーバントは他にも居ますからそれを使えば可能かもしれません。人型と言えど異形は異形ですから、余り一般の人達を怖がらせない範囲でどこまで出来るか解りませんが力は尽くします」
「ところであなたの主は私達をどのように評価しているのでしょうか」
 其処に口を開いたのは莱だった。今の所話し合いはスムーズに行われている。このまま何事もなく事が進むに越したことはないのだが、確認だけはしておきたかった。
「あくまでも私の主観になりますが、評価は充分に高いのではないのでしょうか」
 報告書の中では人類を見下すような言動が見られたのだが。莱が訊ね返す。
「利用するって言葉も……」
「私は認めているのではないかと思います。共闘を受け入れないと思いますから。私に今回の戦いの全てを任せると仰られたのも人の力を認めてなのかもしれません」
「臨機応変に行動可能な檀が対応できるのであればそれに越したことはないのだが……よく、ジャスミンドールが許したな」
「やることは決まっているのなら、一々自分に相談せずとも自分で判断し動かせばいい。報告や相談の手間や時間が勿体無いだろう、と」
「ええ、確かに合理的ではありますよね」
 天使の目的はこの島の占拠なのだから。ノートにペンを走らせていた桜乃が口を挟む。

『【西之表市】悪魔が手放す為、監視が手薄に ← ≪天使側≫制圧に動く?』

 ノートには今回の相談だけではなくそこから繋がる桜乃の考えも書いてあった。
 目に入った文章に莱の顔が強張る、それは伊都も同じだったようで、ふたりは周囲に気づかれないように頷きあった。

「ということは、今回の戦いはあなたとサーバントということになるんですね」
「ええ、ジャスミン様は南種子町を離れられるおつもりはないようですから」
 桜乃の言葉に檀は頷く。
「ずっと、考えていたことがあるんだ。冥魔は次々と新しい駒が増えている。しかし、天界は冥魔が現れても、増援が来る様子は見受けられなかった」
 少し考えながら口を開いたのはアンジェラ。
「冥魔に狙われた時点で上に報告していないという事ならば、天界の利益より個の利益を優先したとされるのではないか? 恐らくジャスミンドールもそのように思われる可能性があることも考えつかなかったわけではないだろう。それでも、天界に報告しなかったということは……天に、味方が居ないのか?」
「……恐らく、皆無というわけではないのでしょうが……」
 彼女の言葉に少し思考を巡らせた後、檀は言い淀む。
「元々出世欲の強い方のようでした。余り詳しくはないのですがジャスミン様のことをよく思わない一派も居たようです。彼らが降格の口添えをしたのではないか、とも。だから、余計に手柄を立てたいと願っているのでしょう」
 主人がどれほどの誇りを持ち階級を大切にしていたかを檀は知っている。
 それを奪われた今、どんな気持ちなのかも想像が付く。大切なものを取り返したい。そして見返してやりたい――そんな気持ちもあるのだろう。
「けれど、天界は階級主義なうえ、現場をわかっていない上層部にひっかきまわされたり、仲間内での足の引っ張り合いも多いだろう? そういうのに巻き混まれて大怪我したり命を失う人もいる……」
 レイは言葉を一度区切る。
「君のご主人様には、そういう風になって欲しくないな」
 レイの瞳は優しく何処か安心させるような暖かさを含んでいる。檀は少し迷った後、口を開いた。
「……私も、同感です」
 絞り出すような言葉は紛れもなく彼の本心だ。
「けれど、主人は天界を大切にしています。私にジャスミン様の矜持や生き方を否定することは出来ません」
 彼女が自分を必要とする限りは支えなければならない。それだけの恩があった。
「恩っていうのは、すっごく大事だと思う。傍にいてあげるのも、支えてあげるのも……でも」
 ファラは一度言葉を止めて、檀の瞳を真っ直ぐに見た。
「それが他の何かを、誰かの大切な人やものを壊してしまうものであっても……檀さん、知らん顔出来るのかな? あたしにはそうは思えないんだ……」
 檀は黙っていた。沈黙の肯定だ。
「もし居場所がないのなら学園へ来てしまうという手もあると思うよ。学園には人類側についた天使や悪魔が居るしね」
 レイの言葉に檀は思い返す。人類側についた天魔達に何度もあっている。
 彼らに手を差し伸べられて、鼓舞されて――変わることが出来た。人類に付いた天魔が充実して暮らしている様子も、心も強いことを知っている。けれど、檀は首を横に振った。
「それは、かなり難しいと思います。例えは悪いですけれど……ジャスミン様にとって人界は牧場のようなもので、人は柵の中で飼われている羊のようなものです。恐らくは多数の天魔に共通する認識なのではないでしょうか」
 少なくても、檀の主はそのような考え方をしている。
「柵の中に飛び入って羊を捕まえようとする者から羊を守る優しい人達も居るのでしょうが、ジャスミン様にとっては羊は羊でしかない」
「そうですね……それに、この戦いの首謀者を何事もなく受け入れるというのは人間側としても……少し、難しいかもしれませんね」
 檀の言葉に桜乃が顔をあげて呟く。使徒や撃退士の思惑はどうであれ、様々な問題を考えれば主がこの島を諦め堕天し共に歩むにはハードルが高いと言えるのだろう。

「檀殿、貴方に伝えたかったことがあります。いつか、あの方の命を奪おうとしている、私如きの言葉では胸に響かぬかもしれませんが……」
 暫し訪れていた沈黙を破ったのはヘルマンの声。檀はそちらへと視線を向けた。
「貴方と楓殿は双子。偽りの生という牢獄から解き放たれた暁にはこの世でただ一つ、貴方こそがあの方の唯一無二の形見なのです。だから」
 言葉を一度止めて、息を吸う。
「どうか、貴方には幸せになっていただきたいのです――出来れば、生きて幸せに」
 ヘルマンの言葉に檀は一瞬、驚いたような表情を見せた。しかし、すぐに困ったような微笑みを浮かべて曖昧に首を振る。
「生きろ、だなんて随分と難しいことを仰るのですね」
 行為には必ず責任が伴う。だから、使徒になった以上責任は取らねばならないと考えていた。
 それに、自分の力の源が何であるかを理解して進んだ道なのだ。人はこの手で傷付けたことはないが、ずっと間接的に誰かの命を奪い続けながら生きていることには変わりはない。
「自分の為に生きられるには、もう遅い――けれど、もし誰かの為に生きられるとしたならば……そのような未来も良いかもしれませんね」
「……救うことで償う事はできるさ。全てはこれからだと私は思っている」
 アンジェラの言葉に檀は笑みを返した。その奥に隠されているのは未だ、苦いものが混じっているのかもしれないけれど、初めて会った時と比べて随分と穏やかなものだった。

 何処までも純粋で、真っ直ぐな青年。思い悩み翳ることはあっても、恐らく心根は昔から変わらないままなのだろう。
(成程、これは楓殿も憎しみをぶつけようにも憎しみきれなかったでしょうな……)
 ヘルマンは笑みを深くした。
 これが、彼が愛した兄なのだ。


●廊下
 教室を出た莱の視界に一瞬だけだが、少女が見えたような気がした。
「何をしているんですか」
 少女が消えた方角に莱は目をやる。その声に観念したかのように曲がり角から恐る恐るといった様子で宙が顔を覗かせた。
「……気になってしまって、その、手紙渡したの私でしたから」
「なるほど。しかし、大丈夫ですよ、作戦内容は上手く伝えられたと思います……そういえば、以前現れたサーバントのこと、使徒は何も知らない様子でした。使徒の管轄外とも」
「やはり、ですか」
 莱の言葉に宙は頷き応える。以前、中種子町の外れで宙の親戚の少年がサーバントに襲われる事件に何か不穏なものを感じていたのだ。
 莱も桜乃がノートに書いて打ち消した『天界側が制圧に動く?』という一文がどうにも引っかかるが、その言葉が現実にならないことを願った。
「守るために全力を尽くします……どうか今後も御協力を、よろしくお願いします」
「はいっ! 私も、一生懸命支えますから!」
 互いを見つめ合う眼差しに、更なる信頼の色が籠められていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

華麗に参上!・
アンジェラ・アップルトン(ja9940)

卒業 女 ルインズブレイド
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
闇夜を照らせし清福の黒翼・
レイ・フェリウス(jb3036)

大学部5年206組 男 ナイトウォーカー
おまえだけは絶対許さない・
ファラ・エルフィリア(jb3154)

大学部4年284組 女 陰陽師
永遠を貴方に・
ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)

大学部8年29組 男 ルインズブレイド
撃退士・
桜乃=Y=アルセイフ(jc0910)

大学部3年83組 男 ダアト
撃退士・
莱(jc1067)

中等部1年5組 女 阿修羅