「レーヴェ、久しぶり。しばらく見ない間に、色々とバイトをして社会経験を積んだようだね」
「うむー! 」
Camille(
jb3612)の声掛けに自信満々に頷くレーヴェ。
しかし、レーヴェは何処まで行っても彼だったらしい。相変わらず、身に付いていない部分もあるようだが、それもそれでこのはぐれ悪魔らしくてよかった。
けれど、それはあえて口を噤むことにしたカミーユの様子を察したシャロン・エンフィールド(
jb9057)が思わず笑い出す。
「あはは、私も久しぶりにお会いしますけど、お元気そうで何よりですね」
「シャロンも何だか、大きくなった気がするのであるぞー」
「もう、そんなに前じゃないですよー」
朗らかに笑うシャロンの後方から、姿を現したのは樒 和紗(
jb6970)とルーカス・クラネルト(
jb6689)だ。
「樒 和紗です。よろしくお願いしますね」
「ルーカス・クラネルト。これも何かの縁、手伝うとしようか」
「うむー、よろしくなのであるぞ!」
手を差し出し、握手を交わし合った。
「レーヴェさん、モデルさんなんですね! 凄いっ、今度雑誌買いますね!」
「ああ、これだな。見るか?」
地領院 夢(
jb0762)が目を輝かせながら告げると、姫路 眞央(
ja8399)が雑誌を差し出してきた。
「ちょーっとみーせてっと……へぇ、結構似合うじゃん……けどさ!」
ペラペラと夢と一緒に雑誌を捲り感心した後、嵯峨野 楓(
ja8257)はレーヴェに向けてびしいっと人差し指を突き立てる。
「段ボール生活のモデルとか友人として辛いわ! ちゃあんと、お家探しましょーね!」
何処か諭すような楓の言葉にレーヴェは頷く。
「いくつかアルバイトをされているようですけど、新居のご予算っていくらくらいなんでしょう?」
「ふむ、ヨサンであるかー?」
シャロンの質問に、きょとりとレーヴェは首を傾げてみる。定期的な収入があり、それなりの暮らしが出来ると思っていたのだが、具体的にと問われるとよく解らなかったらしい。
その様子を察した眞央が。
「分からなければ通帳を見せてみなさい」
「家賃は定期収入の3の1くらいがいいから、とーなると、大体こんくらいか?」
ロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)が電卓を叩き出した数字を覗き込みシャロンは。
「大体の家だったら大丈夫そうな感じですねー」
「そうだね、レーヴェはどんな家に住みたいかとか希望はあるの?」
「そうであるなー。やはりこの国で暮らすからワビサビは大切だと思うのであるー」
カミーユの質問にレーヴェはうんうんと頷きながら答えた。
「じゃあ、お洒落なマンションとかよりは落ち着いた場所の方がいいかもしれませんね、一軒家とか」
「うん、レーヴェはなんだか、大騒ぎしそうなイメージもあるし地階や一軒家の方が近所迷惑をかけずに済むかも?」
シャロンの発言にカミーユは頷く。更に大騒ぎしそうというカミーユの発言は的を射ていた。
「じゃあ、早速探してみるか……」
眞央は早速ノートパソコンを操作し、不動産情報を見ていく。特技の速読と速記は此処でも生きたらしい。
「これなど、どうだろうか」
「お、それ良い感じの物件だな。しかも、家賃もお手頃だ」
パソコンの画面を覗き込んだロドルフォは一瞬感心するが、しかしすぐに違和感に気付いた。
築年数も新しく、交通の便もすごく良い。風呂トイレは勿論別で、オール電化のIH。3つついた広々キッチン。
なのに、家賃が安い。いや、安すぎるのだ。
コメント:寂しがり屋さんの初めてのひとり暮らしにお勧め! ひとり暮らしなのに一人じゃないみたいで寂しくないですよ♪
不動産屋のコメントに絶句するロドルフォ。
「……おい、それなんか事故ってねぇか?」
「……まぁ、悪魔だし大丈夫だろう」
「天魔だろうと怖いもんは怖いし、嫌なもんは嫌なんだよ!」
「しかし、レーヴェの場合出てきた場合逆に茶でも出して持てなしそうな気がするな……我は出来る悪魔故、オモテナシも完璧なのであるぞとか言って」
「……確かに」
流石半年以上同居し、様子を見ていただけがある。謎の説得力にロドルフォは頷くしかなかった。
「これ、如何ですか?」
その傍ら、和紗がレーヴェに差し出したのは少し変わった間取りの物件情報。
「平屋建ての京町家風の一軒家です。和風が好きと聞いたので、こういうのも面白いかなと思いまして」
「ふむ! 面白い造りになっているのであるな」
興味津々に覗き込むレーヴェに和紗は頷く。
「好きなものはとことん追及して良いかと。利便性を求めているようには思えませんでしたし」
「うむ、ワビサビはいいのであるー!」
面白そうな造りにどうやらテンションが上がった様子のレーヴェ。
「私の知ってるところもどうせだし案内するよー。で、足どうする?」
「車なら用意してある」
少し考え込む楓に応えたのはルーカスだ。その手には少し無骨な車のキーがあった。
「大きめの車を用意したから全員乗れるだろう……道案内は任せた」
●下見
和紗が紹介した物件は、和風の家屋が建ち並ぶ区画にあった。
その中でも、同じような町屋が並ぶ場所にある。石畳が少しだけ古ぼけた木の家に調和していた。ちょこんと、道の脇に置かれた地蔵が愛らしい。
観光地のような様子にレーヴェが浮かれていた。
反して、楓が紹介した物件は静かな極普通ののどかな住宅街の中にあった。
交通の便も悪くなく、その物件の隣に位置する寺には様々な木も植えられており、春になれば花見も楽しめるだろう。尚、楓の家もこの近所にあるのだが、それは黙っておくことにした。
その物件自体も外見は和風の一軒家。こぢんまりとしている家には縁側や小さいながらも庭がある。
「ほら、池だってあるんですよー」
「おお!」
庭に出たレーヴェはしゃがみこみ水面をじっと眺めてみた。小さいながらもきちんとした池は
「ロリとショタもここで住める。ふむ、あやつらにもシロを作ってやれるな」
「ロリとショタってもしかして……」
「うむ、トーローナガシの時に楓が救ったキンギョであるぞー」
去年の夏のこと。レーヴェを連れて灯篭流しに出かけた際に出ていた出店で楓がレーヴェに代わり掬いあげたものだ。
名前の名付け親もちなみに楓。未だにレーヴェはすくう意味を勘違いしているようだが、そんな彼に代わり口を開いたのは眞央。
「ああ、確かに金魚すくいの金魚は長生きしないというイメージがあったんだが、調べてみたらストレスにさえ気をつければ5年以上生き続けることもあるようでな。順調に二匹とも育っている」
眞央の言葉に軽く驚くが、楓はそれもレーヴェらしいと納得する。
「で、レーヴェさんは気になる物件はありましたかっ」
「ニッポンの心は良いのであるーキョーマチヤも真に面白い造りだったのであるが……」
シャロンの言葉にレーヴェはしゃがみこみ池の水面を眺め続けながら応えた。水面には隣にある寺の桜の木の枝がゆらゆらと映っている。
「花見も出来るだろうか」
「どうやら、決まったようかな」
レーヴェの様子にカミーユは薄い笑いを浮かべながら呟いた。
●買い物
以前住んでいた学生が卒業し久遠ヶ原を出てから大家が偶に掃除や手入れをする程度で、ずっとそのままになっていたらしい。
住まないと家も家具も傷んでいくだけ。だから、家具をそのまま使ってくれるならと大家も大歓迎の様子だった。
「とはいえ、何処がいいんだ……?」
「この辺りですと……そうですね、俺の馴染みの店があるのでどうでしょう? どうやら、彼と好みも似ているようですから、きっと気に入っていただけるかと」
ルーカスの呟きに答えた和紗はその店へと案内した。
「おお……! ワビサビの店であるな!」
予想通りレーヴェの反応はよかった。和紗が何処となくこの悪魔に親近感を覚えたのも和風趣味が共通しているからだったのかもしれない。
「お、レーヴェさん座布団とかいります? 10枚集めると商品が貰えますよっ」
「いや、皿とかは貰えねぇし! 今春じゃねえから!」
悪戯っぽい笑みを浮かべ適当なことをレーヴェに吹きこもうとする楓にロドルフォは即座に突っ込んだ。
次に盆栽をレーヴェに勧めようとする楓を遠ざけると彼女は軽く頬を膨らませながら任せたなどと言って、女性向けの可愛らしい雑貨が置いてある場所へと向かった。
「……自分の物を見に行ったよな」
ルーカスの呟きにロドルフォは頷く。
「わ、嵯峨野さん、これ可愛いです!」
「お、夢ちゃんどれどれー?」
夢に呼ばれた楓は彼女の手元を眺めた。其処にあったのは狐のガラス人形付きの化粧箱。和紙の照明から零れ落ちてくる光に狐がきらきらと燦めいていた。
「さっすが! おっしゃれー! んー、そうだなー。夢ちゃんはこれどう? ウサギモチーフの桜色和風バレッタ。結構髪長いし似合うと思うよー」
「ちょっと、大人っぽいですよね」
夢は照れた笑いを浮かべながらも、バレッタを手に取り髪にあてて鏡を覗き込んでいた。しかし、鏡越しに見えたレーヴェの姿に。
「……って、レーヴェさんのもちゃんと選ばないとです」
「あはは、忘れてた。でもマトモなのは皆が選んでくれるでしょ」
楓の他力本願な発言に夢は再び笑う。
「せっかく節分の時期なんですから、ちなんだものも良いかもしれませんね。これとか玄関に飾るのもいいかもしれません」
シャロンは鬼の面を指して。木製であり、そのまま飾っても充分良さそうなものだった。
「ふむ! 節分とは豆を鬼にぶつけフクを呼ぶ。なるほど……オニとはディアボロではなく、」
「節分も詳しくはないんですけど、それはなんかちょっと違うような気もしますね。でも小物これだけじゃ寂しいですよね」
「そうですね……茶香炉は如何ですか?」
「チャコーロであるか?」
あはは、と苦笑しながらシャロンがあたりを見渡すと、隣にいた和紗がアロマポッドのような焼き物を差し出してきた。
「火を焚いて、茶葉の香りを楽しむことが出来るんですよ。それに、香炉に使った茶葉はほうじ茶として飲むことも出来るのです」
それに。
「香りを聞く、と言うのですよ……貴方の心の香りを聞けば良いと思います」
「我の心の香りであるか」
暫くじっと眺めた後、レーヴェは茶香炉を手に取った。
「うーん、大きなものは配送業者さんにお願いしましたけどそれでも、結構ありますねー」
配送業者に依頼する程でもないものを袋に詰めてもらったらだいぶ。男性達が車に乗せてくれたのだが、それでも一袋余ってしまっている。
「持とう」
「ありがとうございます! ルーカスさん、ところで……」
頭を下げたシャロン。しかし、既に持っている紙袋が目に入り首を傾げた。
「それは、何ですか?」
「食料調達は生存活動の最優先事項だ」
「はい?」
よく解らなかったが、とりあえずシャロンは頷いておいた。
●引っ越し
「蕎麦アレルギーだった場合は命に関わりますので、命懸けの挨拶になります」
「何っ!? 日常生活の場でもそのような訓練をしているのか……流石忍者の国ジャパニーズなのである……」
真顔で告げた和紗に驚きつつも謎の納得をする悪魔。
「ええ、故にタオル等の無難な品も加えた方がよろしいかと思いますよ」
「無用な争いは我も避けておきたいところである。ここは我のシロ。ご近所のヘーワを維持せねばであるな……」
直接蕎麦はやめろと言ったわけではなかったが、レーヴェは納得したらしい。後でタオルを買いに行くということで話が付いた。
「ああ、そうそう。仕事としてモデルをしているなら、肌のお手入れもしないとね」
「肌のお手入れであるかー?」
カミーユの言葉にレーヴェは首を傾げる。
「いくら元がよくてもプロ意識を持つのは大事。商売道具はちゃんと磨いておかないとね」
「ああ、このまま人気があがっていけば、いつどこで誰かに撮られるかわからないからな」
デジタルカメラのシャッターを切り終えた後、眞央は和風デザインの手鏡をレーヴェに差し出す。巣立つ記念にと用意していたものだ。
「たまには遊びに来るといい」
「うむ、カシオリを持ってオウカガイするのである」
人界に慣れるまでの同居だったが、とうとうこの時が来ると少し寂しく感じるもの。
手鏡を受け取ったレーヴェは深く一礼をした。
「餞別だ」
「これはカンヅメと言うのであるよな!」
ルーカスがレーヴェに差し出した紙袋の中には、大小種類様々な缶詰やレトルト食品が詰められていた。
「暮らし初めに便利かと思い、買ってきた」
「サバミソにヤキトリ、それにニクジャガもあるのであるー! これで、いつでもお袋の味に浸れるのであるな……」
肉じゃがの缶詰を手に謎の感動に浸るレーヴェに、ルーカスは顔色を変えなかったが
「ちょっと待て待て、確かにひとり暮らしにとって、レトルトや缶詰は救世主のような存在だが、そればかりに甘えた生活を送っているとこのIHのコンロが泣くぞ!」
台所の整理をしたロドルフォがここぞと。ちなみに、手にはしっかりとお玉が握られている。
「ちなみにレーションも持ってきたんだが……」
「どっから持ち込んだ」
真顔で携帯食料を取り出したルーカスにロドルフォは即座に突っ込んだ。
「ちなみにレーヴェ、そこそこ家事は出来るようになったと言ってたけど料理はどれくらい覚えたんだ?」
「うーむ、手伝っていたから作れるようにはなった。カレーや親子丼などであるー」
見事な丼物。とりあえず自炊には困らない様子ではあるが流石にレパートリーが少なすぎる。
「このレトルトや缶詰なんかを使っても案外本格的な料理が出来るんだよな。まずはそういうのから覚えろ、な? 通って教えてやるから」
「むー、カレーではダメなのか?」
男同士だが、何だか母親と子どものようだと傍らで様子を眺めていたルーカスは思った。
「なんならその間は代わりに作ってやるから」
料理が出来るようになるまで暫くこのキッチンを使うことになるのは自分になるのではないだろうか。
そんな嫌な予感を抱きながらロドルフォは台所の手入れをしていく。その中に覚えのないティーカップがあった。しかも複数。
「ん? こんなもん買ったっけか」
「あ、それ私ー」
ひとつのティーカップを手にとって、ロドルフォが軽く考え込んでいたら返ってきたのは楓の声だった。
「引っ越し終わったらパーティーしましょ、美味しい紅茶淹れて下さいねー!」
「我自身はあまり淹れたことはないのであるがなぁ……」
レーヴェは縁側に向かい、窓の外に広がる風景を眺めてみた。
「頑張ってみるよ」
澄んだ青く美しい空の傍らに見える桜の枝の蕾は未だ硬い。
けれど、時が経てば何れ綺麗な花を咲かせることをレーヴェは学んでいた。