日暮れ前の眩しい程の茜色。慟哭のように激しい色彩でも不思議と懐かしさや優しさを覚えるのは其処に日常が在ったからだろう。
子ども達のはしゃぐ声と、帰りを促す親の声。そんな平凡な夕暮れの光景は、この種子島でも同じだった。
もしも、この島が平穏な小さな日常を運ぶだけの平凡な場所だったのなら夕焼けを劈く悲鳴など聞こえなかったのかもしれない。
「くそっ どうしてサーバントが人を襲ってるんだ!?」
夕焼けに引き裂くような大きな声はロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)のものだった。
天使の駒であるサーバントが人を襲うことはこの世界では当たり前のことだ。しかし、この種子島では別だった。
使徒・檀の存在。彼は天使の僕として当初サーバントを引き連れて南種子町を制圧し、敵対の意思を見せていた。。
しかし、彼との接触により、彼の心に触れた。変わり始めた使徒が幼い子を襲うなんてことを傍観するとは、ロドルフォには到底思えなかった。
ロドルフォと同じように彼を知る葉月 琴音(
jb8471)も頷く。
「あの人は……そんな人じゃ、ないわ」
使徒の瞳が行き届かないはぐれサーバントも居り、知能が低い故問題を起こすということもある。
けれど、とはいえそういったはぐれサーバントともまた違う雰囲気を漂わせている。
「……あいつの知らない所で何かが動いてる?」
「あれは警備用のサーバントだと聞いています。それが何故、中種子町まで? 何の目的で派遣されたのか……不穏、です」
だからこそ、脳裏に浮かぶのは得体の知れない不安。ロドルフォに言葉を返したのは狭霧 文香(
jc0789)だった。考えれば思考の沼に嵌まってしまいそうだ。
しかし、それを割ったのは橘 優希(
jb0497)の声。
「僕もどうしてって思うけど……それよりも、まずは絶対に昴くんを救出しなくちゃ……!」
「私もその判断は最善かと思います――行きます」
半ば機械か何かのように呟くと洗練された動きで莱(
jc1067)はサーバント達の間に入る。
宙のストレイシオンに注意を向けていたサーバントのうち1つの剣が莱に振り下ろされようとするがそれを阻んだのはウェル・ウィアードテイル(
jb7094)の漆黒の大鎌だった。
「さぁ、ウェルちゃんと暫く遊んでよっ!」
まるで踊るかのように軽やかに飛び舞う。輝夜を使用した魔法攻撃で文香もストレイシオンから意識を逸らす。
さり気なく、ストレイシオンと距離をとらせながら、撃退士達がサーバント達を取り囲んだ。
「後はあたし達に任せて大丈夫だから、召喚獣、戻していいよ」
「いえ、私にもお手伝いさせてください。邪魔にならないようにしますからっ!」
篠倉 茉莉花(
jc0698)の言葉に宙は首を振った。
「けど、お前……怪我は大丈夫なのか? まずは手当てを……」
「あ、いえっ! 大丈夫です。皆さんがすぐきてくれたお陰で大したお陰で、大したことはありませんから」
案じるようなロード・グングニル(
jb5282)の言葉だったが、言葉通り宙の体力消耗は大したことはなさそうだった。
ウェルと莱、文香が素早く敵陣に踏み込みストレイシオンから注意を逸らしたのも吉と出たのだろう。
「頑張るのは良いが、無茶はするなよ。オペレーターなんだし……サポート、宜しく頼むな」
「はい!」
ロードに頷き、宙はストレイシオンを撃退士達の邪魔にならないように退かせた。
ストレイシオンの防御の青き燐光が撃退士達を包み込んでいる。
「ねーちゃんにぴったりくっ付いて、支えてやってくれ!」
ロドルフォの言葉は万が一にも昴が飛び出して戦闘に巻き混まれることがないように気を配ったもの。
「もちろん! ぼくできるよ! おにーちゃんだもん」
「ああ、よろしく頼む。しっかりと守ってくれ」
何だか頼られた気になった昴は無邪気に笑って答えた。
●戦い
奇襲で陣形が乱れている今が攻め時だった。
一気に中央に立った茉莉花が創り出す暴風がエインフェリア達を分断する。ともにロドルフォも吹き飛ばされるが、それは狙いの通り。
吹き飛ばされながらもロドルフォは風の勢いも利用し、大剣でエインフェリア・ソードを叩き斬る。
「行かせはしません!」
剣持ちに向かおうとしていた盾持ちを文香が魔術の手で縛り付ける。同様に、ウェルがもう1体を薙ぎ払い意識を奪った。琴音も傍に付き、雷を込めた薙刀でシールドを牽制する。
ロードが四神結界を張る傍ら、優希が剣持ちに向かい飛び出してゆく。
「いくら素早くとも……当てて見せる!!」
速さは速さで超えればいい。体勢を立て直そうとするソードに優希の精密かつ神速な直刀が襲い、トドメをさした。
しかし、サーバントとてやられているだけではなかった。
茉莉花を狙い放たれる雷の剣。直撃した。しかし、止んだ雷の向こう側で憮然と茉莉花が立っている。
「悪いけど、電撃はあたしの専売特許なんだよね」
茉莉花の手が掲げられた。圧縮される電気。ゼロ距離で放たれる電撃は真っ直ぐにソードを撃ち抜く。
次々とサーバントが落とされてゆく。攻撃が命中しても四神や召喚獣の護りが身を苛むのを防いだ。
指令系統と目された上位が居らず、下位の間にあったはずの連携も崩された現在のサーバント達など、撃退士が手こずるはずもなかった。
残るは盾持ち一体。莱はナイフを逆手に握り直し、盾持ちの元へと一気に奔り抜ける。
「右手と両足が動く限り、戦うつもりです」
体内のアウルを一気に年少させ飛び上がった莱は堅牢な盾さえ穿つような鋭い斬撃を加える。
莱の一撃が最後の盾持ちサーバントの命を刈り取った。
戦闘が終わる。
空には微かに藍色が混ざっていた。
●小さな花束
「うん……大丈夫そうかな。宙さんも立てますか?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
差し出された優希の手を咄嗟に取り立ち上がる。
「皆さん、今日は、本当に有難う御座いました」
立ち上がった宙は撃退士に向けて深々と頭を下げた。
「ずっと、私も皆さんのお役に立ちたい、私も戦いたいと思っていたので……いえ、皆さんのことは信じてますっ けど、いつもお任せしてしまうばかりなのが心苦しくて……」
それどころか、いつも充分すぎる戦果を持って帰ってきてくれる。
そんな彼らを支える自らの役目にも誇りを持っている。だけれど、同時に何処か歯がゆく思っていた感情もあった。
「……だって、此処は私が大好きな故郷だから」
「そっか、宙ちゃん。島がこんな状況だったとしても宙ちゃんが“帰ってくる場所”は此処だし、そんな気持ちが人を強くするんだな。やっぱり、つえーもんだな、人って奴は」
護りたいと願う人の気持ちは天魔ですら及ばない程純粋で気高く、強いものなのかもしれない。宙の頭をくしゃりと撫でたロドルフォはへにゃりと笑う。
「そっか、そうだよな。帰る場所なんて自分でいくらでも作っていけるもんだ……護ってもいける、そんだけの力を人は持っているんだ」
解らなかったなぞなぞがようやく解けた子どものように穏やかな笑みを浮かべながら呟くロドルフォ。隣で『どういうこと?』と訊ねたいかのように琴音がきょとりと首を傾げた。
「俺にも、父さんと母さんが居たようにさ」
呟いてからロドルフォは気付いた。
初めて、口に出来た言葉。今度帰省した時も素直に彼らをそう、呼べるだろうか。
そして、願わくば『新しい家族』も彼らに紹介出来たらいいのだけれど。
「むぅうー、むつかしーはなし?」
「あ、もう……昴」
よく解らない話を聞いているのに飽きたのか宙の足にしがみついて見上げる。宙は困ったように笑いながら、彼を引き離そうとしていた。
その光景を眺めつつロードがひとこと口を開く。
「てか、そんな所まで行って何してたんだよ」
「あのね、ぼく、もーすぐおにーちゃんになるの。だからね、おかーさんといもと、うれしーするためにおにーちゃんするの!」
「そっか……もうすぐお兄ちゃんになるんだ」
優希はしゃがんで、昴と視線をあわせる。まだ小さな体と少ない言葉で身振り手振りを交えながら精一杯皆に伝えようとしていた。
「だからねだからね、おはな、さがしてたの。おかーさん、おはなだいすき、だからね、ぜったい、うれしーしてくれるって」
「そっか、お兄ちゃんになるんだ。お母さんと妹を喜ばせたかったんだね」
光纏を解いた後の疲労は笑顔で隠したウェルは昴の頭を一撫でする。誇らしげに微笑んだ昴は、しかしすぐにしょんぼりとした表情を見せた。
「あんまり、咲いてなかったの」
「今は冬だし、そんなに咲いてないだろ……ココは暖かいが、パンジーやエリカなんかも野花で咲いてそうでもないしな……」
「でも、いっつもいーっぱいおはな、さいてるんだよ?」
ロードの意見に必死に小さな腕をいっぱいに広げて、普段の様子を精一杯伝えようとする昴。季節と花の関連を未だよく理解出来ていなかったらしい。
暫く考えた琴音がすぐにスケッチブックに筆を走らせた。
『すばるくんは よる おねんねするでしょ?』
スケッチブックに書かれた文字は昴にも読めるよう平仮名で書かれていた。
『おはなさんたちも みんな おねんねしてるんだよ』
少し大雑把な説明だったが、昴はそれで納得したらしい。
「けれど、此処には夜更かしさんのお花が沢山咲いてらっしゃるようですね」
文香は辺りを見渡すと、目に映ったのは濃緑色の中に咲くのは華美とはいえない素朴な黄金色の花。
「ツワブキか……少し季節外れだが、悪くないな」
ロードの呟き。確か、花言葉は困難の中の希望。
「……ねぇ昴くん。ウェルちゃんもその花集めに一枚噛ませてくれない?」
「でもおはな、ここにいっぱいあるよ?」
きょとりと首を傾げる。けれど、ウェルはイタズラっぽく微笑んで皆を見渡す。
「というわけで、皆ごめん。ウェルちゃんの我侭にちょっと付き合ってくれないかなぁ?」
「構わないけど……何をするの?」
首を傾げる優希に、ウェルが提案したのは花束作りだった。
人が多ければ多い程、花が集まる。だから、出来るだけ多くの仲間を巻き混んで花を集めた。
四苦八苦しながら、沢山花を集めて、小さいながらも可愛らしい花束が出来た。
昴は嬉しそうに小さな花束を抱えている。
「ちょっと貸して貰っていい?」
「うんー?」
茉莉花に促されて、昴は作りたての花束を茉莉花に差し出す。
花束を受け取った茉莉花はポケットからピンクのリボンを取り出し、花冠に結び付ける。
「こうするともっと可愛いよ」
「わぁ、ほんとーだ!」
きらきらとした視線を向ける昴に花束を渡して、立ち上がった茉莉花に感心したようにウェルがひとこと。
「おー、よくそんなもの持っていたね」
「……たまたまだから」
「本当にー?」
少し面白がるようなウェルの口調に、ぷいと茉莉花は顔を逸らした。
「おねーちゃん、ありがとー!」
出来たての小さな花束を両手に、昴は目一杯の笑顔を浮かべる。
「子どもの無邪気な笑顔、というのも悪くありませんね……」
少し離れた場所で警護に当たっていた莱は呟いてみた。
まるで、戦の音を子守歌のように育ってきたような莱にとっては、昴のような無邪気な笑顔は、あまりにも平和で、違う世界のことだと思える。
けれど、そんな人間の心に惚れて、学び、自分もその心を手に入れた。彼らを学んでいけばもっともっと兵士として強くなれると莱は思っていたのだ。
「はい。莱さんにも……よければ、なんですけどお礼です」
「私に、ですか?」
近くにきていた宙に。真顔で訊ね返す莱に対し、宙は少し恥ずかしそうに少し言葉を考えながら。
「ちょっと、余ってしまったのでっ」
差し出されたツワブキの花束を、莱はまじまじと眺めてみた。
確か、こういう時に告げる言葉があった。感情を素直に伝える、たった一言。それは――
「ありがとう、ございます」
「いいえ、どういたしましてです!」
「そういえば……なんで、今回のようなことが起こったのか、ちゃんと確かめておいた方がいいんじゃないかな」
「はいっ! 戻ったら早速九重先生に報告して、相談してみます。けど……」
花束を作り終えてそろそろ戻ろうかと皆が立ち上がったとき、ふと投げかけられた茉莉花の言葉。
頷いた宙は首を少し傾げる。考え込むように一度言葉を止めて、意を決したように口を開いた。
「狭霧さんが言っていたようにあれは確か天界の占領地域を巡回しているサーバントのはずなんです……なんか、嫌な予感がするような気がするんです」
それが、中種子町に程近い場所に出現した。少なくとも吉兆だとは思えない。
「一体、何の意図があって……杞憂ならいいのですが……」
憂い顔で文香も頷いた。
●おにいちゃん
「昴、あんたはこんな時間まで! しかも、サーバントが出る遠くまで行って! どれだけ、みんなに心配かけて」
宙が連絡をいれたから無事というのは解っていたはずなのに、待っていたのは母親の叱りの声だった。
「おかーしゃ……」
いつも穏やかな母の見慣れない表情に、昴はすっかり萎縮してしまっている。早速渡そうとしていた花束だって背中の後ろに隠してしまっていた。
「ううん、彼に花を集めようと言ったのはウェルちゃんなんだ。すまない」
頭を下げたウェルに母は驚いた表情を見せた。一瞬許してしまいそうになる心を鬼にして首を振った。
「ありがとうございます――けど、母として叱らないといけないことがあるんです」
叱ることもまた愛情。母は涙をいっぱい貯めて、存分に叱りつけた。
そして、その後は彼を抱きしめた。彼から受け取った花束と、腕の中で精一杯に語られる小さな想い。ポロポロと涙が零れてきた。
「……いつの間にか、こんなにも大きくなってたんだね」
「おかーしゃ、ないちゃやだよぉ」
母が泣いていたのは、昴の成長を喜ぶからだった。
けれど、母が何故泣いていたのかいまいち理解出来てない昴は必死に母の頭に手を伸ばし撫でようとしていた。
「他人に心配掛けてるようじゃ立派な兄にはなれない……とは、思っていたが」
「うん、充分、立派なお兄ちゃんになれそうだよね」
帰り道、そんなロードと優希の会話に異を唱える者は居ない。
彼自身もまだ子どもだ。しかし、あの優しさがあれば立派な兄になれるだろう。
(少しでも、役に立てたかしら……)
仲間達とともに帰路を辿る琴音が空を見上げると、もうすっかり日は暮れてしまっていた。
この島の星々は美しい。冬の澄んだ空気がさらに輝きを引き立たせて、心までも奪っていきそうな程。
「星も花束に出来て送れたらいいのにね」
ウェルの呟きに流れ星がひとつ、零れるように冷たい夜空に降り注ぐ。
やがて、あうきみへ。
ちいさなうでいっぱいの、はなたばを、きみにあげるから。
だから、はやくあいにきてね。すてきなせかいが、まってるよ。