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マスター:水綺ゆら
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2014/08/27


みんなの思い出



オープニング

●過去形、愛してた

「桔梗、雪ー! ほら雪ー! 雪だるま作ろうぜー!」

 彼がいつものように笑っていたから、これは夢なんだと思った。
 氷に映る自分の姿は、未だ少女の姿。顔を埋めて冷め切った表情をしていた。

「嫌です」
「ノリ悪い。女子高生だったらきゃーきゃー騒ぐもんでしょーが!」
「先輩こそ小学生ですか。くだらない。私は帰りますから」
 そういって私は彼に背を向ける。はぁ、と零れた溜息は白く染まってすぐ消えた。
「えー、冷たいなー。そんなにクールだとお腹冷やして下すぞー」
 余りにもしつこかったから、面倒だけど私は振り返った。彼はへらへらと軽薄にみえる笑みを浮かべている。
 そのまま川にでも落ちて風邪ひけばいいのに。
「私は先輩が嫌いです。理解出来ません」
「俺は桔梗が好きだよ。理解出来ないならさせるまでっ!」
 投げつけられた雪玉をサッと避けた。

 形のないものは嫌いだった。
 記録に残るものしか信じられなかった。
 愛とか、絆とか。神様とか。そういったものは信じたくなかった。
 もし、そういったものがあるのだとしたら、何も持っていない自分が惨めになるだけだから嫌いだった。

 だから、気付こうとはしなかった。気付きたくもなかった。
 彼が自分を愛していたことも、彼を自分が愛していたことも気付かないままでいれたらよかった。

 好きでした。
 そう気付いたのは、先輩……貴方が死んでからだったんです。


 ※※※


 夢を見た。
 もう、10年も昔のことだった。


 蝉の声で目が醒めた。じんわりと蝕むような暑さが纏わり付いて、嫌な汗を浮き立たせる。
 机の上には開きっぱなしの資料。寝違えた首が僅かに痛む。
 ブラックコーヒーが揺れるマグカップに寄り添うように転がったスマートフォンを手に取った伽藍 桔梗 (jz0263)は、待ち受け画面に表示された時間を確認した。
 6時12分。
 いつもの起床時刻より少しだけ早い時間。頭が鈍い。
(きっと、こんなところで寝ていたからだね。居眠りしないように心掛けてはいるのだけれど……とりあえず、今日のスケジュールを確認しなくちゃ)
 理由を無理矢理結論付けて、ぼんやりとした思考でスマートフォンを操作する。
(……あ)
 あんな夢を見たからだろうか。間違えて開いた通話履歴の並んだ名前に軽く動揺してしまう。
 九重 誉。朝比奈 悠。
 この前誉に呼ばれて種子島に行った際のもの。しかし、よりにもよって今この名前を見ることになるだなんて。

 誉と悠。それに多胡 陽樹という青年を加えた4人は学生時代よく一緒に行動していた仲間だった。
 けれど、卒業したのは陽樹を除いた3人。教師になった今も偶に連絡を交わしている。

 手が滑り、発信ボタンが押されてしまう。気付いた時既に遅し。誉が出てしまった。
『……伽藍か、どうした』
「ああ、いえ。先日そちらにお邪魔した際はきちんと挨拶出来ませんでしたから、改めてそのお礼を言おうと思っただけなんです」
 うっかり手が滑った間違い電話だったなんて言えない。努めて冷静に振る舞う。
『そうか。以前の件は礼を言う』
「いえ、まぁ酷い目に遭いましたけれど、生徒達に楽しんで貰えたのならば私も嬉しいですから。本当は其方を手伝えたらいいのですが」
『伽藍には伽藍の仕事があるだろう。気にしなくてもいい……調子はどうだ?』
「学園は相変わらずですよ。夏も近いから生徒達が浮かれていますね。ちゃんと注意しておかないと」
『いや』
 言葉を切る誉。
『伽藍、お前が何かあったんじゃないか』
「いえ、別にっ! 多胡先輩のことは、もう10年も前のことです。それに、別に付き合ってたわけでもないですしっ」
 桔梗はふと気付く。ぼんやりとしたまま、私は何を言った?
 自分から聞かれても居ないことを暴露した。物凄く、はずかしい。
「あっ! すみません。そろそろ家を出ますね」
 耳元から慌てて離して通話終了ボタンを押す。

「無茶はするなよ」
 誉の言葉は、受話器の向こうには届かなかった。


●祈る夜
 春にはぐれてきた元騎士級悪魔は、暢気に苺のかき氷なんぞ頬張りながら雑誌を眺めていた。
「キキョウ、トーローナガシとは何であるか?」
「ああ、もうそんな時期なんだね」
 雑誌の1ページを指差しながらきらきらとした視線で訊ねるレーヴェ(jz0267)に桔梗は目を細めた。
「灯籠流しは灯籠と呼ばれる照明具や盆の供物などを、川に流す日本古来の行事なんだよ」
「何故、川に流すのであるか?」
「レーヴェ君は、お盆は知っているかい?」
 その言葉にレーヴェは首を振る。そうか、と桔梗は頷いて少し考えてから口を開く。
「お盆はこの国では、死者がこの世に戻って時期だと言われているんだよ」
 一年に一度。大体8月中旬の行事。
「そのお盆は死者を迎える為の迎え火と、送る為の送り火を焚く。灯籠流しは送り火の一種とされているんだ」
「ふむー」
「まぁ、送り火の他に慰霊の意味を込めているところもあるのだけれど……ああ、それは慰霊のものだね」
 再びきょとんとするレーヴェに桔梗は言葉を続けた。
 天魔がこの世界に侵攻してから、多数の人が亡くなった。そういった人々の霊を慰め、祈りを届ける為に行われているのだという。
「確か、一般参加も出来るはずだよ。行ってみたいのかい?」
「うむ。我もサヤの為にトーロー流してみたいのであるよ」
 先程までの元気は消えて、しんみりと呟くような声。
「誰かの為に祈れる、ということは良いね。きっと、その子も幸せだと私は思うよ」
 穏やかに笑った桔梗。
「そう、想って……祈り、信じてくれる人がいれば救われるよ」
 だけれど、そこには少し寂しいような、哀しいような、諦めたような複雑な彩が込められていた。


●はぐれ悪魔の頼み事
「うむー! 皆、暑かったか!」
「いや、暑かった、じゃなく暑い」
 木陰に集まっていた撃退士達にレーヴェは元気よく話し掛けた。撃退士のじとりとした視線もはぐれ悪魔は気にしない。
 夏も真っ盛り。衰えることはなくぎんぎんぎらぎら。灼け付くように暑い。
「我はトーロー流しに行くのであるぞ!」
 言い放ったレーヴェは自信満々に灯籠流しのことを語り出した。
 桔梗の受け売りだが既に自分の知識。だから、レーヴェは自信満々。
「興味があれば来るといいのであるよ。誰かの為に祈ることはいいことなのである」
 そうしてレーヴェは先程の大きな声を一気に縮めて、小声でひそりと話出す。
「……それで、もし余裕があればでいいのだが、キキョウを見かけたら声をかけてくれないか?」
 何故と訊ねたそうにしている撃退士に気付いてレーヴェは言葉を続ける。
「なんだか、誰かの為に祈るって言ってた時のキキョウの顔が寂しかったであるから」
 勿論、見かけた時でよいであるからな。そう言ってレーヴェは頷いた。


リプレイ本文



 誰しもがか弱い灯りを携えて、想いを水面に浮かべていた。
 降りしきる追憶の空気。言葉が無くても、みな心は同じだった。

「俺は……どうしたかったんだろうな」
 ルーカス・クラネルト(jb6689)の問いに返る声はなく、ただしめやかな空気に溶け込んでいった。
 遠くの空に微かに陽を遺すばかり。辺り一面を満たす夜の気配を感じながらルーカスは瞳を閉じた。
「……今更、な」
 瞳の奧に浮かぶのはかつての戦友達や敵、か弱い女子どもの姿。回想に沈みかけたルーカスは、しかし意識を現実へと戻した。
 少しずつ人が集まりだした川辺。瞳を開いたルーカスは手に持っていた灯籠を見つめる。
 仄かに暖かな灯りを放っている。
 表情も声も聞こえないはずなのに、何故だか皆の悲哀の想いが伝わってきたような気がして、ルーカスは顔を上げる。
 過去に多くの人を殺めてきたこの両手。
 血に汚れた手で流す灯籠に、どんな想いを込められるのだろうか。
 降りしきる追憶の空気の中で、ルーカスは暫し立ち竦んでいた。

(妾は何をしているのかのぅ……)
 神喰 血影(jb4889)が見つめるのは、川を流れる沢山の灯籠。か弱く揺れる祈りの灯を眺める血影の口からは溜息が漏れた。
「本当に、何をしているのじゃろうな……」
 此処で灯籠を見つめていることも、そうして、復讐をしている現在も――本当に、何をしているのだろう。
 けれど、やはり人が居るところはなんだか辛かった。メインとなる会場の対岸の少しだけ荒れた場所には誰も居ないし、誰にも気付かれない。
「おじい様……妾はどうしたらよいのじゃ?」
 血影の声にもやはり返る声はない。握りしめた扇は祖父から貰った大切なものだった。
 大好きなおじい様。大好きだった祖父。流れる灯籠の光に彼の暖かさを感じた気がして。
(……どうして、こうなってしまったのかのぅ……?)
 大好きだった彼を殺した彼奴が憎い。その癖自分にはない家族や友人を持っているのも憎くて仕方が無かった。
 だから、復讐を決意した。
 だけど、本当は普通の女の子として過ごしたかった。それに、解っていた。そんなことをしても彼は帰ってこないし喜びもしない。自分の心だって癒えやしない。
 着物の袖を濡らす涙。拭うが止め処なく溢れてくる。
「どうしてじゃ、おじい様……」
 一頻り泣いた。相変わらず、返る声はない。

 人は死ねば無に還る。
 生命に死という現象は当たり前に訪れるもので。同時に、その状況によっては、ひとつの死がとてつもなく軽いことになってしまう哀しい現実も知っていた。
「……飲むか?」
 リーガン エマーソン(jb5029)が並べた数個のグラスに注いだ酒。勿論受け取る手も、飲み干す喉もないけれど。
 死んでしまった戦友達。思い返すのは、傭兵を職にしていた過去のこと。
 良く酒を飲み交わして居た奴は大層な志しを持っていた。感心したが、その半ばで凶弾に斃れ臥した。
 何かとライバルししていた奴は目的を果たして故郷に戻り、結婚したそうだ。
 一人一人に性格もあり、それまでの過去もあり、そうしてきっと――目指していた未来があった。
 生と死を分けた境界はほんの数センチの立ち位置の違い。
 ただ、それだけだけれど。それを、運だと言ってしまっては――
「余りにも、やるせないな……」
 それでも、自分達が戦い切り開いてきた道の中で救われてきた命があることだけは唯一誇れることなのかもしれない。
 リーガンは静かに灯籠を眺め続けていた。

 天の川を地表に映したら、きっとこのような姿になるのだろう。
 繊細な輝きを放ちながら滑るように流れてゆく灯籠を眺めながら七瀬 夏輝(jb7844)は、ぼんやりと物思いに沈む。
 時が止まったまま。あの日の家族の写真。それを灯籠の中に入れて川に流してみた。
(こんなことで、両親は帰ってこないのに……)
 時が止まった写真を流せば時も動くはずがない。それなのに、何故、こうして祈ったんだろう。
「……人間なんて……」
 消え入りそうな声で呟いてみた。誰にも気付かれることもなく闇に溶けて、周囲を見渡して見れば教師の姿があった。
 何となく気になったのは、同じような雰囲気を感じたからかもしれない。ついついと彼女の服の袖を引っ張ると彼女は
「七瀬君、だよね? どうしたんだい?」
『元気なさそうだった』
 夏輝のメモ帳に書かれた言葉。桔梗は曖昧な笑いを浮かべる。誤魔化すように。だけれど。
『悲しいことがあったり、大切な人がなくなったら……笑ってあげたほうがいいと思う。じゃないと、心配させてしまうから』
 黙ってその文字を見つめる桔梗に、夏輝は更に文字を続けた。
『時間は有限、どう生きて死んだ人に話を持っていけるか……それがいいと思う』
 あと、これとでも言いたい表情で夏輝は引っ張った桔梗の手に、無理矢理懐中時計を握らせた。
『時計は前にしか進まないから』
「……有難う、ってあ……七瀬君」
 夏輝は背を向ける。桔梗は慌てて呼び止めるが、夏輝は振り返ることはなかった。

 灯籠は流れていく。
 川は海へと繋がっている。海から、流れてその先へは、何処へいくのだろうか?


 ※※※


「あれ、先生どこいっちゃったのかな……」
 屋台立ち並ぶ通りを穂積 直(jb8422)は周囲を見渡しながら歩いていた。
 探していたのは教師の姿。先程ちらりと見かけ声を掛けようかと思ったのだが、すぐに見失ってしまったのだ。
(……先生、なんだか、ちょっと寂しそうだったな)
 一瞬だけ見かけた横顔が彼女らしくはない憂う表情。その様子が直にとってはずっと気にかかっていた。
 自分にとって彼女は、沢山の成長や考え方を変える切欠をくれた人だから。
(もし、何か元気が無いようなら……何かしてあげられるのかな)
 まだまだ未熟な身だとしても、何かを返したかった。

 そんなことを考えながら歩いていれば誰かと激突。
「いったた……」
「あっ! すみませんって、あ」
 謝りながら直が見上げれば、イカ焼きを頬張っていたであろう夏木 夕乃(ja9092)の姿。
「いやいや気にせずにーっと、おやおや……確か、穂積さんでしたっけ?」
「あ、はい!」
「夏木です。で、何かきょろきょろしてたよーですけど、迷子にでもなりました?」
 軽く笑いながら言う夕乃に直はぶんぶんと手を振った。
「ち、違いますよ! 桔梗先生見かけたんですけど、見失っちゃって……見ませんでしたか?」
「え? 伽藍せんせーか。見てないなぁ……うん、自分もすることないし、穂積さんに付き合いましょう」
 2人は人混みの中を進んでいく。

「先生、見つけましたっ!」
 わざと明るくじゃれついた直に桔梗はただ驚いた顔を浮かべていた。
 暫く歩き続けた跡、彼女の姿を見付けたのは人気も疎らな河原の一角。教師は何をするわけでもなく、立ち尽くして灯籠を眺めていた。
「あ、伽藍せんせーはっけーん」
 夕乃の声に我に返った桔梗が微かに首を傾げる。
「穂積君も、夏木君もどうしたんだい?」
「偶々通りがかったものでー。ちょっと凹んでます? イカ焼きいかがです?」
「今日は生徒達によく会う日だね。いや、別に私は……」
「まあそう言わずに一口どうぞ。いや、二口、三口くらいどどーんと」
 夕乃は桔梗の口元にイカ焼きを押し付けた。反射的に食べてあっとした表情を浮かべる。
「お腹が空くと悲しさ三倍増しです。誰を思い出してるかは知りませんけど」
 はぁ、と一息つく夕乃。
「シケた顔ばっかしてると、死んだ人もおちおち安心してあっちに戻れないんじゃないでしょーか」
 夕乃の言葉に桔梗は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべる。しかし、堪らずくすりと笑いを浮かべる。
「む、何かおかしいこと言いました?」
「似てるね、君は。ふざけているように聞こえるのに、その言葉は的を射ている……何だか、とても懐かしい」
 笑う彼女。けれども、意識はまだ遠くにあるようで。
「先生、何か考え事してたんですか?」
「まぁ、ちょっと昔のことをね。それだけだよ」
 直の問いを何となく誤魔化そうとする桔梗。
「先生のお話、僕、聞きたいです……ダメですか?」
「決して楽しくはない話だよ」
 桔梗は忠告するように言い聞かせる。けれど。
「それでも、聞きたいです」
 話すことで整理出来ることもあるってお母さんに聞いたから。懇願するように自分を見上げる直の無垢な瞳。負けたように、溜息混じりの吐息を漏らした桔梗は遠く流れる灯籠を見つめながら口を開いた。
「私が教師を志したのはね、ある人みたいになりたいと思ったからなんだ」
「ある人、ですか?」
「学生時代の先輩だった人だよ。いつも何故か好きなんて、言葉を連呼して絡んできてた」
 直に微笑み掛けた桔梗は懐かしそうに目を細める。
「普通なら単なる好意で。私には理解出来なかったんだ」
 撃退士ならば早く一人前として認められるから。懸命に勉学に励み鍛錬を積んだ。親の名前さえ解らない捨て子でも立派になれることを証明したかった。
「絡まれて鬱陶しかったし馬鹿なことに私を巻き混まないでくれという気持ちもあって、疎んでいたんだけれど……いつしか、その人が居る日常が当たり前になっていた」
 憎まれ口を叩きつつも彼の声が、態度が心地好くて。
 神なんて、親なんて、不確かな愛なんて信じられもしなかったけれど、彼は本当に自分を愛してくれていたんだと今更に思う。
「けれど、ある戦いの時だ。彼は大怪我を負ってね、私は治そうとしたんだけれど、力が及ばなかったんだ」
 自分の目の前で息絶えた。自分の力が及ばず死なせてしまった。
 誰かが死ぬことがこんなにも辛いなんて初めて泣いた。そして、初めて知った『好き』という感情。
「私は彼に一度も有難うと伝えられなかったんだ。彼に沢山のものを与えて貰ったのにね」
 揺らめく灯籠を見つめる桔梗の瞳は後悔と寂しさと懐かしさが混じり合った複雑な色彩。
「だから、せめてもの恩返しなんだ、教師になったのは。私は彼を覚えている、その教えや考えも残っている。だから、今度は私が誰かの支えになりたいと思ったんだ」
「そんな事があったんですね……じゃあ僕、その方に感謝しないと」
 どうして、そんな表情を浮かべる桔梗に直は笑って。
「だって、今の先生に出会えたのはその人のお陰ですから」
 直の言葉に桔梗は曖昧な微笑みを返して頷き訊ねる。
「私は良い先生で居られているかな?」
「ええ、僕にとっては先生は一番の先生です。僕は、先生からいっぱい大切なものを与えて貰いましたから」
 直の純粋な言葉に、小さな声で。
「ありがとうね」
 そうして、桔梗はいつもの表情を浮かべて。
「つまらない話を聞かせたね。何か奢ろう」
「え、別にいいですよー。そういうつもりじゃないですし」
「大人の意地だ。どうか、付き合ってくれたまえ」
 静かに笑う桔梗に、仕方無いなぁと夕乃は頷く。

 会話を投げ合う夕乃と桔梗を眺め、直は少し考えていた。
 過去を語る時の桔梗の表情はいつもよりずっと柔らかくて。そして、とても可愛らしく見えたことが何故だか少しだけ面白くないようにも思えた。
「ちょっとだけ、近づけたかな、なんて。えへ」
 けれど、それ以上に彼女に近付けたことが嬉しくて直は微笑む。
 いつか、桔梗の背を追い越せたら。
(……頭を撫でて元気づけてあげる役。僕が引き継いでもいいよね?)
 直の心の呟きに答えるかのように生暖かい夏の夜風が頬を撫でた。


 ※※※

 水音がちゃぷりと夜の静寂に響く。桔梗達と離れた夏輝は誰も居ない水辺を訪れ、素足を水に浸していた。
 ひんやりと冷たい川の水。ぴちゃぴちゃと涼しげな音を立てて、夜の水面に波紋を作っていた。
「あたいは泣かない……今は、Ma達がいる」
 ともすれば、夜風に簡単に掻き消されてしまいそうな程に小さな声。
「悪魔の子供として、前に進んでいくから……見ていてくれ……」
 伝えられた決意は、誰が聞き届けていたのか。静寂にただ水音は響き渡っていた。


 ひとしきり泣いた。涙で空が滲んでいたけれど現在は逆にそれが綺麗とさえ思った。
 血影は振り払うように頭を振って、立ち上がる。迷いとか、哀しみとか、そういったものを振り切るように自らの頬を数回ほど叩いた。
「しっかりせねばならぬのじゃ。妾しか、神喰家はつげぬからのぅ……」
 だから、甘えてはいけない。大好きだった祖父の為、強く気高く居よう。
 涙の跡も風が拭い去ってしまった頃合いを見計らい、血影は足を踏み出した。
 目指したのは屋台。紅玉のように艶やかな輝きを放つりんご飴は相変わらずの懐かしい甘さ。
(泣いてばかりでは、おじい様が悲しんでしまう故……少し、笑うとするかのぅ)
 血影は空を仰ぎ、少しだけ不器用な微笑みを浮かべる。
 再び仰ぎ見る濃藍色の夜空。針で穴を開けたようなか細い星の光達は、血影の微笑みに返すかのように瞬きを繰り返していた。


「私は……たぶん臆病なのだろうな」
 相手に勝つことよりも、如何に負けないかを考えて今まで生き抜いてきた。
 それ故に、生き延びた。そして、今こうして彼らを偲ぶことが出来る。
 リーガンは流れる灯籠を見つめていた。そのひとつひとつに、昔の仲間達の姿が見えた気がして。
(それは、生き延びた者に与えられる特権であり……そして、罪なのだろう)
 そうして。
 この稼業を続けて行けばいつ、あの灯籠に忍ばれる側に回るかは解らない。
「それでもやめられないのは……あがきつづけたいかもしれんな」
 誇りと、罪悪感と様々な感情が織り混ざる。戦い続けて、誰かを救い続けられたのなら――命の蝋燭が消えるその日まで。
 軽く杯を掲げて、一気に飲み干した酒は、いつもより濃く舌に余韻を残し続けた。



 様々な場所を巡り時間を潰したルーカスは川の人気がなくなった頃合いを見計らいでその場へと戻ってきた。
 結局、どうしたかったかの答えは出なかったけれど今は仲間を思い出して弔えればいいんだろうか?
 ルーカスは取り出した拳銃を天に掲げる。

「Auf Wiedersehen、 mein Freund」

 ――さようなら、友よ。

 ルーカスは空に3発の空砲を打ち上げた。


 響く空砲の音。夕乃は振り返り、空を見上げた。
 そして呟きを漏らす。
「ま、自分は知り合いが死んでるって噂も聞きませんし生きてることも確かめようとは思えません」
「会いたい、とは思わないのかい?」
「さぁ?」
 桔梗の問いにまるで他人事のように夕乃はすっとぼけた。
「そんな自分が、何でこんなとこに居るんでしょうねー。たははは」
 明るく笑う夕乃。しかし、タコ焼き屋の屋台が目に入った時に少しだけ表情が曇ったのを桔梗は見た。
 ヒトは余りにも痛みが大きすぎると痛覚を遮断し自分を守る。どちらにしろ胸が張り裂けそうなことは知っているから、痛みを感じたくないから、せめてもの自己防衛だった。






 誰しもが祈りを携え想う夜。
 か弱い灯り達はそれぞれの祈りと想いをのせて空へと還った。






依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:2人

撃退士・
夏木 夕乃(ja9092)

大学部1年277組 女 ダアト
祈りの灯を見届ける・
神喰 血影(jb4889)

大学部5年75組 女 鬼道忍軍
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
暁光の富士・
ルーカス・クラネルト(jb6689)

大学部6年200組 男 インフィルトレイター
求)お菓子の設計図・
七瀬 夏輝(jb7844)

中等部3年8組 女 ナイトウォーカー
伸ばした掌は架け橋に・
穂積 直(jb8422)

中等部2年10組 男 アストラルヴァンガード