流れるような人の往来を紅礼は退屈そうに眺めていた。
「はむーあまくてほわほわあまあまでおいしいですのー。くれーおにーちゃんもいかがですの?」
視線をそちらにやると幼女が手のひらにカステラをひとつ乗せて背伸び。
「俺は別に、てか詰め込むな。喉に詰まったらどうする」
「つめこんでませんの。おいしーたべかたですの」
おいしいものは満喫すべきが最大限の敬意の示し方。きりっと告げる幼女に紅礼は何も言えない。
「佐々良木さん!」
穂積 直(
jb8422)の声に紅礼が振り返る。幼女も皆に気付いてごっくんと飲み込みきょとんと首を傾げた。
「だれですの?」
「ミィは魅依だよー♪」
「わたし、リリコ……あれ? 白兎さんは?」
狗猫 魅依(
jb6919)に続き名を告げたリリコ(
jb6765)はきょろきょろと辺りを見渡してみる。
「若菜……白兎、なの。…………よろしく」
もじもじと木の陰から様子を伺うようにこちらを眺めている若菜 白兎(
ja2109)の姿を見付けた。ぺこりと一礼。
「嬢ちゃんよ、そんなところに隠れてねぇで、こっち来ねぇのか?」
八鳥 羽釦(
jb8767)の問いに白兎はふるふると首を振ってひょいっと木の影に隠れてしまった。
決してチンピラかヤクザかのような羽釦の姿に怯えたわけではない。
「まぁ、いいか。八鳥羽釦だ、嬢ちゃん名ぁなんてんだい」
「えっと、アコはアコニットっていうですの!」
「アコニットさんですね、可愛らしい名前ですね。僕は黒井明斗。よろしくお願いしますね」
幼女に握手を求め恭しく手を差し伸べる黒井 明斗(
jb0525)。小さくても幼くても立派なレディ。
きょとんと首を傾げるアコニット。少しだけ考える。閃いたように顔を上げて、差し出された明斗の手にぽんっとカステラを乗せた。
「えへへー、おちかづきのしるしですの」
「有難う御座いますね」
アコから受け取ったカステラを明斗は口に入れた。まだ仄かに暖かいカステラは甘い。
「あきとおにーちゃん。おいしーですの? ロゼにも食べさせたいですのー」
少し表情が緩む明斗の様子を見て満足げな様子。
「ロゼさん……ですか?」
アコニットに歩み寄り首を傾げたのは紅色の浴衣に身を包んだ炎武 瑠美(
jb4684)。
「ロゼはアコのおねーちゃんですの。多分、後で来てくれますの」
「一緒に来たのではないのですか?」
瑠美の問いに幼女はふるふると首を振った。
「ヴィオちゃんをさがすために、ひとりでおでかけしてきましたの。あ、ヴィオちゃんはいもーとですの。ヴィオちゃんは、たねがしまのじーじのお家にいますの」
「ヴィオちゃんは種子島の遊びにきたのかな?」
魅依の問いに首を振る。
「んーん。おべんきょーって言ってたですの。じーじはへんたいさんらしいですのー。ロゼが言ってましたの」
「変態て、大丈夫なんか……」
羽釦の呆れたような呟きにアコニットはこくんと頷く。
「だいじょーぶですの。アコのおにんぎょーさんがヴィオちゃんをまもってくれますし、ただの、ろーそくあそびとにんぎょうあそびがとくいで、ほも?なじーじですの。ぜんぜん、あやしくありませんの」
いや、それ全然怪しくないように聞こえないのですが。てか、青少年の健全な育成に大変有害そうな存在なんですが。この場に居た大半が思ったことだろう。
「ま、まぁ……お姉さんがいらっしゃるまでの間、ご一緒すればよろしいんですね?」
「……ああ。そういうことだ。子どもの扱いなんかよく解んないから助かる」
固まりかける場をなんとか流そうと口を開いた瑠美に紅礼は頷いた。
「まぁ、いいけどよ。ガキの守りしながら迷子捜し……ってことか、また随分と可愛らしい仕事だな」
「おまつり、とってもたのしそうだから……子どもの面倒は、よくわかんないけど、がんばる」
羽釦の呟きに帰ってきたリリコの答えは少し頼りない。けれど、リリコの気合だけは充分だ。
「そのロゼさんとヴィオさんを探せばいいのですね? お手伝いしますよ、どんな子ですか?」
「ロゼはふたごですの。そっくりですの。ヴィオちゃんは、お月さまみたいなぎんのかみをふたつにしばってますのー」
明斗はそれを素早くメモ。穏やかに笑ってアコニットの髪を撫でた。
「よく言えました。偉いですね」
「えへへー。アコはおねーさんなので、ぱーふぇくとですの!」
アコニットは明斗に褒められて、撫でられて超ご機嫌。そんな彼女に声をかけたのは白兎だった。
「……双子のお姉さん、いるの?」
「はくうおねーちゃんも、いるですの?」
アコニットの問いに白兎は首を振り小さく微笑む。
「……友達が双子だから」
なんとなく親近感を覚え白兎は少しアコニットと打ち解けたようです。
(佐々良木さんが、見付けた時には泣いておられたアコさんですけど、笑ってくださってよかったです)
人に囲まれて笑顔を見せるアコニットに瑠美は安堵感を覚える。
(けれど、人混みの中でひとりぼっちは寂しく心細いでしょうね……迷子にさせないように、気をつけないといけません)
でも、折角の祭りだから自分自身も楽しめるように。瑠美は心の中で呟いた。
「って、こーとーで、おまつりー♪」
「ちょっと、待て。勝手に行くな。二次遭難でもされたら困る」
駆けだして魅依の首根っこを掴んだ羽釦。魅依は猫のようにぷらーんと垂れ下がる。その様子を眺めて直は困ったように笑った。
「あはは、折角のお祭りです。楽しみましょうね」
●
「アコニットさん、なにか見付けたみたい……?」
「ぴかぴかひかってますの!」
リリコの声に気が付いた一同がアコニットの方へ視線を向けてみるとライトの玩具屋に目掛け駆けだしていた。
しかし、魅依が幼女の手を掴み、ふるふると首を振る。
「はぐれないよーに♪」
白兎はアコニットの首にGPS機能付きの携帯電話を掛けた。
「ふぅ……これではぐれても安心なの」
「わぁ、ぴこっとなったですの。ひかったですの!」
アコニットはぱかぱかと携帯電話の開閉を繰り返して楽しんでいる。
「いろんな事に興味を持つ事自体は凄く良い事なのですけれど……その度に迷子になられては困りますものね」
そういうと瑠美は携帯電話を取りだしアコの姿を写真に収めた。万が一アコニットとはぐれた時に役に立つように。勿論、はぐれるようなことがないのが一番だけれど。
迷子対策はばっちり。
「美味しいものと、楽しい物。アコニットさんは、どちらがお好きでしょう?」
「むむむーいっぱい、おもしろいものがあるですのー。なんでもたのしーおいしーですの!」
直の問いかけにアコニットは真面目に考えるが大凡5秒で結論を出した。要するに何でも良いらしい。
「僕のお勧めは、型抜きとかヨーヨーすくいですね」
しかし、抗議するように直の裾を引っ張ったのは魅依。
「わたあめ、りんご飴……」
「あぁ、ガキは甘いもん好きだしな。いいんじゃねぇか?」
羽釦の甘い物という言葉。ぴこんと反応したのは白兎。
「クレープも、必須なの。いつもは達成出来なかった屋台全制覇。今日は強力な味方を得て、新記録樹立するの」
「アコもおてつだいするですのー!」
一同は歩く。魅依と直が手を繋ぎ、明斗がさり気なく壁の役割を果たし、ぶつかったりはぐれないように気を配った。
ソースの香りにつられ購入したたこ焼きを頬張るアコニットの頬にはソース。瑠美は思わず微笑ましい気持ちになった。
「あらあら、アコニットさん。たこ焼きのソースがついてますよ」
「えへへーおいしーですのー」
瑠美に頬を拭われながらアコは満面の笑みを浮かべていた。
「いっぱい、食べたの」
白兎は満足げ。軍資金という名のお小遣いはそれなりに用意してきたはずなのにあっと言う間に尽きて、結局は先輩達に出して貰っていたりした。
「アコ、くもさんおいしかったですの」
「わたあめ、おいしいの。でもいちご飴も美味しかったの」
なんて会話が繰り広げられている傍ら、羽釦はふと回想に浸っていた。
(夏祭り、ねぇ。昔はよく出歩いたもんだが……)
最後に行ったのは、一体いつのことだっただろうか。
「今年は誰か、暇な奴でも誘おうか」
「どう、しましたか……?」
隣を歩いてたリリコがきょとんと首を傾げる。アコニットには充分な人がついているから、となんとなく流れで羽釦はリリコを見張っていたのだ。
「なんでもねぇよ。ってか、嬢ちゃんもアコの嬢ちゃんみたいに迷子になるなよ」
「だいじょぶ……羽釦さん、それだけ大きければすぐ見付けられます。それよりも、目真っ黒……」
「真っ黒? あーこれか。ちゃんと見えてるから大丈夫だ。心配いらねぇよ、ほら、行くぞ」
リリコが指していたのは羽釦のサングラス。リリコを促し先を急ぐ。
「楽しめたようで何よりです」
ふと瑠美が視線をずらす傍らで魅依が蹲って何かをじぃっと眺めていた。
「魅依さん、どうされましたか?」
「おさかにゃ……」
悠々と泳ぐのはすくわれる時を今かと待つ金魚達。ある意味熱とか食欲のこもった視線を向けている魅依に瑠美は思わず苦笑い。
「いや。金魚は食べられないと思いますよ」
「わぁ、お花、きれーですの」
「アコさんはお花が好きなんですか?」
傍らライトに照らされてきらきらと光る髪飾りの屋台に目を奪われるアコニット。明斗の問いかけに幼女はえっへんと胸を張る。
「おうちで、お花のおせわと、おにんぎょーさん作りがアコのおしごとですの」
「ちゃんと、お手伝いしているのですね。偉いです」
明斗にまた褒められて、アコはご機嫌。
「では、お祭りの思い出にどうぞ」
姉妹の分も合わせて3つ。それにひとつ余分に買ったのは自分の彼女の分。
「よろしければ髪の毛に付けましょうか?」
瑠美の問いに嬉しそうにアコニットは頷いた。
お腹がいっぱいになれば幼女は型抜きの屋台に夢中。
案外手先は器用なようで、順調に難易度の高いものに挑戦していた。
「……おもしろそう」
「お前もやるか?」
少し遠い場所でその様子を眺めていたリリコが呟く。紅礼が訊ねるが、しかし天使は首を振った。
「違う、あなた。人間でもない、悪魔でもない……興味あります」
「別に、面白いことじゃねーだろ」
「見て。上手に出来たから、景品貰ったの」
顔を逸らそうとした紅礼。しかし、うさぎのヘアゴムをリリコ達に見せにやってきた白兎が彼の視線の中に入る。
物憂げな表情に白兎はちょこんと首を傾げる。
「どうした……の?」
「ハーフ、何が違うのか興味、あります」
別に関係ないだろと顔を逸らそうとした紅礼。しかし、リリコが説明するように言うものだから白兎も察した。
「わたしも、ハーフで悩んだことあるの。でも、お母さん達と違う姿が寂しいだけだから……難しいの」
「その……良かったら、ですが佐々良木さんの悩んでること。僕も一緒に悩ませてくれませんか?」
そんなに興味持つんだ。そんな表情で自分を見つめる紅礼に直は言葉をかける。
「僕もお父さんが悪魔でハーフなんです。佐々良木さんのことは、桔梗先生からちょっと話をきいて気になってたんですよ」
思い出すのは昔のこと。まだアコニットほどに身長も無かった頃。
近所の小学生と喧嘩をして泣いて家に帰ってきた自分の頭を父は優しく撫でた。
「何か悪いことを言われたら全部父さんのせいにしていいんだよって言われました」
自分はまだ意味は解らなかったけれど、母が父を叩いた。自分が悪ければ、幼い息子と愛する妻は悪い悪魔に誑かされた被害者で居られる。そんな考えだったんだと気付いたのは後になってからだ。
「そんな優しいお父さんの息子で居られることを僕は誇りに思っています」
だから。
「佐々良木さんのお父さんも、本当に身勝手なだけの悪魔さんだったかも知れませんが、もしかしたら解り難いだけでちゃんと愛情はあったのかも知れないと……思っては、駄目でしょうか?」
「お前……」
そう信じられたら、どれ程に幸せなことだろう。けれど、浮かんでくるのは病床の母の姿。父を悪く言おうとはしなかった。
「せめて、最期に母さんにだけは――」
その時、紅礼の言葉を遮るように鳴り響いた炸裂音。
「にゅぐっ」
驚いて抱き着いてきたアコニットを瑠美はよしよしと撫でる。
「アコの嬢ちゃん、よく見えねぇだろ。背負ってやる」
「折角です。八鳥さんに花火、見せてもらっては如何ですか?」
とても綺麗だと思いますよ。瑠美の優しい微笑みに恐る恐る頷く。
「ほわー」
大きな音とともに夜空に咲く花火。アコニットは羽釦の肩の上で暫く圧倒されていた様子だった。
●
「姉妹の方では無いですか?」
明斗に抱き上げられたアコニットが見れば、メイド服姿の幼女。
「アコニット!」
「わー、ロゼー!」
突如降り掛かるような声にアコニットは興奮した声をあげる。明斗に抱かれたまま、手を伸ばして大興奮。
「わーじゃないわ。どれだけ探したと思っているの」「えー、でもたのしかったですの」「そういう問題じゃないって言ってるでしょ全く勝手に抜け出して」
笑顔で語ろうとするアコニットに、ロゼッタは呆れた様子で言い返す。
しかし、ロゼッタは直ぐに撃退士達の存在を思い出して、お見苦しいものをお見せしましたと言わんばかりにこほんと咳払い。
「ご機嫌よう。貴方達がアコを見てくれていたのね。私はこの子の姉のロゼッタって言うの。アコに代わって礼を言うわ、ありがとう。そして、迷惑かけちゃって申し訳ないわ」
ロゼッタはスカートの裾をつまんでちょこんと一礼。
「ううん、魅依も楽しかったよー」
「なら、いいのだけれど」
アコニットとは違い余りにもしっかりしすぎた物腰。妖艶ともあどけなさとも取れる不思議な表情を浮かべている。
人としては余りに異質すぎる雰囲気に明斗は悪魔だと直感するが黙る。アコニットを地面に下ろし、明斗は考えを隠すように微笑む。
「また、お話する機会があればいいですね」
「……ん、また一緒に遊ぶの」
「あ、これ先程コンビニに立ち寄って印刷した写真です。よければどうぞ」
白兎から綿飴を、瑠美から封筒に入ったままの写真を受け取り、アコニットはロゼッタのもとへと駆けてゆく。
「ちゃんと手ぇ繋いどけよ、またはぐれたら寂しいだろ」
「はいですのー!」
羽釦の声にアコニットは振り返る。ロゼッタの手を掴み、反対の手で思い切り手を振った。
「おにーちゃん、おねーちゃん。ありがとですのー!」
小さなふたつの背中が闇の中へ消えていくのを暫く見守っていた。
●
「いっしょに、おっきなお花さんみたですの。どーんどーんってすごい音がしてましたの」
夜の海は静かに揺れている。二つの影はその中を歩いている。
「勝手に人間と遊んで、何かあったらどうするつもりだったの」
「あ、ロゼのぶん、おみやげもらったですの!」
アコはぽんとロゼッタの手に髪飾りを置いた。
「……悪くないわ」
澄ました顔で言うけれど、視線はしっかり釘付けになっている。
(気に入ったんですのね。ロゼはすなおじゃないですのー)
とても楽しかった。また一緒に遊びたいなぁ。ちょっとだけ寂しさを覚えながらもアコニットは姉を追い掛けた。