●本日はおひがらもよく、もふもふ日和
「桜祈ちゃん、お久しぶり!」
「わふっ」
出会い頭に抱き着かれた桜祈が顔をあげると、そこには春名 璃世(
ja8279)の姿があった。
見知った顔に桜祈はパッと顔を綻ばせる。
「りせおねーさん? りせおねーさんなのですー!」
「天花寺ちゃん、ワンちゃんのお世話手伝いに来たよ……わぁ! この子達なんだ。どの子も可愛いね!」
ひょっこりと璃世の背後から顔を覗かせた、犬乃 さんぽ(
ja1272)が瞳をきらきらと輝く。その視線の先にころころと、まるいみっつの毛玉。仔犬達です。
そんな彼らに穂原多門(
ja0895)の頬が思わず緩んでしまうのも仕方の無いことかも知れない。
「ふむ……たしかに仔犬はいいな。実に和む。なんというかこのコロコロと転がるような感じが実に良い。愛されるべき存在だ」
「子犬の面倒を見るだけかぁ……」
多門に対して、ちょっと不機嫌そうなのはファリオ(
jc0001)。
「普通にやってちゃつまらないかな」
「いえ」
持参したおやつやホイッスルなどを手で弄びながらぼそっと呟いたファリオに、ずんっと真顔で身を乗り出してきたのはセレス・ダリエ(
ja0189)だ。
真顔。しかし、真剣。
「面倒を見させて貰うだけで満足なのです。それ以上の至福が何処にあるというのです」
「お、おう」
セレスの飽くまでも無表情の謎の圧力に、気圧されるファリオ。
後ずさろうとしたファリオを、もふらーことセレスはまたひとつ歩を進め、追い詰める。
「さぁ、いっしょにもふりましょう。もふり、もふられ、もふる時、至福の時が訪れるのです」
セレスは熱弁します。しかし、無表情です。
「わふっ」「きゃん!」「わんわん」
ファリオとセリスが話している傍ら。早速ひなたぼっこしていたゆきに、むぎが甘噛み。ちょっかいを出す。
容赦無くいぬぱんちしようとゆきが起き上がったところを、更に挑発するようにむぎが一吠え。
「これはまた、暴れん坊だな。駄目だろう?」
「うーん、手分けしたほうがいいよねー。喧嘩は駄目なのですよー」
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)はむぎを抱き上げて、シノン=ルーセントハート(
jb7062)はゆきを抱き上げて一色触発状態の彼らを止めた。
ついでに軽く注意もしてみるが、むぎの悪戯心も、ゆきの怒りは収まらない様子。
ただでさえ元気な仔犬達。三匹一緒に面倒を見るのは厳しいかも知れない。少し考えたシノンは考えを口にした。
「ということで、手分けして面倒を見てみるのがいいって思うんだけど、どうかな?」
「異論ありません。本当はみんな纏めてもふもふしたいですが、仕方無いでしょう」
無表情のまま答えたセレスが頷く。
「もふもふする任務、真っ当しましょう。もふるか、もふられるか、おすかおしまくるかの勝負です」
「いや、それって任務なのかな。というか、そんな物騒なものだったっけ?」
思わずファリオはつっこみを入れるけれど、さらりとセレスは気にした様子もない。静かながらも闘志ならぬもふ志に燃えているようです。
「ゆき、か……なんだか不思議な縁だな」
シノンに抱えられているマルチーズの仔犬を眺めながら、黄昏ひりょ(
jb3452)は呟く。
亡き妹と、同じ名をした仔犬。これを不思議な縁といわなかったら、なんというのだろう。璃世はひりょの横顔を見つめながら
「ひりょくん、この子が気になるならお世話してみる?」
「いいの?」
「だめって言う理由なんてないよ」
軽く言った璃世は、振り向いて桜祈にも告げます。
「桜祈ちゃんも一緒に……ね?」
「はいなのですー!」
桜祈は、元気よく手をあげて答えました。それぞれの、モフり会――ならぬ、仔犬の保母さんのお仕事が始まったのです。
●ゆきとのんびり過ごそう
「初めまして、ゆき。今日は一緒にあそ……はぁ、もふもふ……」
「はっ! 璃世さんが早速虜になっているよ!」
ゆきを抱きしめ、頬が緩む璃世。ひりょのツッコみも虚しく、璃世さんが異世界もふもふパラダイスにトリップする
思わずその光景を呆然と眺めるひりょの裾をついつい、と引っ張ったのは桜祈。
「ひりょさん、何をすればいいのでしょーか」
「そうだね……せっかくだから、ブラッシングしてあげよう。そろそろ、冬毛から生え替わる時期だしね。璃世さーん?」
「はっ! うん。ブラッシングだね。しっかりとしてあげるよ」
ひりょからブラッシングを受け取り、璃世はゆきのふんわりとした雲のような毛並みにブラシをかけていく。
「可愛くて甘えん坊とか反則だよっ……」
「わんこさまの可愛さは科学ではしょーめーできませんっ」
思わず止まってしまったブラッシングをする手。ゆきは続きをせがむようにつぶらな瞳でふたりを見つめた。
その眼差しに、もうメロメロ。
(ふたりとも、普通の女の子なんだな)
少し離れた場所で様子を眺めていたひりょは、ふと思う。
ほわりと笑う璃世。普段はあだるでぃでだーくねすぽんぽんな大人の女の子などと言い張る桜祈も、もふもふの前では普通の女の子。
(そういえば、天花寺さんとも長い付き合いになってきたよな)
初めて会ったのは一年と少し前くらい。人波に流されて迷子になりかけたのが、随分と前のように感じる。
(せっかくだ、これを期に桜祈さんと呼び方も変えてみようかな)
物思いに沈んでいた自分を呼び戻したのは、璃世の声。
「ひりょくん、顔が緩んでるよ?」
「あっ……やばい。璃世さんのがうつった。ま、いっか」
「私につられて? もう、酷いなぁ……」
そうはいいながらも、ひりょの笑顔を見られた璃世は優しく笑っていた。
ブラッシングが終わればお散歩の時間。
「綺麗なお花が咲いているね」
「ぺんぺん草なのですねー。ほら、ゆきちゃん、ぺんぺん草なのですよー。ゆきちゃんみたいに真っ白なのです」
璃世と桜祈が屈んでナズナを見る。ゆきを抱き上げた桜祈はナズナを
「もう、我慢出来ない! ふたり纏めてもふもふぎゅーってさせて!」
その一生懸命な姿に絶えきれなかった璃世が桜祈とゆきに飛び付きます。
「って、やっぱり璃世さんメロメロモードに入ったか……っと!」
困ったように眺めていたひりょが笑う――余裕もなく。
瞬間。
ゆきが桜祈の腕を擦り抜けて走り出した。
追い掛ける。ゆきが足を止めたのは白つめ草が沢山咲いているクローバー畑。
地面についた璃世の手をゆきがぺろぺろと舐めていた。璃世が見下ろしてみると、指の隙間にひょこんと四つ葉のクローバーが生えていた。
「ひりょくん、ほら見て……四つ葉のクローバーがあるよ!」
「ほんとだね、すごいね」
話し掛けた璃世にひりょは穏やかに答えました。そうして、彼女は満面の笑み訊ねる。
「何か、幸せなことあるかな?」
「うん、きっとあるよ」
いいや、確実にある。
自分は今、充分に幸せなのだから。暖かな気持ちに包まれながらひりょ達は暫くその場で遊んでいた。
●ばーさす・むぎ
「全力でぶち当たって、全力でぶち当たられます」
「うん! 僕色に染めあげるよ!」
無表情。しかし、前身からやる気を漲らせているのはセレス。
いつの間にか意気投合したのか、ファリオもその隣で燃えたぎっている。
彼らのやる気を感じたのかむぎは早速セレスに飛び付く。どさくさに参れてセレスはむぎの肉球をふにふに。役得。
「この子は確か……」
「ゴールデンレトリバーです」
シノンの質問にセレスは素早く答えた。しっかりと、むぎの肉球をぷにぷにしながら。
「ふにふに、ふかふかですが成長すると立派な大型犬になるのですよ」
「わ! ほんと。他の子に比べるとだいぶ足がしっかりと太いね」
やがて飽きたのかむぎはばっとセレスから身を話した。
「ふふふ、思いっきり飛び回るのはボクも得意だし、逃げ出そうとしたってニンジャの足には敵わないんだよ」
素早くむぎの前に現れたのはニンジャのさんぽちゃん。
いきなり現れたさんぽにびっくりしつつも、むぎは遊んでくれるの?と瞳を輝かせた様子で見つめる。
「むぎ、ついておいで! 僕を捕まえてごらん!」
するっと華麗な身のこなしで素早くターンを決めたさんぽ。そのまま駆けだして、むぎもそれを追い掛ける。黙っていられないセレスもむぎの後ろを走って辺りはあっと言う間に運動会。
「ほーらむぎ、そこでジャンプ……よし、ジュギョーを積んで立派な忍犬になるんだぞ」
「……忍犬ですか」
セレスはふとさんぽの隣に寄り添うニンジャコスプレのむぎを想像してみた。
忍犬になるのならじろのほうが似合いそうなものだが、さんぽも金髪忍者。
「それも、意外に良いかもしれません……」
洋忍犬というのも、割とアリなのかもしれない。
「あー、元気なのは良いがここは室内だぞ」
サガの注意。しかし、犬どころか人間すら聞いちゃいない。
溜息を飲み込み、サガは調べ物を始めた。シノンは興味深そうに彼が見ている本を覗き込む。
「何を調べてるの?」
「ああ、このあたりでドッグランもしくはそれに近い公園がないかと調べていた。思いっきり走り回るのなら、そっちの方がいいだろう」
サガの返答に、シノンはなるほどーと納得。
手伝えることはないかと問えば出かける準備をして欲しいと帰ってきた。
シノンは言われた通り必要そうなものをトートバッグに手際よく詰めていく。
「ああ、その袋も入れて欲しい」
「袋ですか?」
きょとりと首を傾げるシノンにサガは本を閉じながら告げる。
「仔犬だからな。まぁ、この心配が杞憂に終わるといいんだが……」
外に出た瞬間、ある意味予測通りにむぎは奔りだそうとした。しかし、サガは手際よくリードを操り食いとめた。
下手な引っ張り方をすれば仔犬が傷付いてしまうのだが、サガの躾け方は妙に手際が良い。
「ほら、ちゃんと隣を歩くんだ」
そのままリードを操り、むぎに隣を歩かせるサガ。
ちゃんと落ち着いて歩くことが出来ればおやつを与えベタ褒めした。
「よしよし、良い子だな」
「おお、本当に言うこと聞いたね。キミも忍犬を育てたことがあるの?」
さんぽの質問に曖昧な表情を浮かべたサガはさらっと誤魔化す。
「この犬種は頭が良い、無駄に怒らなくてもちゃんと覚えてくれるだろう」
そうして、また隣に付けて歩き出す。
(なんか、警察犬とかを訓練してるみたいだよー? そういったお仕事の経験があるのかなあ)
シノンはサガの手際のよう躾け方を眺めながら、ふと思っていた。
ドッグランで駆け回り、思う存分遊び回れば、すちゃっとホイッスルとおやつを構えたファリオが登場。
「よし、実験台はそこの金髪ポニテっこに決めた!」
「えぇ?! ボク? 何をするの?」
いきなり指名されたさんぽは驚く。当たり前だ。
しかし、さんぽの疑問に答える声はない。
「言ったでしょ? 僕色に染め上げるって」
おやつとホイッスルを片手に妖しげに微笑むファリオ。
今だけは預かっている仔犬であることを忘れていた。
●ごはんくれる? じろごはん欲しい!
一方、多門とじろはにらめっこをしていた。
周囲に人はなく静か。ぱたぱたと振られるしっぽの音が響く。
「おやつ、欲ちいでちゅかー?」
「わん!」
速攻で一吠え。まるで、答えてるようだ。それと、何故か多門が赤ちゃん言葉になっている。
そのことも自覚している多門は深淵の謎を抱え生きることを決めた。
今一度問う前に、じろは既にお座りをしている。
こうすればおやつが貰えるのかと解って
「良い子でちゅねー」
仔犬達の口へと入るものだから厳選した餌を手に、芸を教えていくがじろは滑るようにさらさらと覚えていくのだ。
多門が見込んだ通りだ。じろは実は頭が良い。
「撃退士としてはあの芸を覚えさせたいな……」
その為にどうしよう。思考を巡らせる多門。
「じろ、まずは――」
餌があれば、段々と言うことを聞くようになってきたじろに多門はまた新たな芸を仕込む。
●そして、お別れの時間です
「よし……行け! ペロペロ攻撃!」
ファリオの合図とともに飛び出すむぎ。
「わふっ!」「あわわわわ! おいぬさまがー!」
ひたすらぺろぺろされる桜祈。
「けれど、幸せだよね。ボクもいっぱいされて大満足!」
実験台にされたさんぽも満面の笑みで頷いていた。
「良い映像が撮れました」
悪戯が無事成功しご満悦のファリオ。
スマートフォンで録画された映像は後に彼の手によってAV(アニマルビデオ)として全世界に公開されたのでした。
飼い主は約束の時間通りに来た。
それぞれ、別れを惜しみ仔犬を引き渡した。
「泣いているのか?」
多門の問いに涙ぐんでいたさんぽは裾で涙を拭い首を横に振った。
「泣いてないよ! ボクは忍者だから。キミは寂しくないの?」
「確かに、惜しくはあるが……何よりも仔犬の幸せの為だ」
多門の言葉にさんぽは頷く。
そうして、多門は彼らに手を振った。
「また遊ぼうな」
こちらこそ。飼い主が頷き、歩き出す。
振り返るじろ。
手で銃を作った多門は、ばぁんと言いながら討つ真似をするとじろはわんと一吠えして、ごろんと横になった。
「この子、怪我してるの? かわいそう……裁縫道具無いかな」
「これでいいかな?」
「うん!」
璃世のソーイングセットを受け取って、シノンは縫い始めた。
「そういえば、こたろーさんにはモデルとなるわんこさんがいらっしゃるのでしょうか?」
「いないのですよ」
こたろーさんが治療を眺めながらセレスは問う。桜祈は頷いた後、少し考えて。
「こたろーさんは、桜祈がちっちゃい頃にと大好きだった方に頂いたものなのですよ」
「プレゼント……ですか」
セレスの言葉に、桜祈はこくんと頷く。
「桜祈の家は、厳しくてこういったものをそれまで貰ったことはなかったのです。なので、唯一の宝物でした」
親に見つかってしまえば取り上げられてしまうかも知れないから、見つからないように隠していた。
だから、勿論本物の犬なんて実家では論外。桜祈は、少しだけ寂しそうだった。
「むー、ここの傷だけは目立っちゃいますねー」
「うーん、そうだねぇ」
大方修繕し終えたシノンはこたろーの首元をじっと見る。どうしても縫い目が残ってしまう。
「あ、いいこと思い付いた! 裁縫セット借りてもいい?」
「にゃ? いいけど、どうするの?」
首を傾げたシノンに璃世はアイコンタクト。璃世はポケットからハンカチを取り出し裁ちばさみで細く割いた。
飾り縫いをして、首に巻けば縫い跡を隠すリボンの出来上がり。そして、そのまま桜祈へと渡した。
「ほら、こたろーさん元気になったよ」
「わぁ、すごいのです! おふたりとも、まほーつかいさんのようでした!」
嬉しそうにこたろーさんを抱きしめる桜祈に、セレスは言葉を書ける。
「これでまた、一緒に何処にでもお出かけ出来ますね」
「はい!」
セレスの言葉に、桜祈は笑顔で答えた。
こうして、ちょっと騒がしい撃退士達の一日は過ぎていくのでした。