●星空の守護者
木々も寝静まる宵の空は深い藍を湛えていた。
星と月だけが見守る静かな夜。
静かすぎる、夜。
丘に到着した撃退士達はそれぞれ行動を開始する。
――星の丘の平和を護るために、と。
星の光も届かない暗い林の中を鴉乃宮 歌音(
ja0427)は進んでいく。
オペレーターのイメージを軸に浮かぶ無数の光のディスプレイと捜すのは子供達の姿。
「……見つけた」
歌音の知らせで共に保護として探していたサミュエル・クレマン(
jb4042)とハートファシア(
ja7617)も集まり淡い黄昏の光を頼りに歩を進めていくと、灌木の隙間に小さな影を見つける。
間違いない。
「結花と航太だね」
「助けにきましたよ」
静かに近寄りナイトビジョンを外した歌音とハートファシアが小声で確認するように呼びかけると。
「おねえちゃん達は……?」
抱き合い恐怖と戦っていた結花と航太が不安そうに顔を上げる。
撃退士です、と名乗り続くようにサミュエルも。
「もう、安心だよ。すぐに皆が退治するからね」
その声に安心したのか、ほっとした表情を結花が浮かべる反面に航太の表情は晴れない。
「どうして、こんな場所にいるのでしょう? 事情を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
まだ幼い子供だ。
こんな夜中にどうして、と尋ねるハートファシア。
決して責めているわけではない声に。
「星が見たくて……僕が連れてきたから……」
だから、巻き込まれた。巻き込まれてしまった。
零れおちる涙、溢れる後悔。
誘わなければ、結花に怖い思いをさせずに済んだのに。
自らを責めて俯き肩を震わせる航太。強く握った両の手にぽつり、ぽつりと雫が滴り落ちる。
「素敵な場所ですよね……此処」
星が迫るように、掴めそうなくらいにきらきらと輝いていて。
結花の足元に置かれているのは相当読み古されたであろう星座図鑑。
「この丘で航太君は素敵な想い出をプレゼントしたかったのではないですか? 大切な人に」
俯いたまま、必死に頷く航太。
それに結花ちゃんだって――。
言いかけるより先に紡がれたのは結花の言葉。
「ねぇ、コウちゃん。わたし、怖くないよ」
だって。
「撃退士の人が来てくれた……それに、コウちゃんがいるもの」
だから、怖くないよ。泣かなくても、いいんだよ。
結花は航太の右手を両手で優しく包み込むように握る。
「それにしてもラブラブだね、お二人さん」
航太の傷の手当てをしていた歌音のからかうような言葉は、こんな時にこそユーモアが必要との思いから。
当然、思わず顔をあげる航太。
歌音は先程とは打って変わり真剣な面差しで航太を見つめ語る。
「男がそんな風に泣いてはいけないよ。姫を護るのは騎士である君の役目だ」
私達は差し詰め兵士かな。
包帯を巻き終えた歌音がくしゃりと頭を撫でると航太は大きく頷き汚れた裾で涙を拭う。
「(そうだ……僕は男の子だ。結花を護らなきゃ)」
力強く決意を込めて、笑ってみせる航太。
それでよし、と歌音は勇気付けるように軽く叩いた。
「結花ちゃんはこの場所の星は好きですか?」
「うん。すごく。本当にお星様と近づけるような場所、とても好きだよ」
その傍ら、ハートファシアの問いかけに頷いて答えてみせる結花。
約束通り撃退士が助けにきてくれた。
その安心、そして彼らへの信頼が確実に緊張を解いていた。
「でしたら協力してくれませんか? この星の丘を守るために」
きょとりと首を傾げながら頷く結花と航太。
そのお願いというのは航太にこの丘の地理と、そして結花に携帯を貸してほしいというもの。
「いいよ? なんの役に立つかは解らないけど……」
結花は花のシールが貼られたピンク色の携帯を差し出す。
その一方、航太は一生懸命説明しようと口で、そして適当に拾った小枝で地面にで図を書いて伝えようとも試してみるが……。
「コウちゃん……それじゃあ解らないよ……」
結花の呆れた声。
地図のはずが何故かのようにも見える、ある意味素晴らしい才能だ。
要するに、航太は説明するのも絵を描くのも超絶に下手だった。
「ごめんね……わたしも、解らない」
申し訳なさそうに項垂れる結花。
結花はこの場所に訪れたのは初めて、そして幼馴染みと言えど解説は無理だったらしい。
これ以上は情報を得られないだろうと歌音とハートファシアは立ち上がる。
のんびりしている場合ではない。
「じゃあ、後は任せたよ」
任せてください、と力強く頷くサミュエル。
仲間を援護する為にと駈けだした。
仲間を見送り、撃退士は自分ひとりきりになった。
改めて鎧と自分に与えられた責任の重さがサミュエルの小さな体に伸し掛かる。
そう。
「(僕にとって、これが初めての実戦……)」
けれど、怖がってはいられない。
だって。
「(此処に救けを求めている人がいるんだから!)」
誰かを護ること。
それが光の力とともに与えられた使命なのだから。
この手に出来ることひとつでも多く、全てを守りたい。
強く握った拳には強い思いが込められていた。
「そういえば……ねぇ、君はいくつなの? 僕達とおな……」
「ぼ、僕は中学生だからね! サミュエルおにいちゃんと呼ぶんだよ」
ふと掛けられた航太の質問を遮って、サミュエルは必死に言い返す。
「そ、それにこの武器も、こういう狭い林なんかでは持ち回りが良いんですよ。ほ、ほらっ」
誰も尋ねてなんかいないのにメタルブックを振り回して勝手に言い訳を始めるサミュエル。
威力は凄いんですよ、威力は。
見た目は……そう、困っている人を守る為なら見た目なんて……。
けれど。
「わぁ……!」
中学生というのには驚いたようだが、本物の撃退士の動きにに思わず見とれる結花と航太。
間近で撃退士の動きを見るのは2人にとってこれが初めて、素直に感激していた。
そこでサミュエルは思い出したように取り出すのは。
「食べなよ」
差し出したのはチョコレート。
「甘いものを食べると落ち着くんだ。それに寒いなかじっとしてて疲れたんじゃないかい?」
ありがとうと素直に受け取り、口に頬張る結花と航太。
和やかな空気が流れるが、やがて遠くから届く戦いの調べに顔を強ばらせる。
不安そうにその方向を見つめる結花と航太に若き星空の護人は。
――心配要らないよ。絶対護るから、僕らを信じて。
木々が星を翳し、その光が届かないように。
此処からは、見えないけれど。
光は強く確かに燦めいて、闇を照らし続けるのだから。
●宵闇の翼
草原を冷たい風が吹き抜けて草木を揺らす。
ゴーグル越しに空を見上げた梶夜 零紀(
ja0728)の深い蒼色の瞳に星が映る。
その手に握られた携帯電話には先程子供達を無事発見したと連絡があった。
「(……倒そう、それが俺達の任務だから)」
心配じゃないと言えば嘘になる。
けれど、これは任務。あくまでも冷静に。
見上げる零紀の視線の先には宵闇の翼を広げたカジハラ(
jb4691)の姿。
真夜中に掛かった緊急招集故に都合よく犬笛を入手出来ず、撃退士達は考えていたもう1つの案を実行することにした。
「ニンゲンは、ドコニイル、ドコだ」
話し声よりやや大きな悪魔の音。
その音に誘われて、カジハラの羽音に重なるように蝙蝠達の羽音が次々と集まってくる。
すかさず地上に待機していた零紀は阻霊符を展開しリョウ(
ja0563)と共に包囲するように陣形を取る。
「蝙蝠共こちらへ来い! 俺達が相手してやる!」
ハルバードを構えた零紀はありったけの声で叫んだ。
「同胞の傀儡が初戦の相手か……面白い、では腕試しといこう」
蝙蝠より上空に位置取り、ディアボロを見下ろす。
目にあたる部分は潰れ、それを埋めるように異常に発達し伸びた耳。
腐り堕ちるようにも見える、斡旋所職員から聴いた通りの醜い風貌。
「(それにしても、こんな物を創りだすとは我が同胞達も随分と悪趣味になった……)」
人間界に手を出す暇など無いだろうにと考えながら銃を手に取る。
リョウが臨むのは大蝙蝠、そして望むのは子供達の平穏な未来。
「所詮は獣、人の言葉も解さんだろうが……」
日常を、大切な想いを踏みにじった貴様らを許さない。
未来ある彼らを犠牲にするわけには行かないから。
「――ここで滅ぼす」
黒焔の槍とともに駈けるリョウの背を追い越す聖なる雰囲気を纏った一矢。
「――穿て、黒焔」
援護射撃を受けとともに踏み込み跳躍し、敵を穿ち振り返った先には。
「何とか間に合ったようだね」
真剣な表情を浮かべクロスボウを構えている歌音の姿。
蝙蝠は音にならない悲鳴を上げ、血を吸おうと零紀に襲い掛かろうと牙を立てる。
しかし、零紀は怯まない。
「……落ちろ!」
無尽の光の力を込めたハルバードを突き刺すように向かい討ち、撃破した。
まずは一匹。
結花から借りた携帯を鳴らしおびき寄せようとも考えたが既に戦闘状態だ。
「(これじゃ、あまり意味無いかもしれませんね)」
ハートファシアは携帯電話を仕舞い込み、援護すべく光を纏うと大鎌を構え踏み込むと雷を込めた一撃を見舞う。
羽を大きく損傷し藻掻き苦しむ大蝙蝠の必死の抵抗が地を剔り、大気を揺らす。
それは、はぐれ悪魔であるカジハラから見ても――。
「元人間か……哀れだな、今この手で楽にしてやる」
深い蒼を湛える銃身から発された不可視の弾が脳天を貫くもなお藻掻く大蝙蝠は零紀に襲い掛かりその血を啜り傷を癒やす。
「……自己回復か、面倒だな。押し切ろう」
歌音は再びクロスボウを構え精密に打ち込まれた一矢は、またひとつの羽を墜とした。
これで二匹。
「――疾れ 黒雷」
リョウの放った雷槍が、夜空に直走り一瞬だけ白く染めた。
その雷光に弾き飛ばされるように体勢を崩した大蝙蝠の隙を見逃さない。
「流れは掴んだ。一気に畳み掛ける!」
続くように駈けた零紀は飛び跳ねて刀身を叩き付ける。
揺らめく蝙蝠は最期の力を振り絞り羽を広げて飛びかかるけれど。
「今度こそ黄泉で静かに暮らすのですよ……?」
良き、デッドライフを。
紫闇蝶を纏った雷鎌が羽を刈り取り、地に堕とした。
●星は、導く
戦闘後、一同はサミュエルと子供達とで合流をし丘を下る。
フードを深く被ったカジハラの姿に最初こそ驚いたものの、自分達を救ってくれた撃退士のひとりだと理解すると素直に礼を言う。
離れて歩く彼に子供達が向けた視線は信頼の念がこもったものだった。
「よく頑張ったな」
零紀の労いの言葉に、彼の背負われた航太は静かに頷く。
同じくハートファシアに手を引かれ歩いていた結花の顔が強張り足を止めた。
その視線の先に居たのは予め待機して貰っていた救急隊員と、そして4人の男女の姿。
「……お父さんと、お母さんかな?」
サミュエルの言葉に同時に頷く結花と航太。
恐らく何らかの連絡を受けて慌てて飛び出してきたのだろう。4人揃って寝衣に上着という姿。
林から出てきた撃退士達の姿を見つけると駆け寄ってくる。
「航太! こっそり抜け出して女の子を危険な目に遭わせるなんて、この馬鹿息子が!」
「結花も! 航太くんに無理を言って連れ出して貰ったんだろ!」
航太の母親と結花の父親だろうか。
真夜中に抜け出して、挙げ句の果てに幼馴染みをも巻き込んで危険な目に遭ったのだ。
両親の怒りも当然のことだった。
「ごめん、なさい……」
覚悟していた、解っていただけに固まって縮こまる子供達。
しかし。
「彼らを怒らないで欲しい」
子供達を庇うように一歩前に出た歌音の声音。
「彼は彼女をしっかり守った。それに、恋の浪漫が解らぬ事はないだろう?」
その言葉に、場が静まりかえる。
静寂を破り口を開いたのは航太の父親。
「航太は悪いことをしました。それはきちっと親として叱りますが……そうですね、男としては褒めてやろうと思います」
歌音の言うことには一理ある、確かに男として航太は立派すぎる働きをした。
けれど航太はまだ子供だ。してはいけないことはちゃんと叱らねばならない。
子どもを導き護る、それが親の勤めだから。
一応念のためにと航太は救急車で病院へ搬送されたが怪我は捻挫と擦り傷や切り傷程度だ、すぐに処置が終わり帰されるだろう。
結花は両親と車に乗り込んだ後、窓を開けて撃退士達に手を振る。
「さようなら、本当にありがとう!」
走り出した車を、撃退士達は見送った。
リョウはひとりこの丘で一番に高い木に登り、空めがけてシャッターを切った。
後日、一枚の星空の写真とともに旅団【カラード】という差し出し人から届けられたのは星座図鑑とアクセサリー達。
それは、まるで手のひらできらきらと輝く星のようだった。
その星々を胸に抱いて、再びまた手を繋ぎ航太と結花は丘を駆け上がる。
――ありがとう、撃退士さん。 今日もこの丘の星は、とっても綺麗だよ。
航太は夢中で空を見上げる結花の横顔を眺めながら、決意する。
「(いつか、この丘の星を君の手に。そして今度は僕が君を護るから。あの人達のように)」
少年に芽生えた憧れ、そして幼い恋情を祝福するかのように。
今日もまた、この丘では星々が爛々に耀いていた。