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マスター:水綺ゆら
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/26


みんなの思い出



オープニング

●午前2時40分の灰被姫
 高校合格した時は、すごく嬉しかった。
 頭の出来も、運動神経もよくなかった私がミキと同じ地域で一番の進学校に合格出来たのはただの紛れだったのかもしれない。
 お母さんも、お父さんも皆喜んでくれた。内気な自分を変えよう。桜舞う校門を踏み出したのは半年前。
 同じ中学から進学したのは私とミキだけ。けれど、ミキがいれば大丈夫。新しい友達だって作っていける。

――そう、信じていたのに。

 高校入学したと同時、ミキは派手な子達と一緒に行動するようになり、いつの間にか孤立していた。
 孤立がいつのまにか、仲間はずれになって、何もしていないのに近くを通ると遠目でクスクスと笑われた。
 机の上にはあらゆる汚い言葉を詰め込んだ、ボロボロになったノート。
 上履きを隠されるなんていつものことだったし、重要な書類を捨てられないだけまだマシだった。
 それでも、掃除の時間。
「ぶつかってきた方が悪いんだから貴女が片付けなさいよ」
 わざと床を拭いた後のバケツの水をかけられて。びしょびしょに濡れた服のまま床を拭いた。
 遠目で笑われているのを感じながら拭き終わり、片付けを終えて体操着に着替えようと更衣室に入ろうとして、聞いてしまった。
『三浦ってキモくね?』『てか、なんでうちの学校にいるの? 品位が下がるしさーそういえばミキはアレと同じ中学だっけ?』
『そうだよー。カナコって鈍くさくて暗いのに私のこと友達だって思ってるみたいでさ。マジ迷惑』
 ミキの声だった。

――友達だって思ってたのは私だけだったのかな。

 思い出すと息が苦しくなる。
 昏く静かな部屋に自分の呼吸の音だけが反射して。裏切られた絶望。この世界は真っ暗だ。
 それでも、また仲良く出来るのではないか。あれは嘘だったのではないかと、希望に縋って。惨めだと思いつつも微かに信じていた。

「やあ、可哀相なシンデレラ」
 締め切ったはずの窓から流れ込んできた夜風が、カーテンを揺らす。
 痛いくらいに眩しい月光が降り注ぐ。それは、人のような形に切り取られて、その視線を辿るようにカナコが顔を上げれば如何にも人懐っこそうな笑みを浮かべた兎の耳の少年の姿。
 お行儀良くシルクハットをとってみせて恭しく一礼をした。
「……君は? どうして、そんなところにいるの?」
「おっと失礼、僕はホワイト・ラビット。おてんばアリスを不思議の国へと誘う案内人さ。まぁ君は麗しき薄幸のシンデレラだけれどね?」
 カナコの問いに少年はそう名乗った。シンデレラは自分のことだろうか。
 救いなんて何ひとつ無い。少年から視線を逸らして再び俯いた。
「君は世界を恨んでいるのだろう。憎くて滅ぼしたくて仕方が無いのだろう」
 いきなり何をという表情を浮かべるカナコ。だけれど、それは的を射ていて、それ以上は何も言えずに黙り込む。
 けれど、少年は気にも止めず詠うように言葉を奏で続ける。
「だったら、僕達と復讐劇をしようじゃないか。この世界と、君を裏切った人々全てへのとても愉快で愉快な復讐劇だ」
「復讐、劇……」
 繰り返すように呟くと少年はクックックと残虐性に満ちた笑みを浮かべる。
「そうさ、虐げられるだけの弱者から人という皮を脱ぎ捨てて君はヴァニタスへと生まれ変わる。君を虐げていた者達を殺め、君は変われるのさ」
 殺めという言葉に思わず戸惑うような表情を浮かべるカナコに対して考える時間をあげようと少年は語る。
「今宵は月が美しい。けれど、三日後には満月だ。乙女の新たなる旅路には最も美しい月が相応しい」

――迎えにきますよ。幸福なシンデレラ。満月の夜、午前零時に再び相まみえよう。

 風がふき、瞬きした後には其処には誰も居ない。
 ぼんやりとした眼差しで月を眺めていた。



●雪よりもなお朱く
 あの頃は、夕焼けは嫌いじゃなかった。
 一日の終わり、友達に手を振って別離を告げることが寂しくないわけがなかった。けれど、家族が居たから長い影を追い掛けて畦道を駆けて家路を急いだ。
 両親は物心付く前に交通事故で亡くなったのだと聞いた。けれど、寂しくない。だって、優しい祖父母と年の離れた兄が居て毎日が満ち足りていたから。
 大好き。いつも浮かんでくる言葉。ありがとう。大好き。私は幸せだよ。
 当たり前過ぎて、言葉に出来なかった。けれど、今なら、確りと思えるのだ。確りと言える。何も無かったことが幸せだったのだと。
 俯いた頬に一粒涙が伝う。こんな気持ちはいつ以来だろうか。忘れていた感覚、暖かな記憶の欠片。戻らない過去だからこそ、思い出さないようにしていた。
「いけないね。僕としたことが」
 そう言って顔を上げた。眼前に広がるのは禍々しいくらいに綺麗な夕焼け。
 夕焼けは嫌いだ。全てを包み壊し、流し消し去る。憎々しい茜色。
 かつて願った幸せも、かつて祈った未来も全て夕焼けが壊してしまった。
 紅い夕焼けに、赤い血が広がって。壊れた日。
 浮かんだ顔を、その想像を振り払うように顔を振る。雪色の髪が夕風に靡いて広がる。
 考えたところで、もう自分の知っている兄は居ない。悪魔に捕らえられ魂を奪われたヴァニタスの彼だったもの、だけだ。
(だから、僕は誰も信じない。ただ、夕焼けに――悪魔に復讐する。それが僕が兄さんに出来るせめてもの手向けだから)
 込めた誓いを太刀に込める。守れなかった故郷、けれど、その分ひとつでも多く救い上げよう。
「……行こうか。大丈夫、僕はやれる」
 ヴァニタスになろうとしている少女が居るという。だから、悪魔に汲みする前に殺す。
(もう、僕達のような悲劇を繰り返してなるものか)

 遠くを見据える金色の瞳。揺るぎない決意が真っ直ぐと夕陽を突き刺していた。


●沈む絆と壊れた未来
 夏もだいぶ和らいで、風も少しだけ涼しさをのせて久遠ヶ原島を吹き抜けた。
 空は何処までも青く高い。真昼の日差しが窓から差し込んで室内は明るい。けれど、そんな麗らかな天気に反するように蘇芳 楸(jz0190)の顔は暗い。
「仕事だ」
 そう切り出して楸は斡旋所のカウンター越しに資料を広げる。
 並べられた資料のうち1枚には少女の写真が貼られていた。その写真を視線を向けながら楸は言葉を紡ぐ。
「三浦カナコ、16歳の高校一年生。ヴァニタスの接触があった」
 3日程前、カナコのもとに、とあるヴァニタスが現れてヴァニタス化を誘ったという。
「三浦は酷い虐めを受けていようでな……親友だった奴も虐めに荷担していたことを知り不登校になったそうだ。胸糞悪くて仕方が無い」
 裏切られた絶望が殺意に変わるのは難しいことではない。けれど、嘗て親友だった少女を殺めることには迷いがあって、微かな希望に縋り複雑な心境の中を揺れている。
 だから。
「どうか、三浦の心をこちら側へ――人として、繋ぎ止めてやってくれ。難しいが、きっとなんとかなる」
 希望論でしか無いけれど、少なくても彼女の手が血に染まるよりはずっとマシだと思うから。
「後、何故かはよく解らないがシュトラッサーの襲撃が有ることが予想される」
 推測の域を出ないが、ヴァニタス化する前もしくは化した直後の力が弱い段階で殲滅し芽を摘んでおこうという考えなのか。
 出来れば、
「棄ててもいい命や蹂躙してを許してもいい存在なんて、この世には無いと俺は思っている――最善を尽くそう」
 そう、言葉を括った。


リプレイ本文

●ロンリー・ムーン

 少し掠れた瑠璃色の空に静かに、孤独な月は揺れていた。
 千切れ雲が星を覆い隠した空にひとりぼっちで浮かぶ満月は少しだけ寂しく感じる。
「ね。つき、きれー。……でも、ちょっと、さみしい」
「確か、今日は中秋の名月でしたね……月は綺麗に見えますが、これではまるで独りぼっちなのです」
「フェイはカナコに何をしてあげられる?」
 どうしたら、あの月のようにひとりぼっちじゃないって言えるのだろう。どうしたら、あの雲を取り払ってあげられるのかな。
 空を見上げるフェイリュア(jb6126)につられるように仰いだ天ヶ瀬 紗雪(ja7147)の口から囁くように漏れた言葉は夜の闇に吸い込まれるようにして消えてゆく。
 午後10時を過ぎて灯りも疎らになった深夜。閑静な住宅街を照らすのは途切れがちな街路灯と月の光。
 月光を受けた大地は白く仄かに輝いて歩く撃退士達の影を映し出している。
「……でも、その翳す雲を払うことが出来るのは、結局は自分自身しか居ないんだよ」
 夢前 白布(jb1392)が思い返していたのは、かつての日々。自分もカナコと同じように虐めを受けていたあの頃。
 願っていた、祈っていた。
 けれど、ただ待っているだけでは結局は世界は変わらなかった。
「かつて、僕がそうだったように小さな勇気で世界は変わる。僕はその事を彼女に伝えたい――後は、カナコさん自身の問題だけど……」
「道を決めるのは三浦さん自身。だけどね、きっと戸惑うことは優しさだって私は思うの。迷うことも強さだって。だから、私は大丈夫だって信じるよ」
 後ろから掛かった声に白布が振り返ると、地領院 夢(jb0762)が静かな微笑みを浮かべて立っていた。
 まだ、確かに彼女には人の心が残っている。悩み苦しみ、それでも耐えていることが人としての強さの証明だと、だから信じている。
「尊い感情が残っているのならば、手を伸ばそう。出来ることなら虐げ殺す側に回ってほしくなどはないからな」
「その手を血で染めて……その責任の無いままに心の衰弱を付け狙うなんて、そんなこと復讐劇を、させるものか。人としての尊厳を護ってみせる」
 楽な道に逃げたとしても心は救われたりはしないのだから。
 インレ(jb3056)に続くように、月野 現(jb7023)も静かに頷いた。
「復讐劇ってェのも良いんですがねェ。ありゃァ最後が悲劇になりがちなのが、どうにもアタシの性じゃァ無いようで」
 士気が高まって参りましたねェとNinox scutulata(jb1949)は、飄々とした笑みを浮かべる。
「『最後にお姫様の笑顔があれば、物語にはなべて事も無し』ってね。へへ」
 相変わらずに仮面のような笑いを浮かべたままに道化は詠うように言葉を紡ぐ。
 涙なんて哀しいものは似合わない。物語の集結にはどうか、幸せな結末を。何が彼女の幸いかは彼女にしか解らない。けれど。
「さて、みんな。仕事の時間だよ」
 やがて見えた目的地。携帯ゲーム機の電源を切って眠たそうな眼差しのままユーリヤ(jb7384)は前を向く。
 午後10時。
 満月の光が地に影を創り出している。

「それでも、夜明けは来る……か」
 蘇芳 楸(jz0190)の瞳に映るのは、変わらずに昏い夜も更けてきた空。
 ひとりぼっちで揺れる月だけが辺りを照らしていた。



●真夜中サンドリヨン

 部屋に灯りはなく、カーテンの隙間から差し込むか細い月光だけが部屋を照らしていた。
 カナコは部屋の片隅にあるベッドの上で、毛布に包まって様子を伺っているようだった。
「初めまして、私、地領院夢っていいますっ」
「カナコ、こんにちは。フェイだよ」
 まずはそんなカナコの緊張をにっこりと、明るい笑顔でまずは挨拶をしてみる夢と、その夢の背後からひょっこりと顔を出したフェイリュアもにっこりと笑う。
 ふたりに続くように撃退士達が次々と名乗りを上げた。
「悪魔に誘われ、迷うておると聞いた。わしらはできればその誘いに乗って欲しくない」
 幼子に言い聞かせるように穏やかな口調でインレは言う。
「だからカナコ、おぬしの事を聞かせてはくれんか」
 毛布の隙間から、少し怯えるようなカナコも、やがて、ぽつりぽつりと口を開いた。

「ミキとは、中学の頃に知り合ったの……わたし、お父さんが転勤族でずっと転校の繰り返しだったから、初めての、友達で、嬉しかったんだよなぁ」
 興味本位で色々聞いてくる子も居た。除け者にする子も居た。転校してきたばかりは色々構ってくれたけど次第に飽きたのか空気のように扱うクラスメイト達も居た。
 中学に上がり父が単身赴任することになった。けれど、対人関係を上手く構築出来ずに教室の隅っこで一人俯いていた自分に声を掛けてくれたのはミキだけだった。
 次々と幸せだった頃の日々を思い出すように語るカナコの表情は自然と柔らかくなっていく。ミキという少女を通して見た世界を好きになっていったあの頃。今尚輝いている想い出達。
 初めて居場所を見つけた。ミキと一緒に居られればよかった。ただ、変わらないままで笑いかけてくれれば。
「それだけで、よかった、のに……」
 カナコは両手で顔を覆った。ふぁさりと毛布が零れ落ちる。フェイリュアは、そっと微笑んで寄り添った。
「このお花ね、ゼラニウムっていうんだ。お花の持ってる言葉、きみがいてしあわせっていう意味なんだって。フェイはね、カナコに逢えて嬉しいよ」
 フェイリュアは背中を撫でると、そのまま溢れるような想いと共に涙が溢れてくる。何かを言いたいようにしているが嗚咽に混じって上手く声にならない。
 ただ、じっとフェイリュアは聞いて頷いていた。カナコの想いを受け止めるように。
「うん、カナコ、我慢強いね。……でね、いっぱい泣いたその涙の向こうには何が見える?」
 憎くないわけがない。信じていた分だけ裏切りが絶望へと変わって、憎しみが生まれる。
「失って、疎まれて、裏切られて、きっとそれは全てが嫌になるほどの苦しみなんだろう。だけど、君が嫌うもの全てを壊し尽くせば、それで君は幸せなの?」
 そう、白布に言われて首を振った。赦せないとは思うし、負った傷や苦しみを返すことが出来れば気は済むかもしれない。けど、幸せにはならない。
「今のキミに足りないのは、キミ自身を支えるもの。精神的、物理的なんでもいい……そして、巣立ちだ。話を聞く限り、キミはミキって子に軽重はともかく依存してる部分があるようだね」
 ユーリヤの言葉を聞いて、思わず黙ってしまったカナコの手を紗雪は優しく包み込む。
「弱くたっていいのです。自分の弱さを認める事が出来る人は、強くなれる人だと私は信じていますから」
 残酷な世界でも、始まりも終わりも自分自身で決められる力を人は持っている。
 白布も頷いて、遠く白い月に思い出すように言葉を紡ぐ。
「僕も、カナコさんと同じように虐められてた。けど、変われたからカナコさんも小さな勇気で変われる。そう、信じてるよ」
「時に三浦お嬢様、『シンデレラ・コンプレックス』ってご存知で?」
 ニノクスの言葉にカナコは首を振った。
 幸せは待っているだけじゃ訪れない。現実は自分で動いていかなきゃ、やって来ない厄介なもの。
「良かったらお友達になりたいな。……カナコさんが幸せを見つける為のお手伝いをさせて欲しいの」
 差し出された夢の手をカナコが握り返そうとしたその時。


 割れた硝子の音が穏やかな空気を打ち破った。


●勿忘雪

 飛び散る硝子片に月の光が反射して、きらきらと輝いた。窓辺に降り立ったのは、氷のように冷たい表情を浮かべた使徒。
「……きたか」
 襲撃者に真っ先に気付いたのは窓際で警戒をしていたインレ。
 フェイリュアとニノクスは突然の来訪者に怯えるカナコを背に庇う。
「そうか。君達は撃退士か」
 撃退士達が光纏する様子を見て、シュトラッサーはピクりと少しだけ意外そうな表情を見せた。
 その様子に楸が愕然とした表情を浮かべるけれど、何かを堪える様子で十字槍を握り直す。
「カナコはまだ尊きモノを失っていない。故に奪わせはしない」
 告げたインレは使徒の様子を見てみるが、意外にも撃退士達の様子を伺っているようで太刀を抜き刺そうとはしない。
「僕は人間が嫌いなわけじゃない。けど、悪魔に汲みする者となったら別。天界の剣として僕は災禍の芽を摘む。ただ、それだけだ」
「……どっちみち、カナコはヴァニタスになんかならない道を選んだよ。面倒臭いから帰ってくれる?」
 ユーリヤの言葉は面倒臭そうに気怠げなものだった。
「本当に、それはシュトラッサーとしてだから……ですか? 本当にただ、それだけなんでしょうか?」
「……何が言いたいのかな」
 祈るように両手を胸の前で組んだ紗雪に対し、雪色の髪の使徒は少し不機嫌に返す。
「私はまだ貴女を知らない。知らないからといって知りたくないわけではありません。此処に居るのは何か、別の理由があるのでしょう?」
「僕は僕は悪魔に全てを奪われた。使徒としてだけじゃなく、これは僕の復讐だ」
「罪を犯してない人を殺せば悪魔と同じだということは解っているのだろう?」
 そんな現の言葉を予測していたかのように雪色の使徒は顔色を変えずに受け止める。
「解って居るさ。けれど、ヴァニタスになれば欲望のまま人を蹂躙して愉悦を覚えるような存在になる。人としての意志をねじ曲げられて、ね。それ以上魂と手が穢されないように」
 僕はそれをあの時、出来なかったから。
 言葉にこそならなかった思い。少しだけ翳ったようにも見えた使徒の表情を夢は、押し花を包み込むように握り眺めていた。
「……心に弱い部分は誰だってある。けれど、彼女はそれに負けなかった。それが答えだ」
 現はあくまでも冷静に告げる。けれど、使徒はまだ納得出来ない様子で。
「弱い心と解っているのなら、君達は力を欲し悪魔に魂を売りかけた弱い心がまた、いつ転ぶか解らないのに、それでもその少女を庇うのかい?」
「カナコさんは、そんな人じゃないよ。もう迷わない、転ばないって僕は思う」
 返したのは白布だった。
「どうして、そう言い切れるんだ。一度闇に傾きかけた弱い心を、君達は何故信じられるんだ」
「だって、カナコさんは悩んでちゃんと答えを出した強い人だから、だから私はその選択を信じるよ」
 揺るがないような白布や夢に対して使徒の口調は少し揺らいでいるようだった。
「フェイも、カナコのこと信じる……ねぇ、あなたの敵はカナコなの?」
 フェイリュアは問いかけるように言葉を紡いだ。
 撃退士達は決意を込めた表情のまま、使徒を射貫いている。
「君達は、本当に……」
 その様子に一瞬だけ驚いたような表情を見せた使徒。
「……まぁ、いいよ。精々後ろから刺されないようにするといいんじゃないかな。君達の選択が人類に不利益をもたらさないように、願っているよ」
 何か言おうとした言葉を止めて、少しだけ呆れるように呟いた使徒は、結局は一度もその剣を抜かないままに、背を向けて立ち去っていった。



●結末を喪った物語

 午前1時を過ぎた。
 シュトラッサーが立ち去った後の部屋の有り様。飛び散った硝子片を拾おうとした紗雪を止めて、ひとりで拾おうとしたカナコを、今度は皆が止めた。
 結局は掃除道具を持ってきて貰い、割れた窓硝子と散らかった部屋の最低限の片付けだけはしている。
「ところで、カナコよ。御主はこれからどうしたい」
「とりあえず、このまま生きてみようっては思う、けど、それでも……まだ、学校へは行けないかな……」
 部屋の整理をしながら、ふとインレが訊ねてみたそんな言葉にカナコは少し自信無さそうに答えた。
 生きて行くことは決めた。新しい友達を得たことで、少しだけ前を向いて歩いていくことは出来る。
 けれど、学校での現状は何一つ変わらない。ミキにどんな顔をすればいいのか解らなくて、脳裏を色々な想いが駆け巡っていく。
「それは、今すぐ出すべき答えじゃありませんよ。……そうですね、この単語帳とシャープペンを借りてもよろしいですか?」
「いいけれど、何に使うの?」
 きょとりと首を傾げたカナコに現は優しい眼差しを向けた。
 その単語帳を覗き込み現の意図を察した撃退士達が同じように単語帳へと書き込んでいく。
「大丈夫なのです。カナコさんは一人じゃ無いのですよ。寂しかったり、辛かったり、また迷った時には……むしろ、そうじゃなくても連絡して欲しいのです。今度は撃退士としてではなく、友達として相談に乗りますから」
 最後に紗雪が単語帳に書き込んで、シャープペンと一緒にカナコに単語帳を渡す。其処には1ページずつ連絡先と一言ずつメッセージが書かれていた。
「幸せの為に努力する姿ってェのは、それが誰であれ美しいモノなんでさ。ガラスの靴を履く為に踵を切り落とすシンデレラが居ても、アタシは素敵だと思いますよゥ。へへ」
 ニノクスの明るい声が割って入って、微笑む紗雪やインレの優しさに支えられて、弱々しくもカナコは微笑みを返した。

「楸さん、どうしたの? なんかぼーっとしてるけど」
 そんな様子を遠目で見ていた楸に気付いた白布が覗き込むように訊ねた。
「……雪那(セツナ)。それが妹の名で、多分あのシュトラッサーの名前だ」
「え、っと……どういう事なの?」
「俺の妹はシュトラッサーだ。故郷は使徒になった妹によって滅ぼされて、俺はその事件でアウルを得て生き延びた」
 憶えている。紅い日だった。夕陽に血の赤が混じりあい、その中心で血を浴びた妹が居た。
 衝動的に踏み出して戦闘になった。勿論敵うはずもなく発見された時には、辛うじて生きている程度だったらしい。
「あれから5年も経ってるんだ、随分と俺も変わったからな」
 復讐でも無く、自分でもよく解らない感情で今でも妹を追い続けている。その為に久遠ヶ原へ入り、撃退士を志した。
 5年経ち成長した自分の姿。向こうは気付かなかったんだろう。
「今回は三浦を護るっていう任務だった。その任務を忘れて突っ込む程俺も判断力は失ってないさ――にしても、意味解んねぇ。奪っていったのは悪魔じゃなく雪那自身だろうが」
 勿論、その答えを返す当人は既にこの場に居るはずもなく。ただ夜の風が吹き抜けていくだけだった。


 見上げた月。益々宵の色は深く昏くなっていく。夜明け前は昏い。
 けれど、その夜空の向こうには明日が待っている。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 絶望に舞うは夢の欠片・地領院 夢(jb0762)
 どうけさん・Ninox scutulata(jb1949)
 貴方に笑顔と思い出を・フェイリュア(jb6126)
重体: −
面白かった!:6人

君との消えない思い出を・
駿河 紗雪(ja7147)

卒業 女 アストラルヴァンガード
絶望に舞うは夢の欠片・
地領院 夢(jb0762)

大学部1年281組 女 ナイトウォーカー
Little Brave・
夢前 白布(jb1392)

高等部3年32組 男 ナイトウォーカー
どうけさん・
Ninox scutulata(jb1949)

大学部8年282組 男 陰陽師
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
貴方に笑顔と思い出を・
フェイリュア(jb6126)

高等部3年16組 女 アカシックレコーダー:タイプB
治癒の守護者・
月野 現(jb7023)

大学部7年255組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
ユーリヤ(jb7384)

大学部6年316組 女 バハムートテイマー